魔王は勇者が来るのを待ち続ける
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第三話「魔王は慎重です」

 

 

 

 

 魔王は溜息を吐く。金の装飾を施された漆黒の鎧は今日も汚れがない。褐色の肌は健康そのもの。黒絹のような長い髪も風にそよぐ。深紅の瞳は意気消沈していた。

「愛を超え、宿命として勇者と決闘したい……」

「まだ言うか」

 白い頭巾を深く被った宰相。彼、または彼女は魔王の背後から現れる。ひょっこりと、あるいはぴょこんと。その小さいなりゆえ、可愛らしく映ることがあるらしい。人間のメイド達は微笑ましそうに眺めている。ただ1人を除いて。メイド達は今日も魔王城の書斎を掃除する。今日も魔王は「勇者ご招待案」という羊皮紙とにらめっこだ。

「絶賛愛に負けている魔王は、勇者を求む!」

「そんなことは置いといて、報告書です。目を通してください」

 宰相は羊皮紙を差し出す。意図的に勇者ご招待案の羊皮紙の上に来るようにだ。魔王はわかっているのか、羊皮紙を少しずらしてから読み始める。瞳だけを動かし時折「いかんな」と唸る。

「職務怠慢だな」

「そうですね」

「ここ最近のマナの濃度を記録していないのは痛いな。おしりペンペンの系で」

 宰相は短く低く「仰せのままに」と応えると、指笛を吹いた。そこに白いモヤが立ち込めると、幽霊が現れる。宰相と幽霊は二三打ち合わせする。その様子を横目に魔王は眉間に皺を作った。

「国内の観測所を抜き打ちで調査しておく必要があるかもしれんな」

「そちらも手配しておきます」

 ふと魔王は視線を背後のメイド達に向ける。間髪入れずに口を開いた。

「ああ、そこの新人君。その本棚は危険なので、掃除しなくていいよ」

「も、申し訳ございません」

 魔王の言葉に顔を青くする。そんなメイドに魔王は笑顔を向けた。

「私が説明責任を果たしていなかったからお相子だよ。ただ次からはそこは掃除しなくていい。その本棚は少々癖のある魔導書が収められていてね。下手に触ると触手が出てきて、強制繁殖行為に持ち込まれちゃうよ?」

 メイドは別の意味で顔を青くする。視線の先の本が小刻みに震えた。メイドは「ヒッ」と悲鳴を上げる。それと同時に後退りした。

「そういう本は宝物庫に叩き込んでおいてください」

 宰相が不機嫌な声垂れ流す。魔王は意に介さない。何食わぬ顔で宰相の手渡された羊皮紙を改めて眺める。そんな魔王に宰相は進言する。

「今すぐに討伐するべきです。動きが見られない今が絶好の機会です」

 しかし魔王は首を振った。羊皮紙のとある部分を指さす。

「動きがないらしいじゃないか。人が近づいてもなんら動きを示さないなら、下手に刺激するもんじゃない――」

「生きとし生けるもの全てに優しいことで」

 宰相の皮肉は聞き流し、魔王は続けた。

「――なによりマナの濃度が八割を超えている日が続いている。七割、いや六割まで下がらないと討伐隊は出せない。いや出すことを許可することは出来ない」

「それは命令ですか?」

 突如魔王の纏う空気が変わる。周りのメイドたちも溜飲を下す。

「無論だ。宰相、お前とて破れば死罪は免れぬと思え」

 宰相は片膝をついて「ハッ」と短く答えた。その様子に満足に頷くと魔王は、いつもの柔和な雰囲気に戻る。笑顔を浮かべながら言う。

「まあ、私がさくっと行って、さくっと倒せば色々と丸く収まるんだろうけどね」

「さすがに配下に仕事させてください」

「だが、カラミティモンスターを倒した凶悪な魔王っていうのは、勇者をご招待するのにいい感じの触れ込みだと思うんだ」

「ならねぇよ。命に替えてもさせねぇよ」

 魔王は心底不服そうに「えー」という声を上げた。

 

 

 

 

 

 魔王は真剣な表情をしていた。いつもと違い眼鏡をかけている。その手には筆が握られていた。筆を走らせ文字を書き連ねていく。窓から差し込む光は茜色。西日が差し込んでいた。書斎にはメイド達はおらず、魔王1人である。

 書斎の扉が開かれた。

「どうだった?」

 魔王は顔を向けずに、来訪者に問う。もちろん相手は白い頭巾の宰相である。

「大多数は納得していただけましたが、少数が反発を示しております」

 魔王は対して驚いた様子も見せない。想定していたのか、あるいは驚くことでもなかったのか。とくに感情を崩さない。

「討伐隊を出せと、猛反発しています」

 宰相はもう一度魔王に進言するが、彼は首を横に振る。眼鏡を外して、眉間に力を入れた。程なくして力は解かれいつもの表情へと戻る。

「件のカラミティモンスターが出現したのは、国境付近だ」

「と言っても我々の国の周囲は海ですよ?」

「そういうことじゃない」

 魔王は天を仰ぐ。

「災厄を運ぶ者。なんて呼ばれている彼らだが、あれも生きているだけだ」

 宰相は落胆の空気を滲ませる。鼻で息を吐くと、口を開く。しかしそれは魔王に手で制された。

「災厄を運ぶ者とさせてしまうのは、我々なのだ。ただ生きているだけなら害はない。飼っている牛達は食いつくされてしまうかもしれないがな」

 魔王は一呼吸入れる。

「今回現れた奴は渡りのモノかもしれない。下手に手を出さず様子を見る。村に出た損失は国が持つ。絶対に手は出すなと厳命しろ」

「わかりました。しかし、仮に渡りのモノだとして、いつまでいつくかわかりませんよ?」

「その時はその時だ。どちらにせよ。マナの濃度が六割まで下がらないと、手は出せない」

「撃退は考えないのですか?」

 魔王は眼鏡をかけ直し、羊皮紙に目を通す。

「今までと違って国境付近にいるからね。海があるとは言え、隣国に近い位置にいる。下手に向こうに逃げられたら戦争する口実を与えてしまう」

 彼は羊皮紙を丸めた。それを赤い糸で縛る。

「勝てる相手ですよ?」

「それでもしないことに越したことはない」

 魔王は沈みゆく太陽を、眩しそうに眺めた。その表情はどこか哀しそうにしているようにも見える。宰相もそれ以上は食い下がらず、羊皮紙を受け取ると部屋を後にした。

 

 

 

 

〜次回に続け〜

説明
60分で書くお話。
流行りの魔王を題材にしたものです。

http://www.tinami.com/view/694016 1話
http://www.tinami.com/view/694174 2話
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