WakeUp,Girls! 〜ラフカットジュエル〜08 |
仙台テレビの感謝祭イベントでミニライブをすることになったウェイクアップガールズは、その宣伝とレッスンに余念がなかった。ライブは年末にやったあのライブ以来久しぶりなので、キチンとレッスンして振り付けをおさらいしないと上手く息が合わず揃わない。やるからにはキチンとしたものを見てもらいたいと、7人の少女たちは仕事にレッスンにと連日励んでいた。
「え? ライブ、来てくれるの?」
片山実波は驚いた顔をした。会話の相手は実波が住む石巻の仮設住宅の隣人である磯川だ。実波と同じ民謡クラブに所属する老婆で、隣りであることもあって実波は頻繁にこの老婆の自宅を訪れる。
磯川だけに限らず実波は民謡クラブの老人たちの間ではアイドル的存在であり、磯川は実波のことをまるで実の孫娘であるかのように可愛がっていた。
「ええ。みんなでテレビを見ていたら、実波ちゃんが仙台でステージをするって言うじゃない。それで、みんなで一緒に実波ちゃんを応援しに行こうかって話になったのよ」
「でも、場所仙台だよ? 石巻から結構あるし、おばあちゃん心臓悪いのに大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。ここのところ調子も良いし、実波ちゃんが民謡以外の歌を歌っているところも見てみたいの。久しぶりに仙台も行ってみたいし、今から楽しみよ」
磯川はそう言うとニッコリと笑った。実波も、うん、と返事をして満面の笑みを返した。
磯川は元々実波の近所に住んでいた。その頃から実波は彼女の家を頻繁に訪れており、実波の両親などは娘は自宅にいなければ磯川の家にいると認識していたほどだ。
実波を民謡クラブに誘ったのも彼女だ。最初はただ単におばあちゃんと一緒に行きたいと言って付いて行っただけなのだが、毎回一緒に行っているうちに周囲の老人たちの歌を耳で覚え、やがて自分から教わるようになり、いつしかクラブで一番の歌唱力を誇るようになり民謡のど自慢あらしと呼ばれるほどまでに成長した。
そして2人はあの震災で被災し仮設住宅で偶然隣り同士になった。小さい頃から実波を知っている磯川にとって、過去のいきさつからも実波を孫のように思うのは当然な話であり、実波もまた磯川のことを肉親と同様かそれ以上に慕っていた。
「おばあちゃん、ありがとう。私、頑張るからね」
そう言って実波は、磯川の手を自分の両手で優しく包み込むようにギュッと握り締めた。いつもと同じように暖かい手だった。
数日後、グルメレポートの帰り道で実波は真夢にその話をした。その日は真夢と実波の2人での収録だった。
「磯川さんっていうおばあちゃんなんだけどね、私が小さい頃からずっと可愛がってくれて、今もしょっちゅうお婆ちゃんの家に遊びに行ってるの」
「その人がライブに来てくれるの? よかったね、みにゃみ」
「うん。おばあちゃん心臓がちょっと悪いんだけど、最近は調子良いからって民謡クラブの人たちと一緒に見に来てくれるんだって。私もう嬉しくって」
話しているその顔を見ているだけで、真夢には実波の喜びがどれほど大きなものか容易に想像がついた。彼女もかつてはそうだった。I−1で初めてライブをした時は両親も友達もみんなで見に来てくれたっけ、と昔のことを思い出した。あの時は本当に嬉しかったなぁ……彼女は少し実波が羨ましいなと思った。
「このお守りもね、私がウェイクアップガールズのオーディションを受ける時に、磯川のおばあちゃんが私のためにわざわざ作ってくれたんだ」
実波はそう言って背中に背負ったカバンを真夢に見せた。そのカバンにいつもお守りがぶら下がっているのは気づいていたが、それがそういう由来のモノだとは真夢は知らなかった。
「合格祈願のお守りってこと?」
「それもあるけど……おばあちゃんは私がオーディションでアガらないようにって言ってた。私、すっごいアガリ症なんだぁ」
「みにゃみがアガリ症? ウソでしょう? 全然そんな風には見えないよ」
驚いた真夢は思わず本音をこぼした。彼女の中での実波は、むしろ誰よりも心臓が強いアガリ症とは全く真逆の人間だ。
