終末は彼女の部屋で |
目が覚めたのだと思う。霧のようにぼんやりと散らばった意識を、懸命に掻き集めながら、僕はゆっくりと四肢に力を入れる。そして初めてその身体に触れる堅い、床の存在を知って何となく落ち着く。その隙をみて微睡みは優しく、意識をかき乱そうとするが、抵抗する意識は懸命に朝の目覚めを告げ、僕はそいつを力一杯はね除ける。
次第にはっきりしてくる意識の中、僕はいつも枕元に置いている眼鏡に手を伸ばす。が、手を伸ばしても、掴む物は空気だけで、身体を起こす必要がでてきた。めんどくさい、そう思いながらも目を開けて、布団を剥いで起きあがる。
まだぼやけている視界に入るはずの、部屋の景色がいつもと違う様な気がする。ここはどこだ…。しばらくぼんやりと考えてみたが、わからなかった。取り敢えず近くにあるガラス張りのテーブルの上に、本と一緒に置いてあるらしい眼鏡をかけてみる。
目が覚めたその場所は、いつもの部屋の、汚い畳の上ではなく、フローリングに置かれたパイプベッドだった。そして破れかけた見窄らしい白い壁紙は、きれいな薄い水色に変わっている。本棚に並べられていたはずの参考書と漫画本は、難しいそうな心理学書や思想書に、床に放り投げていた読みかけの週刊誌は女性誌になっている。何よりも驚いたのは、持っているはずもない化粧品が床に散らばっていることだ。
何だかここにいてはいけない気がしてきた。過去の経験上、こういうことは初めてだが、ドラマではよく見るお馴染みのシーンだ。こういう場合はたしか二日酔いに似た頭痛がして…確かにすこし頭が痛い。そして床には大量のビールの空き缶が…おいてあった、しかもいつもの黒生だ。つまり僕がどうしてここにいるのか、昨晩なにをやらかしたのか、もはや名探偵でなくてもわかる事だろう。……ただ唯一の救いは、しっかりとズボンをはいていることだ。
床に散らばっている物を避けながら、覚悟を決めてドアへと向かう。きっと知らない女性がいて、ここにいることを僕は後悔するのだろう。ドアのノブは心なしか堅く重いような気がする。
「あのう……」
ドアを開けるとそこは台所らしく、一人の髪の長い、もちろん知らない女性が、鼻歌を歌いながら巧みにフライパンを操っている。「あらまだ寝ていてよかったのに」
その女性は僕の声に気が付き、けれどこちらを振り向かずにそう言った。
「どうして…僕はここにいるのでしょうか……」
覚悟を決めて聞いてみたが、言った瞬間に後悔する。酒の勢いに任せてここに来てしまったのだと、直接言うようなものではないか。もっと遠回しに言う方が良い時だってあるはずだ。案の定、彼女はフライパンを置いて、不思議そうな顔をこちらに向けた。その顔は細く切れ長の目と、少し薄い、赤い唇を持った大人の女性のものだ。
「どうしてって……。今日は終末だからでしょ。まさか忘れたの。」
終末……。そう言えばそうだった。一瞬にして記憶は繋がり、すべての謎が解けた。よくよく見れば、その女性は知らない女性ではなかった。ただあまりにも沢山の、非日常的な出来事がいっぺんに起こったために僕は思い出せなかったのだろう。
日常が決壊したのは、本当に突然だった。昨日、やっと一週間続いた予備校の最終講義を受け終え、コンビニでビールを一缶、それにカキピーを買って、一杯やろうと浮き足だってアパートに向かっていた。街は昼の活気を失い、蒸し暑い夏の空気と、夜の深紫が辺りに立ちこめていた。空には星と月が、その色に染まる事を懸命に拒んで、精一杯輝いていた。
すると突然、僕の見ている前で、月が燃えるように赤くなったのだ。皆既月食だろうか、周りの人たちはそう言って喜んでいた気がする。僕もその時は運がいいと思い、足取りをさらに軽くして帰路を進んだ。
