蓬莱学園の迷宮『第二話・生還率100%』
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蓬莱学園の迷宮!!

第二話『生還率100%』

 

『頼む、助けてくれ!』

『お願い!』

『見捨てないで!』

『たすけ・・・』

『なぜ救ってくれない!』

『なぜだぁぁぁ!!』

 

★十六人委員会

 

蓬莱学園構内にある委員会センター。ここには旧図書館を管理する図書委員会を始め、外務委員会や公安委員会など全ての委員会が集まっている。いずれも学園の運営に欠かせない組織だ。

 

その委員会センターにある第七会議室は、特に目立つ存在ではない。むしろ目立たないように、建物のもっとも奥まった場所にある。内装も簡素で、円形に配置されたテーブルとありふれた椅子が並んでいるだけだ。だがそんな見た目とは裏腹に、この部屋は最新の防諜設備を備え、様々なハイテク機器で護られ、学園内でもっとも隔離された空間となっている。なぜならここは、学園の中枢たる『十六人委員会』が置かれている場所だからである。この時代、蓬莱学園を主導していたのは十六人委員会という組織なのだ。

 

「『((応石|おうせき))』が見つかったというのは本当なのかい?」

 

委員会のメンバーであり、生徒会長でもある((神宮寺貴博|じんぐうじたかひろ))が言った。第七会議室では応石発見の知らせを受け、十六人委員会が急遽開かれていたのだ。メンバーたちはこの事態にどう対処すればいいか分からずにとまどっている者が多かったが、生徒会長は動じた様子を全く見せず、いかにもリラックスしたようにゆったりと椅子に座り、口元には微笑を浮かべていた。これが神宮寺のいつものスタイルでもある。

 

「事実だ。わたし自身が確認した。この眼でね」

 

生徒会長とは全く対象的に、両手を机の上で軽く組み、機械のようにピンと背筋を伸ばしているのは、図書委員であり旧図書館整頓隊・第五十五分隊所属、((高城敬介|たかしろけいすけ))であった。彼もまた十六人委員会のメンバーだったのだ。

 

十六人委員会は生徒会長と副会長、生徒会長補佐四名、他十名で構成されており、生徒会長と副会長以外は『生徒総会代表会議』のメンバーから選ばれる。この十六名が蓬莱学園を動かしている。これは生徒会長の独裁や、権力や資本、家柄などをたてに学園を支配しようとする様々な勢力を排除するために作られたものだ。生徒会長、副会長以外の任期は三ヶ月で、その後三ヶ月がたたないと再任はされない。また同じクラブ、委員会から二名以上選ばれないように決められている。特定の組織、個人が権力と直結しないように配慮されているのだ。

 

「君は自分で応石を手に入れたらしいね。よければ見せてもらえないか?」

 

神宮寺は応石に興味津々といった様子だ。なにしろ数十年ぶりの出現である。興味を持つなという方が難しい。

 

「残念ながら自由にはならないようだ。疑っているのなら見せられる機会がくればお見せする」

 

だが敬介は冷静に、淡々と事実を述べる。その眼鏡は真っ直ぐ神宮寺に向けられていた。

 

「冗談だよ。疑ってるわけじゃないんだ。ただ羨ましいと思ってね」

 

神宮寺は両手を開いて他意の無いことを示し、敬介にニッコリと笑いかけた。

 

「実は南部密林を始め、学園の各地から応石発見の報せがあったのだけど、敬介がそう言うなら信じざるを得ないな」

 

「90年動乱の記録によれば」

 

敬介が自分の手を見つめる。

 

「現在出現しているのは応石の中でも行石と呼ばれるものらしい。五行に対応した五種類があり、その他の応石の基礎になるもの。応石を使うためのシステム、OSとも言える物だ」

 

「ほう。なるほどね」

 

「この情報はどこまで伝わっているのだろう? 外国や本土の連中は気がついているのかな?」

 

他の委員が心配そうに神宮寺に尋ねた。

 

「そりゃあ気がついているさ。いったいどれだけスパイが入り込んでいると思ってるんだい」

 

なにをいまさらと神宮寺が笑う。

 

「まあ注意はしておかないとな。政府関係者もそうだが、マフィアの連中に好きに動かれると面倒だよ」

 

「外務と公安には特に念をいれておきます」

 

「頼むよ。そうだ敬介、君は委員会の任期が今月までだったね」

 

神宮寺が敬介に向き直る。十六人委員会の任期は三ヶ月で、基本的には再任されない。だが、裏技はある。

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「来月は生徒会長補佐として委員会に入ってくれ。『会議』の方には頼んでおく。君には引続きここで応石について調査をお願いしたい」

 

「わかった」

 

十六人委員会は再任できないが、続けて補佐になってはいけないとは定められていない。

 

「では今日はこれでいいかな?他に話し合うことがあるかい?」

 

「・・・これはここで言うことではないのだが」

 

敬介が遠慮がちに発言した。神宮寺が先を促す。

 

「なんだい敬介? なんでも言ってくれ」

 

「新入生で面白い者がいる。代表委員に推薦したい」

 

「これは・・・珍しいな。『氷の高城』が推薦とは」

 

神宮寺は心底驚いたようだった。敬介が他人を推薦するなど、こんなことは長い付き合いの中で初めてかもしれない。だがすぐにいつもの微笑みを浮かべて頷いた。

 

「了解したよ。それも『会議』に言っておこう。他ならぬ敬介の頼みだ、任せておけ。推薦人の方は?」

 

「それは問題ない」

 

「そうか。分かった。では皆もこれでいいかな? 残ってる議題はないね? ではみんなお疲れ様。また来週、この時間に」

 

神宮寺が立ち上がると全員がそれにならった。これから続けて生徒総会代表会議の時間であった。

 

★整頓隊資料室

 

軍艦図書館一階部分。ここは廃墟と化した旧図書館へのアクセスポイントであると共に、旧図書館整頓隊の前線基地でもある。入口のドアを開けると巨大な円形のロビーがあり、右側が旧図書館奥へのゲート、そして左側が『整頓隊資料室』だ。資料室は整頓隊が集まり、情報の交換や次の整頓計画を練る場所となっている。

先日結成されたばかりの第五十五分隊のメンバーも、ここで新たな計画を考えていた。

 

「えー、なんですぐに行けないんですか!」

 

巡回班隊士、一年生の((朝倉真央|あさくらまお))が、いきなり分隊の先輩達に口を尖らせた。

 

「この前の続きがすぐに出来ると思ってたのに!」

 

それでなくても小学生にしか見えない真央がこういう表情をすると、本当に子供が駄々をこねているようにしか見えない。

 

「だからしょうがねえだろ。((λ|ラムダ))指定になっちまったんだからな」

 

海洋冒険部員、三年生のアレクセイ・パブロフが応える。彼も真央に劣らず不満気だ。ピンっと尖った顎髭をしきりに撫でつけている。

彼らは以前、軍艦図書館深部の整頓を目指したが、発生した怪異のためにあえなく撤退。その善後策を検討中だった。

 

「あれだけ物騒な怪異が発生したんだもの、仕方ないでしょ?」

 

そんな二人を慰めるのは金髪の美女、カーラ・コスタ。保健委員の二年生だ。モデルのようなスタイルに似合わず、外科医としても優秀である。

 

