恋煩い
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「どうせならさ、ルームシェアしない?」

「え?」

 奈緒が急にそんな事を言うので、私は思わず手を止めた。

「だって、今もこうして相手の部屋にいてばっかりじゃない? だったら、いっそのことルームシェアでもすれば、色々と便利だと思ってさ」

 確かに、昔から私たちはいつも一緒にいたし、今もこうして私の家で受験勉強に取り組んでいる。春には同じ大学に行く予定なので、お互い近くに住めればいいなあとは考えていたが、それもそれで悪くないのか。

「そんなの考えもつかなかった」

 私は苦笑しながらも、内心は嬉しくて仕方がなかった。より彼女との時間が増えると思うと、思わず口元が緩む。

「あー、でも彼氏とか部屋に連れ込んだりしたいとか?」

 その言葉に、私の嬉しさは消し飛ぶ。

「え? あなた彼氏欲しいの?」

「う、うーん。今はよくわからないけど、一応……かな?」

「……そっか」

「まあ、そういうのはお互いに配慮すれば大丈夫でしょう。ねえ、考えてみない――」

 

 その言葉以降はもうよく覚えていない。変わっているのは私の方で、彼女は普通なのだ。

 同じ空間で、誰よりも仲が良い親友。

 そう、親友なのだ。ましてや女同士、恋人になんかなれない。

 分かっていた、つもりだった。

 でも、こうして言葉になって表れると、どうしようもない現実感に打ちのめされてしまう。

 いつかこんな日が来てしまうのは分かっていたけど、そんな事を考えたくはなかった。感じたくはなかった。

「カナダに行って、二人で暮らそう。……なーんて、言えれば良かったのかなあ」

 ベランダで一人つぶやく。その言葉は冬の寒空に白く溶けてしまう。叶わない私の夢と同じで、儚くも一瞬で消えてしまう。

 卒業まで、もう時間がない。

 ベランダに座り込み、自分の体を抱きしめる。

 寒い。

 痛い。

 切ない。

 奈緒との思い出を振り返るたびに、胸が締め付けられるように痛んだ。

 自然と、涙が浮かぶ。切なげなため息が漏れる。それもまた、寒空に消える。

 私の事どう思ってるんだろう。

 でも、彼氏が欲しいと言う事は、きっとそういう事なのだろう。

 いっそ気持ちを伝えたら、楽になれるのだろうか。

 叶わなくても、言う事が大切なのだろうか。それとも、叶わないのなら、ずっとこの関係に浸っていればいいのだろうか。

 分からなかった。何より自分の事なのに、大好きな彼女の事なのに。

 答えは、出そうになかった。

 好きだけど、言えなくて、寒空の下で静かに涙を流した。

 これから先、彼女にどんな顔をすればいいのだろうか。もう、分からなかった。気持ちの整理がつかなくて、ただただ泣くことしか出来なかった。

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 そして、長い事寒空にさらされていた私は見事に風邪を引いてしまった。

 受験が近い時期に風邪を引くなんて、自己管理がなってないと自分でも思ったが、気持ちの整理すら出来ない私にはお似合いだった。ましてや、もう全てがどうでもよく思えてさえ来る。好きな人と同じ大学に行ける、そしてルームシェアが出来るかも知れない。それだけで幸せだったはずなのに、今はとてもそうは思えない。むしろ距離が近いだけに、心の距離が離れているようで、かえって物悲しく感じる。

 本当に、何をやっているのだろう。

 ベッドからぼんやりと天井を見上げ、一体私は何をやっているのだろうか。好きな人を想って、夜な夜な外で泣いて、風邪を引くだなんて、なんと女々しいことか。

 この話をしたら、彼女は一体どんな顔をするだろうか。

 そんな事を考えていると、階段を駆け上がるような音が聞こえ、私の部屋のドアが開かれた。開かれたドアの先には、奈緒が立っていた。

「奈緒!」

 驚きのあまり体を起こすと、額のタオルが床に落ちる。そして、はっとするように私は続けた。

「何してるの! 風邪うつっちゃうから、入って来ちゃ駄目よ!」

「ああ、あたしは大丈夫だから。美穂はゆっくり寝てなきゃ」

 奈緒はそう言って部屋に入り、床に落ちたタオルを拾って、私を優しく寝かせながら、額にタオルを置く。あまりにも流暢な動きだったので、反論する間もなく私はベッドで横になっていた。

