とある提督の後悔
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 ――その日の出撃の後、響だけが帰ってこなかった。

 

 一緒に出撃したはずの第六駆逐隊の皆は表情が暗く、俺が話しかけてもうつむくばかりで、何も答えてはくれない。皆の身体はところどころ傷ついていて、激戦を想像させた。中でも暁は、血が出そうなほどに唇を堅く結んでいる。その様子だけで、俺の脳裏には最悪の事態がよぎった。

 

 ……響が、((轟沈|ごうちん))した。

 

 その瞬間、俺の頭は真っ白になる。

 響が……あの響が、轟沈……?

 いや、それはありえない。ないと、思いたい。けれど、目の前の事実がそれを証明してしまっている。俺は、叫びだしてしまいたい衝動に駆られた。が、司令官としての立場がそれを引き止めた。

「……ひとまず、君たちは身体を治してきなさい」

 かすれる声で、俺は一言そう告げた。

 雷が身を乗り出して何か言おうとしたが、隣にいた電に諌められる。

 そうして、響を除いた第六駆逐隊の面々は、司令室から退出した。

 

 司令室の重々しい扉が閉まると同時に、俺は樫の木で出来た自分の机に拳を叩きつけた。

 どうしてだ。簡単な作戦だった、はずなのに……。

 帰ったら、皆で食事でもしようと談笑して送り出したはずなのに……。

 

 ――慢心。

 

 その言葉が、俺を((苛|さいな))んだ。

 俺は、俺は慢心したのか……。そうかもしれない。

 ここ最近の作戦は連勝続きで、皆もほぼ無傷で帰ってきていた。それがいけなかったのか。

 俺は、敵と彼女たちが生死をかけた戦いをしているということを、半ば忘れかけていた。

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 司令官を補佐する秘書艦でもある 金剛にとって、提督との午後のティータイムは欠かせないものだった。その日課を消化するべく司令室に向かう金剛の足取りは、軽い。

 だが、司令室の前まで来て、金剛の歩みは止まった。

 なぜなら、沈痛な面持ちの第六駆逐隊の面々が、目的地である司令室から出てきたからである。

 一目見ただけで異常事態であることを察した金剛は、思わず彼女たちを呼び止めた。そうしてしまったのは、金剛の、秘書艦としてこの鎮守府を預かる責任感も働いたのしれない。

 今にも走って逃げ出してしまいそうな彼女たちに、金剛は優しく微笑みながら、いつのも調子でこう尋ねた。

「何があったのか、私に教えてくれませんカ?」

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 ……すまない、響。

 

「提督、誰に謝ってるデスカー?」

「こ、金剛か!? いつの間に……」

 俺は突然かけられた声に驚いて、勢い良く顔を上げた。

「この部屋に来る時は、ノックをしろとあれほど……」

 俺は自分の表情を隠すために、((俯|うつむき))きながら、出来るだけ忌々しそうにそう言った。今は、一人にして欲しい。

「何を言ってるデスカ? ちゃんとノックはしまシタよ?」

「それは、本当か……?」

「モチロンデスよー」

 得意気に言ってみせる金剛の表情に、嘘の臭いはない。彼女とは、長年秘書艦として一緒に連れ添っていることもあり、嘘をつけば一瞬で見抜ける。

 ということは、金剛がノックした音にすら気づかないほど、参っていたということになる。そこまでダメージあったということに、自分でも驚いた。

「それで、今日はなんの用だ」

 俺は傍らに置いてある万年筆を手に取り、書類に目を落とすふりをする。

「なに言ってるデース。この時間は、提督とのティータイムの時間ネー」

 目の覚めるような、底抜けに明るい金剛の声。そのおかげか、先程までの出来事がまるで夢だったかのように錯覚する。

 本当に、夢だったらいいのに。

 ぼそりと、誰にも聞こえないように、俺は呟いた。

「金剛は、何も知らないのか?」

 俺はいそいそと紅茶の準備を始める金剛の背中に向かって、そう尋ねた。あのことを知っているなら、あんな声を出せるはずがないのだ。いくら普段騒々しい金剛でも、さすがに落ち込むはずだ。