「λ指定区域の整頓には、『整頓分隊員六名以上かつ護衛員三名以上』という決まりがありますからね」

 

肩を竦めたのは錬金術研の((織田一也|おだかずや))、同じく二年生。真央と共に分隊の護衛員を務める。前々回の整頓で得た魔道書でホムンクルスを創りだし所持している。

 

「人数が足りないのですか? なら補充すればいいだけじゃ・・・」

 

真央は資料室の壁面を占める巨大な掲示板を指さした。そこには分隊員募集などと書かれた様々な『求人』や、『第二廊下付近の整頓に参加希望。所属クラブは・・・』といった個人の売り込みが無数に貼られている。

 

「ダメダメ。敬介のやつ人選にうるさくてね」

 

アレクがあきらめ顔で手をヒラヒラとふる。

 

「前回も自分が整頓したいくせに、ぜんぜん決めなくてさ」

 

と、最初の『ぜ』に力を込める。

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「何人面接で切ったかわかりゃしねえ。真央ちゃんに決まった時はホッとしたもんだぜ。なあ?」

 

アレクの言葉にカーラと一也が頷く。

 

「ああ見えて高城先輩、真央ちゃんにはとっても期待してるのよ」

 

クスクス笑いながらカーラが言うのに、真央は思いっきり顔をしかめた。

 

「えー、そんなの、ぜんぜん信じられませんけど!」

 

アレクの口真似をしながら再び口を尖らせる。

 

「面接の時、あの眼鏡で凍りつくかと思いましたよ。すっごく怖かったんですから」

「それは誰でもだ。気にするな」

 

一也がそう言って笑った時、ドアの外で何か大きな音がした。

 

「なんか、外が騒がしくねえか?」

 

アレクの言うように、外のロビーで人の動きが慌ただしくなって来た。多数の足音や号令のようなものも聞こえてくる。資料室にいた他の生徒たちもざわめき始める。

 

「救護員の方、いたら手を貸して下さい!」

 

資料室のドアがいきなり乱暴に開けられ、いつもロビーのカウンターに居る女生徒が叫んだ。カーラを始め数名の生徒が慌てて立ち上がり飛び出して行く。

 

「事件ですか?」

「おそらくな」

 

カーラの後を無言で追うアレク。その後ろに真央と一也が続く。

 

「この前の怪物がここまで来たとか?」

「さすがにそれはないだろう・・・ないと思いたい。そうなら護衛員が呼ばれるか、緊急避難命令が出るはずだ」

「なるほど」

 

一階ロビーには大勢の生徒が集まっていた。旧図書館へと続くゲート前にロープが張られ、立ち入りが制限されている。カーラたち救護員はそのロープをくぐるとゲートの中に入って行った。状況を心配そうに見守るアレク、真央、一也。

 

しばらくするとゲートのすぐ先で人の動く気配があり、今度は担架が大急ぎで運び込まれた。

 

「どこかの分隊が戻ってきたようですね」

「ああ、しかもこりゃサイアクだな」

 

一也とアレクが囁き合う。その顔は暗い。ここまでの騒ぎとなると、全員が無事生還とはいかないだろう。

 

「あ、出てきましたよ」

 

真央もつられて小声で囁く。ゲートから担架に乗せられて誰かが出て来た。カーラが付き添っているが、どうやら運び出されたのは一人だけのようだ。ちなみに整頓分隊は五名で一組。

 

「四人がやられたか」

「ほぼ全滅ですね・・・」

 

アレクたちの声を聞きながら、真央は運び出される担架をじっと見つめていた。どうやら女生徒のようである。見たところ大きな怪我をしている様子はなさそうだが、その顔に表情は無く、その目は真っ直ぐ上に向けられたまま何も見ていないようだった。

彼女はいったいどんな事件に遭遇したのだろうか? その身におこったことを考え、真央は身体が震えた。

 

「先輩、彼女は!?」

「・・・だな。またか」

 

だがアレクと一也は真央とは別の思いを抱いているようだった。それに救助された女生徒を知っているようだ。真央が振り返って見た二人の顔には、事態を憂慮するだけではない、何か別の表情が浮かんでいた。不安? 恐れ? 真央がそれを訝しんでいる間に、女生徒は軍艦図書館から運び出されていった。

 

「何事だ?」

 

そのあとすぐ敬介が軍艦図書館にやって来た。ロビーでざわついている生徒たちを氷の眼鏡で見回している。

 

「生存者だ。詳しいことはまだ聞いてないが」

「ただ生存者は二年の((安積美由紀|あさかみゆき))のようです」

 

二人はやはり今の女生徒の素性を知っているようだ。その名に敬介も反応した。

 

「安積? また彼女だけか?」

「分からんが、そのようだな」

「そうか・・・・」

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どうやら敬介も彼女を知っているようだ。それほどの有名人なのだろうか? 敬介はしばし考え込むようだったが、やがてその目を真央に向けた。

 

「まあそれはいずれ報告があるだろう。それより朝倉、ちょっと来い」

「え? あ、はい」

 

真央を呼びつけて整頓隊資料室に向う敬介。真央も追いかけるように部屋に戻り、当然アレクと一也も続く。

 

「整頓隊とは関係ない話だが、お前は『生徒総会代表委員』に選ばれた。覚えておけ。これが委員バッジだ」

 

突然の話に真央は驚いた。

 

「ええ? なんで高城先輩がうちのクラスの代表委員を決められるんです? あれ、でもクラス代表はこの前決まりましたけど?」

 

「クラス代表委員ではない。生徒総会代表委員だ。入学式の後のオリエンテーションで聞いているはずだが?」

 

「おりえんてーしょん? せいとそうかいだいひょういいん?」

 

腕を組み、首を傾げ、聞き覚えの無い単語をなんとか思い出そうとする。

 

「あー! ああ、ああ、あれですね、あれ!」

「いやお前まったく思い出してないだろ? むしろ覚えてないだろ?」

 

アレクが腹を抱えて笑い転げるのに、真央はまたしても口を尖らせる。

 

「だってしょうがないですよ。入学式後のオリエンテーションほどつまらないものは無いです。全く何も覚えてません」

「寝ていたな」

「そうそうぐっすりと、え? はわわわっ!」

 

敬介の誘導に引っかかった真央は慌てて口を押さえた。

 

「お前がオリエンテーションで寝ていようといまいとどうでもいい。覚えていないのならもう一度説明するのでよく聞いておけ!」

「はい!」

 

敬介の眼差しに凍りついたように固まる真央。本当に凍りついていたかもしれない。

 

「学園で最も決定権があるのは生徒総会だが、十万の生徒全てが集まるのはそう簡単ではない。それを代表するのが生徒総会代表委員だ。通常千名ほど選ばれる」

 

「えー。それ、なにか凄く面倒そうなんですけど。あたしは整頓隊と部活でいっぱいいっぱいです。これ以上委員会活動とか無理ですよー」

 

「心配するな。委員に選ばれただけなら特に仕事はない。この中から百名が『生徒総会代表会議』に出る。会議は週に一回あり、やることは山ほどある」

 

「それは、ご遠慮したいです」

 

「安心しろ。代表会議に出るのは優秀な人間だけだ」

 

「う。でもでも、それじゃあ委員に選ばれたってしょうがないじゃないですかー。残りの人は何するんです?」

 