「そうかな? デビューライブの時も私ガチガチに緊張してたんだけどな……でもそう見えるってことは、きっとやっぱりこのお守りのおかげだね」
それから実波は自分と磯川のことを真夢に話して聞かせてくれた。小さい頃から遊び相手をしてくれていたこと、いつもお茶菓子をご馳走してくれること、オーディションに合格した時も自分のことのように大喜びしてくれたこと……話を聞いただけで実波が磯川のことが大好きで、そして磯川も実波のことが大好きなのだということが真夢にはよくわかった。実波にとって本当にかけがえのない存在の人なんだろうな、やっぱり羨ましいなと思った。今の自分にそういう存在の人はいないから。
「じゃあライブでは良いところ見てもらわないとね。代わりにセンターやってみる?」
「えぇぇ! それは無理だよぉ。今からセンターの振り付け覚えられないもん。それにアガリ症だって言ったじゃない。センターなんてやったらアガって失敗しちゃうよぉ」
実波は大げさにそう言って真夢からの申し出を断ったが、その様子がなんともおかしくて真夢は思わず笑い出してしまった。
翌日のダンスレッスンの休憩中に実波と磯川のことが話題になった。嬉しくて仕方の無い実波がみんなに話したのだ。真夢も前日聞かされた話をみんなに話して聞かせた。
「ふーん、そっかぁ。みにゃみ、よかったね」
菜々美が珍しく素直なセリフを嬉しそうな顔で言った。菜々美は同じ中学生で年齢も近いこともあって実波と行動を共にすることが多い。何かと素直でなく我が強く、憎まれ口を叩いては年上のメンバーたちと衝突することも多い菜々美だが、実波とだけは普通に友人として仲良く接することができていた。
「それじゃあ私たちも、そのおばあちゃんがガッカリしないように頑張らなきゃだね」
藍里のその発言を、佳乃がやんわりと諭した。
「何言ってるの。知ってる人が見に来るから頑張る、じゃなくて、それが誰であっても一人でも見に来てくれるお客さんがいるんだったら頑張らなきゃダメでしょ? それがプロだと私は思うよ?」
佳乃が腕組みをしながらドヤ顔でそう言うと、全員から、おーっ、と感嘆の声が上がった。
「よっぴーカッコイイ! さっすがリーダーは言うことが違いますね」
「うん、でもよっぴーの言う通りだね。私が間違ってたかも」
みんなから口々にそう言われ、佳乃はちょっと気分が良くなった。
(あれ? 私、今なんかちょっとリーダーっぽいこと言っちゃった?)
自分で言ったのにちょっと恥ずかしくなってきた佳乃だったが、それも長くは続かなかった。
「でも誰か見て欲しい人がいるんだったら、その人のために、その人に良いところを見てもらいたいっていう想いで頑張るのもいいと思うよ? そんな時っていつも以上に成長するんだよ」
真夢がそう言うと夏夜が、それって過去の自分の経験? と尋ねた。真夢は少しの沈黙のあと首を縦に振り、うんそうだよ、と言った。
真夢に全く悪気が無いのはわかっているが、佳乃は何となく自分が言ったことを全否定された気がした。
(なんか、ヤダな)
佳乃はそんな風に考えてしまう自分がイヤだなと思った。真夢がそんなつもりで言ったわけじゃないとわかっているし、そんな風に考える自分の方が間違ってるともわかっている。けれどやっぱりそう感じてしまうのだ。彼女は自分で自分の感情を持て余していた。
ウェイクアップガールズのメンバーたちがミニライブを控えてレッスンに励んでいるその間、丹下社長と松田は2枚目のシングル曲リリースに向けての準備を進めており、その日は作詞作曲者との最終的な打ち合わせを行なっていた。打ち合わせの相手はデビュー曲と同じ、人気女性デュオのトゥインクルだ。
「そうね……まあ、こんなところかしらね」
手元の書類に目を通していた社長はそう言うと顔を上げ、トゥインクルの2人に改めて向き直った。
「まあ色々注文つけちゃったけど、基本的にはアナタたちの才能とセンスを信じてるから。良い曲、期待してるわよ」
「任せてください! 今回も前回に負けない曲を作ってみせますから、期待しててください」
トゥインクルのアンナが、そう言ってガッツポーズを作って見せた。
4人はその後しばらく談笑していたが、トゥインクルのカリーナが、ふと思い出したかのように真夢のことを話題に上げた。
