恋姫異聞録178 −雀舞− |
井闌車の上で羽扇をくゆらすように仰ぐ水鏡
怪しく光る瞳を向ける先には己の愛弟子
二度、三度、視線を向けるが当の愛弟子二人は警戒をしているのだろうか、瞳をそらし師である彼女を見ることはない
「好好、この期に及んで私に縋るようでは、とてもとても龍を支える柱と成り得ない。私に向かい、牙を向けなさい」
穏やかに、柔らかく微笑む水鏡。蒲公英達は、飛び降りた昭の代わりにその眼に戦場を映すかと身構えるが、水鏡が向けた視線は全く別の場所
いつの間にか水鏡の隣に立つ稟に視線が注がれ、稟は戦場を凝視する
瞳は血走り、額に浮かぶ血管は亀裂のように額に刻まれ、鼻から流れ落ちる血は、ボタボタと井闌車の床板を赤く染める
「おねが、いしま、す。言葉を、発することすら・・・惜しぃ」
「ええ、想像なさい。貴女の真名をそのままに、天から授りし稟賦を私にみせて頂戴」
稟とは対照的に、穏やかな視線を稟の瞳に向け、全てを包み飲み込むような大きく何処までも深い深海のような瞳が稟を捉えた
「貴女の思考を全て読み取り、兵に反映させます。貴女と二人で舞王殿の代わりとなる。八風の中心は、私の龍佐の眼と貴女の先見性の稟賦にて補いましょう」
無言で、しかし鬼の形相で井闌車と言う高所から敵陣の全てを脳に叩き込み、無限の想像力で敵の動きを読み取る
言葉すら捨て、指揮の為の腕の振りすら捨てる。只々、置物のように躰を硬直させ全てを頭脳を加速させることにのみ特化させる稟
それらを全てくみ取り、兵に、軍全体に反映するのは水鏡。溢れだす思考を全て残さず読み取り、己が羽扇に反映
羽扇はまるで昭の舞の如く、美しき曲線を描き戦場の色を変えていく
「っ!」
「構うな、此処は任せろ!」
「此処は、私と星ちゃんが。夏侯淵は此処で止めてみせるわ」
戦場の変化を敏感に感じ取った蒲公英は、井闌車から離れ、梁に受け止められる姿をみて抉られた脇腹など頭から消えていた
同様に、蒲公英の表情に危機感を覚えた趙雲は武器を構え、黄忠は己の足から無理やり矢を抜き取り立ち上がる
が・・・
「そんな!いったい何処へ!?」
矢の切っ先を向けた方向にすでに秋蘭はおらず、武器を構えた黄忠は雲のように消え失せた秋蘭を探す
しかし、彼女たち二人の眼には兵達の群れが映るのみ
このままではマズイ、夏侯淵は必ず此方を崩す動きをするはずだ。なにより彼女は弓兵
遠く離れた場所で、先ほどのような弓術を追うである劉備に向けたならひとたまりもない
「違うっ!お姉様は、桃香さまに一人で向かったりしないっ!!」
「蒲公英っ!?」
「此処はお願いっ!絶対に御兄様に近づけさせないっ!」
何を言うのだ、夏侯淵を舞王に近寄らせないようにと言うならば、我らも共に夏侯淵を止めて見せると後を追おうとするが
「何処に行こうっちゅうんや?」
「此処はもう暴風圏内なのー!!」
趙雲に襲いかかる螺旋の槍、影から襲い来る二つの刃
「ちぃっ、いつの間にこんな所へっ!」
「敵の陣は形を崩したはず、なぜ私達の所まで!?」
咄嗟に影に矢を放つ黄忠。しかし、分厚い螺旋槍の外郭がバクンッと音を立てて変化し、影である沙和の躰の盾となる
その形は真桜の真名を表すかのように螺旋の穂先を中心に桜の花弁の形をしていた
