とある 16歳の誕生日
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とある 16歳の誕生日

 

 5月2日金曜日晴れ。午前7時55分。

 とある高校1年7組の教室内の自分の席で私は大きく深呼吸をしながら来るべきその時を待っていた。

「みぃ〜さぁ〜かぁ〜さぁ〜〜〜〜ん♪」

 隣の席に座るクラスメイト兼ルームメイトが煩く声を掛けてくるけれど、無視。目を瞑って自分だけの妄想を崩さないように努める。

 私の一生が決まる今日という大事な日を胸しか取り柄がない運痴カンニング女に構っている暇はない。

「みぃ〜〜〜〜さぁ〜〜〜〜かぁ〜〜〜〜さぁ〜〜〜〜〜〜ん♪」

 無視。まったくもって無視。この女に構っている場合じゃないのだ。今日だけは。

「もぉっ、美琴ったら。ツンデレさんなんだゾ♪」

 胸女の声色が変わってやたら色っぽくなった。と、思ったら胸女の唯一の長所であるそのデカいだけの脂肪の塊を私の肩に乗せて来やがった。……死ねばいいのに。

「昨夜はあんなにも激しく私のことを愛してくれたのに……美琴ったら、朝になったら冷たいんだから♪」

 チュッという音と共に頬に柔らかいプルッとした感触が伝わってくる。

「って、何をしてくれやがるのよ、アンタはぁ〜〜〜〜っ!」

 頬にキスされたことに気が付いた私は目を開けながら勢いよく立ち上がる。

「ぎゃっ!?」

「あがっ!?」

 立ち上がった際に馬鹿金髪の顎に脳天をぶつけて凄い痛かった。けれど、今はこの馬鹿によってもたらされた事実無根の流言を払拭する方が先。

「誰が昨夜アンタを愛したって言うのよっ!」

「美琴が、私を♪」

 床にしゃがみ込んでいる操祈は私と自分を交互に指さして笑ってみせる。

「事実無根のデマを流して私のポジションを不当に貶めるな」

「えぇ〜」

 操祈が不服そうな声を上げる。

「昨夜私と美琴が一緒のベッドで寝たのは事実じゃないの〜」

「アンタが勝手に眠っている私のベッドに潜り込んできただけでしょうが」

 昨日はとても疲れていたのでベッドに入ってきた操祈を追い出すこともしなかった。

「証拠の写メだってちゃんとあるんだゾ♪」

 操祈は携帯を取り出してみせる。自画撮りしたその画像には、ベッドの上で並んで眠る私と操祈の姿が写っていた。

「普通に眠っている写メにしか見えないわよね」

「ふっふっふ〜♪」

 操祈はドヤ顔を崩さない。

「後はこの画像を加工して、私と美琴の寝間着を消してしまえば、立派な事後写メになるんだゾ♪」

「完璧に捏造じゃない」

「写真の修正は既に初春さんに発注済みなんだゾ♪」

「身近過ぎる所に共犯者がいるのか……」

 心に乳酸菌が溜まっていくのを感じる。ヤクルト欲しいわぁ。

「けど、そんな捏造で人が騙せるって言うの?」

「能力なんて使わなくても心理掌握は私の十八番なんだゾ♪」

 操祈の言葉が気に掛かって周囲を見回してみる。

 クラスメイトたちがヒソヒソ話をしているのが微かに聞こえてくる。

 『百合カップルよ』とか『レベル5が2人もこの学校に進学してきたのは不純同性交遊を認めているからだ』とか『2人の結婚式はいつなの?』とか耳に入ってきてしまう。

「レベル5に対する偏見から私たちは自由になれないのよ」

 長い金髪を手で払って哀愁に満ちた表情を見せる操祈。

「アンタが煽ってるんでしょうがっ!」

 操祈の顔にチョップを入れる。

 この学校に入学して1ヶ月。やたらとベタベタしてくる操祈のせいで、私は要らぬ誤解を受けている。私がこの学校に来たのは高校3年生に気になる男がいるからだ。

「うっう。美琴は私をいっぱい愛してくれるけど、家庭内暴力が酷いのが玉に瑕なんだゾ」

 けれど、その男との進展がなかなか上手く行かないからこの胸女との誤解だけが独り歩きしていく。いや、操祈の術中にみんなが嵌っていると言った方が正しいのだけど。

「でも、お腹の赤ちゃんのためにも……私は美琴に捨てられないように健気な奥さんを頑張るんだゾ」

 操祈は優しく下腹部を擦ってみせた。とても穏やかな表情を浮かべている。

 その仕草を見て、教室内の喧騒が一際大きくなる。

 『父親は御坂さんなの?』『女同士で子どもってできるのか?』『でも、この学園都市なら』『御坂さんなら男前だからあり得るんじゃない』『レベル5同士の子どもならスーパーサイヤ人みたいに凄いんじゃないの』

 私と操祈の仲を疑う声は1つもなかった。1つ大きくため息を吐く。分かっていたけれど、心理戦において操祈に対抗するのはコミュ力に乏しい私には無理だ。

 なら、別の方向から火消しに入ることにする。

「で、用件は何なの?」

 操祈の表情がパッと明るくなった。

「美琴……16歳のお誕生日おめでとう♪」

 操祈は手をパチパチと叩きながら私を祝ってくれた。

「あっ、ありがとう」

 意外な用件だったのでちょっと驚いた。そして照れる。

「今日10回目にしてようやく聞いてもらえたんだぞ」

「10回。そんなに言ってたんだ」

 全然気付かなかった。

「美琴ったら、朝からずっと上の空だったんだゾ。私の愛妻朝食を食べている時もずっと天井を見上げて心あらずの状態だったし」

「そういうこともあったかも知れないわね」

「何に気を取られているのかは予想付くけどぉ〜」

 操祈がジト目を向けてくる。その視線は私の机の上に置いてある封筒に向けられていた。

「それ、婚姻届?」

 核心を突いた質問がきた。

「そうよ」

 特に躊躇することなく答えてみせる。

 日本の民法では女性は16歳になれば結婚できる。つまり今日、私は結婚できる年齢になった。結婚できる年齢になった以上、それ相応の準備をしておくのが大人のレディーというものだろう。

「記入済み?」

「勿論」

 先月末の休みを利用して実家に戻り、両親の判子をもらってきた。

 ついでにアイツの実家にも寄ってお義父さまとお義母さまにも捺印してもらった。

 後必要なのはアイツの署名とサインのみ。

 これが私にとって16歳になるということだった。

「相手にはそのことを知らせているの?」

「無論、知らせてないわ」

 計画は水面下で進めている。どこでどんな妨害が入るのか分からないから。例えばコイツとか。

 操祈の表情が急に引き攣った。

「根本的な所を質問するのも何だけど……美琴と上条さんってお付き合いしてるの? 私、2人のそういう場面を全く見たことがないのだけど?」

「私の頭の中では2年前から交際しているわ」

 ちなみに同棲も今日で丁度1周年。アイツも私との関係をそろそろ正式なものにしようと思い悩むことが増えている。今日という日はそういう意味でも丁度いいのだ。

「そう……さすがはレベル5ね。自分だけの現実がパネェわぁ」

 操祈はとても疲れた表情を見せている。自分だってレベル5(超弩級ドリーマー)の分際で。

「後はアイツがこの教室に来てこの書類にサインして印鑑を押してくれればいいのよ」

「それは美琴以外の現実では実現が難しいと思うんだゾ」

「アイツが署名捺印してくれたら……私、明日からもうこの学校に来なくても別にいいのよね」

 操祈の顔がまた引き攣った。

「冗談よ。ほらっ、明日からゴールデンウィークで3連休でしょ。新婚旅行に出掛けるには丁度いいかなって」

 私は自分の誕生日が素晴らしい日付だと初めて実感している。

「私は人妻になってもこの学校を辞める気はないわよ」

 せっかく念願叶ってアイツと同じ学校に入ったのだ。この1年間はスクールライフを目一杯楽しみたい。

「その決意表明にほらっ。私の持ち物の名前を書き換えたのよ」

 机の上に教科書やノートを出してみる。

「『御坂』の部分が二重線で消されて代わりに『上条』になってるわね」

 操祈がますます疲れた表情で私の私物を見ている。

「だって私は今日から『上条』美琴になるんだから。『御坂』なんて旧姓で呼ばれても困るのよ」

「御坂さぁ〜んは捕らぬ狸の皮算用って言葉を知ってる?」

 ライフポイントが限りなく0に近そうな疲れきった操祈の言葉を無視する。

「どうしたの、美琴? 急にムッとしちゃって」

「朝起きて決めたのよ」

「何を?」

「今日は私、上条か美琴って言われない限り返事をしないってねっ!」

 立ち上がり拳を振り上げながら宣言する。

私の新しい苗字をアピールする意味合いを兼ねて、旧姓には反応しない。それは、私の乙女のプライドに賭けて守らなければならないことだった。

「まぁ〜私たちに話し掛けてくるクラスメイトはあんまりいないからかわせるにしてもぉ〜」

 操祈はクラスメイトたちをチラッと見た。何人かの男子が顔を赤く染めた。けれど、それ以上の反応はない。入学から今日まで、親しげに私たちに話し掛けてくる級友はあまりいない。いや、百合カップル扱いされているのが最大の原因なのだけど。