「それにしても社長、よくあの島田真夢を復帰させられましたね。ホント、最初聞いた時はビックリしましたよ」
「そうそう。わたしたち2人で、絶対ウソでしょ、って言ってたんですよ」
2人の話に松田が答えた。
「ずっと断られてたんですけどね。でも最後は彼女、自分からアイドルやらせて下さいって言ってきたんですよ」
松田は年末の一連の出来事を2人に話して聞かせた。
「なるほどねぇ……そんなことがあったんですか」
「一旦辞めてまた復活かぁ……あの年頃のコじゃ、決断するのにずいぶん悩んだでしょうね」
トィンクルの2人はお互いに顔を見合わせた。彼女たちも島田真夢の一件は当然知っている。スキャンダルでアイドル生命を絶たれたアイドルが復帰するのは並大抵のことではないことも知っている。だからあえてその困難な道を選択した真夢に感心していた。
「ええ。だから俺たちが全力であのコを守っていかなきゃいけないと思ってるんです。余計なことに振り回されずアイドルとしての活動に専念できるように」
社長は松田の発言に、その通りよ、と同意したが、同時に不安点も吐露した。
「ただね、昔の彼女を知っているからついつい比べちゃうんだけど、やっぱりカリスマ性っていうかオーラみたいなものがちょっとね……まだまだ迷っているって言うか色々悩んでるらしくってね」
「なにか気になることでもあるんですか?」
「まあ、ね。他のメンバーとの間にも少し溝があるみたいだし、なんて言うかこう、自分を必死に押し殺しているというか目立たないようにしていると言うか、歯がゆい感じなのよねぇ」
アンナは、そうなんですか、と言って眉間に皺を寄せながら腕組みをした。
「I−1を引退した時、結構大きな話題になりましたもんね。その後もアレコレ憶測で言われていたし。復帰したはいいけど、まだ自分の中で整理されてないことがいっぱいあるのかもしれませんね」
「そりゃそうよ。あれだけあちこちで有ること無いこと言われて叩かれたのを本人が知らないわけないもの。昨日まで応援してくれていた人たちが一瞬で敵にまわっちゃったんだもん。ショックだったろうし、簡単に忘れられることじゃないわよ」
カリーナがそう言うと、社長は大きな溜息をついた。
「色々一人で抱え込んじゃってるみたいなのよね、あのコ。他のメンバーなり私たちなりに相談してくれればとも思うんだけど、まだそんな気持ちにもなれないみたいなのよ。話してさえくれれば皆で解決していくこともできるし、それでユニットの結束も深まるしなんだけど、なかなかそんな気になれないみたいね」
「私たちに何かできることがあったら遠慮なく言ってください。協力しますから」
「そうですよ。あのコたち、なんだか妹みたいで可愛くって。曲の制作以外でも、言ってくれれば力をお貸ししますから」
社長と松田は2人の申し出に感謝し礼を述べた。彼女たちのような一流の人間の協力を得られるのは非常に心強いし、ウェイクアップガールズを可愛がってくれるのも非常にありがたい。キャリアの浅い少女たちにとって間違いなく良い影響を与える存在となってくれるだろう。
しかし真夢の問題は今すぐどうこうできる問題でもない。それはそれとして、当面は今のまま活動を続けていくしかない。さしあたり今は日にちが近づきつつある感謝祭のライブを成功させるのが優先だ。社長と松田はあらためて新曲の制作をお願いして2人と別れた。
ライブの3日前、実波はいつものように磯川の家で民謡クラブの老人たちとお茶の時間を楽しんでいた。
「そういえば聞き忘れちゃってたんだけど、実波ちゃんは色は何色なの?」
突然磯川からそう尋ねられた実波は、質問の意味がわからず面食らった。
「色?」
「そう、色。私たち、なんとなく実波ちゃんは黄色じゃないかなって話してたんだけど、間違ってなかったかしら?」
「うーん、色は特にまだ何も決めてないけど、でもどうして私が黄色なの?」
「だって、実波ちゃんは私たちの太陽だもの。私たちを明るく暖かく照らしてくれる太陽だから、だから黄色なのよ」
磯川がそう言うと、さらに別の老婆が付け加えた。
「あと、食いしん坊は黄色なのよ」
「それ、実波ちゃんにはわからないわよ」
