WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜15
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「アイドルの祭典ってのは、ご当地アイドルのナンバーワンを決めるイベントで今年で4回目だ。ここで優勝すればI−1クラブの公式ライバルと認定され、メジャーデビューと1年間の芸能活動に対するバックアップが約束される。要するに地方のマイナーなアイドルにとっては喉から手が出るほど手にしたいビッグチャンスってことさ。当然全国から様々なアイドルたちがエントリーしてくる。キミたちにはそのライバルたちを蹴散らして優勝してもらう。そしてI−1に真正面から挑戦状を叩きつけて勝つんだ。いいね?」

 早坂らしからぬ口調のアツさにみんな戸惑うなか、真夢だけが冷静に早坂の話を聞いていた。

「そして、このイベントのためにボクは曲を書いた。これがその曲だ」

 彼はそう言って懐から今度は一枚のCDを取り出してテーブルの上に置いた。夏夜がそれを手に取り、書かれているタイトルを読み上げた。

「極上スマイル……これが新曲のタイトル?」

「そう。キミたちのためにガチで書いた新曲『極上スマイル』だ。キミたちにはこの曲でこのイベントに参加してもらう。ボクの歌を歌うからには、もう今までみたいな学芸会気分では許さないよ?」

「新曲……早坂さんが新曲書いてくれたんだ……」

「そう。キミたちのために新たに書き起こした新曲だ。さっきも言った通り、キミたちはこの曲を引っさげてアイドルの祭典で優勝してI−1の公式ライバルとなるんだ。この曲ならI−1とだって真っ向勝負ができると自負してる出来だから、後はキミらの努力次第ってことさ。あ、歌詞と振り付けは後で送るからヨロシク」

 早坂はそれだけ言うとスッと席を立った。

「じゃあそういうことだから。あ、ちなみにボクは色々忙しいので来週から1ヶ月ほど仙台に来られません。次にボクが来るまでにキッチリとマスターしといてよ。じゃあね」

 早坂が部屋を出て行った後、急展開についていけない佳乃たちは困惑した表情で顔を見合わせた。

「I−1の公式ライバルとしてメジャーデビューだって」

「I−1に挑戦状を叩きつけて勝つって言ってましたよね?」

 突然I−1の公式ライバルとかメジャーデビューとか言われても実感など湧くはずもない。首をひねりながら戸惑うばかりの少女たちに松田が声をかけた。

「早坂さんの言ってることはホントだぞ。ちょっとこれを見てみろ」

 松田はそう言って、事務所のパソコンで検索したアイドルの祭典のホームページを見るようみんなに促した。そこには確かに優勝者はI−1クラブの公式ライバルとして認定され、クイーンレコードからメジャーデビューを約束され、1年間芸能活動をバックアップする旨がハッキリと書かれていた。

「クイーンレコードって、あのクイーンレコード?」

 藍里が驚きの声をあげた。クイーンレコードと言えば日本で5本の指に入る、ちょっと音楽が好きな者なら誰でも知っているくらいレコード業界のメジャーレーベルだ。近年は若者をターゲットとした戦略で飛躍的に売り上げを伸ばし、数多くの人気アイドルも抱えている。そこからCDデビューできるのなら間違いなくメジャーデビューと言っていい。ようやく少女たちは早坂が本気で言っていたのだとわかった。

「でもなんか、いきなりの急展開なんで話についていけないですぅ」

 未夕がそう言って嘆いた。他のメンバーたちも社長も松田も同感だった。

「とにかく、早坂さんの作った新曲をみんなで聴いてみない?」

 真夢がそう提案すると部屋に居た全員が頷いた。自分たちのために早坂が初めて書いてくれた曲はどんな曲なのか。期待と不安が入り混じった気持ちを鎮めつつ、夏夜がCDをデッキにセットしプレイスイッチを押した。

 

 曲が終わっても誰も一言も発しなかった。

「……早坂さんが超有名な音楽クリエーターだっていう理由がわかった気がする」

 しばらくの沈黙の後、ようやく佳乃が口を開いた。その場にいた誰もが素直に頷き納得した。曲だけで歌が入っているわけではないのに、たった一度聞いただけでもうメロディーが頭の中でリフレインしている。自分たちが歌っている姿の、どう歌えばいいかのイメージが既に湧いていた。誰でも一度くらいは聞いた瞬間に「この曲は売れる」と直感した経験があるだろうが、この『極上スマイル』と名づけられた曲が正にそれだった。この曲ならば早坂の言うようにI−1にもヒケをとらないんじゃないかと思えた。彼女たちは音楽家としての早坂の実力を今初めて目の当たりにし、自分たちのバックにとんでもない実力の持ち主が付いているのだと思い知った。

