魔法少女はじめました
[全7ページ]
-1ページ-

0 プロローグ

 

―その日、俺は魔法少女に出会った。

 

 

 

 ここ三年ほど世界的に魔法少女ブームが起こっている

 この国の中、それもごく一部だけでそういったマニアックなものが流行るのはこれまでにも何度かあったが、世界規模で起こるというのは珍しい。

 かくいう俺、村田芳樹もしっかりと魔法少女にハマっている人間の一人だ。

「邑田さん本当にそういうの好きっすよね」

 休憩室で魔法少女たちの最新情報をチェックしていると、職場の後輩である柿崎成二が俺の携帯を覗いてニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。

「そういう柿崎君だってだいぶハマっているじゃないか」

「へっへっへ。実はそうなんですよね〜。何を隠そう俺は狂華ちゃん派っす」

「でもあのキャラってちょっと頭おかしいだろ?前のシリーズで一番人気だったみつきちゃんが死んだのって狂華が見捨てたせいだしさ」

 若干あざといところが見え隠れしていたものの、それでもみつきちゃんは前シリーズの中では抜群のルックスでファンの心を鷲づかみにしていた。ヒラヒラの衣装はとても魔法少女らしく俺も前シリーズの中では二番目に好きだったキャラクターだ。みつきちゃんは劇中で死亡し、現在は魔法少女は引退。あちこちのバラエティ番組に引っ張りだこになっている。対して狂華は無口でいまいち何を考えているのかわからないキャラクター。衣装もベレー帽に眼鏡、魔法のステッキは大きな万年筆とかなり地味だ。しかし初期メンバーで現役なのは彼女だけなので、もしかしたら世の中にはああいう頭のおかしい、正義の味方としてどうかと思うようなキャラクターが好きな人間が多いのかもしれない。

「何言ってるんですか。そういうクールなところが良いんじゃないですか。わかってないなあ邑田さんは」

「わかってないのは柿崎君のほうだろ。俺はああいう捻くれた奴は大嫌いなんだよ。もっとこう、やさしくしてくれるような。そうだなあ・・・今のシリーズで言えばチアキさんがいい」

 チアキは他の魔法少女たちよりも一つ年上で、今までは別の国で魔法少女をしていたという設定の、今シリーズから参入した新キャラだ。ロシアンハーフの彼女は彫が深く大きな青い目と金髪。衣装はミニスカのメイド服にニーハイソックス。豊満な太ももに忍ばせたホルスターから取り出すカトラリーを投げて攻撃する。その攻撃方法に世の中のお父さんたちは毎週ドキドキさせられているともっぱらの評判だ。

「邑田さん30過ぎて童貞っすもんね。最初はやさしく教えてくれるお姉さんタイプがいいっていう気持ちはわかりますけど・・・彼女って邑田さんよりはるかに歳下なんすよ。年下相手にリードされたいってどうなんです?」

「うるさいよ!余計なお世話だよ!大体リードされるかどうかわからないだろ!彼女はきっと処女だ!」

「うわあ、本気で言ってそうで怖いっすね。テレビに出てる子でそんな子いるわけないじゃないですか。枕営業でとっくにそんなの捨ててますって」

「君は俺に喧嘩を売ってるのか!?」

「いやいや、喧嘩売ってるわけじゃないっすよ。喧嘩売ってるわけじゃなくて、いい年して処女廚っていうのもどうなんだろうかって心配しているんです」

 本気でこちらを心配している様子に腹が立つが、柿崎くんより5つも年上の俺は怒鳴りたいのを我慢して平然を装う。

「別に俺は処女廚というわけではないのだよ、柿崎君。ただ、どうせそういうことをするのなら貞淑な女性のほうがいいだろう?女性だってそうに決まってるじゃないか」

「・・・一応言っておきますけど、童貞と処女は等価じゃないっすからね」

「童貞童貞言うな!」

「邑田が童貞なのはいいが、お前らいつまでサボってるつもりだ?あと1フロアだからってサボっていていい理由にはならないぞ。さっさと行け」

「うーい」

「行ってきまーす」

 休憩室に入ってきた上司に追い出され、俺たちは仕事道具を持ってエレベーターへと向かう。俺たちの仕事はビルの夜間清掃。朝6時までにこのビルの床をピカピカに磨き上げるのが俺たちの仕事だ。

「しかしダルいっすよね。俺もっと面白い仕事したいっすわ。できれば魔法少女の番組の裏方とかそういう役得がありそうな仕事」

「役得って?ロケ弁とかかい?」

「いやいやぁ、撮影時間になって楽屋に呼びに行ったときなんかに、狂華ちゃんの着替えシーンにでくわしたりとかしそうじゃないですか。というか、俺はむしろ狙ってやりますけどね」

 そう言っていい笑顔で拳をグッと握る柿崎くんを見て俺の口から思わずため息が溢れる。

「・・・君は本当に欲望に忠実に生きているよな。でもこの仕事にも役得はあるだろう。誰もいないビルの高層階から朝日が拝めるのって結構役得じゃないか?」

 そう言って俺はエレベーターに乗ると最後に残していた最上階のボタンを押した。

「枯れてるなあ、邑田さん」

 フロアの掃除を終え、昇ってきた朝日を眺めながら用具の片づけを行い通勤客満載の満員電車とは逆のガラガラの電車でウトウトと居眠りしながら帰る。俺はその単調な習慣を毎日当たり前に行い、そして今日も当たり前にそれを行うつもりでいた。

 いつものようにエレベータを降りれば誰もいないフロアに出る。はずだった。

「なっ・・・一般人・・・!?」

 フロアにいたのは、先ほどまで柿崎君と話題にしていた女の子。魔法少女の狂華だった。

「え・・・?撮影中?」

 今までも清掃に入ったビルでドラマや映画の撮影が行われていることはあったが、そういう予定は朝礼であらかじめその旨の連絡がされていた。しかし今日はそういった話はまったく聞かされていない。

「このフロアから出て行きなさい!早く!」

 テレビで聞くよりも甲高い声で狂華が叫ぶ。

「うおおおっ!コスプレかと思ったけど本物じゃん!」

 柿崎君が興奮気味に叫んで狂華のほうへと駆け寄る。

「だめだ柿崎君。撮影の邪魔になるからフロアを出よう」

 俺は年上らしくそう言って柿崎君をたしなめるが、目の前で有名人がいるという興奮を抑えきれず柿崎君を止める風を装って彼女に近づいた。

 こちらが退去するつもりがないことを悟ると狂華は忌々しそうに顔をゆがませてこちらを睨みながら叫ぶ。

「出てけって言っているんだ!」

「そんなに怒らないでよ。って、いうか狂華ちゃんって意外と喋るんだね。やっぱりあの無口キャラって台本上のことなんだね」

「早く出て行け!邪魔だ!」

「口が悪いなあ。確かに撮影現場に入り込んじゃったのは悪かったけどこっちは一応ファンなんだからさ、もう少し愛想を良くしてくれてもいいんじゃないかな?」

「・・・こちら狂華。一般人が入り込んでいる。どういうことだ?」

 柿崎君の言葉を無視すると、狂華は耳につけていたインカムに向かって短くそう言った。

 おそらくもうすぐセキュリティがやってきて俺たちは退去させられるのだろうが、それでかえって柿崎君は開き直ってしまったらしくしつこく狂華に話かけている。

「ねえ、狂華ちゃん。いったい何をそんなにピリピリしているんだい?言ったろう、僕は君のファンなんだ。何もしないって」

 そう言ってさらに近づこうとする柿崎君の喉元に狂華がステッキを突きつける。

「警告はした。生きていたらまた会おう。・・・生きていたらな」

 

 

-2ページ-

 

1 魔法少女やりますか?それとも・・・

 

 俺が目を覚ますと、白い石膏ボードの天井が目に入った。

(うちの天井じゃないな・・・知らない天井ってやつか。)

 そんなことを考えながら体を起こそうとしたが、うまく力が入らず、ベッドから起き上がることができず、身をよじっただけで終わってしまった。

 その後も何度か起き上がろうと試みるが、腕が動かず足にも力が入らない。

 そんなことをやっているうちに病室のドアが開き、見覚えのある少女が入ってきた。

「意外と元気そうだね」

 ベッドサイドにやってきた狂華はそう言ってタブレット型の端末に目を落とした。

「邑田芳樹、34歳。職業、清掃業ね」

 眉ひとつ動かさず、対して興味も持っていないような声色で狂華はそうつぶやく。

「俺は何でこんなところで寝ているんだ?確か俺は仕事中に君にあって・・・」

「そして死にかけた」

「死にかけた?撮影中の事故か何かか?」

「ちょっとちがう。原因は後で話すけど、今の君は生きているというよりは生かされているといった状況。百聞は一見にしかず。自分の目で見てみるといい」

 狂華はそう言ってタブレットを操作すると画面をこちらに向けた。画面にはカメラに映った俺の姿が映し出されていた。俺の顔には傷はなく、顔色も悪くはない。しかし、俺の身体にかかっているシーツのふくらみは、俺の身体の大きさから考えるとどう見てもすくない。

「・・・君の身体は、肋骨から下がない。腕も無くした。実のところ今こうして話ができているのは生命維持装置のおかげというわけだ。つまり、こちらがその気になればスイッチひとつで君は死ぬ」

 狂華はまったく感情がないかのように淡々と言葉をつむぐ。

「そこで、君に取引を申し出たい」

「取引?」

「君・・・魔法少女にならないか?」

「・・・は?」

「魔法少女になってくれるのであれば、私たちは君を全力で生かそう。ただ、魔法少女にならないのであればすぐに機械のスイッチを切ることになる。どちらの場合も、君は事故死扱いになり、ご家族にはそれ相応の保険金が支払われることになる」

「待ってくれ、俺は男だしそもそも魔法少女になるってどういうことだ?撮影の事故に巻き込んでおいて魔法少女になれ?もう何を言ってるのかわからない」

「君が男であった時の象徴はもうないのだから男であったかどうかはこの際問題ではないんだ。それに新しい身体はこれから作るから、魔法少女になるのであれば女性の身体を用意する」

「どうやるんだか知らないけど、身体が用意できるんだったら男性の身体を用意してくれよ!そうすれば魔法少女がどうこうなんて話にはならないだろ!」

「それは無理だ。生きるにせよ死ぬにせよ、君が元の生活に戻ることはない。事故とはいえ、君は魔法少女の領域に足を踏み込んだ。そういう人間を一般社会に戻すことはできない」

「また魔法少女・・・魔法少女って、一体なんなんだよ」

「君が今までテレビで見ていた通り正義の味方だ。ただ、もちろんテレビの番組の中での話ではない。各国が国家の総力を挙げて用意をする人類の味方の事。各国の最新技術を投入された私たちは、君が襲われたような宇宙人に対抗するための存在だ」

「宇宙人だあ?それこそテレビの設定じゃねえか!」

「そう。全世界の魔法少女番組がすべてその設定。その意味を考えたことはないか?」

「・・・まさか全世界でお前の言うような荒唐無稽なことが起こっているっていうんじゃないだろうな?」

「正解。大国気取りで『地球人代表だ』みたいな顔をして勝手に宇宙人と交渉していた某国が交渉をしくじって以降、地球は攻撃を受け続けている。だからといって、バカ正直に『宇宙人から攻撃を受けています』なんてことを言えば一般人はパニックになるからな。それは伏せて私たちが随時応戦をしている。今の地球の状況はそんな感じだ」

「・・・じゃあ、魔法少女ブームって」

「国と広告代理店、それにマスコミの世論誘導だ。あれだけ荒唐無稽な設定のものが流行ってテレビで見慣れてしまえば、いざそういう場面に出くわしても『撮影だった。』で納得できるし、パニックにも陥らないだろう」

「パニックには陥らないけど、俺みたいに事故に遭う人間が増えるんじゃないのか?」

「今回の件はかなりのイレギュラーだ。いつもあの時間には帰っているはずの清掃業者がまだ残ってるとは誰も思わないだろう。大方休憩室ででもサボっていたんだろうが、真面目に最後までやろうとしたのが災いしたな。自業自得だと諦めてもらうしかない」

 そう言って狂華は俺を睨みつける。

「・・・私にとっても今回の件は大失態で最大の汚点だ。せっかく三年間ノーミスでやってきたというのに、私がこの仕事についてから最初のミスがこんなこととは・・・まったく、何がミスに直結するかわからないものだ」

「ちょっと待てよ。まず、俺に対してごめんなさいじゃねえのかよ」

「警告に従わなかった君が悪い。あの時点で退去していれば君はこんな姿にならずに済んだんだからな」

「はあっ?どう考えたってお前が悪いだろうが!『巻き込んでごめんなさい。』これを聞かなきゃ俺は魔法少女になんかならないからな!」

「それならそれで君が死ぬだけだ。私は別に構わないぞ。大体私は・・・」

 狂華が何か言いかけた時、彼女の持っている通信機らしいものからアラームが聞こえる。

どうやらアラームは着信を告げる音だったらしく、狂華はその通信を受けるために慌てて一度部屋を出て行ったが、すぐに戻ってきてものすごく嫌そうな顔で「ごめんなさい」と小さい声で言った。