「学園で大切なのは人脈だ。委員には学園の優秀な人物が揃っている。何かあったときに委員同士の繋がりは強い助けになる」

 

「・・・・それは、分かります。でも、ならなぜあたしが選ばれたんですか? そもそも誰が選んだんです?」

 

真央の頭は((?|はてな))マークの大行進だった。

 

「委員に選ばれるのは学園にとって必要とされる者。それは学業や技術に限らない。性格や容姿、芸術性、そういった者も考慮される」

 

真央は考え込んだ。

 

「・・・どれもあてはまらないのですけど」

「自己分析は正確だな。そう、あとは面白い者」

「面白い?」

「そうだ」

「つまり芸人枠ですね?」

「そうだ」

「お断りしても?」

「もう決まったことだ」

 

そう言って敬介が投げてよこすバッジを真央は反射的に受け止めた。

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「代表委員に選ばれるには、現職委員三名以上の推薦が必要になる。礼を言っておけ」

 

と、敬介の眼鏡がアレク達に向けられた。

 

「え?ということは?」

 

「おう。俺たちも代表委員だ。カーラもな。しっかり推薦しておいたぜ」

 

「高城先輩の頼みじゃしょうがない」

 

余計なことを! という表情の真央に、二人とも笑いを噛み殺す。

 

「とりあえずそのバッジは貰っておきな。役にたつことは間違いないぜ」

 

「・・・まあ、特に仕事がないのであれば」

 

「それは保証するぜ。俺だって会議に参加できるほど優秀じゃねえしな。この中で会議に出れるのは敬介だけだ」

 

「それはそれは。さすが高城先輩。優秀ですね」

 

あきらかに皮肉である。

 

「これでこの件は片付いたな。本題に入ろう。整頓計画の方は進んでるか?」

 

真央の言葉を完璧に無視し、敬介がアレクに尋ねるが、アレクは首を振るばかりだ。

 

「いーや、ぜんぜん。そもそも人員の補充に関しちゃ、お前が気に入らないとダメっていうのは学習済みだ。お前抜きじゃ進められねぇよ」

 

「ふむ」

 

敬介は考え込む様子だったが、顔を上げると別の事を言った。

 

「さっきの詳細が気になるな」

「さっき?」

「救助された安積のいきさつだ」

「ああ、あれか」

 

アレクがヒゲを撫でる。そろそろカーラが戻っていいはずだが、まだその気配はない。

 

「一也、朝倉と詳細を確認して来てくれ。それから安積の隊の整頓計画書も見たい」

「わかりました。貰ってきます。おい行くぞ!」

「あ、はい!」

「行って来い行って来い。何事も経験だ」

 

二人が資料室から出て行くと、アレクが敬介の隣に座り直してニヤリと笑いかけた。

 

「代表委員には三名以上の推薦が必要か。だが推薦されれば入れるというものじゃない」

「・・・」

「推薦を受け、会議で承認されて始めて委員になれる。それが簡単じゃねえってことは経験済みだ。一般生徒には人気はないが、それでも委員になりたいってやつは何千人もいる」

 

「何が言いたい?」

 

「いやなに、さすがは『氷の高城』。神宮寺生徒会長のマブダチだけのことはあるなっと。生徒会長のご威光には会議も逆らえないようだな」

「この件と神宮寺は関係ない。そもそも会議は、生徒会長の権限を削ぐためにある」

「まあ、建前はな」

 

アレクは敬介の言葉を信じてはいないようだった。敬介が十六人委員会のメンバーであることを知る者は少ない。十六人委員会の存在そのものが一般生徒には知らされていない。生徒会長も十六人委員会のメンバーの一人に過ぎず、会議のメンバーでなければ生徒会長に当選することもできなくなった現在、重要なのは生徒会長ではなく十六人委員会の意思であった。

 

★安積美由紀

 

「あら、二人でなにしてるの?」

 

カーラが軍艦図書館に戻って来ると、調べものの終わった一也と真央もちょうど資料室に帰るところだった。

 

「彼女の様子はどうだった?」

 

運ばれた女生徒のことを尋ねる一也に、カーラが小さく笑った。

 

「大丈夫、かすり傷程度よ」

「わあ、それは良かったですね!」

 

真央は心底ホッとした様子だったが、それに対する二人の態度はなぜか微妙だった。

真央はそんな二人の様子にはまったく気がつかなかったが、戻った資料室で敬介とアレクの間に漂う微妙な冷気はすぐに気がついた。あきらかに温度が下がっている。

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「なにかあったんですか?」

「いやなんでもないさ。カーラお疲れ!」

「報告を聞こうか」

 

二人の様子に顔を見合わせながらも、一也がメモを手に報告する。

 

「さっきの女生徒はやはり安積でした。安積美由紀、二年辰巳組です。第一廊下を一人で歩いているところを発見され、居合わせた整頓隊員が救助。その後は我々が見たとおりで、IDを確認して緊急搬送された・・・」

 

「安積さんの症状は問題ありません」

 

カーラが続ける。

 

「軽い打撲に擦過傷。廊下をふらふら歩いていたということですので、転んだり壁にぶつかったりしたようです」

「意識は?」

「今はハッキリしていますが、最初は呼びかけにも応えず、えーっと『夢遊病』のような感じだったようです」

「彼女の今回の所属は八十一分隊でした。これが整頓計画書です。驚かないで下さいよ、計画書によると六十三分隊と合同で十名で潜ってます」

「十名? じゃあ?」

「ええ。九名が行方不明です。計画では一昨日の晩に帰還する予定だったので、本部でも心配していたみたいです」

「そして彼女だけ帰って来たわけか」

「そうです」

「うーん・・・」

 

「ちょっと皆さん、どーいうことですか!?」

 

またしても微妙な空気が流れた。たまらず真央が立ち上がり先輩たちを睨みつけた。

 

「まるであの人が戻って来ちゃいけないみたいじゃないですか! ひとりでも無事だったことを喜ばなきゃ! そうでしょ! それに他の人達のことも知ってるかも。みんなどこかで救助を待ってるかもしれないのに!」

 

「まあまあ落ち着け。俺たちも帰ってきちゃ行けないとか、そんなことは思っちゃいないさ」

 

アレクが肩で息をする真央をなだめる。

 

「ただなあ・・・」

 

と、皆の顔を見回すが、敬介は黙ったままだし、仕方なく一也を目で促す。

 

「僕からですか? しょうがないな・・・いいか、彼女、安積美由紀は過去五回整頓に参加している。だがその五回とも、たった一人で帰還しているんだ。他の隊員は未だに行方不明。今回と同じようにね。今日は六回目というわけさ」

「え?」

「生還率100%。いまだかつてこんな記録はない」

「誤解しないでね、もちろん何回でも生きて帰ってくる人はいるわ」

 

カーラも複雑な表情を浮かべて言う。

 

「でもたった一人で帰ってきた人はそういないのよ。隊が全滅してしまうような危機からたった一人で帰ってこれるほど、旧図書館は甘くないの」

 

「今回の整頓計画では、どこに潜る予定になっていたんだ?」

 

ようやく敬介が口を開く。

 

「今回は旧図書館本館のT3から4というと・・・こりゃ第四図書回廊にだいぶ近いですね。危険すぎる」

「第六十三分隊は危険を顧みず突っ込んでいくので有名だったからな。一獲千金を狙ってたんだろう。バカなやつらさ」

 