「さぁ、私は何も知りませんよヨ」

 鼻歌交じりに、そんな言葉が帰ってくる。

「お前は、何も知らないからそう言えるんだ!」

 そんな金剛の楽しげな様子に怒りを覚えた俺は、いつの間にか声を荒らげていた。八つ当たりなのはわかってる。けれど、もう自分の感情を抑えることが出来なかった。

「提督……」

 さっきとは打って変わって、悲しげな声。そしてコツコツと木製の床を打つ足音が近づいてくる。その足音は、俺が座る机のすぐそばで止まったかと思うと、俺は柔らかな布のようなもので頭を覆われた。

「大丈夫デスよ、提督。響ちゃんは、きっと大丈夫デース」

 耳元で、金剛のトーンを落とした声が聞こえた。俺のを包んでいるのは、金剛の巫女服の袖だった。

「ど、どうして響の名前を……」

「きっとあの子は、どこかで寄り道しているだけデース」

 金剛は、俺の質問には答えなかった。

「たぶん今頃、響ちゃんは間宮さんのお店で甘味を頬張ってるネー」

 私たちを差し置いてお茶するなんて、許せないデースと、一言付け加えて、金剛は俺から離れた。

「だから、提督は響ちゃんが帰ってきたら、ちゃんと叱ってあげないとダメデスよ?」

 金剛はそこまで言って、俺に背を向けた。振り返る瞬間、金剛が右手で目元を拭うのを、俺は見逃さなかった。

 そうか……。金剛は全部知っていて、俺を励まそうと、必死に明るく振る舞ってくれていたのか……。

「では提督。私、用事を思い出したノデ……」

「あぁ、わかった。もう、下がっていいぞ」

 俺は、未だ背中を向けている金剛に、そう告げた。彼女は失礼したデースとだけ言って、司令室から出て行った。

 金剛は、出て行くまでの間、一度もこちらを振り返らなかった。

 金剛が出て行った扉を見つめながら俺は、先ほど彼女が言った言葉を思い出していた。

『響は、どこかで寄り道しているだけ』

 そう思えば、いくぶんか心が軽くなるような気がした。できれば、本当に、そういうことにしたかった。

 俺は、間宮さんのところで((羊羹|ようかん))を食べている彼女の姿を想像した。その映像は、すぐに脳内に再生された。少し余った袖が汚れないように気をつけながら、羊羹を切る響。小さな欠片を口に入れ、ゆっくりと咀嚼して一言、『おいしい』とつぶやく響……。

 何もかもが、容易に想像できた。

 本当にこの通りだったら、どんなにいいだろう。俺はこの想像に、半ば身を任せよう。そう思った時だった。

「しれぇ、偵察部隊からの報告のお手紙ですっ!」

 何気なく受け取ったその手紙は、俺を夢から叩き起こす悪魔のような存在だった。

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 気づけば俺は、司令官との仕事も放棄して、司令部からすぐ近くに位置している港の隅に腰を下ろしていた。すぐ足下では、そんなに高くないものの波が打ち付けている。そのせいで、ズボンの裾が少し濡れている。

 時刻はすでに夕方。水平線の向こうには、沈みゆく太陽が空を赤く染めている。しかしその時間もすぐに終わり、じき、夜になる。

 俺は、ぼんやりとそんな空を眺めていた。何時間、ここにいるのかわからない。時間なんて、俺にとってはもはやどうでもいいことだった。それほどまでに、あの報告は俺に衝撃を与えた。

 あの報告に書かれていたのは、響の轟沈報告だった。

 いや、正確に言えば一隻の((駆逐艦|くちくかん))が鎮守府近海((ちんじゅふきんかい))で大破。後に轟沈。

 あの紙切れの真ん中にはそう、大きく記載されていた。その下には言い訳のように、発見した距離が遠く、艦名の判別不能。目視できる範囲に到達した時点で、すでに艦はその場にあらずと、小さな文字で書かれていた。

