コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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コードヒーローズ魔法少女あきほ編

第八話「〜激 闘〜チカラをあわせる」

 

 

 

 

 

 銀色の炎が地を焼く。その火は夜の闇を煌々と照らす。その中で銀色の炎に焼かれながら男は嗤う。周囲には絶命した戦士たちの亡骸。戦士たちの死を嗤うかのように炎が躯を焼き尽くす。

 銀色の頭髪。銀色の陣羽織のような衣服。そして銀色の瞳。銀の瞳が周囲を見下すように流れる。

「さすがですルワーク様」

「志郎か。あまり近づくな。焼かれるぞ」

 そうルワークだ。彼は不敵に笑い。燃えている自分を面白そうに眺めていた。

「ご自愛ください。この後に響くかもしれません」

「お前がいるから大丈夫だ。今回の作戦も見事だった」

 志郎は短く「いえ」と謙遜する。彼は倒れた戦士たちを一瞥し、深く息を吐いた。

「オリバー殿が万全であればこのような輩に遅れを取ることなどなかったのでしょうが、やはり左腕の負傷は悔やむところです」

 ルワークはそんな言葉に首を振って否定する。

「左腕で済んだのだ。俺も銀の太陽を使うまでに結構煮え湯を飲まされた」

 ルワークの体は傷だらけである。並外れた魔力がある彼でも魔鎧を突破されたのか、体に痣や傷を作っていた。それを忌々しそうに見つめる志郎。

「それで、あれは見つかったのか?」

「ここでは無いようです。やはり本社の方にあると見るのが妥当かと。しかし本社を襲撃するとなると……」

「いずれ敵になるのだ。俺の太陽とオリバーの武。そしてお前の智謀があれば叶わぬ話ではない」

 志郎は「はっ!」と言うと、涙を流した。それはいつもの精神を落ち着かせるものではない。歓喜から溢れでた涙であった。清々しい表情を浮かべた彼の表情が一瞬で曇る。

「主! まだ生存者が居ます」

「下がっていろ。こいつはかなり強い」

 ルワークは笑う。視線の先には4本腕の戦士が銀の炎に焼かれながら立っていた。

 

 

 

 

 

 胸中叫ぶ恐怖を押し殺す。右腕にあるビーズで出来たお守りを握りしめた。走馬灯が走り、今に至るまでの出来事を振り返る。

 最初にヒーローになることを夢としたのは、何の変哲もない誰にでもある「かっこいい」からだった。テレビで見たヒーローに憧れて、それを夢として生きた。

 一昔前までは有名なヒーローとして名を馳せていた。その名誉もあってか、順風満帆の生活が続いていたのだ。予てから恋をしていた女性に告白して、結婚した時から幸せの絶頂だった。休みをもらっては家に帰り、女と激しく愛し合ったものだ。そんな甲斐もあってか、女の子を授かった。女の子は激しいヤキモチ焼きで、事あるごとに「お父さんのお嫁さんになるんだ」とお母さんを困らせていた。それが幸せの絶頂期の最後だったのかもしれない。第二次ヒーローベイビー時代が到来し、一線で戦っていたヒーローたちは職を追われていった。そんな波に抗えず、ヒーローとして戦う死角を奪われる。。

 そこからは小石が坂道を転がり落ちるかのように、転落していった。

 元ヒーローとは言え再就職は難しく。ヒーロー以外の分野では、全くといっていいほど求められなかった。むしろ疎まれたのだ。まともな職に就くことすら出来なかった。その場しのぎが続いた。

 そんな生活に不満が爆発する。お父さん子だった女の子と、愛し合っていた女に、とうとう愛想をつかされた。家を出て行かれたのだ。

 仕方がない。そう言い聞かせた。自分が不甲斐なかったからだと。

 程なくして離婚が決まり、娘の親権は元妻が持っていった。その後どこかで男を作り、再婚したと聞いた。

 その話を聞いた時は、娘が安定した生活ができると知って心底安堵したのだ。もちろん愛していた女を取られた悔しさはあるが、それよりも娘の生活が安定することが嬉しかった。

 それがきっかけだろうか。男は企業に再就職することが出来た。といってもスターダムではなく、ローカルヒーローだ。スターダムヒーローの活躍を陰ながら支えるのが主な目的としたチーム。

 かつての経験と能力はその場で遺憾なく発揮することが出来た。

 昨日の夜。企業から転属命令が出て暗部で働いていた。危険手当に魅力を感じたのだ。転属の際に契約内容を見て度肝を抜かれた。守秘義務さえ守ればかなり収入はいい。

 ヒーローで得た経験と力をここで存分に活かせる。娘と元妻である女には新しい家族と上手くやっているだろうが、生活費を送ることができるのだ。

 昨日の夜からおかしくなった。守っていた工場を襲撃されたのだ。多くの仲間を失いながらも、撤退に成功。重要なデータ、人材も無事に守り切れたのだ。そのまま上からの命令で生き残りは昨日とは別の施設を守っていた。そこも襲撃されるとは。昨日の襲撃した奴と同じ類の能力を持った奴だ。同じ轍を踏むほど馬鹿じゃない。故に速攻したのだが、それすら無意味だった。銀色の光が見えた瞬間、敗北していた。

 全滅だろう。周囲に反応するものは居ない。スナイパーをしていた同僚はもしかしたら生きているのかもしれない。少し遠くにいたしな。

 どうして生きているのかはわからない。目の前の奴の狙いもだ。それでもたった一つわかることがある。こいつをここで逃してはダメだ。こいつはここで倒さなくてはならない。かつてあったヒーローとしての使命感が、娘の存在が俺を奮い立たせる。

「お前をここで倒す」

 

 

 

 ルワークは口を歪ませる。4本腕の戦士は間合いを詰めた。

「逃げれば見逃してやるぞ?」

 戦士は首を横に振る。

「ヒーローとして……違うな。元ヒーローとしてそれは断じて出来ない。ましてやお前は危険だ」

 その答えにルワークの顔は狂喜に歪む。

 戦士のヘッドアップディスプレイに変化が見られた。通信を受信しているという表示である。戦士は即座に繋げた。

『ブラックブロッサムです。今すぐ向かうので――』

「来るな!」

『――ですが!』

『ちょっと! 私達に見殺しにしろっていうの?』

 戦士とブラックブロッサムの会話に、割り込みが入る。ヘッドアップディスプレイには「ホワイトアルテミス」と表示されていた。戦士はルワークから意識を逸らさずに会話を続ける。

「そうだ。お前たちはこんな裏方でヘマした俺なんかを助けに来なくていいんだ」

『でも!』

「いいかよく聞け。どの道この失態は償えない。それに、いやそれ以上にだ。こいつとの戦闘の情報を送る。その記録を持ち帰り、本部で対策を練ってくれ! これが俺に出来る最期のヒーローとしての行動だ」

『……わかりました』

『ちょっと早乙女!』

「恩に着る。最期にもう一つだ。娘がヒーロー専門の学校に通っているんだ。もしも会うことがあったら――いやいい。なんでもない。後は頼むぞヒーロー」

 戦士は会話を切ると、自身の戦闘の記録を全て通信に乗せて送信を開始した。自らが人柱となり、妥当の糸口を見つけることを決めたのだ。構えを取り直し、改めて敵であるルワークを正眼に据えた。

「お別れはいいのか?」

「ああ」

 言い終わるより早く戦士は動き出す。縮地による移動で相手の死角に位置取った。そのまま機械の腕を連続で振りぬく。ルワークは飛び退いてやり過ごす。そのまま銀色の光を纏う。腕を伸ばす頃には戦士の姿はなくルワークの背後に立っていた。

 ルワークは舌打ちすると、拳の連撃を受けてしまう。

「なっ?!」

 これに驚いたのはルワークでもなく、志郎でもなく、攻撃を繰り出した戦士だった。それも束の間。そのまま攻撃を続けて相手を打倒せんとする。

 戦士はわからなかったのだが、ルワークもまた銀の炎に焼かれていたのだ。つまり戦士が思った以上に攻撃が通りやすくなっていた。

「主!」

「喚くな。ガッ!」

 右の拳が真っ直ぐに入る。そのままルワークは敷地内の地面を転がった。戦士はそのままとどめを刺そうと、機械の腕にオレンジの光を収束させる。

「いい拳だった。だが俺の勝ちだ」

 突如銀色の光が、周囲を照らす。戦士は咄嗟に頭上を見上げた。その視線の先には銀色の太陽が顕現。夜の闇を照らした。

 ルワークは銀の炎に焼かれながら嗤う。

「俺の勝ちだ」

 

 

 

 体から熱が引いていく。力も抜けていく。目を開けるのも辛い。俺は死ぬんだな。

 徐々に狭まる視界。そんな視線の先に、右腕が転がっていた。娘が作ってくれたビーズのお守りがバラバラになって、地面を転がっている。銀の炎がビーズを燃やそうと近づいていた。

 あれだけは守りたい。これを掴んで死にたい。

 そんな一心から、右手を伸ばそうとするが、右手が動かない。そこで初めて理解する。肩口から右腕がなくなっていた。

 右腕が転がっているんだから掴めないのは当たり前か……くそっ

 意識がさらに遠のいていく。

 左腕は動く。左腕でビーズに手を伸ばす。

 どうか……あいつらに……幸せが続きますように……あの娘にいい結婚相手が見つかりますように。どうか未来に幸があらんことを。

「最後にもう一度ヤキモチ焼いて欲しかったなぁ……」

 

 

 

 伸ばした左手は地面に落ちる。ビーズに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 宵闇の空に空色の女性がいた。チャイナ服を思わせる衣服も、髪も、瞳も、指輪の宝石も空色。

「まさかここまで弱いとは」

 グラキースは目の前の少女たちに落胆を示す。

 エイダの拘束魔法でようやく動きを封じられた魔物。スライム状の魔物である。しかし分離、変形、などを駆使した。あっという間に拘束魔法からすり抜ける。

 さらに水青が放つ水の魔法を吸収した。スライムの中心部が青く輝く。軟体な性質、かつ属性を吸収し対応するという体質を持っていた。あまりの変化の早さに明樹保達は対応が遅れる。

 グラキースの眼下でスライムが拘束している体を分裂させて、体の自由を得たところ。如何にエイダの援護があろうとも、意味を成していない。最大攻撃力を持つ魔法少女たちが対応できてないのだ。即座に分離していた体を合体。再度巨大化し、体からハリネズミの針が飛び出るかのように、表出させた。間髪入れずにそれを全方位に撃ちだしていく。明樹保たちはそれらを個々に受け止めようとして、触手の濁流に飲まれて吹き飛ばされていく。さらに追撃で触手を鞭のようにしならせて打ちつけていく。

「私の配下ではあるが、なかなかえげつない」

 

 

 

 こいつが生まれた時はかなりバカにされたものだ。イクスなんかはしばらく見るだけで爆笑する始末。まあでもわからなくはない。私もかなり落胆をした。見るからに貧弱そうな上、機動力はかなり劣悪。的にしてくれと言っているようなモノだ。実際に魔物達でヒーローの施設を襲った時も、私の魔物が最初に討ち倒される事がほとんどだったらしい。

 だが、この魔物の真価は対エレメンタルコネクターで発揮されるのだ。攻撃を自身の体内に吸収し、それを跳ね返すことが可能。さらに今の戦闘でわかったことだが。光と炎以外の属性は吸収が可能。かつその属性をしばらく維持することができる。

 そもそもエレメンタルコネクター同士の戦闘なんて経験が無い。だからここで彼女たちと戦闘出来たことは幸いだろう。おかげでスライムの特性がわかった。

 このまま倒してもいいな。そんな気さえする。

 当初、この戦闘は彼女たちの力量を測るためのモノだった。他人から聞いた強さより、自分で見て判断する。そう考えさせたのだ。アネットが魔障で倒れてからしばらく経っていたこと、志郎から聞いた報告だと、その間に反ヒーロー連合とも数度こちらで戦闘行為をしたと聞いていたので、かなり最悪の事態を想定はしていたのだ。

