真恋姫無双幻夢伝 第四章5話『咸陽の戦い』
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   真恋姫無双 幻夢伝 第四章 5話 『咸陽の戦い』

 

 

 乾燥した大地に二つの影が立つ。今日は特に砂埃が凄まじい。遠くから見ると、その姿がちかちかと点灯するように、見えたり消えたりしていた。

 

「何度来ても、けったいな土地やで」

 

 その影の一つである霞が、顔に付いた砂を払いながら悪態をついた。昼間とはいえ、無人の都市はなんとも不気味だ。

 ここは今から400年前の王朝の秦の王都、咸陽である。長安の北西に位置するこの旧都には、その繁栄の残骸だけが転がっている場所になっていた。項羽に燃やされ、そして劉邦が長安を新しく建設したことでこの町から人が消えた。始皇帝が建設した安房宮も、現在は燃えカスの柱が数本、立っているばかりだ。

 

「なあ、ホンマに大丈夫なんか?」

「ああ」

 

 短く返事をしたのは、もう一つの影、アキラである。彼はじっと目を凝らして、馬騰軍が動かないことを確認している。

 砂埃が少し止んだ。その風景の中に、何百人もの兵士の姿が現れる。せっせと地面に対して何かしている様子が浮かび上がってきた。

 霞がそれらの姿を不思議そうに見つめる傍ら、アキラは遠くを眺めながらつぶやいた。

 

「明日、終わるな」

 

 

 

 

 

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 翌朝、咸陽から少し離れた場所に陣取る馬騰軍の元には、思わぬ吉報が舞い込んでいた。

 

「城を出たか!」

「はい!董卓・曹操連合軍は、長安郊外の咸陽に陣を構えました」

 

 本陣のテントの中で声が上がる。それは驚きよりも、喜びの感情が現れていた。

 

「母上!やりましたね!」

「これで勝てます!」

 

 馬岱より一歳年下の馬休と、二歳年下の馬鉄の姉妹が満面の笑みを浮かべた。実力はまだまだだが、幼い彼女らの存在は馬騰軍の偶像として機能している。

 この2人に母の馬騰も笑みを返した。歳は50近いが、床几に坐る彼女の目はまだギラギラと燃えている。

 

「やれやれ、曹操軍が奴らに組した時はどうなるかと思ったが、数を頼って出てきたわい。野外なら楽に勝てるな」

「しかし、実際に数では相手が上ですよ、おば様」

「これ、馬岱!士気を下げるようなことを言うな!我らの騎馬なら中央の歩兵がいくらいようともイチコロだ」

 

と、馬騰の隣に座る韓遂が蒲公英を嗜める。馬騰の義姉妹であり、この軍の軍師役である彼女は、目の前の敵よりも味方の和を保つことに心血を注いでいた。それほど遊牧民は心変わりしやすい。彼女の左目を縦に割るように残る傷跡は、そうした味方の裏切り行為によるものである。

 韓遂に叱られて黙った蒲公英に代わり、今度は翠が尋ねる。

 

「あの、母上」

「なんじゃ、翠」

「この、相手が陣取った場所が気にかかるのだけど……」

 

 彼女は密偵が知らせてきた“咸陽”という土地が気にかかった。昔の都とは聞いていたが、不気味に感じられて仕方がなかった。

 怪訝な顔をしている翠に、馬休・馬鉄の姉妹がニヤニヤとしながら近寄ってきた。

 

「あれ?姉さま、もしかして怖いの?」

「こ、こわい?!そんなことねえよ!」

「おばけがでるぞ〜!」

「こらっ!」

 

 顔を真っ赤にした彼女に怒られて、姉妹は母の背中に隠れた。その様子を見て馬騰と韓遂が大声で笑った。

 

「安心しろ、翠。荒廃しているとはいえ、昔の王都だ。以前通りしなに見た時、まだ大きな道の姿は残されていたし、軍も展開できるだろう。オバケも出ないぞ」

「母上まで!」

 

 抗議を示す翠を放っておいて、馬騰は少し太った体を揺らして立ち上がった。彼女はすでに今日で決着させる腹でいた。

 

「馬休、馬鉄、馬岱!奴らを叩き潰すぞ!支度しろ!韓遂は陣触れを出してくれ」

「御意」

「あたしは?!別に怖くなんかないぞ!」

「そんなこと気にしていない。本陣に残る連中にもまとめ役が要る。そうだろう?」

 

 韓遂の言葉に、馬騰はコクリと頷く。いつも母の代役を任されていることに慣れている翠は、渋々留守番役を任されたことに同意した。

 翠は幼い二人の妹の頭を撫でて、優しく微笑んだ。

 

「2人とも、ちゃんと働くのだぞ」

「はい!」

「姉さまも寝てたらだめだよ」

「寝ねえよ、まったく!たんぽぽ、二人を頼む」

「分かりました!」

 

 本陣を出ていく一同。残った翠も見送りにゆっくりとテントの外へ出た。

 砂嵐でかすむ太陽。遠ざかる母たちの姿。

 その時に嗅いだ風の匂いを、彼女は生涯忘れることはなかった。

 