 だがその文章を見て、俺の中で確定していなかった響の轟沈という事実が、完全に事実となってしまった。

 偵察部隊が報告した沈没艦は間違いなく、響だ……。

 状況からして、そうとしか考えられない。

 響は、沈んだのだ。

 自分に、そう言い聞かせる。

 響はこの海で、帰ること叶わず、沈んだのだ。

 誰にも、看取られることなく――。

 そこまで考えて、知らぬうちに嗚咽がこみ上げてくるのを感じた。もはや、止めようもない。誰も見てないのだから、俺の慟哭に眉をひそめる人間は存在しない。

 俺はもう、涙を止めることをやめた。

 ただただ、泣きたかった。一人寂しく沈んでいったであろう響のために。己の未熟さ故に先に逝かせてしまった、あの子のために。

 泣いている間、俺の脳内には響の笑顔が浮かんだ。めったに笑わない彼女が、初めて見せてくれた笑顔……。

 あれは、駆逐艦隊のみでしか行けない海域を攻略した時のことだった。ボロボロになってまで戦って、勝利を持ち帰った彼女たちの頭を一人ずつ撫でて、労った時のこと。

 その中に、響もいた。

 人一倍怪我をした彼女に、俺は精一杯の感謝の言葉を述べた。すると彼女ははにかむような笑顔を、俺に見せてくれたのだ。

 後にも先にも、響の笑顔を見たのはそれきりだった。

 俺は漠然と、これからも響のいろんな表情を見られると思っていた。だが、そんな日は二度と来ないのだ。

 それは、俺が握りしめている忌々しい報告書とも呼べないような紙切れによって決定づけられている。

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 ――ごめんよ、響。

 

 そう呟いて、俺は手に持っている紙を破ろうとした。

「だめだよ、司令官。物は大事にしないと」

 聞き覚えのある声が、背後から聞こえた。一瞬、俺の心は歓喜に打ち震えた。なぜならそれは、今俺が一番聞きたかった声だったからだ。

 俺はおもむろに振り返ろうとして、やめた。

 何をしているんだ俺は。さっきのあの声は、幻聴に決まってる。

 幻想に浸ろうとする俺の軟弱な心が、あの声を聞かせた。そうに違いない。試しに振り返って、そこに誰も居なかったら、余計な後悔を増やすだけだ。俺は、歯を食いしばりながら、足元に揺れる波に目を落とした。

「司令官、どうしたんだい?」

 またもや、あの声。それに、こちらに近づいてくるような足音。

 

 やめろ、やめてくれ……! もう沢山だ! これ以上、俺を苦しめるのはやめてくれ。

「くっ、来るな……!」

 俺は全力で背後の人物に向かって叫んだ。

「何があったのかわからないけど……」

 だが、俺の叫びも虚しくその歩みは止まらない。

「大丈夫、安心していい」

 おもむろに、背中を暖かなものが包み込んだ。それだけで、自分の心臓が止まってしまいそうな錯覚に陥る。次いで、優しく、細い腕が俺の首に回される。

「私は、辛そうにしている司令官は見たくない?」

 まるで、目の前の海のように穏やかな声。波の音にかき消されそうな程に小さな声だったが、彼女の声はよく聞こえた。

「……響、生きていたのか?」

 俺は背中の温もりに、そう尋ねた。馬鹿な質問かもしれない。だが俺は、震える声を抑えながらそう聞かざるをえなかった。

「当たり前じゃないか。司令官の言っている意味が、よくわからない」

 そう言う彼女の声は、若干不機嫌そうなものだった。それはそうだろう。自分が死んだと思われていたような発言をされては、誰もが不機嫌になる。

「だが、どうして……」

 皆と一緒に帰って来なかったのか? そう訪ねようとした時だった。あるものが響の手に握られているのを見つけた。

「あぁ、これかい? これは、間宮さんのところの羊羹だよ。皆と一緒に食べようと思って買ってきたんだ」

 俺の視線の動きを目ざとくとらえたのか、響は少し弾むような声で、俺が聞くよりも早く説明してくれた。

「よかった……」

 心底、そう思った。響が、無事でよかったと。

 響がこの羊羹を持っているということは、金剛の言っていた通り、任務の後間宮さんのお店に行ってきたのだろう。秘書艦である彼女の言葉は、本当であったことが今まさに証明された。