アレクが吐き捨てる。

 

「あいつらのやってることは図書泥棒と大差ないからな」

「でもでも、それじゃあなぜあの人だけ戻ってこれたんです? みんながあの人を逃がしてくれたんですか?」

 

「朝倉、我々がこの前遭遇したことを思い出してみろ」

 

敬介の言葉に、真央は軍艦図書館の五階付近で遭遇した怪異のことを考えた。あの時はみんなで協力してなんとか危機を乗り越えたのだ。

 

「そう。一人を逃がすより、皆で協力した方が生還率は格段に上がる。だからこそ我々はチームを組むんだ」

「・・・・なるほど」

「前回の我々は運がよかった。一歩間違えば全滅していただろう。あの状況からただ一人が助かるというのは想像できない」

「つまり安積がなぜ無事だったのかは全くわかんねぇってことだ。誰も帰ってきてないんだからな」

「本人にも、ですか?」

「今回の話だと、整頓中に偶然地下室を発見して、その中に入ってみたそうよ。その先の記憶はないということだったけど・・・・」

「偶然ってのが怪しいな。最初からそれが目的だったんじゃねえの?」

「ふむ」

 

敬介の眼鏡が少し上がる。

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「その件は少し調べてみよう。一也とカーラは安積について調べてくれ。なぜ整頓隊に入ったのか理由なども知りたい」

「お前が面接したんじゃないのかよ?」

「残念ながら」

「わかりました、調べておきます」

「了解です」

 

席を立とうとした二人に、敬介は何気ない様子でこう続けた。

 

「明日の放課後、朝倉の研修を兼ねてβエリアで整頓作業を行う。それまでに頼む」

 

二人が大きなため息をついたのは言うまでもなかった。

 

   ☆  ☆  ☆

 

『こんなバカな!』

 

『どうして、どうして!』

 

『助けて!』

 

『た・す・け・・・・・・』

 

   ☆  ☆  ☆

 

その晩、真央は一人で安積美由紀の病室を訪ねてみた。彼女にどうしても会ってみたかったのである。

 

「初めまして。一年の朝倉真央です」

 

ピョコンと頭を下げる見知らぬ少女に、安積は最初戸惑ったようだったが、真央が整頓隊だと聞くと納得したようだ。

 

「あなたも私がどうして戻って来れたか知りたいのね・・・私には何も話せることはないわ」

「あ、いえ、そういうことではないんです。どうせあたしは難しい話は分かりませんし・・・」

「じゃあ?」

「えーと」

 

何をどう言ったものか迷い、キョロキョロと辺りを見回す真央。その目が安積の枕元に置いてある林檎に止まる。誰かがお見舞いに持って来たものだろうか。

 

「あ! お見舞いに来たとか言っておいて、あたし何も持ってきませんでした。この林檎剥きますね」

 

真央は慌てて林檎と果物ナイフを手に取ると、クルクルと器用に剥き始めた。その手際のよさに安積は目を見張った。

 

「凄い! 早いしとっても綺麗!」

 

「あたし、刃物の扱いだけは得意なんですよ。お母様に仕込まれたので」

 

照れながらもあっという間に皮を剥き終えた真央は、食べやすい大きさに切って安積に渡した。

 

「はいどうぞ」

「ありがとう・・・とっても美味しいわ。きっと料理も上手なんでしょうね。いいお嫁さんになれるわね」

「と、とんでもないです! 料理なんて全然で、カップラーメンぐらいしかできません!」

「そう」

 

安積は初めて笑った。

 

「私は料理はちょっと得意よ。お母さんに習ったから」

 

その笑顔に真央は戸惑った。安積美由紀はごく普通の高校生である。彼女に比べれば真央の方が変わっている。蓬莱学園以外のどこに日本刀、しかも真剣をぶら下げた女子高生がいるというのだ。だがその変わった学園の中で、ごく普通のはずの女生徒が、最も奇異な存在になってしまっている。

 

「あの、なんで私がここに来たかといいますと・・・」

 

真央が俯きながら話し始める。

 

「今日、安積先輩が救助されたとき、私も図書館にいたんです。その・・・救助された時の安積先輩の眼が、とても悲しそうだったので、それがずっと気になって・・・」

 

「そう・・・優しいのね」

 

安積の笑顔が陰る。

 

「・・・私のせいなの。みんな私のせい」

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「え!?」

「私のせいでみんな死んでしまった・・・私さえいなければ、みんな死なずにすんだのよ」

 

安積はじっと真央を見つめた。

 

「だからあなたも私に関わってはだめ。私に会いに来てはだめ。でないとあなたも・・・死んでしまうわ」

 

このとき安積が浮かべた悲しげな笑顔は、再び真央の胸に深く突き刺さったのであった。

 

★生還率100%

 

翌日の放課後。敬介の指示通り、旧図書館のβ区域で整頓活動を行う第五十五分隊の姿があった。

 

β区域はほぼ全ての調査が終わり、残されている書物の分類・搬送を日常的に行う場所である。危険が(あまり)ないことも確認されている。また初期の整頓で重要な図書などはほとんど運び出されているため、大発見などはまずない。一言で言えば

 

「地味な作業ですね・・・」

 

本の埃を払いながら真央が呟いた。まさに延々と続く地味な作業の繰り返しであった。

 

「家の大掃除を百倍にしたような感じですね」

「無駄口をたたいて気を抜くな。本を痛めるな」

 

その真央に敬介がつきっきりで目を光らせていた。

 

「・・・はい」

「これが本来の整頓作業だ。長年の放置で本は痛んでいる。これらを読める状態まで修復することも重要だ」

「そりゃ整頓員の仕事だろう。それにここでの作業は一般の図書委員でも出来るしな」

 

アレクもせっせと本を運んでいるが、いつもより疲労の色が濃い。

 

「旧図書館整頓隊の本来の仕事は、危険地帯の調査と整頓だろ?」

「けど、単にそれをトレジャーハントだとしか思ってないやつが多いのも事実です」

 

一也が本のタイトルを記録しながらきっぱりと言う。

 

「今回はそれを思い知らされましたよ」

 

その口調からは静かな怒りがあふれていた。

 

「安積の件か? なにか分かったのか?」

「分かったというか・・・カーラ、君から報告してくれよ」

「いいわよ」

 

カーラは立ち上がると、埃除けのエプロンのポケットからノートを取り出した。

 

「安積さんは最初の整頓こそマップ員で入ってるけど、その後は全部護衛員で入ってるわ」

「護衛員って、そんな素養あんのか? そうは見えなかったが、部活は?」

 

「お料理研」

 

聞き間違えたのだろうかと、一也以外の全員がカーラの顔を見た。

 

「聞き間違えじゃないわよ。そう、彼女は武術や魔術に関する技能は皆無よ」

「よくそれで整頓計画が通ったな。一人で戻ったことがそこまで評価されたのか」

 

アレクが呆れたように言う。これでは図書委員会の管理が杜撰すぎるのではないか。

 

「みたいですね。サバイバルに関する特殊な技能を持つ、ということのようです」

「で、彼女が最初に整頓隊に参加した理由は?」

 

敬介の一番の興味はそこだったが、ある意味裏切られた。

 

「それはもう単純明快です。最初の整頓時の分隊長と、安積さんは付き合っていたようです」

 

しばし沈黙が訪れた。これは全員が呆れたためである。

 