「先生に指されたらどうするの?」

「御坂と呼ぶのなら当然無視するわ」

 たとえ先生と言えども私の一生を左右する決意を曲げることはできない。

 私とアイツの愛の証を邪魔することはできないのだ。

「それ、授業ボイコットと同じなんだゾ……」

 操祈はフラフラしながら自分の席へと戻っていった。運痴で体力がないから朝っぱらから疲れてしまったのだろう。まったく、困ったルームメイトだ。

 

 始業の鐘が鳴って、全員が自分の席につく。

 そして担任の先生が入ってきた。担任の親船素甘(おやふね すあま)先生が……あれ?

 先々月まで毎日のように顔を合わせてきた眼鏡30女が代わりに入ってきた。

 あれって……。

「常盤台の寮監じゃなぁ〜い。何でここにいるの?」

 操祈の言葉通りだった。教室の中に入ってきて教卓の前に立ったのは私たちが3年間通った常盤台の女子寮の寮監だった。何であの恐怖の寮監がここに?

「え〜。敬愛する月詠小萌先生のご紹介により、本日だけ特別担任を務めることになった。寮監先生と気軽に呼んで構わんぞ」

「…………おいっ」

 どこにツッコミを入れるべきなのか悩んでしまう。とりあえず、寮監は職業を表すものであって名前じゃないだろうに。

 そう言えば、3年間一緒に過ごしてきてあの人の名前をいまだ知らなかったりする。もしかして本名も寮監だったりするのだろうか?

「ちなみに、親船先生は何ら人為的な介入の痕跡が見られない自然現象によってお風邪を召されて本日は欠席だ。そこで私が呼ばれたわけだ」

「…………っ」

 もうツッコミは入れない。親船先生が寮監たちによって欠勤に追い込まれたのは間違いないだろうけど指摘してやらない。

 問題は、何故今日に限って寮監が私のクラスにわざわざ乗り込んできたのかということだけど。

 考えれば考えるほどに嫌な考えしか浮かばない。警戒レベルを高める。

「さて、親睦を深める意味でお前たちに1つ聞いておきたいことがある」

 寮監の眼鏡が鈍く光った。これはやっぱり……。

「この中で、高校生にも関わらず今すぐにでも結婚したいと考えている者はいるか?」

 来たっ。やはり寮監は刺客。私の幸せを邪魔する刺客。

「はぁ〜い。私はぁ〜上条さんのお嫁さんになってぇ〜1日も早く寿退学したいんだゾ♪ …………ぶふぅっ!?」

 寮監のチョークを眉間に食らって、私の嫁とかほざいていた操祈が倒れた。見事なまでに目を回して完璧に気絶している。

「スマン。手が滑った」

 寮監は全く悪びれもせず、両手の指の間に8本のチョークを投擲体勢に入れながら謝罪した。

 この一連のやり取りで、寮監を初めて見た他のクラスメイトたちも彼女がどういう人間であるのか理解したようだった。教室を一瞬にして緊張と恐怖が走る。

「学生の本分は勉強だ。従って、16歳になったから今日から結婚できると浮かれる女子生徒の存在など許されるわけがない。そうだな?」

 寮監の威圧的な質問はクラス全員に対するもの。けれど、5月2日にわざわざ部外者が担任になってまで行う質問だという条件を加えると別の意味になる。

 寮監の質問は明らかに私に向けられたものだった。

 それが分かっているからこそ、私は寮監の質問を全く無視した。

 パーソナルリアリティー全開。レベル5の意地に賭けて寮監の干渉は受けない。

「御坂よ。分かったのか?」

 寮監の瞳が私を捉える。けれど、私は一切の反応を見せない。『御坂』という呼び名に反応する謂れはない。今日から私は『上条』美琴なのだから。

「フッ。面白い。貴様のその強がりがどこまで通じるのか見せてもらおうではないか。小萌先生が準備した最強の教師陣を前にしてな」

 寮監は私を見ながら悪い笑みを浮かべてみせた。教師から生徒に対する宣戦布告。

 生徒の男女交際、そして結婚を決して喜ばない女教師月詠小萌。そしてその小萌を信奉する寮監。更にはその仲間たち。

 16歳を迎えた今日5月2日という日を私は一筋縄で切り抜けることはできそうになかった。

「まったく……早く私の所に来て婚姻届に署名捺印しなさいよね」

 ヘラヘラと笑っているアイツの顔が浮かんでちょっとだけ腹が立った。私の王子さまは本当の大ピンチに陥らない限りなかなか助けに来てくれないのだった。

 

 

 

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「先生は女子の結婚可能年齢を30歳まで引き上げるべきだと強く主張するのですよ!」

「「「それは否っ!」」」

 5月2日のH.R.の時間。普段は活気がなくて、あくびを噛み殺している内に過ぎ去るその時間がいつになく白熱していた。

「女子の結婚可能年齢は17歳にすべきです、先生っ! 高校3年女子は結婚適齢期です」

「高校3年生男子が高校1年生女子と結婚するのは。ロリコンの所業。でも。高校3年生男子が高校3年生女子と結婚するのは。祝福すべきこと」

「わたしはいつでも教会を破門される覚悟ができてるんだよっ!」

「黙れなのです小娘どもっ! 未成年の男子が結婚して良いのは、包容力と生活力に溢れる大人の女だけなのです。お前らガキなんてお呼びじゃないのです」

 女子の結婚年齢を引き上げるべきだと強硬主張を繰り返す担任の小萌先生。それに対して異を唱えるクラスメイトの女子たち。特にインデックス、姫神、吹寄の3人は小萌先生に詰め寄って熱く反論している。

「まあ、何にせよ高校生で結婚だとか……貧乏でお金を稼ぐ手段もない上条さんには関係ない話ですけどね」

 インデックスたちが何故あんなにも熱く結婚について考えられるのか俺にはよく理解できない。結婚に対する考えが男と女では違うのだろうか?

「カミやんにそんな風に言われたんじゃアイツらが浮かばれんぜよ」

 隣の席に座る土御門が呆れたようにして口を半分広げながら俺を見ている。

「どういうことだよ?」

「彼女たちが何であんなに一生懸命なのか。もっと状況をよく考えて察してやれぜよ」

「そんなこと言われても分かんねえっての」

 先に愚痴ってから考えてみる。

「5月2日……今日は御坂の誕生日だな」

 上条さんも今日が何の日なのかぐらいは知っている。最近、御坂から送られてくるメールには5月2日が彼女の誕生日であることが暗に陽に記されていたし。

 ちゃんと誕生日プレゼントも準備した。青髪ピアスに紹介してもらったバイトで得た報酬をつぎ込んだ、1万円という上条さん価格としては破格のネックレスだ。

 フッ。後輩少女の誕生日に1万円の贈り物をするビッグな先輩だぜ。これをプレゼントすれば御坂の俺を見る目ももっと好意的なものになるだろう。『当麻先輩〜♪』とか言いながら抱きついてくる可愛い後輩ルートも開けるかも。いいねえ、素直な御坂は。

