魔法使いの大家族 第9話:伊邪那美 |
「なっ、なぁ伊邪那岐!僕はあまり喧嘩は好きじゃないんだってば!」
逃げ惑う秋、無理もない
本来召喚者を召喚する者として立場が形式上上の秋は伊邪那岐に切りかかられて走りながら叫んでいた
伊邪那岐も容赦する事なく秋を追いかけながらその大剣を所構わず振り回す
それも秋の自宅にて、庭のベンチに寝転がっている夏希が見守る傍らで
「秋よ!
あの男に喧嘩を売ったのはお前だろうに!
これからでも鍛え直してやる!
禁術が使えなかったらどうするのだ!
秋、そうなったらお前に勝ち目はないのだぞ?」
秋を追いかけながら伊邪那岐は口早にそう言った
すると秋は無言になり話すことをやめて走るのもやめた
そして伊邪那岐を睨みこれ以上自分で近寄るなと言わんばかりに自分の手を振り
丁度2人の間の境界線になるように地面を焼き付けて線をつけた
「流石、秋と言ったところなのか・・・無駄な事ばっかり熱中しているというか
伊邪那岐、秋も怒ってるぞ?いい加減やめてやったらどうだ」
夏希の言葉を聞いても伊邪那岐は首を横に振った
自分の主人の身を案ずるのは召喚者として当然のことそれは夏希にもわかっていたが
秋の目を見て本気だとしか思えなかった
だから夏希は伊邪那岐に声をかけたのだ
召喚者は死なないが召喚する側は人間、死ぬこともある
最悪の場合この訓練で秋が命を落とすかもしれないと考えてる夏希は不安でしかなかった
仲が険悪になることも最悪考えられる
信頼と御恩と奉公からなるような関係、険悪になるのは許される事ではない
「そこまでするのなら・・・
秋、私にも考えがある
この一太刀で私はお前に攻撃をするつもりだ
禁術でもなんでも使って守るがいい」
「いいけど・・・
伊邪那岐、僕は君がどうなっても知らないよ?」
「構わん、行くぞっ!」
伊邪那岐が秋の境界線を踏み越えて大剣を振り上げて向かう
秋は自分の右手を伊邪那岐に向かって振り上げる
何か魔法が飛んでくると考えた伊邪那岐は大剣で視線を隠しながらも秋に向かって行くことをやめない
秋はその伊邪那岐を見てため息をつくとゆっくり深呼吸をした
「我が命によって貴殿を召喚する
誓約と契約の名の元より召喚され現れよ
伊邪那美」
「いぃっ!?」
伊邪那岐の奇声と共に秋の周囲に赤色の魔法陣が展開される
大剣を地面に置いて伊邪那岐は秋に土下座をするが時すでに遅し
秋の目の前には絢爛豪華な着物姿で伊邪那岐と違い面をつけていない召喚者が表れていた
顔と体は人間の女性に近いものでとても精巧に美しくつくられた美術品の様な体と顔
伊邪那岐は腰が砕けてしまって動くこともままならない
その伊邪那美と言われ召喚された召喚者はその場で背伸びをすると秋の頬にキスをした
「おい!伊邪那美!やめてくれ!」
「いやよー!だって久しぶりに呼ばれたんだもの!
いっつもいっつも伊邪那岐ばっかり!なんであたしを読んでくれないのよ!
とっても寂しかったんだからね!?」
嫌がる秋を捕まえて抱きしめる伊邪那美、暴れる秋の視線の先を見るとそこには腰が砕けてしまった伊邪那岐が
冷ややかな目でそれを見ながら秋を強く抱きしめる伊邪那美、秋の首は悲鳴を上げていた
「何よ」
「ひっ・・・久しいな・・・」
「人間の女にデレデレしてるんじゃないわよ!
それに何!?秋が私を召喚した途端腰が砕けるって!
私がどんだけ怖いあなたの奥さんかわかってるの?
こんどは火あぶりにでもされたいのかしら?」
「いや!大丈夫だ!この通り!腰が砕けたなんてことはない!」
急いで立ち上がって伊邪那美に頭が上がらない伊邪那岐、夏希はそれを興味深そうに眺めていた
秋の首が締まっている事に気づいた伊邪那美は秋を急いで下ろしてまたその頬にキスをした
「あのなぁ・・・伊邪那美、お前には伊邪那岐がいるんだからあいつにキスしてやれよ!」
「嫌よ
だって確かに彼は最初はとても男らしくてカッコよかったのに
今の伊邪那岐はあんなになよなよしいのよ!?
