WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜14 |
自分が原因で大変な騒ぎとなっているとは知りもせず、その頃藍里は自室のベッド上でゴロゴロとしていた。なんだかもう何もする気がしない、そんな気分だった。
原因は自分でもハッキリわかっていた。レッスンを休んでしまった後ろめたさと、真夢にウェイクアップガールズを辞めると言ってしまったことで、もう後戻りはできないという思いだ。言ってしまったからにはもう辞めるしかないと藍里は思いつめていた。
アイドルとしての才能が無いのは自分でもわかっていた。みんな自分の武器と言えるものを持っているのに自分だけが何も無い。それだけでも才能が無いのだと自分では思っていた。けれど、才能が無くってもみんなと一緒にアイドルをしているのが楽しくて続けてきた。もっと続けたかったから自分なりに一生懸命努力してきたつもりだった。
ただ早坂から指摘された今になって改めて考えてみると、自分のそんな想いは自分の勝手な言い分だったのかもしれない、みんな本当は迷惑だったのに優しいから言えなかったんじゃないか、そんな風にも思えた。
藍里にとって何よりもショックだったのは、早坂に「キミがいると全体のレベルが下がる」と言われたことだった。自分のレベルがユニット内で一番低いのは事実なのだから何を言われても我慢できるし糧にもできる。けれど、自分がいることでみんなの足を引っ張ると言われるのは耐えられなかった。自分の存在がウェイクアップガールズにとってマイナスなのだったら、もう続けてはいけない。何よりも自分自身がウェイクアップガールズのファンであることを自負してきただけに続けてはいけない。彼女はそう思っていた。
藍里はもともと積極的に人前に立つタイプではない。少し引っ込み思案で、優しくおとなしい女の子らしい性格をしている。そして周囲の目を気にするタイプでもある。だから人間関係で波風を立てるのは好まないし、波風を立てないために気を遣う。そんな性格だから人の迷惑になることはしたくないという思いが強く、自分が足を引っ張る存在だと言われることにはショックを受ける。それだったら、と自ら身を引いてしまう。
早坂の狙いから言えばここは、早坂を見返してやろうとか足を引っ張らないように頑張ろうとかの理由で発奮するべきところだ。早坂としてはそれを狙って藍里に厳しく言ったわけだから、そうなってもらわなければむしろ困る。だが事態は早坂の望まざる方向へ進みつつあった。彼の言い方もあったのだろうが、藍里は発奮するよりも自信を失って完全に意気消沈してしまっていた。
彼女の部屋の壁には1枚のコルクボードが掛っていた。そこには彼女がウェイクアップガールズのメンバーたちと撮ったスナップ写真が所狭しと貼り付けられていた。どれも仕事先などでメンバーたちと撮った写真で、その1枚1枚が彼女にとってかけがえのない大切な思い出だ。
のそりとベッドから起き上がった彼女はその写真の1枚1枚を見つめながら、あの時はああだった、この時はこうだったと当時のことを思い返していた。楽しい思い出しかなかった。彼女にとってウェイクアップガールズは楽しい思い出以外何一つなかった。
早坂に辞めた方が良いと言われたあの日から、藍里は一人でずっと悩んでいた。他のメンバーに相談なんて出来るわけがなかった。相談すれば全員がきっと辞めるなと間違いなく言うだろう。けれど、それではいけない。これは自分一人で結論を出さなければいけない問題なのだと思ったから相談はしなかった。
だが悩みを引きずってしまったために大事なライブで失敗を繰り返し、もともと少なかった自信は完全に失われた。そして彼女は、こんな自分はウェイクアップガールズにいてはいけないのだと結論を出した。自分で自分に見切りをつけてしまった。
(毎日が楽しくって、それだけで今までやってきたけど、やっぱりアイドルってそんな甘いものじゃなかったのかな。私がいることでみんなが迷惑しちゃうんだったら……辞めたくないけど……もっともっとみんなと一緒にいたいけど……でも……)
写真を見つめながら、いつしか藍里は涙ぐんでいた。どちらかといえば何に対しても消極的で引っ込み思案な藍里が、これほど夢中になれたことは今までに無かった。
藍里は今までの自分があまり好きではなかった。だから自分を変えたいという想いはずっと昔から抱いていたが、そうは言ってもそう簡単に変われるわけもない。なかなかきっかけが無いまま時だけが過ぎ去っていったが、それでも想いだけはずっと心の中に抱き続けていた。雑誌の表紙を飾っていた佳乃のように自分も格好良くなりたかった。実波のように上手に歌ってみたかった。夏夜のように女性らしい魅力を身に付けたかった。菜々美のように表現力豊かになりたかった。未夕のように誰とでもすぐ打ち解けられるようになりたかった。そして真夢のようにキラキラと輝いた存在になりたかった。
最初は真夢をアイドルに復帰させるためにと考えていた面も確かにあったが、自分を変えたいという想いがあったのもウソではない。そのために勇気を振り絞ってオーディションを受けたのだし、思い切ってやってみてちょっとぐらいは変わることが出来たと自分では思っていた。それもこれもウェイクアップガールズのみんなのおかげだと藍里はメンバー達に感謝していた。辞めたくなんかなかったけれど、自分がいることでみんなが迷惑するのだったら辞めるしかないと藍里の中では既に答えが出てしまっている。それに今日のレッスンを休んで、真夢にももう辞めると言ってしまった。もう後戻りはできなかった。