「そうそう。今日は超電磁砲の嬢ちゃんの16歳の誕生日なんだにゃ〜」

「そうだな。で、御坂が16歳になるのと、小萌先生たちが大騒ぎするのにどんな関連があるんだ?」

 大きく首を捻る。そんな俺を土御門は残念な人を見る仕草で両手を広げた。

「小萌先生たちは超電磁砲の嬢ちゃんが今日16歳になったから大騒ぎしているんだにゃ」

「つまり、小萌先生たちは御坂の誕生日を祝おうってことで騒いでいるのか」

「何でそんな解釈になるのかにゃ〜」

 土御門は右隣の席、つまり俺から2つ右に離れた席に座る青髪ピアスの顔を見た。

「上やんに女心の機微を理解しろとか無理な注文でっしゃろ」

 なかなかに失礼な評価が下された。失礼な、と心の中で反論する。少なくとも、女子と言葉を交わしている回数は青髪ピアスより俺の方が多いはずだ。

 いつもインデックスたちと教室の中で喋っているのだから。

「けど、上やんやから、今日の終わりには既婚者になっている可能性は十分にあるんやないか。なんせ、上やんやから」

 そして意味不明な予想が勝手に立てられてしまった。

「どうして俺が突然結婚なんて展開になるんだよ。付き合っている女の子もいないのに」

 土御門といい青髪ピアスといいデルタフォース馬鹿の言うことはよく分からない。奴らとの意思疎通は諦めて窓側を見る。

 白髪でやたらと色素の薄い少女がつまらなそうに窓の外を見ている。

「なあ、鈴科(すずしな)」

 去年俺のクラスに転入してきた鈴科百合子(すずしな ゆりこ)に声を掛ける。

 インデックスや御坂は鈴科が一方通行と同一人物だとか訳の分からないことを言っている。だが、そんなはずはない。一方通行は男で鈴科は女だから。

 ちなみに、その一方通行は去年から土星探索に出掛けたとかで帰ってくるのは22世紀を待たないといけないらしい。

「なンだァ?」

 一方通行を彷彿とさせるやる気がなく、敵意が含まれた返事がきた。

「鈴科は小萌先生たちが何で大騒ぎしているんだか分かるか?」

 鈴科は一方通行そっくりなショートカットを掻きながら面倒くさそうに答えた。

「女子高生って完璧にBBAじゃねえか。BBAの結婚話とか心底どうでもいい」

「鈴科は自分がその女子高生だって自覚はあるのか?」

 女子高生をBBAと述べるとかまるで一方通行のよう。でも、彼女は女なので別人であることは間違いない。

「とにかくです。今日、仲良し小萌先生クラスの男子生徒のみなさんが1年生の教室がある5階に立ち入ることを禁止するのです」

「「「異議なし」」」

 土御門たちと生産性のない話をしている内に良くない話がまとまってしまった。

「ちょっと待ってくれよっ!」

 立ち上がりながら大声を張り上げる。魔神よりもヤバそうな8つの瞳が俺を捉える。でも、上条さんは負けない。足がガクガク震えてもここで退くわけにはいかない。

「何で男だけ1年生の教室に寄っちゃいけないんだよ?」

 そんなことになれば御坂の教室に行けない。プレゼントを渡せなくなってしまう。

「最近、力こそが正義という世紀末的雰囲気が校内に蔓延して、高3の男子が1年生を支配していると巷で噂になっているので学校としても対処しなくてはならないのですよ」

「そんな根も葉もない噂、聞いたことがないっての」

 うちの学校が世紀末っぽいということなら、その原因は3年の男子ではなく小萌先生だろう。

「実は、1年生の教室でバイオハザードが発生してゾンビが溢れている状態なのです。ですから、3年男子が近寄ると危険なのです」

「全校生徒を避難させろよ」

 小萌先生の言葉は欠片も真実味を有していない。

「理由がないってんなら、俺は1年生の教室に行くぞ」

「担任である小萌の言うことに逆らうなんて、とうまはとんでもない大馬鹿生徒なんだよっ!」

 さっきまで先頭切って小萌先生に歯向かっていたインデックスが目を剥いて怒った。

「担任の。言葉は従うもの」

「ふむ。今日うちのクラスの男子生徒が1年生の教室に行ってはいけないというのは実に意義深い話だな。従うが良い、上条当麻」

 姫神と吹寄も小萌先生の側に付いた。

「そういう訳で上条ちゃん。4対1。民主主義的多数決により、上条ちゃんは今日1年生の教室に行ってはいけませんのです」

 その他30名以上のクラスメイトの存在を無視した多数決が強行された。いつもながら無茶苦茶なクラスだ。

「それでは、仲良し小萌先生クラスのみんなに命令なのです。上条ちゃんを御坂ちゃんのクラスに近付けてはならないのです」

 やたらと範囲が限定された命令が出された。

「何だよ、それ?」

 何故小萌先生たちが、俺が御坂に誕生日プレゼントを渡そうとするのを邪魔するのか?

 だが、小萌先生の命令はまだ終わっていなかった。

「上条ちゃんが御坂ちゃんに会いに行こうとした場合、如何なる暴力を行使しても構わないのです。生死は問わないので止めてくださいなのです」

「物騒すぎるだろ、それはっ!?」

 幸いなことに先生の言葉に乗り気な生徒はほとんどいない。インデックスたち3人組が目を光らせているぐらい。

 普段一番仲が良い女子連中が最大の敵になっているという構図が納得できないが。

「カミやんを止めても俺っちには何の得もないんだにゃ〜」

 あくびをしながら小萌先生の命令の遂行を事実上拒否する土御門。やはりこんな時に頼りになるのは男の友情だ♪

「御坂ちゃんに会いに行こうとする上条ちゃんの息の根を止めたら……土御門ちゃんの部屋で特別に妹メイドちゃんとの同居を認めるのですよ」

「小萌先生に永遠の忠誠を誓うんだにゃ〜」

 土御門が小萌先生に向かって恭しくかしずいた。

 男の友情なんて、これっぽっちも当てになんねぇな。

「ボクは妹おらんのですが? 上やんを止めると何かご褒美あるんでっしゃろか?」

「特別にクラスの女子全員で1時間青髪ちゃんを踏みつけてあげるのですよ」

「ボクは小萌先生の一番弟子やぁ〜♪」

 ほんと、デルタフォースって俺以外は馬鹿ばっかりだ。

 そしてこんな感じで俺のクラスのほとんどの生徒は小萌先生の忠実なる下僕と化していったのだった。

「さあ、上条ちゃん。四面楚歌なのですよ。これでもまだ、今日16歳になったばかりの小娘の元に向かうとほざくのですか?」

 悪い顔を浮かべながら念を押してくる小萌先生。その背後にはインデックス以下の女子生徒、土御門以下の男子生徒が大挙して悪い顔を見せている。

 状況は俺にとって絶対的に不利。だが、過去の戦いの経験がそうさせるのか、不利な状況に追い込まれるほどに俺の心は熱く燃えてくる。

「へっ! なら邪魔してみろってんだ。俺は何としてでも御坂に誕生日プレゼントを渡してみせるぜ」

「小僧……後悔することになるのですよ」

 こうして俺と仲良し小萌先生クラスの面々は戦い合うことになった。この戦いのために俺は御坂を強く意識することになった。

 

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「今日1時間目の授業を担当することになった月詠小萌先生なのです。黄泉川先生に替わって先生が保健体育の授業をレクチャーするのですよ」

 最初に入ってきたのがこの学校の非恋愛の大ボスだったのを見て、私は今日が前途多難な日であることを改めて思い知った。

「まずは民法731条の『男は、18歳に、女は、16歳にならなければ、婚姻をすることができない』という部分に対する解釈ですが……」

 保健体育だと言っておきながらいきなり法解釈から入ってきた。

「先生的には、男は15歳、女は30歳にならなければと変えるのが妥当だと思うのですよ」

 そして喋っているのは解釈ですらない。自分の欲望に基づいた法改正だ。

「とにかく、先生が言いたのは女が16歳で結婚とかあり得ねえってことなのです。いいですか、先生の言葉は絶対なのですよ」

 少なくともこれは授業などではない。洗脳というか脅迫だ。しかも、私を意識した。その証拠にさっきからあのロリBBAは私に盛んに敵意の視線を送ってくる。

「16歳で結婚しようということがどれほど身の程知らずなのか。みなさんに答えてもらおうと思います」

 ほっこり笑顔を浮かべるロリBBA。みなさんと言いながら誰を当てて来るのかは予測が簡単過ぎた。

「それじゃあ、御坂ちゃん♪ 女子高生の結婚の害悪について述べて欲しいのです♪」

 ほらっ、来た。

 私は当然無視する。

「御坂ちゃん。どうしたのですか? 早く答えるのです」

 今日から私は上条美琴。御坂と呼ばれて答えることはない。

「なるほど。そういうことですか」

 小萌先生の瞳がすぅ〜と細まった。

「既に気分は上条美琴というわけですか」

 先生は私の野望を的確に当ててみせた。さすが、結婚したい願望が高い女だけはある。

「フッ。理想を抱いて溺死するが良いのですよ」

 軽蔑の視線+鼻息。

「小娘……教師の質問を堂々と無視するとはいい態度なのです。立ってなさい」

 今度はおとなしく従って立つ。小娘という言い方には姓は関係ないから。どうやら1時間立ちっ放しで授業?を受けるしかないらしい。

 でも、私の心が折れないためには丁度良い処置かも知れなかった。

「じゃあ、次。食蜂ちゃん。女子高生がどれほどおぞましいものか答えるのです」

「私は後何ヶ月かしたらぁ〜上条さんと結婚して寿退学する予定だからぁ〜結婚してまで高校生を続けるつもりはさらさらないんだゾ♪ …………ぶぎゃっ!?」

 成長のない馬鹿は同じ返答をして同じ末路を迎えた。先生の杖の戦端から発射された魔法の光弾は見事に食蜂の顔面を捉えた。これ以上馬鹿にならないといいけど。

「それじゃあ次は……面倒臭いのであいうえお順に答えやがれなのです」

 小萌先生の恐怖政治授業は続けられていき、私は授業が終わるまで、もっと正確に言えば次の先生が来るまで立たされていた。

 アイツへの愛の試練だった。

 

