WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜09
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 順調に仕事をこなすウェイクアップガールズの元に大きな話が飛び込んできたのは4月のことだった。東京のテレビ局からの取材以来が舞い込んだのだ。

「東京のキーテレビ局から取材?」

 社長から話を聞いた松田は、最初驚きのあまり声が裏返ってしまった。だがそれも無理はない。すでにテレビの仕事はしているが、それはあくまでも地方局に過ぎない。視聴できるエリアはせいぜい仙台の近県まででしかないし、当然それだけ視聴者の絶対数が少ない。それはつまり影響力が低いということだ。

 地方局でどれほど頑張ったとしてもファンは地元でしか増えず、全国的にはいつまで経っても無名だ。全国レベルでファンを獲得していくためには、やはり東京のキー局で全国的に取り上げられなければ話にならない。但しそのためには地元で注目されなければどうしようもない。でなければ東京のキー局が地方のアイドルユニットなどに興味を抱くわけもない。彼らにとっては話題性が総てなのだ。

 デビューして半年にも満たないのに全国進出の足がかりを掴めたのだから、松田が声を裏返らせるほど驚いたのも道理というものだ。普通なら有り得ない。

「東京のキーテレビ局から是非ウェイクアップガールズを取材させて欲しいと依頼があったのよ。ドキュメンタリーを撮るそうなんだけど、今仙台で最も注目を浴びている存在として名前が挙がってるんですって。番組のタイトルは『ブレイク寸前 いま大注目の地方アイドルに迫る』ですってよ」

 社長の声は浮かれ弾んでいた。僅か3ヶ月ちょっとの活動期間で東京から取材がくるなんて、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いとはこの事かと松田は思った。今までのローカルな仕事とは違い今回は全国ネットのテレビ局相手の仕事だ。番組として流してもらえたら知名度アップの効果は今までとは比べ物にならない。まったく島田真夢恐るべし、だ。

 誰もがこの話を聞いて浮かれた。これを機にさらに飛躍していくことを夢見た。だが実際に取材スタッフが来訪し全員が浮かれる中で始まった取材は、その期待とは全く裏腹なものだった。

 まず全員の自己紹介から始めましょうかと言って取材を開始したディレクターがカメラマンに、適当に撮っておいて、と言うのが佳乃の耳に聞こえた。彼女は一瞬耳を疑った。

(大注目の地方アイドルに迫る趣旨の番組じゃなかったの? 適当に撮っておいてって、なんかヘンじゃない?)

 佳乃は内心では首を傾げたが、聞き間違いかもしれないしと自分を半ば無理やり納得させ、特に口を挟むことはせずその場を流した。もし違っていたらせっかくのチャンスをフイにしてしまうかもしれないと思うと、佳乃にディレクターを問い質す勇気はなかった。

 やがて一人一人アイドルを目指すようになった動機を含めて自己紹介を始めたのだが、ディレクターの全く熱意を感じない態度に徐々に佳乃以外の皆も違和感を感じ始めた。なんというか、どうにも取材がおざなりなのだ。まるで彼女たちはオマケだからどうでもいいとでも言っているかのように。

 その違和感は原因は、真夢の自己紹介の番になってようやくハッキリとした。ディレクターの態度は今までとは全く異なり、急に熱を入れてあれこれと真夢を質問攻めにしだした。

「きみさぁ、I−1にいたあの島田真夢でしょ?」

 真夢に対するディレクターの第一声がそれだった。そして彼女がそれを肯定するやいなや、彼は矢継ぎ早に質問をぶつけ始めた。それこそ息つく間もないほどに。

「キミがI−1を辞めた理由って、本当はマスコミで騒がれているようなのと違うんでしょ?」

「表向きはセンター争いに負けたってことになってるけど、調べた限りでは裏で相当もめたみたいだけど?」

「やっぱり話題になったあの写真週刊誌が原因なのかな?」

「グループ内の派閥争いや権力争いが原因って話もあるし、裏で多額の金が動いたって噂もあるよね。真相はどうなのかな?」

「I−1の白木さんってどんな人? キミと白木さんの間で何かあったのかな?」

 真夢が黙っているのをいいことに、ディレクターは根掘り葉掘り彼女の過去をネチネチとあの手この手で問い詰め続けた。

 ここに至ってようやく全員が、これはウェイクアップガールズの取材と称しているが実は島田真夢本人のみを取材しに来たのだと気がついた。それも彼女の触れられたくない過去だけを悪意に満ちた方法で聞きだそうとしているのだ。