(私なんか、やっぱり最初からアイドルなんてやる資格なかったんだよね)
彼女は涙をそっと拭いながら、1枚また1枚と写真を剥がし始めた。諦めきれない想いを封印するためには避けて通れない儀式のようなものだった。
写真を総て剥がし終えた彼女は、もう一度涙を拭うと一階にある和菓子の作業場へと向かった。実家が和菓子屋だとはいえ最近は手伝いなど全くしていないことを思い出し、たまには手伝いでもしようかと思い立ったのだ。何かをして気を紛らわせたかったというのもある。彼女はエプロンをすると作業場の扉を開けた。
作業場では彼女の父が1人で黙々と和菓子の生地をこねていた。藍里の姿に気づいた父は「なんだ?」と無愛想な言い方で娘に声をかけた。
「なんだ……って、たまにはお手伝いでもしようかなって思って」
「どういう風の吹き回しだ?」
「どうって言われても……和菓子屋の娘が和菓子作りを手伝うのに理由なんてないもん」
父はしばらく娘の顔を見つめた後また無言で生地をこね始めたが、やがて「邪魔だ」と冷たく言った。
「えぇー、何か私に出来ることない?」
「無いな」
突き放すような言い方をされた藍里は頬をふくらませて不満を訴えた。父にまでオマエに出来ることなど無いと言われてしまったことで少し心がズキッと痛んだ。自分の態度が娘の心の何かに触れたことを敏感に察した父は「じゃあ、そっちの練り菓子を並べてくれ」と娘に言った。藍里は急に表情を明るくし「うん」と言って菓子を1つ1つ丁寧に並べ始めた。
しばらく無言で作業をしていた2人だが、やがて父の方から娘に話しかけた。
「今日はレッスンないのか?」
「えっ?」
「土曜日はいつも行ってたじゃないか。今日は休みなのか?」
「う……うん。今日はね、その、レッスンしてくれるトレーナーさんが急に用事が出来たらしくってお休みになっちゃって……それで……」
あまりにもバレバレのウソをだったが、父は何も触れようとはしなかった。またしばらく2人は黙って作業をした。
「母さんがな」
「えっ?」
「母さんが、藍里は変わったって言ってたぞ」
「お母さんが?」
「ああ。そう言ってた」
「そうなんだ……そんなに何か変わったかな? お父さんもそう思う?」
「さあな。でも母さんがそう言ってるならそうなんだろう」
藍里の父は寡黙な職人気質で、無愛想でぶっきら棒な話し方をする。短くポツリポツリとしか話さない。
「アイドルなんて心配だったけど、思い切ってやらせてみてよかったって言ってたぞ」
藍里は何も言えなかった。母がそんなことを言っていたとは知らなかったけれど、父の言うことが本当だったら、自分がアイドルを辞めると知ったら母は酷くガッカリするかもしれない。
(お母さんだけじゃないなぁ。みんなもきっと怒ってるよね。急に辞めるとか言ったから)
辞めることで母をガッカリさせるだろう。友達を怒らせてしまったかもしれない。でもそれは仕方がないことだ。これ以上ウェイクアップガールズの足を引っ張ってしまうことは彼女には耐えられない。藍里は、辞めるのが一番良い選択なのだと無理やり自分を納得させた。
「何か、あったのか?」
やはり娘の沈んだ表情が気になるのか、藍里の父はそう尋ねた。本当のことを言ったら父はどう思うだろうか、怒るだろうか、母と同じようにガッカリするだろうか、それとも……彼女は曖昧に言葉を濁して答えた。父はそんな娘に対して無理強いはしなかった。
「言いたくないなら無理に言わなくてもいい。自分の人生なんだから自分の好きなように、やりたいようにやればいい。ただ、後悔だけはしないようにな」
「お父さん……」
藍里の父は柄にも無いことを言ったと気恥ずかしくなって、それからまた黙って作業に没頭し始めた。藍里はそんな父の横顔をしばらく見つめていた。
「あら? どうしたの藍里。お手伝いなんて珍しいじゃない」
作業場の扉が開く音がして、藍里の母親がお茶を手に中に入ってきた。母は藍里の姿を見るなり、珍しいわね、と声をかけた。
「うん。ずっとお手伝いしてなかったから、たまにはしなきゃなって思って」
「そうなの。お父さん、よかったわね。嬉しいでしょ?」
母はそう言って父をからかった。父は照れくさかったのか、お茶を置いたらさっさと出て行けと言った。言われた母はニコニコしながら素直に退散しようとしたが、少し考えた後藍里に手招きをした。何だろうと母の元へ藍里が向かうと、母は彼女の耳元でヒソヒソと小声で話した。
「藍里、お父さんに何か聞かれた?」
藍里も小さな声で答えた。
「うん……今日はレッスン行かないのかって」
「やっぱりね」
「やっぱりって、何が?」
「アナタ、最近ずっとレッスンやら仕事やらで家に居なかったのに今日はずっといたでしょ? だからお父さん気にしてたのよ。藍里は今日はレッスン行かないのかって。私に聞かないで本人に聞けばって言ったんだけど、お父さん、ホントに気になって仕方なかったのね」
「……そうなの? お父さん、そんなに気にしてたの?」
「お父さん、いつも藍里の話に興味なさそうにしてるけど、ホントは気になってしかたないのよ。仕事の手を休めてアナタが出ている番組をこっそり見たりしてるんだから。可愛いでしょ?」
