ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」07
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 ローズは目を見張り店内を回視する。薬品の異臭がする以外は割と洒落た作りをした店であった。

「雑貨屋とは言ったものです。アンティークショップを探しても見付かりそうにない珍しげな家具に始まり、見た目も毒々しい香草、『連盟』通報すれば捜査官が飛んで来そうな禁止魔道具に、昔懐かしい駄菓子まで、よくもまぁこんなに奇物ばかり集めました」

 まだ臭いが気になるのかローズはハンカチを手放そうとしないが、その眼差しから彼女の中でこの店の評価が少し上がったのだろうことは察することが出来た。

「うん。変な物なら何でも売ってるよ」

「変ってのはひでぇな」

 暗い店内に男の声。店の奥から出てきたのは無地のエプロンを付けた店主らしき人物。無精ヒゲを生やし煙草をくわえたどうにもやる気の見えない男だった。

「こんにちは」

 明るい声と共に、エディは僅かに裾をたくし上げてカーテシーの挨拶をする。学園内でそこまで慇懃になる場面がほとんどない為、エディの様子に連れであるローズの方が驚いてしまった。山中の田舎育ちと聞いていたエディの印象が少し揺らいでしまう。

「今日はマリーナの嬢ちゃんはいねぇのかい? そっちは新顔だな」

 のらりと顔を出した店主は、勘定台に腰掛けて二人を見下ろした。そしてローズをしげしげと観察する。客商売とは思えぬ態度にローズは訝しげな視線を返す。それでも彼女は

「えぇ、付き添いに」

 と、不快感をあらわにすることなく軽く流した。

「それで嬢ちゃん達、何か入り用か?」

「マリーナのお使いだよ。いつものある?」

「ああ、もう切れたのかい。ちょいと待ちな、今準備する」

 店主の男性が店の奥に消えていったので、エディもローズと共に万国博覧のように集まった商品を一つ一つ見て回った。

 大荷物を店の片隅に置いてうろつくローズも、魔法使いの端くれらしく、薬草関係に目がいっているようである。

「呪薬専門店でもここまでの品揃えは……、その引き替えがこの臭いですか」

「うん。マリーナもこの店を見付けた時は吐きそうなぐらい喜んだって言ってたよ」

「やっぱりマリーナも臭いのね……」

「まぁ、始めての奴はみんなこの臭いで逃げてくな」

 二人の会話が聞こえていたのか、店の奥から店主が口を挟んだ。その手には精油の小瓶がちらりと見えた。付与魔術を修練しているマリーナがよく仕入れているものだ。何かの魔法儀式に使う物なのだろう。ローズは抜け目なくエディの買う物をチェックしていた。

「それで商売、よく成り立ちますね」

 ローズは呆れたように言う。

「はは、マリーナの嬢ちゃんみたいな上客が十人ほどいればお釣りがくるさ」

 その十人がいるかどうか怪しいものね、とローズはおぼめく気持ちに囚われる。

 いくら魔道都市とまで言われるニルバストの街とはいえ、魔法に使う薬剤や素材を購入するのは魔法学校の関係者か、そういう職業に従事する人間に限られる。確かに魔道街の正規店にも並ばないような珍しい魔術素材を売っているようだが、珍しいということは需要が多いとは同義ではない。顧客が付いているのかは疑わしいものだ。

「あっ、そうだ。ユリシスケルアルの繭(まゆ)ってある?」

 エディが覗き込むように勘定台に身を乗り出して言う。店の奥にいる店主の働きざまを見る為だろうか、足下がぱたついているのがどこか子供っぽかった。

「あるよ」

「じゃあ、一緒に三つほど入れといて」

 魔術素材の物色に飽きたのか、ローズはアンティークの家具を見て回っていた。ただし、店の中はどこもかしこも例の異臭で、家具にもその臭いがこびり付いている。

「何の嫌がらせなんですか、折角良さそうな椅子があるのに。この臭い服に移ったらどうしよう……」

 どうにもローズはまだ口元を押さえるハンカチを手放せないでいた。

 マリーナ所望の商品が揃ったのか、店主がラジオに流れる音楽に合わせて口笛を吹きながら勘定台の方に戻ってきた。ところが、その上機嫌な口笛が突然乱れた。

 耳障りなノイズと共に店内を流れるラジオの音楽が唐突に止まったのだ。試験放送とはいえ、あまりに突然の切り替わりに思えた。

『CLBK、CLBK、こちらニルバスト放送局。突然ですが、ニュース放送を開始致します』

「おいおい、何ごとだい」

 ラジオから聞こえてきた張り詰めた声に、店主が顔を上げて壁掛けのラジオに視線を向けた。

『今日昼過ぎ、カレー海峡にブリテン軍少なくとも一個連隊が展開されたと、フランス国軍からの発表がありました。ブリテンからは軍事演習であるとの事後通告がなされましたが、フランス政府はブリテンが実力侵攻するのではないかと懸念を表明、関係各所に一色触発の緊張が流れています』

