蓬莱学園の迷宮『第一話・旧図書館整頓隊55分隊』2/6 |
★真央、旧図書館へ行く
翌日の放課後、真央はさっそく旧図書館へとやって来た。
「おっきいぃぃぃぃぃ!」
初めて見る旧図書館。その偉容を見上げ、真央はそれ以外の言葉がなかった。
コンクリートで造られた建物は、見た目は七階分の高さがあり、所々に崩壊の跡が見えるものの、未だ堅牢さを保っていた。
入口に立って右を見れば、どこまでも石壁と窓が続く。左を見ても遥か彼方まで建物が切れることが無い。見上げると様々な小建築物が、無秩序ながらも美意識を持って積み上げられている。その姿はまさに軍艦の異名に相応しい。真央は以前聞いた話を思い出した。
(現在、旧図書館入口として使われているのは1925年に最初に完成した建物で、その見た目から通称『軍艦図書館』と呼ばれているところ。完成直後に大規模な増築が始まる)
軍艦図書館の大きさは、例えば東京駅の丸の内駅舎と比べて高さで二倍、建築面積で四倍近い。しかもそれは旧図書館の一部でしかないのだ。
真央は身を乗り出すようにして建物の左右を見渡し、その先がどうなっているか確認すると眉をひそめた。
「でもドリルはついてないな?」
・・・彼女の軍艦に対する認識は世間と少し違うようであった。
ドリルっぽい物がないことを確認した真央は、建物の中央にある階段を上り、古風なデザインのドアから中に入った。
中は大きな円形のロビーになっており、雰囲気は古い欧州のホテルと駅が一緒になったような感じだった。
広いロビーには書架が無数に並び、旧図書館で発見され閲覧が可能な図書が収まっている。奥のカウンターでは数名の図書委員たちが忙しそうに働いており、その両脇には二階へ続く巨大な大理石の階段があった。
真央はロビーを渡り、カウンターで『整頓隊資料室』の場所を聞くと、再びロビーを横切って建物の左側にあるドアの前に立った。ドアには『整頓隊資料室』というプレートが架けられている。そこで大きく深呼吸し、両頬をパンと叩いて気合を入れると、真央はドアをノックして叫んだ。
「朝倉真央です。入ります!」
体当たりしかねない勢いでドアを開け、部屋の中に飛び込む。中は意外に広く、中心に旧図書館の精巧な模型があった。それを囲むようにして三人の生徒が彼女を待っていた。
「早かったな」
三人とは別の方向から声がかけられた。振り向くとそこには見知った顔があった。あまり会いたい顔ではなかったが、窓辺に立っていたのは昨日の面接官、高城敬介だったのだ。
「まだ暫くは館内を迷子になっているかと思ったが」
そう言って敬介は窓の外に眼を戻す。どうやらそこからは旧図書館の入口付近がよく見えるようで、真央が辺りをウロウロしていたのをずっと見られていたようだ。今までの自分の行動を思い起こして、彼女は顔が少し熱くなった。
「もう高城先輩、新人さんをあんまりいじめないで下さいよ?」
笑いながら真央に近づいてきたのは、部屋の中にいた紅一点の女生徒だった。腰のあたりまでの流れるような金髪に、黄金比で作り出されたようなスタイル、まるでモデルのような白人女性だ。
「初めまして、カーラ・コスタよ。二年癸巳組、よろしくね。なんて可愛らしい子なの!」
カーラは初対面の真央を、満面の笑みでいきなり抱きしめた。
「!?!?」
身長差がありすぎて、胸の谷間で窒息しそうになる。
「こらこら! お前がイジメてるだろ。ヌイグルミじゃねーんだからな!」
真央に頬ずりするカーラを引き剥がしたのは、一番体格のいい男子生徒だ。身長は2m近くありそうな白人男性である。グレイの髪をクルーカットにし、尖った顎髭の持ち主だ。