 が、それは取り越し苦労に終わった。スライム状の魔物が思ったよりエレメンタルコネクター泣かせな能力を持っているというのもあるが、伸び代はあるにしろ、弱い。後のことを考えると今ここで、このまま倒してしまおう。

 油断なく万全を期して倒すため、私も戦闘に加わることにした。

「エイダがいるから、その点は気をつけないと」

 彼女の性格上、真正面から挑むのは馬鹿を見る。この街には彼女の罠が仕掛けられているだろう。

 

 

 

 

 

『避けて! 上空から攻撃が来るわ!』

 エイダの念話が明樹保達の頭に走る。直後に彼女らはスライムの攻撃をかいくぐりながら、デタラメに動く。元いた場所に氷の杭が深々刺さっていた。

グラキースはスライムに苦戦する明樹保達を上空から襲ったのだ。彼女の周囲に氷の杭が顕現する。それらは空気を斬り裂き降り注ぐ。彼女たちの命を刈り取る氷の雨。彼女たちの目の前にいるスライムは氷の杭をくらい、属性が変化する。空色を内部に内包する。直後に氷の霧を周囲に撒き散らす。

 鳴子の悲鳴が聞こえた。彼女の足が地面にくっついてしまったのだ。

「暁美!」

 凪の叫びに暁美は反応する。走りだすが、邪魔が入った。彼女は迫り来るスライムの触手を全て受けながら鳴子の元へ駆け寄る。即座に炎で周囲を炙る。上空からの攻撃を凪が、スライムからの攻撃を水青とエイダが防ぐ。

 グラキースは上空で嗤う。今の彼女からすれば完全な的である。氷の塊が彼女の頭上に顕現した。その大きさは街ひとつを簡単に潰せるほどの大きさ。それを見せつけるように浮遊させる。その間も氷の杭は降り注ぐ。スライムはいつの間にか属性が失われていた。

 水青は水の魔法を打ち込むが吸収されてしまう。暁美は間髪入れずに炎を浴びせた。スライムは過敏に反応する。自身が内包していた水の属性を全て出しきって、炎の攻撃を相殺させた。

「鳴子大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」

 鳴子は首肯する。ようやく動けるようになったのか。彼女はしきり足を動かして確認している。エイダが大丈夫な旨を伝えた。

「さようならエイダ」

 グラキースは勝利を確信して、口元を歪めた。氷塊が彼女ら目掛けて落ちていく。頭上の氷を迎撃しようと彼女らは構えるが、スライムがそれを許さない。猛攻によりエイダ達は迎撃の態勢が取れないでいた。

 桜色の光が周囲を照らす。それはグラキースの背後から立ち上る。氷塊を貫き、天を穿いた。グラキースは慌てて振り返る。桜色の光の発生源にいるのは桜川 明樹保だ。彼女は光を発生させた腕を振りぬく。光線を振り回して氷塊を霧散させる。氷塊が消えたのを確認して、明樹保は叫ぶ。そのままグラキース目掛けて光の束が振り下ろされたのだ。

 グラキースは咄嗟に地面に急降下。そこで彼女は眼を開く。

(しまった?!)

 グラキースはエイダの罠を警戒して地面に降りなかったのだ。攻撃を避けるためとはいえ、彼女は地に足をつけていた。頭上の光が思った以上に近くに感じたのらしく。飛ぶことへの抵抗が、次なる行動を遅らせる。それはエイダが魔法を発動させるには十分すぎる間だった。

 若草色の光が迸る。グラキースは若草色の鎖に拘束された。暴れるたびに鎖が増えていき、彼女は身動きが取れない状態になる。

「くそっ!」

 桜色の光が迫った。エイダ達はすでにスライムを振り切り、射線上から十分すぎるほど離れている。明樹保もそれがわかっているのか、振りぬくことに迷いはない。しかし彼女の表情は刻一刻と悪くなっていく。

 街を照らす桜色の光が徐々に弱まっていく。そして霧散した。それはグラキースを飲み込む手前でだ。すでにエイダの拘束魔法はなくなっていた。明樹保の魔法か、はたまた敵が拘束を解いたのかわからない。明樹保は反撃を覚悟して顔を青くする。

 しかしいつまで経っても反撃は来ない。明樹保は恐る恐ると相手の様子を見る。彼女の視線の先には彼女以上に顔を青くしたグラキースがいた。彼女は自分の体を確認している。

 

 

 

「なんだこれは……」

 攻撃には当たらなかった。当たらなかったのだ。

 光の魔法の影響か、エイダに拘束されていた鎖は消えている。手のひらを確かめるように握ったり開いたりを繰り返す。

 しかし自身の体を覆っていた魔鎧が消え失せていた。しかも一向に回復する気配はない。魔障がないのが唯一の救いだった。

 かすりもしていない攻撃でここまでの威力に体が震える。アネットは――当たらなければどうもこうもない――と言っていた。だがこれは違う。当たってもかすってもダメなのだ。余裕を持っての回避。それが出来なければ……。

 今私が抱いている感情は純然たる恐怖。目の前の少女はそれを理解しているのだろうか。この力はまるで――。

 動きが完全に止まってしまう。傍から見ることができれば、2人だけの時が止まってしまったのではないか。そう思っただろう。

 だが、その沈黙は意外な形で壊される。

 私の頬をオレンジ色の光が焼く。本能的に地面に飛びつくように転がる。直後に自身がいた場所に無数の光弾が地面をズタズタにしていく。

 受け身など考えない飛び込みだったので、あちこち擦り剥いていた。反撃しようと構えて、魔鎧がないことを思い出す。

「ちっ!」

 魔鎧がなければ氷で自身の体を傷つけてしまう。

 敵はこの地にいるタスク・フォース。その絡繰を纏った戦士たち。志郎の教えてくれた通り、彼らにとってここにいる全てが敵らしい。

 視界の端で敵のエレメンタルコネクターも攻撃をされていることを確認。

 確か志郎は、彼らと敵対行為をなるべくする必要はないと言っていたな。走りだす。魔法の恩恵を受けにくい状態故に、思った以上に早さが出ない。

 身構えた桜色のエレメンタルコネクターを一息で飛び越える。

 まだ生きている探査魔法で周りを即座に調べた。こちらに向かってきている数は50を超えている。

 全戦力を投入か。光栄に思うべき否か。魔物の鼓動は弱くなっているが、置き土産にはちょうどいいだろう。そもそも今の状態の彼女たちに彼らとスライムを相手にするだけの力が残っているのだろうか。いや、ないな。1人2人削れればよしとしよう。

 

 

 

 極力敵と遭遇しないルートを選びながら彼女は戦線から離脱した。

 

 

 

 明樹保の魔法でダメージを与えたとはいえ、スライムの猛攻は止まなかった。

 目の前に黒より黒い線が走る。触手がアスファルトをえぐっていた。

『タスク・フォースにこいつを任せて下がるわよ』

 しかし彼女たちの反応は鈍い。たぶんこいつを残して下がることに良心が許さないのだろう。だが、今の彼女たちのままではこいつを倒せない。魔力を消費しすぎた。たぶんこのまま戦えば誰か死ぬこととなる、そして、その後のことを考えれば、必ず詰む。

 そう……タスク・フォースから逃げることも考えなくてはならないのだ。

 つまり今しがた逃げたグラキースのように、即座にこの場を離れるべきなのだ。

『だけどこいつを残していくのは』

『できません』

 暁美と水青の言葉に、他の3人も同意の声を上げた。

『私達全員で力を合わせれば倒せる』

 明樹保たちはわかっていないのだ。今がどれだけ危険な状況か。エレメンタルコネクターは確かに強い。だが、それは万全な状態、相手も自分も常に同じ境遇でのこと。エレメンタルコネクターと言えど、矢に射たれて死ぬことはある。

 探査魔法を見ると5人は魔物に向かって動き始めていた。

『偉そうなことを言わないで! 半端者が!!』

 私の叫びに5人の動きは止まった。

『自分自身の見も守れないで何が魔法少女なのか! 貴方達はここで戦わなくならない正義のヒーローでもなんでもないのよ。貴方達には普段の生活も送らないといけない義務があるの。だから、ここは下がりなさい。貴方達をこの戦いに巻き込んだ私には、貴方達が普段通りの生活を送れるようにする義務もあるの……だから、お願い』

 最後の方は懇願だ。そんな言葉に5人は渋々ながら理解を示してくれた。

『ここで犠牲が出たらそれは私のせいだから、私を恨みなさい』

 

 

 

 そんなつもりじゃなかった。ただ守りたいっていう一心だった。でも、きっとエイダさんにはそんな風にではなく、私達が危険な行為をしているように見えたんだと思う。

 たぶん大ちゃんも同じようなことを言ったに違いない。

 今の私たちの状況はよくない。私は魔鎧があるとはいえ、魔法は行使できない。他の4人は使えても体に負った傷とか疲労が大きい。

 半端者だね……。

『探査魔法で調べたわ。02のところから脱出する』

 エイダさんも言っていたけど、02のチームの人達は私達に友好的だ。何度か戦闘した時もこちらに積極的に攻撃はして来なかった。その上追いすがる味方を止めたこともあったぐらい。だから、この決定に反対はない。だけど……。

 家々の残骸が空を舞い、コンクリートが砕ける轟音が響き渡る。

 後ろ髪を引かれながら、戦場を駆け抜けていく。眼前には02のチームの人たち。案の定攻撃はまばらで全然当たりもしない。素人の私が見ても当てる気がないというのがわかる。私たちはそこを一点突破で抜けようとした。

「この化け物どもめが。殺してやる!」

 左肩に08。白を基調とした6人6色のボディ、バイザー。一昔前にテレビで見た特撮番組で使うような光るラインが走る大きな銃。

 08のチームがそれをこちらに向けて容赦なく撃ってきた。

 光弾は余裕で避けることはできるし、当たっても魔鎧に弾かれる。だから無理矢理突破することはできた。だけど、言葉は心に刺さる。

 02のチームがいる場所に08のチームが駆けつけたのだ。

 化け物。そんな言葉に胸が痛み出す。脳裏には先日焼いた街。今まで起きた戦闘の光景。犠牲になっていった人達の姿。

 私達がいなければあの人達は被害に合わずに済んだのではないか?そんな考えが胸中を過る。

 皆の顔も沈んでいた。更に罵声が飛んでくる。

 覚悟していたつもりだった。だけど、これは予想以上に胸に、心に刺さる。視界もぼやけていく。

 泣きそうになるのを必死で堪えながら、強引にその場を突破した。

 背後からは刺さる言葉が追いすがってくる。

「足を止めちゃダメ!」

 無意識だった。私はそんな言葉に足が止まってしまう。

 私は……私たちは……。

 言葉が突然止む。なんだろうと振り返ると、スライムが迫っていた。

 音を超えた鋭い音が、黒い線を走らせる。触手の殴打でタスク・フォースの面々が薙ぎ倒されていた。戦士たち塵芥のように撒き散らされる。体に纏っていた装甲がひしゃげていた者もいた。中には民家を突き抜けていった者もいる。触手が肩口に刺さり、鮮血を流す者も。

「ぐ、ぐぁああ!」

「で、できないよ……こんなの置いて逃げたくないよ!!」

 私は泣いた。このままじゃここにいる人が死んじゃう。また誰かが私達の前で死んじゃう。

 悔しい。何も出来ない。何も守れない。そんな自分に悔しくて悔しくて、自然と涙がこぼれた。

『明樹保……』

『わかってる』

 逃げなくちゃ……わかっている。でも――。

 それでも足は言うことを聞かない。良心が私を責め立てる。

 眩しい光に視界が霞んだ。なんだろうと振り返る。そこに暗闇の中にいてもなお黄金に輝き続ける姿があった。

 騎士のような甲冑。頭はなんだか龍を兜にしたような。マスクの下顎から鋭い牙が天をついている。真紅の瞳。

「黄金の戦士!」

 暁美ちゃんの言葉と同時に、全員が身構えた。一度はやりあっている中。もしかしたら彼も私達を倒しに……?