人間の女なんかにデレデレしちゃってぶっ殺してやろうかと思ったぐらいよ!」
激昂する伊邪那美を見て呆れる秋と伊邪那岐
夏希だけは秋に関心していた
基本的に召喚者は大量の魔力を消費する
一般人には到底扱えるものでは無い
しかし、秋は今、夏希の目の前で伊邪那岐と伊邪那美という召喚者を召喚している
一人で一体の召喚者なら魔法師や魔導師なら召喚できるであろう
しかしまだ高校生で魔法師でも魔導師でもない秋が二重召喚と呼ばれる
限られた人間にしか使えない魔法を使っているのである
これを魔法科の人間や世界の魔法使いの連中が見たらどんな顔をするのだろうと夏希はほくそ笑んでいた
「でも秋?大丈夫なの?
私たち夫婦を同時に召喚してしまって」
「それなら問題ないよ
僕も成長しているからね2人ぐらいならなんの問題もないと思う」
そういう秋を見て伊邪那美は再び秋を抱きしめた
窮屈そうに秋はもがいて伊邪那美から逃れようとしているが
彼女の腕力にはすさまじいものがありとても脱け出せる様な状況ではない
柔らかいクッションがあるので顔には何ら影響はないと思われるが伊邪那岐は少しだけ眉をしかめていた
「何?私が秋を抱きしめてたらいけないわけ?」
「いけないというほどでもないが・・・やはり妬けるのは事実
いくら秋は私の主と言えど少し羨ましく見える」
2人の会話を聞いて夏希が立ち上がる
「じゃあお二人でどちらが秋に相応しいか戦ってみては?」
「なっ夏希!?いやしかしな!?」
「あら夏希君、ひさしぶりじゃない!相変わらず秋に負けないぐらいイケメンね」
夏希の言葉に二人は一斉に夏希を見る
その隙を見て秋は伊邪那美から抜け出し、夏希の近くに空間転移魔法を使い自分をそこに転送した
伊邪那美の一瞬の隙をついた動き、思わず伊邪那岐は秋が自分の懐からいなくなって頬を膨らませている
「ぼっ僕もどっちが強いのか見てみたいんだ!
勝った方が毎日こうして召喚者として僕に呼ばれるってのはどう!?」
「でも秋?
秋に呼んでもらいたい召喚者はいっぱいいるのよ?
毎日毎日、伊邪那岐ばっか召喚していくら低燃費だからって私たちも呼んでもらわないと妬いちゃうに決まっているじゃない
自分の召喚者の心も分からないんじゃ
人間の女の子の心を理解するなんて到底無理なものだと思うわよ?」
「うぐっ・・・」
秋の心に伊邪那美の言葉が突き刺さる
伊邪那岐も流石に秋の事を擁護する事はできない
言い返さない自分の主と情けない旦那を見て伊邪那美は自ら自分の右手を伊邪那岐に向けて差し出した
「秋は立派な魔導師になれると思うの
私や伊邪那岐、貴方だって他の召喚者だって
皆、秋に立派になってほしいと思ってる
誰よりも秋が一番の魔導師だって魔法師だって思ってる
伊邪那岐、貴方が悪いとは言わないわ
正直、さっきからの私の行いは悪いと思ってる
でもちゃんと秋を導いてあげるには・・・伊邪那岐、今の腑抜けた貴方じゃいけないと思うの
だから」
そう言うと伊邪那岐の振り上げた手から刺青状に伊邪那美全体に魔法陣が映し出される
そして伊邪那岐の背後には独特の雰囲気を醸し出す黄金に輝く扉、その扉はあまり堅牢な物には見えず
あまりにもこじんまりとした扉にも見える
見かけ倒しなのか?と秋と夏希が心の中で思っていたその時、大剣を縦の様に構えて伊邪那美の攻撃であろう魔法を受けていた
秋は何が起こったかわからずにただただ戸惑っていた
「秋には見せた事は無かったかもしれないわね
そう、これが私の使う武器、黄泉比良坂ノ扉(よもつひらさかのとびら)よ
ここから様々な魔法や色んな物を出すのことができるのよ
伊邪那岐の使っているあの大剣、天之尾羽張(あめのをはばり)だって出すことが出来そうよ」
伊邪那岐が伊邪那美の扉から止めどなく射出される武器をすべてその天之尾羽張で受け切っているものの、攻撃を受け止めていくにつれ徐々に徐々に地に自分の足跡が引きずられていく跡が見てとれる
「くっ・・・相変わらずの容赦の無さだな・・・」
「これは試練なのかしらね
日頃腑抜けていたツケなのかもしれないと思わない?