「流石に反応速いな」
「一緒にいっちゃう?真桜ちゃん!」
「応、矢はまかしとき。趙雲の槍は任せたで!」
「了解!沙和にお任せなのーっ!!」
再度武器を構え襲い来る沙和と真桜に趙雲は唇を噛み締めた。自分達が恐怖に喰われた間にここまで兵を立て直し、陣を再び稼働させた
そのことに対して、己の不甲斐なさと怒りに噛み締めた唇から赤い雫が一筋落ちる
「負傷しているが無茶を言う。紫苑、援護を頼むっ!」
「任せて頂戴、蒲公英ちゃんを追わせはしないわ」
傷口から吹き出す血を他所に、黄忠は全力を持って弓に番えた矢を放つ。秋蘭と同様の正確無比の弓術
「あの人の妻のように強くとはいかないまでも、正確さなら私も負けてはいにないわ」
「はぁぁぁぁぁっ!!」
直線で最短距離を進む切っ先に二つの剣閃がぶつかり、飛び交う弓矢に振るう螺旋槍が唸る
背後でぶつかる激しい剣戟に蒲公英は振り向きもせず中央へと疾走る。脇腹から流れ出る血を抑えながら
一度も振り向かないのは信頼の証。そして何より、振り向く暇すら惜しいと思っていたからだ
「梁っ!!」
「おまかせをぉぉ!」
井闌車から飛び降りた昭は、真下で待つ梁にふわりと優しく受け止められると地面に足を着くなり真っ直ぐ走りだす
「華琳様、機は熟しました。此処です」
「そう、ならば此処で見ていなさい」
「ご武運を」
同時に後方で足を緩めた華琳が再び地を駆ける。今度は全てを置き去りに、側で祈る桂花をその場に残し大鎌を手に疾走する
「にゃっ???」
「肌で感じたか?態勢が変わった。前の二人は任せろ、鈴々は兄様を討て」
大地に降り立った時から既に昭の舞し龍は兵の肉体に降りた。そう感じた翆は、目の前の将の変化と兵たちの変化を捉え足を前へと進めた
「華琳様が此処を通る。行くぞ霞」
「応さ、華琳の道は雲のウチラが作ったラァッ!!」
膨れ上がる士気、再び動き出した歪な陣、目の前の二人の将から湧き出る闘気
何よりも、霞が口にする雲という言葉が翆には最も危険に思えた
既に儀式は終了した。あの時、見ることは無かったが口伝えで聞いた劉備と曹操の初めの戦
言霊、剣舞、剣の草原を三つ、一人で集め一人でなすことで修羅の兵となる
しかし、昭の舞は此処で変化を、群れる事によりその三つを全て揃えた
「最初の曹操の言葉っ!あれが全ての始まりだった!!」
疾走る蒲公英の顔が歪み、悔しさに噛み締めた歯が音を立てる
稟により促され、言葉を発した華琳の言葉が蘇った
【己が剣に誇りを持つ者よ、我と共に進め!】
兵たちが掲げる武器の数々は剣の草原
【諦めれば、戦わねば、剣を捨てれば我らの心はそこで死ぬのだ!故に我らは修羅、覇王の兵である!】
稟の鼓舞による言霊は、兵士達の生きる意志を強烈に揺さぶり死を覚悟させるのではなく生きることを、生き抜くことを兵士達に訴える
そして血をまき散らし舞い踊るは赤龍の舞
少数で蜀の大軍を打ち破った時のように、血をまき散らし舞う姿に兵たちの心に鋼の杭が打ち立てられる
「秋蘭お姉様の異常な強さに気がつかないなんてっ!!」
そう、既に儀式は完了したのだ。兵たちの眼に生きる意志がみなぎる。敵を喰らえと牙を突き立てる
「こ、このっ!!何だこいつらはっ!!死ぬのが怖くないのか!!」