老婆たちは声をあげて笑い出した。案の定食いしん坊は黄色という意味がわからない実波は首を傾げたが、自分を太陽みたいだと言ってくれたことは素直に嬉しかった。
「私は太陽かぁ……そっかなぁ、なんか照れくさいよ」
照れる実波を見て、老婆たちは顔を見合わせて目で合図を送りあった。
「でね、明後日のために私たちから贈り物があるの」
磯川がそう言うと、老婆たちは、ジャーン、と言いながらテーブのル下から大きな黄色い何かを出して実波に広げて見せた。それは彼女たち手作りの横断幕だった。黄色を基調とし、真ん中に大きく『がんばれ 実波ちゃん』と書かれた大きな横断幕だ。
「わぁー、凄い!これ、おばあちゃんたちが作ってくれたの?」
「そうよ。皆で一生懸命作ったの。明後日は客席でこれを広げて見せてあげるからね」
「ありがと。すっごく楽しみだなぁ。おばあちゃんたち、本当にありがとう!」
実波はキラキラした目で横断幕を見つめた。そんな彼女を見て老婆たちは互いに頷きあいながら相好を崩した。老婆たちが少しずつ作り上げた手作りの横断幕。他人が見たら見た目はイマイチかもしれないが、だがそれは実波にとって何物にも代えがたいものであり、何よりも嬉しいプレゼントだった。実波は彼女たちに一生懸命頑張ると約束した。
ライブの前日、ウェイクアップガールズのメンバーは全員事務所に集まり当日の打ち合わせをしていた。打ち合わせが終わり雑談が始まると、やがて話題は実波を応援する民謡クラブの老人たちの話になった。
「明日は民謡クラブの人たち、来てくれるの?」
真夢がそう問いかけると、実波は満面の笑みで、うん、と答えた。
「磯川のおばあちゃんとみんなでね、私のためにすっごく大きい横断幕を作ってくれたんだよ。すっごく大きくって、すっごく上手なの。色は黄色なんだけど、すっごく綺麗なんだぁ」
「黄色? なんで黄色?」
「んっとね、磯川のおばあちゃんが言うには、私はみんなを照らす太陽だから黄色なんだって」
「うん……そうだね。みにゃみは太陽かもしれないね。私もそう思うよ」
藍里がそう言って実波に微笑んだ。
「あとね、食いしん坊は黄色なんだって」
「なんで?」
食いしん坊は黄色と聞いて、不思議そうな顔で夏夜がそう尋ねた。
「私にもわかんない。ねぇ、どうして食いしん坊は黄色なの?」
そう尋ねる実波に誰も答えられなかったが、松田が横からその理由を説明した。
「ああ、それはな、テレビの戦隊モノがあるだろ? なんとかレンジャーとかっていうやつ。あれで黄色のキャラクターってのは大体食いしん坊でカレーが大好きっていう設定がお決まりなんだよ。だからそう言われるんだ」
そう言われてもそれを理解できる者は誰もいなかった。年頃の女の子はテレビの戦隊モノなど見ないからだ。誰も理解してくれない寂しさに、松田は一人心の中で泣いた。そんな松田を尻目に、佳乃が話題を元に戻した。
「それにしてもそんな凄い横断幕だったら、私もちょっと見てみたいな」
「私も」
「うん、私も見てみたい」
みんなが口々にそう話すと、実波はとても嬉しそうな顔をした。
「明日になれば見られるよ。おばあちゃんたち、みんなで仙台まで見に来てくれるって言ってたから。みんなも楽しみにしてて」
そう話す実波を見ているだけで誰もが何とも言えない幸せな気分になっているのを感じた。天真爛漫で誰からも愛される実波は、民謡クラブの老人たちばかりではなく今はもうウェイクアップガールズの太陽でもあった。
「みんな揃ってるかぁ」
松田は控え室のドアをノックし、返事を確かめてからドアを開けた。ライブ当日、待ち合わせ時間になったので全員揃っているか確認に来たのだ。
松田は控え室に入るとグルリと室内を見渡した。ところが室内を見渡しても6人しかいない。片山実波がいないのだ。
「あれ、実波は? 実波はどうしたんだ?」
「それが……」
松田の質問に答えようとした佳乃が、その視線を菜々美のいる方に移した。その菜々美は険しい表情で誰かに電話を掛けていた。
「どうしたんだ?」
松田が佳乃に何があったのか尋ねた。
「実波がまだ来てないんです。何回電話しても繋がらなくって……実波が遅刻したことなんて、今まで一度もなかったんですけど」
「えっ?」
「途中で何か事故にでもあったんじゃなければいいんだけど……」
