コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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コードヒーローズ魔法少女あきほ編

第三話「〜予 兆〜ニチジョウと非日常」

 

 

 

 

 須藤 直は朝食を摂りながらテレビを見ていた。朝食は洋食である。焼きたてのトーストにバターが均等に塗られていた。ゆでたまごにサラダ。飲み物はオレンジジュースだ。

 ニュースは――浮遊艦隊や、ブラックブロッサムの活躍が――などであった。

「昨日と一昨日の爆発事故の事は何もなしか……」

 彼女は新聞にも目を通すが、この街の事は何も記述されていない。直の表情は険しくなっていく。決して彼女たちの周囲で起きている事件は小さいことではないのだ。

「あんなに大きな光だったのに――」

 直は携帯を取り出す。画面には「須藤 直毅」と表示されている。彼女の父親の番号だ。後はひと操作で電話はかかる。しかし、彼女は携帯を閉じてしまう。

 溜息を態とらしく吐き捨てた。

「――人だって亡くなったっていうのに……」

 直は不安に感じたのか、表情を暗くする。

「この街で一体何が起きているんだろう?」

 

 

 

 

 

 私の名前は雨宮 水青。天乃里大学付属中学校に通っています。私自身はなんの変哲もないただの学生。ですが周りはそう見てくださいません。それは私の父がヒーロー企業の社長だからです。そんな父を持った恩恵で裕福な生活を送れており、日々安寧な生活を過ごしておりました。

 でもそれは突然終わりを告げます。家が裕福だから、そういう理由で多くの人に忌み嫌われてきました。今もそれが続いている。

 いっそ全てが無くなってしまえばいいのに。そんな事も思う時もありました。ですがそれはいつしか日常に。そのころから何も感じなくなりました。

「お嬢様、学校に着きました」

「……ご苦労様です」

 気づくと車は校門の前で停車し、扉が開いていた。いつもの見慣れた風景。その先に監視兼護衛を務める女性を確認。名は崎森 彩音。学校の送り迎えでもスーツを丁寧に着こなしています。

 私と母の生活の手助けをしてくださっており、なんでもそつ無くこなす、万能という言葉が似合う方です。私の父の手先。逐一私の生活を報告しているため。私の学校生活は父の耳に筒抜けています。

(なのに、父はいつも助けてくれない)

 私は深い溜息を吐くと、一息で車外へと飛び出た。

「お嬢様。昨日の今日です。お気をつけてください」

 昨日の今日……。

 昨夜この命ヶ原で、謎の発光現象が起きた。現場は学校からそう遠くない。

 その事件に関しては全くと言っていいほどニュースに取り上げられない。大方企業にとって都合の悪い事案なのでしょう。

 あの桜色の光。あれは一体何だったのでしょうか。温かい光。まるで心から温かくなるような光でした。不安よりも力強さ。安心感を覚える類。

 崎森さんを試すように問う。

「何かわかっていらっしゃるのではありませんか?」

 崎森さんは首を横に振る。

 ファントムバグではない。怪異事件との関連と見るのが妥当でしょう。昨夜も発光現象が起きる前に都市部の方で起きたらしく、数人の方が犠牲になられたそうです。

「今日もこちらにてお待ちしております。お早いご帰宅をしましょう。いってらっしゃいませ」

「わかりました」

 短いやり取り。それだけでいい。この人に隙を見せること、それは私の父に見せるのと同義なのですから。それだけは嫌です。

 視界の端で崎森さんの表情が少し曇ったように映る。私はそれを無視して校門を目指す。

 

 

 

 水青が校門前に到着すると、決まって人集りが出来上がる。彼女が乗ってくる高級車を見るため。有名な会社の令嬢を見るため。色々な好奇な眼差しが彼女に向けられるのだ。

「何よ偉そうに」

 中には彼女のことを快く思わず。妬みの眼差しを向けられることも珍しくない。だが彼女はそれらを無感動に受け止めて歩みだす。

(仕方がないこと)

 水青は胸中諦観していた。

 これが水青の日常の始まり。好奇と羨望と妬み……嫌悪。それらが混ざった視線を向けられながら送る日々。表情は固く、隙は家でも学校でも見せることなど許されないのだろう。

 水青が校門をくぐり、しばらく歩いた頃。彼女の目の前に女生徒が3人立ちふさがった。

「あなた、ヒーロー会社の社長の娘なんでしょ? ヒーロー呼べるんでしょ? なんでヒーローをこの街に呼ばないのよ! あなたがヒーローを呼ばなかったから私のお父さん死んだのよ! この人殺し!」

 憎しみのこもった怒声。その声に周りの生徒は何事かと様子を伺うだけだ。誰ひとり止めようとも、関わろうとせず。ただただ見ているだけだった。

 彼らも言外で言う。早くヒーロー達がなんとかしてくれと。そして学校に有名な会社の社長令嬢がいれば、それに期待を寄せるのは無理からぬ話。

 誰もが水青に、水青の父が経営する会社に期待していたのだ。だが実際には会社は動かない。雨宮の会社だけではなく、多くの企業が動きを見せないのだ。

 そして実際に昨日の起きた発光事件。それらが街を、学校にいる生徒たちの不安をよりかき立てているのだ。

 それらに対する捌け口が水青に向くのは仕方がない。それがわかっているのか彼女は怒鳴られようとも、他人事のように対処する。

「私ではどうすることもできません。お悔やみ申し上げます」

「あなた!」

 怒声を上げた少女が水青に掴みかかろうと迫る。

 

 

 

 いつものように「仕方がない」そう諦めていました。この後ヒドイ目にあうのでしょう。しかしそれすら他人事でしか捉えることしかできない。

 ずっとそうだった。小学校の低学年の終わりくらいだろうか、そこからずっとこんな毎日。そしてこれからもずっと同じなのです・

 その方は不意に足を止め、視線は私の遥か後ろを見ていた。

 崎森さんが見かねてこちらに来たのだろうかと思いました。しかし――

「嫌いだな。そういう――」

 ――声が違う。慌てて振り返る。腰まである長い髪、学校指定の制服はスカートが長くされており、時代錯誤な格好。緋山さんがいました。

 気だるそうに睨みをきかせる。

 その瞳は私をまっすぐと見据えています。この人も私のせいで誰かが死んだ。そう言いたいのでしょうか。

 緋山さんの続けます。

「――諦めた態度。言いたいこととか、伝えたいことがあるなら、ちゃんと相手に言わないと伝わらないだろう」

 

 

 

 水青は驚きに目を剥く。暁美はそんな彼女を置いて迫る女子の前に立つ。面倒臭いのか眠いのか、気だるそうにするのは変わらない。

 相手は「なんで?」と声を上げる。それは水青も同じなのか暁美から視線が外れない。

「アナタ! 邪魔する気?」

「ああ! 邪魔するね。悪いけど雨宮とはダチになる予定なんだ」

 水青は「予定?」と素っ頓狂な声を上げる。しかしその声を気にもとめず、振り返りもせず、更に続けました。

「だからここは下がってもらう」

「そんな……! ……私は絶対に許さない! 許さないんだから!」

 女生徒は叫ぶように吐き捨てて走り去った。一緒についてきた2人も慌てて追いかける。水青の前から脅威は消えた。

 