藍里の母はニコニコ笑いながらそう言った。彼女は父親だけが今日の藍里の行動を気にしているように言ったが、もちろんそんなはずもなく彼女も父親と同じく娘に何かあったのではないかと気にかけていた。ただ娘が何も言わないのであえて干渉しないよう気遣っていただけだ。
母から父の話を聞いた藍里の心は再びズキッと痛んだ。彼女の父親は彼女が芸能活動の話をしてもあまり関心を示さなかった。聞いているのかいないのかわからない様子で、せいぜい「まあ頑張れ」というくらいが関の山だったから彼女は父親が自分の芸能活動をそんなに気にかけていたとは思いもしていなかった。むしろ内心では反対しているのではないかと思っていたぐらいだ。そんな父が実は自分を応援してくれていたと知った。
辞めてしまうという自分の決断が母だけでなく父をも失望させるものであることに今更気づいて藍里の心は痛んだ。こんなことなら最初からアイドルなんて目指さなければよかったとすら思えてきた。
(お父さん、お母さん、ごめんなさい)
藍里は心の中で両親に頭を下げて謝った。
「あいちゃん、やっぱりあの日早坂さんに言われたんだろうね、きっと。辞めろって」
「うん、たぶん……」
「あの日、様子がおかしかったもんね。いつものあいちゃんじゃなかったもん」
「うん……」
藍里の家に向かう電車の中で並んで座りながら、真夢と佳乃の2人は先日の出来事を思い出していた。レッスンが終わった後で藍里だけが早坂に居残りさせられたあの日のことだ。
あの時スタジオから出てきた藍里は今思い出しても様子がおかしかった。礼儀正しい彼女が待っていた2人にロクに礼も言わなかったし、コンビニに寄っていくからと言いながらコンビニなど無い方向に足早に去っていったし、まるで自分たちを避けているように2人には思えた。今にして思えば、きっと早坂に言われたことがショックで自分たちと顔を合わせたくなかったのだろうと納得できるが。
「あの後で何か聞いたりしてみたの? まゆしぃとあいちゃんは学校もクラスも一緒でしょ?」
「うん。ちょっとだけ聞いてはみたけど……何も話してくれなかったんだよね……」
「そっかぁ……話してくれなかったんだ……」
佳乃は、ふぅっ、と溜息をついた。しばらく2人は沈黙していたが、やがて佳乃は腿の上で組んだ手の指を盛んに動かしながらポツリと呟いた。
「話してもらえないってショックだよね……私もその気持ち、よくわかるなぁ……」
真夢はハッとして佳乃の横顔をまじまじと見つめた。車内にまもなく停車する駅を伝えるアナウンスが流れた。
松田から早坂の居場所を伝え聞いた夏夜・未夕・実波・菜々美の4人は、レッスン姿のまま電車に飛び乗り仙台市街へと向かった。教えられたゲームセンターに駆け込んで店内をあちこち見回すと、UFOキャッチャーに興じている早坂を見つけた。
「結論は出たのかい?」
4人から声をかけられた早坂はUFOキャッチャーから目を離そうとはせず、ゲームに興じながらそう尋ねた。夏夜が代表して自分たちの結論を早坂に伝えた。
「なるほど。林田藍里は切らない。レッスンも今まで通り続けて欲しい。それがキミらの結論ってわけか」
「はい」
「ムシが良すぎるな。そうは思わないかい?」
痛いところを突かれた4人は一瞬たじろいだが、夏夜はすぐに気持ちを持ち直して答えた。藍里のためにもここで引くわけにはいかない。それでは自分に早坂の説得を任せた佳乃にも顔向けできない。
「そうかもしれませんけど、でも、やっぱり私たちは7人でこれからもやって行きたいんです。社長もそう腹を決めたと言って私たちを支持してくれてます。みんなウェイクアップガールズは7人いてこそウェイクアップガールズなんだって気づきました。だからこれはみんなで話し合って出した答えなんです。あいちゃんはウェイクアップガールズに必要なんです」
表情こそ無反応を装っていたが、早坂は内心でほくそ笑んでいた。夏夜が言うみんなで出した結論というのは早坂が望んでいた答えそのものだった。どうやら自分は賭けに勝ったらしい、これでウェイクアップガールズはもっと上のレベルにステップアップしていける、そう思って内心では喜んでいた。決して表情には出さなかったが。
「なるほどね。つまりキミたちの決意は固く、もう覆らないと、そう言いたいわけか」
4人は揃って深く頷き「はい!」と力強く返事をした。
早坂に彼女たちの申し出を断る理由はなかったが、だからといってすんなり了承しては彼女たちが不審に思うだろう。ここはもう一つ条件を与えるべきだと考えた彼は、4人にある条件を出した。
「わかった。だったらボクの言うことを一つだけ聞いてくれたら今まで通りにしたあげよう」
「本当ですか? その条件って?」
「このUFOキャッチャーの景品を3つばかり捕ってもらおうか。気に入ったんで何回もやってるんだが一つも捕れなくてね。それが出来たら今回の件は、キミたちの望むようにしてあげるよ」
早坂はそう言って目の前にあるUFOキャッチャーを指差した。彼が捕れと命令したそれは、仙台の英雄である伊達政宗をモチーフにした地元キャラ『むすび丸』の小さなヌイグルミだった。早坂の条件とはそれを3つ獲得すること。たったそれだけだ。なぜ早坂がそんな条件を出したのか夏夜たちには理解出来なかったが、いずれにしろやるしかなかった。4人は顔を見合わせ頷きあった。
「本当にそれが出来たらあいちゃんのクビを撤回して、レッスンも今まで通り続けてくれるんですね?」