心配そうな顔で藍里が言った。誰もが同じことを考え、実波の身に何事も無いことを祈っていた。
「あ、出た!! 実波? 今どこにいるの? え? 何?」
ようやく電話が繋がったらしく、菜々美は電話の向こうにいる菜々美を問い詰めていたが、やがて困ったような顔をして松田にスマートフォンを差し出した。
「実波が来られないって」
「えっ? 来られない?」
菜々美の言葉に控え室の空気が凍りついた。
菜々美から簡単に事情を聞いた松田は急いで社長を呼んだ。社長と実波が電話で話している間、他のメンバーたちは菜々美から事の次第を聞いた。
「実波がいつも話していた磯川のおばあちゃんっていたでしょう?」
「ああ、あの横断幕作ってくれたおばあちゃんでしょ? 今日は民謡クラブの人たちと見に来てくれるって実波が喜んでたよね?」
「うん。その磯川のおばあちゃんが、今朝心臓の発作で倒れて救急車で病院に運ばれたらしくって……意識不明なんだって……」
「えっ?」
その場にいた誰もが絶句した。実波が今日を楽しみにしていたのは誰もが知っている。そしてそれは民謡クラブの人たち、中でも磯川が見に来てくれるからだということも。
その磯川が今、意識不明の状態だと菜々美は言う。実波が無事だったと知って安堵した少女たちの心に、今度は別の動揺が走った。
「じゃあ、みにゃみは今日は……」
佳乃が菜々美に尋ねた。
「本人は、行けないって、そう言ってた……」
「行けないって、そんな……私たちのために来てくれてるお客さんだっているのに」
「じゃあ実波にそう言える? 磯川さんよりもライブを優先しろって、よっぴーは実波にそう言える? よっぴーだって実波から磯川さんのことは聞いてるでしょ?」
「それは……そう、だけど……わかってるけど、でも私たちプロのアイドルなんだし……」
「よっぴー、ちょっと冷たくない?」
「止めなよ2人とも。どっちも間違ったこと言ってないんだからさ。どうするかは社長に決めてもらおうよ」
口論する佳乃と菜々美との間に最年長の夏夜が仲裁に入った。
夏夜の言う通りどちらも間違ったことを言っているわけではない。人間としてどうか、アイドルとしてどうか、その違いに過ぎないのだから口論しても始まらない。佳乃は冷たいと菜々美は言ったが、リーダーとして、またアイドルとしての立場から見れば佳乃の言っていることもまた正論だ。
実際に芸能界でも舞台や収録やライブの日程の最中に身内に不幸があった場合でも、すぐには駆けつけずそのまま最後まで務め上げてから帰るという例も相当数ある。危篤状態だと知りつつ仕事をこなしたがために親の死に目に会えなかった者もいる。プロとしてそれが当然という考え方は、なにも佳乃だけの考え方ではないのだ。だが、それを当然と受け止めるには少女たちはまだ幼すぎた。
やがて話が終わり社長は電話を切った。佳乃が、どうするんですか、と社長に尋ねた。社長は何も言わず少女達の方に向き直って自身の決断を告げた。
「今日は実波抜きでやりましょう」
社長は実波の参加を諦め、今日のライブを6人のまま決行する決断をした。
「でも社長、今日は仙台テレビの感謝祭なんですよ? 担当番組の評判が良いことへのご褒美だし、おまけに特別番組の中で生中継もやるんですよ? 全員揃わないでライブはマズくないですか?」
松田は社長にそう意見すると、社長は松田の方を向いて答えた。
「プロデューサーには私が事情を説明して謝るわ。とにかく今日は6人でやりましょう。今の実波にライブをさせるわけにはいかないわ」
「でも……」
何かを言おうとしたリーダーの佳乃を手で制して、社長は全員に語りかけた。
「実波にとって本当に大切な人が生きるか死ぬかの状態なの。そんな時そばにいてあげたいと思う実波の気持ち、あの震災を経験したアナタたちだったらわかってあげられるはずよ? 大急ぎで振り付けを6人用に修正しましょう。グズグズしている時間は無いわよ!」
誰も社長に異を唱えるものはいなかった。だが他のメンバーたちが納得する中、ただ一人真夢だけが社長の決断に驚いていた。
(もしこれがI−1だったらどうしていたのかな? 丹下社長と同じ決断をしたのかな? それともあくまでライブ優先だったのかな?)