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「あの、今日はユニットとしての取材なんじゃ……」

 リーダーの佳乃が真夢を助けようとそう言いかけると、ディレクターは手でそれを制し、したり顔で説教じみたことを言い始めた。

「僕らはね、真実を知りたいんだよ。もちろんそれは視聴者も一緒なんだ。突然表舞台から姿を消した彼女に何があったのか、それをみんな知りたがっているんだよ。視聴者の欲求があるからそれに応える番組を作る、それが僕らの仕事なんでね。個人的なことだからと言って逃げられても困るんだなぁ」

 それはアナタ自身の欲求じゃないかと佳乃は言ってやりたかったが、大人の男性相手にそう言い放てるほどの度胸はさすがにない。それは他のメンバーも同じで、何とか助け舟を出してあげたいが言い出せず困惑している様がどの顔にもハッキリと見て取れた。

 佳乃は社長に目配せをして救いを求めた。社長はそれには気づかなかったが、同じ気持ちだったのか尚も質問を続けるディレクターに対してとうとうシビレをきらした。

「その辺にしておいてもらえるかしら?」

 社長が優しい口調でやんわりとそう言うと松田もそれに続いた。

「今日の取材は、あくまでウェイクアップガールズとしてのものだと聞いてましたが、違うんですか? ユニットとしての取材なら島田真夢個人の過去は関係ないでしょう!」

 ディレクターは、やれやれ、といった表情で2人に反論した。

「あんたたち、何を勘違いしてるんだ? ウェイクアップガールズは、誰がどう見たって島田真夢ありきのユニットじゃないか。全国ネットでこのコの過去が蒸し返されて騒がれれば、むしろあんたたちにとっても注目を浴びることになってオイシイんじゃないの?」

 ディレクターはそう言うとテーブルの上にポンっと企画書を放り出した。そのタイトルには大きくこう書かれていた。

 

『都落ちアイドル 仙台奮闘記』

 

 その悪意に満ちきったタイトルを見て松田は驚いた。当初聞かされていた番組のタイトルとは全く違っていたからだ。聞かされていた番組企画のタイトルは『ブレイク寸前 いま大注目の地方アイドルに迫る』だ。これでは全く正反対ではないか。しかも都落ちアイドルだなんて真夢に対して侮辱もいいところだ。

(コイツらウソの企画を持ち込んだのか)

 マネージャーとしてこんなことは絶対に許せない。松田は激しい怒りがこみ上げてきた。だがそれは松田だけではなかったようで、社長はディレクターに即刻取材を打ち切って帰るよう促した。

「ただ、これでは取材が足りないでしょうから、私から島田真夢の件に関する当事務所の公式見解を申し上げますわ」

 社長は畳み掛けるようにそう言うと、キッとディレクターを眼光鋭く睨みつけた。

「わが社グリーンリーヴスといたしましては、島田真夢の過去の一件に関しては全く問題が無いと認識しております。世間で噂されているような事実は一切なく、写真週刊誌に掲載された記事に関しても何かの間違いか誤解であり島田真夢本人には何ら責任は無い、そう考えております。だからこそわが社は社運を賭けたアイドルユニットのプロジェクトに彼女を参加させているわけです。重ねて申し上げますが、島田真夢は全く何の問題も無く潔白だと私どもは信じております」

 睨みつけられた上にキッパリとそう言い切られてたじろぐディレクターに対し、社長はさらに追い討ちをかけた。

「私は島田真夢をウェイクアップガールズの広告塔にはしますが、それはあくまで無名のウェイクアップガールズに興味を持っていただくための手段であって、彼女の過去を売り物にして晒し者にするつもりは毛頭ございません。今回の件は無かったものとして、どうぞお引取りください」