 

 

 

 

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 馬上、重たいはずの身体はまだまだ動く。今回の遠征で自身の健康状態に、馬騰は満足していた。娘たちに「痩せろ」とさんざん言われていたが、その必要がないことを確認できた。

 隣に韓遂が馬を並べてきた。痩身の彼女はまだ見える片目を見開いて、遠くを眺める。やはり羨ましい。やっぱり痩せようか。

 

「ここからは見えないが、敵は咸陽の中心にいるそうだ」

 

 韓遂の言葉に我に返り、馬騰も前方を眺めた。砂に紛れて良く見えないが、その隙間から確かに敵の旗印が見える。咸陽の町の中央よりもこちらよりに位置しているようだ。

 

「咸陽の瓦礫で我らを防ぐ気か」

「こしゃくな。そんなもの、飛び越えてみせよう」

 

 不敵に笑う二人。彼女たちの表情には、長年戦ってきた経験が裏打ちされている。

 

「よし!行くか!」

 

 馬騰が馬の上で大きく剣を挙げると、陣太鼓が轟き始める。前線の騎兵が鬨の声を上げて前進し始めた。遠くに長安の城が見える。

 

(我らの悲願!達成しようぞ!)

 

 勢いに乗る彼女たちも、前へと馬を歩ませていった。

 

 

 

 

 

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 董卓・曹操連合軍は柵を何重にも備えていた。その後ろから何百本と矢が放たれる。すでに何十騎とやられた。馬騰軍も馬上から弓矢を放つが、数でどうしても負けてしまう。

 

「怯むな!迂回できるところは迂回して、奴らの柵を越えるのだ!」

 

 馬騰の檄が飛ぶ。その指示通り、無防備地帯を発見したと報告があった。

 

「馬岱・楊秋隊が突入しました!」

「うむ」

 

 こうなればこちらのものだろう。馬騰はその場所を全軍に知らせるように指示を出した。

 その予想通り、四半刻(30分)もしないうちに敵を打ち破ったと報告が入った。

 柵の内側に入られた彼らの慌てようは凄まじいものだった。歩兵にとって騎兵は三倍近くの高さがある化け物だ。そんなものに勢い良く来られたら一たまりもない。その一点から侵入した馬騰軍は、まるで洪水のように、連合軍を侵食していく。

 いくつかの柵も取り除かれ、敵の陣は見るも無残な状態になった。抗戦する敵は一人もいない。

 

「馬休様、馬鉄様も突撃なさいました!」

「こちらも追撃しよう。敵を逃がすな!」

 

 馬騰はバシッと鞭を振るうと、韓遂ら本陣の兵と共に敵の陣地へと駆け出した。彼女たちは柵のあった30センチほどの土堤を飛び越え、勢いを止めることなく走り続ける。遠くに“董”の旗印が見えた。 

 目を血走らせた馬騰は、前方に真っ直ぐ剣を伸ばして示す。

 

「董卓を捕えろ!このまま長安を落とすぞ!」

 

 ―その時だった。

 

「うわっ!」

「ぐっ!」

 

 周りにいた2頭の騎兵が声を上げて馬から転がり落ちる。馬騰は後ろを振り返った。

 

「どうした?!」

「転んだのか?」

 

 韓遂も疑問の声を上げる。ここは咸陽の大通りである。瓦礫があるとはいえ、馬に慣れた我々の兵が転ぶようなところではない。

 

「ぎゃ!」

 

 また悲鳴が響く。胆の太い馬騰もさすがに手綱を引いて止まった。

 そして先ほど転んだ騎兵の元へと歩み寄り、息を飲んだ。馬の前足が無い。斬られている。馬から投げだされた彼も首の骨を折って、こと切れていた。

 

「固まれ!周囲を警戒しろ!」

「前線はどうした?!連絡をとれ!」

 

 危険を察した彼女たちは素早く指示を出す。何十頭もの騎馬が馬騰たちを取り囲んだ。

 その時、彼女の耳に、空気を切り裂く矢の音が聞こえた。

 

「構えろ!」

 

 その命令は一瞬遅かった。数十本の矢が彼女たちを襲い、15騎近くが倒れた。

 だが、彼女は敵の居場所を瞬時に察した。大きな屋敷の跡地の方を突き示す。

 

「そこだ!かかれ!」

 

 10騎がそちらの方へと飛び込んでいく。しかし悲鳴が上がったのは、その方向とは反対の方であった。振り返ると、馬上の兵士が首から血を流して、馬の背にもたれかかったまま死んでいた。

 

「下だ!下にいるぞ!」

 

 バッと死んだ兵士の下を見た。地面に小さな隙間が覗いている。しかし砂埃と瓦礫の影で、あっという間に見えなくなってしまった。

 気を落ち着かせる暇は与えてくれないそうだ。周囲から銅鑼の音が鳴り響く。

 

「恋……行く」

「華雄、参る!」

 

 『呂』と『華』の旗印が立ち上る。辺りに伏せていた敵の兵士が姿を見せ、こちらに迫ってくる。

 

「くそっ!」

 

 人の動揺が伝わり、馬が怯えだした。こうなったら収拾がつかない。馬騰と目配せを交わした韓遂が引き上げを命じた。

 

「引くぞ!本陣まで戻れ!」

 

 近づいて来る敵の姿。馬騰はこの失態に苦虫を潰した表情を浮かべる。

 

(中央の泥臭い連中め、見ていろ!我らは諦めぬ!)