「デートの場所を間違えたな」

 

ため息混じりに敬介が呟く。

 

「まったくだぜ。ピクニックに行くには旧図書館は血生臭すぎる」

「で、その時の経緯は?」

 

敬介が促がす。

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「はい。これも生存者が安積さんしかいませんので詳しくは分かりませんが、整頓中に書架の後ろに隠し部屋があるのを発見。調査するかしないかで揉めたようです」

「恋人、しかも素人を連れてじゃ、そんな調査はやりたくねえだろうな」

「だが押し切られて全滅か」

「帰還予定時間になっても戻ってこないので、様子を見に行った別の隊が座り込んで呆然としている安積さんを発見。彼女は両手で本を抱えていたそうです」

「その本は?」

「第六種閲覧禁止図書に指定されてますからそれなりの物でしょうね」

「ただそれで身を守れるほどの本ではありません」

 

錬金術研の一也が補足する。

 

「ええ、関係ないと思います。二度目以降のこともありますし」

 

カーラが続ける。

 

「二度目は、行方不明になった恋人を救助しようと誘われたようです」

「それは・・・」

「ひでーな。誘ったのは明らかに隠し部屋の噂に飛びついたやつらだろ? 場所を安積が知ってるから」

「おそらくそうでしょう。安積さんはもし助けられるのならと参加したようですが、これも全滅。後日第二廊下をさまよっていた彼女だけが救助されました」

「それが伝説となったか」

「伝説化されたのは三回目ですね。その時も結局は彼女だけが助けられたのですが、第三種閲覧禁止図書を所持してたらしいです」

「第三種か・・・それはちょっと無茶するやつも出るな」

 

第三種閲覧禁止指定を受けるような魔導書なら、数千万は出そうという者が大勢いる。

 

「はい。その後はお宝狙いの隊ばかりに誘われています。彼女がなんらかの方法で危機を乗り越えているのは確かなので、みなそれを見越して危険な場所への整頓を強行してます」

「で、案の定全滅。彼女だけが帰って来る、というわけか」

 

「そんな酷い! 酷すぎます!」

 

真央は怒りに身を震わせた。昨日会った安積美由紀は普通の女の子だった。そんな人を危険な場所に連れて行き、何度も人の死ぬところを見せつけるとは。

 

「お前の言いたいことは分かる。戦場に民間人を同行させるようなものだからな」

 

敬介が真央を慰めるが、だがこの民間人はただの民間人ではない。

 

「何かに操られる、あるいは取り憑かれている可能性は?」

 

敬介が一也に確認する。

 

「それはありません。錬金術研とキリスト教研が保証します。彼女の魂は彼女のものです」

「安積さんの精神も健全です。あれだけの経験をしたんですからストレスはかなりのものでしょうが、それも常識の範囲内です」

 

医学的な面はカーラと保健委員会が保証した。

 

「じゃあ彼女が旧図書館に潜り続ける理由はなんだ? 最初は彼氏の救助だったかもしれんが、その後はこんなとこ近づきたくもねえだろ?」

「それは・・・分かりません」

 

カーラが正直に応えた。未だに恋人を探しているのか、誘われるままにただ参加しているのか、それとも彼女なりになにか理由があるのか。それは彼女にしかわからない。場合によっては本人にも分かっていないかも知れない。

 

「彼女もまた、旧図書館に魅入られたというわけか」

 

敬介が沈黙を破り、眼鏡を少し上げた。

 

「このままでは安積自身が怪異になってしまう。新たな怪異の出現は我々としても本意ではない」

 

その次の言葉は意外なものだった。

 

「安積を五十五分隊に入れる」

「え!?」

「それで条件をクリアできる。六名で軍艦図書館深部に潜入する」

 

分隊長の決定が下ったのである。

-10ページ-

★六人目の隊員

 

その晩、敬介は真央を伴い、安積美由紀に会いに行った。

「あの、なんであたしも一緒なんです?」

 

もっともな疑問だった。

 

「お前、夕べ安積に会いに行ったな」

「ええ!? なぜそれを!」

「変に思わなかったのか? 入院中の生徒に簡単に会えたことを」

「まさか、先輩が裏から?」

「そこまでは言わん。だがお前のつけているそのバッジが融通をつけた」

「バッジって、代表委員会の?」

「そうだ。役に立つと言っただろう」

「へー・・・」

 

真央は改めて胸につけた委員バッジを見つめた。

 

「なんかいいもの貰っちゃったような気がしてきました」

「悪用はするなよ」

「・・・・」

「するなよ。すぐ分かるぞ」

「・・・・了解です」

 

そうこうするうちに二人は女子寮に到着した。安積がすでに寮に戻っているのは確認済みだった。さっそく彼女を呼び出してもらう。あるいは真央を使いに出してもよかったのだが、二人で外で待つことにした。

 

「あの、私になにか御用ですか?」

 

しかしさほど待つこともなく、安積が姿を現した。突然の呼び出しに警戒しているようだったが、そこに真央がいるのを見てやや表情が緩んだ。

 

「あなたは昨夜の?」

「今晩は、安積先輩。また来ちゃいました」

 

ニッコリと微笑む真央。

 

「君が安積美由紀か。図書委員会の高城敬介だ。旧図書館第五十五整頓分隊所属だ」

 

敬介が名乗ると、安積はちょっと驚いたようだった。

 

「高城先輩、ですか?お名前はタカヒロ、いえ、知人の図書委員からよくお聞きしています。彼も整頓隊でした」

「君の知人の話は聞いている。残念だったな」

 

軽く頭を下げる敬介。真央も慌ててならう。

 

「はい・・・彼はよく先輩の話をしていました。整頓隊に凄い人がいると」

 

安積はそう言って顔を伏せたが、その言葉に真央は目を丸くした。

 

「高城先輩って有名人だったんですね。ちっとも知りませんでした!」

 

明らかに皮肉である。

 

「お前の知らないことは山ほどある。私も君の知人の名前は知らなかった」

 

と、敬介は真央とは口調をかえて安積に話しかける。

 

「だがそう言ってくれていたことは嬉しく思う。ところで本題だが、もう察しはついているだろう。我々の隊と共に整頓に参加してほしい」

 

「・・・・」

 

安積は無言で首を振った。だが顔を上げ、拒否の理由をこう告げた。

 

「私のせいで、もう人が死んでほしくありません。特に貴方がたのような人には」

「君のせいで人が死んだというのは間違いだ」

 

敬介が反論する。

 

「彼らは単に自滅しただけだ。君が戻ってこれた方が不思議なぐらいだ」

「それは・・・」

「そもそもなぜ君のせいなのだ? 君が彼らを誘ったのか?」

 

逆に敬介が尋ねる。

-11ページ-

「いいえ、違います」

 

「君が彼らを危険な場所に連れていったのか?」

「・・・違います」

 

「ではなぜ君のせいなのだ?」

 

「・・・声が聞こえるんです」

「声?」

「はい。一人でいると、どこからか聞こえてきます。私に助けを求める声が。それから・・・」

 

「恨みの声、か」

 

「・・・はい」

 

「なるほど。亡者の声に取り憑かれていたか」

 

敬介は空を見上げた。陽はいつの間にか沈み、空には満天の星が瞬いている。

 

「声はいいます。私のせいだと。私がみんなを見殺しにしたと」

 