「ひぃっ!やめろ、やめろおおおおおおおおおおっ!!」
三人一組となり敵へと突撃し、襲い来る白刃を微塵も恐れず己の肉体に食い込ませ、残る二人が確実に敵を討ち滅ぼす
「死ぬは、怖いに決まってるだろう」
「俺達は生きるために戦ってるんだ」
「明日に繋がる命のために、俺達は戦ってるんだよ!!」
まるで三人が一つの生き物のように、互いが何を発し、何を行うかを理解しているようにその身を白刃の元に晒す
敵兵の変わりように前と同様の異質さを感じた張飛は、直ぐ様武器を受けて止まる敵兵を真っ二つに切り捨てるが
「ごぶっ・・・いま、だ」
崩れ落ちる兵。だが、武器を捨てた残りの二人が身体を低くして張飛の胴へと飛びかかった
即座に反応する張飛が一人を切り捨てるが、もう一人が胴へと腕を巻きつけ身体を押し倒す
「このっはなすのだーっ!!!」
組み付かれ、倒された張飛は氣をまとわせた拳を敵兵に思い切り振り下ろせば、歯が吹き飛び鼻は歪に曲がり、眼球が飛び出すが
決して巻き付いた腕の力を抜こうとはしない
「ひっ、こ、このっ!このっ!!」
何度も何度も拳を振り下ろされ、兜すら割られ、頭蓋が陥没しそれでも力が抜けることはなく、既に絶命しているはずの兵に張飛は恐怖を覚えた
「なんで、なんで離さなのだっ!?ひぐっ、このっ、このぉ!!」
涙が滲み、焦りが張飛の躰を支配する。恐れと焦りは人を深く深く、闇の深淵まで引きずり込んでいく
ならば、この兵の腕を引き千切り離すしか無いと兵の腕を掴んだ所で顔に生ぬるいモノがボタボタと降り注いだ
「あっ・・・あっ・・・あああああああっ!?」
「離ずワげ無イ゛だろウ、でメェはごごで終ワりダ」
倒れた張飛を見下ろすのは、先ほど切り捨てたはずの兵の一人
左半身の肉は張飛の一撃で消し飛んだように、無残な肉塊となっていたがそれでも眼に灯す光を失わず
まるで屍鬼のように赤黒い血を落としながら剣を振り上げていた
内蔵は脇腹から垂れ下がり、血の泡で言葉すら満足に発することは出来ていない
だが、その瞳は決して死んでいないのだ。死など微塵も考えることはない。狂気とは違う、諦め、悟りとも違う
それは鋼のような決意と意思
五体が満足でなくとも、その剣を振り下ろせば己の命が尽きるとわかっていても、決して死を受け入れたりはしない
例え短くとも、閃光のように燃え尽きるまで大地に足を踏みしめ、最後の一瞬まで生き続けると
「ぐだ、バレ」
倒れこむように張飛の首へと振り下ろされる剣の切っ先
「悪いな、そういうわけにはいかないんだ」
戦場に金属を切り裂いたかのような張飛の悲鳴が響く中、その声を消し去るような轟音と共に放たれる翆の槍
張飛を掴む兵ごと、屍鬼のような兵までも粉々に吹き飛ばし、張飛の前に躰を入れた
「・・・無理もないか、いくら叔父様の指南を受けたって言ってもまだ子供だもんな。ごめん、鈴々」
ペタリと地面に腰をつけ、躰を震わせる張飛。全身を血の色で染、躰には肉片がこびり着く
ズルリと落ちる生暖かい血と肉の感触に、張飛は初めて人が死んだ事を、人が殺された事を実感する
幼年にしては化け物じみた力と武の才を持ち、己を汚すこと無く敵を打ち倒してきた張飛は、ここで初めて幼い歳相応の心が顔を覗かせた