 

 不良。そんなふうに言われている緋山さんを前にして、引き下がってくれたようです。虎の威を借る狐とはこのことですね。

 後ろを振り返ると、校門の外から崎森さんがこちらの様子を伺っておりました。以前にもこういう事があり、彼女が介入して大変なことになったことがあります。それ以来きつく校門をまたぐことを禁じました。

 今回もそれを守っていただけたようです。

 もう一度視線を緋山さんに向けると、頭をかきながら周りを見渡していました。

 なぜ緋山さんは私を庇うように立つのでしょうか? 今しがた私を「嫌い」と言ったのに。

 そんな背中に言葉がこぼれ出す。

「なぜ私を――?」

「言っただろう? ダチになる予定だからだ」

 「それだけで?」とつい言葉が零れ出す。彼女はニヤリと笑う。そして「そうだよ」と。

 いつも助けてくれる人は父を恐れた人や、私に取り入ろうとする人でした。ですが目の前にいる人はそのような下心は微塵も感じません。笑いながら手だけを差し出す。

「明樹保もアンタと友達になりたがっているのは知っているだろう?」

 一瞬胸が跳ね上がるような錯覚。私は視線を地面に落す。

 桜川 明樹保。私のクラスメートであり、最初から壁とか垣根とかを飛び越えて、自然体で私に接してくださった人。進級して間もない頃、家柄や1年の頃にあったいじめなどですでにクラスでも孤立していました。けれど桜川さんはそんなことを気にせず、私を友人のように接してくれております。私はその純粋に接してくれる温もりが欲しい。欲しいとは思っていても、彼女もいつか私を見放してしまうのではないか。そんな風に考えが私の行動を鈍らせる。

「私は……」

「雨宮はさ、考え過ぎじゃないの? あたしみたいになれとは言わないけど、たまには思うままにしてもいいんじゃないか?」

 勢いそのままに「簡単に言ってくれますね」と口からこぼれた。言って、はたと気づいて緋山さんの顔を見ると満面の笑みを浮かべていた。

「それだよそれ」

「え?」

 緋山さんが口を開きかけた瞬間、顔色が一気に悪くなりました。徐々に後ろに下がりはじめていきます。先ほどの追い払った時とは正反対。疑問に思っていると、私の背後から声が飛んできました。

「お姉さまぁあああああああああああああああああ!」

 振り返ると女生徒がこちらに走り迫っています。胸のリボンの色が同じなので同学年。

 一体彼女は?

「お姉さま! ここで会えたのも運命ですねぇ〜ん!」

「白河?! なんでぇー! 悪い雨宮! 私は逃げるから後でな!」

 刹那とはまさにこのこと。返事をしようとしましたが、すでに緋山さんはおらず、シラカワと呼ばれた方も、私に目もくれず走り抜けて行きました。

「なんだったのでしょう?」

 誰にでもなく問うが、その答えは返ってくることはない。

 

 

 

 

 

 全生徒が体育館に集められていた。校長は生徒一人一人の顔を確かめるように話をする。生徒、教師たちは皆、沈痛な表情をしていた。中には涙すら流す者もいる。体育館そのものの空気が沈んでいるようにも感じられた。退屈そうにする教師はもちろん、生徒ですら誰一人おらず、真剣に校長の話に耳を傾けていた。

 そんな体育館の様子を、明樹保は見渡す。その視線の先には暗い表情の並木。彼女の眉根がハの字を形成した。

 校長は亡くなった生徒のようにならないよう、注意喚起を促す話をする。しかしその話の内容に具体的な対策はない。早めに家に帰ること。怪しい人、変な場所には行かない。関わらないよう。など、普段のホームルームで話すような内容であった。

 そう具体的な対策がないのだ。だから生徒たちも、街の人も「不幸な事故」として今まで処理していた。気にしないようにしていたのだ。だがしかし昨日の事件が決定的なモノとなってしまったのだ。怪異事件は起きている。そしてそれはいつ誰に降りかかるかわからないと。誰もがわかってしまったのだ。

 普段ならば、この手の長い話は聞き流すことが多い生徒たちも、明日は我が身、自分たちに振りかかるかもしれない事態に、必死である。

「井上君が亡くなったこと、またこのような事態になったことを残念に思う」

 校長の声からは悔しさが滲んでいる。ところどころ言葉が震えていた。

 

 

 

 父は何も教えてくれない。何も私には語らない。いつも私のことは父が決める人だ。だから今回の事件も私は何もわからない。何も知らない。

 体育館に来る前に担任の如月 英梨先生に「何か知らないか?」と問われた。私は何も知らない。だからそう答えた。先生も私に聞くのは仕方がない。企業のヒーローに通じるのは私くらいだ。

 私の同級生の方が1人亡くなられました。桜川さんたちのご学友だったらしく、名前は井上 健吾。サッカー部でフォワードであり、部をまとめられる存在だそうです。次代の部長として、また優秀な選手として周囲からかなり期待をされておりました。私も一度言葉を交わしたことがございます。気さくな方でとても話しやすく、気遣ってくださいました。

 2日前の爆発事故……いえ、怪異事件に巻き込まれて亡くなったそうです。

 桜川さんたちの様子を伺った。皆表情を固くしている。葉野さんは普段通り眠そうな表情。緋山さんは苦虫を噛み潰したような顔。富永君は怒っているようにも見えます。早乙女君はぼんやりとどこか遠くでも見るように、話を聞いている。

 井上君の訃報に、クラスはパニックに近い状態になりました。普段しっかりしていた須藤さんをはじめ。神田さん、他数名のクラスメートの方々がかなり動揺していました。私もその1人なのですが。桜川さんは思った以上に動揺しませんでした。須藤さんと神田さんはかなり錯乱していましたが、桜川さん達が励ますことで、持ち直したみたいです。今は――大丈夫なようですね。

 桜川さんの冷静さに内心驚いていた。彼女は一度も涙を見せなかったのだ。私は彼女を普通の女の子と評していた。馬鹿にするわけではなく、ただただ普通。訃報を聞いた時も真っ先に彼女の様子を伺った。でも、泣くことはなかったのだ。明確な意志を感じた。

 私はそれと同時に父を恨みました。あの方はこの事態にも関わらず、対応しようとすらしない。何のための企業なのか。何のためのヒーローなのか。

 思考の海を漂っていた水青の耳に「黙祷」の言葉が流れてきた。他の生徒達に倣い瞑目する。

 

 

 

 

 

(ツクリモノのようにしか見えないや)