「聞こえないなあ」

「・・・巻き込んですみませんでした」

「目を見て謝れよ」

「巻き込んですみませんでした!」

 狂華はそう言って涙目になりながら睨むようにして俺の顔を見て大声で謝った。

 謝意があるようには感じられないが、とりあえずは良しとしよう。・・・すこし可愛かったし。

どういうこだわりがあるのかわからないが、彼女なりにこの仕事に挟持があって、それを偶然とはいえこちらが失敗させたのだ。ひどい目にあったからといっていつまでも意地を張っていても仕方がない。

何より俺の生殺与奪は彼女、ひいては彼女が報告をするであろう彼女の上司が握っている。これ以上ゴネて心証を悪くした結果「やっぱり死んでいいです」と言われても困る。

「こっちも警告に従わなくて悪かった。これからは気をつける」

「これから・・・と言うことは」

「他に選択肢はないからな。まだ死にたくないし魔法少女でもなんでもなってやるよ」

「・・・わかった。上にはそう伝える」

「あまり嬉しそうじゃないな」

「そんなことはないさ。失敗を挽回するために受けた君の勧誘の仕事を無事に達成したんだ。嬉しくないことはない。ただ、これでまた足手まといが増えるかと思うと少し憂鬱なだけだ」

「足手まといは酷いんじゃないか?確かに最初からそんなに役に立つとは思えないけど、そのうちきっと役に立てるようになってみせるぜ!」

 俺はそう言って今はもうない右手でサムズアップをするイメージでいい笑顔を作るが、狂華はそんな俺を一瞥すると小さなため息をついてタブレット端末に視線を落とした。

「だといいけどな。ではこれから魔法少女としての待遇の説明と、君の新しい身体についてのカウンセリングに入る」

「反応薄いな・・・」

「時間が押しているし過剰に反応しても疲れるだけだからな。まず待遇だが、給与は年俸1千万スタートで一年更新。これを12月で割ったものを指定日に支給する。それに加えて出来高が一戦当たり百万。撃破ボーナスが兵士クラス1体あたり十万。怪人クラス一体百万。これは末締め、翌月払いだ」

「随分とまあ・・・」

「安いか?」

「いや、給与体系が普通の会社員みたいだなと思って。金額には特に不満はないよ」

「まあ普通の会社員はこんなに出来高に偏らないだろうが、基本的に我々は公務員だからな。給与についてはお役所仕事なんだ。それと、週休は特に定めていない。これは休みがないわけではなく、宇宙人が襲来しない日、それとテレビのドラマパートの撮影がない日は基本的にオフだということだ。身体を鍛えるもよし、魔法の修行に励むもよし。弱いままでは稼ぐこともままならないからな。もちろんトレーニング施設はこちらで提供するからそれは心配しなくていい」

「襲来がなくても基本給はもらえるんだよな?」

「もちろん。それと襲来はだいたい週1から二週間に1回くらい。一応予報が2日前には出るようになっているから予報がでなければ短期の旅行に行くことも可能だ。まあ実際には今をときめく魔法少女が軽々しく旅行になんていけないけどな。・・・みつきの奴は進んで人混みに突っ込んでいってファンに囲まれてはアイドル気取りでいたが、あれだけは理解できん」

「ああ、確かにみつきちゃんって、そういう視聴者に媚びたりする感じがあったもんなあ」

 前シリーズの中心人物を思い出して俺はうんうんと頷いた。

「なるほど。君は視聴者の中でもかなり熱心なほういうことか。で、あればファン心理はある程度わかるだろうからここの説明は割愛するぞ」

「いや、でも俺にファンなんてつくのかな」

「つくさ。私にだってついているくらいだからな。次に福利厚生だが、生活費は基本的にかからない。借り上げの寮があるし、寮や本部の食堂は無料だからな。それとメイクも服も専任のコーディネーターがつくから、今まで34年間ネルシャツばかりだった君でもしっかり女の子としてやっていけるだろう。食堂で食べるのが嫌な時や外で食べたい時の飲食代や交通費なんかは実費だが、生活する上でお金を使うのはそのくらいだから問題はないと思う」

「え、趣味はしちゃだめなのか?」

「趣味があるのか?君はなんというか休みの日はネットに入り浸っていて無趣味。の代表のように見えるんだが。・・・ああ!国内外のアニメは本部のアーカイブにすべてあるからわざわざディスクやデータを買わなくても大丈夫だぞ。もちろんドラマや映画もあるが、君はこっちには興味ないだろう」

「まあ・・・否定はしないけど。じゃあ、ゲームなんかもあるのか?」

「ああ、一応、寮の共用スペースにはそういうものもある程度揃っているぞ。ボードゲームからテレビゲームまであるが、今、私とチアキがハマっているのは格闘ゲームだな。それとFPS。あれは良い訓練になる」

「いや、その・・・俺がやりたいのは恋愛シミュレーションゲームなんだけど、そういうのもある?できれば部屋に持ち帰れると嬉しい」

「ああ、エロゲーか」

 口に出したくなかった単語を丁寧に包んだオブラートを乱暴に破って狂華がポンと手を叩く。

「直球で言わないでください・・・」

 このジャンルのゲームはもう長年連れ添ってきた恋人のようなもので、自分ではかなり開き直ったつもりでいたが、面と向かって女の子に言われるとやはりそれなりに恥ずかしいものだ。しかし狂華は俺の気持ちを知ってか知らずか、さらにど真ん中の直球を投げ込んでくる。

「・・・なあ、前から聞いてみたかったんだが、君らはシミュレーションばかりしていて一体いつ本番に行くんだ?」

「デリケートな事を直球で聞くのやめてもらえませんか!」

「ああ、すまん。確かにデリケートな問題だよな」

「その心底同情したような顔がメチャメチャムカつく!」

「魔法使いから魔法少女に転職・・・か」

「余計なお世話だ!で?他には?」

「まあ、こんなところか。一応年金の設定もあるが聞くか?」

「設定って言っちゃったよ!」

「発足して三年だからまだ貰った人間が居ないんだよ。まあ、さっき言ったこと以外は基本的に国家公務員のそれに准じると思ってくれればいい」

「ざっくりだな」

「多すぎてざっくりとしか話している時間がないというのもある。後で冊子が配られるからそっちを見て、わからないことがあれば私でも他のものにでも聞いてくれ。それで、君の新しい身体の容姿なんだが・・・どうしたい?」

「丸投げかよ!」

「人の決めた容姿でいいならこちらにお任せというのもあるが、それでいいか?」

「それは・・・嫌かな」

 とんでもない容姿や俺の好みの正反対の容姿にされても嫌だ。

「ならば君の希望を聞こう。君はどんな子になりたい?」

「そうだなあ・・・美少女なのはもちろんだけど、ロングヘアーで胸も結構あって、優しい感じの少しお姉さんタイプだと嬉しいかも」

「なるほど、ステレオタイプな幼なじみ好きか。変身した後の髪の色はどうする?私が青でチアキが銀。それと、あと一人緑が入る予定だからそれ以外がいいと思うぞ。被ると集合した時にちょっとやりづらい。というか、グッズ展開で色々と不都合がでる」

 そう言いながら狂華はタブレットを操作していく。

「ピンク・・・いや、赤・・・レッドで」

「わかった。よろしく、リーダー」

「は?」

「前シリーズではリーダー格のみつきの髪が真紅だったろう?基本的に赤は主役扱いだ」

「その前って赤の人いなかったよな?」

「いないならいないでそれなりにやるが、いるならレッドがリーダーというのは長官の方針だ。諦めろ」

「だったらピンクに変更します!」

「30過ぎの男がヒロイン希望か。気持ち悪いな」

「く・・・黒」

「そういう二枚目は君のキャラじゃないだろう。君は黄色でカレーを食べているのがお似合いだ」

「黄色を差別するなよ!・・・とにかく黄色!黄色で!」

「すまないが赤で決定してしまった。長官権限でロックをかけられてしまったから私ではもう変更できない。・・・まあ、いいんじゃないか?黄色の魔法少女とか、嫌な予感しかしないし」

「・・・リーダーってこんなことで決めていいのか?」

「しかたないだろう。長官がそう決めたんだから。・・・さて、そろそろリミットだが」

 そう言って狂華は腕時計を見る。

「リミット?」

「その生命維持装置のリミット」

「早く言えよ!大丈夫なのか?間に合うのか?間に合うんだろうな!?」

「間に合わせるさ。次に起きた時、君の姿は邑田芳樹ではなくなっている。ああそうだ。邑田は邑田でもいいが、下の名前を考えておいたほうがいいぞ。自分で決められない時は長官が直々につけるのだが、正直それはオススメしない。以前みつきの時にも揉めたからな」

 レッド=リーダーなんていうステレオタイプな物の考え方をする人間に名前付けを任せるなんてことしたくない。「君は今日から『主人公子』略して公子だ!」なんて言われかねない。

「ちなみに長官に任せると多分公子になるぞ。理由はレッドだから主人公――」

 俺の予想を裏付けてくれる狂華の声を聞きながら、俺の意識は急速に遠のいていき、あっという間に闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

-3ページ-

2 魔法少女始めました。

 

手術を受けてからそろそろ一月が経とうとしていた。名前を邑田朱莉と変え、ナノマシンの集合体だという新しい身体にもすっかり馴染んだ俺は、検査漬けだった入院生活を終えてすぐに講習と訓練の日々に突入してしまい、女の子ライフを楽しむ間もなく過ごしていた。

 ・・・というか、オフもないんだが。これは労働基準法違反なんじゃないのか?魔法少女に労働基準が適用されるのかはわからないけど。

「ハイハーイ!二人共あとトラック1周ですヨ!負けた方は今日の夕食抜きで強制ダイエットですヨー!わかってると思いますケド規定タイムを下回ったら二人とも食事抜きですヨー!」

 そう言って先輩魔法少女であるチアキさんがトラックの中央で大きな声を張り上げる。

 俺の横を走っていた同期の魔法少女「グリーン」こと伊東柚那がその声を聞いてペースを上げ、俺も負けじとスピードを上げる。チアキさんの言っていることは決して発破をかけるためのリップサービスではない。訓練の成績が悪い方や、例え買ったとしても基準に達しない場合、あの人は本当に晩飯を抜きにする。それを既に何度か身を持って経験している俺と柚那は激しく肩をぶつけあいながらトラックを駆ける。

「昨日は私が夕食抜きだったんですから譲ってくださいよ!」

「嫌だね。俺だって腹ペコなんだから譲る気なんてない!」

「そういう性格だからモテないんですよ!」

「性欲より食欲だ!」

 お互い肩のぶつけあいだけではなく肘による攻撃も織り交ぜながら全力でゴールを目指す。

「ちょ!女の子に暴力振るうとか考えられないんですけど!」

「男女差別すんな!それに今は俺だって女の子だ!」

「ああ、そう、です、かっ!」

 一瞬さらなる加速を見せて外側から俺を抜いた柚那は左足を軸足にして走ってくる俺に向って右ハイキックを繰り出す。

「いつもながらワンパターンだな!」

 そう言って俺は身をかがめて柚那の足の下をくぐり抜けようと試みる。しかし、

「邑田さんこそワンパですっ!」

 その声の後、すぐに後頭部に強い衝撃。振りぬきかけた足を力任せに振り下ろす軌道に変えた柚那のキックが俺の後頭部にヒットしたらしい。だが俺だって魔法少女の身体になってからパワーアップしているのだ。多少のダメージでは倒れない。よろけかける足を踏ん張って加速し、柚那を引き離しにかかる。

「チッ!仕留め損なった!」

 恐ろしく物騒な舌打ちをした柚那がすぐに俺の後を追って走りだす気配を感じる。だが、もう遅い。このコンマ数秒が命取りだ。

「残念だったな!今日の晩飯は俺がいただいた!」

「・・・それはどうでしょうね。芽吹け!戒めの蔦!」

 柚那がそう唱えてパンっと手を叩くと俺の足に蔦が絡みつき、蔦の不意打ちに対応出来なかった俺は思い切り転ぶ。そして転んだ俺の身体にはさらに蔦が絡みついてくる。

「ざんねんでしたー。私がゴールするまでそこで寝てて下さいねー」

 そう言ってタッタッタと軽快な音を立てて柚那が横を走り抜けていく。

「卑怯だぞ!ルール違反だ!」

「ちゃんとチアキさんには確認しましたー。魔法使っちゃいけないなんて言われてないのに体力で勝負する邑田さんがバカなんですぅ」

 振り返って舌を出しながらそう言うと柚那は両手を上げながらゴールテープを切ってゴールした。

「やった!今日は夕食が食べられる!」

「残念。コンマ1秒遅いからユナもご飯抜きですネ」

「そ・・・そんなぁ・・・」

 まさに最後の攻防のコンマ数秒が命取りとなり、チアキさんの無情な宣告を受けて、柚那がへなへなとその場にへたり込む。

「アカリもそんなところでいつまでも寝てないで早くゴールしてくださイ」

 俺はチアキさんに促されて仕方なく立ち上がり、ゴールへ向って走りだす。先ほど柚那が出した蔦はもう既に消えているので走るのには何の不都合もない。

「ハイ、お疲れ様でしタ」

 俺がゴールすると、チアキさんはポンポンと拍手をしながら近づいてくる。

「まあタイムはまだまだだけど、二人共新しい身体には慣れたみたいだし、今日で訓練は終わりね。お疲れ様」

「あれ・・・?チアキさん。普通に喋ってる」

 俺の言葉に、チアキさんはニッコリと笑って口を開く。

「まあ、あのしゃべり方ってキャラ作りの一環だし、二人共もう訓練生じゃないんだからよそ行きのしゃべり方をする必要もないでしょう」

「あ、そっかハーフだから普通に日本語しゃべれるんだ」

「いや、実はハーフでもないしね。遠い先祖にはロシア人がいたらしいけど、元々の私は生まれも育ちも見た目も完全に日本人だし。ただ、私の資料を見た長官が『どうせなら見た目をハーフっぽくしないか』って言い出しただけ」