 押しつぶされそうになるような重圧に息が詰まる。ここでやりあえば私たちは負ける。

 そんな私達を見て、黄金の戦士は「ふん」と息を吐くように笑った。

「あのスライムを倒せばいいのか?」

「えっ? どうして?」

 意外な言葉に聞き返してしまう。

「だから! このゴールデンドラゴンナイトが、あのスライムを倒せばいいのかと聞いているッッ!!」

 ゴールデンドラゴンナイト? それがこの人? 戦士の名前?

 あまりのも突拍子もなくて、理解が追いつかない。そもそもこの人と話し合えたことにも驚いている。

「え、ええ。お願いできるかしら?」

 いち早く正気に戻ったエイダさんは黄金の騎士と言葉を交わす。

「任せておけ。このゴールデンドラゴンナイト!!! あんなスライムごときで負けるような男ではない!!! って、猫が喋ったぁああああああああああああッッッッ!!!?」

 先ほどまでの威厳はどこ吹く風。物凄く飛び退いて驚いていた。「おお、すげー」とか言いながら、エイダさんを持ち上げては、隅々まで見ている。エイダさんもなすがままになっている。

「お、お願いできるのかしら……」

 エイダさんも困惑したような顔になった。

「お、おほん! 任せておけ。どちらにせよあんなのを野去らせておいたら、うちのお袋に危害を加えかねん。そして何より敵である奴らを見て涙しているお前らに親近感を覚える。任せろ。必ず倒す。だからさっさと行くがいい」

 黄金の戦士は、スライムの反対側を顎で指す。手に黄金の短剣。どこからか抜かれていた。スライムがこちらを再度ターゲットとし、動き始めている。

「ありがとう」

 そんな言葉に、彼はサムズアップをして敵に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

「ここなら安心ね」

 明樹保たちは肩で息をしながら、その場にへたり込む。

 大分離れたところにある丘で、先ほどの場所に視線を向けた。黄金の旋風が吹き荒れている。それはあの戦士が勝利した証拠だろう。とりあえずあの金ピカには感謝しなくては。そして彼の評価を改めるべきだろう。

 

 

 

 しかしそれ以上に、早めに対処しなければならないことがある。エイダは大きい溜息を漏らした。

 

 

 

 

 

「おい佐藤。もうちょっとこっちだ」

「うっす先輩。こうっすか?」

 ラグビー部の部長と、佐藤君はかなり意気投合したようで、なかなか楽しそうに家具の設置をしている。もちろんこの家具は文化部が部活動の一環として工作したもの。という建前である。

 斉藤君はというと、顔は元々悪くなかったのと、手先が器用、おまけに性格も明るくなったおかげで今回参加した女子に人気を得ていた。

 今も細かい装飾を手伝っている。

 あのリーゼントさえなければもっと人気を得られただろうに。

 屋上を見渡した。

「すごいね」

「たったの2日だもんね」

 私の何気ない言葉に明樹保は同意する。

 ラウンジが出来た。出来てしまった。しかも雨風対策ばっちり。机や椅子もあるから、向こうの屋上よりかなり環境は良い。

 その他諸々すべて廃品の再利用。廃材でカバーしきれないものはゆう君の財布から。

「ここって他の生徒もいいのかしら?」

「不良たちの憩いの場ってことになっているけど、もちろん他の生徒にも解放するさ」

 ゆう君は美術部の女子に利用の注意点なども、加えて説明していく。

 不良たちの憩いの場とは言い難い。はっきり言って綺麗だし。便利だし。また生徒会長に追い出されないか不安ではあるけど。

 鈴木君が近くに歩み寄って来た。尊大な態度で口を開く。

「今回の作業で多くの生徒を参加させただろう? あれはな、不良たちは実はいいやつですよアピールってやつも含めてあるんだ」

 鈴木君は両手に腰を当て、さも自分の手柄のように誇らしげに屋上を眺めている。

 なるほど。確かに。これなら生徒会長と言えど簡単には手出しできないはずだ。

「それに紫織生徒会長も、そこまで鬼じゃない」

「そうなの?」

「まあな」

 鈴木君は大仰に身振り手振りで話を続けていく。そんな様子に私は少し首をすくめる。

「ああいう形にはなったが、一応裁定に関しては平等に見た結果だ。他者に与える影響とかを考慮した上で動いたんだろう。何が原因かわからんが精神的に追い詰められているから、少し事態を急いでしまう傾向にあるな」

「なるほど」

 しばらくラウンジを見渡す。

 さっき立ち聞きしてしまったのだが、佐藤君はラグビー部の部長さんに部に勧誘されていた。彼も突然のことで困惑した様子だったけど。でもそういうのが積み重なっていけば、生徒会長も納得してくれるはず。

「ふん。何やったって不良は不良だろ」

 烈君だ。朝から不機嫌そうにしていた。こういう時は自分にとって気に食わないモノに関してとことん突っかかっていく悪癖がある。そしてそれが大抵対人関係を悪化させるのだ。後でフォローする私達の身にもなってほしい。

 鈴木君は目つきが鋭くなった。この後の事態を理解して深い溜息を吐く。そして手近な女生徒をとっ捕まえて、すぐに立ち去るように忠告した。

「なんだ? ご機嫌斜め46度ってか?」

「はん! クズはクズだって言っているんだよ」

 さすがに私も怒りたくなった。

 烈君の態度の豹変に他の生徒も気づいてか徐々に距離を起き始めていく。

「そうだな。クズは自分からクズだと言うっていうのは本当だったみたいだな」

「あぁん? やるのか?」

 周りの空気が一気に冷えてきた。このままじゃ喧嘩が始まっちゃう。止めてもらうために、ゆう君を探すと、女子と楽しそうに話をしていた。

 こんな時に何やっているのよ、もうっ!

 急いで近寄り、耳たぶを引っ張ってこちらに注意を引き付ける。

「ゆう君2人を止めてよ」

「え? ああ……。まあ出来て初日にここで喧嘩されるのも後味が悪いけど、ここで止めてもな……」

 ゆう君は2人に対して「モノだけは壊さないようにね」と素知らぬ顔をした。

「え? えぇえ?! そ、それだけ?!

「なんで――」

 言われた烈君は、鈴木君ではなくゆう君を睨みつけている

 足取りが早く、あっという間にゆう君の前まで迫っていた。

「なんでいつもお前はそう涼しそうなんだよ!」

 烈君はゆう君の襟首を掴み。顔を寄せて睨みつける。

「それともあれか? また臆病風に吹かれてか?」

「烈。前にも言っただろう。イライラして、視野が狭くなるところは悪い癖だよ」

 やんわりとした声音。けど烈君はそれすらも癪に触ったのか、目が血走っている。

 今にも喧嘩しそうだった。いやこれはもう喧嘩が始まる。

 結局のところ烈君は誰かに苛立ちをぶつけたいのだ。だから、どうしようもない。でもだからといって緋山さん、斎藤君や佐藤君をクズ呼ばわりしていいわけがない。

「烈君それ以上は――」

「いつもいつもそうだ! お前はいつも関係ありませんっていう顔をしやがって! 今何が起きているのか知ってて何もしない!」

 何を言って……。

「それ以上は不味いんじゃないか?」

「うるさい!」

 烈君の拳が見えなかった。空気が切れる音がしたと思ったら、すでに拳はゆう君の横を抜けていた状態。いや、抜けたんじゃない。たぶん避けたんだろう。その挙動すら見えなかった。烈君の体には青白いラインの様なモノが走っている。すぐにそれがスキルデータを打たれたモノの証。スキルラインだと気づいた。彼は今この一瞬でヒーローとしての力を全力で振るったのだ。

「何をバカなことを!」

 だから、つい言葉が口から飛び出てしまう。

 烈君は何されたのか理解できてない様子だった。地面に転がっている自分の状態に遅れて気づいたようだ。

「いつかその視野の狭さで、大切な何か失うかもしれない。気をつけたほうがいいよ」

 いつものこと。そんな様子でゆう君はさらりと言う。対して烈君は苦虫を噛み潰した顔になった。

 烈君もゆう君もヒーローの親を持つ。だから親から基礎能力を遺伝している。故に常人では考えられないほど並外れた身体能力を持っているのだ。

「だからって今までやってきたことが消えるわけじゃないだろ! そういうのを――」

「はいはい。わかったわかった。これ以上は聞かないし、何も言わないから――」

 いかにも面倒臭いですと言った態度でゆう君は続けた。

「――時には落ち着いて周りを見よう。な!」

 烈君は改めて周りを見て、バツが悪い表情に変わった。

 

 

 

 

 

「でも実際は冨永の言うとおり、不良ではあるのは事実だしな……」

 暁美の表情は暗い。暁美だけではなく、その場にいる全員が暗かった。昨日の化け物と半端者。屋上の出来事さすがに堪えたのであろう。

 教室には生徒がまばらである。誰もが中間テストのために家路に急いでいた。もちろん中間テストだけではない。

「昨日も光ったな」

「ああ」

 坊主の男子生徒と髪を人工的な金に染めた男子生徒の会話だ。そこに眼鏡をかけた男子生徒が加わり「あれは魔法少女の仕業なんだよ」と会話に割り込む。彼らは会話は盛り上がっていく。そのまま教室を後にした。そんな会話は明樹保達にも届いており、さらに表情を暗くする。

 直は溜息を吐いた。

「黒い霧の次は桜色の光ね……。一体何が起きているのやら」

 わずかにだが明樹保の肩が反応する。直は視線の端でそれを確認した。

 明樹保達は深い溜息を吐いた。

 そして何より一番気分を落としているのは――

「中間テストどうっすかなぁ……」

 暁美は先程より重く深い溜息を吐いた。その背後で斉藤と佐藤は大きくうなだれた。ちなみに不良が屯しているが、明樹保達のクラスメイトは特に怯えたりする様子を見せていない。

 彼らにとっても判断がつかないのだろう。人は似たもの同士が集団を作る傾向にあるが、明樹保達のグループはバラエティ豊かである。そう危険なのかそうじゃないのかさっぱりわからないのだ。

「お姉さまぁ〜私が教えてあげますわぁ〜」

「頬をこすりつけるな!」

 白百合を振り払おうと暁美は動きまわる。そのまま躓いて床に転がった。これ幸いに白百合は暁美に猛アタック。そんな様子に残っていた生徒たちの空気は確実に和らいでいった。これ幸いと斉藤と佐藤は直の足に飛びつく。彼女は叫びながら暴れる。

「須藤ぉー!」

「俺達もー!」

 2人は「勉強を教えてくれー」と叫ぶ。そして直がバランスを崩し、視線を上に動かしてしまう。

「「あ、白……」」

「わあああああああっ! って! スカートの中見るな!!!」

 間髪入れずに水青と凪が手刀を叩き込んだ。激痛に2人は床をのたうち回る。「不良達 は 倒された」という言葉と共に斉藤と佐藤は床で屍のように動かなくなる。

 そんな教室の中に1人の女生徒が入ってきた。彼女は明樹保達の集団を眺めながら、目的の場所まで歩んだ。そこには女生徒3人がいた。彼女は「めんごめんご」とまっていた友人たちに言う。そんな女子4人となった集団は「勉強会」なる言葉を連ねながら話を進めていく。その言葉に反応したのが、躯ごっこしていた2人だ。

 即座に土下座。斉藤と佐藤はハモリながら言う。

「「すいませんしたぁ! それはさておき勉強会の開催を申し上げたい次第」」

「スカートの中見ておいて、いい度胸だなおい」

「でも私も勉強会というものをしてみたいです」

 水青は好奇心いっぱいといった様子。目がキラキラしていた。純粋に友人たちと勉強会を開催することに興味が有るのだろう。そこに鳴子の不安そうな声が漏れる。

「私もちょっと今回は不安かも」

 水青は好奇心から、鳴子はたぶん不安から、勉強会をすることに反対ではない様子。凪だけは微塵も動揺がない。「きっと今回も満点なんだろうなぁ」と誰もが思っていると、彼女は口を開く。