留まること無く流れ落ちる涙、罪悪感と恐怖、悍ましさの混ざったドス黒い感情が腹の奥から湧き上がり、その場に全てを吐き出した
「ゲェっ、ゴホッゴホッ・・・うあ、うあぁ」
流流と季衣と変わらぬはずの歳。だが、二人との差が此処に現れる。幼少にして、華琳の元にいたが故、現実を直視し続け現実をその小さき躰に刻み込んだ差
翆の謝罪は見抜けなかった。そして自分の落ち度で守れなかったという罪悪感から
もう立つことは出来ないと翆は理解してしまう。何故ならば、目の前には肉片にした兵よりも更に強く鋭い気迫を放つ二人の将が目の前にいるからだ
「来いよ。アタシは此処を不動の地とする。覚悟は決まった。此処から先には行けやしない」
槍を中程に、漲る覇気を小さな躰に押しこめ、更に手に集中させていく。細く細く、全てを穿つ針の如く固め束ねていく
地面を蹴り剣で地を抉りながら獣のように、いや龍が地を這うように痕を残して春蘭は大剣と共に翆へと駆けた
続く霞も同様に、偃月刀を地面に速く速くただ速く疾走し、流れ落ちる血が線を描く
「寄るな、死にたくないんだろう?死を超えた所に生を見出しているなら余計だ、此処から先は死しか無い」
張飛の時と同様、魏の兵は、将に恐れる事無くその身を持って敵を封じようとするが
歯の隙間から搾り出される小さな翆の吐息。次の瞬間、槍を短く持った翆の無数の槍撃が放たれる
腕、足、喉、そして心臓へ向かい、覆いかぶさろうとする兵数十名を一度に刺し貫き、兵は木切れのように地面に崩れ落ちた
「言っただろう、此処から先は死だ」
翆を中心として星玉のように突き出される槍撃はまるで白銀の球体
「馬騰流槍術、明けの明星」
金星の名を冠する技に相応しく、また西涼の錦の呼び名に相応しい美しき槍術
靭やかな槍と牝馬の尾のような髪が美しい曲線を描き、穂先が銀の光を綺羅びやかに放つ
いかに修羅の兵であろうとも、命を超えた場所に赴く足があろうとも、その全てを断つ翆の槍
「来るぞ、合わせろ霞!」
「任せぇ!流しから後の先やぁ!!」
先頭を春蘭が、後に続く霞が武器を合わせる。が、目の前には既に爪先から髪の先まで捻転させた翆の乾坤一擲の一撃が口を開ける
武術の基本、そして最終形は全て回転を伴う。回転こそが全てを打ち砕く力となる
中程に構えた槍、爪先は最小でありながらも最大の痕を地面に残し、靭やかな肉体は柳のように僅かな力も残さず穂先の一点に集約される
放たれるは馬騰の残した最後の槍。全てを貫く無双の槍。空気を巻き込み、弾丸のように一点を貫くまさに銀の閃光
しかしそれは、一言で言うなら唯の中段突に他ならない。故に名は無く、無名の槍撃
「麟桜っ!頼む、もう一度私に力を貸してくれ!!」
叫ぶ春蘭。己の剣に全てを乗せて、剣と一体になり流れに逆らわず。渦のような槍撃の鎌に合わせ大剣を回す
合わせる霞も同様に、偃月刀にて盾と水の心を使い超高速で回転する刃に合わせ、二人の間を抜くようにいなし流していく
「よっしゃっ、抜けたぁ!」
「喰らえ、我らの一撃をっ!!」
回転の威力で躰を鎌鼬に斬られたように血を流す二人の間を抜けた槍に、躰を持っていかれるように動きを止める翆
後の先にて討つと決めた二人は、此処が狙い所。此処を逃しては討つ術無しといなした流れに合わせて捻りこんだ肉体から放つ剣戟
