真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第四十話 |
大陸各地で水面下・水面上問わず諸侯が動く中、ここ陳留の地でもまた、一際大きな動きが起ころうとしていた。
太陽も未だ低い位置にある内から、調練場内に幾組かの連続した金属音が響き渡る。
その内側に入れば、撃ち合う武器の音に混じって気合の一声も聞き取れる。
「やああぁぁぁっ!!」
「うおっ!?」
梅の気合が迸り、手にした戟の鋭い一撃が一刀を襲わんとする。
攻撃をいなされた直後の中途半端に崩れた体勢、これでは一刀でも綺麗に受け流すことは出来ない。
突き出した槍を戻すこともそこそこに驚声を上げつつ体を捻ることでどうにか回避し、地を蹴って距離を取ると梅に声を掛けた。
「やるじゃないか、梅。今のはかなり危なかった」
「ありがとうございます。ですが、当たらなければ意味がありません…」
褒められたにも関わらず梅の表情は厳しいまま。
それも仕方がないと言えば仕方がないのであるが。
ジリジリと距離を測る両者の沈黙。それを先に破ったのはいつも通り一刀であった。
「疾っ!」
「ふっ……くっ……!うぁっ……!」
最低限の間合いより少し踏み込んでから、一息に4突。
梅も即座に反応して防御に専念、どうにか3連撃までは防いだものの、4撃目の攻撃で戟のガードを跳ね上げられてしまう。
「くっ、ぅぅああああぁぁっ!」
そのままではまたいつも通り一刀に距離を詰められて負けてしまう。
そう考えた梅は全力を振り絞ることで無理矢理戟を振り下ろす。
一刀に当たらずとも威嚇として機能してもらいたい、ただその一心で。だが、、
「ほら、相手から目を離すなって」
意識を全て戟に向けた際に梅の目線も逸れてしまっていた。
それを見逃すほど一刀も甘くはない。
いつの間に移動したのか、横合いから割り込ませるように槍を差し込み、梅の首筋に突き立てていた。
「あぅ……参りました……」
敗北を認め、ガクッと項垂れる梅。
肩で息をするその様子からも相当に集中していたことが見て取れる。
一刀もまた槍を下ろすと梅に近づき、その肩を軽く叩いた。
「よく頑張った、梅。当初に比べると見違えるほど強くなった。新しい戦法も大分板についてきたみたいだしな。
どうだ?今までに比べて自身の負担が軽くなってはいないか?」
「は、はい!確かに今までより疲れにくくなっています!それに一刀様の動きもよく見えるようになってきました!」
「うん、いい兆候だ。やっぱり梅には交叉法を教えて正解だったみたいだな」
一種の交叉法、いわゆるカウンター技法である。
防御が上手いと一刀と霞に評された梅。
しかし、それは別視点から見れば、攻めの型に目立った点が無く攻め手に欠けている、ということでもあった。
そこで一刀が梅に仕込んだのがこの技法であった。
一刀が梅に教える上重要としたのが、正確な防御である。
確実に防御をすることで、たとえ僅かであろうとも相手には隙が生じる。
その隙を見極め、攻撃を叩きこむことが出来れば、攻め手に欠けていようが関係ない。
後の先をものにするこの技法、元々は一刀も好んで使っていたものである。
現在の一刀は読み能力を一層深めることで先の先を取る、本来の意味での交叉法を得意としてはいるが、梅に教えるに当たって一刀以上に適した教師はいないだろう。
「ありがとうございます。ですが、その……」
一刀の言葉通り、梅の実力は目に見えて上がった。それを師たる一刀にも認めてもらい、嬉しい気持ちもある。
だが、言いよどむ梅からむしろ逆の感情、悔しい思いが伝わってきていた。
「どうした、梅?」
「一刀様は褒めて下さいますが、私は未だ一度たりとも一刀様から一撃を奪っていません。ですからあまり実感が……」
