暁光のタイドライン〜3〜 第一章 夕立の願い |
第一章 夕立の願い
友ヶ島沖北へ数キロの海上。
三方を大阪湾、淡路島、友ヶ島に挟まれたこの海域は比較的穏やかで荒れにくい。船越が訓練海域に選んだ理由の一つでもあった。
「あのー。」
通信機から音声が入る。榛名だ。
雲一つ無い晴天にぽつりと点が一つ。零式水上偵察機…正確には突貫工事で後部座席の機銃と風防を取り外し、開口部を広げて艤装態の艦娘が容易に乗降できるように改造された特別機である。
その目的とは…
「…本当にやるのでしょうかー?」
「ああ…やってくれ。」
腰が引けている様子が声に出ている榛名と、淡々とテストをプログラムに沿って進める船越の温度差が激しい。船越の周りには艦隊麾下の艦娘達が不安げに空を見上げている。…一部を除いて。
「榛名さーん、早く飛んで下さいよ。データが取れないじゃないですかー!」
一部の中のひとり、夕張である。
現在行っているのは艦娘の海上降下試験である。空飛ぶ軍艦…というわけにはいかないが、軍艦そのものは無理でも艦娘だけであれば空輸することは可能だろう、という船越の発案である。軍艦とは海を征くもの、という常識からこれまで誰も試したことはなかった。それだけに貴重なデータを取れる夕張はキラキラと目を輝かせていた。
そして榛名は何度か降下試験を行った。
「ご苦労。これで何とか間に合いそうだ。夕張、今日のデータを整理して呉に回しておいてくれ。艤装態でも展開しやすい落下傘を発注する。」
「提督、そういうことでしたら私いくつか思いついた案がありますのでそれらも含めて提出してよろしいでしょうか?」
「構わないが、そう時間もない。本日中に纏められるなら、目を通そう。」
「ありがとうございます!」
びしっと敬礼し、早速データの整理とばかりに宿舎に駆けていく。
夕張には固定の僚艦も同型の姉妹艦も居ないため、一人部屋である。夕張は起源艦の生みの親でもあり、一軍人としても尊敬している平賀謙海軍中将に倣い、様々なアイデアを考案しては製作し、自室は半ばガラクタの山となっていた。一般に軽巡洋艦では最大3つしかない艤装スロットを4つに増設できたのも夕張自身の発案によるものである。…が、近隣からは油臭い、時々キナ臭い等という苦情もあり、川内の夜間騒音と共に船越の頭を悩ませてもいた。
「さて…」
船越は帽子を被り直し、自分の方を恨めしそうに見つめる濡れ鼠の秘書艦に向き直った。
「あー…その、…なんだ。ご苦労だった。」
「…ご心配には及びません。榛名は大丈夫です。」
言葉の端々に棘がある。かなり不機嫌なようだ。
「榛名、着替えてこい。神戸へ行く。弥生、運んでくれ。」
「…駆逐艦弥生、提督の搬送任務…了解しました。」
「…提督、お昼は神戸で?」
「用件の進捗次第だが…まあ、そうだな。」
「では急いで着替えて参ります!」
どうやら榛名の機嫌は直ったらしい。
「…あの、司令官…」
「どうした?弥生。」
「私も…ご一緒しても?」
「勿論そのつもりだが…嫌だったか?」
「とんでも…ないです。嬉しいです…すみません、表情…硬くて…。」
睦月型駆逐艦三番艦、弥生。睦月型は駆逐艦娘の中でも最も旧式の艦型である。この睦月型までが幌張りの露天艦橋を有しており、船越のような艦娘を消耗部品として見ないタイプの司令官は安全性の面からも極力前線には出さず、専ら後方支援に従事させていた。船越艦隊には弥生、皐月、文月、三日月の四隻が配備されている。
「ああ…でも…困ったな。お土産買って帰らないとみんなに何言われるか…。」
弥生の女の子らしい心配を微笑ましく思い、船越は一つの提案をした。
「そうだな、せっかくだ。皆に菓子でも買って帰るか。」
弥生の表情こそ大きく変わらなかったが、大きく何度も頷く様でその気持ちは十二分に伝わった。
友ヶ島から神戸までは大阪湾を真っ直ぐ北上することになる。巡航速度で100分程度の行程だ。
今回は艦体を展開した弥生に船越と榛名が同乗する。用件は大きく二つ。先日初めて実戦を経た榛名の擬装体点検と新型擬装へ全面改装を終えた駆逐艦娘一隻の受領である。
「提督、あんな初陣でも点検が必要なのでしょうか?」
榛名は初陣で特にこれといった戦果も上げず、被弾もしていない。にも関わらず日常整備以上の点検が必要というのがどうにも解せないらしい。
「言うまでもないことだ。擬装体との同調に遅延がないか、各部に異常な負荷がかかっていないか等というのは実戦を経ないと分からんものだからな。」
「尤も榛名の場合は製造元である神戸川崎が近いから持っていけるのだが、最前線ではそうもいかぬ場合が多い。」
「内地勤務故の贅沢な悩み…ということでしょうか。」
「…そうかも知れんな。」
「司令官、入港許可出ました。駆逐艦弥生これより入港します。」
「よろしく頼む。」
