The Duelist Force of Fate 34 |
第三十四話「再生者の招請」
水平線へ陽は沈んだ。
次の朝がやってくるまで、世界の全ては闇に浮かぶ泡沫。
魔術の領域は夜にこそ花開く。
しかし、火を使い始めて以降、夜に灯りを示してきたのも又人類である。
その力は惑星の一部を照らすまでになった。
太陽の沈んだ側を衛星から見れば一目瞭然。
先進国の夜は明るい。
不夜城というのは人間という生き物だからこそ生まれた概念だろう。
眠らない街。
夜を打ち消す科学の力。
それを否定し、越え得ぬ領域に魔術を持ち込んで現代の魔術師達は生きているのだ。
勿論、闇に潜むのは決して魔術師や獣だけではない。
本当の神秘もまたひっそりと息衝いている。
人が生み出した神秘なんて歯牙にも掛けない旧さを持つ者達。
根源へと向う過程に挑み続ける異端者達。
人類を嘲笑うように超常の力を用いる超越者達。
彼らは確かに陽の当らぬ場所にいる。
だから、あらゆる秘術を奇跡を努力を血統を種族を技術を年月を無に帰すのが、人の生み出した光(きぼう)なのだとすれば、遊戯(ゲーム)なんてものであるのだとすれば、それは皮肉に過ぎた事なのかもしれなかった。
それは人類という種が生み出した力の一つ。
神すら己の下に置く儀式。
未来、人間という種を滅ぼしすらした茶番。
その力の名を【決闘(Duel)】と言う。
様々な者達を退けてきた男。
【決闘者(Duelist)】
彼は単なる遊戯で本当の化け物達と戦った。
たった四十枚の紙束を武器に挑んだ。
故に真にそれを受け継いだ凡骨(ワカメ)が最古の英雄と互角以上に戦えているのは不思議な事ではなかった。
彼の敵は英霊。
その中でも最強の存在。
人間が持つ無限の進歩と精粋は全て我が手中、己の蔵にあると嘯く最古の英雄王。
ギルガメッシュ。
【さぁ、愉しませろ。雑種!!!】
戦いが【決闘(Duel)】である限り、その場で両者にある差は現実的な力、根本的な優劣の差ではない。
意思の力、生き様の違いだ。
だから、圧倒的大差で間桐慎二は・・・追い詰められていた。
相手ライフを半分にした。
カードも未だ一枚しか使用していない。
場は優性。
だが、しかし、そこまでしても今まで負け犬人生を歩んできた少年は黄金の鎧を纏う男に敵わない。
器(スケール)が違う。
蓄積(ライフ)が違う。
圧倒的に元となる人生(ベース)が違い過ぎた。
「僕のターン!! ドロー!!!」
夜の街並みで下から照らされる両者の駆け引きは続く。
「僕は手札より永続魔法『端末世界(ターミナル・ワールド)』を発動!!!」
空に浮かび上がる儀式場(ゲームセンター)とその筐体。
「がふッッッ?!!」
紅い霧が散った。
【慎二!!? 何を!!?】
「此処で出し惜しみして勝てるはずもない。だろう?」
【そ、それは・・・】
8000−2000=6000。
負け犬の眼光が英雄王を睨み付けた。
「更にモンスターを一枚セット。これでターンエンド!!!」
互いに高速でペガサスと飛翔体は抜きつ抜かれつしている。
【動きを一々止められる遊戯なぞ不愉快極まりないが、我に傷を負わせた事は褒めてやろう。雑種】
英雄王が己の手に剣を握った。
その瞳には見透かすような光。
【だが、たかだか凡夫の身にありながら我を傷つけた罪、万死に値する】
引き連れた四本の宝具の一つ。
【往くぞ―――『原罪(メロダック)』!!!】
振りかぶられた剣の輝きが激しく猛り、夜の空に一筋の閃光と化して焼き付く。
『原罪(メロダック)』。
『選定の剣』の原点にして『勝利すべき黄金の剣』と同等の威力を持つ宝具。
その輝きは相手を一瞬にして七度滅ぼすに足る。
「―――敵装備魔法カードの能力を確定。攻撃力が2000上昇。攻撃宣言時、相手ライフの七倍の効果ダメージを与える」
【何!?】
閃光の中、ペガサスの鳴き声が響く。
「罠(トラップ)カード発動『リフレクト・ネイチャー』!!! このターン相手が発動したライフにダメージを与える効果は相手ライフにダメージを与える効果になる!!!」
閃光の中。
慎二の前に立ち塞がっていたのは巨大な石版だった。
『原罪』が光を放ち切った刹那。
石版が輝いた。
【馬鹿な!!?】
巨大な閃光が英雄王に向けて撃ち返される。
「こいつはターン中ライフにダメージを与える効果を全て相手に撃ち返す!! あんたの盾が2000ダメージを軽減しようと合計ダメージは40000!!! 英雄王!!!! 受け取れぇええええええええええ!!」