「あぁ、なるほどね。そりゃ、自分が教えた技でそう簡単に一本取られるようじゃ、とても人の上に立って指導しようとは思えないからね。
梅もそうだけど、季衣にも流琉にも、まだまだ一本取られるつもりは無いよ。一本取れたとすれば、それは教えたことを極め、自らの技として昇華出来たってことだ。
すぐその日は来るだろうけど、今は焦らず一歩一歩着実に実力を付けていくんだ。いいな?」
「は、はいっ!私、頑張りますっ!」
一刀から噛み砕いて諭され、梅は納得を示す。
確かな期待も同時に感じ取り、辛気臭い顔は一転、花が咲いたような笑顔となった。
「お〜いおいおい。なんやちょっと言いたいことあんねんけど?一刀〜」
ほんわかとした雰囲気が漂い始めたそこに突如横槍が突きこまれる。
一刀達から離れた所で凪に稽古を付けていた霞である。
「一刀の言い分やと?な〜んかウチは実力がまだまだや〜、って言われてるみたいなんやけど〜?」
若干拗ねたような、それでいて批判するような声音を出す霞。
その霞の様子を隙と見てとった凪は一気に決めにかかる。
「隙ありですっ!はああぁぁっ!猛虎蹴破!!」
氣を纏った凪の渾身の蹴りが霞に向かう。
凪としては決まったと思っただろう。
だが、将軍クラス相手にその考えは甘い。それもすぐ証明された。
「ざ〜んねん!隙とはちゃうで。ほい、殺った」
大きくスウェーして凪の蹴りを避けると、素早く距離を詰めて飛龍偃月刀を喉元に宛てがう。
「参りました……」
勝機が見えたと思っていただけに落胆も大きく、がっくりと項垂れる。
霞は得物を担ぎ直すと凪を労いつつ一刀に詰め寄ってくる。
「勝機と見ての一息の攻めはええんやけど、それがホンマの隙かどうかを見極めんとアカンで〜。ま、惜しかったけどええ感じやったわ。
で、や。一刀〜?どないなん?」
「霞の実力を疑ってなんていないぞ?一体なんでそんなことを?」
霞が絡むこと、それには理由があった。
実はここ最近、霞は梅から時折一本取られることが出てきたからである。
「ウチは何度か梅に一本取られとんのやけど?」
「ああ、そのことか。それはまあ、練習熱心、研究熱心な出来た弟子の努力の結果だから」
一刀は事も無げに答えるが霞には引っかかることがあった。
間髪いれず問いを重ねていく。
「研究?練習の方は分かるわ。梅が誰よりも頑張っとんのはこの目でも見とるさかいな」
「霞の型の要は何か、どう動けば崩せるか、折角梅なりに頑張って作った解答だ。添削まではいかずとも正誤判定くらいはやってやってもバチは当たらないだろ?」
「んなっ?!なんや最近やりにくなったなぁ、思ってたんはあんたのせいやったんかいな!」
「いやいや、まさか!梅の頑張りの成果だろう?それに霞は」
「くっ……!一刀!今すぐウチと仕合やっ!」
おどける一刀に喰ってかかる霞。
それに慌てたのは意外にも梅であった。
「し、霞様っ!一刀様はもう調練を始められて相当の時間が経っておりますので……!」
「そんなん関係あるかいっ!おらっ、一刀!早よ準備せい!」
「で、ですから霞様っ……!」
「いや、いいよ、梅。分かったよ、霞。やろう」
「おっしゃ、それでこそ一刀や!」
それまでの剣幕はどこへやら、一刀が勝負を受けた瞬間にコロッと笑顔に変わる。
その様子に若干ならず目を白黒させる梅だったが、霞の戦好きを考えれば納得出来ると考えたようで、すぐに落ち着いた。
「ほんなら、凪っち。ちと審判してくれへん?」
「はい、分かりました。一刀殿もそれで?それでは……始めっ!!」
「あんなん卑怯や……反則や……」
10分かそこらの後、調練場には地面にのの字を書いていじける霞の姿があった。
その傍らでは……