「もちろんさ。ボクはウソは言わないよ」
早坂の言質を取ると、夏夜が
先陣を切ってUFOキャッチャーに挑戦を始めた。他の3人は周りで彼女に様々なアドバイスをした。1回、2回となかなか上手くいかなかったが、3回目にようやくクレーンがヌイグルミを掴んだ。よし! と思ったのもつかの間、ヌイグルミはポケットに落とす直前でクレーンから落下し4人は思わず天を仰いだ。
2回、3回、4回と回を重ねるもののヌイグルミを捕ることはできない。夏夜は周りの3人のアドバイスに対して「うるさいから少し黙ってて」と言って5回目に挑戦した。黙っててと言われても3人は黙りはしない。相変わらず夏夜に対して横からあれやこれやと口を出した。そのたびに夏夜は「うるさい」「黙ってて」を繰り返した。
(それじゃあ、ダメなんだけどねぇ)
そう思いながら4人の少女たちのやりとりを早坂はじっと見つめていた。
藍里の自宅に着いた真夢とリーダーの佳乃は玄関の呼び鈴を鳴らしてみた。しばらくすると誰かが出てくる気配を感じ、やがて玄関のドアが開いた。2人の前に立っていたのはエプロン姿の藍里だった。一瞬明らかに気まずそうな顔をした藍里だったが、少し間を置いてから「どう? エプロン姿、似合うでしょう?」と言ってわずかに微笑んだ。
藍里の部屋に通された2人は、テーブルを挟んで藍里と対峙した形に座った。何気なく部屋を見回した真夢は、壁のコルクボードに貼ってあった自分たちのピンナップ写真が1枚残らず剥がされているのに気がついた。それに気づいた時、真夢は藍里が本当にウェイクアップガールズを辞める気でいることを悟った。真夢は知らなかったが、実は佳乃も同じことに気づき、同じことを考えていた。藍里が本気だとわかった2人は、どうやって彼女を説得し翻意させればいいかを必死で考えた。
「まゆしぃから話は聞いたけど、あいちゃん、辞めるって本気なの?」
まず佳乃が話の口火を切った。藍里はクッションを抱きしめながら黙って頷いた。
「どうして? 今までずっと一緒にやってきたじゃない。だんだんお仕事も増えてきてライブも出来るようになって、これからもっともっと大きくなっていこうっていうのに、どうして今辞めてしまうの?」
「それは……」
藍里は言葉を濁した。
「早坂さんに辞めろって言われたの?」
佳乃の問いに藍里は答えなかったが、その沈黙がイエスと答えていた。藍里は早坂に辞めろと言われたことが原因で辞めるつもりになったのだと佳乃は確信した。
「あのね、誰に言われたとかそんなんじゃないの。私……向いてないから。私、アイドルに向いてないから、もう辞めようって思ったの」
藍里から改めてハッキリと辞めると言われ、佳乃も真夢も思わず息を呑んだ。
「私はみんなと違って才能無いし……だからこのまま続けてもって……そう思ったの。これ以上続けても、みんなの迷惑になるばっかりだし」
「早坂さんにそう言われたの? 才能無いから、だからもう辞めろって、そう言われたの?」
佳乃が険しい表情でそう尋ねた。
「……うん」
藍里は躊躇しながらも今度は質問に答えた。小さく頷きながら、消え入るようなか細い声で。
「練習すれば何とかなるかなぁって、ずっとそう思ってやってきたんだけど、でもやっぱり無理みたいだから……どんなに練習しても、みんなには全然追いつけないってわかったの」
「そんなことないんじゃないかな?」
「そうだよ藍里。そんなことないよ」
佳乃と真夢は藍里のネガティヴな告白を打ち消そうとしたが、藍里の決意はそう簡単に覆りはしなかった。
「ありがとう、2人とも。でももういいの。私にはアイドルなんて初めから無理だったんだよ」
「でも、そんなのあいちゃんだけじゃないよ。私だってそう。一緒だよ?」
「よっぴーと私とでは……次元が違うよ……」
佳乃は言葉に詰まってしまった。自分だってモデルの経験はあったけれど、歌やダンスに関しては素人同然だった。藍里と同じだというその言葉は本心だ。その佳乃は厳しい練習を重ねることで上達してきた。それは藍里だって同じはず。自分に出来たのだから藍里にだって出来ると佳乃は思っていた。藍里は自分では全然ダメだと思っているようだが、そんなことはない。そんなことはないのだ。藍里だって着実に上達している。ただ他のメンバーより少しだけ上達のスピードが遅いだけなのだ。一体どう言えばそれを藍里はわかってくれるだろうかと、佳乃はますます頭を悩ませた。
「私、ウェイクアップガールズが大好きなんだ。だから何だかみんなといると楽しくって仕方なくって。オーディションの時から、みんなすっごく可愛いなぁってずっと思ってたの。だから私、ワーッって舞い上がっちゃってて、みんなと一緒にいるだけで自分もその仲間なんだって思っちゃってて、だから勘違いしちゃってて……」
「勘違い?」
「うん、勘違いだよ。だって考えてみれば、Iー1の元センターだったまゆしぃや、雑誌の表紙を飾っていたよっぴーと私が同じユニットにいること自体がおかしかったんだよ」
「そんなことないんじゃないかな……」
そういう佳乃の声は震えていた。だが藍里は首を左右に振った。真夢は2人の話を聞きながら、正座している自分の腿の上で両の手を握り締めていた。
「そんなことあるんだよ。だって……だって私だけ……違うもん……私だけ存在感が無いもん……」
「そんなこと……」
