ゆる色びより第2話
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     Scene1

 

 

 ――いつもと同じ、日常の一ページだと思っていたその日、思いがけず物語は始まる。

 太陽はすでに地平線を離れ、遠く見える山よりも高い。陽光に照らされ、四本の人影が並んで伸びていた。

 日曜日、時刻は一〇時ちょうど。早朝というには遅く、昼というには早いそんな時分に、四人の少女がとあるだだっ広い駐車場に立っていた。

 そう、彼女たちがこの物語の主人公。……しかし、これから起きることを、彼女たちには知る由もなかった――。

 

「……さっきから何を言っているの、ゆいゆい?」

「んっふっふ。プロローグだよプロローグ。今日、ここで起きる大事件の、ね」

「不吉なこと言わないの。今日は――」

 呆れた様子の春流美ちゃん。彼女の言う通り、そう今日は、

『皆でお出かけなのだ〜!』

「あっ、えと、お、お出かけや〜?」

「無理に二人のテンションに合わせる必要はないわよ、あっきー」

 声を揃えて高らかに言うのは私と冬莉ちゃん、咄嗟のことについて来られなかったのは秋ちゃん、冷静に楽しげなのは春流美ちゃん。いつもの(と言っても一緒に行動するようになったのは数日前からだけど)仲良し四人組は、今日初めて学校以外の所に集まっている。

 現状を簡単に説明すると、ここは私たちの通う高校の近くにあるショッピングモール。プロローグ(?)の通り私たちは駐車場にいると言えばいるのだが、実際はそのど真ん中にではなく、端っこの駐輪場のすぐ傍である。私と春流美ちゃんは家が近いから自転車で来たのだけど、家が遠い秋ちゃんと冬莉ちゃんは電車のため、駅で落ち合ってからここまで来た。駅とはそれほど離れていないのだけど、二人ともここが初めてみたいだから一応念のためにね。

 それにしても、秋ちゃんと冬莉ちゃんの私服姿は初めて。ということでここはよく観察しておくことにしようかな。

 まずは冬莉ちゃん。このご時世珍しくはないのだけど、とは言っても友達になる確率はかなり低いボクっ娘の芙蓉冬莉(ふようふゆり)ちゃんは、その一人称が持つイメージに反してえらく可愛らしい格好だ。ふわふわのワンピースにカーディガンを羽織り、なんというかお淑やかなお嬢様っぽい。ちなみに今日の髪型はツインテール。

 それに対して秋ちゃんこと椚木秋(くぬぎあき)ちゃんはTシャツの上にパーカー、下はジーンズとボーイッシュな出で立ち。恥ずかしがり屋だからか帽子を少し目深にかぶっているけど、その割には淡い色合いの長い髪を束ねることもなく、時計やベルトなど装飾品も多めである。可愛らしいんだけど、目立つよね、その格好。

 普段のイメージとしては二人の服装を逆転させたらちょうどいいような気がするんだけど、実際に見てみると意外とマッチしているのだから不思議である。

「ボクとしてはゆかっちとはるるんの格好の方が不思議なんだけど?」

 私のファッションチェックに気づいた冬莉ちゃんが、私と春流美ちゃんを交互に指差しながら言う。秋ちゃんもうんうんと頷いていた。

 どこか変かな? ちなみに短いポニーテールの私、橡結夏(つるばみゆいか)と、その幼馴染みで長い髪を首の後ろ手に結い、なんか最近大人っぽくなった馬酔木春流美(あせびはるるみ)ちゃんの服装は、私がスカート、春流美ちゃんはジーンズと下は違うものの、上は同じ黄緑色のTシャツで書いてある文字も同じ「ぽか☆シス」、いわゆるペアルック状態だった。