 まるで自分だけ別の国に来たかのような錯覚。周りにいる人全てがモノクロに写る。

 教室に戻ったが、やっぱり直ちゃんたちの顔は暗い。そうだよね。私も何も知らなければ泣いたと思う。

 井上君の事は昨日の夜に知った。大ちゃんから聞いた時に「やっぱり」と。魔物が出たのは井上君の自宅がある付近だった。だから、なんとなく覚悟はできていたのかも。

 井上君とは大ちゃんの繋がりで、結構仲良くしてもらっていたんだ。1年の頃は大ちゃん、鈴木君、烈君と4人で、クラスが1つになるキッカケを作ってくれた。お陰で不安だった学校生活最初の1年は楽しく過ごせたんだ。だから……実は大ちゃんが泣くんじゃないかと心配していたけど、昨日も今日も普段通りに見える。もしかしたら普段通りに見せようとしているのかも。

 授業の準備をしながら、携帯のストラップに偽装した魔石を眺めた。

 傍から見たらクリアパーツがついたキーホルダーにも見えるそれ。魔石は私の意志で形を変えることができる。肌に離さず持てるのは便利だね。

 人の死ぬのは嫌だ。誰かが泣いている。そういうことを無くさなくちゃ、終わらせなくちゃいけないんだ。私とエイダさんならそれができる。だから私は戦う。怖いけど、きっと何もしないのはもっと怖いから。

 私は1人決意する。

 しばらくすると教師が教室に入ってきた。みんなと同じく表情はどこか暗い。けど無理に元気付けようとせず、そのまま静かに授業を始めた。私は黒板に書かれている文字をぼんやりと眺めながら、先日の出来事を思い返す。

――ヴァルハザードに関わるからエレメンタルコネ……わかったわよ。拗ねないでよ。魔法少女ね。魔法少女のことは内密にお願いね。こちらに私たちの世界の存在と、その知識が漏れることを禁忌としているの――

 掟。そのせいで私は、真っ先に相談したい相手である大ちゃんに相談ができなくなってしまった。

 だからちょっとこの先が怖い。

――それとエレメ…魔法少女の鍛錬をするわよ。貴方の魔力はすごいけど、使い方が下手くそだから――

 普通の魔法少女は、覚醒後に魔力を一気に使い果たすような現象は起きない。らしい。今まで見てきた魔法少女にそれは見られなかった。だから、使うのが下手くそ。という結論。

 そんなこと言われても困る。それに下手くそって結構凹む。こっちは無我夢中で必死だったし、でっかい蜘蛛と狼がこっちに突っ込んでくるんだよ。そんなの冷静に対処できる人がおかしいよ。

 で、今朝の話である。早起きなんて無理だったのでできなかった。エイダさんはなんとか私を起こそうと、色々な手段を講じたみたいだけど、全て空振り。大ちゃんに起こされるまで起きれなかった。お陰で今朝もまた直ちゃんと烈くんを待たせたよ。

 今の私はヴァルハザードに関わることを、他人に知られることなくこの事件を終らせること。そして私が魔法少女として鍛錬を積むこと。なんだかそれっぽくなってきたなぁ。これで仲間の魔法少女とかがいれば完璧なのにね。でもそれは絶対にあってはならないこと。

 仲間が増えるってことは、あの苦痛と恐怖に襲われるってことだもんね。あんなの2度とごめんだし。他の人に経験してほしくない。

 思い出しただけで、お腹の中の熱が胃と一緒にこぼれ落ちていくような錯覚。

 私は黒板の内容をノートに書き取ることで気を紛らわすことにした。ふと動かす手が止まる。

 今朝のニュースでこの街のことは一切取り上げられていなかった。大ちゃんは「結構でかかった」と教えてくれたので、かなりでっかい光の柱を出したはず。にも、関わらずニュースは、相模沖に謎の浮遊艦隊だ。秋葉原でアウターヒーローがどうのこうの。どこそこの街で鬼がでたとか。隣町で不可思議な事件だとか。スターダムヒーローのランク付けとか。そういうのばかりだった。ニュースだけを見ていると、今起きている事件がすごく小さいんじゃないかって、勘違いしそう。

 ふと窓の外を眺める。

 空はどこまで青く、昨日の出来事が嘘みたい。まるであの時間だけ幻覚で、私はその幻覚を見ていただけなんじゃないか。それとも世界は私だけを置いていっちゃったのかな? なんだか1人だけ別世界にいる感じがする。

(そういえば、エイダさんは今頃調査に出てる頃かな)

 

 

 

 

 

「やれやれ、だな」

 そんな言葉が重苦しい沈黙をつくり上げる。

「何が起きるかわからないものだな。まっ、それが楽しいんでもあるが」

 ルワークは大して驚いた様子もなく、淡々とした口調だった。

 亀裂が走っているステンドグラスの窓が、室内を歪に彩る。その部屋に数人の人影があった。皆日陰に入っているため姿は見えない。息を呑んでいるのか、はたまた恐怖しているのか、誰も言葉を発しない。

 周りにいる者達は動揺した素振りを見せていた。彼らにとって主力である同胞が1人脱落したのだ。我が身にその災が降りかかるかもしれないと、皆気が気でない。そんな動揺を鎮めるかのようにルワークは口を開いた。

「面白くなってきたな。だが、魔石を奪われたのは痛い失態だったな。クリス、お前にしては珍しいな」

 数人の男女の真ん中に、女性がいた。銀色のショートヘアー。前髪が右目だけ隠すくらい伸びているのが特徴的だ。クリスは片膝をつき、前かがみになったまま微動たりせずに答える。

「はっ! 申し訳ございません」

「謝罪はいい。もしも責めを負うとするならばアリュージャンだ。お前はよくやったほうだ」

 彼は少し呆れたように言い捨て、天井を仰いだ。そんな挙動ですらクリスには美しく映るのか、頬を赤らめながらため息を吐いた。

「我が主ルワークよ」

 1人立ち上がり一歩前進する。ルワークはその人物に視線を流した。視線の先には筋骨隆々の男が勇んでいる。

「なんだオリバー?」

「些細を知りたい。我らを倒せる戦力はここにはいないと聞いていた」

 そう思うのは自然だ。彼らはこの地に、エレメンタルコネクター以外に自分たちに害をなす存在などいないと思っていた。しかしそれは昨夜で一変した。

 ルワークはクリスに視線だけで促した。クリスは戸惑いながらも語り出した。

「アリュージャンを回収しようと捜索したところ、すでに討ち取られておりました」

「なんだと?!」

 誰かが、驚きの声を漏らす。

「最初は報告にあった絡繰の戦士たちにやられたのだと思いましたが……」

 彼女は少し言い淀む。青く透き通った瞳が少し揺れ動く。周りの者たちも少し訝しむ。オリバーとルワークは黙って続きを促した。

「それは違いました。そこにいたのは、龍……といいましょうか。ドラゴン。そんな印象を受けました。とにかく黒い甲冑を纏った戦士です。絡繰の戦士とは見た目も、纏う気迫そのものが別で……一目見て、その者がアリュージャン討ったのだと確信しました。そしてその戦士の手に魔石の入った袋とアリュージャンの魔石が握られており、奪還を試みたのです」