「少しやばいかも」

 その言葉は教室に残っていた全員を震撼させた。「なんだってー!」と生徒たちは叫んだ。

「う、嘘だろ?」

 暁美は信じられないという様子。凪をしきりに見つめた。対して凪は変わった様子はない。動揺もなく「どうしようか?」とマイペースだ。

「え、ええ凪ちゃんが?」

「葉野さんまでも」

 鳴子と水青は少し動揺した様子だ。特に鳴子は自身にも影響するから、慌てふためいている。毎回凪を頼りにしていたらしく「どうしよう」と小さくつぶやいていた。

「レースの白だったなぁ」

「いいもん見れたな」

「おい待てやお前ら」

 鈍い打撃音が2回教室に響く。

「お姉さま好きです」

「だ、か、ら! 今は勉強どうしようって話だろうがお前らァ!!!」

 飛びつく白百合を、投げ飛ばす。彼女は新体操もびっくりな動きをして着地する。

 そこに先ほど教室に入った女子生徒が明樹保に声をかけた。

「明樹保達も今回不味いのか?」

「わこちゃんも?」

 わこと呼ばれた女子生徒は即座に否定する。

「か、ず、こ! 和子だ! 早乙女と同じで茶化しているのか?」

 明樹保は「えー、わこちゃんの方が可愛いよ」と言う。しかし和子はそれを頑なに否定した。時折「犬みたい」や「恥ずかしい」と言っている。

「凪と鳴子も危ないの?」

 凪は「そうよ」と答えた。隣で鳴子も首肯する。和子とは知り合いなのか、鳴子人見知りをしない。和子の後ろにいる3人もクラスメイトなので特に挙動不審になることはなかった。

「そちらもですか?」

 水青には以前のような壁は感じられない。その対応に和子と後ろの3人が驚いていた。気を取り直して和子は話を続ける。

「ああ、不味いんだよ。黒い霧とか言い訳して遊んでました」

 その言葉に斉藤と佐藤も同意していた。直はそんな2人に「お前ら」と凄む。和子の後ろにいる3人も深刻そうな顔をしている。

 斉藤と佐藤達は「もう勉強会開くしかないじゃない!」と騒ぎ立てる。そんな喧騒に直は呆れた。

「もうっ! わかったわかった! みんなで勉強をしよう!」

 

 

 

 

 

「あ、烈君……」

「ぐっ!」

 私達と遭遇して、物凄くバツが悪い表情になる烈君。

「やあ、君たちもここに?」

 そんな烈君の代わりに、福士 流君が一歩前に歩み出た。彼も烈君と同じくヒーローの親を持つ。

 流君は表情を努めて明るくしている。

 さすがに屋上での一件はすでに耳に入っているみたい。「奇遇だね」とニコニコしているけど、モミアゲをいじる癖が出ている。それをするときは彼が嫌だなって感じている時の癖だ。なんとかフォローしようとしている。

 私たちはあの後「どこで勉強するのか?」という問題に直面。ちなみに教室に残るのは如月先生に却下されている。あれこれ悩んだ結果、家がでかい大ちゃんの家にすることになった。そこならここにいる全員が入っても余裕な広さはある。さらに大ちゃんも巻き込めるので、きっと勉強が捗るはず。

 そして今現在。烈君を含む6人の男子と遭遇。大ちゃんと同じくヒーローの卵育成プロジェクトに選抜された、二世ヒーローのみんなである。そんなこともあって、私は烈君以外とも親しい。

 ここに烈君たちがいるということは――

「みんなも試験勉強するの?」

「ええ、ちょっとばかり追いついてなくてね」

 流君は「それでここに」と苦笑いした。

 双方、なんとなく居心地が悪くて沈黙する。流君は何か思い出したかのように、はたまたその沈黙を破ろうとするかのように言葉を紡ぐ。

「斉藤、後で話があるんだが?」

「あ? 俺に?」

 流は「早乙女にもあるんだが……」と話していたが、重い雰囲気に押しつぶされ、結局黙ってしまう。

「断る!」

 そんな沈黙を拒絶の言葉が打ち砕く。

 大ちゃんの声が横から飛んでくる。でも大ちゃんの家の向かい側からである。アパートで何かあったのかな? 大ちゃんはアパートの門戸に立っていた。

「まだ何も話していないだろう?」

「俺と斉藤が該当する話なんて1つくらいだろう」

 流君は「むぅ」と黙ってしまう。そんな様子を大ちゃんは気にも留めない。

「しかし今日は客が多いな。わこと晴山達も来たのか」

 お客さんが多い? なんだろう。

 首をひねる私の横でわこちゃんが「和子だ! 和子!」と抗議していた。

「そんなことより、どうしてそこにお前が?」

 家ではない門戸に立っている大ちゃんに、暁美ちゃんたちはわけがわからないといった感じだ。

「ジジイが大家しているアパートなんだがな。まあちょっと問題があって今対処してたところ」

 大ちゃんのおじいちゃんが大家さんをしているアパートである。といっても管理はほとんど大ちゃんが行なっているのが現状。

 大ちゃんは鳴子ちゃんを見つけると「ジジイはまだ忙しそうだから、もう少し待ってね」と言った。

 鳴子ちゃんと大ちゃんのおじいさんを会わせるんだ……。大丈夫かな……。鳴子ちゃんが。

「あのゆう君。試験勉強をしたくて……」

「こっちもだ」

 直ちゃんと流君はどこか気にした様子。

 首を捻るが、打開案は出てこない。この空気のまま勉強は辛いな。

「いいよ。そうだ雨宮。彩音さんはどうしたの?」

「はい。たぶんそこら辺に」

 水青ちゃんの指差す方向を走り抜ける車。大ちゃんは「あいよ」と告げるとポケットから携帯を取り出し、連絡をとり始めた。

「え?! 彩音さんの電話番号知っているんですか?」

 水青ちゃんは信じられないという表情になる。というか私も初耳だ。

「暁美と葉野と神田がやりあった時に色々あってそれでね。どうせ走り回っているぐらいだったら家に来たほうがいいだろう。もしもし?――」

 大ちゃんは自身の家の門を開き、玄関まで先導しながら「後でこっちに来るそうだから」と、付け加える。そして玄関を開く。

「さあ入った入った。試験まで時間はないよ」

 言って入るけど、特に慌てた様子も見せない。

 大ちゃんは扉を押さえつけて手招きする。それに従って全員は家の中にぞろぞろと入っていった。

 見慣れない靴がすでに3足分ある。

 ああ、だからお客さんが多いって。いや私達が来た時点で多すぎるよね。でも誰だろう?

 急いでリビングに向かうと、鈴木君たちがすでに勉強をしていた。

「鈴木君に弓弦さん、秤谷さん」

 確か、次期生徒会候補だ。

「何? また内緒で作戦会議?」

 凪ちゃんは訝しむように部屋の中を眺める。それを鳴子ちゃんがおっかなびっくりという様子で見つめていた。

「なんだお前たちもか? しょうがない机を出すか」

 鈴木君は勝手知ったると言わん様子で、机を引っ張り出す。

「全部で何人かしら?」

 弓弦さんが人数を数えていく。秤谷さんは鈴木君と一緒に机を組んでいく。

「23人だね」

 大ちゃんは数を瞬時に伝えた。

「OK。じゃあ飲み物を用意しちゃいましょう」

「あいよ。勝手に席についててくれ。それと飲み物のリクエストはあるかい?」

「ない……かな?」

 

 

 

 全員が頷く。そして思い思いの席についた。23人いても、なおリビングに余裕がある。

 特に注文するものもないことを確認してキッチンに消えていく。

 弓弦 愛華も優大の家に慣れているのか、どこに何があるか把握している。明樹保はそんな様子に少し驚いていた。

 優大達は飲み物を用意し終えたので、勉強道具を取り出す。そこで愛華は勢い良く立ち上がった。

「大ちゃん。じゃない早乙女君待った!」

「んー?」

「私の名前は弓弦愛華です。次期生徒会長目指しているんでよろしくね」

 いきなりの自己紹介。みんなが呆気に取られているが、愛華はお構いなしだった。笑顔で秤谷凛に促す。

「秤谷凛です。よろしく」

 渋々といった様子。しかしそれは明樹保達にではなく、隣にいる友人、愛華に対してだ。短く溜息を吐くと、視線でジョンに続けろと言う。

「この俺はジョン・鈴木だ!」

「早乙女優大です。よろしく」

 そこで愛華は優大を捕まえ、他の面々の紹介を頼んだ。明樹保達をさらりと説明していき、烈たちの番となる。

「面倒だから、右から順番に冨永烈。福士流。伊藤旋。大岩迅。渡辺大。藤井夜。俺と同じヒーローの卵育成計画に選抜された6人。たまに遊んだりしているよ」

 紹介された6人はそれぞれ会釈する。優大は「ちなみに」と話を続けた。

「烈が屋上で不機嫌爆発で、今変な空気になっているのはそれ」

 愛華と凛は「なるほど」と首を縦に振る。烈は居心地が悪そうにしているが、特にそれ以上の詮索はなかった。

「んで、派手な格好しているのが晴山晴美、オカッパ頭で眼鏡が小田久美。おっとりしているのが城ヶ崎咲希。クラスメイト。で、元クラスメイトだった浅沼わこ」

 和子は一拍もおかずに訂正した。「和子だ! 和子!」

 晴山晴美は世間一般で言うギャルと言われている容姿だ。髪は金色、目に青いカラコン。長めの付け睫毛を付け、化粧もしている。左サイド髪をシニョンを型取り、大きな水玉柄のリボンをつけている。

「そっか。オサレ番長とスケバンがうちにはいるんだね」

 鳴子のつぶやきに晴山晴美が笑う。「そうだね」と言いながら教科書を開いた。スケバンと言われた暁美はオサレ番長を上から下までまじまじと見ている。

 小田久美の髪はショート。前髪はオカッパ頭状態だ。太いフレームの眼鏡に指を添える。そして位置を正す。背は小さく。今いる中で一番小さい。

 城ヶ崎咲希はニコニコしながらノートを取り出す。髪は黒く長い。一部を後ろで結っている。

 浅沼和子はミディアムサイドテール。結っている部分に色鮮やかな水色のゴムだ。

 当初はぎこちない空気だったが、質問したり、問題を出し合うなどして、それを解消させていく。しばらくしてお菓子などを買い込んできた彩音を迎え入れ、勉強というよりはお茶会の様相になりつつある。晴美は明樹保達の髪をいじりながら、勉強しておしゃれを説いている。久美は鳴子とヲタク話に花を咲かせる。もちろん握られたペンは止まっていない。愛華と和子は話をしながら勉強する。内容は「明日の髪型をどうするか」という話だ。咲希と凛は真面目に勉強している。互いに問題を出しあいながら、苦手な部分を埋めていく。男子はそんな女子を眺めながら、幸せそうに勉強していた。

「いやー眼福ですなぁ」

 流は嬉しそうに鼻の下を伸ばす。烈は無言で肘鉄をお見舞いした。

「なんだかよくわからんが、筋トレしたくなってきたぞ!」

 大は腕立て伏せを始める。それも束の間。即座に旋に首根っこを掴まれて机に座らされる。彼は「逃げんな」と短く。迅は鼻と上唇でシャーペンを挟んで、机にへたり込んだ。時折「前頭葉がー」と呻いている。