「私、早くこの曲を歌ってみたいです」

「私も」

「アイツに頭を下げるみたいでちょっと悔しいけど、でも私も同感」

 未夕が、実波が、夏夜が口々に曲を早く歌いたいと訴えた。佳乃も真夢も藍里も菜々美も全く同感だった。

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 早坂がウェイクアップガールズの面々に新曲の話をした翌日。I−1クラブのレッスンスタジオでは、この日もI−1メンバーとI−2の選抜メンバーが厳しいダンスレッスンを行なっていた。その人数は100人を軽く超す。

 レッスンの途中で白木がスタジオ内に入ってくると、それに気づいた最前列の3人の少女がダンスを止めて礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。だが白木はそれを完全に無視し、ダンスレッスンをする少女たちの前に置かれたお立ち台にツカツカと歩み寄るとそのままお立ち台に上った。音楽が止まり、白木が来ていたことに気づいたメンバーたちが慌てて整列すると、白木は足元に置かれたハンドマイクを手にして口元にあてた。

「どうもねー」

 いつもの挨拶から白木は話を始めた。居並ぶ少女達の誰もが真剣な眼差しで白木を見つめ、一言も聞き漏らすまいと集中していた。 

「連日のレッスンお疲れ様。えー、みんなも知ってる通り、I−1クラブ全国47都道府県ふれあいプロジェクトは、今年の年末に全県シアターオープンの目標を果たす事となります。ですが安心するのは全然早い。ここからが本当の勝負です」

 白木はそこで一旦話を切り、一呼吸入れてから叫んだ。

「アイドルの祭典!!!」

 そのあまりに大きな声に耐えられず、ハンドマイクがキーンと凄まじい音をスタジオ内に鳴り響かせて少女たちを驚かせた。

「アイドルの祭典とは何か? それは今年キミたちが全国津々浦々でしのぎを削りあってきた地方アイドルたちを、I−1の本拠地である東京のI−1シアターで迎え撃つ一大イベントです。おそらく各地方の予選を勝ち抜いてきた猛者どもが、我々の寝首を掻いてやろうと意気込んで東京に乗り込んでくるでしょう。もちろん直接競うわけではありませんが、同じステージに立つ、これすなわち戦いです。彼女たちを迎え撃ち、蹴落とし、コテコテのパンパンにして我々に向かってきたことを後悔するほどに叩き潰してやりましょう。キミたちにはそれが出来る。そう私は信じています」

 白木の話を聞いていた少女たちの顔がみるみる紅潮していった。誰もが気持ちを高揚させていると白木にはわかった。だが白木の話はそれで終わりではなかった。

「あー、それと、1135、1136、1137番」

 自分の名前を呼ばれた少女たちが返事をすると、白木は彼女たちに冷たく言い放った。

「キミたち、さっき私が入ってきた時、踊るのをを中断して挨拶してくれましたよね?」

「は、はい」

「キミたちはアホですか?」

 挨拶したことを褒められるのかと一瞬期待した3人の少女たちは、予想外の白木の叱責に面食らってしまい何も言えなくなってしまった。そんな彼女たちを白木は容赦なく叱咤した。

「いいですか。戦場はステージだけではないんです。レッスンの場でも同じなんです。ちょっとでも気を抜いたら命を落としますよ? アイドルはそういう場で戦っているのだと自覚してください。一度この場に立ったら他の事には一切気をとられることなく歌と踊りに集中してください。集中。これほどファンの心を掴み魅了するものはないんです。次はありませんから、そのつもりで」

