ホワイトデ―のお返し。
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その考えは突然に降って来た。

 いつも通り涼は神社の作業として、お守りに付ける紐を結んでいた。雨が降ったために参詣者もおらず、お掃除も出来ないときはいつも、こうして物品を作ったりするのは常だった。

慣れた手つきで一つ一つお守りに通して飾り結びにしては丁寧に箱に詰めていく。淀みなく、流れるようなてつきであったその手がぴたりと止まり、今まで扱っていた白い組み紐を見つめた。急に作業の手を止めた涼を怪訝に思ったのか、宮司の視線が涼の向くが、涼は気付かずに、紐を指に巻きつけて感触を確かめ、数回引っ張ってみる。ほつれることも痛むような感触もないことを確かめ、一つ、頷く。

これだ。……と。

 

「宮司様、この紐、数本頂いてもいいですか?」

 

 

次の日、村の染め物屋に頼んで淡い藍に染められた紐を手に、涼は自分の部屋に居た。涼の肩から指先までより若干長いその紐を机の上に置き、部屋にポツンとおかれた箪笥の引き出しを探る。

 

「えっと……確かここに……あ、あった。」

 

引き出しにはあまり物が入っていないから、目的の物はすぐに見つかった。穴の空いた、木製の小さな玉。色合いが気にいって買った物だったが、使う機会が無くしまわれていたのだった。

艶のあるそれを大事に手に持ち、机へ戻る。四本の青と白の紐の端を机に文鎮で押さえ、手で梳くようにしてまっすぐに伸ばし、指で紐の中ほどを持つ。

何をするかと言えば、組み紐細工である。小さい頃、村の友達に教えて貰って、古布や稲藁で練習して遊んだものだ。

とはいっても、昔も昔。何年振りだろう。指折り数えて十年ほどだと気付いて少し驚く。そうか、そんなに前だったか。……組み紐なんて久しぶりだから、少し手順が怪しい。危なっかしい手つきで紐を繰る。

何度か解いて編み直し、それはゆっくり、ゆっくりと編まれていく。その目は真剣そのもので、目が疲れてしまうのか時折目頭を押さえている。しかし、だんだん思い出して来た。昔取った杵柄、というのはおこがましいだろうか、それとも、宮司様に「そんな年ではないだろう?」と苦笑されるだろうか。

 

噂をすれば影が差す。板張りの廊下がほんの少しだけきしんで、障子が開けられる。顔をのぞかせたのが宮司だったものだから、あのことわざは案外本当なのかもしれない。

 

「涼や、贈り物は順調かい?」

 

「はい、……何とか。慣れないので時間はかかっていますが」

 

遅くまで灯りが付いていた事に気付いて尋ねて来たらしい。宮司が声をかけるが、組み紐からは目を離さない。目を離したら、手順が分からなくなってしまいそうなのだ。正直にいえば今は話かけられると少々危ない。

そんな様子を察したか、宮司が目を細めて笑った。

 

「あまり根を詰めすぎないようにするんだよ?」

 

 明日の朝食は自分が担当することになりそうだ、と独り言をつぶやいて、宮司の足音が遠ざかる。その背中に、おやすみなさい、と涼の声がかけられた。

 

根を詰めるなと言われても、始めてしまうとつい根が入ってしまうのが人と言うもので。結局、いつもの就寝時間を大分過ぎたころにそれは完成した。目をシパシパさせながら、完成した組み紐を指先でなぞって満足げにほほ笑む。

 

「……後は玉を通して結んで……」

 

そうしてできたのは、青と白の髪結い紐。

 お守りを結わえる紐で編んだから、何かのご利益があれば良い。彼の色素の薄い髪と、青い外套に会えば良い。眠気に落ちかける瞼を何とか開いて、完成を確かめるように眺めた。

 

「出来たー……」

 

紐を机に置いたまま、強いておいた布団にもぐりこむ。眠気が強いままこれ以上作業をするのは得策ではないし、何より布団の誘惑には勝てなかった。

ポフリと、糸がきれた人形のように枕に頭を預けたかと思えば、すぐに静かな寝息が立ち始める。

そうしてひとつ取り残された行燈の灯りは、こっそりと宮司が消していったのだった。

 

 

それからホワイトデーまでの間、朝のお祈りの際にそっと三宝に乗せて神前に捧げたりしてみたが、本当にご利益があるのかは涼本人も不明である。神に仕える身で不信心な、という言葉が返ってきそうだが、忍社で祭っている神様はかの有名な童話、「ここのつ」に出てくる神様だ。開運よりも、学業成就とか、病気平癒だとか家内安全のほうが合っているような気もする。心願成就、という便利な願い事もあるから、そちらで祈りはしたけれど。

そっと懐から、和紙に包んだ髪紐を取り出して見る。

こういうのは気持ちが大事だ、と、誰かが言っていたから、そんな言い訳めいた言葉で自分の緊張をほぐしてみる

そうだ、厨房で一緒に作っていた寒天菓子も包んで、一緒に贈ろう

 

「企鵝さん、良ければ、これ……バレンタインで頂いた「ちょこれいと」のお礼です。」

 

 ご利益があるかは分かりませんが、とバカ正直に申告した涼に対し、企鵝は。

 

「ご利益が無いわけ無いでしょう。大事にしますね」

 

 笑ってくれた。とても喜んで貰えたことがたまらなくうれしい。もしかしたら、作った自分にご利益が来たのだろうか。そう思うくらいに。

 

 

 

説明
涼から企鵝さんへ、ホワイトデーのお返しをします。
何とか間に合ってよかったです……←

登場するここのつ者;魚住涼
登場するいつわりびと:企鵝
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