 だが、あの時金剛に言われた、響を叱るという約束は、もうどうでもいい。

 ただただ、今は響の無事を噛み締めたかった。

「し、司令官、どうしたんだい……? なにも、泣くことは……」

 安心した瞬間、もう出ないと思っていた涙が目頭からこぼれ落ちた。

「な、泣いていない。心配するな。潮風が、目に染みただけだ……。だが、もう少しこうしていてくれ」

 声の震えなど気にすることもなく、俺は透き通るような白さを持つ響の手に触れながら、早口にそうまくしたてた。

 少し間を置いて響は、

「ダー(了解)」

 とだけ言って、俺の背中に身体を預けた。

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 提督が座っている場所からそう離れていない場所。彼らからは死角になっている倉庫の角に、二人の姿を覗く小さな影。

「ふう、これにて一件落着ね!」

「おっ、大きな声を出すと怒られてしまうのです……!」

 その影は、提督の後をつけてきた第六駆逐隊の面々だった。

 雷が嬉しそうに身を乗り出してガッツポーズをし、思慮深い電がそれを諌める。損傷の軽微だった彼女たちは、簡単な手当を受けてこの場にやってきていたのだ。

「あれくらいで泣いちゃうなんて、司令官もおこちゃまね」

 ふん、と平たい胸を張りながら言う彼女は、第六駆逐隊の長女、暁。なぜか彼女だけは見た目や年齢のことを気にするのだが、それは長女としてのプライドを維持したいがためなのかもしれない。

「それにしてもあなた達、面白い作戦を考えつきましたネー」

 彼女たちの背後で笑うのは、現秘書艦の金剛である。

「最近、司令官がたるんでるから、これくらいのお灸を据えなきゃって思ったのよ」

 かなり上背のある金剛に対し、仰け反って倒れそうになりながらそう言う暁。その様子を母親のような目で見ながら金剛は、

「はい、よく頑張りましたネー」

 と言って、彼女の頭を撫でた。

「こっ、子供扱いしないでよっ、ぷんすか!」

 子供のようにしか見えない暁の怒り方を見て、金剛は苦笑いしながらいつもの軽い調子で謝った。

「で、でもちょっと、司令官さんかわいそうだったのです」

 伏し目がちにそう言う電は、胸の前で腕をもじもじさせている。

「あれくらい大丈夫よ! いざとなれば、私がいるじゃない!」

 金剛に負けず劣らず元気な声を出しながら、雷は満面の笑みで皆を見た。ちょっと意味のわからない発言ではあるが、彼女の自信あふれる言葉には妙な説得力を感じさせるものがあった。

「そういえば、この作戦を考えたのは誰デスか?」

 金剛は、思い出したようにそう尋ねた。第六駆逐隊の誰か、ということはわかっても、その中の誰が考案者なのかはまだ金剛にもわかっていなかったからだ。

「たしか、電が言い出しっぺよ?」

 そんなことも知らなかったの? とでも言いたげな表情で、暁は今回の事件の首謀者をサラリと言ってのけた。

 その瞬間、この場にいる全員の視線が電に集まった。とうの電本人は、

「はわわっ……!」

 と顔を赤くしながらだまりこんでしまう。沈黙は是なり、である。首肯こそしないものの、彼女が首謀者であることは明らかであった。

「ふむー。ということは、『あの手紙』もあなたの思いつきデスかー?」

「そう、なのです……」

「電サン、なかなかハードなことを思いつきますネー!」

 すべてを把握した金剛は、まさに外国人のような笑い声をあげる。ここまで大声を出したら、堤防にいる二人に気づかれそうなものだが、うまく風に流されているのか、声に感付かれる様子もない。

「だけど電、あんなのどこで見つけたの?」

 姉である暁もあの手紙の出処を知らなかったのか、そんなことを尋ねる。

「それは……」

 と小さく言って、電は訥々と話し始めた。

 先ほど金剛が言っていた『あの手紙』とはまさしく、提督を地獄の底にたたき落とした『報告書』のことである。

 聞くところによると、あの報告自体はガセでもなんでもなく、本当の事らしい。だが、ずぼらな提督は書類を運んでいる際に『うっかり』その報告書を落としてしまい、電がそれを拾ったとのこと。本来はすぐに届けなければいけないのだが、『偶然』電に急ぎの用事があり、どうせあの人のことだからすぐには書類に目を通さないと思った電は、ポケットにしまったまま、この作戦を思いつくまで存在すら忘れていたのだという。