 礼儀正しいがドスの効いた物腰と口調でそう言われ、ディレクターとカメラマンはコソコソと退散していった。松田は玄関前に塩を蒔いた。

「悪かったわね。今まであの手合いは総て断っていたんだけど、東京のテレビ局だからと私も浮かれていたのかしら。まんまと騙されたわ。ごめんなさいね」

 社長はそういって真夢に謝った。他のメンバーたちは互いに顔を見合わせたまま何も言わなかった。ある者は目の前で起きた出来事に驚いて、またある者はディレクターの発言にショックを受けて、ある者は真夢を気遣って、そしてそんなメンバーたちの醸し出す雰囲気に気圧されて誰もが話し出すタイミングを失ってしまっていた。

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 忌々しいテレビ取材を追い出した後、丹下社長は真夢と少し話をするために彼女だけを残して他のメンバーを帰らせた。藍里は残ろうとしたが、松田に今日のところは社長に任せようと諭されて仕方なく帰ることにした。明日からまた仕事だぞと言う松田に少女たちはハイと返事はしたものの、その声にはいつもの覇気が全く感じられなかった。それだけで彼女たちのショックの大きさが松田にも伝わってきた。

 社長は真夢と向かい合うように、腕組みをしながらソファに座っていた。真夢はといえば出されたアイスコーヒーに手をつけることもなく、ただ暗い面持ちで黙ってうつむいたままソファに座っていた。

 しばらく続いた沈黙を破り社長が口を開いた。

「さっき言ったことは本当よ。私はアナタがこのユニットにいることを積極的にウリにしていくとは言ったけど、それはあくまで注目を浴びるための手段なだけ。アナタの過去を晒して商売しようなんてコレっぽっちも思ってはいないから、さっきみたいなのはこれからも断固として断るつもりよ。事実これまでもそうだったんだから、それだけは信じてちょうだい」

 はい、と真夢は返事をしたが、その声に元気は感じられなかった。覚悟はしていたものの、やはり直接悪意のある言葉を他人から投げつけられて傷つかないと言えばウソになる。

 それでも社長から過去のことを商売にするつもりはないとハッキリ明言されたのは彼女にとって救いであり、それだけで彼女の心の重みは多少なりとも軽くなってはいた。

 けれど彼女は決して自分のことだけを考えていたわけではなかった。むしろ自分よりもショックを受けていたのは他のメンバーの方だったのではないかと真夢には思えた。なにしろ彼女たちは、ウェイクアップガールズは島田真夢ありきのユニットだと面と向かって言われたのだ。

 島田真夢だけいればいいのだという、自分たちの存在自体を完全否定するその一言にショックを受けない人などいるわけがない。あの瞬間のみんなの沈痛な面持ちがそのショックの大きさを表していると彼女は思っていた。

「私は、やっぱりここに居てはいけなかったんでしょうか?」

 真夢がポツリとそう言うと、社長は、どうしてそう思うのか? と尋ね返した。

「私がいることで他のみんながイヤな思いをしているんじゃないかって……そんな気がしてしまって……今日だってあんなことを言われたら気分悪いだろうと思いますし……」

「それはそうでしょうね。佳乃や菜々美あたりはカチンときたんじゃないかしら? でもそれは事実だものね。それが今現在の世間一般の評価なのよ。もちろんそうじゃなくなるようにするのが私たちの仕事なのだけれどね」

 社長は真夢と同じことを考えていたが、それに単純に反発したり落ち込んだりするのではなく、肯定して今後のバネにするつもりだった。それは真夢にも理解はできたが、それでもみんなの気持ちを考えれば申し訳ないという想いは消えなかった。