 3人の少女が自分たちの不明を恥じて謝ると白木はそれ以上は言及せず、続いて恒例のお払い箱の発表を行い、最後に人気アイドルの心構えを全員で唱和した。

 人気アイドルの心構え。『休まない、愚痴らない、考えない、いつも感謝』という4つの言葉で構成されているそれは一見するとまるでブラック企業の社訓のようだが、そこにはアイドルに対する白木の強く深い想いが込められている。それはつまり「ファンの為に自分を高める努力をサボらない。アイドルである以上、ファンに喜んでもらうための日々の努力がキツくても愚痴らない。ファンを喜ばすため以外の余計なことは考えない。ファンにはいつも感謝」という意味だ。白木の中には、アイドルは常にファンのために存在しファンのために行動するべきだという信念がある。アイドルの心構えはそれを短く要約したもので、I−1クラブに入るとまず最初に徹底して教え込まれるクラブ全体のポリシーだ。

 唱和が終わると、クビになった少女たちを振り返ることもせず白木はスタジオを出て行った。それはI−1メンバーたちにとって、いつもと何一つ変わらない、今までに何十回と繰り返されてきた見慣れた光景だった。

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「ええ!? あの早坂さんが!?」

 レッスンを終えた後の休憩室で驚きのあまり思わず声が上がった。それは2期生の鈴木玲奈のもたらした情報のためだった。鈴木玲奈はそこにいたメンバーたちにこう言ったのだ。早坂が自分たち以外のアイドルユニットをプロデュースしていることを知っているか? と。

「うん。あの島田真夢がいる仙台のユニットをプロデュースしてるんだって」

 島田真夢のいる仙台のユニット。そこにいた者でそのユニットの名を知らない者はいなかった。I−1にとって意識しないわけにはいかない存在、島田真夢。辞めて2年を経た今でも彼女の影響力は根強いものがあった。

「凄いじゃん。あの早坂っちに目を付けられるなんて。でもあそこの事務所って凄い弱小じゃなかったっけ? よく早坂っちに頼むお金が有ったね?」

 玲奈の話を聞いてこう質問したのは、次期センターの呼び声高い4期生の鈴木萌歌だった。苗字は同じ鈴木で年齢が7歳違うためによく姉妹と間違われるが、玲奈と萌歌に血縁関係はない。

「違う違う。向こうの事務所がオファーを出したんじゃなくて、目を付けたのは早坂さんの方なんだって。早坂さんが自分からプロデュースさせろって仙台まで頼みに行ったそうよ。仙台のこけら落とし公演の時に、裏でやってたウェイクアップガールズのライブを見に行ってたんだって」 

 横から3期生の小早川ティナが萌歌に説明した。彼女もまた早坂の情報をすでにどこからか聞いていた。それもなぜか驚くほど詳しく正確に。

「へぇ〜。さすが早坂っち。チェックが早いんだねー」

 萌歌はそう言って単純に感心したが、事態はそう単純なものではなかった。早坂の能力は彼女たちも身に染みて知っている。その彼が自分たちの敵側に付いたというのなら警戒しないわけにはいかない。それどころかウェイクアップガールズが大化けする可能性だって高まる。ハッキリ言って脅威以外の何物でもないのだ。

「でもビックリすることはまだあるのよ?」

 ティナがそう言うと、萌歌は何? 何? と身を乗り出して興味津々に尋ねた。

「早坂さん、ノーギャラでプロデュースを引き受けたんだって」

 その言葉に全員が驚いた。早坂は金銭的なことには厳しく細かいとI−1のメンバー間には知れ渡っていたからだ。中には彼を金の亡者と呼ぶ者もいる。能力は認めるが、そういうところが好きになれないと言う者もI−1関係者の中には少なくなかった。だからこそノーギャラであることが信じ難かった。有り得ないとそこに居た誰もが思った。

「つまり、お金じゃない……ってことよね。お金以上の価値をウェイクアップガールズに感じたってことだよね?」

 キャプテンの近藤麻衣がそう言って、腕組みをしながら難しい顔をした。あの早坂がお金を度外視して尽力する。それは自分たちに対してはなかったことだ。彼がウェイクアップガールズのどこにそれほど魅かれたのかはわからないが、きっと自分たちI−1には無いもの持っているからなのだろうということだけはわかっていた。そうでなければ別のユニットをプロデュース意味が無いのだから……。

