ウチにおいで |
── 一瞬、何がおかしかったのか、分からなかった。
そんな事はないのに。
分からないなんて事はないのに。
おそらく僕は、『分からない』で話を片付けたかったんだ。
「ねぇ。今、なんて言ったのかな?」
僕、楓家未来(ふうか さき)は、満面の微笑を浮かべる九結眞夜(くげつ しんや)に問う。
引きつる顔の僕とは反して、九結は穏やかな笑みで答えた。
「うん。ぼくの家に今度来ない?一緒になろう……って、言ったよ」
聞き間違いじゃ、なかったのか。
僕は九結の言葉に、違和感がしていた。
その、『家に来ない?』はいいだろう、遊びに来いって事だ。
でも、『一緒になろう』というのは……
「ええっと、その」
僕は戸惑いながら、九結を伺い見る。
九結の顔はいつも通りの笑顔で、僕の回答を今かと待っている。
もしかしたら、僕の思う意味と違うのかもしれない。
いや、そう思いたい。
僕は唾を飲み込み、また聞いてみた。
「遊びには行ける。だけどその、一緒になろうって、意味が分からないんだなぁ……」
申し訳なさ気に聞いてしまう、僕。
だって、九結に嫌われたくないんだ。
九結はクラスの人気者だから。
九結は冗談をあまり言わない。
正直で素直で明るくて、とてもイイコだ。
おまけに童顔で小柄で可愛らしく、でもまぁ、男の子なんだけれど。
そんな九結なので、周りの評判は良い。
そして、大変に人気者である。
だから僕は、嫌われたくない。
九結が、人を好き嫌いしているところを見たことはない。
だから多少の事で、九結に嫌われたりはしないのだと思う。
でも、僕はそういうことを気にする質だ。
なので、こういう類の返答には慎重になる。
こういう人気者を無下にすると、学生社会では、周りから避けられるようになる。
僕は、学生社会に敏感な方だ。
こういった事は、避けなければならない。
だから慎重に聞いたものの、九結はよく分からないようで、首を傾げていた。
なぜだ。
九結が言ったことじゃないか。
きちんとした説明をして欲しい、困るから。
「えぇっと……一緒になろうというのは、そう、簡単に人に言う言葉でない気がするんだよねぇ」
そう言ってやっと、九結は僕の言っていることを理解したらしい。
はっとして、両手を合わせた。
「ああ、なんだ。意味は分かってるんだね。だから、そういう意味だよ」
「やっぱ、そうなんだ。それでいくと僕は、君の婿的なものになる感じかな?」
「うん、そう。楓家くんに求婚してる」
なんだ、それは。
だってさっきまで、普通にゲームの話だっただろう。
僕が、欲しいと思っていたゲームの話。
放課後、たまたま残っていた僕は、同じく残っていた九結に、話しかけられた。
九結がそれを持っていて、それで「いいなぁ」って言ったんだ。
その流れで、九結の家に誘われるならまだしも、なぜ求婚まいでいくのか。
「どうなの?」
九結が、答えを急かしてくる。
さっきまでの程良い距離は、いつの間にか詰められていた。
今は、僕の少し下から、淡い紫の瞳で見上げている。
綺麗で吸い込まれそうな、闇夜の色の瞳。
九結の冷たい色をした肌にはよく映える。
桃色の唇が、弧を描く。
その瞳を細められると、妖しく魅了する微笑に変わった。
背筋が凍るほどに奇妙で、魅力的な九結の微笑。
それに惑わされそうになりながらも、僕は気をしっかりと持って言った。
「九結と僕は、クラスメイトであって。その求婚とかは、やり過ぎって思うなぁ」
注がれる視線から逃れ、ぼかすようにそう言うと、九結はくすぐったそうに笑った。
「……楓家くんは、ぼくに惑わされない。きみって不思議だね」
「いや、普通はねぇ、怒ってもおかしくないレベル。九結だから怒らないけど」
「許せる?なら、いいの?」
「そういう意味じゃないよ!
そうじゃなくて、九結のキャラだからね、流せるなぁという意味」
九結は、冗談を言わない。
だから、全部本気なのだと思う。
でも僕には、それに応えられそうもない。
せめて、僕に気持ちがあれば別なんだろうけれど、僕と九結は、普通のクラスメイトの関係。
特に仲が良かったわけでも、ない。
「どうして、急にそんな事を」
僕は九結から少し引いて聞くと、九結は間を詰めて答えた。
「だって、楓家くんは違うから。きみだけは、ぼくの声にも瞳にも流されない」
それを聞いて、僕は呆れて溜息をつく。
随分と、自分に自信があるようだ。
普段のなりでは、そういうようには見えないけど。
実は自信家で、心の中ではそう思っていたんだろうか。
「九結は意外に、自信家なんだねぇ」
「うーん、違う」
「違う?」
「ぼくね、バンパイアだから」
バンパイア……?
僕は馬鹿にされてるんだろうか。
そんな返しがくるとは、思わなかった。
呆れも通り越して、口が開いたままになる。
「バンパイアはね、人を魅了する力があるんだよ。
だから、自然と人は、ぼくの言う事に従っちゃう」
九結に、ノーを言ってる人は見ない。
でもそれは、九結が悪い事を言わないからだし、イイコだからだ。
バンパイアだから、とは思わない。
僕が怪訝な表情を浮かべると、九結は困ったようにしながら笑った。
「気を遣うんだ、人に嫌な事をさせないようにするの」
── 例えば、九結がそうなんだとしよう。
それでもし、僕ではない他の男に、告白したらどうなる?