「あ、そっすか」

 今明かされる人気キャラの真実。どうやらテレビの前のお父さん達は騙されているらしい。いや、本当は魔法少女の戦いがガチだという時点でほとんどすべての視聴者が騙されているのだが。

「そういえば、朱莉はその男みたいなしゃべり方のキャラでいくの?それはそれで人気でそうだし、誰かとキャラかぶりもしないからいいけどね。外国人風の私と無口キャラの狂華、朱莉がオレっ娘で、柚那が普通・・・まあバランスは悪くないけど、柚那も朱莉みたいにキャラ立てていかないと売れないよー。まあ、柚那には言わなくてもわかると思うけど」

「別に私は売れたくて魔法少女になったわけじゃないです!大体、私は邑田さんみたいに性別が変わったわけじゃないし、そりゃあ普通になっちゃいますよ。元々普通の女の子だったわけですし」

 柚那のそんな主張を彼女の来ているパーカーの背中に書かれた『Normale』の文字がさらに強調する。チアキさんの贈り物らしいが、正直酷いことをする先輩だと思う。

「そう言えば柚那って見た目は全く変わってないのか?」

「いえ。変えましたよ。・・・というか変えないと人前になんて出られませんでしたし」

「どんな子だったんだ?というか、柚那っていくつなんだ?」

「・・・そういうこと、女の子に聞かないほうがいいですよ。まあ、一応答えられる範囲で答えると私も狂華さんも邑田さんよりは歳下です」

「ってことは、チアキさんは歳上か」

「まーね。そうは言っても見た目はこんな感じだし、私って心は十代だから何の問題もないわよ」

「アラフォー魔法少女・・・」

「それを言うなら魔法熟女ですよ。邑田さんもですけど」

「・・・何げに俺の事までディスるのやめてくれないか」

「だって、邑田さんって何かいじりたくなっちゃうオーラが出てるんですもん。実は結構モテてたんじゃないですか?」

「・・・男友達にいじられることをモテるっていうならそうなんだろうな」

 そもそも中学から男子校で、大学ではゲームサークル所属だった俺の周りには女子との接点はまったくない。

「ああ、じゃあこの先はきっとモテモテですよ。見た目は可愛い女の子になったんですし、男子にモテるならそれは正常なモテですし」

「・・・嬉しくない。男性に戻ってちゃんと女子にモテたい」

「それは無理じゃないですか?」

「それは無理じゃないかしら」

 俺の願望を二人が同時に否定した。

「もう少しオブラートに包んでもらえないでしょうか!」

「そうやって甘えてきたらか邑田さんは童貞なんですよ!ねえ、チアキさん」

「あー・・・柚那ちゃん。朱莉が涙目になってきたからそのへんにしておこうか」

「な、涙目になんかなってねえし!」

「うわ・・・もうなんかマジ泣きじゃないですか。どれだけ温室育ちなんですか。邑田さんは」

「柚那」

 そう短く言ったチアキさんにひと睨みされると柚那は不機嫌そうな表情に変わって一度舌打ちした後で肩をすくめた。

「・・・はいはい、わかりました。じゃあ私は先に戻りますから。おつかれさまでーす」

 柚那はそう言って地面に放ってあった自分の水筒を拾うとグラウンドから出て行った。

「・・・柚那は悪い子じゃないんだけど、ちょっと男性嫌いでね」

「チアキさんは柚那の事、前から知ってるんですか?」

「まあ、ね。二人は同期だし、できれば仲良くしてあげてほしいんだけど」

「柚那の男嫌いの理由ってなんなんです?」

「それは柚那の事情だから私からは話せないわ。でも朱莉はそういうの解決するの得意でしょう?柚那だけじゃなく、狂華にも色々あるからそっちも含めてあなたには期待してるのよ」

 チアキさんはそう言って俺の両肩にポンと手を載せた。

「は?なんで俺が得意なんですか」

「狂華に聞いたわよ。朱莉の趣味はエロゲーだって。ここは別に恋愛禁止じゃないし、柚那と狂華をパパッと攻略しちゃってよ。女同士ではあるけれど、そういうのもいけるでしょ?」

「現実とゲームをごっちゃにしないでください!あれは攻略するためのルートがあるからできるんであって、現実はそんな簡単にいきませんよ!」

「・・・似たようなものよ。現実の恋愛だってちょっと手間がかかるだけで、相手に合わせて選択肢を選んで、フラグを立てていくだけなんだから。必要なのは、選択肢を選ぶ為に攻略サイトを覗くんじゃなくて、自分で選択肢を作り出すための洞察力とおもいやりを磨くこと。それと相手のために実際に動く行動力よ」

 簡単に言わないで欲しいとは思うが、チアキさんの言っていることは全く正しいことだったので、俺は反論ができなかった。

 大人っぽいとは言え、元の俺から見れば見た目は遥かに歳下の女性の姿であるチアキさん。そのチアキさんからは確かに経験豊富な年上のオーラが漂っていて、この人自身も簡単ではない人生を送ってきたんだろうということを感じさせる。

「確かに規則では禁止されていませんでしたけど、そういうのって、狂華さんがうるさそうですよね」

「あら、狂華はああ見えて私たちの中で一番奔放よ」

 チアキさんの口から驚きの情報が聞こえた気がする。

「・・・奔放、なんですか」

 奔放な狂華さんと聞いて、俺の頭の中には、一糸まとわぬ姿であんな格好やこんな格好をする狂華さんが浮かぶ。

 チアキさんや柚那はもちろん、俺よりも胸が控えめな狂華さんだが、それはそれで良い。というか、奔放でありながら若干ロリ体型な狂華さんイイ!

「鼻の下、伸びてるわよ」

「え?あ・・・。ち、違うんですよ」

 チアキさんの指摘を受けて俺は手で口元を隠すようにして慌てて弁解した。

「まあ、どんな形でもリーダーがやる気を出してチームをまとめてくれるなら、私としては文句はないわよ。トランジスタグラマーな柚那をたらすもよし、奔放でロリロリな狂華と一緒に快楽の沼に沈んでいくもよし。あ、私は遠慮するけどね」

「いやいや、ゲームと同じ要領でいいならチアキさんも落としますよ」

 おれは少し気取った声色で言ってみるが、それを聞いたチアキさんは、口元をひきつらせた。

「えっと・・・ゲームと現実を混同してるとか、頭大丈夫?」

「あんたがさっき同じようなもんだって言ったんでしょうが!」

 

生真面目そうでいて実は奔放な狂華さん。男嫌いな年下の女の子柚那。

 そして、攻略できないという意味でも、何を考えているかイマイチわからないという意味でも食えないチアキさん。とりあえず一年はこの四人でチームを組むことになる。

彼女いない歴=年齢だった俺が自分を含め周りがすべて女性のここでうまくやれるかはわからないが、なんとかやっていくしかない。

(まずは柚那よりも攻略難度の低そうな狂華さんから行ってみるか。)

 そのときの俺は、なんの根拠もないのに何故かチアキさんの言葉を鵜呑みにしていた。そして俺はこの時の判断を後々後悔することになるのだった。

 

-4ページ-

3 初めてのお風呂

 

 彼女の名前は『己己己己 狂華』。正直文字列だけ並べても全く読めないと思うので、一応解説すると、「いえしき きょうか」 と読むらしい。劇中ではみんなファーストネームしか公開されておらず、劇中では作家という設定の彼女は、実際に本も刊行していてそちらでは苗字もでているらしいが、正直言って俺は今日はじめて狂華さんの苗字を知った。 

 視聴者だった頃はその話を聞いてもどうせゴーストライターが書いているのだろうと思っていた彼女の本だが、どうやら本当に本人が書いているらしい。

「まあ、元々文章を書くのは嫌いではなかったし」

 俺の質問に答えたあとでカフェのオープンテラスで向かいに座った狂華さんがそう言ってコーヒーカップを口許に運ぶ。

「友人から聞いた恋愛の話を文字に起こしただけなんだが、これが意外と好評でね。あと3冊出る予定だ」

 友人などといっているが、チアキさん曰く奔放な狂華さんのことだ。恐らく自分の体験談なのだろう。

「そういえば狂華さんって、なんで魔法少女になったんですか?」

 狂華さん攻略のためには相手の情報は多いに越したことはない。多少不躾かなとは思ったが、全員にとって共通である魔法少女の話題に切り込んでみた。

 しかし、どうやらこの選択肢は間違った選択肢だったらしく、狂華さんの眉間に皺が寄った。

「・・・そんなこと、君に話す義理はないと思うけど」

 そう言って狂華さんは不機嫌そうな表情のまま再びコーヒーを口に運ぶ。

「怒らないでくださいよ。ただの会話のきっかけじゃないですか」

「きっかけにしてももう少し内容を選べ。君は魔法少女になる前に死にかけたなんて話を新人にしたいか?・・・ここにいるものは大なり小なり何らかの過去を背負っている。楽しくそれなりに過ごしたいのならあまり余計な詮索はしないことだ」

(攻略失敗か・・・)

 狂華さんのため息を聞きながら、俺も心の中で嘆息する。

「ただ、まあ・・・君が積極的にチームをまとめようとしてくれているのは心強く思うぞ。そうやって積極的に動いてくれるなら私としても協力は惜しまないつもりだ」

(お、攻略の目が出てきたか!?)

「もしもチームをまとめていく上で、なにか問題や私で手伝えることがあったら、なんでも相談をしてくれ。ああ、もちろん女性になったことで、色々と戸惑うこともあるだろうから、そういうことも相談してくれて構わない」

「女性になって戸惑うこと・・・」

 それはもう何と言っても風呂なのだが、これは狂華さんに相談しても仕方ないことだろう。どこまでいっても自分の慣れの問題であって、他人が何か言ったからといってどうこうなるものでもない。お陰で寮(と言っても、設備はもはや高級ホテルなのだが)には大浴場があるというのに、内湯で済ます日々だ。

 風呂場の小さな鏡に写る自分の裸にすら照れてしまうのだ。これがもしも風呂場で狂華さんや柚那、チアキさんに出くわそうものなら、俺は次の日からまともにその相手の目を見られない自信がある。

「なんだ?変な顔をして。何か困り事でもあるのか?だったら今ここで聞くぞ」

「あ・・・いや。その」

「先輩の私が聞いてやると言っているんだ。遠慮なんかするな」

 そう言って笑顔を浮かべながら、あまりない胸をドンと叩く狂華さんは、知り合う前の俺の中の印象とは全く違うものだった。

 知り合う前の印象は「冷徹で無愛想、何を考えているのかわからない」といったものだったが、今の彼女は「無口だが、温和で面倒見がいい長女タイプ」という感じだ。

「いや・・・狂華さんに話すようなことでもないんで」

「そんなこと、話してみなければわからないだろう?ほら、言ってみろ」

「いいですって」

「よくない。困ったときはお互い様だ」

「いえ、ですから俺は別に困っているわけじゃ・・・」

「・・・いいから話せ。な?」

 そう言って俺の肩に手をおいた狂華さんの笑顔はなぜかものすごく恐ろしく感じられた。

 言葉で説明するならば『逆らうことは許さない。私に逆らうならばそれ相応の覚悟はしてもらおうか。』言葉にしなくてもそんな雰囲気が伝わってくる笑顔だった。

「いや、別にそんなにたいした事じゃないんです。・・・その、風呂の事なんですけど」

「風呂?」

「はい。風呂だけじゃないんですけど、女性用の施設を使うのに抵抗があって」

「ああ、それで君だけ大浴場に来なかったのか。別に私もチアキも気にしないぞ」

「皆が気にするっていうのも確かにあるんですけど、俺自身の理性がもたないといいますか」

 察してくれ。頼むから察してくれ。俺はそう願ったが、どうも狂華さんはそのあたり鈍いのか、小首をかしげてしきりに唸っている。

「・・・まあ、こういうのは慣れだ。せっかくの施設、使わないのはもったいないだろう。よし、じゃあ今日は私と一緒にお風呂に入ろう。それで徐々に慣れていけばいいだけの話だ」