「でもさ。白木さんはどうするつもりなんだろう? これって白木さんにしてみれば裏切りみたいなものでしょう? あの人が黙ってるようにも思えないんだけど……」

 小早川ティナがそう言うのを聞いたセンターの岩崎志保は、そんなことはどうでもいいと心の中で思った。早坂がどちらの側に付こうが関係ない。志保にとってウェイクアップガールズは倒すべき敵なのだ。彼女自身のためにもI−1のためにも決して負けてはいけない相手なのだ。そんな相手に早坂が味方をするのなら、それはむしろ願っても無い状況だった。

(あのコたちがどれだけ早坂さんに鍛えられたって、アタシたちは絶対に負けない。真夢がセンターのあのユニットにだけは絶対に負けないんだから)

 志保は心の中で一人激しく闘争心を燃やしていた。それに気づいているのはキャプテンの麻衣だけだった。黙って話を聞いていた志保が拳を握り締め唇を噛み締めていることに麻衣は気がついていた。志保の本音を聞いたあの日から、相手が真夢の居るウェイクアップガールズならば全面的に志保を支援しようと彼女は心に決めていた。負けられない。彼女もまたそう思っていた。

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 I−1メンバーたちが休憩室で話をしていたその頃、早坂は白木の元を訪れていた。昨日は仙台で今日は東京。多忙の極みだが、ウェイクアップガールズに関わるようになったとはいえ彼はI−1と縁を切ったわけではないので、音楽プロデューサーとしてやるべき仕事はやらなければならない。この日は新曲を白木に聞かせるために事務所に足を運んでいた。

「ふむ、この前の曲とはだいぶデキが違うね。ヤル気が戻ってきたのかね?」

 CDに入っている新曲を聴き終えて白木が口を開いた。イヤミなのか褒めているのか、早坂にとってはどうにもわかりにくい口調と表情だった。

「だから、それは心外だと言ったろう? ボクはいつでも全力で曲を作っていると、何度言えばわかるんだい?」

 早坂はそう抗議した。もう何度か同じ事を言っているのでいい加減腹に据えかねて抗議したのだが、白木は薄ら笑いを浮かべるだけだった。

「ふふ、まあいいさ。理由はどうであれ、私はキミが良い曲をウチに提供してくれればそれでいいんだよ。どうやらこれはウェイクアップガールズに感謝しなければならないかな?」

 早坂の眉がピクリと動いた。もとよりいつまでも隠し通せるものでもないが、思いの外バレるのが早かったなと内心で思った。

「あれ? もしかして、もうバレちゃった?」

「バレるもなにも、キミがウェイクアップガールズに加担し始めたことなど、もうとうの昔に知っているよ。ウチのコたちですら知っているレベルさ」

「怖いねぇ。怖い怖い。壁に耳あり障子に目あり、だね。あーあ、もうちょっと秘密にしておきたかったんだけどなぁ……まあ、バレちゃったんじゃ仕方ないか」

 早坂は全く悪びれた様子を見せず、むしろ開き直った。白木は変わらず薄ら笑いを浮かべていた。

「で、どうなのかね?」

「どうって、何が?」

「とぼけるなよ。島田真夢……いいだろう?」

 そう言って白木は、早坂が初めて見る表情をして見せた。それは例えるなら子供が自分の自慢の品を友達にみせびらかす時のような、どこか嬉しげな、どこか得意げな、どこか自慢げな、そんな表情だった。

「ああ、そうだね。あのコは紛れもなく一級品だ。いや、超一級品と言ってもいい。実際に自分のこの目で見て、アンタがあれほどまでにあのコに拘っていた理由がわかったよ」

「そうだろう? 私は本音を言えば彼女を手放したくはなかったんだ」

「そりゃまぁ、あれだけの素材なんだから手放したくはなかったでしょうよ。でもアイドルである以上、男性スキャンダルを起こしたんじゃあ仕方ないよね」

 早坂は正論を普通に返しただけなのだが、なぜか白木は何も答えなかった。

「……いや、何でもない。今言ったことは忘れてくれ」

 その一言に早坂は、おや? と思った。何か引っかかるものを感じたが、白木が話題を変えたのでそれ以上その話題を広げはしなかった。

「それで、ウェイクアップガールズはキミの目から見てどうなんだね?」

「そうだね……今はまだ何の変哲も無いお芋ちゃんたちだけど、まあ色々面白い素材だと思いますよ。当分楽しめそうなぐらいにね」

「その無名のお芋ちゃんたちを島田真夢が引っ張っていければ、面白いことになるんじゃないのかね?」

「さあて、果たして彼女にそれができますかねぇ? ボクの印象では他のメンバーとの間には壁があるように思えましたけどね。むしろユニットを引っ張るのは別の人間で、彼女は一歩引いていた方が怖い存在になれるとボクは思ってますけどね」