「2時間目の授業を受け持つことになった学園都市統括理事のアレイスター・クロウリーだ。敬愛する恩師月詠小萌先生の紹介で君たちの授業を担当する」

 2時間目の担当教員は色んな意味で凄い人だった。

 どこからツッコミを入れればいいのか皆目見当もつかない。ただ1つ言いたいことは、相当な年齢であるはずのアレイスターが恩師と呼ぶ小萌先生は一体幾つなのだろう?

 ついでに言えば、統括理事はいつも入っていた培養液の水槽から出ているが大丈夫なのか?

「私の命が尽きる前に君たちに言っておきたいことがある」

 やっぱり、ダメらしい。

「人生とは100年単位で考えればいい。君たちが結婚を急ぐ必要はない」

 統括理事はこれだけのことを言うためにわざわざ窓もドアもないビルからやって来たのだろうか?

 ていうか、人生を100年単位で考えるのは、理事長やロリBBA先生や、エンデュミオンを建設したロリBBA社長ぐらいのものだろう。私には全く関係のない話だ。

命短し恋せよ乙女。それこそが私の信じる道。私の結婚は今日。これはもう譲れない。

「今日の突然の外出は私にとって突然のイレギュラー。しかし、大恩ある小萌先生のご命令ならば聞かないわけには……ウグッ!?」

 統括理事は倒れた。ピクンピクン体を震わせている。陸に打ち上げられた魚みたい。

「失礼するんだにゃ〜」

 アイツの親友である土御門先輩が教室に入ってきた。先輩は統括理事を肩に担ぎ上げるとさっさと出て行った。

 後の時間は自習になった。ちなみに、隣の席の運痴は小萌先生の魔法を食らって以来ずっと寝っ放しだった。

 

「統括理事のアレイスターくんと恩師の小萌先生の推薦を受けて3時間目の授業を受け持つことになった木原幻生だ。よろしく頼むよ」

 白衣に黒いビキニパンツ1丁という何だかな格好のマッチョ老人が入ってきた。その老人の顔を見て私と操祈はギョッとせざるを得なかった。

 あのジジイこそ、絶対進化計画の立案者であり、その他にも非道な実験を好き勝手してくれる最低科学者木原幻生だったのだから。

 とりあえず操祈と2人で消しゴムや鉛筆を投げ付けてみせる。けれど、ある事件を通じて筋肉に目覚めた老人の分厚すぎる胸板には全く効かなかった。跳ね返った消しゴムは床にめり込んだ。

「人の身にして天上の意思に辿り着けないレベル5なんて駄目駄目の駄目駄目だね」

 マッスル幻生はいきなり私と操祈に対する駄目出しから授業を始めた。

 幻生はレベル6到達に関して初春さんたちに後れを取ったことを色々と根に持っている。そしてその原因を私や一方通行、それに操祈が期待通りの伸びを示さなかったことだと分析している。実に腹立たしいジジイだった。

「レベル5なんて半人前の存在は、結婚する資格がないと僕は思うんだよ。レベル6に到達して一人前になってから結婚を考えたまえ」

 このジジイが月詠小萌の犬であることはよく分かった。

 ちなみにコイツは、孫が成人しているぐらいなので既婚者であることは間違いない。木原一族はこんな外道な性格な奴らばっかりなのに、意外と既婚者が多い。

 世の女の中には男を見る目がない奴も多いと見るべきか。それとも蓼食う虫も好き好きというべきか。

「アンタなんかにぃ〜私と上条さんの結婚を邪魔されたくないって言うかぁ〜」

 運痴の操祈が一生懸命体を動かして教科書を投げつける。

「フロントダブルバイセップス」

 だが、幻生は胸の筋肉で教科書を弾き返した。教科書は160kmを超える勢いで跳ね返り壁にめり込んだ。

「アレイスターくんのお気に入りの割にレベル6に到達できていない君はどうかな? たかがレベル5のモルモットの分際で結婚したいのかね?」

 いちいち言い方がムカつくジジイ。

「この件に関して私は操祈と同じ意見よっ!」

 立ち上がり、ボールペンを弾にして超電磁砲を放つ。

「リアダブルバイセップス」

 けれど、幻生は背中の筋肉で私の超電磁砲を弾き返してしまった。ボールペンは音速を何倍にして窓ガラスを突き破って外へと消えていった。

「アンタがレベル6になればいいでしょうに……」

 ドッと疲れが出てくる。この筋肉の力、一方通行の反射より凄そう。

「教師に対する反抗的な態度。2人とも、廊下に立っていなさい。僕が子どもだった時はそれが普通の罰だったよ」

「へいへい」

 アイツへの愛を貫き通すために幻生の言うことに従う。

「1時間も立っていたら……私のガラスの脚が間違えなく折れちゃうわよぉ〜」

 隣の根性なしの運痴がいつまでも煩かった。

 

 小萌先生と寮監の戦略が私の精神を削っていくことなのはもう理解している。だから次もまた私の愛を失わせようとする人物に違いなかった。

「あ〜。恩師にして絶対に許せないアンチクショウである木原幻生先生の紹介により4時間目を担当することになった木山春生だ。高校生を受け持つのは初めてだがよろしく」

 次に現れたのは都市伝説の一角である『脱ぎ女』こと木山先生だった。彼女のやる気なさそうな表情を見ただけでも私の力が抜けていく。あの未婚ズは、どうしても私の結婚を諦めさせたいらしい。

「臨時担任の月詠先生の話によると……結婚の弊害を説いて欲しいらしい。私の担当科目は英語のはずなんだが、まあいっか」

 良くないだろ。そう思ったが、口にはしない。今日の私が教師に目を付けられていいことは1つもないのだから。

「とはいえ、私自身は結婚したことがないからなあ。どうやって結婚の弊害を説明したものか。う〜ん」

 腕を組みながらのんびりと考え始める木山先生。50分を有効に使うことを求められている高校教師には全く向いていない人だ。

「ああ、そうだ」

 木山先生はポンっと手を叩いた。

「世の男子諸君っていうのは、あれだろ。顔がいいのはもちろんのこと、従順で家事が大好きで男をいつでも立ててくれるような漫画のヒロインみたいな子と結婚したいんだろ」

 木山先生はなかなかの爆弾を投下してくれた。

「そういう女性像と程遠いから私は結婚できないのだろうなあ。うんうん」

 ひとりで勝手に納得している。クラス内には不穏な空気が広がっている。今までと違い、女子が男子を疑心の目で見ているというか。生徒間での不和の予感。

「おおっ。そこにいるのはツンデレくんではないか。久しぶりだな」

「ど、どうも」

 