 クリスは一息ついてオリバーと視線を交わす。

「多少の戦闘はしましたが、相手は特に抵抗もせず守備に徹していました。今にして思えばアリューシャンの魔石を囮にされたのかもしれません」

 クリスは昨日の戦闘で、特に抵抗を見せなかった敵の真意を推測した。彼女が回収できたのはアリュージャンの土の魔石のみである。

「そして中身が石ころにすり替えられていたのに気づいた。ということか」

 オリバーの問いにクリスが首肯する。

 彼女が回収した魔石の入った袋。しかし中身がそっくり入れ替えられていたのだ。

 ルワークは少し考える素振りを見せた後。口を開く。

「アネット」

「なにさね」

 アネットと呼ばれた老婆が一歩踏み出た。濃緑色のローブで全身を覆っている。ボサボサの白髪。腰は折れ曲がり、杖を手にして地に立っている。

「ここのエレメンタルコネクターはお前に任せる。他の者は志郎の指示に従ってくれ」

 オリバーは主の前へさらに歩み出る。その表情は獰猛な獣のようであった。今にも飛び出していってしまいそうな気迫。

「その漆黒の戦士。エイダの件と共に我に任せてもらえないだろうか?」

「いいだろう。だが、魔障はまだ癒えていないのだろう? 重ねて言うが、無理は禁物だ。これで今日は解散だ。――行け!」

 影にいた存在は消え、本日の集まりは終えた。他の者達もすぐに自分たちの持ち場へと戻っていく。オリバーは牙を剥き、狂喜に顔を歪ませる。

「血肉が滾るぞ」

 

 

 

 

 

 私の幼馴染である桜川 明樹保は諦めが悪いところがある。こと他人であればあるほど、だ。今の事案は雨宮 水青である。進級してから同じクラスになった雨宮さんが孤立していると気づくと、一緒にお弁当を食べようと毎日持ちかけては玉砕の繰り返しているのだ。

「諦めたらどう?」

「明日は大丈夫」

 やっぱりこれだ。

 聞こえるように溜息を吐く。しかし明樹保にはまったく効果が無い。反応を見せることも無く弁当に一心不乱に手を付けている。

 で、今日まで至ったわけだ。もちろん今日も玉砕。

 今日も昼食を食べる場所はいつもの屋上だ。今日は緋山さんの子分? 手下? も一緒である。

「ここは花園ですな!」

「カワイコちゃん多くて最高! ふぉぁああああああああああああ!!」

「黙れ斎藤! てか、お前らどこで嗅ぎつけてきたんだよ!」

 視界の端で足が素早く動くのが見えた。2発の打撃音。緋山さんは叫び声を黙らせる。

「自分たちもたまには白河に抜け駆けして、姐さんと飯を食いたいっす」

 小太りで背が小さい佐藤君と、頭をリーセントヘアーバッチリ決めた斉藤君が、嬉しそうに騒いでいる。他の生徒たちもいるのだが、こちらに怯えて距離を置いている。

 悪目立ちしているのはよくない。

 それもそのはず2人はこの街でも名の知れた不良であるが、緋山さんにちょっかいを出して、酷い目に遭って以来「子分だ! 手下だ!」といって付きまとっている。当の緋山さんはそういう活躍などもあってか一部の女子に人気らしい。ファンクラブもあるとか。今名前の出た白河という人物は、なんでもそのファンクラブのリーダーとか。

 ちなみにウチのグループで不良が来て動揺しているのは神田さんだけだ。ときおり小刻みに震えていたりする。

 そういえば緋山さんも不良っていうレッテルは貼られているけど、明樹保とゆう君にあっという間に引剥がされちゃったんだよね。今ではクラスのマスコットだよ。

「鳴子、怖いの?」

「だだだだいじょうぶ!」

 葉野さんは聞いてはいるが、心配しているわけではない。怯えた神田さんを横目で見ながらニヤニヤしているのだ。たぶん、表情がくるくる変わるのを見て楽しんでいるのだろう。私も色々な顔を一瞬で見せる神田さんを見ていて楽しい。

 よくよく思い返せば、彼女たちも明樹保が1年の時に声をかけたおかげで仲良くなったってのもある。雨宮さんのとこも明樹保の好きにさせるのもありかな。

 

 

 

「ったく。ここの食事は男子禁制だっつーの!」

 暁美は2人を輪の外に押しやりながら言う。ちなみに手にしているのは購買で買ったパンだ。

「そんなの聞いてないっすよ!」

「姐御だけ独り占めっすか! ずるいっす」

 そんな押しに、必死に抵抗する男子2人。そんな様子に鳴子は「ひっ」と怯える。

「何を独り占めだ! 神田が怯えているだろう!」

 暁美は男子2人を蚊帳の外へと押し出そうとするが、2人はしつこく粘っていた。

「まあ一緒に食べてもいいんじゃない?」

 凪の発言に、鳴子は挙動不審になっていく。それを横目で確認して、口の端を少しだけ釣り上げる。

「神田さん気持ちはわかるよ。出来れば関わりたくないものね。でも諦めよう」

 直はすでに諦めたらしく、そそくさと弁当に手をつけていく。

「おいおい」

 暁美は少しげんなりとし始める。

「なんかあったらなんとかしてくれるんでしょう?」

 凪の問いに暁美は力強く頷く。

「そうだな。その時は任せとけ。潰すから」

 男子2人に見せつけるように、何かを掴んで潰す動作をする。2人は股間を守るように押さえつけて顔を青くした。

 そこからは他愛も無い話ばかりに進んでいく。「あの授業はどうだ」「あの教師がいやらしい目で見てくる」「誰それが付き合っているらしい」だの女子らしく噂話に花を咲かせる。当人たちは気づいていないが、井上の話は敢えて忌避していた。男子2人はなんだかんだで大人しく参加している。購買で買ったパンを食べながら、思い出したかのようにツッコミを入れてたり、ボケたり。

 

 

 

「そういえば保奈美先生が、彼氏と別れたみたいね」

 葉野さんはいつもと変わらずぼんやりした表情。感情がこもっているのかこもっていないか曖昧な声音だ。「すごくショック受けているらしくて、時折泣いているみたいよ」と付け加えた。

「えっ? 嘘!」

「結構ショックでかいみたいで、授業もちょっとおかしかったりするんだって」

 明樹保は初耳だったらしく、鳴子と顔を見合わせる。が、すでに知っている側の鳴子は情報を付け加えた。

 緋山さんが「ほなみ先生って?」と聞いて来たので、軽く説明する。

「簡単に説明すると私達の1年の時の担任の先生だよ」

 可愛らしく、また年も近かったので親近感を覚えた。新任で初めて請け負ったクラスだったので、卒業式でもないのに最後のホームルームでボロボロ泣いたのが印象的だ。最終的には先生が生徒にフォローされるという奇妙な光景が広がったのだけど。

 それを思い出しながら説明する。

「そうなのか」

「そう。そして一時期ゆう君と噂に上がった時期があった」

 もちろんそんな事実はなかったのだが。その時のことを少しだけ思い出して、腸が煮えくり返りそうになった。が、すぐに冷えた鉄を鍋に入れる。

 緋山さんは興味無さそうに「へぇ」と返す。そんな返事に若干私の眉根はつり上がった。が、周りは気づかない。

「でも、あれって大に、保奈美先生が相談持ちかけていただけだよね。恋愛相談だったかな?」

 葉野さんは牛乳パックで遊びながら言う。息を吹き込んでふくらませたり、吸って凹ませたりだ。

 それは初耳だ。つまりゆう君は縁結びの役割を担っていたのかな?