「昨日の今日で風邪だから心配しちゃったよ」

 そう言いながら奈緒はベッドの横に椅子を持ってきて、腰を掛けた。

「……ごめん」

「いや、別に謝ることじゃないでしょうに。……何やってたの? 寝付けなくて、夜空でも眺めてたの?」

「まあ、そんなところかな……」

「はー、美穂はロマンチストだねえ」

 何だか照れくさくなって、口元に布団を持ってくる。もともと風邪で熱があるのは分かるが、奈緒が隣にいるだけで、どきどきしてさらに頬が熱くなるのが分かる。

「あー、大分熱あるみたいだねえ。顔真っ赤だよ」

「っ――」

 思わず顔をそむける。全然分かってないけど、そういう所が無邪気と言うか、素直と言うか。そんな自然な所が私を惹きつけてやまない。

 奈緒は全く気取ってない。他の女子と比べて、ここが全然違う。いや、好きな人という見方を除いても、彼女は魅力的だと思う。

 天然、とまではいかないが、自分の思った事をはっきりとストレートに言う。そこに、嫌味や皮肉が全く感じられない。女同士の陰湿なものを全く感じず、さらっとしている。どこか能天気で、一緒にいるとこっちも自然と笑顔になる。

 そんな居心地の良さが、たまらなく愛おしい。こうして、何でもないように看病しにきてくれる優しいところとか、昔から全然変わってない。

「あ、そうだった」

 そう言って、奈緒は自分のカバンからコンビニのビニール袋を取り出す。

「調子よかったら食べられると思って、ヨーグルト買ってきたんだー。確かこれ、美穂好きだったよね?」

 そう言って奈緒が右手に持っているものは、まさしく私の大好きなアロエが入ったヨーグルトだった。

 ああ、こういう些細な所まで覚えていてくれてるなんて、ずるいなあ。

「あ、ありがとう。……じゃあ、いただこうかな」

 そう言って、体を起こし、手を伸ばすと奈緒はそれを避けた。

「ダメダメ、病人はおとなしく看病されてなくちゃ」

「え?」

 いいからいいからと奈緒は言いながら、スプーンの包装を取り、ヨーグルトの包みを剥がす。そしてヨーグルトをすくって、私の前に持ってくる。

「はい、あーん」

「え、えええ!?」

 驚く私を見て、奈緒が不満そうな顔になる。

「何? あたしのあーんはそんなに嫌なの?」

「ち、違うよ! 突然の事でちょっとびっくりしちゃっただけと言うか……」

 嫌どころか、願ってもいない事だった。好きな人にあーんしてもらえるなんて、予想もしていない出来事に、私の鼓動はますます激しくなる。

「う、うん。やっぱり体調すぐれないから、食べさせてもらおうかな……」

 ごほごほとわざとらしく咳をして誤魔化す。そうでもしないと、心臓が飛び出してしまいそうだった。

「そうそう、分かればいいのよ。はい、じゃあ改めて……あーん」

「あ、あーん」

 口を開けてヨーグルト待っていると、スプーンは私の口の直前でUターンし、それは奈緒の口へと入る。

「んー、美味しい」

「ちょ、ちょっと」

 ん? と奈緒はとぼけた顔をし、スプーンを咥えたまま、右指を振って

「お・か・え・し」

と言った。

 ああ、これはもう駄目だ。完全にペースを掴まれてる。半ば骨抜きにされてしまって、がっくりとうなだれる。残念だったという事もあるが、それ以上に、私はもういっぱいいっぱいだった。

「ああ、ごめんごめん。そんなに怒んないでよー、次はちゃーんと食べさせてあげるから。ほらほら、あーんして」

 そう言って、再びスプーンが目の前に出される。

「……あーん」

 少し拗ねたように口を開いたところで、私はあることに気付く。これって間接――。

「んぐっ」

 半ば押し込まれるようにして、ヨーグルトを食べさせられる。口のなかにひんやりとした甘い味が広がって、火照った私の体を優しく冷ます。その時、アロエの果肉がやけに生々しく感じられた。

 それを見て、奈緒が笑う。

「どう、美味しい?」

 あっけにとられながらもコクコクと頷く。間接キスで戸惑う私の気をよそに、奈緒はどんどんヨーグルトを差し出す。

 そのたびに聞く、あーんという間延びした声に、何だか背中がぞくぞくした。

 間接とはいえ、キスという事を意識すると、自然と彼女の唇に目がいってしまう。ぷっくりとした、色つやのいいピンクの唇。もし、直接キスなんてしたら、どんな感触がするんだろう。そんな悶々とした妄想が次々とよぎったが、アロエヨーグルトの味がそれらを塗り替えて行った。