「うち普段のイメージから春流美は年上な大人っぽい私服や思うとったから、そのラフなカッコはもちろん意外なんやけど。それよりもペアルックなんが気になるわ」

 秋ちゃんが不思議そうな顔で私たちを見ていた。

「えっとね……」

「ああ、これはね――」

 私が説明しようとすると、それを遮るように春流美ちゃんが口を開いた。なら、春流美ちゃんに説明は任せ――

「そういう関係だからよ」

「違うっ! 予想していた言葉と何もかもが違う。……って、秋ちゃんも冬莉ちゃんも納得して頷かないのっ。違うんだから」

「そんな……。ゆいゆい、あの時交わした約束は嘘だったって言うの?」

「どの時っ!? 少なくとも、その類の約束をした覚えはないよ」

「私の恋心を踏みにじったわね。……責任を取って海外に連れてって」

「ついに恋とか言い出したし、踏みにじってないよ。というか、どうして海外に、……ああ、同性婚の出来る国に行って結婚して責任を取れと。ボケが回りくどい」

「まあ、嘘だけどね」

「うん、分かってたけどね」

「この気持ちは恋なんて生易しいものじゃなくて、最早愛と言っても過言ではないわ」

「なぜかランクアップした!」

「ふふっ」

 春流美ちゃんは満足したのか、満面の笑みで口を閉じた。ぜえぜえ、ぜえぜえ。……ツッコミは疲れる。秋ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

「大丈夫え――」

「あ、うん。ありがと秋ちゃ……」

「うち、結夏と春流美がそういう関係でも友達や」

「…………」

 もうツッコむ気力は残っていませんでした。秋ちゃんの天然発言に苦笑しながらも、冬莉ちゃん、

「それで、結局なにゆえペアルック?」

「話せば短いんだけど、疲れたから後でもいい? とりあえず建物の中に入ろう?」

「そうね。それにどうせ後で分かることだしね」

 駐輪場に着いてから早十分、未だにそこにいた私たちはようやく動き始めた。私は無駄に消費した体力を回復するためにみんなの後ろをゆっくりとついて行きながら、なんとなく昨日のことを思い出していた。

 

 それは入学二度目の土曜日、私が秋ちゃんを秋ちゃんと呼ぶようになった次の日のこと。その日は朝から春流美ちゃんの家に遊びに行っていたのだが、昼前に、

「そう言えばちゃんと宿題はやったの、ゆいゆい?」

 という、あんたは私のお母さんか的な発言をきっかけに、宿題をするのに必要な問題集とノートを学校に忘れていたことを思い出した。宿題を放置するわけにもいかず、春流美ちゃんの制服を借りて(……ぶかぶかだよ)、ついでに借りていた本を返すことにした春流美ちゃんを引き連れて、私たちは月が丘高校に向かったのである。

「ん〜、任務かんりょ〜。あぁ、お腹空いたぁ〜」

「ふふ。帰ったらご飯にしましょう」

 図書館から出た私は、目的の問題集とノートを片手に大きく伸びをした。ん〜、いい天気でいい気持ち。あっ、ちなみにこの図書館は月が丘高校の施設の一つ。図書室だと学科が多すぎて最低限必要な本だけでさえ収まり切らないらしく、三階建ての大きな建物になっちゃったそうである。そしたら今度は棚に空きスペースが出来たからと、多種多様な本が取り揃えられているのだ。例えば春流美ちゃんが借りていた『必勝! クレーンゲームの全て』とかね。可愛いもの好きだからなぁ、非売品を集めるのにも余念はない。

「――だから、ゆいゆいもね」

「心読まれたっ!? そして告白された!」

「え? いや、明日のこともあるから、今日中に進められるだけ宿題はやらないと駄目よ、って話だけど。どうかしたの?」

「……何でもないです」

 急に告白でもされたのかと思って吃驚した上に、それが勘違いだったからすごく恥ずかしいよ。うぅ。……だって春流美ちゃん、最近そういう言動が多いんだもん。勘違いしてもしょうがないと思う。

「あら?」

「ん、どうしたの? あっ」

 春流美ちゃんの目線の先に、体育館脇の道から校門の方へ歩く秋ちゃんの姿があった。休みの日にどうしたのかな?

「おーい、秋ちゃーん」

「え、結夏? それに春流美も」

 手を振って呼び掛ける。不思議そうにしながら、秋ちゃんは駆けて来た。

「あっきー、今日はどうしたの?」

「うちはこの前の猫が気になっとったから来たんやけど、二人は?」

「私たちは忘れ物と本の返却にね。それにしても偶然だね、休みの日に学校で会うなんて」

 私たちは誰も部活に入っていないから、休みの日に学校に来る用事があるなんて事がそもそも珍しい。

「ほんとほんと。ボクもまさか三人が学校に来ているとは思いもよらなかったよ」

 後ろから声がした。

「やっほー。って、はるるん、なんで残念そうに溜め息吐くんだよぉ」

「……いや、なんで揃ってしまうのかと思って。別にいいんだけど」

 そこには予想通り冬莉ちゃんの姿。春流美ちゃんの反応に可愛らしく頬を膨らますが、すぐさまいつもの笑顔を見せる。少し気になるのは、

「冬莉、なんで白衣着とるん?」

 秋ちゃんが私たちの気持ちを代弁する。なぜか制服の上に白衣を着ていた。科学者が着るような実験用の白衣。ちゃんと洗っているようだが、だいぶ使い古した感じで、自然と着こなしていることがなおいっそう謎を呼ぶ。