 結局彼女が俺の気持ちを察してくれるようなことはなく、俺は狂華さんに引きずら大浴場へと向かった。

 普段のおとなしいイメージの狂華さんからは想像もつかない力と手際の良さで服をひん剥かれた俺は、いつも自分ではなんとなく気恥ずかしくて念入りに洗わないところまで彼女に洗われて湯に浸かっていた。

徐々に慣らすと言っていた通り、今日の狂華さんはバスタオル着用だし、湯の色も白濁していて、一緒に入っていても俺からは狂華さんの裸が見えないように工夫がされていた。

 やはり大きな浴槽はいい。昨日まで自分の部屋の内湯で我慢していたのがバカみたいだ。

「・・・君は、スタイリストの言っていたことをちゃんと聞いていたのか?」

 自分の身体を洗い終えた後、湯船に入ってきた狂華さんが巻いていたバスタオルを湯船の中で外しながらそういった。

「え?何かまずいことしてました?」

「髪、毎日ちゃんとブローしてないだろう。あっちこっち絡まっていたぞ。私のように短いならともかく君のように腰まであるのならきちんとブローして毎朝櫛も通さないとすぐにバサバサになってしまう」

「ああ・・・すみません。確かにやっていなかったです」

 狂華さんに指摘されたとおり、俺はそういう手入れを全くと言っていいほどしていなかった。

「来週からドラマパートの撮影も始まるんだ。きちんと手入れをしておかないと、撮影スタッフや監督に迷惑をかけることになるからな。ちゃんとしてくれないと困るぞ」

「はい・・・」

 そう返事をしながらも、俺はなんとなく上の空だった。白濁した湯ではっきりと見えないとは言え、俺は今、女性と同じ湯の中に浸かっている。

 今は俺も女の体とは言え、一糸まとわぬ、奔放でロリロリな狂華さんと同じ湯船に浸かっているのだ。

 もし、万が一彼女が立ち上がりでもしたら、彼女のすべてが露わになってしまう。そう考えると、胸がドキドキして落ち着かない気持ちになる。

 男の身体だったころなら息子がいきり立つところだが、残念ながら今俺の股間には息子は存在しない。

「・・・ちゃんと話を聞いているか?」

 先ほどよりも近いところで聞こえた声に我に返ると、狂華さんの顔がすぐ目の前にあった。

「うわあああっ!」

 俺は驚いて湯船の中でひっくり返る。そして、ひっくり返った拍子に俺の身体が立てた飛沫が狂華さんにかかり、びっくりした彼女は思わず立ち上がる。

「そ、そんなに驚くことないだろう」

「ご、ごめんなさい!」

 色んな意味で謝りながら、俺は慌てて狂華さんから目をそらす。

 だが、視覚から入ってきた情報はしっかりと記憶に刻み込まれていた。

 ロリロリボディの彼女の胸の先端はきれいな桜色で、下は生えていなかった。

「あの、狂華さん。すみません。その・・・湯船に入って下さい」

「?」

「み、見えてますから」

「・・・ああ。そういうことか。別に構わないぞ。むしろ慣れるという意味ではドンドン見たほうがいい。私は特に何も感じないからな」

「狂華さんが感じなくても俺が感じるんですってば!」

「・・・まあ、そこまで言うなら湯船につかるが」

 チャポンと軽い音がして、狂華さんが湯船に体を沈めた。

「私の未発達な身体では後ろめたいというのであればチアキに頼むか?あれに慣れればすくなくとも今よりは免疫がつくだろうし」

「いや・・・その。チアキさんだと速攻で鼻血を吹く自信があるんで、それは勘弁してください」

 言っていて顔がすでに赤くなっているのが自分でもわかる。

「まじめだな、君は。役得だと思って堂々と見てしまえばいいのに」

「だから、俺はそういう役得とか・・・」

「・・・まじめなのもいいが、そんなことでは何かあったときに後悔するかもしれないぞ」

 狂華さんは突然真顔になってそう言った。

「欲望に忠実に・・・とはあまりおおっぴらに言えないけれど、それでも欲望を変に抑圧するのはやめたほうがいい。私たちの体に使われているナノマシンは感情がそのまま力に直結する。感情のコントロールをすることは大事だが、コントロールするのと抑圧するのでは意味がまったく違ってくる。そこのところを覚えておくことだ」

 俺には狂華さんの言葉に返す言葉がなかった。

 彼女の言っている意味を俺はちゃんと理解している。歴代最強と言われているみつきちゃんは良いか悪いかはともかく、アイドルになるという自分の欲望に忠実に戦い、結果を出して魔法少女を休業してアイドルになった。

 一方俺は、柚那との最後の合同訓練の時、柚那が使った魔法に対して魔法で対抗することすらできなかった。

 あのときだけじゃない、魔法少女になってから俺は一度も魔法を使えていない。それどころか実はまだ変身すらできていないのだ。

 俺たちのメンテナンスを担当しているドクターの見解は、たった今狂華さんが示唆したとおり、俺が感情を抑圧していることが原因だろうというものだった。

「例えば、柚那と付き合ってみてはどうだろうか」

 狂華さんの言葉を聞いて自分でも信じられないくらい顔が思い切り引きつったのを感じる。

 その表情を見た狂華さんは眉をしかめてため息をついた。

「そこまで嫌がらなくてもいいだろう。別に君が他の誰かと恋愛して女性に対する恐怖心をなくしてこられるというのならいいが、それができるとも思えないしな。かといって、私には相手がいるしチアキは裸を見るくらいならともかく、深い関係になったらむしろ君の傷を深くしそうだからな」

 狂華さんはそういって腕組みをしながらうーん・・・と唸った後でいきなりパッと明るい表情になったかと思うと、これしかないというような楽しそうな口調で言った。

「そうだ!欲望の開放をするだけなら女性でなくてもいいんだ!君が男性と・・・」

「お断りします!」

 俺は少し強めの口調で不穏なことを言い出した狂華さんの言葉を遮った。

 

 

-5ページ-

4 初めてのデート・・・?

 

 

 

  欲しかったゲームの発売日だったことを思い出した俺は、寮のラウンジで何かついでの買い物がないかをみんなに聞いた。

 すると柚那がついていくと言い出したのだが、一緒に行くと言って聞かなかったわりには、助手席に座っている柚那は特に会話を振ってくるでもなく、こちらの振った話題に積極的に乗ってくるわけでもなく黙って窓の外の景色を眺めていたのだが、突然「そういえば」と思い出したように口を開いた。

「ずっと考えていたんですけど、邑田さんは、チアキさんみたいなオトナの女性とお付き合いしたらいいと思うんです。チアキさんに女性が怖くないってことを優しく教えてもらえば女性に対する積極性も出て欲望の開放もできるだろうし、私達のチームワークもよくなると思うんです」

「チアキさんなぁ・・・確かに好みだけど前にはっきり断られてるし。ん・・・?チアキさんは狂華さんを攻略しろって言っていて、狂華さんは柚那を攻略しろって言っていて、柚那はチアキさんを推してくるから・・・」

 もしかしなくても俺ってみんなの間をワンタッチパスで回されてないか?弄ばれていないか?

「どうしたんですか?ただでさえ変な顔がさらに変な顔になってますけど」

「・・・いや。俺って女になってもモテないんだなって」

 実はもうちょっとみんなとキャッキャウフフ仲良くリア充できると思っていた。

 だが蓋を開けてみればチアキさんは構ってくれないし、狂華さんは俺のことを恋愛対象として見てないし、柚那に至ってはこの通りだしでモテるどころか人間関係の構築すら上手く行っていないのが現状だ。

 俺はそういう身近な話のつもりで言ったのだが、柚那は少し違う捉え方をしたようだ。

「まあ、私達はまだ画面に登場してませんし、これからだと思いますよ。本編に登場すればファンレターなんかは黙っててもくるだろうし、握手会だってきっと大盛況ですよ。もし一人しかファンがいなくてもきっとその人が何度も何度も何度も並んでくれると思いますし。・・・まあ、たいていがお風呂にも入らず、来ているものも何日も着込んだTシャツだったりするんで、人気のバロメーターになるとは言ってもちょっと微妙ですけどね」

 そう言って柚那は大きなため息をつく。

「意外だな、柚那ってそういうアイドルのイベントに行ったりするのか?やっぱりジョニーズでも握手会みたいのがあるのか?」

「え?・・・ああ、そうですね。行きますよ。ジョニーズは行ったことが無いですけど、TKO23のは行ったことがあります」

 ああ、そういえばチアキさんが柚那は男嫌いだって言っていたっけ。そうなるとやっぱり男性アイドルよりも女性アイドルのほうに行ったりするんだろう。

「柚那が男嫌いなのって、なにが原因なんだ?何か嫌なことがあったのか?」

「・・・邑田さんみたいに無神経な人が多いからですよ」

 眉をしかめて刺々しい声でそう言うと、柚那は再び窓の外へ視線を移して黙ってしまった。

 もうすぐ目的地に着くとは言っても、また15分はある。先ほどまでの自然な沈黙ならともかく、柚那の不機嫌オーラが充満したこの車内でその時間を過ごすというのは正直勘弁してほしいので、話題の転換を図ることにした。

「えーっと・・・今日って、柚那は何の用事なんだ?買い物か?服とか買いに行くのか?」

「・・・ええ。もうすぐチアキさんや狂華さんと同じように自分で買い物するのが難しくなっちゃうと思うので、その前におもいっきりショッピングしておこうとおもいまして。申請してお給料も前借りしてきました」

「前借りできるのか!?」

「できますよ。というか、魔法少女って基本的に退職がないですからね。現役を退いてもみつきさんみたいに芸能界で広報活動をしなきゃいけなかったり、他の裏方仕事に回されたりしますし。だから、毎月いくらの返済でって申告すれば、よっぽど大きな金額でない限り都合がつきます」

「そうだったのか・・・」

「どうしたんです?暗い顔して」

「それだったら今日発売の『オークと姫騎士』の限定パッケージ全部買えたじゃないか!」

「そのくらい買えるじゃないですか。見習い期間はお給料少なかったって言ったって、50万くらいもらったし」

「そうは言うけどな、限定版はもちろん、通常版も各店ごとの特別パッケージだし、ヒロイン50人のフィギュアがランダムに封入されているから、コンプリートするには結構かかるんだよ」

「結構かかるって・・・一ついくらですか?」

「1万5千円」

「うわ・・・TKO23の握手券商法よりよっぽど酷いですね。でもそれなら後で特典だけネットオークションで買ったりしたらいいんじゃないですか?」

「人の手垢のついたフィギュアなんていらん!」

「あ・・・ああ。そうですか」

「そうだ柚那!金貸してくれ!」

「お金貸してくれって・・・違いってフィギュアだけなんですよね?あと、特別パッケージってことは絵ですか?」

「ああ、それにサントラがついていたり、抱き枕カバーがついていたりする」

「ゲームの内容は同じ?」

「ああ」

「って、ことはフィギュアとCD、抱き枕カバーに1万5千円」

「・・・ああ」

「50体も飾れるんですか?狂華さんに聞いた話だと、邑田さんの部屋ってすでにフィギュアがいっぱいあるんですよね。それに抱きまくらって本当につかうんですか?」

「お・・・おう。つ、使うよ」

 魂の欲求に従って買い物をしようとしていた俺は柚那の理詰めの質問にだんだんと頭が冷えてくるのを感じる。

「50枚もの抱き枕カバーを?」

「いや、実際には抱き枕カバーだけで50枚じゃないんだ。中にはテレカとかさ・・・」

「むしろテレカなんか抱き枕カバー以上に何に使うんですか!?」

「え・・・いや携帯の電波が悪かったり、電池が切れたり・・・」

「私達に支給されてる電話・・・っていうか通信機ってソーラー充電できるし容量も大きいし電池切れしないですよね。それに衛星回線だから空が見えれば使えるし、地下でも携帯の電波が届くところなら地下でも通話できますよ。むしろその範囲の圏外に公衆電話があるほうが稀ですよね」

「う・・・うう・・・」

「無駄遣いはやめたほうがいいですよ」

「・・・・・・はい。一本だけにします」

 こういう買い物は、勢いが大事だ。こうして勢いをそがれてしまうと一気に『実はいらないものなんじゃないか』という気がしてきて購買意欲が萎えてしまう。

「そういえば、そのゲームってジャンルは何ですか?」

「恋愛要素のあるRPGだけど・・・」

「あ、じゃあ私の分も買ってきてもらっていいですか?もちろんお金は払いますし、特典は邑田さんに差し上げますから」

「意外だな。柚那ってゲームやるのか」

「ふふん。こう見えてRPGにはちょっとうるさいですよ」

 正直柚那の言葉は意外だった。俺から見た柚那はいわゆるリア充ってやつだと思っていたからだ。

 休日は友達とショッピングをしたり、恋人とデートに行ったり。そういう人種だと思っていた。

「でもいいのか?俺と同じゲームなんて」

「いいですよ。・・・と、いうか。この間狂華さんとチアキさんにちょっと叱られまして。邑田さんのことをもう少し理解してやって欲しい。そうすることがチームワークを良くすることにつながるんだ。って。だからまあ、共通の話題を持っておくのもいいかなって思ったんです」