「難しい職業の方だったみたいで、時折早乙女くんが話しを聞いてた」

「ヒーロー関係だったかな? 一度相談されたことあるよ」

 神田さんと明樹保が立て続けに情報を付け加えていく。

 なんでこの3人はそれを知っていて、私は今の今まで知らなかったんだろう。そっちのほうに怒りが向く。

 寂しいような、悲しいような、孤立感。そんな気持ちが襲ってくる。

 そんな屋上にもう1人来客がきた。

「おうやってるな」

 早乙女 優大である。

 ゆう君が来るやいなや、明樹保は少し座っている位置を横にずらした。

 その素振りに、一瞬だけ暗い感情が沸き立つ。

 そういえば、ゆう君は緋山さんのこと好きなのかな? この前の髪とか見ていて羨ましかったな。手入れしてないみたいだけどその割には綺麗だし。いいなぁ……。

 私は内心緋山さんに嫉妬した。

 ゆう君は不良2人を一瞥した後、明樹保たち全員の顔を見渡した。

 ゆう君は明樹保が空けた場所に自然と座った。その自然体がなんだかすごく羨ましく思える。そう。いつもいつもいつも、だ

「どうしたの?」

 葉野さんはゆう君のそんな様子に首をかしげる。

「まあ――」

「え? なんかあったけ?」

 明樹保は素っ頓狂な声をあげる。優大は彼女の様子を伺うと、弁当の中身をつつき始めた。

「――大丈夫そうだから用は済んだな」

「ああ……ありがとう」

 これだ。これだよ。

 箸の先を噛んで気を紛らわした。

 もちろん今の会話は2人だけで成立しているため、私以外はぽかーんとしていた。いや私も井上君の事がなければ置いていかれていた。

「以心伝心ね。そういう関係なのかしら?」

 葉野さんは不敵に笑う。

「明樹保ちゃんと早乙女君すごいです」

「なんのやり取りだよ。もしかしてあれか? お前たちやっぱり? どうなんだ?」

 緋山さんは意味深に笑う。葉野さんと神田さんは2人を興味深そうに眺めている。不良2人は意地悪そうに囃し立てては笑っていた。それらを見てゆう君は「好きだな」と声を出している。

 ゆう君は少し悩んだ素振りを見せた。話すか話すまいか、と。珍しく時間をかけてだ。

 口を開いた所で、この後の振るべき話題をいくつか用意しておく。

 たぶん空気は冷える。

「そういや緋山は知らなかったな。俺も明樹保も井上とは仲良くしていたからさ。みんなの様子を確認するついでに明樹保がショック受けているかなって、見に来たのよ」

 井上。その名前が出ただけで今まで盛り上がっていた空気が一気に冷えていく。

「それで私はありがとうって」

 静まり返るみんな。どんなに盛り上がろうとも、やっぱり彼の犠牲は私達にとって大きい物なんだと、実感した。

 緋山さんは「そうだけど、そうじゃないよ!」と叫んだ。

「んーなんだよ?」

 ゆう君は緋山さんの言葉に、首を傾げる。

「いやだっておかしいだろう? どうやったらいしんしん状態になるんだよ」

 緋山さんは鈍感なのだろうか? というか、いしんしん?

「暁美……さっき私は、以心伝心ってちゃんと言ったわよ?」

「うるへー!」

 斎藤君と佐藤君がそろって「姐御。それくらい自分たちでもわかるっすよ!」と言った瞬間鈍い打撃音が2回屋上に響く。

 なんとか空気が持ち直した。

 ゆう君は井上君のことで、動揺している素振りはない。ゆう君の中では、もう解決しちゃっているのだろうか。

「そんなことより、私は1つ気になっていることがあるんだけど?」

 葉野さんは変わらずの態度、声音。

「なんで今日暁美は学校に早く登校できてたのよ」

 葉野さんの問いに神田さんが大きく頷く。

「ああ…………えーっと……」

 ゆう君を一度ちらっと見たのを私は見逃さなかった。

 なるほど……ゆう君がなんかしたのか。

「た、たまにはそういう日もあっていいじゃないか! そ、それよりあれだ! 明樹保と早乙女のあれ? ほれ、仲のいいところを突くんだよ!!」

 しどろもどろになりながら「おかしいだろ」と、無理矢理矛先を戻そうとする。

 それもそうか。他人からすれば熟練の夫婦のようなやり取りだ。あれだけの会話で何を話しているかわかったらすごい。私は辛うじてだけど。この2人の会話の情報量は時に少なくても成立する。だから、置いて行かれる時があるのだ。もちろん当人たち同士のやりとりなので、それでいいんだろうけど。

「えへへ、特別でもなんでもないよ。幼馴染だからだよ」

 何を嬉しそうに「えへへ」なのよ。

「ただの幼馴染。かなりの頻度で両親の代わりに面倒見てる」

 ゆう君は少し意地悪そうに笑う。明樹保はそれに対して少し膨れ面になった。

 羨ましい……。

 ゆう君の言葉に緋山さんは首を傾げる。

「あれ? 明樹保、親御さんは?」

 明樹保は少しだけ寂しそうな表情をするが、すぐに笑う。

「うちのお父さんとお母さんはね。ヒーローのマネジメントやプロデュースする仕事しているんだ。だから家にいないことのほうが多くて……」

「それで俺が面倒をちょくちょくみているってわけだ」

 緋山さんは「なるほど」と言い、それ以上は詮索しなかった。誰からとも無く話をしなくなる。

 しばらくして私は口を開く。

「ゆう君こそ井上君のこと大丈夫なの?」

 思った以上に声が声が低くなっていた。優大は空を見上げる。透き通るような青空に話しかけるように言った。

「大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

「あなたがヒーローを呼ばなかったから、井上君は死んだのよ!」

 廊下から怒鳴り声が響く。私たちは揃ってその声の方を見た。

 雑談しながら思い思いの場所へ足を運ぼうとしていた時だった。

「なんだろう?」

 私のつぶやきに、暁美ちゃんが「またか……」と言って声のする方へ駆け足で向かった。私たちは顔を見合わせて暁美ちゃんの後を追う。

 こういう争い事に遭遇すると、なんだか気持ちが落ちる。怖いし、悲しいし。せめて井上君へ黙祷した今日くらいは平和でいてほしかったな。

 向かった先に人垣ができていた。その向こう側から暁美ちゃんの声が聞こえた気がする。なんだろうと考えていると、人垣が左右に動き始め、奥から2人……暁美ちゃんに手を引かれて水青ちゃんが出てきた。