部屋に入り一息ついて、ビールの栓をあけた。音のない部屋は寂しいので、意味もなくテレビのチャンネルをまわした。やっていたのはつまらないバラエティーとナイター中継、あとはどうでもいいドラマだけ。仕方がなくナイターを付けっぱなしにして、カキピーに手を伸ばした。
阪神−巨人戦、七回阪神の攻撃。ツーアウト、一三塁。バッターは代打の大豊、ピッチャーはリリーフ転向した桑田が、それぞれ真剣な面持ちで向かい合っていた。逆転のチャンスらしく、実況は仕事を忘れ、一観客のようにはしゃいでいた。そのはしゃぎ様は野球に興味がない僕でさえも熱くさせ、普段はまず見ないナイター中継に釘付けになる。
ゆっくりと桑田が振りかぶり、大豊は静止し、鋭い視線を桑田に向ける……。
「臨時ニュースです」
突然、画面の選手は無表情の女性キャスターに変わり、リモコンを踏んだのかと、僕はあわててチャンネルをいじった。けれどどこもニュースに変わっているようで、あの二人がどうなったのか知ることは出来なくなった。
冷静そうなニュースキャスターは、デスクの机の原稿を何度も見ていた。その様子は確かに夕方のニュースの風景とは異なり、事の緊急さを物語っていた。そしてキャスターは急にカメラを、ビールを飲みながらナイター見ていたはずの僕を見つめ、真一文字に絞った口をゆっくりと開き、その最後の使命を果たしたのだ。「世界の終わりです」と。
台所から漂ってくるトーストの香ばしい匂いを鼻に感じながら、僕はさっきまで寝ていたベッドに戻る。結局あの後は何をすればよいのか分からず、ただアパートから飛び出して、外を彷徨っていた。本当なら愛する人や家族と過ごすべきなのだろうが、その家族は仙台に住んでいる。日常を壊された人々が、いつも通り仕事をするはずもなく電車は不通になり、会うことすら叶わなくなったのだ。そして一人上京してきた僕に、ここでは愛する人も親しい友達もいない。皮肉なことに、当然のように走っていた、電車と電話線がだけが、愛しい家族と故郷を結ぶ縁だったわけだ。
「朝食ができたわよ」
彼女の声が、僕の思考を遮った。いつの間にか彼女は、こんがり焼けたトーストと少し半熟のスクランブルエッグ、それにいれたての紅茶をトレイに乗せて、目の前に立っていた。僕は何をすればいいのか分からず、そのまま彼女を見つめていると、彼女はベッドの脇にあるテーブルに視線をやる。どうやら物をどけて、と言うことらしい。僕は素直に本を床におろし、丁度部屋の真ん中あたりにテーブルを動かした。ありがとう、と彼女は微笑むと、二人分の朝食を丁寧に並べはじめた。
「悪いね、朝食までごちそうになって」
実は彼女とは昨日知り合ったばかりだった。僕はあの後しばらく外を彷徨ったあげく、結局最後にやっておきたいことが見つからず、もはや無人となったコンビニエンスストアから缶ビールを数本持っていき、公園の月食を見ながら一人で飲んでいた。夜の公園はいつもと違いにぎやかで、けれどもそれは日常に溢れているにぎやかさではなかった。ある人は最後の祈りを捧げ、ある人は聖書を読みながら人を説き、ある人は親しい人たちと最後の晩餐(それは宴会であったが)をしながら、最後を迎えようとしていたのだ。その中に僕と同じように、一人ぼっちで最後を迎えようとしていた彼女が、公園のベンチで月をずっと見つめていた。
「いいのよ、最後なんだから気を遣わなくって」
彼女のその言葉通りの理由で、僕は彼女の部屋で朝を迎え、朝食をごちそうになるのだ。今現在、もっとも不思議な男女関係かもしれない。
部屋には、これからのことを何も知らない小鳥たちのさえずりと、何にせよ短い命を燃やそうとする蝉たちの声が、時折入ってくる。そしてこれから何が起こるか知っている僕たちも、いや知ってはいるけど、同じようにいつも通り過ごそうとしている。朝の日が上る時に目を覚まし、パンを焼き、紅茶をいれ、今日のことをぼんやり考える。まだ何も変わってはいないのだ。
「今日はこれからどうしようか」
トーストを一口だけかじり、彼女はそう尋ねる。