「ああ、これ? だって実験する時はちゃんと着ないと危ないからね。それに制服汚れちゃうと困るし」

「ふぅん……ぅん?」

 答えを聞いた秋ちゃんが、一瞬納得しかけて、期待していた答えと違い首をひねっていた。私と春流美ちゃんも同じ気持ちだったが、冬莉ちゃんは説明し終わったという様子で、なんとなく訊き返しづらい。ので、三人で話し合うことにした。

「ねえ二人ともどう思う?」

「う〜ん、今更ながらふゆりんは謎な所が多いのよね」

「せやな。いつも無尽蔵に食べよるし、髪型はころころ変わるし、何より一人称がボクやし」

「おーい、なんで三人でこそこそ話してるのー? ゆかっちー? はるるーん? あっきゅんー?」

「そう言えば、あれだけ食べているってことは、当然のことながらあれだけ買っているってことだよね」

「たしかに。お弁当の方は原価が分からないけど、パンの方は一個百円だとしても、一日二〇個は確実に超えているから、ひと月に……」

「……怖くて食費の計算出来へん」

「ありゃりゃー、完全に蚊帳の外だよ。さみしくてボク泣いちゃうかもよー? おーい」

「それに加えて今日の白衣……」

「最早考えるだけ無駄かもしれないわね」

「同感や」

 結論が出たところで話し合い終了。冬莉ちゃんの方に振り向く。

「……よかったー。皆やっとこっち向いてくれた」

 冬莉ちゃんが安堵した様子で息を吐いていた。ちょっと悪いことしちゃったかも。ごめんね。

 ――にゃー。

「あっ、三毛猫さんだ」

 ふいに猫の鳴き声。いつの間にかに寄って来ていたようだけど、たぶん目的は――

「えびね」

 やっぱり秋ちゃんの知り合いの猫のようだった。たぶん名前かな、えびね、と呼ばれた猫は秋ちゃんの足元で立ち止まる。秋ちゃんは腰を屈めてえびねの頭を撫でる。えびねは気持ちよさそうに目を細めた。