「そんな人物がユニット内にいるのかね?」

「いますよ。言っちゃあ何だけど、なかなか面白いお芋ちゃんたちなんでね。もしかしたら、そのうちIー1の最大のライバルになっちゃうかもしれないよ?」

「是非そうあって欲しいものだね。競争相手がいれば、こちらとしてもより成長できるというものさ。ずっとトップを走っていると成長も鈍るしタイムも伸びない。良いライバルがいてこそ我々もより光り輝くからね」

「ふん。イヤミなことを言うね」

「そうかな? 私は本心で言っているんだがね。私はこれでもウェイクアップガールズを評価しているし、その可能性を見込んでいるんだよ?」

「ちぇっ、余裕の発言だね。でも余裕を持ちすぎると足元をすくわれる……なーんてことになるかもしれないよ?」

「ふふん。まあ、やれるものならやってみればいいさ。さっきも言ったが、こちらもライバルの誕生は大歓迎だ。せいぜいI−1のかませ犬として頑張ってもらいたいもんだね」

「控えがいつまでも控えに甘んじていると思わない方がいいんじゃない? 脇役が主役を喰っちゃうなんて話はよくあることだからね」

「願ったり叶ったりだね。キミがウェイクアップガールズをそれほどの存在にしてくれると言うのなら、キミのことも敵に塩を送ったということにしておくよ」

「敵に塩ねぇ……とびきりしょっぱい塩だけど、いいのかな?」

 お互いに表情は笑っているが、話しながら腹の探りあいをしているので目は全く笑っていなかった。いつかほえ面かかせてやる。早坂は心密かにそう思った。

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 早坂が新曲のことをウェイクアップガールズの全員に伝えた数日後、仙台のグリーンリーヴス事務所に新曲『極上スマイル』の歌詞と振り付けを書いた書類が送られてきた。松田は早速翌日のダンスレッスンから新曲のレッスンに入る手筈を整え、その間少女たちは歌詞や振り付けをチェックしていた。

「しっかし、難しそうな振り付けだね。苦労しそう」

「でも明日からレッスンなんだからキッチリ覚えておかないとね」

「早坂さん、なんだかメチャクチャ気合入ってたもんね。ガチで作ったって言ってたし」

「優勝しろって言ってましたよね。でも優勝したらメジャーデビューでしょ? なんか約束されたシンデレラストーリーって感じで燃えてきますよね」

「優勝したら、とかタラレバの話をしても仕方ないんだけどね」

「できるよ、きっと!!」

 突然会話に割り込んだ藍里の熱をおびた声に、部屋にいた全員が驚き藍里を見つめた。もっとも一番驚いたのは当の藍里自身だったが。

「絶対優勝できるよ……私が頑張れば、の話だけど……」

 全員の肩から力がドッと抜けた。ガクツと拍子抜けする音が部屋に鳴り響いたような気がした。

「でも、私みんなの足を引っ張らないように頑張るから。一生懸命頑張るから!」

 真剣な表情で決意表明をする藍里に応えるように真夢が「そうだね、やってみようよ」と言った。「うん」と佳乃が、「そうだね」と夏夜が答えた。「参加することに意義があるって言いますしね」と言う未夕に「いや、それオリンピックだから」と夏夜がツッコミを入れると、「オリンピック、東京でもあるしね」と横から実波がボケた。

「ああ、なんかもう……そうだね」

 未夕と実波に呆れた夏夜は、もう面倒くさくなって適当に相槌を打った。微笑ましいやりとりをする少女たちだったが、なぜか一人菜々美だけは会話に参加せず、あまり冴えない表情でみんなのことを眺めているだけだった。

 実は菜々美は未だに悩んでいた。理由はもちろんウェイクアップガールズと光塚のどちらを選ぶかということだ。もともと彼女はアイドル活動はスキルアップのためと割り切っており、活動は光塚受験までと自分では決めていた。実際にそんなことが許されるかどうかにまで考えが及ばない辺りが子供の思考ではあるのだが、兎にも角にも本人はそのつもりだった。それが活動を続けるうちにだんだん本気になっていき、藍里の脱退騒ぎで気持ちは大きくウェイクアップガールズに傾いてきていた。しかし小さな頃からの夢をそう簡単に諦められるわけもなく、どうしようかと悩んでいるうちにアイドルの祭典に参加する流れとなってしまった。