「その声は君の内側から聞こえてくるのではないのか? 一人で生き残った後ろめたさから、自分で作り上げた声ではないのか?」

 

「分かりません。でも・・・」

 

安積にまとわりつく声はあまりにリアルで、あまりに生々しく、自分の想像とは思えなかった。

 

「君の意識には残っていないが、現場で本当に言われたことかも知れない、か。ならば何があったかの手掛かりになりそうだな。だが、もしそうだとしても、それは相手の勝手な思い込みだ。君に勝手に期待し、その期待に応えなかったとして、君が非難される理由はない」

「そうでしょうか? 本当に?」

「身近なことで考えてみるといい。今言ったような事は男女の間でもよくあることだ」

「そう、ですね」

 

いきなり話のスケールが小さくなったため、安積の表情が泣き笑いにようになる。何か思い当たるような経験があるのかもしれない。

 

「彼らの恨み辛みなど気にするな。それはただの逆恨みだ。もし本物の亡者の声であれば、塩でも撒いておけばいい。どちらにせよ君のせいではない。君のせいではないのだ」

 

「・・・はい。はい」

 

敬介の言葉がじんわりと安積の胸の中に広がり、彼女の目から大粒の涙が流れた。

 

「ありがとうございます」

 

深々と頭を下げる安積。その言葉には心からの安堵がこもっていた。

 

「だがこのままでは、君はまた利用されるだろう。君がなぜ無事に戻ってこれたのかは私も知りたいし、君自身も知りたいはずだ」

「・・・はい」

「結構。なら我々と来たまえ。必ず原因を突き止めて見せよう」

「でも、もし、また」

 

安積の顔色が再び曇る。

 

「また君一人で助かってしまったら、か? その心配は無用だ。朝倉!」

「はい!?」

 

いきなり名前を呼ばれて真央は飛び上がった。

 

「お前は次の整頓では安積を護衛しろ。必ず彼女を本部まで連れ帰れ。できるな?」

「り、了解であります!」

 

敬介の勢いに押され、思わず敬礼で応える。

 

「君が一人で戻らなければ、それで伝説も終わる。その後はただの整頓隊員だ。では明日の放課後、整頓隊資料室で待っている」

 

安積は去り行く二人の後姿を見つめたまま、長い間立ち尽くしていた。

 

そしてその晩、彼女の耳にあの声が聞こえる事は二度となかったのである。

-12ページ-

★リベンジ

 

翌日の放課後。整頓隊資料室に安積美由紀の姿があった。

 

「よろしくお願いします」

 

頭を下げる安積を一同は暖かく迎えた。

 

「よく来てくれた。歓迎する」

 

敬介が先頭になって彼女を案内し、今回の整頓計画を説明する。

 

「今回の整頓対象は軍艦図書館の上部だ。距離的には短いが、前回はかなり危険な怪異が発生し、λ指定となっている。今日はその危険地帯はなるべく回避して、さらに奥の調査を進める」

 

「了解だぜ。道案内は任せな」

アレクがニヤリと笑う。

 

「あの人はですね、人間ビデオカメラなんですよ。道とか全部記憶してるんです」

 

真央が安積にそっと耳打ちすると、彼女は目を丸くした。

 

「おうよ。まあ行きは俺様に任せな」

 

そしてアレクも小声で安積にこう言った。

 

「夕べはあいつにかなりキツイこと言われただろ。でもあいつは見た目ほど怖いやつじゃないんだ。まあ勘弁してやってくれ」

 

あいつとはもちろん敬介のことである。

 

「見た目ほど怖くないって、自分のことでしょ先輩」

 

カーラがそう言って笑った。

 

「今日はケガしても大丈夫よ。わたしがついてるから」

 

カーラの言葉に室内は一瞬ブリザードが吹き荒れたが、安積は気がつかなかったようだ。

 

「君がなぜ無事なのか、錬金術研として必ず解明するよ」

 

一也もそう言って頷く。

 

そして一行は再び旧図書館へと挑むこととなった。彼らにとっても安積美由紀にとっても、今までの整頓のリベンジである。

 

まず最初の目的地は、敬介たちが貴重な図書を発見したあの部屋だった。軍艦図書館三階部分にあるその部屋は、天井に大きな穴が空いている。以前彼らが怪異に追われた時、この穴からここに戻って来た。

 

「この前歩いた道筋から、この先の構造を想像してるんだが、ひとつ不確定要素がある」

 

大穴を見上げながらアレクが言う。彼の頭の中には前回通った道筋のデータが全て入っており、それを元にして図書館の全体像を頭の中に思い描いているようだ。

 

「以前は上の階の穴からここに落ちてきたわけだが、あそことここが物理的に繋がってるのか、それとも魔術的にワープさせられたのかでだいぶ違う。どっちだと思う?」

 

アレクの問いに敬介はすぐに答えた。

 

「あの状況では後者のようだったが、専門家の意見は?」

「そうですね、あれは普通の穴じゃないでしょう。魔術的な物だと思います」

 

敬介の意見に一也も頷く。

 

「ならばっと、ああなってこうなって、あそこがこうだし・・・・じゃあ、こっちから行ってみっか」

 

計算結果が出たらしい。建物の構造が想像できたアレクを先頭に、一行が進み出す。どうやら前回とは違うルートを行くようだ。

 

幾つかの角を曲がり、壊れた廊下を避け、朽ちた階段を注意深く上り、何もない部屋を通り抜けながらしばらく行くと、そこは行き止まりになっていた。

 

「この辺りになんかあると思うんだがな。向こう側からの距離がありすぎる」

 

どうやらここに何か隠されているようだ。アレクの考える構造と食い違いがあるらしい。そこで全員が手分けをして、床や壁に何かないか探しはじめる。

-13ページ-

「なんだか楽しいね」

 

安積が隣で作業している真央に囁いた。

 

「そうですか?」

 

いろいろこき使われている真央は、あまり楽しいとは思えない。

 

「うん、みんなも仲いいし、こんなの初めて」

 

安積が今までに参加した整頓隊は、表面的には親しげな様子だったが、その目はどこかギラついていた。

 

「この整頓隊が楽しいとか、優しいとか、そう思っちゃう事自体に同情しちゃいます」

 

タメイキをつく真央に安積がクスっと笑う。

 

「ぼやかないの。あれ? ここ、ほら」

 

二人が調べていた壁の一部、ちょうど安積が手にした部分が微かに動いた。

 

「ほんとだ! 先輩!」

 

真央の呼びかけに全員が慌てて集まる。敬介と一也が壁を丹念に調べるてみると、どうやら隠し扉があるらしい。

 

「ビンゴだぜ」

 

アレクが力任せに扉を押し開ける。その奥から上に登る階段が現れた。

 

「よし行くぞ」

 

再びアレクを先頭に進む。階段は二階分上がると終わっており、そこから狭い廊下が続いていた。他の場所とは明らかに違い、この廊下は品のいい絨毯が敷かれている。

 

「ますます当りって感じだな」

 

複雑に組み合わさり、迷路のようになっている廊下を進んで行く。その突き当たりには教室ほどの広さの空間があり、正面に立派なドアがあった。観音開きのドアは木製で、凝った装飾が彫り込まれており、金属製のノブもかなり豪華な作りだった。

 

「カーナヴォン卿の心境だな」

 