 にゃっ、にゃー。にゃにゃ。

「つるな探しとんの? 少し前やけど、プールの傍で見かけたえ。……うん、ほなら見かけたらうちからもつるなに言うとくなー」

 …………。えっと、話が終わったのか、猫さんはプールのある方角に走っていき、秋ちゃんは手を振っている。

というわけで、今度は秋ちゃんを除くこそこそ会議第二回開催。

「再び、二人ともどう思う?」

「あっ、さっきこんな風になってたんだね。でも、なんでボクがアウェーになってたの?」

「気にしちゃだめよ、ふゆりん。今はあっきーが議題なのだから」

「で、やっぱり秋ちゃんって」

「ここまで来ると疑いの余地はないよ」

「信じられないけど、どう考えても」

『猫と会話が出来る』

「えびね、ちゃんとつるなに会えるとええんやけど。……って、あれ? 今度はうちが外されとる。結夏ー。春流美ー。冬莉ー。……うぅ、これ思ったよりさびしいかも」

「この前の出来事からして、猫さんたちにことさら信頼されているみたいだし」

「わざわざ猫があっきゅんを呼びに来てたもんね」

「考えてみるとまだ入学して一週間しか経っていないのに、この信頼の厚さ。異常だわ」

「私としてはあの名付けセンスの方も気になるかも。……あっ、そうだ!」

 頭の中に名案が閃いて思わず声を上げた。三人が不思議そうにこっちを見ている。んっふっふ、いいこと思いついた。

「冬莉ちゃん、秋ちゃん。明日暇かな?」

「えっ、うん、ボクは特に用事ないけど?」

「うちも。でもなんで?」

 なるほどなるほど、二人とも大丈夫のようだね。そこに、春流美ちゃんから横槍が入る。

「なんでわたしには訊かないのよ。というか明日は――」

「だからこそだよ。ねえ、二人も明日一緒にこの近くのショッピングモールにお出かけしない? 春流美ちゃんと私はもともと用があって行く予定なんだ」

「あっ、なるほどね」

 私の言葉に春流美ちゃんが納得する。流石幼馴染み、意思疎通が迅速かつ正確。それで、冬莉ちゃんと秋ちゃんの反応はと言うと、

「うん、行くー」

 軽い調子で冬莉ちゃん即答。

「……と、友達とお出かけやなんて、初めてや。……うん、絶対行く」

 秋ちゃんは頬を赤らめながら、小さいのに気迫のようなものを感じさせる声で了承。これで、明日の予定は決定だね。なら早速打ち合わせをと、思ったところで――

「くおらぁ、冬莉ぃいいいい! 勝手に化学実験室使ってどこ行ったぁああああ!!」

 特別教室が主に入っている校舎の方から地鳴りのような怒鳴り声が響いた。今の声ってもしかしてひなちゃん? 通称ひなちゃんこと犬榧日向(いぬがやひなた)先生は私たちの担任教師。スタイルも顔立ちも良く、つやのある長い黒髪が魅力的でありながら、男っぽくざっくばらんな喋り方で、Tシャツ、ジーパン、白衣が基本スタイルの割と残念な美人さん。

 ちなみに一昨日授業をさぼった私たちを、それはもう鬼の様に怒った先生なのだが、生徒思いで人気の高い先生でもある。

「やっば! ごめん皆この話はまた後で」

 言い終わるや否や、顔面を蒼白させた冬莉ちゃんは一目散に逃げ出した。余りの勢いゆえに私たちは返す言葉もなく、呆気にとられているうちに冬莉ちゃんの姿は消えていた。

「……えっと、お腹空いたし帰ろっか」

「そうね、明日のことはメールで連絡しましょう」

「……せやな」

 その日、冬莉ちゃんと連絡が取れたのは日が落ちてからだった。……冬莉ちゃんがひなちゃんに捕まったかは、言わずもがな。

 

「わ〜。すっごい広いなー」

 初めて来た秋ちゃんが小さく歓声を上げる。冬莉ちゃんも予想以上の規模だったらしく、びっくりした様子だ。丘の上にあるうちの高校からも見えるのだが、あまりにもうちの高校が大きすぎるからたぶん甘く見ていたのだと思う。

 私たちは今ショッピングモールの中にいる。食料品や生活用品を扱う大きなエリアがある一番端のエントランスから入った見える範囲は狭いが、それでも洋服店やパン屋、スイーツショップなど色んなお店が見える。このショッピングモール自体完成から数年しか経っていないのもあるが、全体的に綺麗で明るい印象。休日ということもあって人は沢山いるんだけど、ところどころ三階まで吹き抜けになっているため圧迫感はない。

 このショッピングモールは少し弧を描く形で南北に延びているんだけど、南北で対称ではない。反対側は今いるここ以上の広さを持つイベント広場があるんだけど、今はまだ内緒。

「さて、と。とりあえずどこから見て回る?」

 問いかけてみるが、皆返答に窮している様子。まあ、でも仕方ないか。秋ちゃんも冬莉ちゃんもここは不案内、何がどこにあるのか無いのかも分からないのだから。となると、ここは――

「春流美ちゃん、決めてー」

「無茶振りもほどがあるわよ。……ええっと、そうね」

 不満げな態度を見せつつも、ちゃんと考えてくれる優しい幼馴染みに感謝。

 しばらく思案していると思ったら、まあいいわよね、となぜか前置きをしてからいつになくおずおずとした様子で切り出す。

「じゃあ、えっと、ぬいぐるみ屋さん」

 ……たまにこの大人びた幼馴染みが非常に可愛く思えます。

 私たちは二階にあるぬいぐるみ屋さん、『ファンシー・スウィート』に移動してきたわけだけど……。

「は、春流美?」

「……はるるん?」

「ん、二人ともどうかしたのかしら?」

「…………はぁ」

 立ち振る舞い、口調ともにいつも通りの春流美ちゃんなのだけど、瞳から感じる迫力が凄い。若干二人が引いてしまうのも無理ないというもの。どんだけ可愛いものが好きなの、と私も溜め息を吐くしかない。

 そんな私たちの反応を見て見ぬふりか、それとも本当に気づいていないのか、ふらふら〜っと手近の棚に近づくと、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて感触を何度も確かめ始める。時折別のぬいぐるみを手にとっては同じ行動を繰り返していた。

