真恋姫無双幻夢伝 第四章3話『涼州の砂塵』
[全2ページ]
-1ページ-

   真恋姫無双 幻夢伝 第四章 3話 『涼州の砂塵』

 

 

 許昌の城の中の亭。今日も華琳は優雅にお茶を楽しんでいた。傍らには桂花。初夏も過ぎ、蒸し暑くなってきた部屋よりここはずっと涼しく、今日は特にさわやかな心地よい風が吹いている。手狭になった陳留城から引っ越してきてから、ここは彼女のお気に入りの場所となった。

 本日のお茶はフルーツティー。元々薬として用いられていたほど苦みのあるお茶を飲みやすくするために、華琳が工夫を加えて作ったものだ。許昌付近では武将たちを中心に一大ブームとなっていた。

 

「うん。今日もいい味ね」

「ありがとうございます!」

 

 華琳のお褒めの言葉に流琉が微笑む。こうした華琳のアイデアに応えていくのも、流琉の大事な役目であった。今日のはミカンや干しブドウを加えてみたものだ。

 最初の一口をじっくりと堪能している華琳の目の前で、無粋にごくごくと飲み干す男がいた。

 

「おっ!ぬるめで、今の季節にぴったりだ。やるな、流琉」

「もう!兄さま、もう少しゆっくり味わってください!」

 

 その大きな口であっという間にカップの中身を空にしてしまったアキラは、「まあまあ」と流琉の頭を撫でて宥める。彼女はぶつくさと文句を口に出してみるけど、華琳に褒められた時以上に顔を崩しているのは一目瞭然で、そんな様子にほんの少しへそを曲げた華琳は二人の会話を遮るように口を挟んだ。

 

「で、なんであなたがここにいるのかしら?」

 

 華琳の冷たい視線に、目を丸くしてアキラは答えた。

 

「なぜって、そっちが呼んだんだろ?」

「確かに『今後の同盟関係について協議したい』とは言ったわ。でもね、アキラ自身が出てこなくてもいいのよ。余計なお世話かもしれないけれど、寿春の統治は大丈夫なの?」

「まあなあ……」

 

と、ここでアキラは言いよどんだ。彼がわざわざやってきた理由は二つある。一つは寿春の統治機構はもう整備済みであること。劉備との戦いがちょうど良い刺激となって、旧袁術下の官僚の忠誠を獲得して、民心も安定した。ここまでくれば、彼がやるべきことは正直少なかった。

 それと、もう一つの理由。これが彼の本当の目的であるが、寿春には“一軒も”遊郭が無いのだ。なぜなら

 

『我々が取り締まらせてもらった。なんだ、文句あるのか』

『この町には一人の遊女も住まわせません!』

 

という、華雄と凪の“はからい”により、全て取り壊されてしまった。この言葉を聞いた時、彼は落胆の態度をあからさまに見せ、それが彼女たちの怒りを余計に買ってしまうことになった。

 そんな事情から、この許昌来訪は彼のお楽しみのため……とは、さすがに華琳には言えなかった。

 

「まあ、いいわ。本題に入りましょう。まず劉備の行方についてだけど」

 

 華琳が合図を出すと、流琉は手際良く三つのカップを回収して去って行った。そして傍らに座っていた桂花が自分の身体に余るほどの大きな地図をテーブルの上に広げる。

 

「東部全体の図よ。これなら」

「これじゃあ、足らないぞ」

 

 華琳の説明を遮り、アキラが不満の言葉を口にする。

 

「華琳さまがまだ話されているじゃない!最後まで聞きなさいよ!」

「待って、桂花。アキラ、どういうこと?」

 

 怒る桂花を押しとどめ、華琳がアキラに尋ねる。アキラは地図上の長江を上流へとスーと指でなぞり、地図の外をトントンと示した。

 

「奴らは荊州にいる」

「「荊州?」」

 

 二人は彼の指の先と顔を交互に見る。アキラは指を戻し、説明を続けた。

 

「雪蓮の情報網に『長江をさかのぼる不審な船有り』との報告があったそうだ。途中で見失ったそうだが、おそらく荊州に向かったと考えて間違いない」

「根拠は?」

「荊州は今、劉表死後の跡継ぎ争いで国が真っ二つに割れている。そこにつけ込む隙があると見たに違いない。劉表と劉備は同族。袁術にいたっては親戚関係にある。貴重な戦力、または自分たちの正統性を強く示すために迎えられる可能性が高い」