ツタンカーメンの王墓を前にした探検家に自らをなぞらえ、敬介はドアに近づく。辺りの様子を調べながら、ゆっくりとノブに手を近づけた。

 

「しまった!」

 

敬介の手がノブに触れた瞬間、静電気のようなものがバシッと光った。それを合図に、広間の四隅に黒い影が煙のように立ち上って来たのだ。

 

「トラップが仕込んであったか」

「先輩下がって!」

 

黒い影はゆらゆらと漂いながら、次第に四つ脚の動物、犬に似た形へと変貌していく。敬介らは避けるように廊下の方にゆっくりと後退するが、今や完全な犬、とはいっても身体の所々から燐光を発し、口からも怪しげな焔を噴き出す怪物達が、四方からジリジリと迫ってくる。

 

「ヴァスカービルの魔犬か」

「どうする? 逃げるのもヤバそうだぜ」

「時間を稼ぐ必要があるな。一也、行けるか?」

「了解」

 

言うなり一也は、鞄から取り出した巨大な試験管を投げつけた。一瞬怯んだ魔犬達の鼻先で試験管が砕け散り、中から現れたのはダイコンに手足の、あのホムンクルスであった。

 

「こんなこともあろうかと、今日はスペシャルゲスト持参だ。行け、ドゥオ!」

 

一也が三本目の試験管を投げると、そこから現れたのは真っ赤なホムンクルスであった。先の二体がダイコンに手足ならこちらはニンジンに手足。ただ色合いはトマトのようだった。

 

「凄い! もしかして三倍速いのですか?」

 

ワクワクして尋ねる真央。だが一也の表情はやや引きつっていた。

 

「いや・・・三倍凶暴だ」

-14ページ-

魔犬達がホムンクルスに気を取られている隙に、敬介は脱出を指示する。

 

「今のうちに撤退する。急げ!」

「了解です! さ、安積先輩も早く! 安積先輩? 先輩!」

 

真央の悲鳴のような叫びに、全員が安積を振り返った。

 

★異変

 

恐怖、が引き金になっているのだろうか? それとも目前で恋人を失った後遺症なのか? 巨大な魔犬が迫ってくるのを見たとたん、安積美由紀の動きが完全に止まった。目は開いているがその瞳は何も写してはいず、表情もなくなっていた。まるで仮面のような顔だ。もちろん真央たちの呼びかけに応えることもなく、ただ人形のように立ち尽くしていた。

 

「安積先輩! 目を覚まして下さい! 早く逃げないと危ないですよ!」

 

真央が手を取って引っ張るとそのまま数歩進むが、手を離せば立ち止まってしまう。とてもこの先の複雑な地形を歩けるとは思えない。

 

「俺が担いで行く」

「それじゃ間に合わん」

 

もともとホムンクルスは三体で劣勢だ。赤いドゥオが二頭の相手をしてはいるものの、隙あらばこちらに向かって来るだろう。

 

「一也、結界を描け。それなりに頑丈なやつだ」

「時間、かかりますよ」

「その間は我々が保たせる」

「しゃーねえな」

 

敬介の目配せに、アレクがニヤリと笑う。

 

「先輩、それはあたしの役目です!」

 

真央が飛び出そうとするのを敬介が押しとどめる。

 

「お前は安積を連れて先に行け。彼女の護衛が今回のお前の任務だと言ったはずだ」

「でも・・・」

「カーラも一緒に行け。朝倉一人じゃこの状態の安積は厳しいだろう」

「そんな!」

「結界ができれば我々も後を追う。だが十分用心しろ。他にもトラップがあるかも知れない」

 

唇を噛みしめるカーラだったが、今回優先されるものは安積美由紀の安全であり、彼女を一人で帰さないことだった。

 

「・・・分かりました。真央ちゃん、行きましょう」

「え? あ、はい!」

 

カーラと真央は、安積を両側から支えるようにしてゆっくりと後退していく。それを見送ると、敬介とアレクは魔犬達と対峙した。

 

「だがよ、安積のアレはなんなんだ? あれが生き残って来た秘密なのか?」

 

「想像だが、意識を完全にシャットアウトして気配を消してしまってるのだろう。空気になってしまったようなものだ。怪異からは完全に見えなくなっているのではないかな」

 

「透明人間かよ。まああれが真似出来れば怪異には有効だな。素通りしちまうんだから」

 

「真似できそうか?」

 

敬介が一也にふる。

 

「修行に修行を積んだ高位聖職者ならともかく、僕ら俗人にはムリですよ。誰しも命は惜しいです」

 

手を休めずに一也が応える。

 

「あそこまで自分を捨てらてるもんじゃありません。あれはアレク先輩のような特殊能力でしょう」

「へん。いっそミュータント部隊とでも名乗るか?」

「生憎、私はただの人間だ」

「右に同じ」

「そう思ってるのは自分だけってね。おい、来るぞ!」

 

ホムンクルスたちの劣勢が明らかになってきた。赤いドゥオも一頭が精一杯、白い方は二匹で一頭がやっとという感じだ。当然フリーになった二頭が敬介たちに襲いかかる。

 

「甘いな」

-15ページ-

魔法のように敬介の手の中に現れたワルサーP99が火を吹き、一頭の頭部を撃ち抜く。アレクは素手だったが、空手とボクシングが混ざったような打撃技でもう一頭を跳ね飛ばす。

 

「素手で化物とやり合うはめになるとはな」

「だが効いてるようだ。運がよかったな。ゴースト系の魔物だったらこうはいかん」

「不幸中の幸いってか。来るぞ!」

 

銃弾と打撃に打ち倒された二頭がゆっくりと起き上がり、敬介たちの方を見て低く唸る。狭い廊下部分で待ち構える敬介たちが地形的に有利とはいえ、決定打に欠く。銃で撃たれた方もいつの間にか傷が治癒していた。

 

「銀の銃弾でも持ってくるべきだったか」

 

言いながら敬介は魔犬の足元に乱射する。魔犬達も銃弾を受けて全く平気というわけでもないらしく、怯えたように後退した。

 

「おいあんまり無駄ダマ撃つなよ」

「安心しろ。弾は充分にある」

 

敬介の左手にもいつのまにかワルサーPPKが出現していた。

 

「お前一体何丁の銃を隠し持ってんだよ!」

「言ってなかったか? 去年から暗器研に顔を出している」

「聞いてねーつうの!」

 

敬介達かそうして魔犬を引きつけている頃、真央たちはようやく迷路を抜け、隠し階段の付近まで来ていた。

 

だが。

 

「カーラ先輩、待って下さい!」

 

真央が小さく叫ぶ。そして背負った刀抜くと、カーラの前にスッと移動した。

 

「どうしたの?」

 

カーラも小声で尋ねる。

 

「何か気配がします。確かめて来ますからここで待っていて下さい」

 

真央は音も立てずに廊下を移動すると、そっと階段の様子を伺った。

 

「!」

 

いた。階段の下に同じ魔犬がいた。しかも二頭だ。身体の淡い燐光と口から漏れる焔がまるで人魂のように暗闇の中を漂っている。真央は刀を構えたままゆっくりと後ろに下がった。

 

「カーラ先輩、ここはダメです。戻りましょう。高城先輩に知らせないと」

 

「・・・そうね」

 