 そう言いながら、柚那は少し照れくさそうな表情で笑った。

 多分この照れ笑いはエロゲーの購入を俺に頼んだことに対する照れから来ているのだろうが、不覚にも俺は柚那のその表情に少しドキッとしてしまった。

 

 

 

 駐車場で柚那と別れた後に行きつけのゲーム店にやってきた俺は、とてつもなく大きな2つの壁にぶつかっていた。

 ひとつは、性別の壁だ。

 これは、俺が男だった時にも感じていたことだが、こういうデリケートお店に出入りする男性にとって、自分たちの空間に女性が入ってくるのはあまり歓迎できない。それが、自分で言うのもなんだが、美少女だったりすればなおさらだ。

 いつものように店のドアを入った俺を待ち受けていたのは、以前うっかり店に迷い込んできたリア充カップル達にむけていたそのままの視線・・・いや、時々こちらを値踏みするような湿った視線を感じるので、それ以上に居心地の悪い視線だ。

 そしてもう一つ。性別の壁を乗り越えてレジにやってきた俺を待ち構えていたのは、年齢の壁だった。

「申し訳ございません、お客様。こちら、18歳以上対象の商品となっておりまして、身分証の確認をさせていただきませんと、お売りすることができない商品になっております」

 そう言って、申し訳無さそうに謝りながらも、髪が長くひょろひょろの体型の店員は俺のことをチラチラと興味深そうに観察してくる。

「いや、だから俺・・・私は・・その」

 身分証と言われても、俺が今持っているのは劇中で使う学生証と非常時に警察や消防などに見せる用の特別パスだけだ。特別パスには写真は入っているものの年齢は記載されていないし、もちろん学生証にはしっかり17歳と書かれている。

 俺がどうしたものかと思案していると、店員はこちらが後ろ暗い気持ちでいるとでも思ったのか、先程までの態度とは一変して、少し高圧的な声色で話しかけてきた。

「私は・・・何かな?いけない子だなあ。もしかしてこういうことに興味があるのかな?」

 『ゲームに興味はあるけどお前にはねえよ。』と言えてしまえばどんなに楽だろうか。だが、ここで下手に問題を起こしてしまうと、デビュー前にもう一度顔を変えるためのナノマシンの再調整が必要になるかもしれない。それは時間の無駄だし、費用だってかかるだろう。

 通販であれば問題なく買えるのだし、一旦寮まで戻ろう。俺はそう思ってこの店から出ることにした。

「・・・いえ。なんでもないです。すみませんでした」

「ちょっと待ちなよ。・・・き、君がお兄さんとデートしてくれたら、売ってあげてもいいんだよ」

 店員は興奮で少し荒くなった生臭い息を吐きながら俺の耳元でそう囁いた。

 正直言って気持ちが悪い。

 全身にゾワッとした寒気が走って鳥肌が立つのなんて、いったい何年ぶりだろうか。

 俺はもうこの空間に一秒だって居たくなくなって踵を返して出口に向かうことにした。

「結構です」

「いやいや、やっぱり警察に通報して、補導してもらおう。学生のうちからこんなところに来るようじゃ先々心配だからね。ちょっとバックヤードに来てもらうよ」

 そう言って店員は俺の手を掴む。

「嫌だ!離せ!」

 そう言って店員の腕を振りほどこうとするが、か弱い女の子である俺の力ではそれもかなわない。

 警察に捕まったところで、どうってことはないが、こんな騒動で組織に迷惑をかけるのはいやだ。組織はともかく、仲間たちに疎まれるようなことになるのは絶対にゴメンだ。

「おいおい、何やってんだ。お前は買い物一つ満足にできないのかよ」

 その声とともに、俺の手からゲームのパッケージが奪い取られ、そのままパッケージの腹でポンと頭を叩かれた。

「痛いな、何をするん・・・って、なんで君が・・・?」

「おいおい、自分の兄貴の顔忘れんなよ」

 そう言って、久しぶりに顔を合わせた柿崎くんは白い歯を見せて笑った。

「え・・いや、兄?え?え?」

 うろたえる俺をよそに柿崎くんは店員の手を離させ、俺と店員の間に割って入った。

「悪いね店員さん。ちょっと他の店に買い物に行ってる間に妹に買い物を頼んだんだけど、このゲームが18禁なの忘れててさ。ほら、俺の身分証これで文句ねえだろ」

 そう言って柿崎くんは自分の免許証を見せると、レジに商品と代金を置いた。

「チッ・・・」

「ん?何か言ったか?」

「・・・いえ、なにも」

 小さく舌打ちした店員に、柿崎くんがメンチを切ると、店員は面白くなさそうにレジを打ちをして袋詰をすると、慇懃無礼な態度で「ありがとうございましたっ!」と大きな声で言って頭を下げた。

「ダメっすよ邑田さん。中身は魔法使いだって言ったって、今は魔法少女なんすから気をつけてもらわないと。こういう買い物は俺ら下っ端に任せてもらえばいいんです」

 店から少し離れたところにある公園のベンチに並んで座った柿崎くんは、そう言って以前と全く変わらない笑顔で笑った。

「・・・ダメっすよじゃなくて。なんで君が俺の正体を知ってるんだ?それに下っ端って?」

「なんでって、最初に狂華ちゃんにあった時に俺ら一緒にいたじゃないっすか。邑田さんがかばってくれて俺は無事に済んだんですけど、監視つきで掃除夫に戻るのもなんか嫌だったんで、裏方として雇ってもらっちゃいました。あ、もちろん魔法少女みたいにやたらめったら給料がいいとかってことはないですけど」

「もらっちゃいましたって、そんな簡単に!?」

「いや・・・簡単じゃなかったっすけど。でも命を助けてもらって恩返しなしとか、そんなの男として最低じゃないっすか」

「柿崎くん・・・」

 ぐっと拳を握っていい顔で笑う柿崎君を見て俺は自分の目頭が熱くなるのを感じた。軽薄で俺のことを小馬鹿にしているとばかり思っていた後輩が、俺に恩返しをしたいと言ってくれている。こんなに幸せなことがあるだろうか。

「狂華ちゃんに命を助けてもらったのってきっと運命っすよ!だから俺は狂華ちゃんとぜったい幸せになれると思うんです!」

「って、恩返しって狂華さんにかよ!・・・まあ、君らしいちゃ、君らしいけど」

 俺はそう言いながら大きなため息をついた。

「にしても、邑田さんの理想の子ってこんな感じなんですね」

 柿崎くんは頭の天辺からつま先まで何度も視線を往復させ、興味深そうに頷いた。

「まあね。一応変身後の髪色は赤になる予定なんだ。・・・まだ、変身できてないけど」

「そういえばそんな噂を聞きましたね。たしか、欲望を解放するみたいなことが上手くいかないんでしたっけ?」

「そうなんだよ。俺ってちょっと物事に対する執着が薄いというか、あんまりこだわらないというか」

「枯れてますもんねえ・・・」

「枯れてるって言うなよ!・・・でもまあ、そのとおりか。なりたいもの、やりたいこと。そういうのが無いから上手く変身できないんだろうなっては思うよ」

「でもエロゲー買うってことは性欲はあるんですよね?」

「ある」

 俺はそう即答した。

 だが、エロゲーに対する興味と性欲を一緒くたにしていいものかどうかというのはちょっと考えてしまう部分ではある。

「性欲は・・・ある。か」

 顎に手を当ててそうつぶやいた後、柿崎くんはちらっと俺を見た。

「何?」

「いや、もしあれだったら、俺とデートします?ほら、今は邑田さん女の子なわけですし、もしよかったら性欲の処理というか、そういうのを俺に任せてもらっても大丈夫っすよ。もしかしたらそれで変身できるようになるかもしれないし」

 そう言って一歩俺の方に近づく柿崎くんから俺は飛び退くようにして一歩後ろに下がった。

「ちょっと待て柿崎。俺は邑田だぞ。邑田芳樹だ。わかってるか?」

「わかってますよ」

「わかってる上で君は俺に何を言っているんだ?」

「セフレになりましょう」

「ドストレート!!・・・いや、もうちょっとこう交換日記から始めましょうとか、プラトニックなところで支えますとか。色々あるんじゃないか?」

「え・・・邑田さんとガチ恋愛とかないっすわ。色々面倒くさそうだし」

「もっとオブラートに包んで!?・・・はあ、もういいや。とにかくそういうのは間に合ってるから大丈夫」

「本当に大丈夫っすか?なんか自分の裸にも照れてお風呂にも入れないとか聞きましたけど」

「・・・誰に?」

「狂華ちゃんから聞いたチアキさん」

「・・・・・・」

 あの女。

「俺の心は狂華ちゃんのものですけど、身体はいつでもあいてますから気が向いたらいつでも連絡してくださいね」

 そう言って柿崎くんは懐から名刺を取り出して俺の前に差し出した。

「ま、ゲームの相手が欲しくなったら連絡するよ」

「男女で一緒にエロゲーとか、もう誘ってるとしか思えないんですけど!」

「俺だって普通に対戦ゲームもやるわ!」

 柿崎くんの手から名刺をひったくるように奪い取ると、俺はそのまま回転して彼の頭にチョップをお見舞いした。

「いてて・・・そういえば、買い物はもう終わりっすか?まだ他に18禁ゲーム買うなら、代わりに買ってきますよ」

「あ、そう?じゃあもう一本お願いしていいかな?」

「オーケーっすよ。なんてタイトルですか?」

「オークと姫騎士」

「え・・・?それ、さっき買ったやつっすよね?」

 怪訝そうな表情で首をかしげる柿崎くんに先ほど柚那にしたのと同じ説明をして、別の店に買いに行かせるまでに俺は約10分を費やした。

 

 

-6ページ-

 

5 初めての・・・

 

 国内外のマンガや小説を取り揃えている組織の寮ではあるが、同人誌まではカバーできない。

 柿崎くんを送り出した後、俺は同人誌専門店に向かい、ひいきのサークルの本を物色していた。

 もちろん、18禁のマンガを買うことはできないが、そういう用途でなくても面白い本というのは山ほどある。

 シリアスな本編では描かれないような日常ネタのギャグ中心のパロディ本や、逆にギャグマンガの裏を読んだシリアス本。どちらの系統も作家によって十人十色。予想外のネタやストーリーが描かれていてかなり面白いものだ。

 珠玉の同人誌達を購入し、ホクホク顔で地下の店舗から出てきたところで、ショルダーバッグに入れておいた携帯電話がけたたましく鳴り響き、俺は慌てて端末を取り出して応答する。相手は狂華さんだった。

『ああ、邑田か?実は非常にマズイことになった』

 電話口の狂華さんの声色は少し強張っていて、後ろのほうで聞こえる音も大勢の人間のざわざわとした声で、言うとおり何か問題が起こっているだろうことを感じさせた。

「まずいことってなんですか?」

『奴らが来る。時間は30分後、ポイントは秋葉原中央通り。私達はこれから向かうが、どうやっても30分では到着できない。悪いが柚那と合流して二人で時間を稼いでほしい』

「奴らって宇宙人ですよね?丁度中央通りにいるんで、現場に行くのは問題ないですけど・・・。俺、まだ変身できないですよ?」

『変身なしでも、普通の人間よりは頑丈にできているから大丈夫だ。こちらもヘリを出してなるべく早く現地入りできるようにするから悪いが頑張ってくれ』

「え、ちょ・・・」

『頼んだぞ。』

 狂華さんがそう言い終わると同時に電話が切れた。

「いきなり新人だけで実戦かよ・・・」

 二日前には来襲が予測できると言われていた宇宙人。その宇宙人がどういうわけかいきなり現れると言う。しかも迎え撃つのは実戦経験のない俺と柚那の二人だけ。

「うわあ逃げてえ・・・」

 俺はそうつぶやくが、もちろん今の俺には逃げるなんて選択肢はない。戦うことを条件に助かった命だ、戦わずに逃げるなんて不義理をするわけにはいかない。

「まあ、最初の戦場がこの街っていうのも、何かの縁か」

 俺はそうつぶやいて気合を入れ直すために両手で頬をパンと叩いた。

 高校・大学が近かったおかげもあり、この街との付き合いはなんだかんだでもう20年近い。そんな勝手知ったる街だ。

 だからこそ魔法が使えなくても、戦いようはいくらでもある。・・ような気がする。

 そんなことを考えていると、すぐに相当な数のパトカーがけたたましいサイレンを鳴らしながら現れ歩行者や、ビルの中に至るまで避難誘導という形で誘導を始めた。見事な手際で通りから民間人を追い出していく警察の誘導を眺めていると俺も一人の巡査に腕を掴まれた。

「ここがテロで狙われているっていう情報が入ってね。危ないから君も早く避難するんだ」

(表向きはそういうことになるのか)