「秋ちゃん、冬莉ちゃん。春流美ちゃんがああなったらしばらく話しかけても無駄だから、私たちも見て回ろう」

「……う、うん。そうみたいやな。それにしても可愛らしい店やな〜」

「ぬいぐるみ以外にも色々あるみたいだね」

 クッションにタオル、それから文房具にポシェットなどなど。可愛らしいものを取り揃えたお店で、小間物屋と言った方が正しいかも。春流美ちゃんみたいな人にとっては天国かもしれないね。

 そんなこんなで二〇分くらいかな、三人でぐるぐると店内を歩いて回り、そろそろ春流美ちゃんの様子が気になり私は一人入り口付近に戻って来た。さして探すこともなく春流美ちゃんはあっさりと見つかった。なんせ動いていないんだもの。……ん? いや、よく見ると隣の棚に移動しているね。

「相変わらず時間かけてるね。春流美ちゃん。……春流美ちゃん? 春流美ちゃーん」

「…………………………………………」

 すこぶる無言、私に全く気づいてないよ。むう。肩をたたけば気づくだろうと、手を伸ばしかけるが、

「…………もう、ここに住んでしまいたいわ」

 ぼそりと呟く声に、思わず伸ばした手の行く先を斜め上に方向修正して(……うぅ、なかなか届かない)、春流美ちゃんの頭を軽くはたく。

「? あら、ゆいゆい」

「……戻ってきてくれて嬉しいよ」

 私は安堵と呆れから溜め息を吐くしかない。

「……計画のこと、忘れてないよね?」

「分かってるわよ、ちゃんと覚えているわ」

 ああ、良かった。それがなくてももうあまり時間が――

「だからあと一時間待って」

「時間がないんだってば!」

「じゃあ二時間だけでいいから」

「長くなってるよ!? もう、言いだしっぺがそんなんでどうするんだよ」

「ふふっ、ごめんごめん。それじゃあ――」

「うん」

「うん」

 ようやくぬいぐるみから動いた春流美ちゃんの視線を追って、私も目を向ける。まんまるとした猫のぬいぐるみを手にとって談笑する秋ちゃんと冬莉ちゃんが、そこにいる。

 私たちの様子に気づいている気配はない。

「――始めましょうか」

 春流美ちゃんがいたずら心たっぷりとした笑顔を浮かべた。たぶん私も似たような顔をしている。

 

 

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     Scene2

 

 

 秋ちゃんと冬莉ちゃんをその場に残し、こっそりと離れた私と春流美ちゃんはというと、物陰からこっそりと二人の様子を覗っていた。二人がうろたえて辺りをきょろきょろとしているのがよく見える。

「ふふっ、ちゃんと私たちの行方を見失っているわね」

「そうだね。……あっ、やっぱり携帯を出したよ。予想通りだね」

 秋ちゃんが携帯電話を自分の耳に当てる。冬莉ちゃん携帯を挟んで反対側から耳を近づけていた。着信音が鳴ったのは春流美ちゃんの方。すでに取り出していたが、きっかり三コール待ってから通話ボタンを押した。ちなみに私たちも二人と同じ体勢。

「もしもし」

『わっ、えと、あの。く、椚木秋です』

 秋ちゃんの方から電話をかけて来たのに、なぜか秋ちゃんの方がおどおどしていた。

「あっきー、落ち着いて。画面に名前が出ているから分かってるわよ」

『あぅ。ごめん、うち友達に電話するの初めてやから』

 消え入るような声ですごく不憫な言葉を返された。恥ずかしがり屋の不幸なのかな、あんなに良い子なのに。……と、秋ちゃんを除く三人が何とも言えない切なさに胸が締め付けられているとも知らず、いち早く元の調子に戻っていた秋ちゃんが話を進める。

『ほんで、春流美と結夏は今どこにおるん? いつの間にか消えとってびっくりしたえ』

「あー、ごめんね。えっと、あっきーたちはまだぬいぐるみ屋にいるわよね?」

『え、うん』

「だったら。……そうね、折角だからイベント広場で落ち合いましょうか」

『いべんと広場?』

「横文字苦手なの? まあ、いいわ。場所はね、ぬいぐるみ屋を出て中央の通りに入ったら左へ、後は一番奥まで歩けば着くから」

『えっ、えと』

「それじゃあ、また後でね」

『あ、うん』

 自分のペースに乗せて話すべきことだけを話したら、春流美ちゃんはさっさと電話を切った。うーん、手際のいいことで。

「ゆいゆい、二人が動き出したわ。わたしたちも行くわよ」

「うん」

 この位置関係だと、先回りするのも難しい。二人とも動き出しているから、下手に追い抜こうとしたら見つかってしまう。となると、後ろからつけていき、最後の最後で追い越すのが一番安全なのだと、春流美ちゃんが言っていた。

