KANATA(NOZOMI編) |
―――NOZOMI―――
担任の教師が、教室に入ってきた。
朝のホームルームの始まりだ。
日直の号令で生徒たちはけだるそうに立ち上がり、なんとなく頭を下げる。
教師は、当たり前のように出席をとり始めた。
廊下側の一番後ろの席で、のぞみは下を向いていた。長い前髪は目を完全に隠している。
出席確認が終わっても、のぞみの声がクラスに聞こえることはなかった。
クラスのみんなは、のぞみが近くにいると気持ち悪いと言って離れていく。
いつの間にか目を合わせてくれる者さえいなくなった。
「いるのかいないのかもわからない」
一番始めにそう言い出したのは、確か、母だった気がするが、それも遠い昔の話だ。
その言葉は、あまりにたくさんの人間に言われすぎて、今やなんとも思わなくなっていた。
…いや、「なんとも思いたくない」、それが本当の気持ちかもしれない。
のぞみは、そっと立ち上がって、『KANATA』の元を目指した。
校舎一番東の一階、一日中日の当たらない美術室の壁に、絵が掛かっていた。
白いワンピースを着たショートカットの少女が、森の中の大きな湖を眺めている絵だった。
美術の先生に聞いたことがあったのだが、卒業生の絵だと言っていた。
のぞみは絵に興味があったわけではないのだが、なぜかその絵にだけは強く惹かれていた。
じっとその絵を眺めるのが、のぞみの唯一の楽しみだった。
絵の下右端に『KANATA』と署名されていた。
だからのぞみはその絵の少女を『KANATA』と呼んでいた。
二階に繋がる階段の4段目に腰掛けて、のぞみはKANATAを見つめた。そこが一番よく絵の見える場所だった。
いつも観ている何気ない絵。なぜ、飽きもしないのか。のぞみ自身、不思議に思っていたが、最近になってやっと気づいた。
KANATAがのぞみと同じように孤独だからだ。KANATAならきっと、私の気持ちもわかってくれる、そう思っていた。
改めてKANATAを見ると、いつもと何かが違う気がした。
一瞬、のぞみにはその変化がわからなかった。あまりに自然だったのだ。
でも、気づかないはずがない。KANATAがのぞみを見ているのだから。
KANATAは昨日まで、のぞみに背を向けて湖を見ていたはずなのに。
のぞみはそれを恐いとは思わなかった。
それどころか、嬉しかった。
KANATAはのぞみの思った通りの顔立ちだった。
KANATAはのぞみを手招きした。
「…行っていいの?」
KANATAはにっこり笑って、のぞみに向かって手を差し伸べた。
のぞみはその手にゆっくりと向かう。
私はもう、一人じゃない。
そして、のぞみは絵になった。
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NHKの『みんなのうた』で昔聞いた『メトロポリタンミュージアム』はこんな感じかなと思って書いてみました。 私が今まで載せていた作品の中では異色な物語です。 |
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