 ああ、どうせならこの時間がいつまでも続けばいいのに。そんな事を考える私ののぼせた頭と体に、冷たいヨーグルトはよく染みこんだ。

 

 何十回かそれを繰り返していると、ヨーグルトもなくなった。時間にして、おそらく五分もかからなかっただろうが、私にはとてつもなく長い時間を過ごした気がした。最後のヨーグルトを飲みこむ音が、やけに部屋に響いた気がする。

「あら、もうなくなっちゃった」

「ご、ごちそうさま」

 そう言うと、彼女は笑顔になった。

「はーい、お粗末様。それだけ食べられるなら、大丈夫そうね」

 いつみても、この花が咲いたような笑顔はたまらない。

「うん、奈緒のおかげよ。ありがとう」

「やだなー、面と向かってそんな事言われると照れちゃうわ」

 そう言って、彼女は赤らめた頬をかく。

 奈緒が隣にいるだけで、不思議と身体が楽になっていた。体が上気している事に変わりはないのだろうが、胸のドキドキとか、彼女の笑顔からそういったエネルギーをもらっている気がする。

「……そう言えばさ」

 ヨーグルトの容器を片づけながら、奈緒は続ける。

「美穂、やっぱり何か悩みでもあるの?」

 その一言で、昨日の出来事を思い出してしまう。浮かれた熱が一気に引いて、思わず目を見開く。

 そうだった、私は何で風邪なんて引いたのか。

「……やっぱり何かあったのね。その顔を見なくても、何となくは分かってたわ」

「え、えっと……」

 変化は分かっても、気持ちまでは分かってくれないのだろうか。

何だか、胸が痛い。苦しい。近くに奈緒がいて、彼女の事を想っているはずなのに、先ほどの幸福感とは真逆の感情が溢れる。

「あたしにも相談出来ない事なの?」

 体を乗り出してこちらを見つめる視線に釘付けにされてしまう。

「う……」

 そんな目で見つめられると、弱い。

 ここで話してしまっていいのだろうか。でも、嘘や隠し事をしたまま、奈緒といるのは今よりもっと苦しい気がする。

 せめて、遠まわしにでも、少し話してみようかな……。

「あ、あのね。……実は、私、その……好きな人がいるの」

 言ってしまったあと、少しだけ時間が止まってしまったような感覚がした。

「え?」

 奈緒の声は私の予想以上に驚いたものだった。

「ふ、ふーん。そっかー、美穂にも好きな人がねえ……」

「う、うん。一応……ね」

 何だか妙な雰囲気だった。奈緒は少しうつむき加減だったし、私たちの間でこのような話をする機会が皆無だったわけではないが、やけに今回だけは違和感を感じた。もしかしたら、風邪のせいなのだろうか。

「……ねえ、美穂」

「何?」

 奈緒が顔を上げ、目が合う。

「人を好きになるって、どういう気持ち?」

「え?」

 あまりにも想定していない質問だった。

「……変な話なんだけど、あたしさ、人を好きになるって気持ち、いまだによく分かってないのよ。なんていうかさ、ドラマとかそういった中でなら分かるんだけど、いざ自分の話になるとどうも現実感がなくてね」

「そう……なんだ」

 あまりに面食らってしまって、どう言っていいのか分からなかった。昨日あんなことを言っておきながら、自分は何も分かってないのかと。

「ねえ、好きってどんな気持ちなの?」

 じっと見つめられると、さっきまでの冷めた鼓動が再び熱を持ち始める。今感じているこの感情が、まさに好きって気持ちなんだろう。本人は、全く分かってないけれど。

「うーんと、なんて言ったらいいんだろうか……」

 口に出さなくても、自分ははっきりと分かっていた。こちらを見つめる彼女が好きだという事を。今の、素直な気持ち。それを言うだけ。なのに、どこか苦しい。甘いけど、痛い。

「隣にいるとね、すごい胸がドキドキするの。でも、最初からそうだったわけじゃなくて、何かしらのきっかけがあると思うのよ。惚れちゃう瞬間というか、そんな出来事がさ」

 そう、私にだって、そういった話がある、奈緒を好きになってしまうきっかけが。

「へえ……」

 奈緒の返事は曖昧なようで、そうでもないような感じだった。今まで聞いたことがないような、変わった返事。そして、今までに感じたことのない雰囲気と見たことのない表情をしていた。何だか、奈緒が奈緒でないようにすら感じてしまう。

「あとはね、いつの間にか……そう、気が付いたら、その人の事ばっかり考えてるようになるの。別に、今何してるんだろうとか、そんな具体的な事じゃなくて、何となく気が付いたらその人の顔が頭に浮かんでると言うか……」

