不死鳥と呼ばれた少女 |
思い出したのは、雪のように白かった肌。
顔を隠すように深く被った帽子、俯き加減の顔。出会った頃は、もう少し違った気がするのに。
一人だけ、姉妹の中で違う運命を辿ったからであろうか。そんなこと、気にするような性格ではないだろうに。そうは言っても、彼女自身が引け目を感じていたのかもしれない。……いや、負い目というべきだろうか。
―――不死鳥の名は伊達じゃない。
常々そう言っていた少女。今思うと、自嘲だったのかもしれない。
姉妹で着ていたセーラー服。誇らしそうに小さな身体を張っていた。物静かで、一見すると機微のない表情。次女であった自分の立場を弁えていたのかもしれない。
姉を支え、妹たちを守る。その苦労は、きっと誰にもわからない。ただそれでも彼女は、言葉少なげに微笑むだけだった。
姿を変えて戻ってきたとき、少しだけ変わったように見えた。姉とお揃いだった帽子は白くなり、背に負うた換装も白を基調としたものになっていた。
今までのように響と呼ぼうとした私を遮るように、『Верный(ヴェールヌイ)』と、彼女はそう名乗った。そこにどのような決意が秘められていたのか、どのような覚悟を乗せたのかは、推し量ることさえできなかった。私にできるのは、ただ彼女の言うように、ヴェールヌイと呼ぶことだけだった。
この時からだろうか。目を合わせることが少なくなったのは。
私が記憶している彼女の最後は、新しく発見された海域の出撃命令時。まだ確認されて間もない航路であり、深海棲艦も未確認が出てくる可能性がある。そして予備調査によると、今回の航路は駆逐艦を主戦力とした編成でなければ、ある一定以上の進路を進めなくなる可能性が高いとのこと。そのため、練度が高い艦娘たち――中でも駆逐艦を中心に艦隊編成を考慮することが妥当であると判断された。
数日の精査の上で、決まった調査艦隊。
旗艦には秘書艦でもあり、最も練度の高い戦艦金剛。随伴艦には軽巡洋艦五十鈴、駆逐艦雪風、島風、夕立、そしてヴェールヌイ。計六艦で出撃することになった。
出撃直前、彼女は司令室に寄った。一体どうした風の吹き回しだろうかと疑問に思ったほどだ。響であった当時も、一人で司令室に来ることはなかった。いつだって彼女は、他の姉妹と共に来ていた。
司令室に入ったヴェールヌイは、書類整理をしている私の隣に来て、顔を見上げてきた。吸い込まれるような青い瞳に、今にも溶けてしまいそうな白い肌。居すくまったかのように、身動きがとれなかった。
そういえば、彼女と目を合わせるのは、いつ以来だったか。それほど遠くもなかったはずなのに、随分と昔のことのように思えた。
「……司令官、屈んでくれないか?」
挨拶もせずに随分な口だ。だけど、響らしいとも思った。いつだって彼女は、少ない言葉に多くの気持ちを込めていたのだから。
私は彼女に正面から向き合い、身体を折った。雪のように白い少女は、嬉しそうに微笑んだ。笑顔を見るのも随分と久しぶり。ヴェールヌイは、両手で私の顔を挟んだ。肌から想起するように冷たい手。
「до свидания」
うまく聞き取れない異国の言葉と同時、私の頬に彼女は唇を寄せた。油断――いや、言葉は正しく使おう。私は、見蕩れたんだ。年端もいかないはずの少女に、想像もできなかった妖艶さに。
呆気にとられた私をそのままに、いつの間にかヴェールヌイは司令室の扉を開けていた。
「司令官」
そこでやっと我に返った私と目を合わせると、彼女は小さな、しかしはっきりとした声で言った。
「私の最期の名は響だ……」
私が何か言葉を出す前に、扉は固く閉ざされた。
それが、私とВерный――響と交わした、最期の時間だった。
信頼という意味の言葉を与えられた駆逐艦。
君には、本当に世話になった。
北方海域キス島沖の攻略は君が艦隊を率いたおかげだった。
以前発見された新海域の任務も、君のおかげで突破できた。
無能であった司令官のミスでその姿を二度と見ることはできなくなった。
すまない、そしてありがとう響。また、君を見つけにいくよ。
説明 | ||
先日、イベント海域にて別府轟沈させてしまった追悼として…… | ||
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艦これ 艦隊これくしょん 響 | ||
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