「どうするって聞かれても。何もすることがないな」
帰るところもないし、僕はその言葉を喉で止める。それは彼女も同じなのだから。
考えこんでも仕方がないので、僕は目の前の食事に手をつける。こうやって誰かと一緒に朝食を食べること望んでいたのかもしれない。パンは余り好きではなかったのに、いつも食べている卵かけご飯の数倍はおいしく感じる。その様子を見つめている彼女は、満足そうに微笑んでいた。さすがに無言で食べるのは悪いし、それに少し照れくさいので、おいしい、とだけ一言いってみる。すると彼女は待ってましたとばかりに、パンについて熱心に語りだすのだ。
「あのメーカーのパンは駄目ね。焼くと中まで固くなるのよ。」
「それに引き替えそのメーカーは、中がしっとりとしていて、トーストにするとすごく美味しいの。」
「だけど食パンのままならさっきのメーカーの方が美味しいわ。」
食べることに一生懸命の僕は、適当にうなずいて聞き流していたが、彼女の講義は構うことなくしばらく続いた。
最後に紅茶を飲み干して、ごちそうさまと言う。結局彼女に乗せられて、トーストを三枚も食べたのだから、お腹はかなり張っていた。それなのに彼女は残念そうに、まだあるのに、と呟くのだ。僕は苦笑いでそれを返した。
食べ終わった食器をトレイに乗せて、彼女は台所に行ってしまった。僕はベッドに座り、遠くから聞こえてくる、食器の触れる音を聞いていた。彼女がいなくなった途端、この部屋の僕が居るべき場所が分からなくなる。そして僕の物である、飲みかけのビールと空のビール缶は、最早この部屋を汚すだけになっている。今思うとそのビール缶と共に最後を迎えようとしていた、自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。でももし彼女と会うことがなかったならば、今頃は公園のベンチで、二日酔いのまま空を見上げているだろう。ちょっと惨めだ。
そういえば僕は彼女がどんな人だか知らないし、彼女は僕がどんな人だか知らない。ちょっと前までは全くの他人だったのだし、本当なら僕らは会う事なんてなかったはずなのだから、当然と言えば当然だろう。何だか急に彼女のことが気になりはじめる。部屋を見回して、彼女のかけらが落ちてはいないか、少し探してみた。
さっきまで朝食の乗っていたテーブル。いつか僕もこんな家具を置いてみようと思っていたから、結構趣味は合うかもしれない。その周りの床に少し乱雑に置かれている、開いたままの女性週刊誌やクラシックのCD。やはり大人の女性かもしれない。けれども壁によりかかている、少し古いミッキーマウスのぬいぐるみが、僕の思いこみを否定した。結局考えるだけ彼女が分からなくなるので、これ以上はやめた。
片づけを終え、彼女が戻ってきた。調和のなかった本やぬいぐるみ、そして僕でさえも、主が帰ってきた途端に違和感なく落ち着いた。そして主はさっきと同じようにクッションに腰を下ろした。よく考えれば客である僕が、ベッドに座っているのはおかしな話だだけど言い出そうものなら、さっきと同じ事を言われるだろう。もう最後なのだから、どうでもいいことだ。
「結局、『世界の終わり』は寝ている間に来なかったね」
心なしか彼女は残念そうに呟く。その顔は、運動会を嫌がる子供が、晴れた空を見上げた様だった。長く、澄んだ水に映る夜空のような、黒い髪を持つ子供。少し切れ長の、何かも知ってしまった寂しさのある、目を持つ子供。色白だけど薄く化粧掛かった肌、しっかりと閉じた赤い唇、それぞれの艶めかしさを持つ子供。このアンバランスさが、僕の心を惹きつける。だから少しでも長く彼女と一緒にいられるように、「嘘だったのかもしれないね」と言ってしまう。でもそれはそれで結局、この生活を終わらせてしまうのだから、僕は少しだけ憂鬱になる。
「だとしたらその嘘つきさんは、嘘の大天才ね」