 硬い早口で読み上げられる報道音声に

「そう、動いたの」

 とローズが呟く。

「ちっ、ブリテンはまたわけのわからねぇことしやがるな。戦争でもおっ始めようってのか?」

 店主もあの鎖国をしている隣国に憤りを隠さない。

 大陸側の国々と、海上に浮かぶ島国であるブリテン王国との国交が絶えてもう百年近くが経つ。大陸の人間で彼の国に良い印象を持っているものは少ない。人も物資も行き来がない得体の知れぬ国が、箒一つで飛び越えられる狭い海峡を隔てて存在するのだ。近隣に住む身になれば気持ちいいはずがない。

「嬢ちゃん達も大変だな。魔法学園もこれでしばらく騒がしいんだろうな?」

「さぁ、どうなんだろ」

 エディ達学生は本来なら国防などまだ先の話だ。ましてフランスを挟んでブリテンとは逆側にあるクリスナには、まだまだ実被害が及ぶ話ではない。

 しかし、もしフランスがブリテンの攻撃に晒されれば、バストロ魔法学園は『四重星(カルテット)』をフランス海岸防衛戦に参加することになっている。それは『連盟』傘下にある魔法学園としては仕方がないことなのかもしれないが、エディには今ひとつ納得がいっていなかった。

「ふふ。本当、どうなることやら」

 ローズが何気なく漏らした一言が、エディの心境をも、全てを表していた。

「あいよ。とりあえず注文の物は全部入れたぜ。他に何かいるかい?」

 店主はマリーナ注文の品を満載した紙袋を勘定台に置いた。ローズに買い過ぎと指摘したエディ自身の買い物も負けず劣らず大荷物のようだ。

「ありがと。ローズも何か買う? お金なら立て替えるよ」

「いらない。ここには可愛い物が何もないから」

「こいつぁ手厳しい。うちには変な物しかないんでね」

 先程口にした言葉を皮肉に使われ、エディも苦笑い。

 買い物を済ませたエディ達が店を出ようとすると店主の呼び止める声がした。釣りはちゃんと受け取ったはずなのにと思いつつ振り返る。

「そうよ、エディの嬢ちゃん。まだ涼しいんだから広場の噴水に入るのはどうかと思うぜ、まぁ子供は元気な方がいいけどよ」

「噴水? 何のこと?」

「朝、コーラル広場の噴水に入ってたじゃねえか、膝まで水に浸かって。初等のガキならわかるけど、嬢ちゃんも嫁に出てもおかしくない歳なんだからよ。せめて夏が来てからにしたらどうだい」

「広場なんて行ってない。知らないわよ、私」

 何やら既視感(デジャ・ヴュ)にかられる。しかし、それは単なる気の所為(せい)ではなく、今日確実に似たようなことを何度か言われた気がする。エディの口元は自然と引き締まっていた。

「え? あれは確かに嬢ちゃ……いや、嬢ちゃんが髪を伸ばしたのかと思ったんだが、よく見たら髪の長さ、前のまんまだな」

 エディは着け毛を着けることもないし、髪が伸びるのが遅い体質の彼女がそんなに突然髪の長さが変わるはずがない。

「嬢ちゃん、髪の長い姉妹でもいるのか?」

(髪の長い、私に似た……)

 エディは脳裏に過ぎったものを押し殺して答えた。

「私……。一人っ子だよ」

 それは嘘ではない。義兄はいても女の姉妹(きょうだい)はいない。それでもその回答が取り繕いの言葉であることに代わりはない。

 エディはとっくに思い出していた。あれは夢なんだと思いたかった。だから朝から何事もなかったかのように振る舞っていた。なのに、事実はエディを逃しはしない。

 エディがいない場所でエディが目撃される。一度や二度なら見間違いで済まそうという気にもなれる。なのに今日はこれで三度目だ。三度繰り替えられるという事象に魔術的意味を感じてしまう。

(私と瓜二つの……私)

 昨日の夜、あの青い洞窟の中で見た光景が脳裏を離れない。

 青き水晶の中でこちらを見た何か。

 エディと同じ人相をしていた何か。

 昨晩感じたあの濃い幽星気(エーテル)の感触が今でも肌にこびり付いて離れない。

 エディは身震いを隠すことも出来ずに、未だにブリテンの動向を伝えるラジオが流れる店内で立ち尽くすだけだった。

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第二章の07
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タグ
魔法 魔女 魔術 ラノベ ファンタジー 

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