「ほら、早く」

 巡査がそう言って俺の腕を強く引く。俺は事情を説明しようとバッグから身分証を取り出して巡査に見せる。

「防衛庁特戦技研、邑田芳・・じゃないや。邑田朱莉三等特曹です」

 ばっちりとは言えないものの事前に教えられていたとおりの名乗りをした俺を、巡査は不思議なものを見るような目で見る。

「・・・そういうの学校で流行ってるのかな?でもこれは遊びじゃないんだ。あっちのおまわりさんの言うことをちゃんと聞いて避難してくれるかな」

 そう言って巡査は俺の手を引いて避難誘導をしている別の巡査のところに連れて行こうとする。

「え、ちょ・・・いや、俺は・・・」

 もう一度説明をしようと試みるが、巡査は「はいはい」と少し苛ついたような表情を浮かべながら俺を引きずるようにして歩いて行く。

「ああ君。その子はいいんだ。VIPだからな」

 いきなりあわられたヨレヨレのロングコートを羽織ったボサボサ髪の中年男性がそう言って自分の手帳を見せると、巡査は俺の手を離して「失礼いたしました」と言いながら慌てて敬礼をした。どうやら警察のエライさんらしい。

「いいよいいよ。こんなところにVIPがいるとは思わないだろうし仕方ないって。この子は俺の方で預かるから君は職務に戻りたまえ」

「は。失礼致します」

 中年男性に言われて敬礼をした後、巡査は避難誘導をしている別の同僚のほうへ走っていった。

「いやあ、すまないねえ。機密漏洩の可能性があるから、誰でも彼でも戦技研の事を知っているわけじゃないんだよ」

 吹き替え版のスティーブン・セガールのようなダンディな声でそう言いながら中年警察官はニッと笑いながら手を差し出してきた。

「私は戦技研専任警視の黒須浩太郎。まあ、現場での君たちのお世話係だとでも思ってくれればいいかな。もしも警察関係で厄介事があったら遠慮なく私を呼びつけてくれ」

「邑田朱莉です。よろしくおねがいします黒須警視」

 俺は黒須警視が差し出した手を握り返しながらそう名乗るが、黒須警視は少し困ったような顔で苦笑いを浮かべた。

「何か?」

「いや、できれば黒須のおじさまと呼んでくれないかな?君みたいな若い子にそう呼ばれるのって、なんだか萌えるだろう?」

 このおっさんも柿崎同様のちょっとした変態だったようだ。まあ、俺としてもその気持ちはわからなくもないけど。

「いや、でもそれはさすがに・・・」

「呼んでくれないなら、朱莉ちゃんのお世話だけ手を抜いちゃおうかな」

「子供か!っていうか、パワハラ・・・いや、脅迫じゃねえか!」

「んー、いいねえいいねえ。チアキちゃんや狂華の言っていたとおりのツッコミ上手!」

 手を叩いて呵呵と笑う黒須警視を見て、俺は思わず大きなため息をつく。

「いったい、どんな話を聞いたんですか・・・」

「聞きたいかい?」

「いえ、いいです」

 にんまりと笑う黒須警視の顔を見て、聞かないほうがいいんだろうなと思い、俺は首を振った。

「さて、じゃあ指揮車のほうへ行こうか。もう一人の新人ちゃんももう来ているだろうし、作戦会議をしないとね」

 そう言ってウインクをすると、黒須警視は踵を返して歩き出した。

 

 

「今回現れる敵性宇宙人は怪人級が1、戦闘員級が6。少数の部隊ですのでおそらくは偵察部隊だと思われます」

 指揮車のオペレーターの女性がそう言いながら手元の端末を操作すると、ブリーフィングルームの大画面に最大望遠で撮ったのだろう、ややピンボケした宇宙人らしい姿が映し出された。

 教本で読んでいたものの、やはりちょっとグロい。

「目標が着陸後、すぐにM-フィールドに隔離、魔法少女を送り込み殲滅。手順は普段通りですが・・・」

 そこまで説明したところでオペレーターの女性が俺と柚那のほうを見る

「戦力に難あり。ですね」

「まあまあ、涼香ちゃん。そんなことを言っても戦力が増強されるわけじゃないし」

 不安そうな、不満そうな表情で俺達を見るオペレーターに黒須警視がなだめるようにそう言った。

「それはそうですが・・・」

「なあに。二人は増援が来るまでの時間を稼いでくれればいいだけなんだから大丈夫だろ。なあ朱莉ちゃん、柚那ちゃん」

「はい!時間稼ぎなら任せて下さい!」

 柚那が胸をドンと叩いて自信満々にそう言い放つ。確かに柚那の魔法は相手の動きを止めたりするいわゆる補助系の魔法が主で、時間稼ぎには向いているといえる。

 だが、問題は柚那ではなく俺だ。おそらくオペレータの言っている難のある戦力というのは俺のことだろう。

「・・・何か武器とかないんですか?お二人もご存知だと思いますが俺は魔法が使えません。だからせめて何か武器がほしいんですけど」

 せめてわずかでも戦力になりたい。そう思って効いてみたのだが、返答は無情なものだった。

「ありません。そもそも私達がなぜ魔法少女に頼っているか。それはあなた達の身体を構成するナノマシンでしか宇宙人に対して有効な攻撃をすることが出来ないからです。例え核兵器でも彼らに対して有効な攻撃にはならない。それが交渉に失敗した某国が唯一残した成果です。」

「銃で撃つよりもぶん殴ったほうが有効ってことですか」

「そういうことだね。我々としても武器が用意できるなら是非用意してあげたいところなんだけどね。はは・・・お世話がかかりなんて言いながらそんなこともしてやれないんだ。すまない」

 黒須警視はそう言って申し訳無さそうに目を伏した。

「いえ、殲滅しないでいいだけマシですよ。俺たちは狂華さんとチアキさんが到着するまで持ちこたえればいいだけですから」

 宇宙人相手にパンチやキックで戦う。そんな状況にマシな部分はどこにもない。だが、それを嘆いたところでどうしようもない。

 この世界とは少し違う次元に構築されたM-フィールドの耐久時間は40分。もちろん敵がフィールドを破壊することに専念すればその耐久時間はどんどん減っていく。それを防ぐためには素手だろうがなんだろうが戦う必要がある。

「何深刻そうな顔してるんですか?別に私達は死にに行くわけじゃないんですよ。勝ちに行くんです。せっかく自由になれたのに、いきなりこんなところで死んでたまるかっていうんです」

「自由?」

「・・・ええ、自由です。自分の稼いだお金で自分の好きなもの買って、自分の好きなところに行くんです。」

 柚那はそう自分に言い聞かせるように言った後で自分の手をじっと見つめる。

「私はもう子供じゃないんだ。私は好きな様に生きる」

 柚那は少し異常とも思えるような形相でブツブツと、好きなようにとか誰にも邪魔させないとか言い続ける。

 その様子にオペレーターは完全にドン引きしてしまい、黒須警視も少し困惑気味な視線を柚那に向けるばかりだ。

(これは、俺の役目かな)

 そう思った俺はまだブツブツと言い続けている柚那の手を引いて指揮車の外に連れだした。

 外は少なくとも見渡せる範囲には何の気配もなかった。真っ昼間の秋葉原だというのに車一台、人一人見当たらない。

 ただ、避難の時にそのままにされたのだろう量販店のテーマソングや店頭に置かれたデモ用のディスプレイだけがけたたましく音楽を吐き出し続けていた。

「柚那、お前いったいどうしたんだ?」

「どうしたって、何がですか?」

 先ほどまでのようにブツブツとひとりごとを言ってはいないものの、それでも柚那の様子はどこかおかしいように見えた。

「自由ってなんだ?何か悩み事か?」

 俺の質問を聞いた柚那は、一瞬だけハッとしたような表情を浮かべると、いつもの柚那に戻って「なんでもないです」と短く答えた。

 だがその表情には影がある。

「なあ、お前が俺を嫌いなのはいい。普段はどんな扱いをしてくれてもいい。でも、仕事をするときは別だ。何か悩みがあるなら話してみろ。それでスッキリして仕事に集中できるようになるかもしれないんだから」

 柚那は一瞬だけ迷ったような素振りを見せてから口を開いた。

「別に、お給料いっぱいだし、買い物もし放題。こんないい生活手放したくないじゃないですか。ただ、それだけのことです」

 柚那はそう言って笑うが、その笑顔は、作り物のごまかし笑いにしか見えない。

 明らかに柚那は嘘をついている。

 理由も嘘の内容もわからないけれど、俺はそう確信した。

「柚那」

「だから別に私は―」

「お前の過去に何があったのかは知らないし何に苛ついているのかも俺にはわからない。でもそんなことはどうでもいい。今の生活や自分が大切だと思うなら過去のことを考えるな。そういうのはダメだ。そういうのは、目を曇らせる。今、ここでどう戦うかだけを考えろ。それで一緒に生き残ろう」

 俺は柚那の両肩に手をおき、自分でも驚くような真面目な声で柚那にそう言った。

 いきなり肩に手を置くなんて、問答無用で殴られるかもしれないと思いながらの行動だったが、柚那の反応は俺の予想とは少し違っていた。

「・・・邑田さんは、なんでそんなこと言うんです?私の事なんにも知らないのに」

「何言ってるんだよ。一緒にチアキさんや狂華さんのシゴキに耐えてきた仲じゃないか。俺達はいわばもうとっくに戦友だよ」

「戦友。ですか。・・・悪くないですね。ねえ、邑田さん」

「ん?」

「昔の私が何者でも、今までと同じように接してくれますか?」

「そりゃあ、まあ。別に柚那の過去が何者だったとしても、柚那は柚那だろ。大体、過去の事なんて言い出したら、俺なんて大した稼ぎもなく、嫁も子供もいない30代のおっさんだぜ」

 なんだか自分で言っていて悲しくなってくるが、事実だから仕方がない。

「もしかしたら連続殺人犯かも」

「今この状況においてはかなり心強い相棒だな」

「ゴリラみたいな女子プロレスラーかも」

「はっはっは。連続殺人犯と並んで心強いぞ」

「・・・なーんて、実際はただの女の子で戦うこともできなくてブルブル震えているだけしかできないかも」

「そうなったら最悪隠れてろ。俺が囮になってなんとか時間を稼いでみせるから」

「とか言って、実はトップアイドルかも」

「まあ、柚那は俺以外には普通に礼儀正しいし、普通に可愛いからトップは無理でもアイドルにはなれるかもなあ」

「普通普通って言わないでください!」

「いや、褒めてるんだぞ。まあ、でも連続殺人犯だろうがトップアイドルだろうが、柚那は柚那だ。お互い過去のことはリセットして知り合ったんだから、過去のお前がどんな人間だったとしても俺にとっては柚那だよ」

「・・・ですか」

 柚那はそう言って、先ほどの笑顔とは違うはにかんだような表情で笑った。

「邑田さんて、ちょっと変な人ですよね」

「自覚はあるよ」

「何か、色々損してそう」

「・・・自覚あるよ」

 俺は自分がいわゆるお人好しと言われる人種であることは自覚しているし、実際そのせいで損したことも両手の指では数え切れない。とは言え、改めて他人から指摘されると苦笑いと溜息をつくのが精一杯だ。

「よし。じゃあ邑田さんがこれ以上損しないように今後は私が色々教えてあげます。こう見えて私、修羅場とか世間の裏側にはちょっと詳しいですから。そういうところも含めてちゃんと指導してあげます!」

 そう言って柚那は肩に乗っていた俺の手を取ると自分の手で包み押し抱くようにして胸元に持っていった。

「柚那?」

「・・・邑田さんと話してちょっと気が楽になりました。ありがとうございます」

「お、おう」

 こんな時にこんなことを考えるのは良くないことであることは十分に自覚している。だが・・・

(柚那の手、柔らけえ。そして微妙に触れている胸もまた・・・)

 自分の胸にも付いているには付いているが、自分のを触るのと他の女の子のを触るのとでは、なんというか・・・こう。自分のはポヨンで、柚那のはホニャンとしているというか・・・とにかく違うのだ。

「ゆ、柚那・・・あのな」

 理性が飛ぶ前に手を離してもらおうと俺が口を開きかけた時、空気の読めないというか、空気を読まないというか、とにかく雰囲気をぶち壊しにしてくれる後輩の声が聞こえた。

「邑田さーん!」

 振り返ると、飼い主のところにしっぽを振りながら駆け寄ってくる犬よろしく、こちらに走ってくる柿崎くんの姿が見えた。

「・・・だれですか?」

「あれ?柚那は知らないのか。俺が魔法少女になる前からの知り合いで、組織の下っ端の柿崎くん。」

「魔法少女になる前からの知り合い・・・?そんなのありなんですか?」

「彼の場合、俺と一緒に狂華さんの戦闘に巻き込まれたんだけど、彼は特に大怪我しなかったらしくて。でも元通りの生活に戻るのが嫌でそれでそのまま組織に入ったんだってさ」

「・・・ふうん、そうなんですか」

 そう言って柚那は納得行かないような表情で駆け寄ってくる柿崎くんを見ている。

「まあ・・・狂華さんも・・・でも・・・うーん・・・」

 そう言いながら柚那は俺の手を話すと腕組みをしてブツブツ言いながら考え事を始めてしまった。

「邑田さん、買ってきましたよ『オークと姫騎士』。いやあ、まいりましたよ。これ買ってすぐ避難誘導が始まっちゃうし、すぐに連絡したのに話し中で邑田さんに連絡取れないし」