「少し脱線しかかっている気がするぞ」

「自己責任だよ」

 ジョンと優大の会話だ。その会話を聞いた愛華は「いけない!」と叫び、ホワイトボードを掴む。

 愛華は率先して問題を出す。わからない人が出るとその都度解説していく。もちろん彼女にも苦手な分野はあり、その都度問題を出す人を変えていった。

 しばらく勉強をしたころである。暁美は気になって仕方がなかったらしく、本を手に取り優大に見せるようにしながら質問を投げた。

「ゆう、1つ聞いていいか?」

「どうかしたの?」

「ここに来てから、ずーっと気になってたんだが、お前、料理の本結構持っているのな」

 暁美は机の側にある山を指さす。積み上がった本。その表情は意外という様子だ。

「人並みに食える料理になるのに苦労したからね」

 暁美は「お前が?!」と驚いていた。勉強会は中断し、皆その話に集中し始める。

「両親が死んですぐに兄さんも特区に行ったからね。しばらくジジィの料理だったんだよ。それでどうも味覚音痴になったみたいでね」

 優大はうなだれるように「兄さんはすごい味覚が鋭いんだけどね」と続け、明樹保を見やる。

「最初は酷かったよね」

「うん。私と同じで虹色の炎を出してた」

 全員の表情が意外という様相だ。そんな様子に優大はとくに動じもせずに続ける。

「明樹保に不味いって言われて、これはダメだと本気で思ってね。料理の本を買って、猛特訓。人の食い物になるのに半年くらいかかったよ。ただ今でも慣れない料理は明樹保に頼んで味を見てもらっているね」

 頷きながら「いやしかし昔は酷かった」としみじみに言った。

「じゃあまだ味覚は?」

「ダメだね。壊れてる。どれも美味しく感じる」

「そっか……味見頼もうと思ったんだけど」

 そこで暁美はハッとなる。男子たちが囃し立てた。

「ケーキの?」

 優大の問いに、暁美はバツが悪そうに「ああ」という。晴美がそれに食いついた。

「マジで? 凄いじゃん」

「お、おう」

「お姉さま! 私が味見を!」

 白百合が飛びつく。が、すでに何度も経験しているのか、晴美がそれを阻止する。「話ができないでしょうが」と、横に座らせた。

「アタシも味見できるよ。料理できるし」

「その成りで?!!」

 烈達が驚く。その言葉に晴美は凹んだらしい。少しうなだれた。

「いつもお弁当は手作り! お母さんにしか作ってもらったことがないアンタたちよりは料理できるよ」

 久美は「いつも美味しそう」や「男子がたまに集りにくるよ」と漏らしている。咲希はニコニコしながら首を縦に振っている。

「すげーな。みんなワタシも料理しようかな」

 和子だ。勉強して疲れたのか、机に突っ伏している。

「そっか。大ち……早乙女君はご両親がいないから、全部1人で――」

「ちょっと愛華。失礼よ」

 凛にもたれかかるように「だって〜」と愛華は言っている。

「そうだね。全部1人でやっている」

「それでも本が多くないかしら?」

 凪のぼんやりとした声音。優大は苦笑しながら「個人的に目指している味があってね」と言った。

「母さんが作ってくれた料理は特別に美味かったのを覚えているんだ。今はそこを目指している。数少ない親との繋がりだからね」

 空気が沈黙した。本人は意図してないこととはいえ、それに対する返答を出せる者はいない。それを見かねた崎森 彩音が会話に入った。

「再現度はどうですか?」

「おにぎりくらいしか再現できないや。悔しいよ」

「そっか。お母さんの料理の味は覚えているんだ」

 愛華はすぐに気を取り直す。明るく振舞っていた。

「数少ない思い出だからね」

「またそうやって何でもかんでも踏み込んでいく」

 凛は額に手を当てうなだれた。

「いいの! こういう時は正々堂々乗り込む気概が大切よ!」

 突如立ち上がり、両手を腰に当て胸を張る。

「だ、か、ら! 色々教えてほしいなって。これから生徒会として一緒にやる仲間だしさ」

 満面の笑み。周囲の人間は呆気に取られていた。

「やれやれ。何が知りたいんだ?」

「貴方の両親のこと」

 一気に踏み込んだ言葉に、明樹保は息が一瞬止まった。全員「そこに踏み込むのか」という顔になる。

「ちょっと愛華! さすがにそれは――」

「ううん。知りたいんだ。私の夢はヒーローになることだから! そういうの知っておきたいんだ。今流行のアイドルヒーロー。はあ〜憧れる……」

 目がキラキラと輝いている。「魔法少女とか!」と子供みたいに夢を語る。

 ヒーローという職業はすごく人気の職業であり、今も多くの人がそれを目指している。人気を得ることが出来れば不動の地位を手に入れたのも同然。そういう憧れを持つ人は多い。

「でもそれだけじゃないんでしょ?」

 先ほどまでの明るい声はどこかへ行く。低い声、神妙な面持ちで問う。

「憧れだけじゃないモノが知りたい、と?」

「そうよ」

「愛華ぁ……」

 2人をのぞいた全員はさらに空気を重くさせていった。明樹保は心配そうに優大へ視線を投げるが、彼は動揺することもなく、顎に手を当てて思案する素振りを見せた。そして「そうだな」とつぶやくと、全員の顔をひとりひとり覗きこむように眺める。

「しておいたほうがいいだろうね」

 優大は言い終えると立ち上がり、リビングにおいてある写真立てを手にとった。それを愛華に手渡した。

「その写真が家族で撮った最後の写真なんだ」

「わあっ! 雑誌とかテレビに映っているのと随分印象が違う。すごく幸せそう」

 そう満面の笑みを浮かべる彼女に、優大は微笑み返した。

 愛華の言葉に凛が慌てた様子を見せる。

 明樹保は誰よりも表情を暗くした。彼女の手に直の手が添えられる。直は微笑んだ。

「久々に家に帰ってきた父さんと母さんは、大きくなった俺たちの姿に喜んでね。写真を撮ろうってなったんだ」

 優大は幸せそうに笑う。明樹保は一瞬だけ視線を逸らしそうになったが、すぐに優大をまっすぐと見据えた。

(ダメだ。大ちゃんはすでにこの事に立ち向かっていっている。それにこれについてなにかしらの答えを出しているはず。だから、他人である私が逃げちゃいけないんだ。そのありのままを受け入れなくちゃ駄目なんだ)

 明樹保は強い眼差しを向ける。優大はそれを確認して、少し笑った。

「その晩は久しぶりに母さんが料理を作ってくれてね。今でもあの味は忘れられないな。すっごい美味しかったのを今でも覚えているよ。でもその食事は一緒に食べることができなくてね」

「なんで?」

「料理を作り終えた頃に、会社から電話があったんだ。内容は――ファントムバグの大きな巣が見つかった。すぐに向かってもらいたい――って。それで父さんと母さんはすぐに現場に向かった。そして……死んだ」

 全員が息を呑んだ。

「明樹保にはどういうモノだったか教えたね?」

 明樹保は首肯した。

「雨宮は大まかなことは知っている、でいいんだよね?」

「はい。そうです。ですが、そんな――」

 優大は「いいんだよ」と笑う。そしてもう一度全員の顔を見る。

 明樹保は気になったのか全員の顔を見る。誰一人としてそこに笑顔がない。それでも優大だけは笑っていた。

「弓弦」

「愛華、だよ」

 人差し指を振りながら彼女は言う。そして「にへへ」と笑った。

「やれやれ。愛華」

「はい! それで……ここからが本題なんでしょ?」

 優大は頷く。

「覚悟はできているよ。何となくわかるよ。ソレがどういうモノだったのか。だって亡くなった。という話しか私たちは知らない。どうやってとか、そういう話はまるで誰もしない」

 愛華は真剣な表情になった。

 大ちゃんのお父さんとお母さんは死んだという話はニュースになった。企業が主導した葬式も盛大に行われた。けど、どこでどうやって死んだかは明かされていない。すぐに別の事件が起きて有耶無耶になったのを覚えている。

「だから知りたいんだ」

「そうか。みんなは?」

 誰ひとり首を振るものはいない。誰も彼もが真剣な眼差しになる。鈴木君ですら。

 突然ジョンは勢い良く立ち上がった。

「いいぜ。このジョン・鈴木ぃ! 今までの話! そしてこれからの話を胸に刻む!!! だから話してくれ!!!」

「お前のその勢いはたまに羨ましいよ」

 ジョンは自信満々に「だろう?」と言い誇る。

「最初は俺も兄さんもファントムバグに純粋に負けて死んだと思ったんだ。けど、うちのジジィ伝にそれは違うっていうことがわかった。簡単に言うとファントムバグの巣。それ自体がヤラセだったんだ」

「嘘だろッ!! そんなありえない!!」

 烈は勢い良く立ち上がる。直後に流にズボンの裾を引っ張られて座り直す。流は優大を見据えて口を開く。

「にわかには信じがたい」

「だろうな。俺も兄さんも最初はジジィが狂っただけだと思ったよ。けど、違った。後々詳しく知ったんだけどな。企業はとある街にある廃工場にファントムバグの巣の存在を知っだ。だけど、それをすぐに殲滅せずに隠匿したんだ。そしてそれを成長させ、予め危機的状況を作り出したんだ」

「嘘……そんな……じゃあ、ゆう君のお父さんとお母さんって」

 直は信じられないという表情になる。水青は表情を暗くし、下唇を噛み締めた。明樹保にそっと背中に手を当てられる。表情は元の真剣な面持ちに戻す。

「そうだよ。企業に殺されたようなものなんだ」

「だからお前……ヒーローになるのをやめるって」

 烈の問いに優大は黙って頷く。それでも笑顔は崩れない。

「一企業がそこまで隠し通せるか? ファントムバグの巣が成長していけば、すぐにわかるぞ」

 流は当然の疑問を口にする。巣が成長すれば大きくなるし、活動するファントムバグの数も増えていく。廃工場を巣にしているとはいえ、目撃情報が多数寄せられるはずだ。とも付け加えた。

「成長したファントムバグの巣をヒーローが駆逐する。それを映像で撮れたらどれだけ利益が出るかな?」

「なっ?! ……そんな!!」

「それだけじゃない。ファントムバグの巣にしかない物質があるのは知っているな? それらも、巣を成長させれば多く取れる。まだ発見できてない物質も出てくるかもしれない。そんな欲に溺れて多くの人が狂っていった。父さんと母さんが向かう頃には、すでに管理しきれなくなっていたんだ。それでも当初の予定通り、作り上げられた危機的状況に2人は立ち向かった。あっという間に絶望的状況になったけどね」

 私も戦うようになってわかったけど、数で押されればどんなに強くても対処しきれないこともある。それを反ヒーロー連合との戦いで身にしみてわかった。とびきり強くても普通のヒーローだったら、数で押されればあっという間に負ける。

「逃げれば良かったんじゃ?」

 愛華は当然の疑問。その場で倒せなくても逃げれば、仲間とも合流できる可能性もある。

「巣を攻撃されたファントムバグは、近づく対象がなんであれ情け容赦なく襲っただろう。 その矛先がどこに向かうと思う?」

「街か……」

 烈は信じられないという表情になる。

「しかも夜中だ。父さんと母さんが逃げればどうなるか? どうなるかなんて容易に想像できるだろう? 巣を攻撃された敵は活動範囲を広げて警戒し、街を攻撃するだろう。そうなれば多くの犠牲がでるなんて火を見るより明らかだ。だから逃げなかったんだ。それをよしとできなくて2人は命をかけて守って死んだ」

「そんな! それでも無責任すぎる!」

 直は激高した。優大はそれを手で制する。

「そうだね。そうだ。けど……だからこそ、ここにいるみんなにはそんなことをして欲しくないから。何に対してもそうだけど、命なんてそうそう賭けるもんじゃない。生きて帰らなくちゃ何も意味が無い」

 昨日のことを知っているのではないかと焦っているのか。明樹保達の表情に動揺の色が見える。そして同様の表情をしているものは数人いた。

「父さんと母さんは世間からすれば、ヒーローとして正しいことをしただろう。だけど人間として間違った選択をした。だから俺は――いや、いいか。まあ、父さんと母さんは間違ったけど、後悔していなかった。そこも合わせてよく胸に留めておいてくれると、話をした俺としては嬉しいかな」