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「ごめんなさい、なのです……」

 そこまで語り終えて、申し訳無さそうに頭を下げる電。

 電の話を聞いていた三人の反応は様々だった。暁は長女らしく、まったく仕方がないわねぇと呆れ、雷はそういうことは早く言いなさいよと、電を叱った。その中でも金剛の反応は、一人だけ異様なものだった。珍しく顎に手を当て、考えこむような仕草をしていたのだ。

「あ、あの、どうされたのですか?」

 不安そうな面持ちで質問する電。金剛は電の質問を聞いて、ゆったりと口を開いた。

「もしかして電サン、最初から全て計算していたのではありまセンか?」

 そう聞かれた瞬間電は俯いて、

「そ、そんなことはないのです……」

 金剛の目をせずにそう言った。

「怪しいデスネー。もしそうなら、私は提督に報告しなくてはいけまセーン」

 そう言う金剛の声は、いたずらっぽいものが混じっていた。彼女からしてみれば、電をからかうだけで、本当に提督に報告するつもりはないのだろう。

 だが、それがいけなかった。

 金剛は、電がなにかぼそぼそと呟いている声を聞いてしまう。

「んー、なんデスカー? 聞こえるように言ってくだサーイ」

 あくまでからかう調子の金剛は、耳に手を当て電の口元に耳を近づけた。

 ……のです。

「なんデスか? もっと、大きな声で言ってくだサーイ」

「……本当に言ったら、金剛さんが洗濯カゴに入った司令官さんの下着の匂いをかいでるの、バラすのです」

 電の言葉の意味を理解した瞬間、金剛はそのままの姿勢で硬直した。そして一呼吸の後、金剛は地面に頭を擦り付けた。

「そ、それだけは勘弁してくだサーイ!」

 ((超弩級戦艦|ちょうどきゅうせんかん))の彼女が一隻の駆逐艦に屈服するさまは、なかなかシュールである。

 もちろん電の発言が聞こえていない暁と雷にとっては、何がなんだかわからない様子。

「ねぇ電、なにをしたの?」

 不思議そうに尋ねたのは、暁だった。

「なんでもないのです」

 超問題発言を金剛に言い放ったにも関わらず、ケロッとしている電。金剛はいまだに、地面に這いつくばって懇願している。

「まぁ、いいじゃない。そろそろ戻らないと、司令官たち帰ってきちゃうわよ」

 雷が指さした先には、今にも立ち上がって帰路につこうとする二人の姿があった。

「じゃあ、早く帰ろ? 戻ってないと、司令官に怒られるかもしれないわ」

 仮にも彼女たちは今、休息をとっていることになっている。定位置に居なければ、怪しまれてしまうことをわかっている暁は、率先して皆に号令をかけた。

「そんなこと言って、本当は羊羹を食べたいだけなのです」

「そっ、そんなことないわよっ」

 笑いながら暁をからかう電に、顔を赤くしながら必死に否定する暁。これでは、どちらがお姉さんかわからない。

「というわけだから、金剛さんも早く起きて司令室に戻るわよ。金剛さんが居ないと、司令官さんに不審がられちゃうじゃない」

 雷が至極まっとうな意見を言う。金剛はそもそも、秘書艦である以上に、提督にべったりであった。さっきまでは響のことで頭がいっぱいだったかも知れないが、金剛が居ない場合、部屋に戻って彼が違和感を抱くのは時間の問題だろう。

「う……わかったデース」

 そのことは金剛も納得しているのか、すんなりと立ち上がって歩き出した。しかし、その歩きはどこか挙動不審だ。いつの間にか涙をためた目で、金剛はちらちらと電の方を見ている。

「どうしたのですか?」

 電がそう言って振り返った瞬間、金剛の顔は一気に青ざめ、無言でぶんぶんと首を振った。

 金剛から何も言うことがないのを確認した電は、首をかしげながら前を向き直った。そんな彼女の背中を眺めながら金剛は、

 一番恐ろしいのは、この子かもしれまセーン……。

 と、心の中で呟いた。

 

                                        -了-

説明
友人提督がВерный(響)を轟沈させてしまったと聞いて、気づけば書いておりました。
いいよね? こういうことにしても、いいよね……?
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コメント
見事な謀でした………!(いた)
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