「ねぇ真夢。アナタ、どうしてそんなにみんなの顔色を窺うの?」

 えっ、と真夢は言葉に詰まった。彼女にそんなつもりは毛頭なかった。

「そんな風に、見えますか?」

「見えるわね。他のみんなはどう思っているか知らないけど、私の目にはそう映るわ。それもあの事件の影響なのかしら?」

 社長はあえて真夢の傷に触れる言い方をしてみた。社長には真夢がウェイクアップガールズとして活動してきたこの期間の間に、彼女の中で何かが変わっているのか知りたいという気持ちがあった。

 だが真夢はそれに応えてはくれなかった。ただ黙りこくる彼女の姿を見て社長はそれ以上突っ込んだ話をするのは止めた。真夢は今も何一つ変わってはいないとわかったから。

 彼女の心の闇は思っている以上に深い。ありていの慰めなど何の意味もなさないだろう。それに、おそらく彼女の心を固く閉ざしている扉のカギを解くのは自分ではない。社長はそう気づいた。

「まあ、アナタと同じ経験をしたこともない私が何を言ったところで今のアナタには慰めにもならないと思うけど、でもね、誰にだって心にキズの一つや二つはあるものよ? ただ、それを手当てもしないまま放っておいてはダメなの」

 そう言われて、真夢はそっと顔を上げて社長を見つめた。

「アナタはそのキズを癒したいと思ってる。だから今ここにいるんでしょう? そしてアナタは、その傷を癒す方法を知っているはずよ?」

 それは遠まわしだが仲間をもっと頼れと言っていた。仲間にもっと頼って自分の苦しみを打ち明けてお互いに支えあう、それが彼女の心の傷を癒す唯一の方法なのだと社長は伝えたつもりだった。

 社長にそう言われ、そうかもしれない、と真夢は思った。だが、本当にそれでいいのだろうか? それは自分のキズを癒すために他のメンバーを巻き込んでしまうだけなんじゃないだろうか? 迷惑をかけてしまうだけなんじゃないだろうか? という思いも消えることはなかった。現に今日皆に迷惑をかけてしまった。これからも同じようなことはあるかもしれない。それでもみんなは自分を受け入れ続けてくれるのか、それが真夢には不安だった。

(みんなに総てを話してしまえばいいのかな……)

 自分の口から総てを話してしまえばそれで済むのだろうか。みんな納得してくれるのだろうか。そう考えもしたが、だがそれはできない相談だった。真夢にはまだその覚悟がない。I−1を辞めた当時のことがトラウマになっている彼女には、それは怖くてできない。いつか話せる時がくるとは思うが、それは今ではない。また同じことを繰り返すのではないかと考えただけで怖くて何も話せなかった。

(やっぱり……復帰なんてしないほうがよかったのかな……)

 自分はいったいどうすればいいのだろう、どうすればよかったのだろう、と真夢は何度も何度も自問自答を繰り返していた。結局彼女は、社長の伝えたかった想いを正確に受け止めることは出来なかった。

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 社長と真夢が話をしている頃、他のメンバーたちは藍里の部屋に集合していた。母親が気前良く店の和菓子をお茶菓子として提供してくれることもあって、藍里の部屋はすっかりウェイクアップガールズの憩いの場となっていた。

 だがいつもと少し違うのは、今日は部屋にいる誰もが元気なくうなだれていることだった。人一倍明るいムードメーカーの片山実波までもが暗い顔をしていた。

「まゆしぃ、大丈夫かなぁ……」

 ようやく最初に口を開いたのはその実波だった。彼女もディレクターに言われた一言に内心穏やかではなかったが、今はそれよりも真夢を気遣っていた。

「社長と一緒だから大丈夫だと思うけど……それにしてもあのディレクター、島田真夢ありきのユニットとか好き勝手言ってくれるよね」

 リーダーの七瀬佳乃がそう言った。彼女は真夢を気遣いつつも、やはりディレクターの一言に対して実波以上に内心憤りを感じていた。

「そう思われるのがイヤだったら、一人一人がスキルを上げてまゆしぃに負けないようになるしかないわよね」

 そう言ったのは久海菜々美だった。彼女もまた佳乃と同様の憤りを感じていたが、同時にそれを見返してやるという思いも強く持っていた。彼女にしてみれば、そんな程度の存在にしかなれない人間が光塚に入れるわけがないという思いがある。本人にそんな意識は今のところ無いが、彼女にとって島田真夢は実は一番身近にある越えなければならない壁なのだ。