「大ちゃん……よかったの?」

 明樹保の問い。優大は笑う。

「ああ、一年前位だったら無理だったろうな。でも、今は話せる。父さんと母さんのことを知ってもらえる。それだけで嬉しいんだ」

 その場にいる全員が、優大の満面の笑みには嘘偽りもなく見えた。

「いくつか疑問なんだが、お前はそれをどうして詳しく知っているんだ?」

 流は訝しむような視線を優大にぶつけた。

「現場にいたスタッフが映像データを抜き取って俺達に見せてくれたんだ。最初から最後までノンカット版を見たよ」

 全員がそれこそ息を飲んだ。

「な、にを」

 死に際を見たよ。と優大は言う。

「お前ソレ使って企業を――「いやダメだ」――なんでだよ!!」

 優大の表情が初めて悲しそうになる。

「激しい憎悪の感情はあるよ。俺たちはそれを胸に抱いて生きていくことを決めた。父さんと母さんがそれを望んでいないってのもある。だけど何より――」

 

 

 

 みんな思い思いの表情をして大ちゃんの家を後にした。私は少し大ちゃんに聞きたいこともあって、後片付けをして残っている。

 大ちゃんの話の後は、皆黙々と試験勉強。話のことは一切口にさず……ううん。何も言えないってのが一番だね。それでも皆色々と考えているはず。

「今日の晩飯は?」

「あ、お母さんたち帰ってこれるって」

 大ちゃんは笑う。まるで自分の事のように嬉しそうに「良かった」と言う。

「あ、あの一緒に食べる?」

「いやいいよ。家族団欒を楽しむべきだと思う」

 私が「でも――」と口を開こうとすると、手を振って拒絶される。それ以上は言わせてもらえなくなった。あんな話の後なので、ここで引き下がるまいと意気込む。

 が、それはすぐに空振りに終わる。

「ところで要件は?」

「え?」

「なんか聞きたいことがありそうな顔をしていたけど?」

 大ちゃんにはお見通しなんだな。ここは素直に行こう。

「話をしてよかったの?」

 大ちゃんはわざとらしく考える素振りをする。それだけで理解したけど、それでも言葉を待った。

「まあ、さっきも言ったけどさ。知ってもらえることが今は嬉しいかな。こうして父親と母親の話をすることで、俺は両親に対する想いも忘れないし、自分への確認もできるんだ」

 私が「確認?」と鸚鵡返しすると、笑いながら頷いた。

「そう。確認。自分が両親たちの起こしたことへの気持ち、かな」

「ヒーローにはもうなるつもりはないの?」

 それは言葉を発することなく、ゆっくりと首を振った。

 しばらく2人して沈黙してしまう。大ちゃんはしばらくしてゴミの片づけをしはじめる。私もなんとなしにコップとかを片付けていく。空になったペットボトルに水を入れ、洗い流し逆さにする。ひと通り終えたところに、視界の端から空のペットボトルが生える。ため息混じりにそれを手に取り、洗い流す。

 私は最後に大事な話があってそれを話すか話すまいか悩んでいた。昨日の戦闘で自分の欠点をより強く意識した。一発しか撃てない魔法。それをどうにかしたくて、一晩中考えた。けど、どうすればいいのかわからず、エイダさんにもさっぱりなことを、無関係な大ちゃんに話していいものだろうか?

 何よりさっきの大ちゃんの話からすると。私たちのことを知っているかもしれない。ううんそんなはずはない。ヒーローにはならないって言っているし、もしかしたら烈君たちのことかもしれないし。

「うーん」

「水が出っぱなし」

「ごめん!」

 慌てて蛇口を締める。

「もう1つ話があるんだな。そしてそれが本題か」

 つい声が漏れてしまう。慌てて取り繕うにも今更だよね。

「えーっと――」

 全部話そうとして、今までの惨状を思い出す。

 あんな事件に巻き込みたくない。だから、魔法少女のことを伏せて話そう。

「その……なんていうか」

 自分でもすごくよくわかるほどしどろもどろ。うまい言葉が見つからなくて、身振り手振りだけしか出来ない。

「あう……。その、テレビの話……なんだけど」

「うん」

「一発だけ強力な魔法を使える魔法少女がいてね。その娘がどうやったら魔法が複数回使えるようになるのかなぁーって……あははは」

 誤魔化すような乾いた笑いに、大ちゃんは眉根を寄せる。そしてそしばらく見つめたまま腕組みして考えこでいる。

 情けない自分に内心肩を落とす。あやふやな内容しか話せてないし。しかも言っていて自分でもわけがわからない。今こうして目の前にいるのも嫌になるくらい。

「例えばその一発には応用が効くのかな?」

 返ってくることがないと思い込んでいたせいか、何を言っているのか理解が出来なかった。

「あ! えっと……振ることは出来そう……かな?」

 大ちゃんは顎に手を当てる。

「途中で曲げたり、拡散させることが出来たりしたらいいんじゃないかな? 一発しか使えないなら、それが予測出来ないモノにすればいいと思う。一番は複数回使えるようになることだけど。現状それは?」

「無理かもしれないね……ど、どうなんだろうね〜?」

「後は仲間がいるとなおいいね。連携するんだ。仲間が違う能力なら、そのいい所で援護してもらうんだよ。そうすれば色々な一発が出せるな」

 私は「なるほど」と何度もうなずく。

「でもテレビだもんな」

「そ、そうだね」

 大きなヒントを得た。これならいける気がする。でもまだ足りない。やっぱり複数回使えるようになりたいな。

「複数回使えない原因ってなんだと思う?」

「一番は頑張り過ぎなところじゃないかな。肩肘張りすぎるところがあるんだろう。そういや明樹保もそういうところあるよね」

 意地悪そうに笑いながら、流し目でこっち見る。

 むぅ。一生懸命の何がいけないのさ。あれはすごく怖いんだよ。死ぬかもしれないほど痛くて熱くて怖いんだよ。でも……そんなの言えない。

 ぐっと堪えた。喉からでかかった言葉を押しとどめた。努めて冷静な振る舞いをする。

「そ〜うかな?」

「ああ、優しいし頑張り屋だからね。特に自分が辛い経験をすると、それを他者に経験させたくないって考えているところはあるよ」

 大ちゃんは幼稚園の頃の私の話をしだした。それはデパートで迷子になっている子を助けようとするお話だった。私が初めて大ちゃんに会った時に、迷子から救ってもらったことがある。その時のようにしようとして失敗した話だ。

 今思い出しても顔を覆いたくなる。うう……ごめんなさい。

 結局その時も大ちゃんに助けられた。

「そういうところがあるから、気をつけておいたほうがいいよ。同じ辛い思いをさせたくないっていう考えは、凄いと思う。誰にでもできることじゃない。けど、それに固執してしまうところは気をつけよう」

「うんわかった。ありがとう」

 私を励ますように頭を撫でられる。

「大きなバケツの中にある水をコップで出す〜とか、そんな感じなのかなぁ?」

「えっ?」

「魔法を使うってのはどんな感じなのかなって。ほら、ゲームだとMPとか割り振られて、その数値の中でやりくりするよね。でも実際にテレビとかの演出で魔法を使うってなると、そのMPとかの数値が見えないから、魔法を使うという結果しか見えない。つまり魔力をどう意識して使っているのかさっぱりなのよね。ああいうのって技名とイメージなのかもな」

 言われてみればそうだ。それさえ意識出来れば。もしかしたら私は一発だけじゃなくても済むかもしれない。

 頑張りすぎず、魔法を使う前を意識するように。

「ありがとう大ちゃん!」

「ん? どういたしまして」

 

 

 

 

 

「彩音さんはどう思いました?」

「どう……と言いますと?」

 水青の問いに彩音は眉根を多少歪ませた。バックミラー越しに2人は目が合う。しばらくして赤信号で車が止まった。

 彩音は深い息を吐く。

「水青様のお世話係になった時にしたお話は覚えておいででしょうか? 私が元ローカルヒーローというお話です」

「はい……確か埼玉戦線に投入されたヒーロー部隊だったと」

 彩音は話す。

 どの国にもファントムバグに制圧されている場所が数箇所ある。日本ではそれが埼玉全域と茨城県の笹間より南側。そして埼玉戦線とはその埼玉奪還を行う最前線の戦線。そこに彩音は一度赴いているのだ。

 その内容に水青は首を傾げる。

「彼の……優大の話を聞いて思い出したのは、その時の経験でした。私が参加した作戦でも似たようなことがあったのです」

 青信号になり、再び車が発進する。車窓から差し込む夕日が彩音に影を作った。

「酷いものでした。詳しくはお話できる内容ではありません。そこはご容赦ください。だから、彼の話には強い同情を覚えました」

「そう、ですよね」

 水青は車窓から覗く風景を眺める。

「――ですが」

「はい?」

 水青は考えに耽っていて、彩音の言葉を聞きこぼす。

「ですが、水青様が気に病む問題ではありません。彼は、彼のご両親の問題をお話したのはもっと別の意味があります」

 彩音はバックミラー越しに水青の瞳を強く射抜く。そんな視線に水青は少し身じろぎした。

「それは?」

「後悔しないこと。覚悟を決めること。生き抜くこと、です」

 

 

 

 

 

「暁美?」

「んー? なんだい母さん?」

 暁美の母は不安そうに顔を彼女に向けた。

 暁美はテレビを消し、すぐに立ち上がり母の元へと歩み寄る。

(なんか悪いことしたかな? 最近は割りと品行方角だと……なんか違うな。きっと違う。後で調べておこう。絶対違う! 最近は割りと真面目だ。魔法少女関係以外は)

 暁美は自身の行いを振り返りながら、母の前に立った。

「なんとなくなんだけど、また危険なことしてない?」

「あぐっ」

 つい声に出してしまう。彼女の母親はそれだけで確信を得た表情になる。

 暁美は必死に言い訳を考えこむ。

――父さんと母さんは間違ったけど、後悔していなかった――

 脳裏に過ったのは優大の言葉である。

「間違ったけど、後悔はしない」

 暁美は優大の話を思い出し、自身に言い聞かせる。その言葉はもちろん自身の母にも届いていた。

「やっぱり……」

 暁美の母は落胆を見せた。暁美もそれが堪えたのか顔をしかめる。

「ああ、うん。間違っているのかもしれないし、危険なことをしているのもわかっている。けど、あたしは母さんと……父さんと過ごしたこの街を、この店を守……大切に思っているんだ。だから信じて母さん」

「暁美……」

「あたしは必ずこの家に帰ってくる。みんなと一緒に。いつか全部終わったら話すから、それまで待ってもらってもいいかな?」

 暁美の母はしばらく考え込んだ。そして――

「わかったわ。いつか、ちゃんと聞かせてね」

「ありがとう母さん」

 暁美は嘘偽りのない笑みを浮かべる。真剣な表情へと変わった。母親も当然身構えるが、次に出てきた言葉は力を抜けさせるに十分だ。

「まずは……試験勉強からだな。えーっとさっきの気になった四字熟語は品行方角?」

「品行方正ね」

 

 

 

 

 

 凪はぼんやりと兄弟喧嘩を眺めている。

 彼女の家は大家族なのだが、毎日のように絶えず喧嘩をしている光景があった。もちろん憎らしくて喧嘩しているのではなく。

「俺のエビ食っただろう!!!」

「お前が俺のプリンを食ったからだ!!!」

「ちょっとどさくさに紛れてあたしのエビもとったでしょう」

 些細なことでの喧嘩が大半のようだ。凪は半目でその光景を眺めているだけである。

 黙々とご飯を食べていると、怒号が響く。

「あんたらぁ! 飯くらいちゃっちゃか食べなさいな!!!」

「あぁ〜あ。風太兄たちがうっさいから飯がまずぅ〜い」

「ぬぁんだとぉ?!」

 そういうのが気に入らないのか、家族の1人が気怠そうに言い捨てる。

 これでまた喧嘩が始まる。

 凪はぼんやりとした様子でご飯を食べながら思う。

(彼にはこんな兄弟。家族で親しい意味での喧嘩なんて、まったく経験したことがないのか。それでも私より表情は豊かだし、そんな風には見えないけど。それでもやっぱりこういう経験ができないってのは不幸ね。私もこういう日常をみんなと守らなくちゃ、ね)