 木山先生に見つかってしまった。

「君は、男子高校生が結婚したくなる女の子はどんなタイプだと思う?」

 厄介な質問が来た。前の3人みたいに悪意を含んではない、素の質問なので尚さらに質が悪い。

「私たちが初めて会った時に一緒にいたツンツン頭の高校生。彼だったら、どんな女の子がタイプだと思うかね?」

 年上の管理人さん風のお姉さん。

 答えは本人の口から何度か聞いたことがあるので知っている。けれど、今の私は絶対にそれを口にしたくない。

 けれど、ズバリ私ですと言ってしまえるほどに恥じらいの心を忘れたわけじゃない。

「答えが分かりませんので廊下に立っています」

 立ち上がって廊下に向かって歩き出す。

「別に立ってくれなくて良いのだが。まあ、君が廊下に行きたいのなら止めはしないさ」

 教室の扉を開ける。これ以上木山先生の天然な質問に付き合わされるのはゴメンだった。

「じゃあ、その隣の金髪の君」

「上条さんが結婚したい女の子は……ズバリ、私なんだゾ♪ ……ぶほっ!?」

 消しゴムを弾にして発射した超電磁砲で操祈が沈む。

「美少女、金髪、巨乳、ウザかわいい。なるほど、世の男性のツボを突いているな。うん、どうした?」

 操祈が急に気絶したことに不思議がる木山先生を置いて、私は廊下に出た。

「早く私の所に来なさいよね。まったく……」

 もう4時間目だと言うのにまだ顔も見せに来ないアイツに大きなため息が漏れ出た。

 

 

-4ページ-

 

「ここは監獄か何かか?」

 教室というある程度開かれているはずの空間にはとても思えない光景が広がっている。

 俺の机と椅子、そして俺自身は鳥籠のような鉄製のケージに入れられてしまっており、完璧に拘束状態だ。しかも俺の周りには授業中も休み時間も手に警棒を持ったクラスメイトが2、3名常時監視している。完璧に囚人扱いだ。

「だが、ここまでされると逆に燃えてくるってもんだ」

 脱獄を試みる囚人よろしく俺の心は燃えている。幸いにして今は昼休み、抜け出すチャンスが一番多い時間帯だ。

 まずはプレゼントのネックレスを学ランの内ポケットに大切にしまう。

 そして、ミッションスタートだ。

「やっべぇ〜。今日は弁当を忘れちゃったから学食に行かないといけないなあ」

 鞄の奥底に眠っている弁当を食べることを今日は諦めて大きな声を出す。

「腹減ったなあ。学食行きたいなあ」

 俺の見張りの責任者を果たしているインデックスが首を僅かに横に動かした。土御門、青髪ピアス、その他にガタイのいい男子生徒5、6名がゲージを囲みながら姫神が鍵を開ける。

 俺は約4時間ぶりに籠の外へと解放された。もちろん、屈強なクラスメイトたちに囲まれているので少しの自由もないが。

 だが、俺の力では開けられない籠から出られたのは朗報だった。

「とうま……少しでもおかしな真似をしたら……ガブリ、だからね」

 噛み付き攻撃という我がクラス最大級の攻撃力を持つインデックスが俺の隣に付く。

 ゾロゾロとお付きの者を従えながら俺は教室を出た。

 かつてこんなにも息苦しい廊下の歩行があっただろうか?

「VIPってのは、大変なんだなあ」

 8人の男たちと1人の少女を伴っての移動なんて鬱陶しいにも程がある。

 しかも、紅一点であるはずのインデックスの場合

「とうま……さっきも言ったけど、余計な真似をしたら大変なことになるからね」

 俺の喉元、頸動脈をギラギラした瞳で見据えている。訓練された猟犬の如く俺の喉元を食い千切るつもりに違いなかった。

「おかしなことなんかしねえって」

 笑いながら緊張を解こうとする。けれど、インデックスは野獣の瞳をしたまま。

 苦笑しながら顔を元に戻す。

 階段が見えてきた。

 俺たち3年生は3階。御坂たち1年生は5階。御坂の元に辿り着くためには階段を2階分駆け上がらなければならないわけだが……。

「カミやん。おかしな気は起こさない方が無難なんだにゃ〜」

 右隣を歩く土御門が正面を向いたまま警告する。

 特殊な能力を持たない俺の5階への移動手段は階段しかない。でも逆に言えば、俺を監視する側は当然それを理解しているわけで。階段を上に登ろうとする動作が許されるはずもない。

 階段を上方向に凝視することも土御門たちの警戒に引っ掛かるかもと考えて、ほんの一瞬だけ横目で4階の踊り場へと繋がる部分を見る。

 吹寄が腕を組んだ姿勢で仁王立ちになっているのが瞬間的に目に入った。

「……ということは、5階に上る途中の踊り場には姫神がいるってことか」

 敵さんの守備体型は完璧だった。インデックスたちの守備は一瞬なら外せるかも知れない。けれど、その後に吹寄、姫神と2人を追いつかれずに突破して5階に到達するのはほぼ不可能そう。

「どうする?」

 突破方法が思い付かないのでとりあえず食堂に移動することにした。

 

「何か今日の食堂は外部のお客が沢山来ているなあ」

 インデックスたちを引き連れて食堂に到着。すると見慣れない顔が幾つもあった。

 まず、生ごみ捨て場の所にアレイスター統括理事が捨てられているのが見えた。まあ、別にどうでもいい。

 続いて脱ぎ女の木山先生がやる気なくテーブルに寝そべってうどんをちゅるちゅる啜っている。あのひとはもう少し人に見られていることを意識できないのだろうか?

 更には、腹の立つ科学者ナンバーワンの地位を獲得している木原・マッスル・幻生がバケツにプロテインと水を入れてがぶ飲みしているのが見えた。相変わらず無駄に逞し過ぎる筋肉だ。うん?

 他に常盤台中学の寮監さんや、後、校内で見たことがない眼鏡の若い男性教師がいた。ほんと、千客万来だった。

「とうま、何を奢ってくれるの?」

 インデックスがキラキラした瞳で食券販売機を眺めている。

「奢るの前提かよ」

「当然。ここまでわざわざ付いてきてあげたんだし」

 ちなみにインデックスは女子寮でルームメイトになっている姫神が準備してくれた弁当を1時間目の授業中に既に完食していた。

「上条さんの家の財政も昔ほどでないにせよ厳しいんだから……まあ、A定食380円程度にしておいてくれ」

「えっ? 本当にいいの?」

 インデックスが驚きの瞳で見ている。俺が学食で食べる時は素うどんに無料のワカメとネギを山盛りが基本なのを知っているから。

「ああ。この間のバイトで稼いだお金がほんの少し余っているからな」

「わ〜い」

 俺はA定食の食券を2枚買ってその内1枚をインデックスに渡した。

 

 食事自体は無難に済んだ。そして、食後ということでインデックスや土御門たちの気が若干緩んでいることを俺は敏感に感じ取っていた。

「…………試してみるか」

 インデックスたちに聞こえないように小声で呟く。放課後になれば警備がまたキツくなるのは目に見えている。だったら、今攻めた方が勝機は高い。

「…………俺の目的は御坂にプレゼントを渡すこと。5階に長居する必要はない」

 1年1組の教室に到達。御坂の席の位置は把握しているから一直線にそこに出向いて彼女にプレゼントを渡せばミッション・コンプリート。階段の位置から考えても、30秒あれば確実に片がつく。

「…………よしっ」

 作戦の決行を決意する。

 大名行列を組みながらゆっくりと階段を登っていく。登っていく時は自然と見上げる姿勢となる。3階より上部がどうなっているのかチェックしながら2階と3階を繋ぐ踊り場を通過。3階が間近に迫った時点で気が付いた。4階へ向けた踊り場に立っているのが吹寄ではなく男子生徒に変わっていることに。

