手つなぎ |
小さい頃から、手をつなぐのが好きだった。
大好きだったお母さんの手。でも、今は違う手のひら。
安心できるのは両方とも。
「ほっとする」
右の手のひらに感じる、感触を心地快いと思った。
そして、右手からつながっている相手の左手のひらから、序所に相手を見上げた。
そこには特にこちらを気にする様子もない表情。私を見てもいなかった。
けれど、手をつなぐのを嫌がってはいない。それだけは、わかってほっとする。
相手は本を読んでいた。文庫本。分厚いやつ。いつもそう。本ばっかり。だから眼鏡なのよっ。とか、よくわからなく責めてみる。
じっとねめつけ続けても、反応はない。でも多分わかってはいるんだと思う。
多少は、意識してくれてると感じて嬉しく思う。
でも、それだけ。
あんまり、手をつないだことってなかった。
一人っ子だったせいもあるとは思う。両親は共働きだったし。
とりあえず、手をつなぐことに特化して、何かいいなあと思ったことは特になかった。
今までは。
右手の親指で文庫本のページをめくる。
文庫本、そして脇の方に手が見える。つないでいる、僕と彼女の手のひら。
彼女がこちらを意識して見ている。それは感じている。
文庫本を読む。たまに手が目に入る。彼女を思い出す。
でも、本当は手のひらの暖かみをずっと感じている。
それは彼女を忘れていない、そう言うことだと思う。
起き上がっているのに疲れて、コロっと横になる。
絨毯が敷かれている。部屋の中は、ヒーターがつけられていて暖かく温度調節されていた。
別にいいんだけどね。ずっと相手をしろなんて言えるわけでもないし。
つないだ手にちょっと力を込めてみた。
合わせる様に、少し力が込められるのを感じる。そして、私が力を抜くと、それも消えた。
「………」
ちょっと楽しくなった。
嬉しくなって、寝転んだ状態のまま相手を見上げた。本を読んでいる。それは変わってない。
でも。
にやにや、していると思う。自分が。
そうしながら見つめて、窓から入る光で影ができてるのが綺麗で。
まぶたが段々と下がってくるのを感じる。
手のひらが暖かい。そして、眠りに落ちた。
寝息が聞こえる。
でも本を読む。寝息が聞こえる。本を読む。
しばらくすると、また寝息で我に返った。
彼女を見ると、手を重ねたまま緩くつないでいる状態だった。
そして眠っている。
手近な布団を引っ張って、かけてやる。早くそうしてやるべきだったな、と思った。
また本に戻る。けれど、やわらかな感触。それは彼女の手のひらの感触。
手に目を向けた。つないだまま彼女の手を持ち上げる。ほんわりと、やわらかい。
目の端に寝顔が目に入る。ぼんやりとしていた視点が合い、つないだ手に合わすと、またぼやけた。
不思議な気持ちになりつつ、しばらく見つめていた。
そして、本を思い出す。
そうだ、読もう。
ふっと目を開けると、暗かった。
電気が点いてなくって、窓から差し込む光は夕暮れ直後を示していた。まだ、少しだけ陽の明るさが残っている。
そして濃くなっている影。目の前に彼がいる。頭の脇には眼鏡としおりを挟んだ本。「本が悪くなるから」とか言ってたなぁ、と思い出す。
肩まで布団に入ってる。そして彼も入ってる。
見えないところに意識がいく。右手。手のひら。まだ、つないでる。
ほっとした。
手のひら。お母さんの手とは違う気持ちがそこにある。
また少し力を入れてみる。今度は返ってこなかった。
眠っている。急に、にやにやして寝顔を見つめてしまう。
何をするでもない。見つめていられる自分ににやにやして、そしてほっとするのだ。
きっともう少しで終わってしまう。日々の営みに追われて。
多分またこう言う風に、できる瞬間はやってくるのだろう。
でも、今このときには代えられない。
きっとまた、そう思うのだと、思えるのだと、私は思っていられる。
そこに寝顔がある。にやにやできる。手のひらを感じる。
それは、ここに彼がいるから。
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