 ――それにしても、と春流美ちゃんに視線を送ると、目敏くそれに気づかれた。

「どうかしたの? ゆいゆい」

「ううん、何でもない」

 それにしても、こっそり抜け出して驚かせようなんて可愛らしいことを考えるこの幼馴染み。その割には、アドレス帳の順番からして自分の携帯にかかってくるから私には準備しなくていいと言ったり、はぐれていないことを隠すために現在の居場所を訊いたり、怖いぐらいの策士である。

 ……行動原理は相変わらず子供っぽいのに、年々その手口が巧妙になっている気がするよ。

 

 このショッピングモールのイベント広場は広々とした印象を与える。実際の広さも然ることながら、三階までが吹き抜けになっている。奥のステージから広場の手前まで座れるように石造りの階段が扇状に続いていてステージは実質地下に位置しているため、天井までの高さは四階分、その上天井や壁がガラス張りになっているため開放感のある造りになっている。

 二階、三階には広場の半ば辺りまで左右に通路が延びており、オープンカフェがある。そのため上階からの観覧も出来る。

 次のイベント開始まで一〇分足らずであるため、大勢の人で賑わっていた。そんなイベント広場の入り口付近に秋ちゃんと冬莉ちゃんはいた。

『わ〜、すっごい人だね〜』

『せやな。なんや有名な人でも来とるんかな?』

「いや、そんなに有名ではないと思うわよ?」

 春流美ちゃんが首を傾げ、私もそれには同じ思いだった。

『で、結局二人はどこにいるのー?』

 電話口でそう言うと、冬莉ちゃんはきょろきょろと辺りを見回した。しかしそこそこの人混みが邪魔をして、そして距離もあるせいで私たちを発見できずにいた。

 所変わって、私と春流美ちゃんがいるのはステージ脇の隅も隅。ステージ裏に通じる扉の前にいた。どうしてそんな所にいるのかというと、

 ――コンッ、コンッ。

 あっ、お願いしておいた合図のノックだ。

「春流美ちゃん。時間みたいだよ」

「そうみたいね。ふゆりん、あっきー、悪いのだけど、先にどこか適当な所に座っておいてもらえるかしら」

『それは、かまへんけど?』

「ありがと。それじゃ、見ててね」

『えっ? 見てて? ちょっ、はるる……』

 秋ちゃんが言い切るのも待たず、春流美ちゃんは通話を切った。まあ、時間も無いしね。

「それじゃあ春流美ちゃん」

「ええ。始めましょうか」

 私は扉の取っ手に手をかけた。

 ――五分後。

「ハーーーーイ、皆さん。こんにちはーーーー!!」

 うわっ、相変わらずのハイテンションだよあの人。ステージ上には私たちよりも少し年上のお姉さん。スタイルも良く明朗快活、紅く長い髪を頭の左右と後ろでまとめトリプルテールにしている、このイベント広場では名物的な司会者だ。……それにしても、いつ見てもあの髪の量は手入れが大変だろうなぁ、って思う。

 名前は木五倍子(きぶし)さん。数年前、つまりここが出来た当初の頃から司会者をしているみたいだけど、なぜか下の名前だけ不明な人。

「流石に事前告知していただけのことはあるねっ、すごい大入りだー! これはあんまり待たせても悪いかな。それじゃあ今日で結成二周年と四ヶ月と三週間のビッグゲスト――」

 そこいらから笑い声が聞こえてきた。そんな事当人たちも覚えていないし、そもそもそれほどめでたくもないし。

「ぽかぽかシスターズのお二人でーす。どうぞー!」

 木五倍子さんの口上を合図に、私たちは袖幕から彼女のいるステージ中央まで歩いて行く。にわかに湧き上がる歓声と拍手に春流美ちゃんは会釈して、私は両腕を上げて笑顔で応えた。