 普通に考えれば男子生徒の方が力が強いから厄介だ。しかし、相性を考えた場合、吹寄が守っている方が俺にとっては鬼門だった。

 吹寄が下がっていることは、俺に作戦のゴーサインを出させる直接のきっかけになった。

 インデックスと並んで3階に到着する。そして疑いを抱かれないように、7組の教室がある方向に向かって歩き始める。

 俺を取り巻く男子が全員階段を登り切ったその瞬間をスタートとした。

 姿勢を低くしながら振り返り、手で容易に捕縛されないように細心の注意を払いながらダッシュを開始する。

「あっ! とうまが逃げたんだよっ!」

 インデックスが俺の脱走に気が付いて声を張り上げた瞬間には、俺の身体はもう囲いの最後尾から2m離れた地点にいた。

「そこを退けぇ〜〜〜〜っ!」

 全力ダッシュしながら階段を駆け登る。3階途中の踊り場にいた男子生徒が俺の逃走に気付く。慌てて俺を通せんぼしようとしたがもう遅い。その横を掻い潜って突破。

 4階に到着する。俺は駆け上る勢いを殺さないようにカーブして更に上を目指す。

 後は4階途中の踊り場に立っているだろう人物を突破さえすれば5階に到達できる。

「たとえ姫神が待っていようと、突破してみせ…………えっ?」

 踊り場に立っていたのは意外な人物だった。

 月詠小萌。最強のロリBBA先生が、なんちゃって魔法少女の姿でステッキを構えて立っていた。

「まさか本当に突破されてしまうとは……インデックスちゃんたちにはヤレヤレなのですよ」

 小萌先生のステッキが光る。

「うっ!?」

 次の瞬間には、俺の身体は魔法のローブで縛られて身動きが取れない状態になってしまった。

「ちっ、畜生っ!」

 この瞬間、俺の5階行きの野望は潰えた。だが、小萌先生は1つ大きなミスを犯した。

 それは──

「御坂ぁ〜〜〜〜っ! 聞こえていたら、階段の所まで来てくれぇ〜〜〜〜っ!」

 小萌先生は俺の身体の自由は奪っても、口を塞がなかった。俺の大声は階段から一番近い教室である1組の中に届いているに違いない。

 ほどなくして、駆け足音が聞こえてきた。そして、彼女が小萌先生の横に現れた。

 御坂が、現れたんだ。

「どっ、どうしたの? 何でアンタ、縛られてんの?」

 御坂は拘束されている俺を見てとても驚いている。

 そのわけについて説明している余裕はなかった。おそらく小萌先生はすぐにでも俺の口を塞ぐだろうから。そうでなくても、後ろから追い掛けて来るインデックスたちによって俺は喋れない状態に陥るだろうから。

「放課後、俺が必ずお前を迎えに行く。だから、教室で待っていてくれ」

 俺の言葉を聞いた御坂の顔が一瞬にして赤く沸騰した。

「………………うっ、うん。いい子にして待ってる」

 御坂は小さく頷いてみせた。

「当麻のこと、ずっと待っているから…………だから、必ず迎えに来てね」

「ああ。約束だ」

 御坂と目と目で通じ合う。彼女の表情はいつになく熱っぽくて色っぽくてとても綺麗だった。思わずドキッとしてしまうぐらいに。

「上条ちゃん、終わりなのですよ」

「とうまぁ〜〜っ! ゆるさないんだよぉっ!」

 その直後、俺の記憶はプッツリと途絶えた。

 二度と目を覚ますことがないんじゃないかって思ってしまうことが唯一の心配だった。

 俺は、御坂の顔を見ることができた結果に大きな満足を得ていた。

 

 

 

-5ページ-

 

『放課後、俺が必ずお前を迎えに行く。だから、教室で待っていてくれ』

 

 昼休み、階段から教室に戻った私は先ほどの当麻との会話の内容を思い出してはぼぉ〜としていた。

「迎えに行くって……お嫁にもらってくれるってことだよね」

 教科書を取り出して眺める。『上条美琴』と書いてある。この新しい姓に名前を変える展開が一気に現実のものとなったのだ。

「私が当麻のお嫁さん……」

 言葉にするだけで、恥ずかしさと嬉しさで身体が茹で上がってしまいそう。

 妄想では夫婦になったこともあるけれど、新婚生活も詳細にシミュレートしてきたけれど。現実に当麻のお嫁さんになれるかもと思うとやっぱり話が違ってくる。

「当麻は私のことをちゃんと気に入ってくれるかな? 私は当麻のパートナーに相応しいのかな?」

 これまで考えなかった不安が胸に押し寄せてくる。これまでお嫁さんになることのプラスの部分しか考えて来なかった。

 でも、いざ上条美琴になるんだと思うと、不安がいっぱいに付きまとってくる。

「うう〜。何だかワケもなく不安な気持ちが幸せな気分と体の中でせめぎ合ってるぅ」

 乙女心はなかなかに複雑。嬉しいの一辺倒で心を満たせないのだ。

「美琴? 急にどうしちゃったの?」

 当麻から呼び出された時は居眠りしていて事情を知らない操祈が首を捻る。

「操祈が私の奥さんなら、私は重婚者になっちゃうのかなって思っただけよ」

「はぁ?」

 操祈は更に大きく首を捻る。私はそれ以上何も答えなかった。

 

 5時間目の始まりを告げる鐘が鳴る。

 次なる刺客は意外な人物だった。

「ウィッシュ。寮監先生のご紹介に預かって5時間目を担当することになったDAIGOです。みなさん、よろしく。ウィッシュ」

 第13学区のあすなろ園で知り合ったDAIGO先生だった。

 彼は佐天さんの担任で、外見は眼鏡を掛けた優しい人。中身は外見通りに優しい人で児童福祉施設を手伝っている。

 寮監はDAIGO先生に惚れていたが、DAIGO先生があすなろ園の園長さんと結婚したので失恋に終わった。寮監にとってはほろ苦い思い出の人だったりする。

「寮監先生には、年上の女性の魅力について語れと言われています。また、女子生徒のみなさんには年下男の魅力に気付くようにと。ウィッシュ」

 また、ピンポイントで私を揺さぶる話だった。当麻は2歳年上。DAIGO先生の言う年上女性に私はどうやってもなれない。

 でも、午前までの私とは違う。今の私は、当麻への愛を確信しているのだから。

「先生。ちょっとよろしいでしょうか」

 挙手して先生の方を向く。

「はい、どうぞ」

「年下とか年上とかそんなに大事なことでしょうか?」

 DAIGO先生は少し考える仕草を見せた。

「そうですね。僕の場合は、本気で好きになった女性が年上だった。そういうことですね」

「なら……私が好きになった男の子は2歳年上だった。というのもアリ、ですよね?」

 DAIGO先生は大きく頷いた。

「ええ、もちろん」

 その返答を聞いてとてもホッとした。

 やはり、昔惚れていた男に対しては寮監も強く出られなかったらしい。

 いや、もしかするとまだ惚れているのかも知れない。人を好きになるって簡単に捨てられるものじゃないから。

「どうしちゃったの、美琴? 随分と積極的じゃない」

 操祈は隣の席で目を丸くしている。

「ちょっとした心境の変化よ」

 自分でも不思議なほど心が落ち着いているのが感じていた。

 そして私は勘付いていた。

 次の授業を受け持つのが誰であるかを。

 だからこの静けさは、嵐の前の静けさであろうことも。

 

「御坂よ。16歳になったその日に結婚しようという愚かな野望は捨てたか?」

 6時間目の授業を受け持つことになった寮監は教室に入ってくるなり私に向けて質問を発してきた。

「いいえ。私は今日、当麻の元にお嫁に行く覚悟を堅く決めました」

 澄まし顔で返してみせる。

「それはつまり、死にたいと解釈していいのか?」

 寮監が右手を振り上げる。

 レベル5の私では寮監の対人戦闘に特化した彼女の拳には敵わない。けれど、私にも秘策はあった。

「寮監さんの授業をDAIGO先生が見学したいというので後ろにいらっしゃいますが。それでもいいならどうぞ?」

「なっ!?」

 寮監が教室最後尾廊下側に座って手を振っているDAIGO先生を発見。拳を引っ込めた。

「御坂ぁ、貴様ぁ〜〜っ」

「怒っている姿、見られてもいいんですか?」

 寮監は大きく息を吸い込んで怒りを鎮めた。

 寮監にも意外な対処法があった。やはり寮監はいまだDAIGO先生のことが忘れられないのだ。

「放課後……簡単に上条当麻の所まで辿り着けると思うなよ。DAIGO先生の目の届かない所に入った瞬間に。フッ」

 寮監が不気味に笑ってみせる。けれど、そんな彼女に私も不敵に笑って返した。

「私はこの教室を出ませんよ。当麻は私を迎えに来てくれるって約束してくれましたから」

 寮監の眼鏡がずれ落ちそうになる。だが、彼女は眼鏡を掛け直すとクスクスと馬鹿にしたように笑い出した。

「3年7組は月詠小萌先生が直接指揮を採って上条当麻を拘束しているのだぞ。お前が3階まで会いに行かない限り、2人が会うことは決してないぞ」

「当麻は絶対にここに来ます」

「何故そう言い切れる?」

「だって当麻は……世界でたった1人の私の愛するHEROなんですから」

 寮監の眼鏡が光を失う。信じられないものを見たという感じで私を見ている。

 けれど、すぐに普段の強気な態度に舞い戻った。

「そこまで言うのなら良かろう。来られるワケがない想い人をいつまでも待っておばあさんになるが良い」

「残念。私は今日お嫁に行くってもう決まりましたから」

「勝手にほざいていろ」

 寮監は私とのこれ以上の会話を望まなかった。

「…………美琴のこの強気、私も奥の手を準備しておかないと駄目っぽいんだゾ」

 隣では操祈が何かを小さく呟いていた。

 

