ミステリ【Joker's】:第3章 |
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事態が変わり始めたのは、四限目が終わり正午を過ぎた頃だった。
今日は上野麻季の自殺のせいで、全校生徒の完全下校時刻は午後一時と定められていた。授業も十分ずつ縮小され、部活動も一切してはいけないらしい。
「よっしゃ。早く帰れるぜー」
来は秀道と二人で、三階の廊下を歩いていた。
秀道は上野麻季が亡くなった事よりも、自分が早く帰る事が出来るという感情の方が先立っているらしく、とても上機嫌だ。大抵の生徒がこの男と同じ様に浮かれているのは、こうして校内を見ていれば分かる。
「馬鹿だな。一年の授業数は決まってんだから、違う日の土曜とかに学校来なくちゃいけなくなるんだぞ。よけい面倒じゃん」
「何ぃ! マジか!」
秀道は単純明快な人物である。
来がこうして何かを教えると、大げさに驚いたり喜んだりするのだが、それについて深く考えようとはしない。それはそれ、として頭の中で終結してしまうのだ。そして直ぐに忘れる。
しかし彼のこの気質は、隠し事を抱えている来にとっては都合が良かった。色々勘ぐられたり追求されたりしないので、一緒にいて楽なのだ。
「こら! 早く帰れ!」
突然、怒鳴り声がした。
今日は怒鳴り声をよく聞く。来は飽き飽きしながら振り返り、今度の怒鳴り声の主を確かめた。
「げ、赤鬼だ」
思わず声に出してしまった。
『赤鬼』とは、体育教師の小沢金治(おざわかねはる)のあだ名である。
赤ら顔で厳格な性格から、やはり生徒に命名された。
三階のこの廊下は、正門の近くに張り出している為、上野麻季が自殺した現場が丸見えなのだ。
教師達が現場を見せまいとして張ったビニールシートは、周りを囲っているだけで、上からはこうして見えてしまう。
生徒達はその現場を覗いていて、この小沢に怒鳴られたのだ。
怒鳴られた生徒達が慌てて帰って行く中、秀道が窓に貼り付いた格好で言った。
「おい来! お前のお姉様がいるぞ!」
何人かの生徒はそれを聞いて振り返ったが、小沢が即座に睨んだ為、足早に帰って行った。
留衣が姉だと広まるのを避けたい来は、それを見て少し安心したが、正面にはまだ赤鬼が立ちはだかっている。
「お前らも早く帰れ!」
小沢は、彫りの深いゴリラの様な顔と大きな身体で、のしのしとこちらに向かってくる。
「違うんだよ、先生。来のお姉様があそこにいるんだよ。外人モデルみたいでスゲー美人なんだって!」
秀道は相変わらず窓にへばり付きながら言った。
小沢は怪訝な顔をしながらも、秀道の言葉に誘惑され窓の外を見た。
来もその横に並んで窓の外を見てみると、確かに留衣の姿がある。
正面には正門があり、上野麻季が自殺した木を囲む様に、ビニールテープと青いシートが張ってある。そのシートの外側に、留衣と二人の刑事と教頭の姿があった。
留衣がいるという事は、只の自殺では無いという事である。
先にも触れたが、葉後留衣は私立犯罪研究事務所『CRI』の所長である。
二年前まで警視庁のキャリア組だった留衣は、警察内部の事も熟知している。警察上層部とも通じていて、事件が起こると警察からCRIに連絡が入る様になっている。
依頼された事件を解決に導くのが、CRIの業務内容である。
民間の探偵事務所とは違い、警察の後ろ盾がある分、業務に制限が無い。だから、やっている事は司法警察活動と大差は無い。
CRIは言わば、民間捜査員を所属させた事務所といった所だ。警察側からすると、専門家の力を借りる感覚なのかもしれない。
勿論、この事務所の事は公にはなっていない。
将来を保障された立場から、留衣が何を思いこの事務所を立ち上げる事になったのかは知る由も無いが、恐らく留衣の人柄がそうさせたのだろうと来は思っている。
CRIの構成員は、留衣自身を入れて四人である。少ない様に思われるが、留衣が言うには
――ウチの人員は一人で五人分の働きをするのよ。
だ、そうである。
学校や友人には隠しているが、来もこのCRIの一員である。
米国の企業間で話題になる程IT関連の知識に長けていた来の所には、連日企業のコンサルティングの依頼が舞い込んで来た。卒業前には複数の企業がスカウトに来たし、政府機関も例外では無かった。
そこに目をつけた留衣が、日本で面倒をみる条件として出してきたのが、この事務所に入るという事だったのだ。
――自殺じゃなかったのか。
暫(しばら)く上野麻季の事を考えて隣に目をやると、秀道が窓を開けている。
「オイ! 何やってんだ秀道」
慌てて止めようとしたが、もう遅かった。大きな声で秀道が叫んだのだ。
「オーイ。来のお姉様ー」
「あ、バカ」
姿を隠そうとしたが、留衣がこちらを向く方が早かった。他の捜査員達も上を見上げている。
「あら、来ー。丁度良かったわ。降りてらっしゃいー」