「知らなかったのか?馬騰の槍撃に二撃目は無い」
翆の呟きに止められるように、二人の刃は後の先にて放ったはずが翆の目の前でカタカタと震え止まっていた
「一撃に全てを込める。故に一撃必殺、名はなく無名の中段突」
口から大量の血を吐き出し、地面に崩れ落ちる春蘭と霞。全身の震えが止まらず、痙攣したように地面に伏せたまま動くことすらままならない
理解することが出来なかった。確かに自分たちは、翆の槍をいなしたはずだ。二人の間を、回転を誘導し翆の躰を無防備にしたはずだ
だが、空気を切り裂いた槍撃は肉体を傷つけたが当たってはないない。当たってはいないのだ
「波だ、空気を切り裂き肉体の限界を超えた回転が振動で離れた肉体に伝わる。叔父様がそう言っていた。だから躱せない、躱すことは出来ない」
地面に伏せた二人を見下ろす翆は、二歩ほど跳ねて退がり槍を再び構えた
馬騰の槍とは、回転の振動を空気に波にして伝えいなそうとも躱そうとも関係のない攻撃特化の槍撃
「兄様みたいに、見切りで鼻先に刃を止めるなんて事しない限り無理だ」
二つ目の槍など要らない、目標が躱そうと関係無い、衝撃波を伴い振動を敵の肉体に叩きこむ高速回転の槍撃
土を握り、剣を握り、躰を無理やり起こすのは春蘭。眼に灯した闘志は衰えず、弟より送られた朱眼が炎を灯す
「二撃目がないならば、私を殺すことは出来ん。麟桜が折れぬ限り、私が折れる事はないっ!」
無理やり躰を起き上がらせ、紅色の輝きを放つ大剣を再び翆に向けた
食いしばる歯、むき出しの犬歯、細められる朱の瞳はまるで昭の舞った龍を彷彿とさせる
「と、惇ちゃん。ごめん、ウチもう、立てへん」
地面に突っ伏したままの霞は悔しさに顔を地面へ押し付けた。情けなさで己が流す涙を見せぬように
振動は、霞の腹の傷に大きな衝撃を与え抑えた布を越え流れだす血が力を奪っていく
かろうじて死ぬことは免れたが、最早立つことは出来なかった
「構わん、私に任せろ」
口にたまった血を吐き捨て、震える足を剣の柄で叩き黙らせると、春蘭は躰を低く低く落とす
アカン、三度目やってもあの槍、破ることできひんかった。その上、ウチはアホみたいに地面に這いつくばっとる
せめて、せめて惇ちゃんに何か馬超を討つ方法を
握りしめた土を離し、霞が震える指で指し示すのは翆の足元。地面に腰をつけてボロボロと涙をながす張飛の姿
不動の地っちゅうんは、あっこから動けん言うことや。放っといたら兵に殺される。赤ん坊連れて戦場に居るようなもんや
ゆさぶれ惇ちゃん。それ以外にあのバケモンに敵う方法なんて無い
霞の行動に頷く春蘭
だが、躰を低く低く落とし込み、己の最速を持って翆へと一直線に疾走る
「あ、ほぅ。なんで、真っ直ぐ。惇ちゃんは、ホンマいけずなんやから」
真正面から襲い来る春蘭に対し、翆は容赦なく躰を捻転させ溜めを作り、己の最大の技を持って迎え撃つ
「そんなに躰に穴を開けられたいってのか、なら空けてやるよ。アタシの槍で」
ほんの僅かだけ、己と同じ水と盾を心に持つ霞の動きに張飛を案じたが、春蘭の動きに翆は心を攻撃に変えた
春蘭との距離はそれほど離れて居ない。近距離だからこそ最速で身を沈め襲いかかってきた
