インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#120
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「えぐ、ちーちゃん、無事で…よかった…」

 

「心配、かけたようだな。」

 

そういいながら、自分の胸に顔をうずめて泣く束の頭を撫でる千冬。

 

「もう、かってにどっか行っちゃうなんて、ゆるさないから…」

 

『それ』が本物であり、二度と何処かへ行かないかと確かめるように抱きしめる束は号泣というに過不足ない状態である。

 

その傍らには黙したまま優しげな表情を浮かべる一夏と目じりに少しばかり涙を浮かべる箒。

 

千冬としては色々と思うところがある。

だが、それを言葉にできずに居た。

 

「――千冬姉、とりあえずなんともないようで安心したよ。」

 

そこに一夏からかけられる声。

 

あまりにあっさりしすぎたそれに、千冬は逆に驚いた。

 

その様子から察したらしい、一夏は苦笑を零す。

 

「殺されかけたって話は山田先生がポロリと零してくれたけど、詳しい話は聞いてないからな。余計な心配をするよりも無事を信じるに専念したんだよ。そのほうがよっぽど建設的だろ?」

 

「それに姉さんと同じように千冬さんも『大人しく殺される』なんて性に合わないでしょうし、らしくないですから。だから、『アキトさんと同じように、きっと無事だろう』って。」

 

『殺されたって聞いても現場を見るか証拠を見ない限り信じられないし、見ても信じきれない』なんて言われて千冬はがっくりと肩を落とす。

 

あんまりな言い方であるが、それは二人の信頼の形であった。

 

「それよりもラウラのほうが大変だぜ?千冬姉のそっくりさんに『きょうかーん!』なんて半泣きで抱きつきに行っちまったんだぜ?」

 

「山田先生も随分と気負いしていたようでしたし、私たちよりもそちらを気にかけてあげてください。」

 

「…すまないな。」

 

千冬は弟妹たちに気を使われていることへ礼を含めた言葉をつぶやくように言う。

 

「何言ってんだよ、千冬姉。」

 

「私たちは((兄姉妹弟|かぞく))みたいなものじゃないですか。」

 

そう、優しい笑みを浮かべながら言う一夏と箒に、千冬は自分たち((兄姉妹弟|きょうだい))の長兄の面影を幻視していた。

 

そして、思う。

 

真の意味で、あの兄の背中を追っているのは((一夏と箒|この二人))なのだろう、と。

その背中に甘えるばかりであった自分たちよりも、ある意味ではずっと大人になっている。

――いや、姉たちが不甲斐無いからそうならざるを得なかったのだろう、と。

 

「まったく、敵わないな。」

 

そのつぶやきは胸元に縋り付いて泣く束にも聞こえないほど小さなものであった。

 

まず、優しく頭を撫でて束をあやす。

 

その後は真耶にねぎらいの一言。他の教職員にも謝罪の一つはしておいたほうがいいだろう。

 

一番時間の掛かりそうなラウラの後には―――

 

 

「――ああ、そうだ。すっかり忘れてた。」

 

唐突な一夏の声に千冬は思考を一時中断する。

 

『一体何を言われるのか』と、わずかばかりに身構える千冬であるが、それは徒労であった。

 

「お帰り、千冬姉。」

「お帰りなさい、千冬さん。」

 

それに返すべき言葉は、ただ一つ。

 

「―――ただいま。」

 

何はともあれ、無事に帰ってきた。

 

それだけのことが家族にとってはこの上ない喜びなのだと。

 

ふと、千冬は思い出す。

 

今でも忘れられない第二回モンド・グロッソ決勝戦の日。

大事な試合を放り出して一夏を取り戻しに行ったときに恐怖に震える一夏を抱きしめながら千冬自身が言った第一声も『お帰り』であったことを。

 

 * * *

 

かつてIS学園理事長室であった一室は荒れ果てていた。

 

元は高級な調度品であったであろう残骸の数々。

深く陥没した箇所のある床に抉れた壁。

 

ところどころに見える紅い痕はその部屋で惨劇が起こされたことを雄弁に物語っている。

 

いったい、この部屋で何が起こったのか。

 

 

 

その答えは、すぐそこにあった。

 

荒れ果てた部屋に立ち尽くす、一人の女性。

 

それは、部屋の惨状を見て呆然としているのではない。

 

――怒り。

 

マージ・グレイワースは自身のうちから沸き上がる怒りを御しきれて居なかった。

 