「ああ、ごめん。ちょっと狂華さんと話しててさ。お金は帰ってからでいいかな?」

「全然OKっす・・・それよりもいよいよ実戦なんですね」

「実戦って言っても俺は変身もできないし、柚那に頼り切りになっちゃいそうだけど」

「それでも実戦は実戦っすよ。俺達の運命、邑田さんたちに託しますから頑張ってくださいね!」

「まあ、今回は時間稼ぎが仕事だからそんなに大げさなものじゃないと思うけど頑張るよ」

 そう言いながら柿崎くんからオークと姫騎士を受け取った瞬間、ズンと、嫌なプレッシャーのようなものを感じた。

 柚那の方を見ると、どうやら柚那も同じプレッシャーの気配を感じたらしく俺と目があった瞬間、柚那はすぐに魔法少女に変身した。

「これって、指揮車と柿崎くんもろともM-フィールドに入っちゃってるんじゃないか?」

 本来であれば魔法少女と宇宙人。それに撮影、指揮用のカメラ以外が座標の外に退避した後にM-フィールドが展開される手はずになっている。だが、今現在この空間には柿崎くんと指揮車も存在している。

「手違いでしょうか・・・」

 柚那は武器である蔦の巻きついたロッドを胸の前に抱くようにしてあたりを伺いながら俺に尋ねるが、俺だってそんなことわかるわけがない。

「わからないが、せめて宇宙人が入っていてくれることを願うばかりだな。これで俺たちだけM-フィールド、宇宙人は元の世界っていうんじゃ被害が拡がるばかりだ」

 俺はそう言いながら柚那と同じようにあたりを伺うが、宇宙人の姿は見当たらない。

 そうこうしているうちに、指揮車から黒須警視とオペレーターの涼子さんが降りてこちらに駆け寄ってくる。

「ここって、もしかしてM-フィールドかい?」

「俺達もシミュレーターでは何度か体験しましたけど実際に入ったのは初めてなんで、多分としか言い様が無いですが」

「ふむ・・・涼子ちゃん、宇宙人の反応は?」

「今調べます」

 そう言って涼子さんは小脇に抱えていたノートタイプのPCを操作してレーダーのようなものを立ち上げた。そして、そのレーダーを見た涼子さんの顔がすぐに真っ青になり、ガタガタと震えだす。

「どうした、涼子ちゃん」

「敵・・・直上です」

 涼子さんの言葉を聞いた全員が上を見上げると、俺達の10メートルほど上空に洞窟の中にいるコウモリのように逆さまになった宇宙人達の一団が居た。

 宇宙人達は丁度俺たちと鏡合わせのように首から上だけでこちらを見下ろしていて、その中で一体だけやたらとゴテゴテしていて気持ちの悪い怪人クラスの宇宙人がニヤァと、口を大きく横に広げて笑った。

 その口の中からは光が漏れている。

「柚那!」

「はい!」

 俺は柿崎くんと黒須警視を、柚那は涼子さんを抱えて横に飛ぶ。その直後、今の今まで俺たちがいたところに怪人が放った光線が降り注ぎ、地面に大きな穴を開けた。

「あっぶね・・・」

 その大穴を一瞬だけ見た後、次の攻撃に備えるために俺はすぐに宇宙人達のほうに視線を向けた。

 しかし、怪人クラスの宇宙人はその場にとどまったまま動かず、戦闘員だけが下に降りてきて俺たちを取り囲む。

「なるほど、タメが必要ってわけか」

 10秒か、1分か、10分か1時間か。その時間はわからないが、どうやら怪人が先ほどの光線を放つためには”タメ”が必要なようで、怪人は降りてくる気配も攻撃を仕掛けてくる気配もなく上空で目を閉じたまま動かない。

「千載一遇・・かな」

 俺は近くに迫った戦闘員を殴り飛ばしながら言う。もちろん千載一遇などといえるほどの間なのかどうかはわからない。しかし自分を奮い立たせるためにそんな軽口を言う。

「邑田さん、そっちは任せてもいいですか?」

「おう、任せろ!」

 柚那と涼子さんの前には二人の戦闘員。一方俺達の周りは四人の戦闘員が取り囲んでいる。

 正直に言ってしまえば任せろなんて言えるような状態ではない。一般人よりちょっと強いだけの俺と、一般人の男性二人。

 戦力的に言えば柚那に四人担当してほしいところだ。だが、ここでそんなことを言ってしまえばよしんばこの戦闘を乗り切ったとしても、柚那はもちろん狂華さんやチアキさんからも冷たい目で見られかねない。そんな自体だけはなんとしても避けたい。

「二人とも、悪いけど手伝ってもらえるかな?」

「はっはっは、任せてくれ。おじさんはこう見えても柔道4段、剣道3段、空手3段の腕前だ!」

 そう言って黒須警視は構えをとるが、その構えは柔道のような、剣道のような空手のようななんとも微妙な構えだった。

「俺、今の邑田さんのためなら死ねますから。それに俺、こう見えても大学時代プロレス研だったんすよ。」

 そう言って柿崎くんのとった構えもなんとなく微妙に間違っているような構えだった。

「勝てる気がしねえ・・・」

 小さな声で俺がそう呟いたのが合図であったかのように、戦闘員が一斉に襲いかかってくる。俺は襲いかかってきた戦闘員に訓練期間中に教わったコマンドサンボのコンボをお見舞いして打ち倒すと、柿崎くんとも黒須警視とも対峙していない一人に襲いかかる。

「やれる!俺たちやれるぞ!」

 思わず声を出してしまったために先ほどのように瞬殺とはいかないが、それでも俺は優勢に勝負を進める。

 チラリと横目で黒須警視の様子を見ると、警察の面目躍如。攻撃自体の効果は見えないものの、黒須警視は華麗な体捌きで攻撃をかわしつつ時折投げ技なども織り交ぜながら戦っている。

「さすが警察官!」

 激励の意味も込めて声に出し、次に俺は柿崎くんの方へ視線を向ける。

 柿崎くんは戦闘員のパンチをモロに食らって綺麗な放物線を描いで宙を舞っている真っ最中だった。

「か、柿崎ぃぃぃっ!」

 俺は目の前に居た戦闘員に先程よりも素早いラッシュをかけて打ち倒し、柿崎君に追撃をしようとしている戦闘員に飛びかかり、同じように瞬殺した。

「柿崎、柿崎くん!大丈夫か、おい!」

 倒れた柿崎くんを抱き起こすと、柿崎くんの口から一筋の血が流れた。

「す・・・すみません。俺・・・足、引っ張っちゃいました・・・ね。それに、ゲームも灰になっちゃ・・・ました」

 苦痛に顔を歪ませながらも、柿崎くんがそう言って精一杯の笑顔を俺に向ける。

「そんなことない!そんなことないぞ!君は立派に時間を稼いだじゃないか」

「でも・・・結局邑田さんの手をわずらわせちゃって・・・」

「いいんだ、そんなことは。それよりもう喋るな、傷に障る」

「実は俺・・・邑田さんにガチで惚れてるんすよ。男として尊敬できるし・・なにより、今の邑田さんかわいいし」

「・・・そういうことを言うなよ。今後やりずらくなるだろ」

 柿崎くんはきっと今後のことなんて考えてない。考えないでいいと思っているから言っている。俺はそのことにうすうす気づきながらも、いつものように、ツッコミをいれる。しかし、平静を装おうとすればするほど、視界がぼやける。

「邑田さん・・・お願いがあるんですけど」

「なんだ?なんでも言ってみろ」

「抱きしめても、いいですか?」

「ああ、いくらでも来い、俺で良かったらいくらでも抱きしめろ」

「はは・・・そんな積極的に来られると・・・嬉しいやら・・・ちょっと複・・・」

 俺を抱きしめようと伸ばしていた柿崎くんの腕は、言葉が途切れると同に力なく地面に落ちた。

「柿崎・・・クソっ・・・ちょっと待っててくれ。すぐに終わらせるから。そうしたら一緒に帰ろうな」

 俺は服の袖で乱暴に目の周りを拭くと、黒須警視と対峙していた戦闘員に跳びかかり躊躇なく全力で殴り飛ばした。

 戦闘員は俺のパンチの勢いで二度三度と地面で跳ねると街路樹に激突して止まった。

 起き上がってくる気配はない。

「大丈夫ですか、警視」

「ああ、私は大丈夫だ。それよりそっちの彼は?」

 俺は警視の質問に、首を振って応えた。

「そうか・・・朱莉ちゃん。辛いと思うけど、気を強く持ってな」

「はい・・・」

「邑田さん、そっちは片付きましたかー?」

 俺たちと少し離れたところで戦っていた柚那が大声でジェスチャを交えながら聞いてくる

「ああ!片付いた!あとは怪人だけだ・・・」

 と、そこで俺は怪人が元いた場所に居ないことに気がついた。慌てて周りを見渡すが、怪人の姿は見当たらない。

「柚那、怪人の姿が見えな――」

 言いかけたところで、俺は怪人が柚那の頭上にいるのを発見した。怪人の口は先ほどと同じように大きく開かれている。

「上だ!逃げろ柚那!」

「っ!」

 柚那は先ほどと同じようにとっさに涼子さんを庇って横に飛ぼうとするが、怪人の光線は先程のものよりも威力が大きいのか柚那は逃げ切る事ができずに光に呑まれる。

「柚那あああああっ!」

 光が消えた後、柚那と涼子さんは地面に倒れていた。

 二人とも、一応五体満足であるように見えるが、ぴくりとも動かない。

「柚那・・・」

 俺は、崩れ落ちるようにして地面に膝をついた。

 俺が魔法少女の出来損ないなばかりに、柿崎くんを死なせ、柚那に大きなダメージを負わせてしまった。

「なん・・・なんだよ・・こんなんじゃ、魔法少女だとか、世界を守るだとか・・・何にも出来てねえじゃねえかよ」

 ふつふつと自分の中に怒りが湧いて来る。

 自分の不甲斐なさに、M-フィールドの展開のミスに、予報の不確実さに。

 柚那を傷つけた怪人に、柿崎くんを殺した宇宙人に。

 今まで感じたことのないような、言いようのない、例えようのない、純粋な怒り

 その怒りはやがて殺意へと姿を変える。

「殺して・・・やる」

 嘘や冗談の延長ではない、明確な殺意。

 今まで自分の中にはなかったその感情に、俺は恐ろしさを感じると同時に少しの心地よさを感じていた。

 度の強い酒をストレートで一気に煽ったような、カッと燃えるような熱さと、その直後にくる酩酊感。

 熱さと酩酊感の中で自分の中からこんこんと力が湧いて来る。

 今まではどうしたらいいのかわからなかったことが、簡単に理解でき。実行できるだけの実力が自分にあるという自信を得た。

 

 

 そして俺は、魔法少女になった。

 

 

 

-7ページ-

6.ハッピー?エンド

 

 俺が目を開けるとそこは寮の自室だった。

 首を動かして目を開けて最初に目に入った天井に貼られたアニメキャラクターのポスターから壁へと視線を移す。

「・・・夢オチ?」

 そんな益体もないことを考えながら身体を起こすと、首や肩、それに肘や腰など全身の関節という関節が悲鳴を上げた。

(昨日ってそんなにきつい訓練をしたっけか)

 俺は覚えのない痛みに首をかしげながら私服に着替えて部屋を出た。

 隣の部屋の柚那はまだ寝ているのかそれともいないのか、部屋の中に気配がない。

(夢だ夢)

 自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいて足早に柚那の部屋の前を抜けて寮の共同リビングへと向かう。

 リビングのドアを開けて中に入ると中にはいつものようにチアキさんと狂華さんが居た。

「もう大丈夫なの?」

 そう言っていつもとは少し違う、優しい笑顔を浮かべながらチアキさんが駆け寄ってきて肩を貸してくれた。

「最初の変身は体力を使うからな。無理をしなくても大丈夫だぞ。予報は出ていないし、何かあれば私とチアキで対応するからな」

 そういえば、柚那も最初の変身の後、へばっていたっけ。確か出力の安定方法がわかるまでは疲労感を感じやすいとかなんとか。

(と、いうことは俺はやっぱり変身したのか?あれは・・・夢じゃなかったのか?いや、それより)