明かりが十分なら、カーラの顔が蒼白になっていたのが見てとれただろう。二人はゆっくりと来た道を戻り始めた。だが無意識の安積を連れている疲れや緊張、あからさまな魔物の出現による恐れからか、カーラが床に足を取られてしまった。

 

「!」

 

その物音は階下の魔犬の耳にもはっきり届いた。二頭は矢のように階段を駆け上がると、真央たちに襲いかかってきた。

 

「先輩、逃げて!」

 

真央は迫る魔犬達に逆に駆け寄り、先の一頭を両断し、返す刀で二頭目に斬りつけた。普通の獣なら十分に致命傷だが、一頭目はともかく二頭目は寸前にその爪でカーラを襲っていた。

 

「キャッ!」

 

身体を庇った腕に爪がかかり、制服が切り裂かれ血が飛び散った。

 

「先輩!」

 

二頭目に再び斬りつけて跳ね飛ばすと、真央はカーラに駆け寄った。カーラは左腕を庇うようにしてうずくまっている。

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

血を見て逆に冷静さを取り戻したカーラは、応急キットで傷口を塞ぐ。だが斬りつけられた魔犬達もゆっくりと起き上がり、左右からこちらの様子をうかがっている。多少のダメージは与えたようだが、追い払うところまではいかないようだった。

-16ページ-

「修行がたりてなかったか」

 

初めて遭遇した魔物を前に、真央は後悔がよぎった。だがこうなっては敬介たちが来てくれるまでなんとか時間を稼ぐしかない。近寄ってくる魔犬に素早く剣先を向け、再び斬りつける機会を伺う。だがそのために、後ろで立ち尽くす安積美由紀の変化に、真央もカーラもまったく気づいていなかった。

 

   ☆  ☆  ☆

 

「今、悲鳴が聞こえなかったか?」

 

こちらも二頭の魔犬と対峙する敬介たちは、カーラが襲われた時の声を聞きつけていた。

 

「リョーシャ、行ってくれ。朝倉一人じゃ荷が重い」

 

リョーシャはアレクの愛称である。

 

「そんなこと言ったって、ここもお前一人じゃ荷が重いだろ!」

「なんとかする」

 

弾の切れたPPKを魔犬に投げつけたその左手に、握りこぶし大の物体が現れた。明らかに爆発物である。

 

「ちょ、待て! 学防軍のだろそれ! こんな狭いところでそんなもん使ったらどうなるか分からんぞ!」

「やれるだけのことはやるさ」

「ちくしょー! 一也、ウーヌスは持って来てねーのか!?」

「あれは危険すぎます。僕の手にはおえませんよ! もうすぐ完成しますから!」

 

一也は休むことなく床に文様を書き連ねていた。それは恐ろしく複雑で、もう少しで円になろうとしている。

 

「ちっ、しょうがねえか! 頼むぞ敬介、無茶すんなよ!」

「ああ」

 

アレクが真央達を助けに向かおうと身を翻した時。世界が白光に包まれた。

 

   ☆  ☆  ☆

 

それより少し前、真央とカーラが新たな魔犬に遭遇したころ、安積の意識に変化が起きていた。

いつもなら、この時彼女に寄せられるのは懇願、あるいは怨嗟の言葉だった。その恨み辛みは安積を無意識へと追いやる手助けとなる。押し付けられる強い感情と恐怖がますます彼女を追い詰め、殻の中に閉じ込める。

 

だが今は、そうした非難からは無縁だった。誰もが安積を、そして他のメンバーを守ろうとしていた。その感情の波は安積を無意識の中に閉じ込めておこうとはしない。今まで安積は何も感じず、何も考えてはいなかった。だが心の片隅のどこか遠いところに、小さな輝きが灯るのを感じた。何故かそこに行かなければ、それを捕まえなければと思い、ゆっくりと意識が覚醒してゆく。

その時の安積のぼんやりとした意識を翻訳すれば、それは『私も皆を助けたい』というものだった。今度こそ、本当に今度こそ、皆を助けたい。自分が今まで期待されていたように。自分が願っていたように。そしてあの光さえ捕まえればそれができると、安積は何故か知っていた。彼女はそっと手を伸ばす。遠い、遠い、遠い所へ。そしてつかんだ。つかんだ途端小さな光は手の平から溢れ、辺りは白光に満たされてゆく。

 

   ☆  ☆  ☆

 

世界が白光に満たされた時、真央は、敬介は、皆は、確かに安積の声を聞いた。

(今度こそ、私が助けます)

声とともに手の平に鋭い痛みが走った。見ると手の中に、五百円硬貨程の硝子球のような物があった。透明な球の中央には、『護』という文字が浮かび上がっている。

 

彼らは応石『護』を得たのであった。応石『護』はさらに光を強め、魔犬達を飲み込み、消し去っていった。

 

   ☆  ☆  ☆

 

世界から白い光が消え、元の闇が戻って来た時、魔犬たちの姿は無かった。安積美由紀の姿も無かった。手にはもう応石はない。だが念じればそれが現れることも分かっていた。

 

「安積は、石になってしまったんでしょうか?」

 

一也が掌を見つめながら呟く。

 

「分からん。安積が石になったのか、石が安積の願いに応えたのか・・・」

 

敬介もまた、握りしめた手を見ながら言う。

 

「うつほなる物に力が宿る、か」

 

敬介がそう呟いた時、背後からすすり泣く声が聞こえた。振り返ると、カーラに手を引かれた真央が泣きながら立っていた。カーラの引き裂かれた左袖も痛々しかったが、二人の姿は幼子を連れた母子のように見えた。

-17ページ-

「みんな、行こうぜ。あいつが残してくれた物を見によ」

 

アレクが指し示す先、あの大きな木のドアが今は完全に開いていた。彼らは頷き合うと、ゆっくりとドアをくぐる。その中は一目見て高級と分かる調度で溢れていた。

 

「どう見ても偉いさんの部屋だな」

「まさか、館長室?」

「可能性はあるな」

 

大きく頑丈なデスクにビロード張りの椅子。まさしく館長室に相応しい風格がある。さらに左手に開け放たれたドアがあり、続き部屋は書庫のようであった。様々な本が並んでいたが、奥の壁の一角が破損し穴が空いていた。

 

「もしかして、こことあの穴が繋がってるのか?」

 

「みんな来て!」

 

机を調べていたカーラが大声を上げた。引き出しの中にあった古びたファイルを広げている。

 

「これは、図面?」

「まさか、軍艦図書館のか!? すげー! 大発見じゃん!」

 

それはまさに軍艦図書館部分の設計図であった。改装前のものではあるが、旧図書館の全貌を掴む重要な手掛かりであることは間違いない。

 

だが、大発見に沸くアレクたちをよそに、真央は入口付近で一人たたずんでいた。暗闇から安積が戻って来るのを待つかのように、じっと外を見つめていた。その真央の肩を敬介がポンと叩く。

 

「安積先輩は、ほんとは皆を助けたかったんですね」

 

真央が小さな声で呟く。

 

「だから何度も何度も、整頓隊に参加してたんですね・・・」

 

生還率100%、それは虚しい響きだった。その言葉に本当はなんの意味もないのだということを、真央は暗闇を見つめながら心の中で噛みしめるのであった。

 

【第三話へ続く】

 

説明
N90蓬莱学園の冒険!の二次小説です。ほぼオリジナル設定の話となりますので、あらかじめご了承下さい。
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