少しでも回転と溜めを減らすため、少しでも刃をアタシに届かせるため。だけど、そんな事は無駄だ
肘を小さく折りたたみ膝と腰を使い最小を最大の捻転として穂先に伝える。更に重ねるは、翆の会得した技の一つ
「うぐっ!小癪なぁっ!!」
一瞬ではあるが、春蘭の動きがわずかにブレる。わずかに止まる
戰場にて学んだ技の一つ遠当てを使い、春蘭の動きを鈍らせ的を補正したのだ
弓矢で使う遠当てを、的を外さぬ為の技を使用し春蘭の躰を無理やり槍撃の中心に動かし気合と共に解き放つ
目の前で空気を纏いバラバラにするのが肉眼でも分かる。切り裂き穿ちながら己の躰へと槍の穂先が伸びるのが分かる
兵たちには見えはし無い。だが、肌で感じる絶対の死。地面に崩れ落ちる仲間の死体が、少女の頬を流れ落ちる友の肉が形ある死を物語る
「ようやくだ、ようやく私の躰にも秋蘭達と同じモノが廻って来た」
だが、そんな恐ろしいモノを前にして春蘭は笑う。次に、狂気にも似た恐ろしい紅蓮の殺気が辺りを包み込む
赤壁に居た兵たちは、赤壁で春蘭を見た兵たちには見覚えがあるもの、肌で直接感じた事があるもの。それ以上のモノが今目の前で爆発してた
それは純粋な怒りだ。関羽を圧倒的な力で退かせた時のように、兵の血肉、弟の血の舞、目の前で倒れる霞の姿が春蘭の怒りを増幅させる
舞により修羅と化した春蘭の義眼に、燃料を投げ込まれた怒りと言う名の炎が爆発する。紅色の大剣【麟桜】を翼に地面を滑空する姿は正に朱雀
「私に何度も同じ技が通じると思うなぁ!」
地面に踏み込む足が地面に螺旋を描き、捻る躰は限界までねじ込まれ、怒りを込めた朱雀の翼が迎え撃つ
激突する高速回転と真一文字
辺りには耳を貫く轟音だけが響き渡り、争う兵達は一瞬動きを止めた
「張遼か」
「立つこと出来ひんから、這いずって来たわ。ホンマ、惇ちゃんいけずなんやから。殺す気かぁ」
十字槍の鎌が片方砕け、地面に突き刺さる。振りぬいた大剣が地面を抉る
翆の足元には、霞の手がガッシリと食い込んでいた。この手がなければ、翆の槍は朱雀の翼を穿っていた
「考えを合わせたな」
「ちゃうわ、惇ちゃんの考え映しただけやで。ようやっと自分も修羅兵になれるちゅうてな」
「水か、味方に使うなんてアタシじゃ考えつかなかった」
あの時、武器が交差する瞬間、春蘭の考えを読み取った霞が地面を這いずり翆の足を握りしめたのだ
お陰で足の捻転は上手く伝わらず、槍撃が僅かにズレて力が分散してしまい、春蘭の躰には衝撃波が伝わっていなかった
「さすが兄様の姉様なだけはある」
そう呟くと、まるで思い出したかのように翆の躰に肩口から脇腹に掛けて斜めの線が走った
吹き出す血に動揺する蜀の兵たちであったが、翆は手を伸ばし案ずるなと笑みを見せると、傷口を軽く指でなぞり一口くちに含んで吐き捨てた
「だが、皮一枚だ」
くるりと手元の槍を回し、地面に伏せる霞の頭目掛けて槍を落とせば、春蘭の大剣がそれを防ぐ
「どうする、アタシは退がらないぞ。コイツはアンタの邪魔になる」
「フンッ、このまま貴様を斬り裂くまでだ」
関羽の時のように、春蘭の武器が翆の銀閃の刃を溶かすように切り裂き翆の心臓へと登ろうとしたが
「惇ちゃん、逃げろっ!」
膝を曲げ、槍を引き、春蘭の膝と腕の間に通して放たれる翆の拳撃