どんな男でも、イエス、と言うのだろうか……言いそうだけど。
でも、バンパイアだから、とは違う。
九結は何処となく、性別を越えてもいいと思わせるような人だから、そういう意味でも人気はある。
よって、バンパイアとは、ふざけた話なのではないのか。
「でも、楓家くんなら……ぼくの悪い部分も、ちゃんと受け止めてくれそうって」
そこまで話すと、九結は悲しそうに笑う。
九結は、いつも笑顔だ。
僕が怪しむ顔で見ている、今でさえ。
もしかして……これは、九結なりの冗談?
あまり関わりのない僕と、コミュニケーションを取るための。
だから、笑顔を崩さずにいられるんだ。
「僕は……そんなに出来た、人間じゃないよ。
今も、疑ってる。九結がバンパイアなんて冗談を言って、僕を弄んでるんじゃないかって」
僕は思い切って、言ってみた。
九結を傷付けたいわけじゃ、ない。
だけど、バンパイアというのは信じられない。
そんなおかしな話は、僕を馬鹿にしてるとしか思えない。
そういうのは、さすがに僕も嫌なんだ。
九結は唇に指を置き、眈々と説明を始めた。
「ぼくらは今や、共存を選んでいて。人を襲うなんて、そんな力も昔ほどはないんだ。
寿命だって、人とそう、変わらなくなってるんだよ」
どうしてだろう、聞くほどに辛くなってくる。
『ぼくのかんがえた、ばんぱいあ』っていう言葉が、思い浮かんでしまう。
つまり、何かしらの設定を自己の身に抱えないと駄目な人、なのかなぁと……
僕の目が冷めていくのを感じてか、九結は肩を落とした。
「信じられない、よね」
「うん。ごめん」
さすがに、無理です。
「ああ、楓家くん。ホントにきみは、とても不思議だよ……
愛されたいってぼくは思ってるのに、そんな気も見せてくれないんだもの」
「そういうの聞いてて、恥ずかしくはなるけど」
「ねぇ、なんで?」
「設定通りじゃなくて、ごめん」
「設定?」
「ううん、何でもない。ごめんねぇ」
── こんな感じで、僕達は、放課後の静かな教室で話していた。
間近で見る九結の仕草は、とても可愛らしくて妙な気持ちになる。
でも、言っていることがめちゃくちゃでおかしくて困ってしまう。
初めてこんなに長く、ふたりきりで話したけど、どうにも変な内容だった。
「ねぇ、楓家くん。明日、一緒に学校行ってもいい?」
「いいよ。待ち合わせは……」
「楓家くんの家に、迎えに行くよ」
「うん、分かった」
僕の返事に、九結は嬉しそうに微笑んだ。
そして、
「じゃあ、明日ね」
そう言って、カバンを手に去ろうとする。
背を向けて手を振る九結。
僕は思わず、その腕を掴んだ。
「……帰りは、別々?」
呟くように言うと、九結は目を丸くして振り返った。
冷たそうな頬に、赤みがさす。
「楓家くん、一緒に帰ってくれるの?」
掴んだ腕が、微かに震えている。
九結、緊張してた……?
ずっと見ていて、そうは見えなかった。
もしかして、さっきからずっと……?
そう思うと、胸の奥がぎゅっと掴まれたようになった。
緊張を悟られないように、笑ってたのか。
平然としてみせて、告白して。
バンパイアだと、冗談まで。
なんて……いじらしい!
「明日一緒に学校行くのに、今日はここでさよならは……ないんじゃない」
僕はちょっと、カッコつけた。
多分、調子に乗った。
普段、気の弱い僕が、ここまで調子に乗ったのは、九結が僕を好きだと言ったから。
それに僕に緊張までして、笑顔で隠していた。
この、九結が、あの九結が。
みんなに人気の九結が。
そんな九結に、好意を持たれているっぽい僕って、ちょっとスゴイって。
九結は恥じらう赤い頬に、これでもないぐらいの、最高の笑顔を馴染ませて頷いた。
「ありがとう!」
この感謝の言葉は、胸に響くように聞こえた。
胸の内が温かくなる。
九結の気持ちが、僕の心を震わせるよう。
感じた事のない、この感覚。
僕の気持ちが、乱されたからなのか。
バンパイアの成せる業なのか、はてさて。
そうして、僕と九結は赤い夕日を背に、並んで帰ったのだった。
九結への返事は、まだしてない。
今はまだ、話すようになったばかりだから。
これから先の事も、考えてない。
出来ればこのまま、僕を調子に乗らせたまま、親友になれたらと思ってる。
ズルいかもしれないけど。
ただ、そう簡単にはいかないみたいだ。
僕は今後、ちょっと変な事に巻き込まれる。
九結が、本当にバンパイアらしいので……
── 続く……? ──
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日常ほのぼの系ファンタジーオリジナルBLです。 男子高生があたふたしている雰囲気。 |
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