彼女は笑いながら、そう言った。そうだね、と僕は言ってみるが、彼女の様には笑えない。正直、僕はどっちでも良い。この状況をこうやって過ごしておきながら、日常に戻ることは残念であり嫌なのだ。
「ね、嘘じゃなかったら、これから何が起こると思う。」
彼女の問いかけに、恐怖や悟り等はなく、ただの好奇心だけが顔を覗かせた。昨日のニュースは、ただ「世界の終わり」とだけしか言ってはおらず、いや言っていたのかもしれないが、キャスターは次第に熱を帯びていき、何を言っているのか分からなかった。そしてキャスターが一通り喋った後、突然画面は文字にかわり、そこには「今までありがとうございました」という、番組終了のメッセージが書かれていたのだった。つまり僕は原因不明の死の宣告だけを受けたのだ。
「月食に関係があるのかな」
何も考えずに言ってみる。あの赤色は、確かに不吉だった。けれどそれが何かの証拠になるはずがなく、つまりは何が原因なのか見当がつかない。
「火星人とかの侵略だったら面白いね」
それを聞いて、僕はすぐさま丸みの帯びた三角形の頭に、何本かの足が生えている生物を連想し、可笑しくなって笑ってしまう。彼女はそんな僕を見て、不思議そうな顔をしていた。僕は近くに落ちている紙とペンで、その生物を描いてみる。地球を侵略する生物なのにやけに愛嬌があり、描いた自分も更に笑ってしまう。それ見た彼女も床に転がって笑い出す。
「それでね、この火星人が国会議事堂を占領して、こう言うの」
彼女は喉を叩きながら「ワレワレハ、コノホシヲハカイカラマモルタメ、オマエタチヲクチクスル」と言って涙を流しながら更に笑った。僕は脇腹が痛くなり、ひーひー言いながら、それでも更に付け加える。
「それを聞いた国会議員は一生懸命謝罪をするんだ」
さっきの絵に、謝罪するスーツを着た中年男性を五六人書き加える。イカのような生物に一生懸命謝っている真面目そうな男達。彼女はやめてーと涙を流しながら、いつまでも笑い続けていた。
どこを見たって、この終末をこれほどまで笑って過ごす人は居ないと思う。正直、僕は彼女と出会えたこと、一人で最後を迎えずにこんな風にいられることを、幸せだと思っている。ちょっと非日常の上に運良くできあがった、日常のような物。それはとても愛おしく、またどんなに求めても手に入らない、極上の物だ。そんな日常のような物を、二人(しかも一人は綺麗な女性!)で過ごしている。言ってしまえば、家族と昔話をして、最後を後悔しながら迎えるよりずっと良いだろう。
ただ、どれだけ今が幸せだと思っていても、世界の終わりはくるのだし、それが嘘であっても、本当の日常に帰れば、この時間はまるで夢のようになる。いや、実際に起きることのない夢よりも、彼女がついた嘘になるのだ。
急に塞ぎ込んでしまった僕を見て、彼女は涙を拭きながら、どうしたの、と聞いてくれる。
「いや、どんなに楽しくても、終わりはくるんだなと思って……」
彼女はその言葉を聞いて、冷たく顔を強ばらせた。それは昨日の、夜の公園で初めて見た時の、彼女の顔の様だった。何もかもが終わってしまう儚さを、一身に背負い込んだような、彼女自身、ただ一人だけ最後を迎えるような。
僕は馬鹿だった。そして逆上せ上がっていたのだ。彼女の嘘によって出来上がったこの生活を、運良くただで手に入ったものだと思って。
「ごめん」
急いで謝った。彼女を不安にさせてしまったこと、せっかく彼女が作った日常を疑ったこと、そして幸せらしかったものを壊してしまったことに。
しばらく沈黙が続いた。現実に引き戻されたように、急に恐怖が襲ってくる。忘れかけていた死の恐怖、誤魔化していた孤独の辛さが、どんどん僕を彼女の部屋から引き離していく。そしていつしか越えて忘れてきた、他人よりちょっと短い人生の中のありとあらゆるものが一つになって、僕を深い底なしの暗闇に引きずり込もうとしている。