「どうもこんにちはー。ぽかぽかシスターズ、ゆいゆいとー」

「はるはるです。よろしくお願いします」

「はいっ。いやー、それにしてもお久しぶりだね、ゆいちゃん、はるちゃん」

 木五倍子さんがマイクを片手にそう言うが、

「あの、先週会いましたよね?」

「あれっ、そうだっけ。まあいいや。あっ、結成二周年と四ヶ月と三週間おめでとうございますー」

「ええ、まったく何の感慨も湧いてきませんけどね」

 春流美ちゃんがぴしゃりと言うが、木五倍子さんにめげた様子は一切ない。

「そういえば今日はお友達と来ているそうですね?」

「あっ、はい。そうです。えっと、どこにいるのかしら?」

「あーっと。……あっ、いた。冬莉ちゃーん、秋ちゃーん!」

 入り口に近い位置に二人は座っていた。大手を振って呼びかけてみるものの、座ったまま反応がない。まさか壇上に私たちが現れるとは夢にも思っておらず呆然としているみたい。ふと春流美ちゃんに目をやると、目論見が上手くいったためか、笑みを浮かべていた。

 ……楽しそうで何よりです。

 ようやく回復した冬莉ちゃんが、手を上げて応えてくれた。表情はまだキョトンとしているけどね。秋ちゃんはというと、冬莉ちゃんの行動が観客の注目を集めることになってしまって、顔を隠そうと帽子を両手で押さえて恥ずかしそうに俯いてしまった。

「おー、可愛い子たちだねー! 今度はあの子たちも呼んでみる?」

「あら、いい考えですね」

 木五倍子さんの提案に春流美ちゃんの瞳がキラリと光る。

「冬莉ちゃんはノリノリで出ると思うけど、秋ちゃんは恥ずかしさで死んじゃうんじゃ……」

 遠くで秋ちゃんがコクコクと頷いていた。

「というか、勝手にそんなことしていいんですか?」

 訊くと、木五倍子さんは笑って、

「いいのいいの、構うことないって」

「そんな適当な……」

「気にすることないって。元々私も中学生の頃に飛び入りで司会したのが始まりなんだから。面白ければたいてーのことは許してくれるよー」

「そんな経緯だったんですか」

 というか司会って飛び入りでする様なことなの? 任せる方も任せる方だけど、たぶんあっさりこなしたんだろうなぁ、引き受ける木五倍子さんも木五倍子さんである。

「まあトークはこのらで一区切りにして、コントしよっか」

 木五倍子さんがさり気なく進行するが、

「――へっ、コントっ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは春流美ちゃんだった。目を見開いて私を不安げに見つめる。

「そりゃそうだよ。だって私たちぽかぽかシスターズは?」

「……漫才コンビ」

「ということは?」

「…………コ、コントしてなんぼ」

「そゆことー」

「ちょっ、ゆいゆいっ!?」

 驚いてる驚いてる。春流美ちゃんはギギギと首を回し、満面の笑みの私から木五倍子さんに視線を移す。とは言え、そちらも満面の笑み。

「ファイト、はるちゃんっ」

「木五倍子さんまで」

 がっくりと肩を落とす。冬莉ちゃんと秋ちゃんにいたずらを仕掛けた自分に、まさかこんないたずらが用意されていたとは思ってもいなかったのだろう・

「春流美ちゃん」

「はるちゃん」

 私と木五倍子さんは声を揃えて言う。

『面白ければたいていのことは許してもらえるんだよー』

「……………………」

 春流美ちゃんは表情を消して黙りこくる。……あれ、もしかして怒っちゃった?

「……ゆいゆい、木五倍子さん」

『は、はいっ!?』

 凍えるような声にびっくりする私と木五倍子さん。春流美ちゃんは一転して笑顔を見せると、

「覚悟してなさい」

『ひぃぃぃぃぃっ!』

 怖っ! めちゃくちゃ怖っ!!

「ふふっ、冗談よ」

 嘘だぁ、絶対嘘だー。うぅ。あまりの怖さに思わず抱き合う私と木五倍子さん。そこかしこから失笑が聞こえていた。それが狙いではあったのだけど、思っていた以上に本気で怖い。

 そんな中、木五倍子さんはおずおずと口を開く。若干涙目だけど、司会者根性の賜物なのだろう。

「そ、それでねはるちゃん、コントのことなんだけど」

「えっ、ただの冗談じゃなかったの?」

「いや春流美ちゃん、さっきも言ったけど私たち漫才コンビだからね。コントしないとね」

「それはそうだけど、打ち合わせもなしでなんて」

「大丈夫。はるちゃんなら出来るよ」

「完全に無茶振りですから」

 それは確かに春流美ちゃんの言う通りである。でも流石にに私も考えなしではない。

「打ち合わせは今ここでするから大丈夫だよ」

「今ここでって、お客さんの前で?」

「うん。じゃあ言うよ。テーマは美容室、私が店員で春流美ちゃんがお客さんね。以上っ!」

「浅いっ! 確かにこれならネタバレの心配はないけど、私にはネタバレしとかないといけないんじゃないかしら!?」

 そんな憤る春流美ちゃんの手を取り、

「私と春流美ちゃんなら出来るよ! ね」

「うっ」

 たじろぐ春流美ちゃん。あと一押しかな? 私は目を潤ませて上目遣いに、

「だめ?」

「うぅ、そう言われると弱いのよ」

 これはもう押せば通る!