 

 

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 俺が目覚めたのは放課後の始まりを告げる、6時間目の授業終了の鐘によってだった。

「とりあえず……生きているみたいだな」

 目覚めた最初の感想。

 小萌先生とインデックスの攻撃によって死んでいてもおかしくはなかった。

 丈夫な体に感謝する。

「怪我も……四肢は動くか、とりあえず」

 インデックスに噛み付かれた頭や小萌先生の魔法が直撃した腹は痛い。けれど、腕と足に負傷がなく、全力で動けそうな点はラッキーだった。

「現状は……厳重な檻の中、か」

 午前中に放り込まれていた籠より更に物々しい籠に入れられている。ゲージの金属部分に鋲がついており、手で触るだけで痛そうだった。

 午前の檻でも俺の力ではとても抜け出られるものでなかった。が、午後のこれは、自力で開けようという気分さえ起きない。

 そして先ほどの脱走未遂により、俺が籠を出たいという願いは聞き入れられそうになかった。

おまけにとても物騒な会話が小萌先生たちから聞こえてくる。

「上条ちゃんはデリートして、クローンをみんなで分けるのはどうですか?」

 俺の死と複製が平然と語られている。

「私は。上条くんオリジナル。がいい」

「なら、こういうのはどうかな? イギリスの教会の秘術を用いてとうまの記憶を真っ白にしちゃうの」

「そうだな。上条当麻を殺してしまうのはあたしとしてもちょっと頂けない。記憶を完全消去して共有財産にするのが良いだろう」

 穏やかな着地点として俺の記憶の全消去が決定しようとしていた。

「冗談じゃねえっての」

 もう2度と記憶を失って溜まるもんか。

 御坂と約束した手前もある。一刻も早く、5階に辿り着かないといけない。

 でも、どうやって籠から出る?

 そしてこの厳重な包囲網を突破してどうやって5階に辿り着く?

 どう考えても俺ひとりの力じゃ無理そうだった。

「誰か、何かないのか?」

 廊下側を見る。土御門や青髪ピアスたちが如何にも悪の軍団の手下みたいな風貌で扉を塞ぎながら俺を睨んでいる。

 窓側を見る。鈴科がやる気なさそうに空を見上げている。そして、校舎にほど近い地面では木原・マッスル・幻生が上半身裸になって筋肉トレーニングに励んでいた。

 そして前方では小萌先生、インデックス、姫神、吹寄が俺の記憶を消去する手順を話し合っている。

 以上の状況から、友軍を得て、何らかの方法で5階に辿り着かないといけない。

「でも、どうやって? 誰を仲間に?」

 悩んでいられる時間はほとんどない。すぐに答えを出さないと記憶消去の刑に課されてしまう。

 なら、考えるべき事象を更に絞るしかない。一番の問題は……どうやって5階まで辿り着くのか?

 教室前を固めている男たちの群れを突き破って階段、そして5階に向かうのは現実的ではなかった。

 廊下に出るという方針に×を付ける。となると……。

 もう1度窓側を見る。一方通行と同系統の能力を操る鈴科がいる。地面には反発力MAXの筋肉を誇る木原幻生がいる。

「ああ、そうか。考えるまでもなかったんだな」

 答えは実に単純だった。後は、運に賭けるしかない。

「なあ、鈴科。鈴科」

 小声で窓の空をぼぉ〜と眺めている鈴科を呼ぶ。

「何だ、三下?」

 鈴科が気だるそうに振り返る。そんな彼女に対して俺は両手を合わせた。

「俺は今すぐ深夜アニメブラック・ブレットの10歳幼女ヒロイン藍原延珠の雄姿を眺めに家に帰りたくて仕方がないんだ。頼む、脱出を協力してくれ」

「チッ。幼女が見たいのなら仕方ねェ」

 鈴科は立ち上がった。

「その鳥籠は開けてやる。後は自分で何とかしやがれ」

 鈴科がゲージに近付いて右手を翳す。すると、特殊合金製のゲージがグニャッと飴細工のように溶けて曲がった。

「サンキュー。恩に着るぜっ!」

 俺は籠を抜け出る。

「あっ! 上条ちゃんが逃げ出したのです」

「みんな、とうまが逃げ出さないように出入口を囲むんだよ」

 小萌先生たちが俺の脱走に気付き、出入口を固める。だが、それこそが俺にとっては思う壺だった。

「俺が見つけた突破口…………それは、ここだぁ〜〜〜〜っ!」

 窓を開け放って大空高くダイヴする。窓枠を通り越して俺は大空の中を自由になる。

「ああっ!? 上条くんが飛び降りた!」

「自殺する気か!?」

 大きく目を開いて驚いている姫神たち。

 もちろん俺は自殺するつもりで飛び降りたんじゃない。

 俺の狙い。それは──

「リアダブルバイセップス」

 俺の丁度真下で木原・マッスル・幻生がマッスルポージングを取っていた。俺の身体は幻生に向かって吸い込まれていく。

 そして──

「よっしゃ! 計算通りっ!」

 幻生の胸の筋肉にぶつかった俺の身体は跳ね飛ばされて大空へと舞い上がっていく。鍛えあげられた筋肉の反発は最高だった。

「このまま5階へ直行だぁ〜〜〜〜っ!」

 窓ガラスを蹴りでぶち割りながら中へと押し入る。

「とっ、当麻」

「小萌先生の防御を掻い潜って本当に来た、だと? クッ! DAIGO先生の手前、撲殺するわけにもいかん……」

 窓からの登場というトリッキーな行為に目を丸くしている御坂の姿が見えた。

「よっしゃあっ! 計算通りに御坂の元に到着だぜっ!」

 身体に張り付いたガラスの破片を取り払いながら作戦が上手く行ったことを誇る。

 通常の方法ではどうやっても5階には到達できなかった。

 だからこそ、今日だけ学校に現れているトランポリン筋肉を活用することが必要だった。

 5階の教室に飛び込めるかは実際の所、物凄く高配当になる賭けだった。

 けれど、御坂にプレゼントを届けるという目的があったから。御坂に会うんだという目標があったから。

 失敗するなんて少しも思わなかった。

「御坂」

 今日16歳の誕生日を迎えた少女の名前を呼ぶ。

 ところが御坂は顔を真っ赤にしてポカンとした表情で俺を見ているだけ。

 返事してくれない。

「おいっ、御坂」

 もう1度呼んでみる。けれど呆けているばかりで返事してくれない。

「上条さぁ〜ん」

 御坂のルームメイトであり俺の後輩になった操祈ちゃんが声を掛けてきた。

「今日の御坂さんはぁ〜御坂って呼んでも返事してくれないんですよぉ」

「そりゃまたどうして?」

 意味が分からない。操祈ちゃんは唇に人差し指を当てて可愛くポーズを取った。

「理由は複雑なんですけどぉ〜今日の御坂さんはぁ美琴って名前で呼んであげないと駄目なんですよぉ」

「名前で、か」

 考えてみると、御坂を名前で呼んだことがないことに気付く。女の子を名前で呼ぶのは何だかちょっと恥ずかしい。

 でも、返事してくれないんじゃ仕方ない。

 大きく息を吸い込んで、彼女の下の名前を呼んでみることにした。

「美琴」

「ふにゃぁ〜〜〜〜〜〜っ!?」

 奇妙な声を挙げながら美琴が机に突っ伏した。

「なあ、これ。名前で呼んだら逆にまずいんじゃないか?」

「大丈夫ですよぉ〜。照れてるだけですからもう1度呼んであげたらしっかりしますよぉ」

「そうか」

 俺に女の子の心の機微はよく分からない。加えて心理掌握の異名を持つ操祈ちゃんが言うのならそうなのだろう。

 俺はもう一度彼女の名前を呼んでみた。

「美琴」

「はっ、はいっ!」

 今度は直立不動で背筋を真っ直ぐに伸ばして立ち上がった。

「とっ、当麻先輩。わた、わたくしめにどんな御用でしょうかっ?」

「…………やっぱり変じゃないか?」

「乙女心は複雑だからこれでいいんだゾ」

 よくは分からないがいいらしい。ほんと、女の子って難しい。

「そっ、それで、それがしめに、御用とは?」

 何かもうキャラが完璧に狂っちゃっているけれど、会話は通じるようになったからまあいい。

「美琴に誕生日プレゼントを受け取って欲しいんだ」

 学ランのポケットからネックレスが入った袋を取り出す。

「美琴……誕生日おめでとう」

 自分でも不思議なほど胸がドキドキしながら美琴に向かってプレゼントを持った手を伸ばす。

「あっ、ありがとう、ごじゃます」

 緊張して呂律までおかしくなっている美琴が真っ赤になりながら俺のプレゼントを受け取るべく手を伸ばす。

 そして──

「そこまで、なんだゾ」

 美琴の手にプレゼントが渡る直前、操祈ちゃんが俺と美琴の間に体を割り込ませてきた。

「先輩や先生方が情けないから……私がラスボス、なんだゾ♪」

 俺の味方から一転、操祈ちゃんはラスボス宣言をかましてくれた。

 