 

 ―この時、彼女は下から繰り出される槍の存在をまだ知らない。

 

 

 

 

 

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「いったい、何があった?!」

 

 本陣へボロボロになって帰ってくる兵士たちを見て、陣の前で出迎えた翠は目を丸くした。

負けたのか?あたしたちが?

 

「お姉様!」

「たんぽぽ!」

 

 敗残兵の中から、蒲公英が彼女に駆け寄ってきた。愛馬を失って顔中を砂まみれにした、無残な姿であった。

 彼女は翠の前に立つと、いきなり平伏して手を地面に付けた。

 

「申し訳ありません!2人を見失いました!」

 

 タンポポの背中には、無数の傷が鎧に刻み込まれているのが見えた。泣きじゃくる彼女を責められる人などいない。翠はしゃがみこんで彼女に話しかける。

 

「母上は知らないか?!」

「分かりません。しかし敵は本陣を集中的に狙った様子で……」

 

 泣きはらした顔を上げて蒲公英が報告する。前線でこの有様では、本陣は……。

 

「救出に向かう!本陣の兵をかき集めろ!」

「お姉様!待ってください!もう、そんな余力は」

「うるさい!」

 

 その時、兵士たちをかき分けて、フラフラとこちらに近寄ってくる馬がいた。翠が目を凝らしてみると、その背には息絶え絶えの兵士が乗っている。韓遂だ。

 翠は急いで彼女に駆け寄り、馬からゆっくり下ろした。自力で降りる力も残されていない彼女の義理の叔母は、彼女の腕の中で荒い呼吸を繰り返していた。

 

「義叔母上!」

「翠……無念、だ……」

 

 か細い声で彼女の名を呼ぶ。翠は持っていた水筒の水を彼女の口に含ませて、呼吸を落ち着かせた。そして尋ねる。

 

「母上は、母上はいずこに?!」

 

 その言葉を聞いた途端、韓遂の目から涙があふれ出した。そして震える声で告げた。

 

「し、死んだ。死んでしまった……すまん」

 

 それだけ言うと、がっくりと首を垂らした。あわてて口先に手を当てて息を確かめる。気絶しただけのようだ。

 翠はカッと空を見上げた。砂の中に黄色い太陽の輪が描かれている。血がにじむほど唇をかみしめた彼女は、虚空へと叫ぶ。

 

「おのれ漢族め!この恨みは、この錦馬超が、必ずや晴らしてみせる!!」

 

 滝のように目から涙を流れ出す。彼女の咆哮は天高く、轟いていった。

 

 

 

 

 

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「なるほどね。壺はそのために使ったのね」

 

 詠が戦場に埋められた壺から這い出てくる兵士たちを見ながら、感心している。騎馬は真下が死角になる。そして壺を見事に隠したこの地形をうまく利用した作戦だった。

 この戦いで馬騰を始め、馬休や馬鉄といった主だった敵の将兵は戦死した。武勇名高い馬超を逃亡させてしまったとはいえ、再起には相当の時間がかかるであろう。危機は去った。

 戦場を見聞する詠の元へ、月とアキラが近寄ってきた。

 

「どうだ、戦果は?満足いただけたかな?」

「十分過ぎるわよ。ここまできれいに勝てると気持ちいいわね」

 

 おどけるアキラに対して、素直に感情を吐露した。それを見て月は安心した。

 

「詠ちゃん。これで納得したよね」

「……しょうがないわ」

 

 詠が月の後ろに立つ。そして彼女たちは深々とアキラに頭を下げた。

 

「私たちの命をアキラさんに預けます。これからよろしくお願いします」

 

 アキラは改まってあいさつをされたことに照れ臭かったようで、ポリポリと頭を掻く。しかし次の瞬間には、彼も真剣な表情に変わり、大きな声で返事をした。

 

「よし!お前らの命、俺が預かった!」

 

説明
馬騰軍との戦い、そして月たちが加入します。
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コメント
戦に私情を持ち込まれましても・・・・・・(5963)
お二方とも、コメントありがとうございます。一言追記いたしますと、翠の怒りには彼らが「異民族」であるという背景があります。次に翠が登場する際には、こちらの背景をもう少し詳しく書いていきたいと考えています。(デビルボーイ)
恨みもなにも…戦です、正当防衛と言っても差し当たりないついでに言えば戦場での死は武人の誉ではないのか?口先と感情は別物でしょうね。(禁玉⇒金球)
翠・・・復讐の悪鬼と化すか・・・?続きも期待してます!(kazo)
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