目を伏せ視線を落として涙声になる藍里を見て、佳乃はますますもってなんて言葉をかければいいのかわからなくなった。真夢の握り締めた両の拳にますます力がこもっていった。
「よっぴー、いいの。無理しないで? 自分でもわかってることだから」
「別に無理なんてしてないよ」
「私、自分のことはわかってるつもりだから。だからもういいの。私もよっぴーやまゆしぃみたいになりたかったけど、でも無理だってわかったから。もう諦めるから」
「なんでそんな風に言うの?」
それまでほぼ聞き役に徹していた真夢が突然口を開いた。佳乃に説得役を任せて黙っていたが、それも限界だった。驚いた藍里は伏せていた視線を上げて真夢を見た。
「藍里は気づいてる? 照れくさいから改めて言わなかったけど、私がウェイクアップガールズに入ったのは、もう一度アイドルをやろうって思えたのは藍里のおかげなんだよ?」
藍里は真っ直ぐ真夢を見つめた。佳乃も真夢の方を見て話を聞いた。
「藍里がオーディションを受けることになって一緒に歌ったり踊ったりして練習しているうちに気づいたの。私はやっぱりこういうの好きなんだって。アイドルが好きなんだって」
真夢は藍里と2人で練習していた時のことを思い起こしながら話した。藍里の脳裏にも同じシーンがフラッシュバックしていた。
「落ち込んでどん底の気分だった私には、藍里の姿はとってもまぶしかったよ。あの時の藍里は間違いなく輝いてた。私の目には確かにそう映ったんだよ? あの時の藍里は私にとって本当にアイドルだったんだよ? 誰が何と言おうとそれは確かなんだよ?」
「まゆしぃ……」
「藍里は私に戻るきっかけを与えてくれたの。藍里がいなかったら私は絶対に今ここにはいない。私は藍里に心から感謝してるし、藍里と一緒にずっとアイドルをやっていきたいって思ってるよ。だから……お願いだから、もういいとか諦めるとか言わないで……」
藍里は下を向いて唇を噛んだ。辞めたくない。でも自分がいると……もう藍里にはどうしていいのかわからなかった。真夢の話はさらに続いた。
「ねえ、藍里。藍里はさっき、私みたいになりたかったって言ってくれたよね? そう言ってくれるのは嬉しいけど、藍里は私が最初から今と同じだったって思ってるの?」
「えっ?」
「私がI−1に入ったのは12歳の時だった。私も最初は何にも出来なかったよ。自信を失ったことだって何度もあったし、辞めようかって思ったことだって何度もあるよ。でも一緒にやっていた仲間が支えてくれたおかげで続けることが出来た。一生懸命、泣きながら必死に練習してきたおかげで藍里にそう言ってもらえる今の私がいるの。藍里は私に憧れてくれてるみたいだけど、私だって仲間がいなければ、仲間が助けてくれなければ、きっとアイドルを続けられなかった。私は全然特別じゃないんだよ? 藍里はスタートがみんなより少し遅かっただけなんだから、これから練習していけばどんどん上手くなっていくんだって私は思うの。諦めるのはまだ早すぎるんじゃないかな?」
真夢は初めて自分がI−1に居た当時の話をした。今まで頑なに話すことを拒んできたが、藍里のために過去の自分の話をほんの少しだがして藍里を励ました。隣りで話を聞いていた佳乃にはそれが驚きだった。
ゲームセンターで早坂からの課題、UFOキャッチャーの景品を3つ捕るという課題に挑んでいた夏夜たち4人だが、何度やっても1つのヌイグルミすら捕ることができなかった。
「どうするんだい? もうだいぶ回数を重ねてるけど、そろそろ諦めるかい?」
早坂がそう声をかけると、夏夜は自分の財布から千円札を取り出すと「両替してきます」と言って足早に両替機へと向かった。夏夜が両替をしに行っている間、未夕と菜々美はゲームに自信が無いので黙って待っていたが、実波が意を決したように「私、ちょっとやってみる」と言ってUFOキャッチャーにコインを入れた。
「ごめん。やっぱりダメだよ」
真夢の説得を聞き心を動かされつつも、それでもなお藍里の心は翻意されなかった。
「あの頃はそうだったのかもしれないけど、今の私はみんなの足を引っ張ってるだけだもん」
藍里はどうしても自分の存在が迷惑になるという気持ちを打ち消せなかった。だがそのセリフを聞いて佳乃が声を荒げた。
「それが何!? それが何だって言うの!?」
佳乃はもう自分の感情を隠そうとはしなかった。リーダーだからではなく、仲間として、友人として藍里を辞めさせたくない。今まで通り7人でウェイクアップガールズとして活動したい。その一心だった。
「まゆしぃが今言ったじゃない。あいちゃんはスタートがみんなより少し遅かっただけなんだって。これからどんどん上手くなっていくんだって。あいちゃんはこれからなんだよ! それでも自分が足を引っ張ってるって思うなら……だったら引っ張らないようにしようよ。引っ張らなくて済むようになろうよ。そのためだったら私だって他のみんなだって喜んで協力するし……少なくてもそういうの全部……全部やってからでも……辞めるのはそれからでも遅くはないでしょう!?」
説得しながら佳乃は涙ぐみ始めていた。涙声になりながらも、それでも佳乃は説得を続けた。クールビューティーと揶揄されることもあるほど感情を内に秘める面のある佳乃が、素の自分をさらけ出しながら藍里を説得し続けた。