「ちょっと話はまだ終わってない。逃げるな! この人殺し! 井上君を、井上君を返してよ!」

 奥で同学年の女子、井上君の彼女って噂されていた人が叫んでいた。

 どうしてこんなことできるんだろう。悲しいのはみんな同じなのに。

 なんだか井上君の死を理由に、誰かに当たり散らしているように見えて、悲しくなった。

 そんなの……そんなのってないよ。そんな井上君の事で誰かを責めていいなんて、おかしいよ。そんな事をしても帰ってくるなんてことないし。それで心が晴れるのはその人だけ。その鬱憤は他人に押し付けられて、それがまた伝播して溜まっていく。そんなの意味ないよ。

 ふと頭の上に温かい感触伝わる。慣れ親しんだ感覚。気づくと視界がぼやけていた。頬に涙が伝わってもいる。

 視界を上へあげると大ちゃんが少し寂しそうに、私に笑いかけてくれている。

 大ちゃんだってきっと泣いている。泣きたいけど泣けないんだ。ここにいる誰よりも大切な人を失う苦しみを知っているから泣かないで耐えている。そんな気がした。

「やれやれ、だな。お前たちは雨宮と一緒にいろよ。直は職員室に行って先生呼んできてくれ。俺はとりあえず話聞いてくるから」

「わかった」

 大ちゃんはそう言い終えると動き出す。暁美ちゃんと入れ違いに、叫んでいる人の前まで行き対峙する。直ちゃんも足早に職員室に向かっていった。

「あ、あの……私なんか――」

「くどい! そしてそういうところは嫌いだ」

 そう。水青ちゃんの悪いところ。すぐに隠すんだ。水青ちゃんとは本音で話し合えたことはない。なんていうか、すぐに壁を作られちゃうんだよね。家柄っていうのもあるんだろうけど、その壁を感じてみんな水青ちゃんに遠慮するようになる。なんとかしてあげたいけど。まずはお話からだよね。

 水青ちゃんが私達の前までやって来るのを見計らって、精一杯の笑顔を作る。

「行こうみーちゃん。私達とお話しよ?」

 

 

 

 

 

「ここなら誰も来ないと思うわ」

「ありがとうございます保奈美先生」

 先生は微笑んで「いいのよ」と言ってくれました。

「雨宮さんも、自分を大切にね?」

「え?」

「じゃあいくね。後の事はお願いよ?」

 私の言葉には答えてくれない。代わりに桜川さんへと向き直り、鍵を渡す。

「あ、じゃあ俺達は一応こっちに人が来ないように外で悪ぶってますね」

 斉藤君は佐藤君を引き連れて外へ。先生もそれについていくように出て行った。外からは「ほどほどにね?」という声が聞こえてくる。

 教室は机と椅子の倉庫として使われている。倉庫、の割には掃除などが行き届いているのか、綺麗だった。

 桜川さんと神田さんが椅子を用意する。どうやらここで座ってお話をするようですね。

 面と向かって「嫌い」なんて言われるのは慣れていました。だから緋山さんの言葉も慣れていたモノ。慣れていたつもりでしたが、なのにいつもよりすごく深く刺さる気がして……。

「何から話そうか?」

 嬉しそうに桜川さんが話しかけてくる。

 こんなにまっすぐな笑顔を向けられることがすごく久しぶりに感じられた。

「あと……えっと」

 

 

 

 水青は身動ぎしながら言葉を探すが見つからず黙ってしまう。そんな姿を見て凪が一歩前に出て口を開く。

「何が原因なの?」

 凪の表情は無表情で、ぼんやりとしているようでした。すぐ後ろで鳴子が強く頷く。

「その……いえ、皆さんには――「だーかーらー、なんでそこで壁を作ろうとするかな?」――ッ!」

 暁美は睨むような強い目つきで彼女を射抜く。

 水青は視線を彷徨わせるが、結局地面に落す。それを見て暁美は少し落胆した表情を見せる。険悪な沈黙がその場を支配し始めた。

 水青は所在なさげにする。

「私ね。今日は早起きしようとしたんだ。目覚ましもセットしたんだ。でも結局、起きれなかった。大ちゃんに起こされちゃったんだ」

 明樹保以外の全員が、驚いた。先ほどの事とはなんの関係もない話に。水青の呆れたような表情。それを向けられても明樹保は動揺せずに話を続ける。

「すっごい自己嫌悪。2年生になったんだし、――自分のことは自分でできるようになるんだ――って大ちゃんに言ったばかりだったから余計にね」

 明樹保の表情はどこまでも穏やかで、自己嫌悪していると言っている割には、楽しそうに話をする。水青にはそれが理解できないのか、困惑するだけだった。

「みーちゃんは、どうやって朝起きているのかな? みーちゃんはいつも学校に余裕を持って着いているって聞いたことがあるから、気になって」

 あまりの突拍子もないことに、水青の口が開きそうになる。何を言っているのかわかっていても、理解が追いつかないのだろう。

 それでも水青は必死に理解できている部分で、質問に答えようと普段の日常を思い出す。

「あ、えっと……目覚ましが鳴るより先に起きています」

「すごーい。でもどうして目覚ましが鳴る前に?」

 明樹保の真っ直ぐな瞳が水青を射抜く。その瞳はキラキラと輝いているようにも見える。まるで相手の心の中まで覗くかのような透き通った瞳。

「あの、その……そうですね。起こされてしまうんです――」

 水青は湧き出る泉がその勢いを止められないように言葉を紡ぐ。その言葉は徐々に早くなっていく。

「――そうしないと崎森さんに起こされてしまうので……」

 しどろもどろになりながら返答する水青。明樹保の質問の意図がわからず、彼女は目を見開いたままである。

「サキモリさん? その人に起こされると怒られちゃうの?」

「あ、いえ……その……私や母のお世話をしてくださる方です。メイドと言えばわかりやすいでしょうか?」

 暁美は「メイドさんいるんだすげーな」と漏らす。凪は「そりゃあ社長令嬢だし。1人や2人はいるんじゃないの?」と反応する。

「その人にみっともない姿を見せたくないだけです。そういうのを見せると父に――」

「そっか。お父さんに告げ口されちゃうんだ。それは起こされるよりも早くに起きちゃうね」

 水青は辛うじて「ええ」と答えた。そんなやり取りに鳴子は傍と気づく。

「はいはい。今度は私です」

 彼女は律儀に挙手する。

 水青の表情からは困惑が浮かぶ。それを知っても鳴子は止まらない。

「今朝は目覚ましで起きれなかったんです。それは昨日の夜遅くまで、ヒーローのエンジニアになるための参考書とか雑誌とか読んでてなんだけどね。酷い時は外が明るくなっているときがあるんです。なんていうか読み始めると止まらなくて! 雨宮さんはそういう時どうしてます?」