 アイドルの祭典が開催されるのは年末。光塚の受験は来春。祭典が終わってからでも受験には間に合うのか、それとももっと早くから準備を進めるべきなのか。受けるからには絶対に合格したいのは当然だし、そうなるとやはり早めに受験一本に絞ってレッスンに打ち込むのがベストだとも思えた。それでも今のタイミングで自分はアイドルの祭典に参加しないとは、さすがにとても言えなかった。もちろん祭典に参加したい気持ちがないわけじゃない。だから悩んでいる。

 誰かに相談すべきかとも考えたが、相談した時点で結論が出てしまいそうな気がして踏ん切りがつかなかった。続けるにしろ辞めるにしろ、本当にそれでいいのか確信が得られない今の時点で決めてしまうのが怖かった。単なる優柔不断かもしれないと自分でも思っていたが、それでも決めあぐねているうちに状況はますます悪化していき、結局菜々美の悩みは以前よりもさらに深いものになってしまっていた。

「ねえ、みんな。この後時間あるんだったら、何か食べていかない?」

 明日以降の打ち合わせを終えて帰る段になって、佳乃がそう言ってメンバーたちを誘った。

「え? 別にいいですけど……よっぴーがみんなを誘うなんて珍しいですね」

 僅かに戸惑いの表情を浮かべた未夕がそう言った。藍里の脱退騒動以降、佳乃の中で何かが変わった。積極的にメンバーと関わっていかなければという意識が生まれていた。今までは思っていても上手く誘えなかったが、それができるようになった。

「そう? たまにはいいんじゃない? メンバー間の親睦を深めるためにもさ」

「まあ、それはそうですけど……」

「その……なんだったら……オゴっても……いいんだけどなぁ、なんて」

 だんだん佳乃の声は小さくなっていったが、オゴリというワードを大食いの実波が聞き逃さなかった。

「ホント? じゃあ私たちが前にロケをしたパンケーキ屋さんに行かない? 10段重ねのパンケーキとかあって凄く美味しかったんだよ」

 オゴってもらう気満々の実波がオススメの店を佳乃に勧めた。誰にも異論はなかった。

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 実波のオススメのパンケーキ屋『MITSUBACHI』は、テレビで実波たちに紹介された影響もあって繁盛していた。席は総て4人席なので、真夢・藍里・実波・菜々美の組と佳乃・夏夜・未夕の組とに別れて席に着いた。

 店側はウェイクアップガールズのサイン色紙を一番目立つ場所に飾ってあるくらい彼女たちを応援してくれていた。実波たちが来店していることに気づいた店主が、いらっしゃいと声をかけた。

「以前よりもお客さん増えたみたいですね」

 以前一緒にこの店を取材した真夢がそう言うと、店主は嬉しそうな顔をして答えた。

「そうなのよ。おかげさまであれからお客さん増えているの。実波ちゃんが本当に美味しそうに食べてくれたからかしらね。そんなに美味しいのかってお客さんも興味を持ってくれたみたい。ホント、みなさんに取材してもらってよかったわぁ」

「いえ、本当に美味しかったですから。でも私たち、お役に立てたみたいでよかったです」

 実波は話を聞きながら幸せそうにパンケーキを食べた。他のメンバーたちもそれぞれに食事と会話を楽しんでいた。

「それに、あれから何回か他の取材も来てね。今日もね、これからI−1クラブの方が取材に来るの。もうそろそろ来る頃だと思うんだけど」

「えっ!?」

 耳を疑う店主の一言だった。隣りの席にいた未夕も夏夜も思わず店主の方を見た。今までの楽しい気分に一瞬にして陰りが見えた。I−1クラブが今来たら真夢と鉢合わせしてしまう。メンバーの誰もがマズイかなと心配したが、もう遅かった。

「ごめんください」

「お邪魔しまーす」

 挨拶と共に入り口のドアを開けて誰かが入ってきた。I−1クラブの岩崎志保・相沢菜野花の2人だった。菜野花は意外なところで意外な人に会ったという驚きの顔だったが、志保は何かを言いたげな顔をしているように真夢には見えた。