「私だって、社長に言われてなんとなくリーダーってことになってるけど、じゃあリーダーとして何をどうすればいいかなんて、そんなの全っ然わかんないんだよ!? 色々みんなに言われて悩むばっかりで……みんなの意見をまとめようとも思ったよ? でも自分の考えさえまとまらなくって……早坂さんに、あいちゃんを切ってレッスンを続けるか全員クビになるかどっちか選べって言われた時だって、みんなにリーダー、リーダー、って言われたけど、そんなのどっちかなんて選べなくって……だって、そんなの選べるわけないでしょ?」
佳乃は藍里に、真正面から正直に心情を吐露した。だが佳乃は知っているのだと思って話したのだが、藍里は他のメンバーたちが自分のクビと全員のクビとを選択させられていた件を知らなかった。自分のためにそんな選択を強いられて悩まされていることを知って、藍里は逆に話を聞けば聞くほど申し訳ない気持ちになるばかりだった。
「そうだったんだ……」
「えっ?」
「だったら尚更もう私のことは気にしないで? もうこれ以上みんなに迷惑かけたくないよ」
「気にするななんて、そんなこと出来るわけないじゃない! あいちゃんが言ったんじゃない! 7人いるんだから何でも相談し合ってみんなで考えようって、一人で悩んじゃダメだよって、あいちゃんが自分でそう言ったじゃない! じゃあ一緒に悩もうよ! 一緒に考えようよ! どうして一人で悩むの? どうしてみんなで悩ませてくれないの? なんの為の……なんの為のグループなの!?」
藍里は抱きしめたクッションに顔をうずめながら佳乃の話を聞いていた。
「みんなで話し合って、なんとしてもあいちゃんを連れ戻そうってことになって、そう決まって、それで私とまゆしぃが代表でここに来たんじゃない。迷惑だと思ってたら……そう思ってたら連れ戻しになんて来るわけないでしょ? どうしてわかってくれないの!?」
佳乃は流れる涙を隠そうとはしなかった。クッションで顔を隠しているが、藍里も泣いていることに真夢は気づいていた。
「誰も迷惑だなんて思ってない。足を引っ張られてるなんて思ってない。みんなあいちゃんにいて欲しいの。あいちゃんがいなきゃウェイクアップガールズじゃないんだよ!」
「よっぴー……」
「……リーダーとして初めて命令するよ……お願いだから戻って来てよ! 藍里!!」
涙を流しながら叫ぶように佳乃がそう言うと、藍里はようやくクッションから顔を上げた。その目にも涙が一杯に溜まっていた。その顔を見た瞬間、佳乃の目から堰を切ったように大粒の涙がさらにボロボロと流れ落ちた。佳乃はもう何も言えなかった。後はただ泣きじゃくるだけになってしまい、言葉にならなかった。藍里も同じだった。
「……ごめんね……ありがとう、よっぴー……」
「ううん……」
「どうしてよっぴーが泣くの?」
「知らないよ、そんなの……」
もうそれ以上言葉はいらなかった。佳乃と藍里はそのまま互いに抱き合って大声で泣いた。まるで子供のように大声で泣きじゃくった。そんな2人を見ながら、真夢は安堵と、そしてほんの少しの羨ましさを感じながら微笑んでいた。
(自分もこんな風に素直に感情を表に出せたら……)
目の前の2人を見ながら彼女はそう思っていた。
ゲームセンターで早坂からの課題に挑んでいた夏夜たち4人だが、プレイヤーが実波に代わってから早々に2つの景品を捕ることに成功していた。夏夜がプレイしていた時とは異なり、今度は4人で協力しあってクレーンを移動させたり下ろしたりするタイミングを計っていた。早坂は遠巻きにそれを見ながら、よしよしそれでいい、とでも言いたげな表情をしていた。
「みにゃみ、凄い!」
2つ目の景品を手にして菜々美が感嘆の声を上げた。あと一つ。あと一つ景品のヌイグルミを捕れば早坂の課題をクリア出来る。そうすれば今まで通り7人で活動出来るし早坂のレッスンも受け続けられる。4人の頭の中にはもうそれ以外のことは何も考えられていなかった。
「藍里! 藍里!」
突然未夕がぴょんぴょんと飛び跳ねながら藍里コールを始めた。すぐに実波が続き、やがて菜々美も夏夜も加わり、4人の藍里コールが店内に響き渡った。
「そろそろ時間なんだけどねぇ」
早坂がそう言って時計を見る仕草をした。10分で結論を出せと早坂は少女たちに言ったが、それから既に数時間が経過している。もともと本気で景品が3個欲しいわけではないし本来の目的はほぼ達成されたので、早坂としてはここで終わりにしてもよかった。と言うより終わりにしたかった。だが実波はそれを拒み、あくまで課題をクリアすることを望んだ。
「早坂さん、あと一回だけやらせて下さい。お願いします!」
実波はそう言うとゲーム機に最後のコインを入れた。
「覚悟しろ! むすび丸ぅ!」
実波がそう気合を入れて叫ぶと、今まで同様他の3人が周りでクレーンの動きをチェックしながらタイミングのアドバイスを行なった。
今まで以上に真剣な目つきでクレーンを注視していた実波は、ここだ! とばかりにボタンを押した。スルスルと下に下りたクレーンは狙い通りに景品のヌイグルミを掴んだが、掴みが甘いようで今にも落ちそうな様子だった。
「落ちないで! お願い!」
「落ちるな! 落ちるな!」
4人が念じる中クレーンはゆっくりと戻ってくる。そしてクレーンの腕が大きく開いた瞬間、ガコンッという大きな音と共に3つ目のヌイグルミが取り出し口に落ちてきた。
「やったぁ!!!」
実波が落ちてきたヌイグルミを取り出した瞬間、未夕と夏夜が実波に抱きついた。
「よかったぁ……ホントによかったよぉ」