 鳴子は身振り手振り、早口で喋る。そして表情もコロコロ変わっていく。

「そうですね……」

 水青が考え込んでいると明樹保が間を置かずに会話に割り込む。

「私もこの前漫画読んでたら、0時過ぎててびっくりしたことあったよ」

 鳴子と明樹保は「不思議だね」なんて言い合っている。すかさず暁美が「いやそれ絶対に不思議じゃないだろう」とツッコミを入れた。

「早く寝る。これね」

「お前は授業中寝過ぎだ」

「暁美、あんたもね」

 凪にツッコミを入れた暁美だが、返り討ちに会い「うぐっ」と言葉をつまらせている。

「私は……好きなモノはあまり作らないようにしています。ですから熱中することはないですね」

 「え?」と凪以外の面々が声を上げた。

「あ、いえ……彩音さんがそれを知ると、翌日には父からの贈り物で埋め尽くされるので――」

 過去あったたくさん事例を思い出したのか、水青の目が一瞬だけ半目になった。そして言葉を切ると溜息を漏らしてげんなりした素振りを見せる。

「――ですので、好きなモノを作らず、夜は予習復習をしてすぐに就寝するように――なにか?」

 水青の話を聞いた凪以外の3人は信じられないという顔をする。凪はぼんやりとした顔で4人の様子を眺めていた。

「もったいない!」

 明樹保は大きく叫んだ。

「――はい?」

「予習復習して寝ちゃうの? 他にやることとかないの?」

 

 

 

「はい……何かまずいことでも?」

 鳴子さんが食いついてきます。意外な一面に私は何も知らなかったのだなと自嘲。それもそうですね。暁美さんの言ったとおり「壁」を作っていて、人を知ろうとしなかった。表向きだけで知った気になっていたのかもしれません。

 葉野さんが面倒くさそうに言った。

「じゃあ次は私ね。いつも寝ながら授業を聞いてて、割りと試験とかなんとかなっているんだけど。家で勉強したほうがいいのかな?」

 逆に私がそれは聞きたいです。どのようになればそうなれるのか。

 葉野 凪。私が唯一試験で順位を抜けない方です。もちろん試験で抜くことに躍起になっているわけではないのですが、常にTOPを維持されていましたので、意識はしていました。授業中は寝たきり。それだけで点をとれるのか? 同じクラスになるまでは、それを信じられずにいました。が、今ではそんな疑念は微塵もないくらい寝ている姿を拝見しています。ですから家で勉強しているのだろうと思っていました。

 ですが、そうじゃないと葉野さんは今おっしゃいました。

 今の私は思ったことを口に出してしまいます。すでに抑制が効かない。だから「私のほうが聞きたいです」と逆に質問していました。

 質問を質問で返してしまったのは失礼でしたね。ですがそれすら抑えることが敵わない。

「凪ちゃん凄いね」

「昔は神童って言われてたんだよ」

 桜川さんと神田さんは「すごいね」と互いに顔を見合わせて、頷き合っています。

「しんどう? 苗字?」

「神童。優秀な才能を持つ子供の事をそういう風に呼ぶことがあるの。苗字のしんどうではないわ」

 緋山さんに呆れているのか、葉野さんは半目になってらっしゃいます。あれ? いつもと変わらないような気も……。いえ、それより今は――。

「本当に寝ているだけなのですか?」

 私の後に桜川さんと緋山さんは口々に葉野さんに迫る。

「寝ているだけ。寝ている時に授業もついでに聞いているだけ。だから勉強したほうがいいのかな?」

 葉野さんはさも当然と言った感じです。

「本当にノートとかとらないの。試験勉強とか一緒にしようとしても、私だけが勉強してて凪ちゃん全然勉強してないんだ」

 フォローが入る。神田さんは「逆に私が教えてもらってばかりで……」と小さく付け加え、うなだれています。そんな様子に葉野さんは「えっへん」と胸を張って見せつけていました。

「ですが、神田さんも常に上位に位置づけてらっしゃるじゃないですか」

 私は知っています。神田さんも常に上位に位置づけており、周囲からは天才と秀才の2人と言われていました。神田さんは「それでもね……」と床に「の」の字を書いていきます。

 そこで緋山さんは気づいたかのように言いました。

「うちのクラス頭いいの多いな。葉野に神田。雨宮、早乙女、富永、須藤と結構上位の常連だろ?」

 緋山さんは苦虫を噛み潰したような顔になりました。言われてみればそうでした。不思議ですね。もう少しバラけてもいいと思うのですが。

「暁美は少し勉強したほうがいいんじゃないの?」

「うるへー!」

 私の視界の端で、葉野さんが意地悪そうに笑いながら緋山さんを茶化していました。そんな姿を桜川さんは微笑むように眺めていました。先ほどまでの険悪な雰囲気を、変えることができたのは彼女のおかげですね。

「母親に口うるさく言われる前に、中間テストは頑張るかな……」

「私も頑張らないと……」

 桜川さんと緋山さんが揃って肩を落とす。

 私の視線に気づいて桜川さんが口を開く。

「みーちゃんは試験でいい点を取れないと、お父さんになんか言われるの?」

 何も言われない。言われていない。そんなことは一度もない。

 その事実に動揺する。が、すぐに整えてから答えた。

「いえ……特に、何も」

 そんな答えに桜川さんは「いいなー」と声を上げた。

 そういえば父が私の私生活は知っても、咎めたりすることはあまり無かった気がします。そういえば怒られたことなんて久しくない。

 そう気づいて胸に溜まっていた泥のようなモノが口からこぼれた。

「父は……私のことなんてどうでもいいんですよ。逐次崎森さんに監視、報告させておいて、今起きている怪異事件のことには一切感知せずに、会社のことばかり。家族なんて二の次なんです」

 そこまで言って、とんでもないことを口走ったことに気づいた。

 周りの様子を伺うと驚いた表情。

 無理もないですか。皆さんは非難するするでしょうね。そんな風に思っていたからでしょうか――

「いいな」

 ――そんな、羨望の言葉が来たことに心底驚きました。

「え?」

「いや、いいなって」

 疑問に思っていると、緋山さんはここにいる全員の顔を見渡し、意を決したかのように喋り出しました。

「父親に不平不満とか持ててるのが羨ましいなってね。あたしの家さ、母子家庭でね。ある日突然親父が蒸発しちゃったんだ。だからか、雨宮……水青のそういう感情とかあたしは持つこともなくってね。なんだかそれがすごく――上手く言えばいけど父親に希望がもてるっていうのかな? そういうのがいいなってね」