 凪は1人決心していた。

「こんな喧嘩でも幸せってことね」

 凪のつぶやくような一言は、その場を静まり返らせる。

「ん? どうかしたの? 喧嘩はいいの?」

 喧嘩をしていた凪の家族は「いい」とハモった。

「まさかお前からそんな言葉が出る日が来るなんてな」

 凪は心外に思っているのか、少しだけ目付きが鋭くなる。彼女は家族全員の顔を見渡す。

「家族のことすらどうでもいい。そんな感じがお前からはするときがあるんだよ」

 今ここにいる全員はしみじみと感慨深かそうに首を縦に振っている。

「凪も成長したってことさ」

「男か?」

 凪は考える素振りを見せつけ、わざとらしく笑みを作り。

「そうね。男ね」

 その日葉野家は地鳴りがするほど騒ぎになったという。

 

 

 

 

 

 パソコンの画面に走る文字は、ヒーローの情報を書き記されていた。

 鳴子が今見ているのはパソコンの画面。もっと言えば、とある掲示板でヒーローの情報が飛び交っている。

 魔法少女になってから意識的にしているのか、テキストエディタに箇条書きで情報が書き記されていた。

 ふと、掲示板に先日の火災旋風の話が流れる。鳴子は慌ててその書き込みを画面中央にもってくる。

――あの時女の子が5人でかくて黒い虫と戦っていたんだ――

 もちろんそのレスに対するレスは、色々な言葉で書き記されていた。否定的だったり、肯定的だったり、多種多様である。

「うーん。やっぱりこういうところを見ていると、否定的な言葉は刺さるものがあるね……」

 誰に言うでもない言葉。そんな言葉は部屋の闇の中に消えていく。

 家は静かだ。鳴子1人しかいないようだ。彼女はそのことに関して特に不満はないようだ。突然隣の家から怒号が響く。

「凪ちゃん家は今日も賑やかだなぁ……」

 スレの内容が5人の色がどんなモノだったのかで、白熱していたところに投下された一言。

――俺が見たのは紫色で1人だったけど?――

 ネットでの嘘なんて日常茶飯事なので、真偽は定かではない。だが鳴子はその情報を吟味した。

「仮にいたとして。でも……どうして、一緒に戦ってくれないんだろう?」

 鳴子はしばらく考えて、その考えを放棄した。椅子から立ち上がると、ベッドに体を勢い良く投げ出す。

 電光を見ながら、痛々しそうに顔を歪める。

「死ぬってなんだろう……あんなに死にそうになってたのに……ここ数日で私の夢が現実にこてんぱんにやられてるよ……うう」

 鳴子の意識はそのまま夢の中へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 目の前に広がるのは、どこにでもありふれた家族の団欒。生活様式は違えどヴァルハザードもヴァルファラも変わらない。幸せな家族の一時。それを眺めている。

 焦るんじゃない。明樹保たちはまだ素人なんだから。上手く行かないことのほうがたくさんあるわ。それを私がなんとかすればいいだけよ。

 目の前に置いてある焼き魚を頬張る。

「エイダもたくさん食べないとね」

 目の前に白い宝石がぎっしり詰まった茶碗が置かれる。炊きたての御飯だ。

 猫という建前もあるのだが、もちろんありがたくいただく。

 うーん「んにゃ〜ん」とか鳴いて媚を売っておくか? しかし、優大もそうだけど、明樹保のお母さんも私を人間扱いしているのだろうか。猫に白米って……。

 猫になっているとはいえ、人間と同じ量は食べることは可能なのだけど。

 まあいいわね。実際問題、空腹でいることのほうが多い。探査魔法を維持するために常にあちこち回っては保守点検維持を行なっているので、夜には空腹でいることのほうが多い。

 しかも昨夜の一件を反省して、あちこちに罠を仕掛けておくことにした。なので、今日はいつもより腹の虫が激しく抗議してきている。

 だから、これは素直にありがたい。

「エイダさ……はよく食べるね」

「そうだな。これくらいガツガツ食ってくれなくちゃな。パパもドンドン食べなさいよ」

「ママ……また太っちゃうよ」

 明樹保の母は目が鋭くなる。いや、それは仕方がない。「太っちゃうよ」とか言っておきながら、明樹保の父はスラリとモデルのような体躯だ。どこが太っているのか聞きたくなる。

「最近可愛いアイドルヒーローのマネージャーになったらしいじゃない。言い寄られてないでしょうね?」

「言い寄られた! けどママしか愛してないよ!」

「へぇ……お父さん言い寄られたんだ……」

「明樹保違うんだ。大丈夫だよ。パパはお前とお母さんを愛しているから――」

 しどろもどろ。私は明樹保の父に肩入れするつもりはないが、彼は悪くない。だが、私も女性なので、明樹保のお母さんの嫉妬は十二分に理解できた。

「やはり太れ! 太ってモテなくさせてやる!」

「酷い! 明樹保もなんとか行ってくれよ」

 明樹保のお父さんは半泣きになっているが、それを半目で眺める女性陣。

「開廷。明樹保裁判長」

「判決。死刑」

 明樹保は満面の笑みで、自身の父親に残酷な決断を下した。くだされた本人は慣れているのか、すぐさま手を上げて声をあげる。

「光の早さで異議あり!」

「棄却ね」

「棄却」

「嘘ぉー!」

 真珠のような輝きを放つ白米に手をつけた。

 こんなにもこの街は危険な状況におかれているのに、誰一人としてそれを意識するものはいない。怖いと思っていても、その火の粉が自分たちに振りかかるとは思ってもいないのだろう。だからこんなにも今この瞬間を幸せに過ごすことができている。

 なら、その幸せとやらを守るのは私……私達の使命ね。やってやりますか。

 

 

 

 

 

 月光は優しく地を照らす。光はひび割れたステンドグラス越しに差し込み、室内を歪に彩る。

 ただの定例ではなく今回は緊急を要したため、急遽全員がここに招集されていた。皆表情は堅く結んでいる。

「アネットの容態は?」

「全身の火傷、それと魔障が酷いな」

 重苦しい沈黙が室内を満たした。

 せめてもの救いは桜色のエレメンタルコネクターの直撃を受けていないことぐらいか。

 オリバーは視線を自身の左腕に落とした。

 桜色の光の直撃を受けた左腕は、未だ魔障が癒えない。魔鎧が纏えなくては魔法を存分に扱えない。いや、完全に使えない状態。他のものと違い私は魔鎧があることが力を使うための絶対的条件だ。はっきり言うとここまで長引いていることに肝を冷やしている。

 アリューシャンの脱落。そしてアネットの消耗は我らにとってかなりの痛手だ。それどころから――。

「今回集まっていただいたのは、終焉の剣の在処と、桜色のエレメンタルコネクターの能力についてです」

 志郎の言葉に沈黙していた場がざわめく。

 終焉の剣。かつてヴァルハザードがまだ神々によって統治されていた時にあった神代の剣。宝具なんて生易しいモノではない。神具。概念すら捻じ曲げるとすら言い伝えられている。

 全知全能の神と共に行方不明になっていた代物。それがこのエデン。地球にあるということは……。

「こちらに全知全能の神はいる……と、考えていいのだな?」

 我の杞憂を主、ルワークは一蹴する。

「こちらの動きに気づいていないはずはない。それならばこちらで活動しはじめた時点で動きを見せるだろうさ」

 つまり静観しているか、すでにここにはいないか、だ。個人的には後者であってほしいがな。

 眠れる龍の逆鱗に触れたくはない。

「それでその終焉の剣はどこに?」

「満宮にです」

 志郎が顔を青くして語尾を弱めた。額には汗が滲んでいる。

「ミツノミヤ?」

「日本で最強のヒーロー企業ですよ。最近頭角を現しているブラックブロッサムや、現最強と謳われているオーディンなどがいる企業です。旦那が喜びそうな、ね」

 イクスの疑問に鐵馬はため息混じりに説明をする。

 なんと……我としては嬉しいが、我らとしては最悪だな。

「さくっと襲って奪っちまえばいいんじゃねぇのぉ?」

「日本最強の企業です。自衛隊を相手にするより辛い状況になるかもしれません」

ルワークは鼻で笑い。考える素振りを見せた。やや間を置いてから口を開く。

「志郎。俺とお前で反ヒーロー連合に出向くぞ」

「今のところの最善ですね」

 周りの者は訝しむばかりで、よくわかっていないらしい。ここは1つわかりやすくしておくか。

「つまり反ヒーロー連合と交渉してから、強襲するということでいいんだな?」

 ルワークは口を歪ませながら首肯した。

「彼らにとってもトップにいる企業に不幸が起きるのは幸いな事態のはずです」

 だが、それは同時にこちらの計画も時限がつくということになる。

 日本一の企業である満宮。そこを襲撃されれば国も動かざるを得ない。そう、志郎が回避したがっていた国を敵に回すことにはなるのだ。反ヒーロー連合といえど、二つ返事でそれは承服しかねるはずだ。

「化け物の仕業にするにしても、我々がここで使役して戦闘している姿はタスク・フォースに確認されているはずだ」

 ここに来て、タスク・フォースが足枷となってくるとはな。

「縁を切るにしても、共闘を続けるにしても、一言くらい断りは必要だからな」

 反ヒーロー連合と企業を同時に相手しなければならなくなる事態だけは避けたい。

「総力戦になるだろう」

「では、我がヴァルファラの面々を回収にあたろう」

「そうしてくれ」

 襲撃部隊の人員と案の話が一段落した所で、グラキースが重々しく話を始めた。

「では……桜色のエレメンタルコネクターの能力のお話です」

 すでに報告は耳に入れている。その異質な力に我も含めて警戒しているのだ。何せ完全なる回避をしなければ魔鎧が吹き飛ぶのだ。いかなる戦いにも通ずる戦術だが、攻撃をギリギリのところで交わして相手の懐に飛び込む。これが事実上不可能なのである。

 掠める程度ですら魔鎧は軽く吹き飛び、我のように長い魔障で苦しめられるだろうな。

「光の能力などの上位の能力は、詳しく伝承に残っていない。これほどまでの能力が光にはあるとはな」

 ルワークは楽しむように天井を見上げた。まるで新しい玩具を見つけた子供のように、だ。

 この状態は少々よろしくないな。ルワークの悪い癖である遊びが入らなければいいのだが。

 ルワークは全体の目標より、自分の中の欲望を優先してしまう時がある。それが元で大失敗することなどもあるので、個人的にはあまりそうなって欲しくないのだが。

「我も漆黒の戦士に執着しているしな」

 そう我も自身の欲望を優先しているので強く言えないのだ。だから、グッと堪えるしかない。そして願うしかないのだ。「余計なことはするんじゃない」と。

 独り言のつもりだったが、志郎が書類をめくり始めた。

 注視していると手がとある項目で止まり、面白くなさそうな表情になる。

「彼もなかなかやり手ですね」

 当たり前だ。我に見合う久々の好敵手。

 オリバーは自分のことのように誇らしげな表情になる。もちろん周りは少し批判的な視線を向けるが彼は意に介さない。

 志郎は淡々と漆黒の戦士の戦績を並べていく。

「すでに超常生命体を5体撃破しております。アネット殿が大規模に起こした戦闘でも、一般市民の救助、避難誘導を警察と率先して行なっており、上手くエレメンタルコネクターに非難の矛先を向けられないようにしております」

 先日のアネットの戦闘は、志郎の作戦で、エレメンタルコネクターを精神的に追い詰めるべく起こしたモノだ。しかし、目測は大きく外れ、エレメンタルコネクターによる被害は街の破壊にとどまっている。それでも材料にはなるが弱い。決め手が欲しいのだ。一般市民をすべて敵に回すような出来事が。

 かといって下手を打てば今の足の引っ張り合いの状況は崩れてしまう。故に、ことは慎重にやらねばならない。

「でも、悪い噂はネットに流しているんですよね?」

 鐵馬は思い出したかのように指摘する。その指摘は志郎の首を横に振らせた。

「残念ながら流布している情報はまだ弱く。揉み消されているのが現状。それどころかネットでは応援する声のほうがでかいです」

 志郎の説明によると、元々アウターヒーローはネットでの支持を得やすいらしい。彼らにとって何か共感できるものがあるのだろう。そんな彼らを味方にする強力な切り札が必要なのだが、手に入らない。