槍を利用し、敵を固定し、身動きの出来ない場所に放り込まれた拳は、春蘭の脇腹に深くめり込み、ボキボキと嫌な音を立ててはじけ飛ぶ
「鎌がダメになっちゃったか。後で直るのかコレ」
「このっ、バケモンがぁっ!!」
足を握りしめ叫ぶ霞に翆は、穂先が十字から戟になってしまった槍を見て軽く吹き出していた
馬鹿にされたと睨む霞に、翆は何か誤解を与えたようだと直ぐに首を振った
「違う違う、化け物ってのは、アタシなんかじゃなくてああいうのを言うんだよ」
そういって指が指し示す先には、満身創痍で肋が折れているにも関わらず剣を手に再び立ち上がる春蘭
「惇ちゃん!」
「後は、コッチ。コッチが一番だな。蛇がアタシに牙を向いてる」
そして、次に指し示したのは、兵と一丸になって、いや兵と一つの意思、一つの覚悟を共有した生き物となって此方に向かう昭の姿
昭の目に霞と春蘭の姿が映ったのだろう、離れていても分かるほどに鬼のような形相と声を上げて此方に走っていた
「そろそろ次の指示が欲しいところだけど」
「伝令っ!虎翼陣への移行を開始。将軍のおられる場所を最前線とし、左右に陣を押し広げます」
「丁度だな、了解した。ついでに鈴々を連れて行ってくれ」
敵兵の恐ろしさに加え、春蘭の殺気に当てられるのを避けるためか、近づく事ができず離れた場所にて、大声で伝令を伝える兵
そんな兵に安心させるように笑みをみせ、味方の心を守ろうとする翆の言葉に、地面で泣き続けていた張飛は声を止めた
「いいのだ、鈴々は、まだ戦える」
「・・・無理は、しなくて良いんだぞ」
「まだ、何もしてないのだ。みんな、怖い思いをして戦ってるのだ。鈴々だけじゃ、鈴々だけじゃ無いっ!」
顔の涙と血を拭き取り、武器を手に立ち上がる少女に、翆は成長を見たのかゆっくり頷いた
「与えられた思考、思想をなぞるだけじゃ人間じゃない。自分で考え自分で感じ、自分で行動することこそ人間の証。そこに覚悟は生まれる」
銅心こと韓遂より師事された事を越え、現実を肌で感じ、その上で言葉にし、両の足で立ってみせた張飛は、同じように頷いた
「さて、いい加減放してくれないか?戦えないなら捕虜にする。桃香さまは無駄に殺すことを良しとはしないんだ」
「忘れられたか思ったわ。誰が離すか、ウチ引きずったまま惇ちゃんに斬られろ」
「だよな。アタシだってそうする。許してくれ、わかっていても言わなきゃならなくてさ」
顔を上げ、殺さんばかりに睨みつける霞の頭に、翆は真っ直ぐ穂先を落とした
「馬鹿な、離れろ霞!」
「せやから言うたやんか、いけずやって」
意地悪だと言って、春蘭に笑みを見せる。春蘭の瞳に映った霞の笑みは、何処かスッキリとした、霧の晴れた山岳を見るような美しさがあった
殺させるものか、絶対に仲間を死なせるものかと春蘭は衝撃で今にも崩れそうになる膝を叩く
どうした、修羅兵とはこの程度かっ?友を、仲間を救えずして何が大剣、何が覇王の兵かっ!動け私の足よ、此処で動かず何時動くと言うのだっ!
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!」
震えなど大した事はない、脇腹の痛みなど等に忘れた、必要ならば私の腕もくれてやる。だから、私に霞を護らせろっ!!