それ故に部屋の調度品を破壊し、壁を抉り、床を陥没させた。

 

残骸の山の中には部屋に散った紅い痕の『原因』でもある亡国企業のエージェント『だったもの』も埋まっている。

 

 

 

その全てが彼女の怒りを紛らわせるために『壊しつくされた』ものである。

 

 

 

その原因となった報告書が、それを持ってきたエージェントが作った血溜りに浮かんでいた。

 

――そこに記されているのは、『日本政府が大量のISコアを入手し、それを用いた作戦の準備を進めている』という端的な事実。

 

 

だが、その事実からはまた別のものが見えてくる。

 

ISコアが四百六十七個しか存在しないのは篠ノ之束が製造できた上限個数が四百六十七個であったからである。

そのうちの四百五十余りを亡国機業が独占的に保有している現在、IS学園が保有している十数個以外にISコアは存在しない――ハズなのだ。

 

だが、報告書が告げる日本政府及びIS学園の保有ISコアは百余り。

 

――九十近くもの『存在しないISコア』が存在してしまっているのだ。

 

もちろん、『欺瞞のために九十機分の機体を製造しておいて、それだけのISコアを保有しているかのように見せかけている』という可能性も否定できない。

 

だが、その可能性はきわめて低い。

 

なぜなら、この情報をもたらしたのは日本政府内に存在するマージ一派の者が送ってきた情報であり、『稼動するIS』をその目で見たという情報が添付されていたからである。

 

 

 

いったい、何故?

 

世間一般は、材料を何とか調達した篠ノ之束が製造を開始した、もしくは隠し持っていたと考えるだろう。

 

だが、『ISの真実』をある程度知っている彼女ら亡国機業のいたる答えは別にある。

 

「マキムラ、アキトめ…!」

 

彼らは知っているのだ。

 

篠ノ之束がISコアを造れないのは『作り方を知らない』からであることを。

 

真のIS開発者が別に居て、その者が亡国機業と敵対的な関係にあることを。

 

 

 

((槇村 空斗|マキムラ アキト))。

 

 

 

ISの基礎理論、そして『白騎士』を生み出した((青年|・・))。

 

かつてマージらの誘いを断って行方を晦ました挙句、亡国機業の邪魔を繰り返した仇敵。

 

 

 

マージにとって『無価値な存在』でしかないはずの男でありながら、マージにできないことを成し遂げた『天才』。

 

 

 

「―――――――――!」

 

声にならない叫びと共に振り下ろされた刃が壁を割る。

 

壁紙の向こう側にあった鉄筋コンクリートの構造材が砕け、破片が舞う。

 

 

 

もし『((ISの開発者|マキムラアキト))』が女性であったなら、もしくは本当に篠ノ之束がISを開発していたのなら。

 

マージもここまで荒れることは無かっただろう。

 

逆に、熱心に勧誘して何としても仲間に引き入れる。

もしくは教えを請い、自らを育てるための糧にしたかもしれない。

 

 

だが、それは全て『もしも』の話。

 

現実として、『マキムラアキト』は男であり、亡国機業を滅ぼそうとする勢力に九十ものISコアを提供した存在なのである。

 

「――――――。」

 

マージは辛うじて形をとどめている机の残骸に駆け寄りスイッチを押し込む。

 

「――――って―。」

 

辛うじて生きていたらしい、空間投影ディスプレイの画面。

 

最高幹部となった彼女だけが持つ権限でシステムへログインする。

 

「――――ってやる。」

 

呼び出されたのは、ゴーレムに対する攻撃指示のためのシステム。

 

渋る技術者を脅してまでして作らせた、『ボタン一つの暴力行使装置』。

 

「全てを奪いつくしてやる!」

 

入力された行動を実行に移させるためのボタンが、押された。

 

 

 

それは、ある意味で白騎士事件の焼き直し。

 

 

 

――祖国の危機にノコノコと出てきたところを捕まえる。

 

それだけのために、ゴーレム全機に無差別攻撃命令を下したのだ。

 

 

――捕らえて、徹底的に辱めてやろう。さて、どうしてやろうか。

 

 

闇色に染まった笑みを浮かべる彼女は廃墟といっても過言ではない荒れ具合の部屋の中で一人嗤っていた。

説明
#120:闇は嗤う



『なんというか、繋ぎの話?』って感じがぬぐいきれませんが、流れの関係上必要なので…

早く決戦にもってきたいんだけど、それまでに回収しないとならんものがアレコレ散らばりすぎて大変なことに…
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