黄褐色の巻いた髪を揺らし、短めのスカートと胸の開いた白いスーツを着た留衣は、にこにこと長い腕を振っている。
来を見つけたのが嬉しいのだ。手懸かりを求めているのは表情を見れば明白だった。
「はーい。今そちらに参りますー」
呼ばれてもいないのに、秀道は大喜びで叫んで走り出した。
来は溜め息をついた。
すると目の前にいた小沢と目が合う。
「お、お前のお姉さん、本当に美人だな」
「は、はぁ――」
来は力無く返事をして、ここにも留衣の外見に騙された男が一人いる事を悟った。
何も知らずに見れば、留衣は確かに背の高い外国人モデル風の美人なのだろう。
格好も男を誘惑する様な派手な物を着ているから目立つし、誰もがこの外見に騙される事を来は知っている。
――本当の事知ったら、皆どんな顔すんのかな。
来は呟きながら、仕方なく秀道の後を追った。
正門に着くと、既に秀道と留衣が話をしていた。
「久しぶりね、秀道君。去年の懇談会以来かしら」
「はいー。相変わらずお綺麗ですね。お姉様ー」
「まあ。正直な子ね」
留衣の後ろにいた刑事が、来に気が付き頭を下げた。所轄の担当刑事らしい。
自分も軽く頭を下げ返し、無表情で秀道の隣に立った。
「何か御用ですかね。お姉様」
「まあ。今日はご機嫌斜めかしら、来?」
留衣はそう言ってにっこりすると、巻いた髪を触りながら付け加えた。
「用は言わなくても分かっているでしょ? 最近忙しくて顔見てないから、元気にしてるか心配だったのよ」
傍にいた刑事の顔が強張った。
――そんな会話をしている暇は無い。無駄話なら現場に戻らせてくれ。
如何にも、そう言いたげな顔である。
しかし、来には留衣の本意は分かっていた。
留衣は秀道に来がCRIのメンバーだと言う事を悟られない様に――そんな事をしなくても秀道にはそれを悟る能力は無いと思うのだが――遠回しに協力を催促しているのだ。
顔なら毎日事務所で合わせているので、こちらは家族用の付け足しである。
「元気だよ。留衣も元気そうだね。今日も帰り遅いの?」
来も家族用に言葉を作った。
「そうね。早いと思うわ。一緒に食事も摂れそうよ」
「んじゃ、呼び止める事もねーじゃん。大して話す事も無いから俺行くよ? 後でね」
つまりは「大した情報は無い。後で話そう」の意である。
「了解」
留衣も真意を読み取った様である。
来にとって、人前でCRIの人間と話すという事はかなり面倒な事である。
特に自分の知人がいる所での会話のやり取りは、頭の回転の速い来でも多少のストレスになる。
そもそもCRIの人間の会話は、会話であって会話では無い。発している言葉とは異なる真意があるのだ。
その真意を読み取る事が出来ない人間は、CRIの一員には成り得ない――と留衣は言う。
尤(もっと)もCRIの人間だけで話す時は、こんな回りくどいやり方はしないのだが。
「ところで、お姉様は上野さんの事で学校にいらしたんですよね? ひょっとして自殺の原因を調べに来たとか? さすが探偵ですね! かっこいい。いやね、今日も来と話したりしたんですよ。上野さんは成績が良かったから、成績が落ちてショックで自殺したんじゃないかって!」
――それは美奈の推理だろ。
来は口元を少し歪めたが言葉にはしなかった。
「まあそうなの。情報ありがとうね」
――そんな情報は最初から持っている。
留衣の顔は笑っていたが、言葉からは明らかな呆れが見えた。
留衣の隣にいる担当刑事は最早、秀道の話には耳も傾けず、ひたすら現場の方を気にしている。
秀道は尚も話を続けようとしたが、それを来が遮った。
「秀道。帰るぞ」
「え? でもまだお姉様と話が」
「はいはい。じゃあね留衣」
来は秀道の襟首を掴むと、そのままズルズルと引きずり出した。
「ハイハーイ。後でね」
「あーお姉様ー」
刑事は安堵の表情をした。話が長引かず安心したのだろう。
ひらひらと手を振る留衣を尻目に、来は一緒にいたのが単純な秀道で良かった、と胸を撫で下ろした。
――何かを隠すという行為は容易では無い。
来はこの学校に来て、それを嫌と言う程思い知っているのだ。
「収穫なしか」
留衣は溜め息をついて、担当刑事と共に足早に現場に戻って行った。
説明 | ||
【Joker's】絞首台の執行人 小説版です。 犯罪心理?物というか ミステリ崩れ(笑)な小説です; 私立犯罪事務所所属の ハッカー:来 プロファイラー:整 監察医:格 所長:留衣 の4人が犯罪に立ち向かう?話です。 序章:http://www.tinami.com/view/21442 一章:http://www.tinami.com/view/21694 二章:http://www.tinami.com/view/22026 |
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