 言っていて、顔から火が出そうだった。彼女は分かっていないが、私が今やっていることは告白も同然だった。

「ねえ」

 奈緒が胸のあたりを押さえながら、声をかみ殺しすように続けた。

「すごい、変な事聞くかも知れなんだけどさ。恋って、普通男とするものじゃないの?」

「え?」

 思わず、私は耳を疑った。

「それってどういう――」

「なんかさ、さっきの話聞いてるとさ、あたし、もしかしたら美穂の事好き……なのかなって思って」

「……ええ?」

 しばらく言っている事の意味が分からなかったが、理解した途端に素っ頓狂な声が出てしまった。

「いや、だってこう、一緒にいるとドキドキして、気が付いたらその人の事考えてるってさ、何かそれって美穂の事なんじゃないかなって……」

 照れくさそうにはにかみ、頭をかきながら奈緒はそんなことを言った。

 それは私にとって願ったり叶ったりな状況だったのだが、私の頭は完全に思考停止していた。

「え、あの、その……」

 頬がより熱くなる。胸の鼓動がより強く感じられて、今度こそ本当に心臓が口から飛び出してしまう気がする。多分、自然と熱っぽい視線になっていたと思う。

「ご、ごめんね。急に変なこと言って、おかしいよねこういう――」

「おかしくなんかないよ!」

 美穂の言葉をさえぎって、私は続ける。

「私……私の好きな人って、美穂……あなたなの」

 言ってしまった後、妙な脱力感に襲われる。視界がにじむようで、火照っているのか、のぼせているのかの差が分からなくなる。

「え?」

 目の前の彼女はひどく驚いた顔をしていた。先ほどよりも、より驚いた表情で。今までに見たことのない表情だった。

「私の好きな人は美穂なの!」

 もう言ってしまえと言わんばかりに、相手の手を取って、面と向かって言い放った。気が付くと、涙が出ていた。

「え? ええ?」

 状況が掴めていないであろう彼女が私から目を逸らす。ほんのりと紅潮した頬がやけに目についた。

「ずっと、ずっと前から好きだったの」

 彼女の目が大きく見開かれる。そして、向き直ると、目が合う。

「……覚えてる? 私、小学校の時に少しいじめられてたよね。暗いとか、ドジとか言われてさ、色々酷い事されてたの。そんな時に、唯一味方になってくれたのが奈緒、あなただけだった」

「でもそれって――」

「うん。最初は本当の友達に会えたって、多分感謝の気持ちだったんだと思う。でも、それ以来、私が変わるために服選んでくれたり、二人でどこかに出かけるたびに、段々意識が変わり始めてたの。いつの間にか、そんな風に考えるようになって、顔を合わせるたびに、どきどきしてた。それで、奈緒の事好きだって気付いたの。友達としてじゃなく、恋人として、そばにいたいな……って」

 不思議と、言ってしまう事に抵抗はなかった。多分、これが私の本心だったからだと思う。今まで感じたことのない胸の高鳴りも、火照りも、今はどこか心地よく感じるくらいだ。

「あ、うう……美穂はあたしの事ずっと好き……だったんだ」

「うん」

 躊躇いもなく、自然と言葉が出た。

「で、でもさ、あたしそういうの良く分からないっていうか、なんていうか――」

「じゃあ、奈緒は私の事嫌い?」

 思わず、握った手に力が入ってしまう。

「う……。よく、分からない。間違いなく嫌いではないんだけど、好きかってそういう意味だと、うーん……さっきの話聞いた感じだと、何かそんな気もするし、そうじゃないような気もするし、でもドキドキしてるしで、なんかもうわかんないよ」

「そっか」

 何となく、奈緒はそう言う事を決められなさそうだとは思っていた。

「じゃあ、その気持ち、確かめて見ましょう」

 そう言って、私は握った手を離して、彼女の両頬に当てる。

「え?」

 彼女の驚く隙をついて、顔を寄せ、そのままキスをした。

 ちゅっ、と小さく音を立てて、唇同士が重なる。これまで感じたことのないやわらかな感触に、身も心も溶けてしまいそうになる。驚きに固まる彼女を、唇越しに感じる。顔にかかる息が、少しだけくすぐったい。奈緒の唇は、アロエヨーグルトの味がした。