 

 志保たちが収録の準備をしている様を見ながら実波が溜息をついた。

「どうしたの、みにゃみ」

 向かいに座っていた藍里がそう問いかけると実波は、酷くガッカリした顔と口調で答えた。

「だってさ、せっかく私たちを応援してくれるお店ができたって思ったのにさぁ……」

「I−1に横からあっさり掻っ攫われた……って感じするよね」

 後ろに座っている夏夜が実波の言葉を繋いだ。夏夜も決して良い気はしていなかった。

「しょうがないですよ。なにしろ向こうは日本全国にシアターをオープンしている全国区のアイドルですもん。今の私たちじゃ敵いっこないですよ」

 未夕が達観した表情でそう言ったが、実波は納得しなかった。

「でも、ここに住んでて何時でも食べに来られるのは私たちだよ? やっぱり、なんかちょっと悔しいなぁ」

 実波の悔しさも尤もだが、店の側としては未夕の言うことの方が本音だ。ウェイクアップガールズが推す店とI−1クラブが推す店とでは、やはりそのネームバリューは雲泥の差であり残念ながらそれが現実だ。

 少女たちが愚痴まじりに話していると、突然岩崎志保がツカツカと彼女たちの方へ歩み寄って来た。

「ぎにゃー、なんかI−1センターがこっち来ますよ!」

 気づいた未夕が驚きのあまり声をあげた。志保はそのまま真夢の横に立った。

「ねえ、真夢。この後時間あるかしら?」

 突然のことに真夢は面食らったが、大丈夫だと答えると志保は、収録が終わったら話があるから待っていて欲しいと言った。

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 収録が終わると志保と真夢は、ウェイクアップガールズのメンバーたちと離れた奥の方の席へと2人で移った。

「早坂さん、厳しいでしょ」

 注文したコーヒーを右手に持ちながら志保がそう言った。

「うん。そうだね。私は早坂さんのレッスン受けたことないから驚いた。いつもあんなに厳しい人なの?」

「厳しいわよ。特に自分の作った曲に関しては絶対に妥協しないの。ウチのコたちも早坂さんにはずいぶん泣かされたわ。もちろんアタシもね。あの人のレッスンの後はみんなボロボロだもん」

 真夢は早坂が新曲を自分たちに渡した時、もう今までみたいな学芸会気分じゃ許さないと言ったことを思い出した。

「でもあの人、見込みの無い人間には全然興味ない人だから。聞いたわよ。真夢たちが頼んだんじゃなくて早坂さんの方からプロデュースさせろって言ってきたんでしょ? しかもノーギャラらしいじゃない」

「その辺は社長と早坂さんとの話だから……私たちは何も聞かされてないの」

「そりゃそうよね。そんなこといちいち話すわけないもの。でも見込みがあるって思われたんだから良かったじゃない。まあ、早坂さんが見込んだのが真夢だけなのか、それとも他のコもなのかアタシは知らないけど」

 真夢は黙っていた。黙っていたが少し頭にカチンときた。志保の口調は、どことなくウェイクアップガールズを見下しているように感じられたからだ。いったい志保は何を言いたいのか。真夢は内心で首を傾げた。志保は真夢の気持ちなどお構い無しに話を続けた。

「真夢たちもアイドルの祭典、出るんだって?」

 志保はもう既にウェイクアップガールズがアイドルの祭典に出るという情報を掴んでいた。

「うん。そういうことに決まった」

「真夢、アナタわかってるんでしょうね?」

 志保はコーヒーを置きながら真っ直ぐ真夢を見据えた。何のことだろう? と真夢は思った。

「アナタは元I−1、それもセンターだったのよ? アナタがだらしないところをお客さんに見せたら私たちの名にキズが付くの。そこのところを忘れないでよね」

「志保……」

「まあ、真夢は大丈夫だろうけど、問題は他のコたちよね。何しろパッとしないコたちばかりだもんね、ウェイクアップガールズって。言っておくけど、アイドルの祭典は甘くないわよ? 日本全国からI−1の首を狙ってアイドルたちがエントリーしてくるの。みんなメジャーデビューを手にするために死に物狂いなのよ? 甘い考えで挑戦して無様な結果を出すくらいなら、最初からエントリーしない方が身のためよ?」

