無題
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「最近飛び降り多いよねぇ。怖い」

「本当にな」

 登校中の高校生たちの話し声。ニュース番組では市内での飛び降り自殺の報せが毎日のように流れていた。

 

 

 深夜のビル街を仕事帰りの男がひとり歩いている。駅に向かう途中で既に三度もパトカーを見かけていた。飛び降り自殺が集中しているのはこの辺りらしい。

 後ろから四台目のパトカーが男を追い抜いていく。そのとき、スーツの襟を掴まれたような感触を覚えた。振り返ると電灯に照らされた道が延びているばかりで、誰もいない。周囲に人の気配はない。更に襟が持ち上がる。踵が上がり、そして爪先が地面から離れた。困惑に小さな悲鳴を上げながら襟に触れると指にチクリと痛みが走った。血は出ていない。男の体はどんどん持ち上がる。パニックになって空中で手足を振り回しても、大声で助けを求めても、尚も高度は上がり続ける。四台目のパトカーが角を曲がって消えていく。

 上を見た。月明かりに照らされる細い何かが、真っ直ぐ夜空へと伸びている。いや、それは男の傍にある高層ビルの屋上で途切れていた。

 何かがいた。男はビルの屋上に何かがいるのを見た。

 

 嫌な音を聞いて道を引き返したパトカーのヘッドライトが、スーツ姿の死体を照らした。

 

 

「最近調子良さそうですね」

「うーん、そうでもないですよ」

 声をかけた方が折りたたみ椅子を置き、並ぶようにして座る。

「アタるにはアタるんですけどね。毎度直前でバラしてしまって」

「そりゃあ勿体ない」

 ええまったく、と釣り竿から目を離しながら応える。獲物がハッキリ見えてくると余計な力が入ってしまう悪い癖に、今朝ようやく気付いたところだった。

「あ、かかってますよ」

「本当だ。今度こそ……!」

 慎重にリールを巻く。見られているのだから、見事釣り上げねば。

 

 その日は、飛び降り自殺のニュースは流れなかった。

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