涙ぐみながら実波に頬ずりして喜ぶ未夕を見て夏夜が「何泣いてんのよ」と茶化したが、そう言う彼女の目も潤んで光っていた。抱き合って喜ぶ3人の輪の中には加わらず後ろで見つめていた菜々美だが、彼女も自分の人差し指でそっと涙を拭っていた。光塚歌劇団を選ぶかウェイクアップガールズを選ぶかで未だ悩みの最中である彼女だが、今日の出来事は彼女の心の中に大きな影響を及ぼした。
「あ、そうだ。メール送らなくちゃ」
夏夜が思い出したようにそう言って自分のスマートフォンをポケットから取り出して見ると、メールの着信を知らせるランプが点滅していた。真夢からだった。メールを開いて読んだ夏夜の表情は見る見るうちにほころんでいった。
「あいちゃん、戻って来るって!」
夏夜がそう言うと、少女たちはまた抱き合って喜び始めた。今度は菜々美も一緒だった。
(やれやれ。どうやらボクの狙い通りにいってくれたみたいだね)
早坂は誰にも気取られないようにしつつ、内心でホッと胸を撫で下ろした。
再び和菓子の作業場に入った藍里は父親の横に歩み寄った。佳乃と真夢はもう外で待っている。これからもう一度事務所に戻って社長や早坂に謝らなければならない。そしてもう一度だけチャンスをもらうのだ。本当のアイドルになるために。そして大切な仲間たちとの時間を失わないために。
「あのね、お父さん。お手伝いの途中なんだけど、用事が出来ちゃって……」
そう言って謝る娘を父は横目でチラリと見た。そして、行ってきますと言って作業場を出て行こうとする娘の背中に向かって彼は声をかけた。
「継続は力なりって言葉があってな」
「えっ?」
藍里は振り向いて父の顔を見た。
「何事も、途中で投げ出すことは許されんってことだ……がんばってこい」
思いがけない父の言葉だった。だが藍里にとっては嬉しくありがたい励ましの言葉だった。
「ねえ、お父さん。一つ聞いてもいい?」
「……なんだ?」
「お父さんはお爺ちゃんの跡を継いで和菓子職人になったでしょう? 途中でイヤになったり、上手くいかなくて落ち込んだりしたことってないの?」
「あるさ」
「え? あるの? ホントに?」
「そんなことは、いくらでもあるさ」
「そんな時、お父さんはどうしてきたの?」
「爺さんからはな、止めやしないから辞めたきゃいつでも辞めろ。但し少しでも後悔しそうだと思ったら絶対に辞めるな。そう何度も何度も言われた。だから父さんは今ここにいる。そういうことだ」
父の言葉を聞いて、藍里は本当にその通りだと思った。足を引っ張る存在だと思っていたから辞めなければと自分では思っていた。けれど佳乃と真夢はそんな自分をウェイクアップガールズに必要な存在だからと連れ戻しに来てくれた。こんな自分を必要だと言ってくれる人たちがいることを佳乃と真夢が教えてくれた。今ここで辞めてしまってその人たちの気持ちを裏切ってしまったら絶対に後悔するだろう。私もお父さんを見習おう。もう絶対に辞めるなんて思わないと藍里は心に誓った。
「行ってきます!」
晴れやかな笑顔でもう一度そう言って藍里は作業場を出て行き、入れ替わるように藍里の母が入ってきた。
「珍しくよく喋りましたね」
「なんだ、聞いていたのか」
「藍里は良い友達を持ったみたいですね。あのコ、アイドルを辞めるって言ったみたいですよ。それを仲間のコたちが家まで連れ戻しに来てくれたみたい。部屋から出てきた時、あのコたち泣いてましたよ」
「まあ、そうだろうな」
「アナタ、気づいてらしたんですか?」
「オマエは気づいていたんだろう? だったら私だって気づくさ」
「あら、イヤな言い方しますね」
ほんの少しむくれる仕草を見せる妻を横目に、藍里の父は手を休めず黙々と作業に打ち込んだ。よく見ると口元を少しだけほころばせながら。
娘が芸能活動を心底楽しんでいるであろうことは当然知っている。そんなことは普段の娘の話を聞いていれば一目瞭然だ。なのに今日、娘はレッスンがあるにも関わらず行こうとしなかった。その事を尋ねるとあからさまにウソをついて取り繕った。その表情を見れば何かに迷っていることも何かがあったことも容易に理解できたが、それが何かまではわからなかった。だがそれも一緒に活動している友達が家まで来たことでおおよその見当がついた。
悩むのは未練が有る証拠だ。同じ道を辿ってきた彼にはそれが良くわかっていた。だがそれを面と向かって言うのは照れくさいから、少し遠まわしに今辞めたら絶対に後悔するぞと言ったつもりだった。娘は理解してくれただろうか。いや、きっと理解しているに違いない。彼はそう願った。
(一度藍里の居るグループのコンサートに行ってみるか)
彼は今まで自分の娘がアイドル活動をしているところを実際に見たことはない。活動自体も賛成でも反対でもなかった。だが娘が本気でやろうとしているのなら、もうこれからは応援しないわけにはいかないだろう。いいトシしてアイドルグループのコンサートなど彼にとっては気恥ずかしい話だが、我が子の幸福を望まない親などいるはずがない。我が子の笑顔を見たくない親など存在するはずがないのだ。
早坂と夏夜たちが事務所に戻ると、そこには既に社長と松田がいた。早坂はソファに座り背もたれに両腕を伸ばすと天井を仰ぎ見て、ふぅっと大きく一つ息を吐いた。夏夜たち4人もそれぞれソファに腰を下ろした。
「で、キミらの方は結論は出たのかい?」
早坂は社長と松田に向かってそう言った。その早坂の質問に社長が答えた。