「こいつは小さい可愛い物に目がなくてな。勘弁してやってくれ。俺はアレクセイ・パブロフ。三年乙酉組だ。よろしくな。アレクでもリョーシャでも好きに呼んでくれ。で、あっちで仏頂面してるのが」
彼が指差した最後の一人は、やや小柄な男子生徒だ。敬介の小型版という感じだが眼鏡はかけておらず、大きめの学生鞄を持っている。
「僕は((織田一也|おだかずや))。二年辛卯組だ」
一也は露骨な疑いの目で真央を見ている。
「高城先輩、ほんとにこいつで大丈夫なんですか? 子供ですよ?」
「書類上は問題無い」
敬介が窓辺から振り返る。眼鏡が陽射しを反射し、その表情は伺えない。
「あとは実戦で証明してもらうだけだ」
きっぱりと言い切る敬介。その言葉の意味に思い至り、批判的だった一也も息を呑んだ。
「ちょっと待てよ、いきなり潜るのか?まだ自己紹介しかしてないっていうのに?」
アレクも敬介に詰め寄る。彼は来たばかりの真央を連れ、今からでも旧図書館に潜入するつもりなのである。
「そりゃちょっと早すぎないか?危険すぎるぜ」
「いけないか? ようやくメンバーが揃ったんだ。これで条件もクリアできる。それに彼女も準備は出来ているようだ」
真央の背中には、あの日本刀がしっかり背負われていた。
「誰にでも最初はある。いいか朝倉、基本的なことを説明しておく。旧図書館整頓隊は五名で一分隊が正規の人数となる。内訳は整頓員一名、マップ員一名、救護員一名、そして護衛員二名だ。以前は数百名規模での整頓もあったようだが、被害と成果が割に合わないため廃止になった」
「それは、知ってます」
「結構。このメンバーで言えば、マップ員はアレクセイ、海洋冒険部だ」
「意外だろ? よろしくな」
アレクがニヤリと笑う。
「救護員はカーラ、保健委員」
「ハイ! ケガしたら遠慮なく言ってね」
カーラの笑顔、その姿はまさに白衣の天使だった。
「・・・整頓員は図書委員の私だ。そして護衛員は錬金術研の一也と校内巡回班のお前ということになる」
「錬金術研!?」
「この中はいろいろやっかいなことが起こるんでね」
一也が肩をすくめる。
「護衛員をどう組むかは分隊長の考え方次第だ。私はバランスを重視する。館内の怪異には一也、そして物理的障害に対しては朝倉、お前が対処する」
「物理的障害・・・」
「主には館内の図書を違法に持ち出す図書泥棒、つまり人間だ。やつらは例外なく武装している。油断はするな」
「り、了解です!」
「我々は前回、かなり貴重な発見を行った。だがその先に潜入するには五名編成の正規部隊でなければならない。今、我々は正規部隊に足る人数を得た。そして旧図書館の調査・整頓は一刻の猶予もならない。以上だ。事前に伝えておくことはこのぐらいだろう。後は実地で覚えてもらうしかないと思うが?」
「そりゃそうかもしれないが・・・」
顎先のヒゲを摘みながら、アレクは全員の顔を見渡し、頷いた。
「しょうがねえか。死ぬなよ新人。最初で生き残れば、まあなんとかなるだろう」
ポンと真央の肩を叩く。その手は思ったより力強かった。
「では出発する。整頓計画はすでに提出済みだ」
「手回しのいいこって」
さっさとドアに向う敬介に一同が続く。
「・・・ひとつ言い忘れたな」
整頓隊資料室のドアノブを握りながら、敬介は皆を振り返った。
「我々は今後、『旧図書館整頓隊・第五十五分隊』となる。よく覚えておくように」
後に『栄光の五十五分隊』と呼ばれるチームの、これが誕生であった。
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N90蓬莱学園の冒険!の二次です。TRPG版あたりを元にしています。 第一話その2です。 |
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