「それより、私は気になってることがあるの……」

 菜々美は話を続けたが、言っていいのかどうか迷って途中で言葉を濁した。

「まゆしぃがI−1を辞めたこと?」

 佳乃に言われて、菜々美は小さく頷いた。

「確かにあの時色々騒がれてた気がするけど、私その頃はアイドルとか興味なかったしよく覚えてないの。ちょっと調べてもみたけど、どれもこれも悪意がある書き方の記事ばっかりだから何が本当のことなのかわかんないし……やっぱり一緒にやってる仲間のことだから気になっちゃうじゃない? でも何も話してくれないし……あいちゃん、なんか聞いてないの?」

 菜々美は藍里にそう尋ねたが、藍里から望むような返事は返ってこなかった。

「……そのことは、あえて聞かないようにしてるの。まゆしぃからも、聞かないでってオーラが出てるし……」

「もういいじゃん。別に過去がどうだって関係ないでしょ?」

 夏夜がそう言ってその話題を終わりにしようとした。彼女は人の過去の話に興味がないし、自分の過去をあれこれ詮索されるのも好きではなかった。

「そりゃ私だって興味本位で知りたいわけじゃないよ。でも、一緒にやってる仲間にこんな大きな秘密を持たれたら、やっぱり気になっちゃうよ。みんなだってそうでしょ?」

 佳乃の発言に夏夜以外のメンバーは小さく頷いた。

「言えないのか、言いたくないのか、それだけでも全然違うもんね。まゆしぃがどっちかはわからないけど」

 心にやましいことがあって言えないのならば、おそらくずっと話さないままだろう。何かしらの理由があって今は言えない、言いたくないというならば原因が取り除かれれば話してくれるだろう。

 真夢の場合はどちらなのか他のメンバーには全くわからない。わからないから、それが真夢と他のメンバーとの間に微妙な溝を作ってしまっている。

「……やっぱり、まだ尾を引いてるんですよ、きっと」

 皆の話を聞いていた未夕は、そう言うと自分のスマートフォンをテーブルの上に置いた。画面上に開かれていたのはどこかの電子掲示板だった。

「何、これ?」

「実は私たちのデビューライブを見た人がこの掲示板に書き込んでくれたんですけど、それに対する返事が酷くって……まゆしぃがこれを知っていたら、未だに自分に対してこんな風に言う人ばっかりだって思ったら、やっぱりショックだと思うし触れられたくないと思うし、できれば話題にして欲しくないって思うんじゃないですかね? だから自分からは話さないんじゃないかって私は思うんですけど」

 佳乃は未夕のスマートフォンを手に取ると書き込みを読み始めた。

「センター争いに敗れて逃げた負け犬じゃん……真夢って派手に男と遊んでファンを裏切ったクズ女だろ……品行が悪すぎて白木に追い出された難アリちゃんだよ……逆だよ。ロリコン白木に手をつけられて遊ばれて捨てられたの。惨めな女だよ……よくぬけぬけと復帰できたな……可哀想なのはそんなクソ女とユニット組まされる他のメンバーたちだよな……有り得ない。地方を甘くみるな……出戻りアイドルは引っ込め……I−1辞めて援助交際でもして食いつないでるのかと思ったらアイドル復帰してんのか。世の中舐めてるなコイツ……」

「もういいよ、よっぴー。もう止めて!」

 実波が手で耳をふさぎながら、叫びとも悲鳴とも取れるような声で佳乃に読むのを止めるよう頼んだ。純真無垢な彼女にとっては、あまりにも聞くに堪えない酷い言葉の数々。こんな言葉の数々を面と向かって投げつけられたら、自分だったらとても耐えられそうにない。そう実波が思うほどあまりにも酷い誹謗中傷だった。

