魔王は勇者が来るのを待ち続ける |
第二話「魔王は愛に負ける」
褐色の肌。漆黒の頭髪は背中まであった。切れ長の深紅の瞳が一点を見つめて動かない。視線の先には大量の羊皮紙が乱雑に並べられていた。そこにはこう書かれている。「勇者ご招待計画書」と。
男は突然笑い出す。否嗤う。
「勇者よ。私が魔王だ。ぐわーっはっはっはっはっはー! いや、違うな。わーはっはっはっはっはっはー! どう思う?」
「どうもこうもねーですよ。仕事しろ魔王!」
お決まりのやりとりなのか、周りを掃除するメイド達は動揺した素振りを見せない。それどころか2人の様子を微笑ましそうに眺めていた。
「仕事しているよ。仕事の合間に勇者ご招待案を考えているんだよ」
「なんでご招待なんだよ。決闘するんだろう? 拉致って来ればいいじゃないですか」
「ばっか宰相。そんなこと相手に失礼だろう! 勇者は魔王を目指し、険しい道程を歩んでくるんだよ? その冒険の果てに魔王城へやってきて、魔王と戦うことに意味があるんだよ!」
宰相は頭巾を深く被っているため表情は見えない。見えなくとも今の彼、ないし彼女は呆れているのは、誰が見ても明らかだった。
「そんなんだから来ないんですよ……そんなことよりダムの建設のお話なんですけど」
宰相は羊皮紙を取り出し、書かれている内容を口に出して読み上げようとする。しかしそれは魔王によって遮られた。
「ああ、代替地? 決めたよ」
宰相は素っ頓狂な声を上げる。
「さっき村に行って通達してきたよ。村の特産物をいくつか献上してもらったので、みんなに配っておいて」
「いやいやいや。待ってください。っていうか待ちやがれこの野郎!」
魔王はしかめっ面となった。顔を背けて宰相の抗議を聞き流す態勢に入る。彼はそんな様子に構わず続けた。かなり長い間話は続くが、魔王は左から右。右から左へと聞き流す。そして目の前の羊皮紙に、勇者を招待する案を書き連ねていく。
「――ですから、そういうのは配下に任せて下さい!」
最後の部分は琴線に触れたのか、顔を宰相へと向けた。
「ダムで村を沈めるのだ。そんな大事なことは王である私が直接言わねば失礼にあたるだろう。何より我々の都合で故郷を奪うのだぞ?」
魔王は寂しそうな顔をした。宰相は勢い良く首を振る。
「国の都合ですよ? っていうか村の人たちも自分たちで言い出したんですからね?」
魔王は「それでも私がやるべきことなのだ」と、視線を羊皮紙に落とす。
「村を己の都合で沈めた魔王! どうだ? これなら勇者来てくれそうだろう!」
「まだ言ってるのか!」
メイド達は微笑ましそうに、2人の口論を聞きながら掃除を進めていく。これがこの城の日常なのだろう。
そこへ扉が勢い良く開かれる。まるで打ち破られるかのようだ。そんな対応に皆表情はよくない。
「失礼しました。緊急の要件で」
人間の老人が魔王の前で屈み、己の非礼を詫びる。そんな彼の様子に魔王は短く「要件を言え」と話を促した。部屋の空気は一気に重くなる。メイド達も宰相も身構えた。
「魔王様のお申し付け通り、案件を調査した結果――」
魔王は目を見開く。宰相は溜飲を下す。メイド達もその場で身を硬くする。
「――勇者一行が冒険を続かない理由がわかりました!」
宰相とメイド達は盛大にすっ転んだ。魔王は驚愕し「なんだと?!」と叫んだ。深刻なのは魔王と報告に来た老人だけである。
「おいちょっと待てや!」
宰相は口をはさむ。しかし2人は無視して、話を進めていく。この世の終わりのような様子でだ。
「勇者、または冒険者一行はここまで来ることは難しいのです!」
「な、なぜだ!?」
「その……申し上げにくいのですが……多くのキャラバンが繁殖行為で解散してしまうことが」
「なんということだ! 繁殖行為で動けなくなるのか?!」
魔王は初めて気づいたかのように、驚嘆する。後ろで宰相は「おい聞けや」というのも聞こえていない。ちなみにメイド達は気を取り直して掃除を続けていた。
「そうか。少ない男女で冒険だ。繁殖行為に至ってしまうのは仕方がない。肌と肌を重ね合わせ、互いに温もりを確かめ合うことで冒険より愛に生きてしまうというのか!!!! 愛に負けるとは! この魔王! 一生の不覚!」
「ちげーよ! そこじゃねーよ!」
魔王は苦虫を噛み潰した顔になる。宰相は問答無用で後頭部に手刀を叩き込んだ。
「痛い! 痛いじゃないか!」
「話聞けや。というか何しとんじゃ」
「いや、だからどうやったら勇者一行が私のところにご招待出来るかって話だよ?」
「そうじゃねーよ。そこ聞いてないわ」
宰相は魔王の首を締め上げる。魔王はもがくが、ガッチリと掴まれ解くことは敵わない。とうとう泡を吹いて魔王は白旗を振り上げた。
部屋には魔王と宰相しかいない。2人は一枚の羊皮紙を眺めていた。
「人間には繁殖時期というのがないのを失念していた……」
「まだ言いやがりますか……」
魔王は首を抑えながら言う。宰相は呆れ果てていた。とはいえ、もう勇者の話はしない様子だ。魔王の眼下には勇者ご招待の羊皮紙ではない。別の羊皮紙が置かれていた。紙には「カラミティモンスター発見報告書」と書かれている。
「数年ぶりですね」
宰相の言葉に魔王は答えない。眉間に皺を作っていた。沈黙が部屋を支配する。それに耐えかねた宰相は口を開く。
「……技術班からの申請書にも目を通してください。例の計画に目処がついたそうです」
申請書と書かれた羊皮紙が、上に置かれる。魔王は視線だけ動かし中身を読んでいく。関心しているのか、時折「なるほど」や「凄いな」と漏らしている。
「十数年ごしか……」
「そうですね」
しばらくの沈黙の後、魔王は口を開く。
「早急に発見現場付近の村々に避難命令。現場のマナの濃度を逐次計測して、報告させるんだ」
宰相は短く「了解」と応えると部屋を後にした。残った魔王は空を見上げポツリと呟く。
「災厄を運ぶモノ達よ。私の財産は奪わせんよ」
その顔は邪悪そのものだった。
〜次回に続く〜
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60分で書くお話。 流行りの魔王を使ったお話です http://www.tinami.com/view/694016 の続き ※小説家になろうにも投稿しました |
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