「す、すごいです、一刀様……あの技も交叉法なのでしょうか?!」
「以前私に教えてくださった技の応用にも見えたのですが、どうなのですか、一刀殿っ?!」
梅と凪が一刀の収めた勝利に沸き立っていた。
2人の興味は一刀が使った技にある。
「ん〜、半々、と言ったところかな」
「半々、ですか?」
「ところで一刀様。どうしてあれほどまであっさりと霞様に勝たれたのですか?」
「どうして、か。そうだな……凪、梅。君たちは擬態って知ってるかい?」
技を説明するにあたって、まずは事前知識があるに越したことはない。
が、2人は揃って首を傾げる。
ちなみに、一刀が話す気配を察したか、霞も興味津々と言った様子でこちらを見つめていたが、同じように疑問符を浮かべていた。
「うん、まあそうか。簡単に説明すると、擬態というのは弱者が自らを強者のように見せること、或いはその逆もまた擬態と言うんだ」
「相手を騙す、ということですか?」
「そうだ。騙された相手は判断を誤る。場合によってはこの擬態によって本来勝てない相手に勝つことも出来るかも知れないな」
「なるほど。ですが、その擬態が先程の仕合とどう関係するのですか?」
擬態について理解を示しながらも、それを結びつけることが出来ずに梅が質問を重ねる。
まあ、一刀の理想を言えば、この擬態の説明だけで全てを理解してもらいたかったものではあったが。
「さっきの霞との仕合、俺が霞と打ち合ったのは計27合。
その内最初の12合とその後の15合は異なる様相を呈していたと思うが……どこが違うか分かったかな?」
「え?えっと……」
「始めの内は一刀様の防御もしっかりしたものでした。ですが、時が経つにつれ、一刀様が霞様の右からの攻撃に対応が遅れているように見えました」
淀む凪とは対照的に梅がハキハキと答える。
これは凪よりも梅が優秀だとかそういったわけではなく、単に梅が自分の糧にしようと、特に一刀の防御に注目していたが故に分かったことであった。
「そうだ。それから、梅。君が仕合前に霞に言ったこと、覚えているかい?」
「えっと……確か、一刀様はお疲れのはずだ、といった旨のことを……」
「うん、そうだね。つまり、この時点で霞の意識には、俺が多少なり疲労を蓄積しているだろうことが情報として追加されたわけだ。
その状態で仕合開始。まずは始めの12合。俺はいつも通り霞の攻撃を受け流し、隙あらば反撃を加えていた」
「せや。ウチも一刀は何も疲れてへんやんけ、って思ったわ。けど……」
何かを思い出し、顎を押さえて考え込む霞。
その解答はすぐに一刀の口から齎された。
「13合目以降、俺は構えを僅かに左にずらした。但し、反応自体は変えない。すると、どうなるか」
「右側の防御が、遅れる?」
「正解だ、凪。つまり、さっき梅が答えてくれた状況を意図的に作り出したわけだ。
だけど、だ。そうとは知らない霞は、どう思った?」
「一刀に疲れが出てきた、って思ったわ。ここが好機!ってな」
「そう、霞は”錯覚”したわけだ。俺の状態を。
そして27合目で弾きあった時、こうも思ったはずだ。最速の連撃を俺の右側面に叩き込めばいける、と」
「……悔しいけど、その通りやわ」
「そうなれば、後は……梅、分かるだろ?」
「は、はい。来る攻撃が分かっていれば、その出掛かりを潰してしまえばいい。『先の先』、でしたか?」
一刀の教えを思い出しつつ答える。
それを聞き、一刀はよく出来ました、とばかりに大きく頷いてから先を続ける。
「状態を偽って弱者に”擬態”した俺はまんまと霞の行動を操った。
来ると分かっている攻撃を避けるのは容易い。その軌道も限定した。
あとは霞自身の力を利用して偃月刀を手放すようにそっと力を加えてやればいいわけだ」
『な、なるほど……』