「酷いね……」

「この人たち、本当のことなんて何も知らないで想像で書いてるんでしょ? なのにどうしてこんな酷いことを書けるんだろう」

「まゆしぃも、これ見たのかな……」

「何となく、何かの拍子で目に入っちゃうんじゃないかな、こういうのは」

 少女たちは匿名で何でもできてしまうネット社会の怖さに初めて触れた気がした。アイドルとして活動するからにはこういったものに対処することも求められる。自分たちも例外なくこういった目に遭う可能性はあるのだ。

「これ、本当のことなの?」

 夏夜は未夕にそう尋ねた。

「メイド喫茶に来るお客さんによると、あ、その人芸能関係の仕事をしている事情通の人なんですけど、その人によるとほとんどがウソだけど、そう言い切れないのもあるんですって」

 未夕がそう言うと夏夜は、そっか、と言っただけでそれ以上のことは聞かなかった。酷い誹謗中傷の中には真実も隠されている。それが真夢の触れられたくない部分だとしても、だったら自分たちはどうすればいいのだろう。

 今のままでは、何が真夢にとって触れられたくないことなのかわからないままでは、誰もが彼女に対して遠慮して何も言えなくなってしまう。だがそれでは自分たちと彼女たちの間に大きな溝ができてしまうのが目に見えている。そうならないためにはどうすればいいのか? 残念ながら夏夜にはその答えは今のところ見い出せなかった。

「どれがウソでどれが本当か、私たちにはわからない……よね」

「真相はまゆしぃだけが知っているってことかぁ」

「まゆしぃが援助交際とかするわけないくらいのことはわかってるけど……」

「私たちまだ知り合って間もないし、あのコのことを詳しく知っているかって言われたら何も知らないもんね」

 どの顔にも、一人で抱え込まないで話してくれればいいのに、と書いてあった。話してくれれば一緒に考えて力を貸すことだってできるのに……それは全員の偽らざる本当の気持ちだった。

 だが、やはり本人自ら言ってくれない限りこういったナイーブな話題は切り出しづらい。真夢自身が聞かないで欲しいというオーラを醸し出しているから尚更だ。だからこそI−1の話は彼女にはタブーみたいな雰囲気になっているのだから。

「話してくれればってアタシたちは思ってるけど、きっと今はそれができないんだよ」

 夏夜がそう言うと佳乃が、それって私たちが信用できないってことかな? と夏夜に尋ねた。 

「そういう意味じゃないけど……ううん、違うね。それもきっとあるんだよ。まだ私たちは信用できないと思われてるんじゃないかな。だから話せないんだよ」

 一度は否定したが夏夜は自らの発言を訂正した。悩みが深ければ深いほど簡単に人には話せない。それくらいのことは彼女にも経験があった。それを話してくれと言うからには、当人にとって信用するに足る重要な存在にならなければならない。真夢にとって自分たちはまだそういう存在ではないのだろうと夏夜は考えを改めた。

「でも恩着せがましくなって余計なお世話になっちゃってもダメですよね? 私たちはよかれと思ってても、まゆしぃにとっては迷惑ってなるのもイヤですし……難しいですよね」

 未夕の言葉に全員が頷いた。人の内面にどこまで踏み込んでいいのか、それはその人のことをよく知らなければ判断が難しいし、こちらが相手からどれくらい信頼されているかによっても変わってくる。真夢のことをまだよく知らない現状では、彼女たちにその判断をしろというのは少々酷だろう。

「結局、まずは信用してもらわなきゃダメなんだよね……そうしないと力になってあげようと思っても何もできないもん」

「信用って言ったって、今日明日ですぐってわけにはいかないし……それまでまゆしぃは、ずっと一人で抱え込んで悩まなくちゃいけないのかな……」

 話しているうちに、芸能界で生きていくということはこういうことなのだろうかという不安が少女たちの心に暗い影を落としていった。もし自分たちが同じ目にあったらと考えると、それは想像するだけで恐ろしいことだ。それを真夢はたった一人で耐えている。いったい彼女は今までどれほど辛い目にあってきたのだろう……少女たちは島田真夢ありきだと言われショックを受けたことなどとうに忘れ、今は誰もが真夢の心境を推し量り、心配し、何か力になれることはないかと考えていた。