「待ってください!なんで狂華さんとチアキさんなんですか?」

「なんでって、朱莉はこんな状態だし、そりゃあ私と狂華でやるしかないじゃない」

「二人でやるしかないって・・・そんな・・・」

 じゃあ、柚那は・・・

 俺はめまいがして柚那の名前を言葉に出すこともできず膝から崩れ落ちた。

「ちょ、大丈夫!?・・・ほら、ソファまで運ぶから狂華も手伝ってよ」

「まったく、世話のやけるやつだ」

 狂華さんはそう言って読んでいた本を閉じるとチアキさんと一緒に俺をソファまで運んでくれた。

「あの・・・俺・・・一体」

「ああ・・・そっか、覚えてないんだ」

 チアキさんはそう言って狂華さんのほうを見る。

「さて、何から話したものか」

「・・・俺、昨日はどうしてたんですっけ?」

「寝ていたな。丸1日」

「言葉足らずよ、狂華。朱莉は秋葉原での戦闘の後、丸3日寝ていたの。」

 チアキさんはそう補足してくれるが、俺の求めている答えにはまだ足りない。

「3日・・・柚那は!?それに指揮車のオペレータの人と柿崎くん!」

「怪我はしているけど、三人とも無事よ。安心して」

「そっか・・・よかった・・・二人が間に合ったんですね?」

 俺の問いかけにチアキさんは苦笑しながら首を横に振る。

「私達が到着した時にはもう片付いた後だったわ。朱莉、あなたが撃退したのよ。」

「初陣、しかも一人で怪人を撃破するなんてすごい快挙なんだぞ」

「そう言われてもまったく自覚がないというか・・・」

「まあ黒須の話だと怒りで我を忘れていたみたいだししかたないかもね。すごかったらしいわよ『俺の大切なものを傷つけたお前を許さない!』とか言っちゃって」

「・・・そんなこと言ったんですか?」

 全然全くこれっぽっちも覚えていないのだが。

「らしいわよ。それだけじゃなくて魔力の瞬間最大出力値なんか今まで最強だったみつきを抜いて歴代最高値を記録しちゃったしね」「それで、その・・・柚那は?」

「まだ部屋で寝てるわよ。私達の身体って下手に治療するより安静にするほうが治りが早いからね。それと柿崎って下っ端は全身打撲で入院中。特に命に別状はないわ」

「オペレーターの人は?」

「生きてるわよ。ただ、本人の希望で配置転換になったから、記憶の操作を受けて入院中。一週間くらいで退院するだろうけど、そういう事情だから面会やお見舞いはできないわ」

 記憶操作と聞いて、俺は少し薄ら寒いものを感じる。やはり機密保持のためにはそういうこともやむをえないことなのだろうが、それでもちょっと怖い。

「一応、最後にあなた宛に「ありがとう」っていう伝言を受けてるわ。・・・よくやったわね、朱莉」

 そう言って笑うチアキさんの笑顔は普段の俺をからかっている時とは違う、年上特有の優しさを秘めていて、俺はなんとなく照れくささを覚えた。

「柿崎はちょっと遠いところに入院しているが、柚那は自室だ。そろそろ起きる頃だろうし、少し話をしてきたらどうだ?」

「そうですね、じゃあちょっと話を―」

 俺がそう言いかけた時、リビングの扉が開く音がした。そして

「邑田さん・・・」」

 入ってきたのは柚那だった。

「おお、元気そうだな柚那」

「む・・・邑田さーんっ!」

 柚那は俺の名前を呼ぶと、腕をいっぱいに広げていきなり飛びかかってきた。

「甘い!」

「え!?」

 しかし俺も伊達に厳しい訓練を積んできたわけではない。俺は痛む身体に鞭打って柚那の攻撃をひらりとかわしてみせる。

「ちょ・・・なん―」

 思い切りすかされて宙を舞った柚那は俺に対する文句を言おうとするが、言い終わらないうちにドーンといい音をさせてソファを飛び越え、その前に置いてあったテーブルに激突した。

「なにやってるのよ・・・」

「本当に君ってやつは・・・」

 そのやりとりを見ていたチアキさんと狂華さんが同時にため息をつく。

「え?なんで俺が悪い感じになってるんですか?」

「そこは抱きとめてやりなさいよ」

「え?え?」

「はぁ・・・君たちがいうところのフラグが立ったというやつだ」

「・・・えーっと・・・」

 恐る恐る柚那のほうに視線を向けると、壊れたテーブルのところで頬をふくらませ、目に涙を溜めた柚那がこちらを恨めしそうに睨んでいた。

「フラグなんて全然たってなくないですか?」

「今あんたが自分でポッキリ折ったのよ!・・・ま、あとは若い二人でどうぞ。いくわよ、狂華」

「ん」

 チアキさんの言葉に短く答えて頷くと狂華さんは読んでいた本だけを持って立ち上がる

「邑田」

「はい」

「強く生きろよ」

 そう言ってサムズアップすると狂華さんはチアキさんに続いてリビングを出て行った。

 そういう縁起の悪い最後の言葉、本当にやめてほしい。そう思いながら柚那の方へ視線を戻すと、先程までとは打って変わって、柚那は今にも泣き出しそうな顔で俯いていた

「あ・・あの、柚那?大丈夫か?」

「大丈夫なわけないじゃないですかっ!」

「その・・・すまん、いきなりだったんでびっくりしたんだ」

「もういいですよ・・・それより手」

「ん?」

「悪かったと思ってるなら手を貸して下さいよ」

 そう言って柚那がこちらにむかって手を差し出した。

「ああ、すまん」

 俺はすぐに柚那の手をとって立ち上がらせる。

 立ち上がらせる時に握った柚那の手はすごく柔らかくて、すごく熱かった。

「ここ・・・」

「ん?」

「ここに座ってください!」

 ソファに腰を下ろした柚那はそう言って自分の隣を乱暴にポンポンと叩いた。

「わ、分かったよ・・・なに怒ってるんだよ・・ったく」

「何か!?」

「なんでもないです!」

 柚那に睨まれた俺は慌てて柚那の隣の腰を下ろした。

「嫌そうですね!」

「嫌なんじゃねえよ、柚那の隣で緊張してるんだよ!・・・その、まだやっぱり女の子の隣とかあんなまり慣れてないからさ」

 自分で言っていて顔が赤くなるのがわかる。

「プっ!狂華さんとお風呂入った人がいうセリフですか、それ」

「それとこれとは話が別だろ!・・って、なんでその話・・・」

「女子の情報網を甘く見ないでください。・・・それはともかく。今回はありがとうございました。本当に助かりました」

 柚那はそう言ってソファの上で正座して俺に向きなおった後で深々と頭を下げた。

 あまりの丁寧さに加えて所作の綺麗さもあり、俺はなんだか恐縮してしまう。

「あ・・・ああ。まあ俺は全然覚えてないからあんまり実感がないんだが、みんなを助けられたならよかったよ」

「具体的には誰を?」

「え?」

「邑田さんは具体的には誰を助けられて良かったと思っていますか?」

 狂華さんの言うとおりフラグが立っているとすれば、ここは柚那と答えるのが正解だ。二次元美少女一本釣りにかけてはちょっとうるさい俺の勘はそう告げている。しかしここでそれを素直にやってしまうのもいささか素人くさいというか癪に障る。

「柿崎くん」

「・・・・あ?」

 ふざけて答えた俺は視聴者がこの先絶対に見ることができないだろう柚那のすごい顔を見た。

 というか、マジで怖い。

「・・・いや冗談だ。柚那の事を助けられてよかったと思ってるぞ。柿崎くんのことももちろんだけど、一番は柚那だ」

「そうですか・・・」

 そう言って顔を赤らめる柚那の表情は先程のすごい顔の人物と同一人物とは思えないくらい初々しくそしてなにより美少女だった。 もしかして柚那は魔法少女になる前は女優かなにかだったんだろうか。・・・もしくはヤンキーか。

「それでその・・・もし邑田さんさえ良かったら・・・」

「良かったら・・・?」

 俺は思わず生唾を飲んだ。これはあれか、いわゆる告白というやつか?生まれてこのかた俺に縁のなかった告白というやつなのか?俺の心は初めてのイベントに色めき立ったが、しかしそんな俺の淡い望みは柚那の一言でかき消された。

「私の過去の話を聞いてもらえませんか?」

「・・・ああ、柚那が話したいなら喜んで聞くぞ」

 俺は自分の浅はかさに心の中で頭を抱えながらも、必死で平静を装ってそう言った。

 告白でなかったことはともかく、俺だって柚那の過去に興味がないというわけではない。

 告白でなかったことはちょっと残念ではあるが、そこは気持ちの切り替えが大事だろう。

「私の家って、そんなに裕福でもなくて、お父さんとお母さんもそれぞれ忙しくてあんまり家にも居なかったんです」

 放置子ってやつだろうか。いわゆる家庭の事情ってやつに疎い俺でも、柚那の表情と話の内容からあまり幸せな子供時代を送っていないだろうことが想像できた。

「まあ、お金が無かったのが原因だったんですけど、ある時家の経済状況が好転したんです」

「宝くじでもあたったのか?」

 空気が読めていないことは自分でもわかっている。だが、こういう悪ふざけでも言っていないと、こういう重そうな話を聞き続ける自信がなかった。

「だと、よかったんですけど。私が街でスカウトされたんです。・・・TKO23のメンバーとして。下池ゆあって名前で、一応センターだったんですよ。」

「なるほど、それでTKO23の握手会に行ったことがある。か」

「嫌な思いもいっぱいしましたけど、お金は稼げたんで頑張ったんです。・・・でも、お金ってあったらあったで争いの種になるんですよね。そのうちお父さんがギャラを管理していたお母さんにもっとお金をよこすように言い出して、お母さんもそれに反抗して。結局離婚です。親権はお母さんにいったんですけど・・・男性関係で借金までしちゃって、ますます私のギャラをあてにするようになっていったんです。」

 それが、あの時言っていたやっと自由になれたっていう言葉の理由か。

「その上・・・私に自分の恋人の相手をしろっていうんですよ。あはは、もう笑っちゃいますよね」

 そう言って笑う柚那の笑顔は乾ききっていて、見ていて痛々しい。

「それで―」

「もういい!」

 俺は淡々と話し続ける柚那を抱きしめた。しかし柚那はなお話しつづける。

「なんとか逃げ出してプロデューサーに相談したら、そんな男と寝るくらいならもっといいコネを紹介してやるって。結局その話は色々あって無しになりましたけど」

 母親の恋人といい、プロデューサーといい、まだ若い女の子が男の嫌な部分だけをモロに見せられたようなものだ。これは柚那が男嫌いになるのも仕方ない。

「・・・もういいんだ。もうお前は下池ゆあじゃないんだ。伊東柚那だ。もうその話はするな。もう忘れろ」

「邑田さん・・・」

「これからは俺が守ってやる。例え俺が駄目だったとしてもチアキさんや狂華さんが柚那のことを守るから。もう昔のことは忘れろ」

 そう言って、俺は柚那を強く抱きしめる。

 抵抗されるかもしれないと思ったが、それは杞憂だった。

 抱きしめた柚那の身体は、思っていたよりもずっと華奢であっさりと折れてしまうのではないかと心配になるほどだった。

「・・・ねえ、邑・・・朱莉さん」

「ん?」

「私、朱莉さんのこと・・・」

 柚那の言葉を聞いて、不謹慎だとは思いつつも、俺は心の中で(キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!)と叫ばずには居られなかった。

 だって、来たんだもの。ついにきたんだもの。人生初告白だもの。

「・・・お父さんだと思ってもいいですか?」

「・・・・・・はい?」

 お父さんってなんだっけ?と思わずすっとぼけたくなるくらいのダメージを精神に負いながら、俺は必死に平静を取り繕う。

「その、戦っている時の朱莉さんの背中すごくかっこよくて、頼りがいがあって。こんな人がお父さんだったらいいのになって思って。だからその、あの・・・やっぱり変ですか?」

 自分で言っておいて、若干パニック気味になっている柚那の照れたような拗ねたような怒ったような顔をみて、俺はもうなんか告白とかそういったことがどうでも良くなってしまっていた。

 いや、はっきり言ってしまえばこれはこれでいい。いいというか、この状況はおいしい。

 だから俺は間髪入れずに「いいぜ」と答えた。恐らくその時の声も笑顔も俺の人生の中で一番のものだったろう。

 だって仕方ないじゃないか、可愛いは正義なんだから。

 美少女が、自分のことを頼りにしてお父さんと呼びたいor娘になりたい。そんなことを言われて抗える紳士がいるか?

 断言しよう、いるわけがない。

「・・・いいんですか!?本当に?」

「ああ。仲間でも、友人でもお父さんでも、形はどうあれ柚那が俺に親しみや信頼を持ってくれるのは大歓迎だからな。ただ、間違ってもチアキさんや狂華さんの前でうっかり「お父さん」なんて呼ぶなよ。からかわれるぞ」

「し、しませんよ。そんな小学生じゃないんですから」

「そういえば柚那って結局いくつなんだ?」

「え?18ですよ」

「・・・10代かよ」

 若いんだろうなとは思ってたけど、それほどとは。・・・そういえば夕食の後俺やチアキさんが飲んている時も柚那は烏龍茶を飲んでいたっけ。

「ちなみに両親は36歳です」

「ああ・・・それでお父さん。ね」

 確かに俺と柚那の歳の差を考えれば、恋人というよりはお父さんと呼んだほうが柚那的にはしっくりくるだろう。

 残念ながらチアキさんが言っていたようなフラグは立っていなかったようだが、それでも柚那との距離は確実に縮まった。

 それだけで俺は満足だ・・・いや、本当に満足だから。悲しくなんかないからな!

 

 

説明
清掃業を生業とする中年男性、邑田芳樹は彼女いない歴=年齢。
そんな彼がある晩、魔法少女に出会う・・・
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
536 527 0
タグ
中年 魔法少女 TS 

なながしまさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com