「私では力不足なのだぁああああああああ!!!」

 志郎は突然泣き出す。

「この前のグラキースとのドンパチは?」

 イクスの指摘に志郎は泣きながら首を横に振る。

「あ、あれでは……タスク・フォースがやってしまったかのように見えますぅううう!!! ああああああああああッ!」

 志郎の泣き叫ぶ声が教会に響き渡った。

「ですが――」

 グラキースは凛とした声を奏でる。

「ですが――彼女たちは弱いです。スライム状の魔物の能力もわかりましたし、こちらでなんとかします」

 その眼差しは強く鋭い。勝てるという確証を得た者の瞳。

「魔鎧のほうは?」

「今は問題なく。幸いにも魔障が無かったので」

 ルワークの問いにも淀みなく答えた。

「よしならば行け」

「御意」

 

 

 

 

 

 勝利の確信は脆くも崩れ去った。月光は彼女の焦燥の表情を照らす。

 万全を期したはずだ。まさかこの2日程度でここまでの力を……侮っていた。彼女たちの成長速度を。そして――。

 スライム3体を引き連れ、エレメンタルコネクターたちが起こした火災旋風。その跡地を戦場とした。ここなら障害物もなく、エレメンタルコネクターは魔物と正面から向き合わなければならない。全方位攻撃を得意とし、また動きが鈍い性質を持っていればこその場所の選択。これは間違いではなかった。戦闘開始直後は押していたが、すぐに持ち直されてしまう。

 そしてスライムが1体やられた。

「まさか……」

 倒されるなら桜色のエレメンタルコネクターの手によってだろう。それも予想して、1体は他と離して市街地近くに配置。今回は結界を張らずにわざと騒ぎ立てて、野次馬を呼び込んだ。おかげで戦場を遠くから眺めている人質がいる。これにより桜色のエレメンタルコネクターの能力は存分に発揮できない。

 倒したのは彼女以外のエレメンタルコネクターたちだ。

 属性を吸収し、一時的にその属性を帯びることができる。それが桜色のエレメンタルコネクターたち以外に対する絶対的有利。そう思っていた。だがそれは彼女たちの連携で意味のないもの。むしろ弱点となった。

「くそっ! なんでこんな――」

 そして何よりの予想外な出来事。それは目の前にいた。

「なんでお前がここに」

一番の番狂わせ。それは目の前に紫色のエレメンタルコネクターがいるということだ。あっという間に敗北した。為す術もなく。回復した魔鎧はあと少しで切れる。逃げなくては。

「そうね……私も二度と出るつもりはなかったわ。でも――」

 彼女は視線を遥か遠くに向けた。視線の先では青、赤、緑、黄の色々が輝いていた。もう一体倒されるのは時間の問題だ。

「――でもね。諦めて何でもかんでも知ったようにうずくまるのも嫌になったの」

 紫色の光が彼女の前に球体となって現れた。その球体に引き込まれるように小石や破片が引き寄せられる。

 紫の重力。それが彼女の力。すべてを超重力でねじ伏せる。

 魔物も絶命したことを感知した。残りは1体。逃げなくては。

「退かせて頂きます」

「させると思って?」

 魔石を見せつける。

 紫のエレメンタルコネクターは鉄面皮のような表情を崩した。

「幸いにも野次馬がたくさんいます。貴方の攻撃を受けながら誰か1人を犠牲にできる自信はありますよ?」

「外道……」

 魔石を野次馬と化している人集りに投擲。紫のエレメンタルコネクターはそれを破壊するために動き出す。私は反対方向へと尻尾を巻いて逃げた。

 

 

 

 

 

「なんだこれ?」

 暁美の素っ頓狂な声に、全員の注意が地面に向いた。

「地面が抉れていますね」

「抉るっていうか……なんかで押しつぶしたようじゃない?」

 水青の指摘に凪は空かさず違和感を指摘する。水青は「確かにそう見えます」と辺りを見渡した。

 まるで巨大な隕石でも激突したのではと思わせる。その周りには空色の氷が地面に深々と刺さっているのが複数。

「重機で? でも重機でこんなのことできるかな? 魔法だとしても私たちの戦ってた人は氷だし」

 鳴子は独り言をぶつぶつと言いながら、辺りを注意深く見渡す。敵の襲撃を警戒したのだろう。だがそれはエイダの言葉で無意味になるとわかる。

「どうやらグラキースは撤退したみたいね。郊外に移動しているわ」

 エイダの前に若草色の鏡が数枚空を浮き、探査魔法で得られた映像を映しだされていた。

「残っているのはスライムだけね。それもこっちに向かってきているし。ここで迎え撃つのが一番安全ね」

 明樹保達の表情に安堵の色が伺える。今回は街と人を巻き込む可能性がなくなったからだろう。そして今最後の魔物も市街地からこっちに向かってきている。無理に突っ込まず、待ち構えて倒したほうがいくらか安全に終わらせられる。無意識のうちに気持ちが弛緩しそうになっていた。

「警察が来て野次馬を下げさせたわ」

 炎が走った。氷の槍が地面に複数刺さっているのを暁美は溶かし始める。

「なんか罠ってこともあるしな」

「そうね。私も潰しておくわ。水青は手を出しちゃ駄目よ」

 暁美と凪は氷を破壊していく。凪に指示された水青は「ええ」とだけ答えて、スライムの到来に注意を向けた。

「緋山さん――「暁美! そろそろ慣れてくれると嬉しいな」――まだ慣れてなくて……あ、暁美ちゃん」

 鳴子は顔を赤く染める。暁美もそれに気づいて恥ずかしそうにしてしまう。すぐに首を振って誤魔化している。

「おう! で、なんだ?」

 暁美は太陽のように笑って鳴子ちゃんの言葉を待っている。

「さっきはありがとう」

 暁美は照れくさいのか頭をかいて、笑う。

「いや鳴子に怪我がなくてよかったよ」

 基本的に明樹保と鳴子は運動神経が良くない。それでも明樹保は優大の特訓のお陰で少しは反応がいいほうなのだが。どうやらそれが起因したトラブルが起きていたようだ。

「でも痛そうだったよ」

「あれくらい。パンチに比べれば余裕余裕」

 暁美は無意識に脇腹をさすっていた。服で隠れてはいるが、その下に痣があるのは簡単に想像ができる。

 自分の失敗で暁美に怪我させたことを負い目に感じているのか、鳴子の表情に元気はない。そんな鳴子を励ますように暁美は彼女を抱きしめた。

「大丈夫だ。鳴子を守れて負った傷なら勲章さ」

「あ、ありがとう」

 鳴子は花が咲いたように笑うと、暁美の抱擁から惜しむように離れた。

「でも次回は足元に注意してくれよ?」

「はい……」

「鳴子も明樹保みたく、大の特訓を受けたらどうかしら?」

 鳴子は「ええ〜」と声を上げた。

「私は彩音さんに指南して頂いております」

 この中で唯一運動神経も悪く、特訓も受けていないのが鳴子だけである。

「彩音さんの特訓はかなり辛いですが、最近は学んでおいてよかったと思っています。おかげで以前より動きも軽いです」

「やっぱり足手まとい……」

 鳴子は自分が責められていると思い込み、肩を落とした。

「それは違うよ。足手まといだから言っているんじゃなくてね。できることが多いほうがいいと思って、みんな言っているんだよ。それに鳴子ちゃんには私達にはないヒーローの知識がある。この前はそれのお陰で私達は助かったよ」

 鳴子は明樹保の言葉をしばらく口のなかで反芻させて、夜空を見上げた。

「うん。そうだね。少しでもやれることを増やすよ。だから今度頼んでみる」

「私は手伝わないからね。1人で頼むのよ」

 凪は淡々と言った。そんな言葉に鳴子は「え、えー!」と声を上げた。

「少しでも変われるための特訓よ」

 彼女はは意地悪く笑いながら言う。

「これからの方針が決まったところで悪いんだけど、魔物が来たわ。後もう一つ悪い情報よ。タスク・フォースもこちらに向かってきているわ」

 エイダの言葉で今までふざけていた空気は引き締まる。弛緩していた空気も締まったようだ。

 明樹保が視線を彷徨わせると、どす黒い粘質の胴体を持つ魔物が接近してきているのが見て取れた。

「さて、じゃあ明樹保は下がっておいてくれよ」

「うんわかった。みんな気をつけて」

 水青達は頷いて、四方に散った。

 エイダは若草色の球体を複数空中に飛ばし、スライムの周りに飛ばす。

 

 

 

 戦いが始まる前にエイダさんは私達に提案してきた。

――今回は明樹保の能力を使わずに勝ちたい――

 最初は少し抵抗があったけど、これくらいの敵は楽に倒せないといけない。それに私達も私の能力に頼りきっていたことは気にしていたので、これはちょうどいい機会だった。私達はそれを受け入れた。私は後方からエイダさんと一緒にみんなに念話でサポートする役割に回っている。

 それともう1つ。個人的なことだけど、魔力を練る練習をしている。大ちゃんに言われたとおり、私たちの魔法は数値で表せるものでもない。攻撃も決まった魔力量を消費しているわけではない。その時の私たちの感情とか、想いの強さが魔力の消費量なのかなって。逆に言えば、どんな攻撃でも強い想いがあれば、最強の攻撃ができるわけだけど。つまり私の欠点は、魔力を強すぎる想いで、全力で使ってしまうことだと思う。

 感情をコントロールするなんて無理だし、じゃあできることって、体が馴染むくらいに魔力の練り方を覚えるしか無いんじゃないか。幸いにも肉体を魔力で強化するのはできる。ならそこから上手くやれればいいのでは。

 そう考えて、手のひらに魔力を集中させることを、最近意識している。集中させては霧散。これの繰り返し。それ以外に思いつかない。

「明樹保?」

「ああ、うん。ごめん」

「対策はわかったとはいえ、油断しないで」

 あの敵は対策さえわかれば怖くはない。と、エイダさんは言っていた。

 先の戦闘終了後、エイダさんがかなり分析を進めてわかったことだ。

 属性を保持できるのは1つのみ。そして保持は自分から解除できない。解除には時間が必要。属性の上書きは出来ない。属性の特性を持つのなら、逆を言えばその属性の弱点も持ってしまう。

『相手が水以外の成分を持っているのも幸いでしたね』

『純水なら絶縁性あるよね』

 水青ちゃんの攻撃で、水の特性を保持したスライム。そこに黄色の雷が走り、体を徐々に小さくしていった。さらに周りに炎が走り、スライムはその体積を小さくさせていく。蒸発した水蒸気はかまいたちの旋風で巻き上げられていく。

『そろそろ属性が解除されるころね』

 エイダさんの指示で4人は陣形を変える。凪ちゃんと暁美ちゃんがスライム目掛けて駆け出す。

『はいはーい。凪いっきまーす』

『合わせろよ』

 そしてもう1つ。属性を保持する条件として、受ける攻撃が1つの属性だった場合のみ保持が可能。これはさっきの戦闘で偶然わかったこと。

 つまり2つ以上の属性で攻撃されると吸収できないのだ。

「やー」

「気が抜けるだろう!」

 赤い炎と緑の風がスライムを消失させた。

 ほっと胸を撫で下ろし、エイダさんと顔を見合わせて微笑んだ。

 もっと強くならないと、この街を、みんなを守れない。だからもっと強くならないと。強くなってどんな敵とも戦えるようにならなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 明樹保は強く決意し、夜空に浮かぶ月を眺めた。

 

 

 

 

 

〜次回に続く〜

 

説明
連携しようぜって話を遠回しに説明したお話

今までのお話のリンク
上から順に1話〜となっています
http://www.tinami.com/view/689290
http://www.tinami.com/view/689656
http://www.tinami.com/view/690601
http://www.tinami.com/view/690789
http://www.tinami.com/view/691208
http://www.tinami.com/view/692532
http://www.tinami.com/view/694229

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