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 その日、I−1クラブの総責任者である白木徹は一日中執務室にこもって仕事をしていた。サブ的なポジションを置かずI−1に関わる総てのことを自らチェックして指揮している白木には山ほど仕事がある。

 午後になって彼の執務室に1人の男が来訪した。I−1の音楽プロデューサーである早坂だ。予定に無い早坂の来訪にやや気色ばんだ白木だが、そのまま部屋に通すことを許可した。

「相変わらずお忙しそうですねぇ、白木さん。ボクみたいに人生楽しく生きなきゃダメだよ」

 からかっているのか皮肉なのか、だが白木は早坂の軽口には付き合わず用件を尋ねた。

「何か用かね? 私の今日の予定にキミと会うことは入っていないのだが」

 白木はいつもと同じように表情を一切変えず、目線をデスク上のパソコンから移すことすらせず、ただ黙々と仕事をしながら早坂にそう言った。

「随分と冷たいね。せっかく白木さんに良い話を持ってきてあげたっていうのにさ」

「良い話?」

 表情を変えないまま白木は、良い話とは何のことか? と尋ねた。

「そうさ。とっておきの良い話だよ。白木さんがボクの方を見て話したくなるくらいのね」

 無反応の白木を無視して早坂は話を続けた。

「白木さんの大好きな島田真夢、仙台でアイドルやってるよ」

「何っ!!!」

 その瞬間白木は表情を変え、椅子を蹴るようにして勢い良く立ちあがり早坂の方を見つめた。椅子が大きな音を立て、その音が部屋中に響いた。

「本当か、それは!!!」

 打って変わった白木の態度を見て、そのあまりにもあからさまな変化に早坂はクスクスと笑い出した。

「もちろん本当だとも。先日仙台で行なわれた地元テレビ局主催のイベントでライブをやったそうだよ。ウェイクアップガールズというアイドルユニットの一員としてね」

「ウェイクアップガールズ?」

「7人編成のアイドルユニットだってさ。地元では既にそれなりの知名度だそうだよ。どうだい? 良い話だろう?」

 早坂はそう言って意地の悪そうな表情を浮かべた。

「……いつから復帰していたのかね?」

「さあねぇ……ボクも詳しくは知らないけど、聞いた話では去年の年末頃にもライブをしたらしいよ」

「キミはなぜそんなことを知っているんだね?」

「そりゃあボクだってそれなりに情報網ってモンを持ってるんでね。たまたまそれに引っかかっただけさ」

 白木は話を聞きながら何度も、そうかやっぱりか、と繰り返し呟いた。白木は何時か必ず真夢はこの世界に戻ってくるだろう、あるいはもう既にどこかで復帰しているかもしれないと考えていた。それが正しかったことが、たった今証明された。

「嬉しそうだね、白木さん。やっぱり島田真夢はアンタにとって特別な存在のようだね」

 また意地の悪そうな顔でそう言う早坂を白木は、ふふん、と鼻で笑った。

「キミがどう思おうが勝手だがね、今日は有益な情報をもたらしてくれて感謝するよ」

 早坂が帰った後、白木には一つ仕事が増えた。5月25日に迫ったI−1仙台シアターこけら落とし公演に出演するメンバーの選定だ。まだ決めていなかったが、早坂の話を聞いて白木は今日メンバーを決めることにした。

 今まで各地にオープンしたシアターのこけら落とし公演では主力級のメンバーとキャリアの浅いメンバーを混ぜてきたが、今回は主力級のみを選定する。今現在考えられるI−1クラブの最高かつ最強メンバーを仙台に送り込む。白木はたった今そう決めた。

説明
TV編の第4回、シリーズ第9話です。アニメ本編では第4話あたりに準拠します。だいぶ独自解釈による描写が多くなってきましたが基本的な部分は変えないようにしています。個々の人物に対しての描写も個人的な見解によるものです。まだまだ先は長いですが、お付き合いいただければ嬉しい限りです。
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