 

 

 

 言い終えて、暁美は恥ずかしそうにそっぽを向いて頭をかいた。

「希望なんて……」

「持っているから、不満が出るんだろう? その不満をぶつけてみれば?」

「そんなことは……ありません」

 水青は自身が父親に希望を持っていた事に初めて気づいたようだった。だが、彼女は首を降って頑なにそれを否定する。それを見かねた凪は口を開く。

「貯めこむのはよくないわよ? 私の家は大人数だから、常に本音のぶつかり合い。毎日喧嘩よ。でも、嫌いになっても無関心にはならないわね。結局みんなも家族の事は好きだし」

 肩を竦めるように彼女は言う。鳴子も続くように口を開く。

「私はお母さんが聞いてくれるから、それで助かってるのかな?」

 水青は信じられないと言った顔になる。彼女は救いを求めるかのように明樹保を見やる。

「私も不満とかあるし、ぶつけるよ」

 明樹保はどこか遠くを見ながら思い出すかのように口を開く。

「みーちゃん以外にはさっきも言ったんだけどね。お父さんとお母さんが家にいないことが多いんだ。それでそういうのずっと不満に思ってたんだ」

 明樹保は笑って話す。自嘲するでもなくただただ楽しい思い出のように。

「でもね。大ちゃんがいたから。大ちゃんはね。大ちゃんのお父さんとお母さんにもう逢えないんだよ。それを知っているから私は少し我慢できた」

「お前……」

 明樹保の言葉に暁美は同情した。

「でも、そういう我慢に無理が出ちゃって、その時に大ちゃんに言われたんだ。――言える相手がいるんだから、言いたい事があるなら言ったほうがいい――ってね」

 明樹保以外は皆黙り込んだ。何か触れちゃいけないモノに触れてしまったかのように。それでも彼女は笑う。

「それで、お父さんとお母さんに思っていることを、一度だけ全部ぶつけたことがあるんだ。そしたらお父さんとお母さんが――ごめんね――って泣きながら謝りだしてね。私もわけがわからず悲しくなって、泣き出しちゃって。家族で一晩中泣いたんだ」

 明樹保「えへへ」と笑う。

 

 

 

 そんな姿が私には強く見えました。

 どうしたら桜川さんのように強くなれるのだろうか?

「私も……父に言えるでしょうか?」

「きっと今のままのみーちゃんじゃ言えないよ」

 桜川さんの答えに、周りも首肯して同意する。

「どうして?」

「あー、それはだな――」

 緋山さんが答えを言おうと口を開くが、明樹保に制されてしまう。

「それはみーちゃんが気づかなくちゃいけないもの。だから手助けは出来ても、みーちゃん自身が心でわからなくちゃダメなんだ」

 

 

 

 

 

 午後の授業の内容が頭に入らないくらい、自問自答を繰り返しました。が、結局わからないまま。最初は私だってそれくらいは言えると、息巻いていました。が、ふと冷静になった今では、桜川さんたちの言うとおり、途中で想いをぶつけることをやめてしまう。諦めているのだ。そう考えていた。けど、緋山さんは「希望があるからこそ不満が出るんだろう」と言う。それもあります。

 私は父にどうなって欲しいのでしょう?そして――

「――どうすれば変われるのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 若草色の光を纏っているが、道行く人はそれを気にも留めない。単純に気づいてないだけ。自身の目線より下の、しかも道端を常に注視しているものでなければ気づかないだけの話だ。それでも子供達は指差して「光っている」と指摘するが、大人はそれを信じない。大体は「はいはい」で済まされてしまう。

 故に魔法を使っても怪しまれないのだ。今現在黒猫である私は街中で魔法を発動しているが、特に怪しまれたりはしていない。

 単純な作業故に、少し退屈である。でも、退屈だからといって投げ出していい理由にはならない。今もこの瞬間誰かが魔物に成り果て、命が断たれているのかもしれないのだ。そう思うと身が引き締まる。

 そういえば明樹保は大丈夫だろうか?

 昨日の今日である。しかも話を聞いたところによると、親しき友人が亡くなったと言っていた。心身ともに疲労している可能性は捨てきれない。けれどそんな様子には見えなかった。魔力も恐ろしい早さで回復していたし、そういう意味では大丈夫だろうが。

(しかし魔力の総量も凄ければ回復力もすごいわね)

 若草色に光る球体を電柱に触れさせる。電柱の表面は波打つ。そして光の球体が沈んでいくように同化した。

 こうして街中を歩いてわかったこと。それはすでにルワークたちはかなりの魔物を保有しているということ。街中で魔力の痕跡がそこかしこにあった。ここだけで行動を起こしているわけではないはず、なので数はそれなりにいると見ていい。特異な魔物も数匹いると仮定して動いたほうがいいだろう。

 ふとエイダは思い出したかのように念話を走らせる。

 もちろん送った相手の返事はない。

 私は猫という身を忘れ、溜息を漏らす。

 もちろんそんな姿を奇異な目で見る者はいない。

 すでにこの地にいないのだろうか? だとしたら、明樹保と私だけで事態の収拾に当たらなくてはならない。それはかなり厳しい。というか無理だ。オリバーで詰む。

 更に言えば、明樹保は魔力の使い方が下手くそである。とてつもない魔力量そして回復量だが、それだけである可能性がある。半覚醒の時も、本覚醒の時も強引な魔力の放出。しかも、使い方は蛇口を全力で開栓した水が出るかのようだ。そして自身の魔力が尽きるまで放出する。もちろんまだ使用は2回だが、とても器用に使えるとは思えない。今まで何度かエレメンタルコネクターの覚醒には立ち会ったことはあるが、あんな覚醒の仕方は初めてだ。

 故に特訓が必要だ。必要なのだが……。

 私の視界に学校の校門が映る。

 かなりの高級車が近くに停車していた。

 天乃里――。あの子がいるとすればこの学校にいるはずだ。

 探そうかと思案していると校門が騒がしくなった。なんだろうと観察すると明樹保と見知らぬ女生徒が数人駆け出していく。車の近くに立っていた女性の制止の声を上げるが聞こうともしない。なんだろうと思っているとこちらに走ってきた。

『何があったの?』

 私が念話で話しかけると明樹保は驚いて当たりを見渡す。そして私に気づいた。

「明樹保急げ。あいつすごい速さでこっちに来た」

「ああ、うん!」

『ごめん急いでいるから後で』

 そう言い残して明樹保たちは走り抜けていった。

 ごめん後で……じゃない。今がどういう時かわかっているかしら? もう!

 内心不満をこぼすが、明樹保たちを追いかけることにした。

 

 

 

 

 

〜次回に続く〜

 

説明
魔法少女の日常に忍び寄る影 そんな感じ

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