ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」08 |
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「エディ、どうしたの大丈夫?」
「うんん、なんでも……」
学園への帰り道。バストロ魔法学園まで続く緩い坂道をエディは生気なく歩いていた。横を歩くローズの問いかけにも、エディは苦しい作り笑いしか返せていなかった。
なんでもなくはない。昨晩、体験したことが事実なのだと認めたくはない。しかし、何か予感がしてならなかった。何か良くないことが起こる。そんな虫の知らせ。
エディは何度も思いを巡らせる。昨晩のこと。そこで見たもの。横を行くローズに相談しようかと何度も考えた。しかし、なんとなくあの存在は公言すべきものではないんだと、エディの本能が訴えているのである。
(あれは一体何なのだろう。私と同じ姿をしていたあの存在……)
昨夜の記憶がありありと蘇る。青い魔石の洞窟の更に奥底。エディと同じ顔をした少女が魔石の内部に埋め込まれたように眠っていた。どうしてその少女がエディと同じ顔をしていたのか、エディにはいくら考えても答えは出ない。ただ、一つ思い付くことはある。
ドッペルゲンガー。『自分と同じ姿の自分以外』。そんな存在が世界のどこかに二人はいると言われている。
魔学的には三身一位説として、その同じ姿をしている三人の存在が幽星体(エーテル)を通じて繋がり、相互することで現世に安定して存(あ)れるという説もある。ただ未だにその証明はなされておらず仮説の域を出ないもの。何よりドッペルゲンガーという存在に遭遇することが極めて稀であり、会えば死ぬとも言われている中で、研究が進むはずがない。
(私は会ってはいけない存在に会ってしまった?
学内の噂通り、そんな不吉な存在こそ魔女ファルキンだとでもいうの? そうだ。魔女。あれは魔女なの? 魔女なら、どうして私と同じ姿をしてるの? 私はどうしてあれを魔女ファルキンだと確信したの? 魔法学校で噂が流れているといっても、魔女がどんな容姿なのかも知らないのに、私と同じ姿をしたモノが『魔女』だなんて……)
心中渦巻くいくつもの疑問。しかし、それに答えてくれる人は誰もいない。
「ねぇ、ローズ。ドッペルゲンガーっていると思う?」
エディの声に横を歩くローズ・マリーフィッシュが、エディに表情のない顔を向けた。
遂に口に出てしまった。昨晩のことを人に話すべきでないと感じていても、一人で思い悩むのにも限界であった。誰かに言ってしまえば楽になる。その誘惑にエディは勝てなかった。
「知らない。私は会ったことないから」
突き放すような答えにエディは苦い顔をした。しかし、それがローズの性格であるとも知っている。エディはつい口を滑らせた自分に後悔する。
「じゃあ、『魔女』は? 『魔女』はいると思う?」
「どうしたのエディ? さっきから本当に変。黙り込んで急に口を開いたかと思えば、そんな質問」
「ごめん。でもちょっと気になって」
「いるもなにも、『魔女』は『魔女』だから」
確かに、魔女戦争を引き起こしたような中世の『魔女』が過去にいたことは史実であり、それを疑問に思うのはおかしいことだ。自分の質問の仕方が悪かったとエディも反省する。そして質問をやり直した。
「あのね。その、昔の『魔女』の話じゃなくて、今の世にも『魔女』がいるのかなぁって、そういうことなんだけど」
「いますよ」
「えっ、ほんと?」
ローズはエディの驚きを感じ、少し間置いた。
「エディ、多分あなたは認識違いをしている。『魔女』がどういうモノかわかってない」
「えと、そう言われても……」
「あなたはおそらく、歴史的に有名な『魔女』の何人かを思い浮かべて言っているのだろうけど、『魔女』は今でもいるのです」
「でも、そんなこと聞いたことがないから……」
「私も詳しくは。けど、アイルランドの魔女バランノイン。ポーランドのイェンジェヤン。今を生きる魔女の名をあげるだけなら私にも出来る。シュゲントでも何やら『魔女』で揉め事があったらしいし」
「そうなんだ。『魔女』って今でもいるんだ……。だったら『魔女』って何なの? どうして『魔女』って呼ばれているの?」
単なる魔法使いを『魔女』とは呼ばない。『魔女』とは特別な存在であるはずだ。
「詳しく知りたいなら帰ってマリーナに聞いたら? 残念ながら、私はあなたの教育係じゃないから」
「え、あ、うん。そうだね……」
いくら何でもローズの態度は冷たく感じた。
エディは今まで『魔女』という存在を、悪行に走り災厄を振りまいた者、歴史にすら名を残した危険な魔法使いとして認識していた。人を殺して、世の理を犯す非道な存在。いるだけで罪とされ滅っされてしまった悲しき魔道の者。エディはそのように考えていた。しかし、魔法学校の生徒であるエディも聞いたことのない『魔女』が今もいるという話は、その認識がどこかずれていたということを示していた。
(だったら『魔女』って何なの?)