「別に甘くなんて考えてないよ。みんな真剣に取り組んでるよ。見た事があるわけでもないのに、どうしてそんなこと言うの?」

「どうかしらね。真夢たちのステージを映像で見させてもらったけど、ハッキリ言って元々レベルの低いコたちがほんのちょっとぐらい努力したって、全国のライバルたちの足元にも及ばないわよ」

「パッとしないとかレベル低いとか……私の仲間を悪く言わないで!」

 真夢は少し声を荒げて反論した。今一緒にやっているユニットのメンバーをバカにされたのでは黙ってはいられない。2人の様子を遠巻きに心配していた夏夜たちにも雰囲気が険悪になりつつあるのが伝わってきた。

「なんかあの2人、睨みあってませんか?」

 未夕が心配そうな顔をして、隣に座っている夏夜に声をかけた。

「大丈夫かなぁ、まゆしぃ……」

 後ろにいた実波も不安そうな表情で真夢たちの席を覗き込んだ。菜々美も藍里もハラハラした表情で状況を見守っていた。リーダーの佳乃だけは冷静に真夢たちの様子を眺めていた。真夢がアツくなってトラブルを起こすわけがないという、そんな信頼感が佳乃にはあったから冷静でいられた。

「悪く言ってるわけじゃないわよ。アタシは事実を言ってるだけ。アタシが見たアナタたちのライブなんて酷い出来だったわよ? 真夢1人だけが突出しちゃって、他のコたちは全然アナタのレベルに付いて来れてなかったもの。あの程度のレベルのユニットなら日本全国にゴロゴロいるわ。アタシはそれを自分の目で見てきたから言えるの。真夢が思っている以上にご当地アイドルのレベルは高いのよ?」

 真夢は黙って志保の話を聞いていたが、次第に腹が立ってきた。確かに自分たちのユニットは発展途上だしレベルもまだまだ全然低い。けれど自覚していることをあらたまって他人に指摘されるとイラッとすることもある。まして上から目線で言われたなら尚更だ。真夢は他のメンバーをバカにされている気分に完全になっていた。

「だから何? とても敵わないから止めろって言うの? 私の仲間を、ウェイクアップガールズをバカにしないで! どんなライバルがいたって、みんなと一緒なら私は負けない。私たちは負けないよ!」

 真夢はキッパリそう言うと、志保を真っ直ぐ見据え返した。志保もまた視線を外そうとはしなかった。

「だったら好きにすればいいけど、やるからには優勝して公式ライバルになってよね。そうでないと張り合いが無いわ。アナタたちが全力で来たら、こっちも全力で潰すから。覚えておいて」

 しばらく睨みあった後、志保はそう言うとスッと席を立ち店を出て行った。それを見届けるなり夏夜たちが慌てて真夢の元へ歩み寄った。

「真夢、大丈夫だった?」

 藍里が心配そうな表情で尋ねた。

「何か言われたんですか? I−1のセンターに」

 未夕がそう尋ねると真夢は、ううん、と言って首を横に振った。

「別に、大したことは話してないよ。ちょっと早坂さんのこととか昔のことを話しただけだから」

 真夢のそのセリフを聞いて佳乃は、直感的にウソだと思った。未だに自分たちに昔の話をほとんどしない真夢が、その当時の仲間と昔話に花を咲かせるとは到底思えなかった。しかも、誰がどう見ても2人は険悪な雰囲気だったじゃないかと。とても楽しく談笑しているようには見えなかったと。そう佳乃は思った。

(何か隠している。I−1のセンターに何か言われたことを、まゆしぃは隠してるんだ)

 佳乃の中で、また少し真夢への不信感がつのってしまった。

 

説明
シリーズ第15話、アニメ本編で言うと8話に当たります。8話と9話にオリジナルエピソードを加えて3ないし4回に分けて書こうと思っています。アニメ本編で9話にあたるところでは、真夢がI−1を退団するに至った理由および背景を自分なりに明確に描写するつもりです。それが正しいかどうか、原作では本当はどういった理由を考えていたのかわかりませんが、1つのパラレルワールド的に考えていただければ幸いです。半分以上書き終わっていますので、次回以降は少し早めにアップ出来ると思います。よかったら最後までお付き合いください。
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