 時間にすると、多分一〇秒も経っていないだろうが、長い時間キスをしていたように感じる。名残惜しむようにゆっくりと唇、そして手を離し、真っ赤になった彼女と向き合う。

「これが、私の気持ちなの。……ねえ、これでもまだ、好きって気持ち、何だか分からない?」

「……分からない。全然、分からないよ! 何か体熱いし、心臓ドキドキ言ってて頭真っ白でもう何考えたらいいか全然分からない!」

 奈緒は、顔を覆ってぶんぶんと首を横に振る。しばらくそうしながら、分からない分からないとつぶやいていたが、急にぴたりとそれが止んで、私の方に向き直った。

「だ、だからさ……その、もう一回、気持ち確かめさせて」

 そう言って、今度は彼女からキスをされた。先ほどよりも短めなキスで、軽く唇に触れる程度だったが、それだけで頭が真っ白になりそうだった。

「ど、どう? 奈緒、私の事好き?」

「う、うーん……も、もう一回」

 そう言って、またキスをした。今度はどちらからと言わず、自然に唇が寄り添った。

 そうして何度も唇を合わせるたびに、もう答え何か聞かなくても私たちは分かり合えた。言葉がなくとも、お互いの気持ちに気付いていた。

 私たちのファーストキスは、アロエヨーグルトの味がした。

 

「あ、そういえば風邪移っちゃうよ」

 今更私がそんな事を言うと、奈緒はくすりと笑った。

「いいよ。私があなたの風邪、引き取ってあげる」

 そう言って、また口を塞がれる。奈緒の唇は、アロエヨーグルトの味がした。

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 それから二日が経ち、私が風邪から回復した所、今度は奈緒が風邪を引いてしまった。

「……まさか、本当にうつっちゃうとはねえ」

「いやあ、面目ない」

 ベッドで横になっている奈緒は苦笑した。

「まあ、私がうつしちゃったんだしね。この間のお礼も兼ねて、今日は私が看病してあげるわ」

「あ、ありがとう」

 固く絞ったタオルを額に乗せると、奈緒はにっこりと笑った。

 きっとこうやって助け合いながら、これから彼女と過ごしていくのだろう。こうしてお互いの気持ちに気付いて、晴れて恋人同士にはなれたのだが、まだまだ分からない事ばかりだ。

「友達と、恋人の違いって何?」

 その彼女の言葉が未だに私の中で引っかかっていた。キスをする関係……なんて曖昧な繋がりではないのだろう。別に、それが同性だったからとか、そんなことは関係なしで。

 どんな形が正解かなんて、私には分からない。だけど、このドキドキが続いて、好きって気持ちがある限りは、何の問題もないように思う。少なくとも、私の隣に彼女がいてくれれば、それだけ幸せだ。それ以上の事は何もない。

 彼女もきっと、そんな風に想っているに違いない。

「あ、そうそう。私も調子よかったら食べられるかなと思って、奈緒の好きなプリン買ってきたよ」

 そう言って、バッグからコンビニの袋を取り出し、その中からプリンを取り出す。

「ありがとう! あ、私の好きなミルクプリン選んでるなんて、さすがは美穂ね」

「……面と向かって言われると、何だか照れちゃうな」

 そう言って、お互いに笑い合った。

「プリン食べたら元気になれそうだしね、美穂食べさせて」

「気持ちが分かった途端にこれだからねえ。一体、私がどんな思いをして――」

 そんな言葉も、美穂の表情を見ると、続きはしなかった。そうだった、言葉なんて、なくてもいいんだ。何より、今こうしている時間が幸せなのだ。

 スプーンの包装を取り、プリンの包みを剥がす。そして、プリンをすくって、奈緒の前に持っていく。

「はい、じゃああーんして」

「あーん」

 私がされたように、直前でUターンさせて私が食べようと思っていたのだが、それを察した奈緒に手を掴まれ、悠々とプリンを食べられてしまった。

「ふふん、その手には乗らないわよ」

 得意げに咀嚼する奈緒を見て、つい、いたずらしたくなった。

「へえ、でもまだプリン残ってるよね?」

 そう言って、奈緒の顔を押さえ、勢いのままにキスをする。その反動で二人ともベッドへと倒れ込む。唇が離れると、真っ赤になった彼女の顔が目の前に合った。彼女の瞳に映る、私の顔も同じくらい真っ赤だった。ベッドに倒れたまま、手を握り合って、幸せな時間をお互いに感じ合う。それがたまらなく愛おしくて、そのままゆっくりと、どちらからと言う事なくもう一度キスをした。

 今度のキスは、ミルクプリンの味がした。

 

説明
※百合注意
前回の反動とばかりに、自分の書きたいシチュエーション詰め込んだ結果、かなり甘い内容になったと思います(苦笑)
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