心中の不安が体を動かしたのか、エディは音が鳴るぐらい大きく唾を飲む。そんな不安しか感じられない存在に会ったかもしれないなんて冗談ではなかった。
「エディ、何があったの?」
それは的確な質問だった。エディの様子、エディの質問。どれをとっても普段の彼女から逸脱していた。ローズはエディの身に何事かよからぬことが起こっているのではないかと、そう的確に感じ取ったのだ。
「な、なんでもないよ。ただ、その、気になっただけだから」
エディはこれ以上追求されるのを恐れて、学園へと続く坂道を上る歩みを速めた。
本当に聞きたかったことは聞けなかった。それを聞けばローズはどんな顔をしただろうか。エディの頭の中は疑念と疑問がグルグル回る。
ローズは魔法で質量を操作した大荷物を背負いながらもエディを追う。何かエディに声をかけてきたが、内心焦りでいっぱいのエディはその声に答えられなかった。
エディの不安の根源はそのドッペルゲンガーが魔女ファルキンだと思えることだ。
本当にあれが魔女ファルキンで、欧州全土を相手に、魔女戦争を一人で起こしたという最凶の存在だったとすれば、誰もが無力。もし魔女ファルキンが暴れ回れば、どれぐらいの死者が出るかわかったものではない。
思い悩むエディが不意に顔を上げた。
視界に煌めく光。風になびく銀色の流れが目に映る。
誰かとすれ違った。バスロト魔法学園へと向かう上り坂。傾きかけた太陽の光を反射して銀色の髪が赤みを帯びて輝いていた。
すれ違ったのが長い髪の少女だと気付き、エディは息を呑む。
考え事をして気付くのが遅れてしまった。それでもすれ違う瞬間に目に入った長い髪に目は釘付けになる。銀髪の少女。魔法学園の生徒でもおかしくない年の頃。そしてその顔は――。
「あんた!」
エディは大声を上げた。何がどうと考えたわけではない。咄嗟に振り返り、すれ違った少女を呼び止める声が口に出ていた。
「何?」
冷静な声を返したのはローズだった。そこにいたのは連れであるローズ一人。
「嘘……」
信じられない思いで辺りを見回すエディ。しかし、どれだけ探しても、その場にいるのはローズとエディの二人だけ。他に行き交う人もおらず、静かな坂道が続くだけ。
(あの髪の色。あの洞窟で見たあの少女の髪に見えた。そう、絶対そうだ。私にそっくりな顔をして髪の色だけ私と違う、あの魔女かもしれない少女の……)
息が上がる。手が震える。あの洞窟での感情が蘇る。エディを不安と恐怖に染め上げる。
「ローズ。今の人どこ? すれ違ったよね? 髪の長い人。すごく髪が長くて、銀色で。顔は私にそっくりで」
エディは今すれ違った人物の顔はよく見ていなかった。考え事をしていて顔を見ていない。その人物が本当に昨日洞窟でみた少女だったのかはっきりしない。近眼のエディには人の顔が元々見えにくいのだ。しかし、エディには確信があった。今すれ違った人物は、昨日エディが青き魔石に沈んだ少女なのだと。
「すれ違ったって何が?」
「だから今、ここを歩いていたっ!」
苛立った思いのまま、エディは声を張り上げる。
エディにだってわかっている。ローズが疑問に思う理由も。どれだけ辺りを見回したところで誰もいない。存在しないのだ、そんな人物。
おそらくローズはそんな少女を見ていない。あれはなんだったのだろうか。エディが見た幻? それとも魔女は忽然と姿を消したのか? エディは益々混乱するばかりだ。
「エディ。私が言うのもなんだけど、熱でもあるんじゃないですか?」
ローズは心底心配してくれているようだった。いや、どこか憐れむような、そんな雰囲気もある。
エディにもそれが痛いほどよくわかる。それはエディ本人の方が、これが夢幻の類であったならどんなに楽なのだろうかと、そんなことすら考え始めていた。