巨大な光芒にギルガメッシュを飲み込んだ。
Duelの性質上、相手のサーヴァントはモンスター扱いとなる。
如何に相手がモンスターに対する罠や魔法の効果を受けないとしても、相手のプレイヤーとしての性質は罠も魔法も受け付ける。
相手モンスターを指定しないプレイヤーに対する効果ダメージ反射は辛うじて盾の性質によって2000軽減されるものの、それでも6000×7−2000=40000。
相手ライフの十倍のダメージとして放たれた。
【――――――】
撃ち返された閃光。
その最中、英雄王は確かに認めていた。
目の前の雑種が己に肉薄する程の力を秘めていると。
【慎二!! 勝ちまし―――】
思わず後ろで喜びに沸きそうになったライダーだったが、閃光の中から駆けてくる飛翔体に目を疑った。
【!!!!】
金色の英霊がセットされた虚空のモンスターカードへと『原罪』を振り下ろしていた。
呆気なく一つ目の壷型モンスターが破壊される。
その様子に決して驚く事なく慎二がポツリと呟く。
「知ってたさ。僕みたいな『敗者』の攻撃であんたのような『勝者』が死なないなんて事は」
【?!】
英雄王の顔が微かな驚きに歪む。
「だから、この戦いはあんたの宝具を封じられるかどうかだったんだ」
セットモンスターのリバース効果が発動する。
「賭けはこっちの勝ちだ!! 英雄王!!! リバース効果発動『カオスポッド』フィールドのモンスターを持ち主のデッキに全て戻して、加えた枚数分のモンスターが出るまでデッキをめくり、レベル四以下のモンスターを全て裏守備表示で特殊召喚する。それ以外のカードは【全て墓地に送る】!!!」
【な、我の『王の財宝』に干渉するだと?!!!】
咄嗟に慎二達から離れたギルガメッシュが己の背後を振り返る。
黄金に輝く空間から無数の宝具が沸き立って勝手に飛び出していく。
「この方法を考え付いたのはさっきだ。あんたはサーチして射出する禁止級の能力を持ってる。だが、同時にあんたはサーチするという行為で【宝物庫(デッキ)】があるんだって事をオレに教えてくれた。この賭けは二つの前提の上に成り立ってた。一つはこのモンスターが戦闘破壊される事。そして、もう一つは『あんたがモンスターからプレーヤーに戻った場合に戻った数にカウントされるか否か』だ。どうやらあんたはデッキに戻った扱いになってる。そして、あんたが【宝物庫(ゲート・オブ・バビロン)】内からレベル四以下のモンスターをセット出来ない場合。【宝物庫(デッキ)】は全て墓地に送られる!!!」
煌めく盾が。
揺らめく剣が。
金銀財宝が。
巨大な樽が。
斧が、布が、ありとあらゆる宝物が爆発するかのように都市の上空に溢れ出し、底知れぬ闇に消えていく。
【我が―――財―――が―――】
英雄王。
世界全ての財をその手にした男が目を見開き、その光景に呆然としていた。
デッキに戻った扱いとなった英霊に装備されていた全ての剣が奈落へと堕ちていく。
巨大な船が不老の秘薬が唯一無二の親友の名を冠した鎖が何処へともなく消え去っていく。
そうして多くの物が去った倉から最後に残った小さな鍵剣が一つ彼の背後から落ちた。
人類の知恵の原典にしてあらゆる技術の雛形。
『王の財宝』
その途方も無い人類の宝はその瞬間、全ての倉の中身を開放し、永久に失われた。
残るは彼を飛ばせている飛翔体と装備されないデッキからライフゼロの場合に発動するのだろうフィールド魔法扱いの極めて稀な宝具のみ。
『反魂香』
死者すらも甦らせるソレがライフを零にした英雄王を支える最後の品だった。
【ふ、ふふ、ふはははははははははははははは!!!!!】
「!?」
【!!?】
狂気とは無縁。
諦観とも違う。
そのギルガメッシュの突然の笑いにライダーと慎二が凍り付く。
【よもや・・・よもや我がこんな雑種にしてやられるとはなぁ】
慎二が発動している『端末世界』の効果により、メインフェイズ2を失った英雄王に出来る事は何一つない。
己を再度モンスターとして召喚する事すら出来ないのだ。
それで尚笑う。
ほぼ全ての財を失って尚余裕を見せる。
その器に二人は絶句していた。
【気に入ったぞ。雑種・・・貴様に栄誉を与える。我が首を取るがいい】
ターンエンド。
そして慎二はドローする己の手を意識せず。
ただ目の前の【男】の大きさに拳を握り締めていた。
「くそ・・・何で負けた方が偉そうなんだよ・・・」
【ふん。王を打倒する民草が出た。それだけの事であろう?】