真夢はI−1とウェイクアップガールズとの違いを自然と比較していた。おそらく白木社長だったらライブを優先させるだろうと真夢は思っていた。アイドルにとって最も大切なのはファンなのだから、たとえどの様な事情であっても白木ならばライブのドタキャンなど絶対に許さないだろう。それが真夢の抱く白木の人物像だ。だが丹下社長は全く正反対の決断をした。
どちらが正しいのか真夢にはわからない。ただ、丹下社長に好感を抱いたのは事実だった。この人は私たちを1人の人間として扱ってくれる。自分たちの想いをキチンと受け止めてくれる。そう真夢には感じられた。
振り付けの修正と言っても、直前になって大幅な変更などは出来るわけはない。修正は立ち位置や実波が担当するはずだったボーカル部分の変更がせいぜいなのだが、本来7人で行なうものを6人で行なうことは口で言うほど簡単なものではない。振り付けは細かく計算されて作られているだけに、単純に1人抜けたまま行なうと何とも見栄えのしない間の抜けたパフォーマンスになってしまう恐れがある。
さらに言えば振り付けは何度も何度も繰り返し練習して身体に覚えさせる部分も大きいだけに、最初の立ち位置が違うだけでも、たとえ僅かな変更でも、踊っているうちに徐々にズレていってしまうことがある。身体が無意識のうちに元の位置に戻ろうとしてしまうからだ。曲の最中に互いにぶつかり合ってしまっては、せっかくのライブが台無しになる。
今日のライブではカバー曲も含めて3曲披露することになっている。1曲だけならまだしも3曲総て微修正したうえに、当日しかも本番前の僅かな時間で覚えなければならないのだ。キャリアの浅いウェイクアップガールズにとって簡単なことだとはとても言えない。
経験豊富で能力的にも問題ない真夢を除く他の5人は四苦八苦の状態だったが、中でも未夕の狼狽振りは酷かった。メイド喫茶でのものとはいえそれなりにステージ経験のある未夕の慌てぶりに、他のメンバーは意外そうな顔をしていた。どうやら未夕は突発的な事態に対処する能力があまり高くないようだった。
「ちょっと、みゅー! もう何回目? しっかりしてよ!」
「うぅー、ごめんなさーい……」
開始時間が刻々と近づくにもかかわらずメンバーから何度も誤りを指摘される未夕に、痺れを切らした菜々美が激しく喝を入れると、年下の菜々美に叱責された未夕は消え入るようにその身を小さくしていった。
「まあまあ、急なことなんだから仕方ないよ。もう一度最初からみんなで合わせてみよ? ね?」
リーダーの佳乃が萎縮する未夕を気遣ってそうフォローを入れると、藍里が自分も余裕など全くないにもかかわらず未夕を励ました。
「なによー。なんか私が悪者みたいじゃなーい」
頬をふくらませ口を尖らせて菜々美が不平を鳴らすと夏夜が、まあまあ、と言ってなだめた。
最年少の菜々美と最年長の夏夜。よく意見の衝突する2人だが、菜々美が生意気なことを言ったときに真っ先に食って掛かって諭すのが夏夜だし、菜々美が不満を漏らしたり落ち込んだ時に真っ先にフォローするのも夏夜だった。
彼女は同じレベルで喧嘩しているように見えて、実は菜々美の思考がまだまだ子供のそれであることをキチンと理解したうえで相手をしている。それはやはり最年長らしい立ち居振る舞いと言えた。
どんな事情があろうと、生中継の予定が入っている以上開始時間の変更はできない。それこそI−1クラブのライブならば話は別だろうが、ウェイクアップガールズ程度のレベルではテレビ局側も考慮などはしてくれない。中継を飛ばされてせっかくのチャンスをフイにするのがオチだ。
それでも中継時間内に収まる程度に若干開始時間を遅らせてもらうよう社長が交渉し、何とか了承を得ることができた。残された僅かな時間をフルに使って練習はしたものの、結局ぶっつけ本番的な不安は拭いきれないままライブの時間を迎えることとなった。
時間になってウェイクアップガールズの6人がステージに立つと、客席の何人かが、アレ? という顔をするのがわかった。1人足りないんじゃないかという疑問の顔だ。
リーダーの佳乃はマイクを持ってメンバーを一人ずつ紹介をすると、次に実波のことに触れた。
「皆さん、もうお気づきでしょうけれど、私たちウェイクアップガールズは7人のユニットなんですが今日は6人しかいません。まず最初にそのことをお詫びしなくてはいけません。申し訳ありません」
佳乃はそう言って客席に向かって深々と頭を下げた。
「実は事情があって片山実波が今日のこのライブに参加できなくなってしまいました。ライブを始める前に、まずそのことを皆さんにお話ししたいと思います」
客席に向けて話す佳乃をメンバー全員が黙って見守った。観客も佳乃の話に黙って耳を傾けていた。