道中ローズに不審がられながらも、エディは自らの住まいである女子寮に帰り着いた。単なる買い出しのはずが、身が重く心身共に疲労を感じていた。対するローズは部屋で買った服を楽しむ為か、さっさと自室に帰っていった。同じ買い物に行った同士だというのにこの差は一体なんなのか。エディは廊下に一人取り残される。
「はぁ、どうしたらいいのかな……。誰かに相談するとか……」
エディの脳裏にクラン会長の顔が思い浮かぶ。学園自治を取り仕切る彼女なら、相談すればそれなりの対応を取ってくれるはず。そうは思っても、なぜかしら足はクラン・ラシン・ファシードの部屋には向かず、体が覚えてしまったマリーナの待つ自室へと勝手に帰り着いていた。
「あ、お帰り」
エディが部屋に戻ると、マリーナは既に部屋着に着替え、ベッドに転がりだれていた。ベッドの枕元にはエディの魔道衣らしき黒い布。どうやら、彼女はエディの魔道衣の修復をしてくれていたようだ。
「これ、例の奴」
エディは自分の買った物は抜き取って、買い物袋ごとマリーナの机に置いた。雑貨屋で仕入れてきた薬草の臭いが鼻腔を掠めた。
「ありがと、お金足りた?」
「うん、ちょっとまけてくれた」
「はぁ、私も今日は街に行けばよかったなぁ」
エディはマリーナが妙に気怠くしているのに気が付いた。
「どうかしたの?」
「どうもこうもないわよ。聞いてないの、ブリテンの話?」
魔女に思える自分自身(ドッペルゲンガー)のことで頭がいっぱいだったのでエディは忘れていた。このバストロ魔法学校にとって、ブリテンの件が今一番の話題だろう。
「あ、うん。店のラジオでちょっと。やっぱり学園は大騒ぎ?」
「大騒ぎっていうか、生徒は色々噂しているけど、学園側は着々と戦争準備しているって感じかな。『四重星(カルテット)』は学園長に呼び出しがかかったみたいだし、先生達も慌ただしそう。そのくせ、講義はなくならないし。そうそう、詳しくは教えてもらってないんだけど、誰かに学園の結界が破られたんだって。ブリテンの工作員が入ったんじゃないかとか。なんか物々しいわよね。あ〜、嫌になっちゃう」
(が、学園の結界?)
唐突に出た話題に、思い切り心当たりのあるエディは動揺を隠せない。
「あのぅ、マリーナ。その結界の話、いつのことか聞いてる?」
「ん? 話じゃ、昨日の夜のとか、そんな話だったけど、肝心なことは何も教えてもらえなかったからなぁ。クラン会長辺りなら何か知ってるかも」
(き、昨日……。も、もしかして、その結界破ったのって私?)
〔くくく、自首するなら今のうちじゃな〕
責めるような声にエディはぐうの音も出ない。
「そうだよね。昨日の夜って時間も同じだし、やっぱり私が」
昨晩、林の中で学園長を見かけ、結界に侵入したエディ。無理矢理に入ったのでそのときに結界が壊れていても不思議ではない。
「時間? エディ何か知ってるの?」
「え?」
エディが間抜けな声をあげた。一瞬何が起こったのかわからなかった。
「いや、『え?』って、エディが言ったんじゃない。時間も同じって」
(え? え? 何? 今マリーナ以外の変な声がしたような……)
マリーナに言われてエディは心中戸惑うばかり。
〔変とは失礼じゃな〕
(そう、さっき聞こえたのはこんな声だった……)
〔全く、物わかりの悪い奴よのぅ〕
「えええ!」
驚きのあまり、エディは本当に軽く飛び上がってしまう。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第二章の08 |
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