「―――ライダー頼めるか?」
【慎二。いいのですか?】
「ああ」
【分かりました】
「僕はライダーを通常召喚!!!」
ライダーがペガサスに乗ったまま傍観者からモンスターへと変化する。
【ああ、一つ言い忘れていたぞ。女】
ライダーに対してギルガメッシュが視線を向ける。
【何ですか? 英雄王】
【我が悪趣味なのではない。このセンスに未だ世が追い付いていないだけだ】
今度こそ二人が完全に沈黙した。
【それとこれは凡夫が我が相手として戦い抜いた褒美だ。一つ情報をやろう】
「ライダー・・・攻撃だ」
【し、慎二!!? ですが!?】
「いいから、攻撃しろライダー!!!」
モンスターがプレイヤーに反逆出来るはずもなく。
苛立った慎二の声にライダーがペガサスを繰って羽ばたく。
【ベルレ―――】
【あの蛆蟲と言峰が手を組んだぞ】
【ホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!】
ペガサスが光と化した。
慎二を乗せたままライダーの一撃必殺の突撃が呆気なく飛翔体とその上にある壷とギルガメッシュを呑み込んだ。
【この聖杯戦争に勝利したいならば、貴様等は万の英霊と戦わねば―――】
声は輝きの中、途絶した。
「・・・・・・知った事か」
減速するペガサスの馬上で間桐慎二は最後まで余裕を崩さなかった英雄王に対して吐き捨てた。
「なら・・・全部、僕が片付けてやるよ。英雄王」
どうしようもない敗北感。
勝負には勝った。
勝ったはずだと言うのに何一つとして慎二は己が勝てたという実感を得られなかった。
それはどうしてか。
理由なんて分かり切っている。
最後まで勝者を気取った英雄に負け犬は心の底から勝てなかった。
たった、それだけの真実だった。
【慎二。帰りましょう】
その様子に思わず慰めるような言葉がライダーの口から出た。
「・・・ああ」
頷き掛けた慎二が不意に気付く。
「!!?」
英雄王との死闘によって周囲に魔力の波が拡散。
更にペガサスを長時間操り続けた代償に疲労したライダーの知覚が致命的な隙となった。
【慎二?】
「ライダー!!! 回―――」
街を低空で飛行していたペガサスにRPGが炸裂した。
上空で爆散するペガサスを双眼鏡で確認して言峰綺礼はクーペに乗り込んだ。
しばらくすると一人の男が声もなく運転席に乗り込んでくる。
「それにしてもギルガメッシュが破れるとは誤算だった。だが、反逆される可能性も考えれば、此処で処理出来たのは大きいだろう。あの老人の仕掛けが上手く作動すれば、あれ以上の戦力だろうと手には入る。ランサーが此処に来て役に立つとは思わなかったが、老人のお守り程度はこなすだろう」
「・・・・・・」
「この私も嘗ての友人を前にしては独り言も多くなるという事か・・・この戦争、もはや既に聖杯という枠で納まらなくなりつつあるのかもしれん」
「・・・・・・」
何一つとして返さない男に言峰は笑みを見せる。
「中身の再現が不完全、か・・・あの老人にはまだ働いてもらわなければな・・・」
「・・・・・・」
男は何も言わない。
ただ、生気の無い顔で視線を虚空に彷徨わせているだけだった。
言峰の言葉に何一つとして反応は返らない。
「この世の全ての悪を担ってすら世界は救えない。だが」
「・・・・・・」
「お前が拒んだアレ以上のものが今この世界に来ている」
「・・・・・・」
「アレが本当の力を発揮した時、悪も善もなく全ては崩壊するだろう」
「・・・・・・」
「最小の犠牲と最大の効率を持って、最善の価値を最短で結実させるアレはお前の願いを叶えるかな」
「ぼ・・・く・・・は・・・」
何かを語ろうとした口が何事も無かったかのように再び閉じられた。
「死んだ後すら遣われる英霊をお前は蔑んでいたが、そんな風になり下がった気分はどうだ?」
「・・・・・・」
「ふ・・・まぁ、いい。行くぞ」
何も言わず。
正義の味方にすら成れなかったソレが静かに車を発進させた。
後部座席に白い髪の女を乗せたままで。
その夜、瀕死の重傷を負った少年が衛宮邸へと運ばれた。
一人、泣いた者がいた事を本人は知らない。
To Be Continued
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ワカメと英雄の戦い。 ついに決着!!! |
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