気が付くと泣いていた。目前に迫った世界の終わりが、たった今来たかのように、後悔や恨みを沢山、嗚咽に含んで、大声で。もはや遠くに見える彼女は、ただ俯いて僕の声を聞いているだけだった。
嘘は崩れた。彼女の次の言葉が、いつになっても聞こえてこない。その事は現実を痛感させた。僕はそのままベッドに倒れ込み、声を殺しつつも、そのまま泣きながら世界の終わりを迎えようと覚悟を決めた。
どれくらい泣いていたのだろうか。あたりを見回すと、窓から入る陽光はオレンジ色に変わっていて、部屋の壁紙を塗り替えていた。そして彼女は、いつからか、僕の隣で横になっていた。
「何も考える必要なんてないわ」
彼女は僕と目が合うと、確かにそう言った。それも優しく、諭すような大人の声で言うと、僕の頭を抱きしめた。僕は根拠がなくても、すんなりとその言葉を受け入れる事が出来ると思う。
僕たちはそのまま、ただ過ぎる時間に静かに身を任せていた。部屋はついに暗くなり、二人の息だけがその存在を伝えるだけで、そこら中にあった物が、全て跡形もなく飲み込まれてしまったようだ。
「ねえ」
長かった優しい沈黙を破り、彼女が穏やかに話しかけくる。僕は深い眠りのあと、母親に起こされた子供のような、少し甘えた声で返事をする。
「それでね、世界が滅びたずっと後、さっきと違う宇宙人達が、この星にくるの」
イカのような火星人じゃなくて、と尋ねると、彼女は微笑みながら首を振る。
「ここのままの、抱き合った私たちの化石をね、発掘するの。すると彼らはどう思うかな」
僕は少しだけ照れて、恋人同士かな、と答える。
「そしたら私たちの勝ちだね」
恋人のように最後を過ごした僕たち、そしてその嘘を石になってもつき続けるのだ。その嘘は少し安っぽいかもしれないけれど、永遠なのかもしれない。少なくとも彼らの文明が幾ら栄えたとしても、この嘘は見破れはしないし、疑うことすら出来ないのだ。
「うん。僕たちは宇宙一の、嘘の天才だね」
彼女は満足そうに微笑み、頷き、僕を強く抱きしめてくれた。
「本当はね、私は火星人のスパイで、私の合図で世界は終わるのよ」
笑いを堪えて、彼女は新しい嘘を付いた。僕はそれでも良いと思う。そして彼女がついに笑いした声を遠くに聞きながら、僕は再び眠りに落ちていく。
気が付くと僕はまるで暗闇の中、宙に浮いているようだった。そしてその上空には赤い燃えるような月が、ただ一つだけ浮いている。少し肌寒い気もしたが、不安などは全くなかった。僕は彼女によって覆われている場所にいるのだ。だから足がつかなくても構わないし、何が起きても怖くない。
次第に闇はゆっくりと僕の中まで広がり、月や僕の存在をあやふやにする。僕は溶けだしそうな意識の中で、明日のことを考えてみる。もし彼女の声で朝を迎えられたら、あの美味しかったトーストをまた食べよう。今度は四枚くらい食べて、それで足りなかったら彼女の分も食べようか。そして子供のように拗ねた彼女に、笑いながら謝るのだ。
ひょっとしたら許してくれないかもしれない。そしたら僕は一生懸命、パンの美味しい店を探し、彼女にごちそうしてあげるんだ。それが次に僕が付く嘘だ。あたかも恋人のように、その日常のように、一緒に泣いて、笑って。
その日常に終わりが来たとき、今度は僕が合図をしよう。胸に子供のように泣いた彼女を抱いて、次の嘘を考えながら、彼女と過ごした嘘の日常、世界の終わりを……。
了
説明 | ||
浪人時代に初めて書いた短編小説です。「シナリオの基礎技術」を読みながらThee Michelle Gun Elephant 「世界の終わり」をモチーフに書いたと思います。所々稚拙でエロゲーっぽいですね。 2000年10月 完成・推敲 |
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