 

 

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「私はぁ〜上条さんも美琴のことも大好きだからぁ〜2人の結婚をそう簡単に認めるわけにはいかないんだゾ」

 俺にとって癒しの後輩の代表格だった操祈ちゃんがラスボスとして俺たちの前に文字通り立ち塞がっている。

「って、2人の結婚って何だ?」

 どこから結婚なんて話が出て来たのか分からない。

「美琴は今日で16歳になった。今日から結婚できるのよ」

「法律上ではそうだな」

「上条さんが美琴と結婚しないのなら……私が美琴のお嫁さんになっちゃうんだゾ♪」

「なっ、何だってぇ〜〜〜〜〜〜っ!?」

 今日最大の衝撃だった。

 ルームメイト同士になって仲良くなった2人だとは思っていたが、まさか、結婚を考えるほどに仲が深まっていたとは……。

 いや、俺は女の子同士の恋愛を否定しない。青髪ピアス供給のアニメの影響で女の子同士もアリかなって結構強く思っている。

 でも、それが美琴と操祈ちゃんのカップルとなると……承服できない俺がいる。

「ちょっ!? 操祈、アンタ何を血迷ったことを言っているのよ」

 美琴が操祈ちゃんを取り押さえに掛かる。けれど、操祈ちゃんの言葉に従えば、2人はじゃれついて仲の良さを俺に見せ付けているのかも知れない。

 俺の中で黒い何かが燃え上がっていく。操祈ちゃんに対して黒い情念が燃えていく。負けたくないって思う自分が心の奥底から姿を現す。

「私と美琴の仲の良さを示す写メなんだゾ♪」

 操祈ちゃんは携帯電話の画像を俺に見せた。

 服を着ていないように見える美琴と操祈ちゃんが2人仲良く並んで寝ている。

 これは、もしかして……事後?

「ああ〜〜っ!? 初春さんがもう仕事しちゃってるぅ〜〜っ!」

 美琴が慌てて騒いでいる。つまりこの写真が冗談や偽造の類でないことを物語っている。

「フフッ。これが私と美琴の関係、なんだゾ♪」

 操祈ちゃんの笑いに激しい大ダメージを受ける。膝をついて愕然とする。

 俺の意識が一気に黒く塗り潰されていく。

 美琴が操祈ちゃんと深い仲だと知ってどうしようもなくショックを受けている。

「嘘だからっ! この写真は加工済みなんだから! 私と操祈は何でもないんだからぁ!」

 操祈ちゃんの後ろで美琴が大騒ぎしている。

「さあ、どうする上条さん? 私と御坂さんの愛の前に敗北を認めるの?」

 操祈ちゃんが顔を寄せてくる。

「どうなの、上条さん? 貴方の、美琴への愛情はどれほどのものなのかしら?」

 ドクンドクンと心臓がうるさい。

 操祈ちゃんの言葉から耳を塞げと脳が命じてくる。

 美琴を諦めれば楽になると。

 でも、心の奥から湧き出たもう1人の俺の意見は違っていた。

「俺は美琴を誰にも渡さなぁ〜〜〜〜いっ!」

 心の俺の声に従って叫ぶ。叫び声と共に俺の全身が激しく燃え上がる。

「たとえ操祈ちゃんだろうと……美琴は譲れないっ!」

 操祈ちゃんの方が美琴の心により近い位置にいるのだとしても、負けたくなかった。

「何故、譲ってくれないのかしら?」

「そんなもん…………俺が美琴を愛しているからに決まってるっ!!」

 大声で宣言する。

 そして、宣言して気が付いた。

 自分の隠れていた気持ちに。

「うっ、嘘……当麻が、本当に私のことを愛しているだなんて……」

 美琴は全身を微かに震わせながら涙目で俺を見ている。

「俺は美琴のことが大好きだっ! 美琴は俺のもんだっ!」

 操祈ちゃんに対抗するように美琴への想いをぶちまける。

「当麻ぁ……私、私、嬉しいよぉ」

 美琴の瞳からボロボロと涙が零れていく。

「上条さんの気持ちは分かったわぁ〜。でもぉ〜、勢いに任せた告白なら割と誰でもできるんだゾ♪」

 ラスボスとして俺の前に立ち塞がっている操祈ちゃんは一筋縄ではいかなかった。

「じゃあ、どうすれば俺の愛が君に負けてないと証明できる」

「そりゃあ〜私は美琴のお嫁さんになるぐらい愛してるんだからぁ〜。上条さんも美琴をお嫁さんにするぐらい愛していないと釣り合わないんだゾ♪」

 操祈ちゃんは美琴の机の上に置かれていた封筒を取って、書類を中から取り出した。

 その書類には……『婚姻届』と書かれていた。

「ここに、上条さんのサインと捺印以外は記入済みの婚姻届があるわぁ〜。美琴のことを本当に愛しているのなら……ここにサインできるぅ?」

 ラスボスはラスボスの名に恥じないとんでもない攻撃を仕掛けてきた。

「いや、それはさすがにちょっと……」

 体中から冷や汗が流れ出る。美琴と将来的には結婚したい。けど、今すぐと言われると話は別になってくる。そもそも、美琴はまだ高校生になったばかり。結婚とかどう考えても早過ぎるだろう。

「私は、いいよ」

 美琴の呟き。

「私は、当麻がもらってくれるのなら……今すぐにでもお嫁に行くよ」

「えっ? ええぇ〜〜っ!?」

 美琴の意外過ぎる告白に驚きを隠し得ない。

 嬉しいけど、ちょっと不味すぎる。

「そのために、婚姻届をもらって、お義父さまお義母さまにも許可をもらったんだもん」

 よく見れば父さん母さんの捺印もしてある。内堀は全部埋まっている。

「後、これ、お義父さまから預かった当麻の実印」

 美琴から俺が使ったことがない正式登録された印鑑を渡される。

「これで全ては上条さんの心次第、なんだゾ」

 操祈ちゃんの言う通りだった。

 美琴は精一杯の努力を既にしてくれている。

 後は、俺が応えるか否か。それだけだった。

「上条ちゃんは5階の教室にいるに違いないのですよ」

「こうなった以上、とうまの記憶をすぐにデリートするしかないんだよっ!」

「記憶消去物理。フッ」

 小萌先生たちが階段を駆け上がってくる音と声が聴こえる。

「さあ、上条さん。答えを出さないといけない時間なんだゾ」

「ああ。みんなのおかげで……吹っ切れたよ」

 今日1日の騒動は本当に無茶苦茶だった。俺の人権なんてまるで無視されていた。でも、そんな極限状態だったから気付けたことがある。

「美琴」

 美琴へと振り返る。

「はっ、はい」

 彼女は可愛らしくビクッと震えながら答えた。

「その、順番がおかしくなっちゃうんだけどさ……」

「はっ、はい」

 大きく息を吸い込んで、俺は今彼女に言うべきことを、いや、心の底から言いたいことを告げた。

「俺と……結婚してください」

「…………はい。喜んで」

 美琴は俺の手を握りながら涙を流している。

 俺たちの、まだ始まったばかりの恋が成就した瞬間だった。

「外装代脳(エクステリア)起動……上条さんと美琴の恋の成就を邪魔する奴らはみんな大人しくさせちゃうんだゾ♪」

 ラスボスの活躍により、俺の命が狙われることはなくなった。

 こうして俺たちの物語はハッピーエンドに幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかく役所に婚姻届を提出しに行ったのに……当麻ってば、まだ18歳になってないじゃない」

「いや、あの場の雰囲気でついサインしちゃったけど、よく考えてみるとまだ俺の方が結婚可能年齢に達してなかったな」

「私たちの結婚日は当麻の誕生日だからね」

「ああ。覚え易くて丁度いいな」

 

 

 

 

 

 

説明
5月2日が御坂美琴さんの誕生日だった記念。

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