「ええ、出たわよ。ウェイクアップガールズは7人で。この先何があろうと今の7人で活動を続けてトップアイドルを目指します。その為にもグリーンリーヴスは彼女たちのバックアップに全力を挙げるわ。どんな困難があってもね。彼女たちと私たちは一蓮托生。それが私たちの覚悟よ。どうかしら?」
「ふん。まあいいでしょ。覚悟が決まったのなら結構。ボクが言うことはもう何も無いよ」
あれ? と松田は思った。彼はてっきり早坂がまた何だかんだと言ってくるものだとばかり思っていたので拍子抜けした気分だった。
「アナタの方はどうなったの? 藍里と切るかどうかでずいぶん彼女たちを悩ませてくれたみたいだけど、どうするか決めたのかしら?」
「ああ、決まったよ。今まで通りだってね。林田藍里は切らない。レッスンも今まで通り続ける。そう決まったよ」
今度は社長があれ? と思う番だった。彼女は早坂が藍里を切るものだとばかり思っていたからだ。そしてその時は早坂との協力関係を白紙に戻してでも藍里を守るつもりでいた。そう覚悟を決めたから。
「どういう風の吹き回し? わかるように説明してくれないかしら?」
早坂は社長にチラッと一瞥をくれた。
「別にどうもこうもないよ。その方が良いと考え直したってだけのことさ。まあ、むすび丸を3つも捕ってもらったしね」
早坂はチラリと夏夜たちに視線を送った。夏夜たち4人は顔を見合わせて笑った。
「むすび丸3つ? 何それ?」
「別に何でもないよ。アマチュア丸出しのジャガイモたちの友情ごっこにはウンザリだと思ってたけど、まあそれも悪くないと思い直したってことさ。ただそれだけの話」
社長と松田には早坂が何を言っているのかサッパリわからなかったが、さらに質問をしようとしたところで事務所のドアが開き佳乃たちが帰ってきた。一番最後に藍里が入ってくると、ソファに座っていた夏夜たちは立ち上がって駆け寄り藍里を迎えた。藍里が「ごめんなさい」と言って頭を下げると実波が「あいちゃん、お帰り!」と言って抱きついた。未夕が「お帰りなさい」と言って瞳を潤ませた。菜々美が「まったくもう」と言いながら腕組みをして怒った素振りをしたが顔も目も笑っていた。夏夜が藍里に歩み寄って頭を撫でて「お帰り」と言った。どの顔も藍里が戻ってきた喜びに溢れていた。その光景を真夢と佳乃は後ろから微笑ましい気持ちで眺めていた。
「やっと言いたいことを言えた気がするなぁ」
佳乃がそう呟くように真夢に言った。スッキリとした、晴れ晴れとした表情だった。
「えっ?」
「カリーナさんたちが言ってた腹割ってケンカしなさいって、きっとこういうことだったんだね」
「うん……そうだね」
「あの……さ。まゆしぃも何か話したいことがあったら、遠慮なしに話していいんだよ?」
「……うん。わかった。ありがとう」
ようやく真夢に想いの一端を示せた佳乃だったが、真夢はありがとうと言っただけでそれ以上は何も言わなかった。いきなりそんな全部話してくれるわけもないかと佳乃も思い直し、それ以上は話を広げなかった。
藍里は社長の元へ歩み寄り「ご心配をおかけしました」と言って深々と頭を下げた。「いいのよ」と社長は言って笑った。
「今回は私も色々考えさせられたわ。アナタたちがだんだん売れてきて、私も少し舞い上がってたのかもしれない。いつの間にか先のことばかり考えていて足元を見なくなっていたのかもしれないってね。でももうブレないわよ。ウェイクアップガールズは7人いてこそウェイクアップガールズ。藍里も大切なその一員よ。これからもよろしくね」
藍里は目を少し潤ませながら元気良く、ハイ! と答えた。そして次に藍里は早坂の横に立った。
「あの、早坂さん。あの、私、私も作る側の人間として早坂さんにもお客さんにも認めてもらえるように絶対なってみせますから」
どうやら彼女は自分のメッセージをキチンと受け止めてくれたらしいと早坂は内心で安堵したが、口調は相変わらずあくまでも厳しかった。
「ふふん。ようやく少しはわかってきたようだね。そう、キミたちが認めてもらう相手はボクじゃない。一般大衆、つまりオーディエンスなんだ。そのことを常に意識していなければいけないんだよ。そして、その為の努力を惜しまない者だけがアイドルとして認められ成功するんだ」
「ハイ!」
藍里の返事を聞いた早坂は満足そうに頷き、そして話を次の話題に移した。
「と言うわけで、その一般大衆に認めてもらうためにキミたちには、あるイベントに参加してもらいます」
彼はそう言うと、懐からアイドルの祭典2014と書かれた一枚のチラシのような紙を取り出して見せた。それはアイドルの祭典のエントリー用紙だった。
「アイドルの祭典。キミたちにはこれにエントリーしてもらいます」
「アイドルの祭典?」
アイドルの祭典って何? 早坂以外の全員の頭の中に疑問が湧いた。
説明 | ||
シリーズ第14話、アニメ本編で言うと7話に当たります。藍里の説得シーンがメインとなりますが、真夢の母親との対比として少しだけ藍里の父親の描写を入れました。自分の作品の中では比較的マイルドな早坂さんですが、アニメのような早坂さんでもよかったかなと思う今日この頃です。次話もウェイクアップガールズにとって重要な話になるので2〜3回に分かれる予定です。 | ||
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