「いやいや、ちょい待ちぃな、あんたら。如何にも簡単でござい、って感じで言っとるけど、それ、めっちゃムズいことやで?」
「ま、そうだな。武器奪取技はそうそう実戦で使えるものでもないし。
実際には先の先を取って、そのまま斬り伏せるのが最善策だ」
指摘され、説明され、ようやくハッと気づく2人。
淡々と説明していた一刀の雰囲気に完全に飲まれてしまっていたようである。
「とりあえず、今日の鍛錬はこんなもんで終わりかな。凪、梅。まだやるか?」
「あ、いえ……今日はこれで終わりたいです」
「私もさすがに疲れました……」
「なんや、だらしないやっちゃな〜。ほれ、見てみ?一刀とかまだまだいけそうやん?」
「まあまあ、霞。強くなってきたとは言え、2人はまだまだ発展途上なんだ。
特に体力なんて一朝一夕で身につくものじゃない。まあ、だからこそ、サボってるといつまでも身につかないということでもあるからな?」
『は、はいっ!精進します!!』
生来真面目な性格の2人にはそれほど心配はいらないだろう。
このことは、今までに耳にタコが出来る程言い聞かせてあるでもあった。
釘指しも終え、4人は使用した範囲を綺麗に片付けてから調練場を後にする。
気がつけば太陽もほぼ真上、昼食には丁度良い時間となっていた。
「今日やることはもう”あれ”だけだし、飯でも食べに行くか?」
「おっ、ええな〜。行こや行こや!」
「私も準備は整っていますので、お供します」
「恋も」
「ひゃぁっ!?あ、恋様!一体どう……なるほど、セキトちゃんのお散歩ですね」
昼食へと意識が向いていたところに突然ニュッと現れた恋に梅が軽く悲鳴を上げる。
どうやらセキトその他の動物達の世話を終え、街を歩いていたところらしい。
「…………」
「ん?どないかしたんか、恋?」
「……霞、負けた?」
「うぐっ!?……な、なんで分かってん?」
「……お尻、ちょっと砂付いてる」
「ちょっ!マジか!?くぁ〜っ!」
ジッと見つめていた恋に指摘され、霞は悔しげに、かつ大げさに嘆く。
そんな霞の様子に暖かな笑いが起こる。
何気ない日常の一コマ。
ゆったりとした空気が流れたからか、会話の流れが異なものへ。
「今日でここともお別れなんやな〜。ウチはそんなにおらんかったけど、それでもちょっと感慨深いもんがあるわ」
「私も、霞様と同じ感想を抱いております。特に私は一刀様のおかげで相当実力を伸ばすことが出来ましたので」
「真桜や沙和では抱かない感想ですね……あいつらももっと武を磨かなければならないというのに……」
霞と梅がしみじみと、凪がブツブツと漏らす言葉。
もし今日が平常の中の一日であれば、このような会話はなされなかっただろう。
ではなぜこのような会話が飛び出すのか。
それは……
「ち〜〜〜〜〜ん〜〜〜〜きゅ〜〜〜〜〜……………………」
突如、どこぞから、ドドドド……と低い地鳴りが鳴り響く。
それと同時に何やら引き伸ばされた声も。
一体何が?と思った次の瞬間には、その正体が全て割れていた。
「き〜〜〜〜っくっっっ!!!」
一刀達の背後から全速力で駆けてきた音々音が高く飛び上がり、そのままライダーキックのような攻撃を繰り出す。
だが、当然と言えば当然ではあるが、これほどまでのテレフォンキックは一刀にはヒットしない。
音々音のキックの速度に合わせて回転しつつ、膝の下と背中に両手を差し入れる。
そのまま一回転してからお姫様抱っこのように確保した音々音を地に降ろした。
僅か数秒にも満たぬ刹那の技に、梅と凪は目を丸くして拍手を送っている。
音々音も一瞬間驚きに硬直するも、直ぐ様ここまで来た理由を思い出して一刀に噛み付き始めた。
「やい、北郷一刀!お前は一体どういうつもりなのです!