「実波には肉親同然のおばあちゃんがいます。実波が小さい頃からずっと面倒をみてくれていた方で、実波はそのおばあちゃんが大好きなんです。おばあちゃんも実波を自分の孫のように可愛がってくれていました。そのおばあちゃんが今朝、心臓の発作を起こして救急車で病院に運ばれました。今も意識不明だそうです」
佳乃の口から語られた意外な事実に客席がザワついた。
「最初実波から連絡が入った時、私はどうすればいいんだろうって迷いました。私たちはまだまだ駆け出しですけどプロとして活動しています。プロである以上、待っているお客さんが一人でもいる以上、ライブをすっぽかすなんて許されることではないと思ったからです。けれど私たちの事務所の社長は6人でやりましょうって言いました。実波を今日のライブに出すわけにはいかない、そう言いました」
佳乃は淡々と話を続けた。
「社長は私たちに、本当に大切な人が生きるか死ぬかの状態な時そばにいてあげたいという気持ちを、あの震災を経験したアナタたちだったらわかってあげられるはず、そう言いました。皆さんもあの時、私たちと同じ経験をしているはずです。あの時を知っている皆さんになら、きっとわかっていただけるって私は思いました。実波が今日ここにいないのはプロのアイドルとして失格なのかもしれません。でも、私たちは実波を責めようとは思いません。それよりも今日は実波の分まで私たち6人で精一杯のライブをお見せしたいと思っています。次の機会がもしあれば、実波はきっと今日の分まで頑張ってくれると思います。ですから、どうか今日は6人でライブを行なうことをお許しください。お願いします」
話を終えて佳乃がペコリと頭を下げると、全員がそれに倣って客席に向かってお辞儀をした。ステージ上の少女たちに対して観客たちは暖かい拍手で応えた。佳乃の説明は観客から好意を持って受け止められた。少女たちはお互いに顔を見合わせながら安堵の表情を浮かべた。
「それでは元気良く行ってみたいと思います。まず最初の1曲は私たちのデビュー曲、タチアガレ! です。聞いてください!!」
3曲総てを披露しライブを終えたウェイクアップガールズに、観客たちは大きな拍手を送った。少女たちは何度も何度も客席に向かって頭を下げ、お礼を言いながらステージを後にした。
「あー、緊張したぁー!!」
控え室に戻った途端、未夕がそう言ってその場にへたり込んだ。何とか大きなミスなくライブを終えたことで緊張の糸が急に切れたのだろう。彼女の混乱ぶりを知っている他の5人はその姿を見て微笑んだ。
「みゅー、お疲れ様」
菜々美が未夕にそう声をかけると、未夕は目を潤ませて菜々美に抱きついた。
「えっ! ちょっ、ちょっと、何よ! 離れてよ!」
「だぁってぇー、ホントに緊張したんですよぉー」
離れようとしない未夕と菜々美とのやり取りを見ながら他のメンバーはクスクスと笑った。
「みゅー、ホントに緊張してたんだね」
「でも失敗しなかったじゃん。頑張った頑張った。偉いよ」
「お客さんの反応も暖かくてよかったね。私、ちょっとドキドキしてたんだ。1人足りないぞって怒られたらどうしようって」
「よっぴーがライブの前にキチンと話したからだね。あれ、全部自分で考えたの?」
「うん。社長から言われて、それからずっと考えてたの。正直に話すのが一番良いと思って」
高揚した気持ちが落ち着くまで少女たちは控え室で話の花を咲かせた。やがて気持ちが落ち着いてくると、話題は自然と実波のことになっていった。
「実波から連絡あったのかなぁ……磯川のおばあちゃん、意識戻ってればいいけど……」
藍里がそう言ったが、全員が同じ気持ちだった。その時ドアがノックされ社長が入ってきた。
「みんなお疲れ様。急な事態によく対応してくれたわね。良いライブだったわよ」
「あ、あの社長! 実波から連絡は?」
社長のライブを褒める話を遮るように、佳乃がそう尋ねた。
「それがまだなのよ。病院にいるのはわかってるから、こっちから電話をするのもねぇ……」
「そうですか……心配ですね。磯川さん、何ともなければいいですけど」
佳乃は肩を落としてうなだれた。他のメンバーたちも連絡がまだないと知って、佳乃と同じように少し気落ちした様子だった。そんな彼女たちを見て社長は尻を叩くように叱咤した。
「ほらほら、そんな顔しないの。ライブは終わったけど、アナタたちにはまだ仕事が残ってるのよ? プロなんだからこの感謝祭が終わるまでは仕事に集中するのよ。実波のことは私と松田に任せておきなさい」
彼女たちの仕事はライブだけではなく、この後もステージでのイベントや会場内での様々な催しに幾つか参加しなければならない。社長に促されて少女たちは気持ちを切り替え次の仕事に備え始めた。