折れた肋骨が腹を突き破り、脇腹からは血が吹き出すが構いもせず。地面に顔から崩れようとも眼は前を見続け、己の魂である大剣に全てを乗せて投げ飛ばす
渾身の力で翆に目掛け投げ飛ばした大剣【麟桜】であったが
「もう二度と怖がったりしないのだーっ!!」
響く金属音。決意と覚悟を込めた張飛の蛇矛が弧を描き、上段から我門旗ほどあろうかという長い柄に付けられた穂先が叩き落とされた
氣を込めれば流流と季衣を二人同時に止めることのできる膂力の持ち主である張飛の力に、春蘭の手を離れた大剣は力なく叩き伏せられる
絶望に染まる春蘭の顔。速度も威力も申し分はない、だが一つだけ。大剣【麟桜】は春蘭の手にあってこそ、その力を発揮する
だが、手から離れ飛ばされた。足が動かず、躰は前に行こうとしない。だからこそ、投げ飛ばしたはずだった
地面に倒れ込む春蘭の眼に映ったのは、虚しく地面に突き刺さる己の得物
無駄だとわかっていても叫ぶしか無かった。叫ばずに居られなかった。目の前で殺される霞の名を
「秋蘭っ!青紅の剣だっ!!」
「照準は任せる。はぁぁぁぁぁっ!!」
兵の群れより飛び出した秋蘭は、昭より渡された一振りの剣。弦を巻、張りを変え、宝剣【青スの剣】を弓に番え己の膂力の全てを乗せて引き絞る
同時に、昭は秋蘭の眼となる。秋蘭の狙いを、手を重ね、躰を重ね昭が担うことで全ての力を弓に載せた一撃が秋蘭の手から放たれた
放たれる瞬間、手を重ねた昭がその眼を使い剣の腹を爪先で叩き、剣は弾丸のようなジャイロ回転が加えられ羽を付けられた矢と同じ直進性を生む
気がついた時は、既に遅かった。張飛は春蘭の剣を叩き、自分は足元の将に突きを落とす瞬間。並みの将ならば間に合うはずも無い
「シュッ」
だが、翆にはその一瞬で十分。足に手を掛けられていることが頭にあるならば、捻転で霞の腕を振りほどき音速を超えた速さで直進する剣を迎え撃つ
並みの将ならば躰を貫かれていたはずの青紅の剣に己の槍撃をぶつけて相殺すれば、残りの鎌が砕け槍は直槍となっていた
「翆っ!」
「備えろ鈴々。兄様と姉様が合流した。もう射程距離だ」
言うやいなや、護衛として井闌車の下にて陣取っていた無徒が双刀を翆へと思い切り振りかぶり打つけていた
下段からと上段から同時に襲う剣刃。更に、右手と左手が別々の生き物のように翆に襲いかかるが、翆は躰を揺らし鼻先を掠らせるように避け
即座に槍を短く持つと、目の前の老人である無徒の躰に四連撃の風のような突きを放つ
「やるな、霞殿を追い込んだだけはある。いや、三夏の妹であるならば当然か」
「アンタもな。張奐だっけ?攻撃の合間に張遼を盗むなんて、なかなか出来い」
喉から血を流し、鳩尾部分の鎧を貫かれ、額から血を流す無徒は、翆の圧力に負けているのか息を荒げていた
気絶する霞を己の娘であるかのように大事に地面に寝かせると、無徒は大地に根をはるようにして武器を構えた
「月と詠の二文字に我が真名を捧げる。月明かりが示すまま無頼の徒は此処にあり。退くな、逸らすな、前を向け。心の命じるままただ生きよ」
赤壁より赤馬の名を付けられた無徒こと張奐の顔は鬼神のように変わり、兵を鼓舞すると同時に翆へと疾走る
「さぁ来い。アタシはまだ兄様を討つって言う大仕事が待ってる。此処で負けられないんだ」
直槍となった槍を斜めに構え、春蘭を張飛に託し、翆は秋蘭と昭に視線を移す。ついに虎と蛇が、本当のバケモノが此処に来ると
説明 | ||
ちょっとは速くUP出来たかな? というわけで、相変わらず遅くて申し訳ありません 今回も結構進みました。このままで行ければと思っています 頑張って次も早めにUPいたしますので、よろしくお願いしますm(__)m 眼鏡無双の方は楽しんでいただけたでしょうか? まだプレイしていないという方は、此方の献上物からどうぞ http://poegiway.web.fc2.com/megane/index.html フリーゲームですので、無料で楽しむことができます 感想などを送っていただけると喜んだりしますw 何時も読んでくださる皆様、コメントくださる皆様、応援メッセージをくださるみなさま、本当に有難うございます。これからもよろしくお願いいたします |
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熱いなぁ。中てられちゃうぜ。(アーバックス) 霞ちゃんも春蘭さまも瀕死のケガのはずなのに、ここまで動けるのは、ひとえに舞の影響でしょうな。 強い……強いなぁ、ほんと(神余 雛) ……翠は木、ということでしたが、木とはあくまで生けるものに恵みを与えるものであって、生けるものから何かを奪うものではない様な……?(h995) |
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