お前が提案したとかいう教育方針で音々音を閉じ込めて、こっそり恋殿と会って何を企んでやがるですか!」
「いやいや、閉じ込めた、って……ねねならいけると思ったんだけど、なんならもうちょっと教育水準下げさせようか?」
2人が話す内容、それは音々音が魏に来てからずっと行われている軍師の勉強のことである。
音々音は確かにポテンシャルの面や年齢のことを考えれば十分に立派な軍師であると言える。
だが、今後の乱世を生き抜ける軍師であるとは言い難い。
そこで一刀は今の内に音々音の才を伸ばせるだけ伸ばす方が得策だと考えた。
結果、毎日相当の時間を、稟と桂花がほぼ付きっきりで教えることとなった。
そこに不満を持っているようである。
「ぬぬ……で、出来ないとは言ってないのですぞ!ただ、どうして鬼のように課題を出してくるあの2人なのかと……!」
「そこは我慢してもらうしかないな。ねねの欠点の問題だからな」
「んなっ!?ね、ねねに欠点など無いのですぞ!!」
一刀の不意の指摘に音々音は顔を真っ赤にして憤る。
しかし、一刀は淡々と先を続ける。
「虎牢関で指摘したろ?俯瞰的な視点を持ち、盲目的な個人への信頼はやめろ、って。
加えて、詠から聞いたことだけど、ねねは軍師、と言うよりそもそも文官になってからまだ日が浅いとか。
軍師として戦術を組むには知識が必要なんだ。今はまず、ねねには基礎たる知識を蓄えてもらう。
だからこそ正統派の軍師である稟、正統派を教えうる桂花を教師に据えた。納得してもらえたかな?」
「うぅ……くぅ……」
何かを言いたいが、言い返す言葉が無い。
結果、音々音の口からは呻きが漏れるだけだった。
「とは言っても、よくぞ今日まで抜け出したりせずに頑張ったな。その根性があれば大丈夫だ。
今の缶詰状態は暖かくなる頃には終わってるだろうさ」
「け、結構長いのです!?」
ガビーンという効果音が聞こえそうなほど分かりやすく衝撃を受ける。
その様子にまたも笑いが生じるのだった。
「ああ、そうだ。今日まで頑張った褒美に、ねね、今日のお昼は奢ってやろう」
「むむ?撤回はさせないのですぞ!お前が後悔するくらい食いまくってやるのです!」
人の三大欲求の一つを餌にぶら下げられれば、多少の沈みからは即座に復帰するもの。
音々音もまた一刀の言でいつもの調子を取り戻した。
「いいなぁ、ねねちゃん……」
思わずポツリと漏れた梅の呟き。
一刀はそれを拾って会話に繋げる。
「梅、お前もずっと頑張ってたもんな。よし、折角だ。今日は梅にも凪にも奢ってやろう!」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
「わ、私にもですか!?あ、ありがとうございます!!」
「おぉ〜っ!今日は一刀の奢りか〜!」
「いやいや、霞には奢らんぞ?」
「何でや!差別や!」
「俺が奢るのは頑張った3人へのご褒美」
「……霞、諦める」
「ちぇ〜っ、はいはい、分かりましたよ〜」
コントのような掛け合いも楽しみながら6人はいつもの店へと向かっていくのだった。
「へい、らっしゃ……おお!北郷の旦那!」
「や、おやっさん。今日は6人いるんだけど、大丈夫かな?」
「勿論でさぁ!ささ、こちらへどうぞ!」
「いつも悪いね。ありがとう」
5人を引き連れ、一刀がやってきたのはかつて流琉が働いていたあの店だった。
元々店主の腕前も良かったことに加え、流琉や一刀が城外で食事を済ませる時にはよく使う店ということもあり、華琳以下幹部連の使用が増した。
当然、その様子は民達の目にもよく止まる。
話題性十分、実力十分となれば陳留でも1、2を争うほどの人気店となるのも時間の問題だった。
席に着き、各々が注文を伝えて待つこと少々、美味しそうな匂いと共に料理が次々と運ばれてきた。