総ての仕事が終わり少女たちが再び控え室に戻ると、そこに片山実波が椅子に座って待っていた。
「実波!!」
実波がいることに気づくと全員が彼女の元に駆け寄り周りで輪になった。
「実波、磯川のおばあちゃんは? 意識は戻ったの?」
佳乃が真っ先にそれを尋ねた。何をおいても皆が一番心配しているのがそのことだからだ。
「うん、戻ったよ。念のためキチンと精密検査をするから入院するらしいけど、お医者さんももう大丈夫だろうって」
「そっかぁ……良かったね。みんな心配してたんだよ。ホントに良かった」
磯川の無事を聞いて全員がホッと胸をなでおろした。佳乃の目は少し潤んでいた。当初実波抜きでライブを行なうことに疑問を呈した佳乃だったが、その想いは他のメンバーたちと何ら変わりはなかった。
そんな佳乃の姿を見て菜々美は、さっきはちょっと言いすぎだったかな? と心の中で反省したが、照れくさくて恥ずかしいので口にはしなかった。
「みんな、今日はゴメンなさい」
実波はあらためてメンバー全員に今日のことを謝った。
「そんな……社長も松田さんも私たちも、誰も怒ってないよ」
「そうだよ。今日は仕方ないよ。お客さんもわかってくれたし」
誰も実波を責めたりはしなかった。実波は謝りながらも話を続けた。
「私、おばあちゃんに怒られちゃったんだ」
「磯川さんに? どうして?」
「どうしてライブに行かなかったんだって。そんなことじゃダメだよって。私は磯川のおばあちゃんたちだけじゃなくってみんなのアイドルなんだから、心配してくれるのは嬉しいけど応援してくれる人が待っているんだったら行かなきゃダメでしょって怒られちゃったの。そうしてくれた方が私は嬉しいって。それを聞いて私、ああ、やっぱり私ってまだ子供なんだなぁって反省しちゃったの。おばあちゃんが倒れたって聞いた時に、もうそれで頭が一杯になっちゃってライブを見に来るお客さんのことなんて頭から消えちゃって……でも、アイドルはそれじゃダメなんだよね」
少女たちは実波が磯川を慕う理由がわかった気がした。ただ単に甘やかすだけではなくキチンと間違いを指摘してくれる。そんな誠実な人柄に実波は惹かれるのだろうと思った。と同時に何人かは、実波が磯川に怒られたということに意外さを感じてもいた。藍里・夏夜・菜々美・未夕の4人だ。
真夢と佳乃の2人は社長が実波抜きで行くと決断を述べた時に、当然だと思う一方でプロとして果たしてそれでいいのかな? という疑念も持っていた。しかし他の4人、藍里・夏夜・未夕は意識の低さがゆえに、菜々美は思考の幼さがゆえに今回の社長の判断は当然だと疑っていなかった。それが倒れた本人である磯川から否定されたというのだから意外だったのだ。さらに言われた実波自身が反省しているのだから、自分たちが間違っていたのかもしれないと思うのも当然だった。
(結果的にはこれでよかったのかもしれないな)
真夢は実波たちのやりとりを横で聞きながら心の中でそう思っていた。雨降って地固まるという言葉があるように、今の実波の話を聞いてみんなの意識が少しでも変わればいいし、そうでなくても今日の出来事でメンバー間の結束は強まったはずだ。少なくとも自分はそう思っているし、多分リーダーである佳乃も同じような気持ちでいるはずだと真夢は考えていた。佳乃は何も言ってはいないが、なぜか真夢には佳乃も同じように考えているだろうという確信にも近い気持ちがあった。
真夢は今のウェイクアップガールズの姿勢を、必ずしも総て肯定しているわけではない。I−1で鍛えられセンターをも務めていた彼女からすれば、甘いなと思う面も多々あったし、これでこの先大丈夫なのかな? と思う時もあった。
それでも彼女は何も言わず黙っていた。いつか言わなければいけない時がくるかもしれないけれど、それまでは黙ってみんなのことを見守っていようと決めていた。リーダーの佳乃がいるのだからあまりでしゃばるような真似はしたくなかったし、I−1とは違うのだということも彼女はキチンとわきまえていた。
(でも、ずっとこのままでいいわけはないよね)
真夢はウェイクアップガールズと自分の行く末に思いを巡らし、一人静かに考え込んだ。
説明 | ||
TVシリーズの第3回、シリーズ第8話です。本編のアニメでは第3話に相当します。本編では片山実波回と言われた回ですが、僕はこの作品に担当回はそぐわないという考えなので基本ストーリーはそのままですが内容は大幅に変わっています。お気に召しましたら幸いです。 | ||
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