秋の前にいた主の時みたいに私を痺れさせてくれないと」
伊邪那美がそう言って手を天に向かって振り上げる
それと同時に黄泉比良坂ノ扉が一枚、また一枚増えていく
増殖する様に増えた扉は数えきれないほどの数が展開されていた
夏希も秋もただその場で二人の戦いを見ている事しかできなかった
あまりの迫力に召喚者であるはずの秋も驚きを隠せないでいる
「秋からもらいうけてる魔力しか使っていないから秋は安心していて
これが今の現時点での私の限界だから」
伊邪那美は秋に微笑みかけるとそこから一気に冷酷な目つきに表情を変える
目標は伊邪那岐ただ一人、伊邪那美の振り上げた手が一気に振り下ろされる
それと同時に先ほどよりも数の増した無数の武器は伊邪那岐に向かって射出された
「秋の隣にいてあげたいのはどの召喚者も同じなの
貴方の優しさが秋を危険を及ぼす事もあると思うの
これでも手加減したんだから感謝してほしいものね」
伊邪那美の黄泉比良坂ノ扉によって射出攻撃を行った場所からは土煙が立ち込め、伊邪那岐の安否が確認できない
しかし、伊邪那岐という目標が見えないからか伊邪那美が出した黄泉比良坂も武器などを射出するのを止めた
秋に向かって歩みを進める伊邪那美、秋も伊邪那岐が確認できずただただ向かってくる伊邪那美を召喚者として功を労おうとした
その時だった
伊邪那美の黄泉比良坂ノ扉がすべて音もなく崩れ去った
土煙を引き裂いて一人の人影が伊邪那美に向かって飛び出してくる
目にも止まらぬ動きで伊邪那岐は伊邪那美に大剣の切っ先を伊邪那岐の首に突き付けた
「これでよかろう」
「流石ね
やっぱり本気を出したら違うじゃない
潔く私は帰るとするわ
でもやっぱり秋に会いたかったら会いに来ちゃうかもしらないから!
じゃあね!アナタ!」
伊邪那美の最後の台詞にギョッとする伊邪那岐だったが伊邪那美が自分に喝を入れてくれた事に感謝し、ほほ笑んだ
秋もそんな伊邪那岐を見て微笑みを隠せない
「伊邪那岐、召喚者としてもだいぶ上のはずだろ?
よっぽどお前と普通にいるのが好きなんだなあいつは」
夏希は秋の背中を優しく叩き、羨みを込めてそう言った
秋は自分の事を否定する人間がいる反面ちゃんと見ていてくれている事も実感した
「伊邪那岐、今から昼ご飯だけど食べていくか?
召喚者は食事をとらなくてもいいけど今日は春兄の特製パスタだぞ?」
伊邪那岐が思いがけぬ情報を聞いてピクリと反応する
「仕方ない・・・春樹の飯にありつくとするか」
「もろ顔が嬉しそうだぞ伊邪那岐」
「秋、気にするな!」
夏希が二人を見送ると自分が寝ていたベンチの近くにあった木が目に入った
何か気配でも感じたのか夏希はその木に両手をかけ全力でその木を揺すった
木の葉に紛れて鈍い音をたてて落ちる白いワンピースを纏い、純白の皺一つ、汚れ一つ無いガルボハットを被り日傘を持った少女、国魔高校生徒会長、七条真理亜
真理亜の姿を見て夏希は頭を掻きながら大きなため息をついた
そんな夏希を見て真理亜は疑問に満ちた目で夏希をジッと見つめる
「なんでこんなところにいるんだ?」
「近くを歩いていたらとても大きな魔力を感じたから来ちゃった」
「来ちゃったじゃないだろうが・・・」
無垢な笑顔を向ける生徒会長にもうため息も出ない夏希、怒りもせず咎めもせず夏希は真理亜の頭を撫でた
嬉しそうに真理亜もそれにこたえるかのように体をくねらせる
「雁間君は私の事好きなのかな?」
「それは微塵も無いな
今の俺にはゲームとバスケが恋人だし
お前は彼女というよりも妹って感じがするからな
俺よりもちっちゃいし」
夏希と並べてみると真理亜はとても小柄に見える
単に夏希の体格がいいのか真理亜が小さいのか
しかし、真理亜は夏希とは身長差があるものの全国女子高生の平均身長よりは高いか平均ぐらいだ
その華奢な体に天真爛漫な性格、そして顔立ちの良さとお家柄、すべてが伴って彼女は人気があるのだろう