「了解しました。」
伝声管越しだと少し流暢に話せている気がするのは気のせいだろうか。
弥生は川崎重工所有の泊地に接岸する。
旧川崎造船所。正式名称は川崎重工業株式会社という。大東亜戦争が始まる少し前に社名変更をしたが、未だに「川崎造船」と呼ぶ者も多い。
榛名や瑞鶴といった武勲艦を輩出した大日本帝国有数の民間造船所でもある。船越艦隊はこの川重神戸工場と、大阪の藤永田造船所を主な協力工廠としていた。
榛名の点検が済むまでの間、船越と弥生は工場内をぶらつく。建造ドックでは新鋭艦が建造途中だった。船体をここで建造し、呉に運び、擬装は呉の海軍工廠が行うのだ。
現在ここで建造されているのは空母と巡洋艦。大戦後の帝国海軍で建造された巡洋艦に軽重の区別はない。指揮通信能力を重視した改大淀型、航空機搭載量を重視した改鈴谷型、火力機動力を重視した改阿賀野型の三種が並行して生産されている。これら新鋭艦は名前ではなく、潜水艦のように記号番号で呼ばれていた。
これら新鋭艦は主に攻撃部隊として外洋に、或いは帝都や鎮守府の拠点防衛が主な任務である。
「提督!」
後ろから船越を呼び止める声。榛名だ。
「擬装の点検はもうしばらくかかるとのことですので、先に食事に行って構わないとこちらの方に言われました。」
「それは構わんのだが…もう一人が見当たらん。」
「司令官…あれ…」
弥生が指さす方向…頭上を一同が見上げる。
キャットウォークの手すりに腰掛けている少女。
「あなたが夕立の新しい提督さん?」
夕立と名乗る少女は階段の手すりを滑り台のようにして滑り降りるとすたっと一同の前に着地した。
「貴艦が夕立か。よろしく頼む。」
「こちらこそ、よろしくお願いしますっぽい。」
白露型駆逐艦四番艦、夕立。従来型主力であった吹雪に代表される一連の特型駆逐艦に代わる次期主力艦として大東亜戦争でも幾多の戦果を挙げた駆逐艦群である(両者間に生産された初春型は復元力不足など依然課題が多く、本格的な次世代艦と呼べたのは白露型であった)。
夕立は元々佐世保鎮守府籍であったが、機関故障を機に新型艤装の開発、試験のために呉鎮守府預かりとなっていた。そして新型擬装が実戦仕様の水準に達したということで呉預かりのまま船越艦隊に編入されることとなった。
「この辺りも随分復興が進んできたのですね…」
榛名は真新しい棟々を見渡すと、感慨深げにそう呟いた。
船越らは食事のため神戸元町に出向いていた。大戦中、空襲で壊滅的打撃を受けた阪神エリアではあったが、間もなく表面化した深海棲艦の脅威に進駐軍もその規模を縮小、早期に自治権が回復したため、復興は順調であった。特に瀬戸内海沿岸は全域に於いて大規模な海域封鎖が可能であったため、漁業と海運の拠点として急速に発展を遂げていた。人々は深海棲艦を恐れることなく、海辺に済むことが出来たのである。
また、同時に世界は深海棲艦という強大な敵によって国家単位の限界もまた否応なしに自覚せざるを得なかった。故に帝国主義特有の選民思想は薄れ、比較的現実の世界情勢に近く、一番の違いは軍隊が解体されなかった、という点だけであろう。
食事が終わると前もって注文しておいた土産を受け取り、夕張が作った保温庫に入れ、港まで持ち帰る。二層のジュラルミンケースの隙間に発泡樹脂を充填したという自信作らしい。
船越らが川重の港に車をつけると弥生は擬装体を身につけ艦体を展開する。続いて榛名の擬装、夕立の擬装を積み込む。
「夕立、貴艦の擬装は何故こんなにかさばるのだ?」
「最終試験まで残った試作品全部もらってきたっぽい。図面なら工廠に残ってるし…。」
目をそらし、奥歯に物が挟まったような言い訳に船越はおおよその見当を付けた。
「本心を言え、夕立。」
「…提督さんは時雨ちゃんの隊を応援に行くんでしょう?だからそのときに…」
「時雨のため…か?」
確かに同じ白露型なら現場合わせの小改造で使えるようにはなるだろう。正規のルートで転送していては到底間に合う話ではないのも確かだ。
「考えておく。…が、いずれにせよ時雨が現在の隊に所属している限り、私ではどうにもならん。時雨は佐世保の艦娘だからな。」
この日を以て白露型駆逐艦夕立が船越艦隊に編入。さらに数日後、呉鎮守府軍令部より磯村艦隊を支援せよとの命令が船越艦隊に発せられた。
説明 | ||
艦隊これくしょん〜艦これ〜キャラクターによる架空戦記です。 新任提督と秘書艦榛名がエピソード毎の主役艦娘と絡んでいく構成になっています。 駆逐艦夕立編入編です。 本作登場の白露型用新型擬装はゲーム本編に於ける新Ver.イラストのそれに相当しますので、夕立は艦隊編入の時点で改二に相当します。 |
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