全員の料理が揃い、いざ食べ始めようとしたその時、店の奥からさらにもうひと皿、店主が追加で持っていたことに驚く。
「ちょっと、おやっさん。これ、俺達は頼んでないよ?」
「いえいえ、それは私の気持ちです。受け取ってください、旦那」
「いやいや、何だって急に……」
「確か、今日、でしたよね?今まで旦那はこの街の為に、我らの為に、色々としてくだすったんだ。
それに旦那のおかげでこの店も随分と大きくなりました。ほんと、旦那には感謝してもしきれませんよ」
しみじみ、といった様子でそう話す店主。
それを受けて一刀は納得を示す。
「なるほど、ね。こっちとしては当たり前のことを当たり前にしただけなんだけどな……
でも、ま、ありがたく受け取らせて頂きますね」
「旦那に取っては当たり前でも、我々にとっては目新しすぎるんでさぁ。まあ、それも旦那がかの御遣い様と分かった今は納得ですがね」
店主が言っている内容は主にこの店のことである。
そもそも、現在の大陸において支配者層は被支配者層を外敵から守護する代償として個人的な支払いを免除する仕組みを取ることが多い。
にも関わらず、一刀はそう申し出てきた店があろうとも断固として支払い免除を拒否していた。
当初はあの華琳もこの行動には目を細めた眉を顰めたが、その理由を問い質して以降、全武官、文官に支払い免除の禁止を言い渡すに至っていた。
簡単に言えば、世間の金回りをよくするため。
一部の個人の支払い免除くらいで、と思う人もいるかも知れないが、案外これが馬鹿にならない。
事実、先の令が言い渡されて以降、目に見えて陳留の経済は回転するようになったのだから。
さて、そんな具合に多大な感謝を示す店主がこと今日に限りこのようなサービスを示す理由。
話が前後するが、音々音が乱入する前の一幕が起こった理由と同じである。
それが、
『許昌への拠点の移転』。
予め民達には通告もされていたが故、店主もその期日を知っていたわけである。
「今日までこの街は旦那や曹操様のお膝元ということで、随分と賑わってきました。
確かにこれからに不安があることは事実ですが、我々は旦那方を信じております。
旦那。きっと、いや、必ず、この大陸に平穏を……どうかお願いします」
「ああ、必ず……もうこれ以上、無駄な血を流させないためにも……」
店主の願い。
それはたった1人の民の願いでしかないかも知れない。
だが、同時に、数多の民の意見、その代弁でもあるかも知れない。
どちらの可能性も等しく存在し、そしてどちらであったとしても、決して反故にすることは出来ないものであった。
多くが”それ”を望んでいることは知っていても、実際に言葉として突きつけられたのは初めてのこと。
故に、一刀達はその事実を改めて心に刻み、未来に誓うのであった。
飯店での昼食からおよそ一刻、一刀の姿は城壁の上にあった。
半刻程もこうして、ただ座って街を眺めているだけ。
その隣に同じく半刻弱前から佇んでいる秋蘭。
2人が何を思って街を眺めているのか、それは誰にも知る由は無い。
ただ、どちらもが遠い目をしているようだった。
「ん〜……お!ここにいたか!お〜い、秋蘭、一刀!華琳様がお呼びだ!」
「ん、そっか。ありがとう、春蘭」
「了解した。済まないな、姉者」
ほぼ同時に2人は返事を返す。
直前までの様子を視界に収めていたのか、春蘭も多少は疑問に思ったようで、こんな質問が口を突いて出ていた。
「ところで2人共。こんなところで一体何をしていたのだ?」
「あぁ、ちょっと、な……ようやく、ここまで来れたか、って思ってさ」
「ふふ、私にとっては”遂に”、なのだが。一刀にとっては”ようやく”なのか」
一刀の返答に何が面白いのか、柔らかな笑みを漏らす秋蘭。
その笑いに悪意がある訳でもなく、故に一刀も気分を害する事なく補足を入れる。
「ああ、”ようやく”だ。ここまで、短いようでいて、実際に関わるととても長いものだった。