さらに真理亜はメディア受けもいい上に彼女はさらに人懐っこい
夏希と同級生ながらすでに彼女のドキュメンタリー番組も作られてしまう程だ
「どうしたの?大丈夫?」
考え事をしている夏希を見て真理亜は思わず声をかける
夏希も夏希で真理亜が隣にいながらよく考え事などできるものだ
「あぁすまない
さっきの戦い見てたんだろう?」
「うん、秋君と雁間君は二人で観戦していたよね
あの人たちは誰なの?雁間家の門番さんか何か?」
夏希は真理亜に発言を聞いて再び頭を抱える
流石に先ほどの伊邪那岐と伊邪那美の戦いを見て察しがつかないわけがない
こいつは天然でもあるんだな夏希は真理亜に言いそうになりながらも真理亜の事を思って心の中で留めておいた
「あれは秋の召喚者だよ」
「え!?それ本当に!?」
活きのいい魚の様に夏希の話に食いつく真理亜、目は輝き、興味だけが彼女を駆り立てているのは夏希にも目に見えていた
普段、どんな事にも興味を示さない真理亜を見ている夏希には今、目の前にいる真理亜の目の輝きが不思議でたまらない
天真爛漫でも彼女は嘘をつくこともある
自分の家の為、自分の為、彼女の本当の表情を見れているのは自分だけなのかもしれないと夏希は思っていた
「本当に秋君って凄いんだね
私ももっと頑張らなくちゃって思わされるなぁ
二重召喚なんて並外れた魔力、尊敬どころの話じゃないよ?
雁間君だって召喚者を召喚さえもできないんだから!
私たちは一応、学校の顔だっけ?それなんだからもっとしっかりしないと!」
自らの今のやる気を身振り手振りで表す真理亜を見て夏希は思わず微笑んだ
夏希の微笑みを見て真理亜も一緒に微笑む、遠くから見てもそれは誰もがカップルだと思ってしまう光景だった
外まで昼食の用意が出来た事を夏希に告げようと来た春樹でさえそう思っていた
「お二人さん?」
「あっ春兄、すまない。今、行こうとしていたところなんだ」
「すいません春樹さん、私が夏希君を留めてしまっていて」
春樹は二人の間を邪魔してしまったなと反省していた
「ごめんごめん
どう?七条さんも食べていく?雁間春樹特製パスタ」
真理亜は夏希を見つめた
おおよそ、私なんかが雁間家の食卓に上がっていいのかしらとでも思っているのだろうと夏希は真理亜の目つきから察した
「上がってけよ」
夏希はただそれだけ真理亜に告げて先に玄関に向かった
その背中が見えなくなるまで真理亜はその場で黙々と固まっていた
春樹が真理亜に近づいて顔の前で手を振る
すると驚いて真理亜は転びそうになり、それを春樹が瞬時に魔法陣を発動しクッションを召喚する
そこに座り込むような形で真理亜もワンピースも汚れる事を回避した
「大丈夫?無理のし過ぎじゃないかな?生徒会長さん」
「春樹さん・・・」
「僕のパスタでも食べて元気出しなよ!
夏希はああいうところ冷たいかもしれないけど気遣い方が分からないだけでちゃんと人の事も思ってるからさ
さぁ!行こう!」
「なんか・・・お父さんみたいですね」
「うーん・・・あんまり親が帰って来ないからね
僕が主に家事とかしてるんだよ
お母さんとお父さんの両立っていうのかなそれを目指しているので!」
そう言って春樹は真理亜に手を払いお辞儀をする
それは劇団が最後の挨拶をする前にする様なキビキビとした中にもしっかり暖かさのあるお辞儀だった
思わず真理亜は春樹のお辞儀を見て笑い声をあげてしまった
春樹もそれにつられて優しい笑みを浮かべる
「それでは行こうか!」
「はい!」
「緊張はしなくていいからね
一体召喚者がいるぐらいで不思議な家庭じゃないから!」
春樹が手を差し出しそれを真理亜がとると魔法陣が発動して一気に雁間家の玄関に導かれる
真理亜は玄関に向かって一礼すると雁間家の敷居をまたいだ
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