「確かに、荊州の民は名族意識が高いと聞きます」

 

と、桂花も強く頷いて同意を示す。古代は楚という覇を唱えた国があった歴史を持つ荊州は、プライドが高い。しかし逆に言えば、高貴な血筋の者には、すんなりと従ってしまう傾向があった。

 アキラの説明に華琳たちは納得すると同時に、落胆した。

 

「これは……どうすることも出来ないわね」

 

 アキラが先ほど指し示した位置を華琳は睨むようにして言った。荊州の入り口である宛を、華琳たちはこの時点では抑えきれていない。そしてそれ以上の問題として、彼女たちには長江以南を攻めるための水軍が無い。荊州はこの地図のように、彼女たちとって“未知”の土地であった。

 

「いいわ。これは今後の課題としましょう。ところで関羽は元気かしら?」

「どうだろうな。時々牢まで身に行くんだが、ずっとぼんやりと窓の外を眺めている状態だ」

「そう、無理もないわね」

 

 華琳はふうとため息をつく。机に肘をついて口元で手を組むその目もとには、餌をおあずけされた犬のような悲しい感情を漂わせていた。人材フェチの彼女にとって、関羽は垂涎の一品だった。しかし彼女にはどうしても諦めざるを得ない理由があった。

 

「春蘭の目のことさえなかったらね」

 

 再びため息をつく華琳。徐州の戦いの最中、春蘭の片目を負傷させたのは関羽隊であった。そのために曹操軍内では関羽の死刑を望む声が大きく、珍しいことに秋蘭がその先頭に立って、息荒く主張を繰り返していた。

 そういった事情から華琳は獲得を諦め、その一方で惜しむ気持ちも相まって、現在、関羽は李靖軍の捕虜となっていた。彼女にとって大変つらい決断だったに違いない。

 彼女らしくも無くうじうじと惜しむ言葉をつぶやく華琳に対して、アキラはとりあえず話題を転換させることにした。

 

「その、なんだな。次はいよいよ袁紹との決戦だな」

「そうしたいのだけど、ちょっとね」

 

 意味ありげに華琳は語尾を濁らす。アキラは首をかしげた。

 

「何か問題があるのか?」

 

 素直に疑問を口にするアキラの顔を、華琳は言葉を探すようにじっと見つめて黙り込む。その華琳にそっと桂花が耳打ちした。

 

「あの、華琳さま。この際、李靖殿にご相談しても」

「……そうね」

 

 あまり自軍の弱みをさらすことは得策ではない。しかし季衣や流琉といった、悪く言えば“人質”がいる以上、その弱みにつけ込むようなことを彼はしないだろう。だが、その考え以上に、華琳はすでにアキラのことを、強く信頼していた。

 華琳の言葉を聞き、桂花が席を外した。何か取りに行ったのであろうか?華琳はというと、机に置いていた両手を膝に置き、姿勢を正して話し始めた。

 

「董卓の現状は知っているかしら?」

「董卓?いや、そこまでは」

 

 董卓は洛陽から長安に移った後、裏切り者の李?の討伐をしている。それが彼の知っている最後の情報だった。汝南での挙兵後、彼の情報網はもっぱら東部に集中していて、西の果てに位置する長安や涼州の情報はあまり入って来なかった。

 

「どうなった?どちらが勝ったんだ?」

「どちらも勝ってないわ。言うなればどちらも“負けた”のよ」

「どちらも負けた?」

 

 どういうことだろうか?アキラはグルグルと頭を回転させて考えをめぐらせたが、何も考えつかなかった。結局、華琳の答えを待つことにした。

 華琳が出した答えは意外なものだった。

 

「馬騰よ」

「馬騰?確か皇甫嵩将軍に討伐された羌族の頭だったか」

「その通りよ。その馬騰が董卓たちの隙を突いて挙兵したの。完全に虚を突かれた李?は死亡。董卓も半分まで獲得していた涼州の領土を放棄するしかなかったようよ。その後も押し込まれて、長安でかろうじて命脈を保っている状況らしいわ」

 

 そこへ桂花が帰ってきて、アキラに一通の手紙を渡した。

 

「これは?」

「その董卓からの手紙よ。読んでみなさい」

 

 手紙を広げ、素早く読み進める。

 