それに……そうだな……2人には正直に言っておくとさ。俺は、この先の未来が”怖い”……」
「む?どうしてだ?一刀らしくも無い。悔しいが、お前は私よりも強いでは無いか。何を怖がる必要がある?」
「戦いが怖い、とかそういう類の話じゃ無いんだ、俺が”怖い”と感じているのは。
2人も知っている通り、俺はある意味で未来から来た。そして、その知識を用いて、今まで最善と判断したことを実行してきた。
俺が怖いのは……これらがこぞって裏目に出やしないか、ということだ」
春蘭の指摘を訂正するも、当の春蘭は理解がついていかずに疑問符を浮かべる。
そんな姉を見て恍惚の表情を僅かに漏らしつつ、秋蘭が春蘭の代わりとなるべく会話に参戦する。
「一刀、本当にお前らしくないぞ?いつかお前は言っていただろう。
人は万能足り得ない。皆、必ずと言っていい程、どこかで失敗を犯す。問題はその後、どう対処するか。それがその人間の能力値だ、と。
一刀自身の信念に悖っていないのならば、今はそれでいいのでは無いのか?」
「……うん、そう、だな。そうだ……すまないな、秋蘭。ちょっと、見失ってた」
秋蘭に指摘され、諭され、一刀は心中の不安を思い切って霧散させる。
そして、ポツリと、しかし両隣の2人には聞こえる程度の声で、ずっと誓い続けている信念を口にする。
「俺は夏侯家の、春蘭と秋蘭の夢を支える。その為に、利用出来るものは全て利用する。それが俺の恩返しだ……」
かつて武士が矜持としていた一宿一飯の恩。
それを意識しているわけでは無いにしても、一刀のその精神はまさしく武士のそれであった。
一種、重すぎるとも言える恩を感じるその理由が、一刀の語らぬ過去にあるのだとしても。
「ここからだ……大きな間違いを犯す事なくこの物語を紡げたならば、2人の夢もきっと叶う」
「ああ……私達はずっとそれを夢見て来たのだからな」
「基盤はほぼ完成しつつある。あとは”その時”が来るまでにどこまで仕上げられるか。それと、いくつかの不安要素への対処法……
その出来如何で全てが決まるだろうな」
スックと立ち上がって決意表明のような宣言。
秋蘭も頷いて気を引き締める。
未だ若干付いて来れていない春蘭に振り向き、一刀はこう宣言する。
「春蘭、秋蘭。魏を、華琳を、大陸の頂きに押し上げよう」
「ああ!」
「うむ」
華琳の旗揚げ以来、最古参の幹部3人。
その思いを一つに、確かな目標を持ってこの日、改めて決意を固くし合ったのであった。
説明 | ||
第四十話の投稿です。 どうしてか、最初の場面での登場人物にすごく悩みました。 特に人選に深い意味も持たせていないのに……w |
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>>心は永遠の中学二年生様 うっわ!仰る通りです。スイマセン。ご指摘ありがとうございます。(ムカミ) 「俺が多少なり披露を蓄積しているだろう」って披露じゃなくて疲労じゃね?(心は永遠の中学二年生) >>アン様 ありがとうございます!これからも出来る限り2週間以内に更新出来るよう頑張っていくつもりですので、よろしくお願いします。(ムカミ) 待ってたぜー!(アン) >>本郷 刃様 忠臣、義臣。大好きな部類です。そんな人物たちが裏で各々の忠義を固くする。このシチュが好きなんですが、上手く表現出来てれば嬉しいです。(ムカミ) >>zeroone様 不安要素の内容は追々明かしていくつもりです。色々ご想像して、結果楽しんでいただければ。(ムカミ) 華琳の最尖兵たる三人の夏候、改めて固くした決意・・・これからのみんなの活躍も楽しみです!(本郷 刃) 一刀の一番の不安要素は定軍山かな?(夜桜) |
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