「これは、なんとも思い切ったな」

「驚きでしょ。彼女はこちらに全面降伏を申し出てきたのよ」

 

 庇護を求めてきた例は山ほどある。しかしその手紙に書かれている内容は、領民も配下も全て差し出すというものだった。董卓自身の待遇に関しては一切明記がなく、前代未聞のことであろう。

 

(呂布・張遼の二将。さらに賈駆という軍師がいるというのに。これほど状況は厳しいのか)

 

 かつて契約相手として一緒に戦った仲である。その後は疎遠になったとはいえ、アキラの脳裏にはまだ月明かりに照らされた董卓の儚げな姿が焼き付いていた。

 どうにかしてやりたい。そうした思いが込み上げる。

 

「願っても無い話じゃないか。袁紹もまだ動かない。さっそく助けに行ったらどうだ?」

「そう単純じゃないのよ。“朝敵”である董卓を、漢に仕える私は助けられない。残念ながらね」

 

 今日何回目か分からないため息を華琳ははいた。実を言うともうすぐ丞相になる手はずを整えていた華琳は、この事で台無しにしたくなかった。

 

「でも長安は是が非でも欲しいわ。彼女の配下はとても魅力的だし、どうしたらいいかしら」

 

 宙に視線をさまよわせる華琳。アキラもしばらく考え込んだが、突然にやりと笑った。

 

「なあ、華琳。片方を諦めるというなら、手はあるぞ」

「片方を?」

「ああ。配下は諦める代わりに、長安を獲得する方法だ」

 

 華琳は鋭い視線を送った。

 

「聞きましょう」

 

 アキラは自分の胸にポンポンと手でたたいた。

 

「俺が行こう」

「あなたが?」

「そうだ。董卓の身柄と配下は俺が頂く。その代わりに長安はそっちにやろう」

 

 アキラの提案に華琳、そして桂花は考え込んだ。確かに朝廷に席を置かないアキラなら角は立たない。〈董卓は死んだ〉と言うことにしておけば、匿えるはずである。朝廷の手が届かないアキラの領地なら大丈夫であろう。

 

「でも、宜しいのですか?」

 

 桂花が丁寧に尋ねる。それだけこの提案に魅力を感じたのだろう。

 

「本来なら長安もそちらのものになっていいはず。領土の獲得無しに犠牲だけを強いられるのでは」

「君は優しいな」

 

 急にアキラに微笑みを投げかけられて褒められた桂花は、ボッと顔を赤らめて「なによ!変なこと言わないでよ!」と素を見せて怒った。それに苦笑しながらアキラは桂花の言葉に肯く。

 

「確かに、それでは部下も納得しないだろう。それなら一つだけ条件を出したい」

「どこか領土を割譲せよ、と?」

「いや。華琳が保有している各都市に、汝南の商人の“場所”が欲しい」

 

 商売の基本の一つに場所の確保がある。歴史ある各都市では商人たちがその“場所”を代々受け継いで商売の安定を図ってきた。しかしこれは一方で新規の商人には高い壁となっている。この“場所”が確保できれば、高い利益率が見込めるだろう。

 華琳はアキラの意図を読み取り、その上で喜んでその提案を受け入れることにした。

 

「分かったわ。アキラに任せましょう」

「よし!任された!」

 

 スクッと立ち上がったアキラは、机を覆うように身を乗り出して華琳の手を握る。いわゆる握手だ。

 

「必ず約束を果たそう。待っていてくれ」

「え、ええ」

 

 初めての握手の感覚。そして大きいアキラの手。華琳は戸惑った。

 アキラはそんな華琳の様子に気が付くことはなく、意気揚々と去って行った。

 

 

 

 

 

-2ページ-

 

 アキラが去った後、彼に握られた手を華琳はじっと見つめる。

 

「あの、華琳さま?」

「なんでもないわ。行きましょう」

 

 足早に華琳は亭を後にする。桂花は慌てて地図と手紙を持ち上げてその後を追って行った。華琳の頬がほんの少し赤らんでいたことなど、彼女は気が付きもしなかった。

 

説明
今回は華琳とアキラの対談です。ご覧下さい。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
2793 2474 11
コメント
naku様。ご感想ありがとうございます。そしてごめんなさい。音々音をすっかり忘れていました。次の話でつじつま合わせます。(デビルボーイ)
タグ
オリ主 華琳 恋姫無双 幻夢伝 

デビルボーイさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com