『それじゃあ早速、いってみよー!』

「こらーっ!」

 春流美ちゃんの不平不満の叫びを完全に無視し、簡単に舞台をセットし直して、ぽかシスのコントの始まりです。

 

お客(春流美)「最近新しく出来た美容室ってここね。どんなところかしら。からんころん、こんにちはー」

店員(結夏)「へい、らっしゃい!」

お客「……お邪魔しました」

店員「ちょっ、帰らないでくださいよ、お客さ〜ん!」

お客「普通帰ると思いますよ?」

店員「うぅ。いや、ここで働く前は寿司を握っていたもので……」

お客「また、えらく急激な方向に転職したものね」

店員「まあまあ、いいからいいから。お好きな所に座ってくださいな。……どうせ全部空席ですから」

お客「自虐っ! ……はあ、仕方ないわね。座りますから涙目止めてください」

店員「えへへ。ありがとうございます。それではケープを、前失礼しますね。あっ、そういえばお客さんは学生さんですか?」

お客「はい、四月から高校生になりました」

店員「えっ、高校生なんですか? ……嘘じゃないですよね?」

お客「……それは私が老けているとでも?」

店員「ひっ? 違います違います、大人っぽいから大学生かなと思いまして」

お客「ふふっ、それはどうも」

店員「高校生かー。……金にならないなー」

お客「客の前で何てこと言うんですか!?」

店員「やること変わらないのに何で年齢で料金違うんでしょうね?」

お客「知りませんし、あなたの立場でそんなこと言わないでくださいよ」

店員「ですよねー。あー、それにしても懐かしいなぁ、学生時代。大学卒業したのいつだったかな?」

お客「そのちっこい形で、いったい何歳の設定なのよ!?」

店員「あははー、女性に年齢を訊くものではないですよ」

お客「はあ、すみません。あっ、ていうことは寿司屋の前にも何か別の仕事をしていたりするんですか?」

店員「そうですね。寿司屋さんの前は、植木屋さんでしたねー」

お客「今、全力で逃げ帰りたくなりましたよ……」

店員「まあまあ、気にしないで。髪濡らしますねー」

お客「いやいやいや! 気になりますし、私はこれから一体どんな髪型になるんですか!?」

店員「枝抜き、切り戻しに、刈り込み。さあ、どれにします?」

お客「どれも意味が分かんないですけどっ!? 唯一想像できるのは刈り込みくらい? どちらにせよ断固拒否ですが!」

店員「剪定の意味で言ったら、生垣の形を整えるってところですね。丸い形と角形のどっちがお好み?」

お客「その末路はアフロか角刈りですよね!? そういうのはいいので、普通に、整えるだけにしてください」

店員「ええ〜、でもそれだとつまんな――」

お客「……お願いします」

店員「……あ、はい。すいませんでした。整えるだけですね、はあ。……はいはい、了解です」

お客「なんでそんなに残念そうなのですか!? とにかく、あんまり変なことしないでください」

店員「はーい。それではハサミを装備して、と、……あれ急に振り返ってどうしたんですか? なんかすごい形相で怖いですし、私の肩を掴む手が痛いんですけど……」

お客「……しないわよね?」

店員「へ?」

お客「本当に切ったりしないわよね?」

店員「美容師に何を言っちゃんてるんでしょうね、この人は。……あ、いえ、すみません、フリだけです、フリだけ。だから、お願いですからそのお顔をいつもの可愛らしいのに戻して下さい」

お客「うぐっ、全く調子がいいんだから。まあ、そういうことならお願いしますね」

店員「はい、それでは、ちょきちょき、ちょきちょき」

お客「切る音は口でするんですね」

店員「ちょっきちょき、ちょっきちょき、ちょきちょきちょきちょきちょっきちょき!」

お客「無駄にリズミカルで可愛いですね」

店員「ちょっきん、ちょっきん、ちょっきちょき、――ズバッ!」

お客「…………ん?」

店員「ズババン、ズババン、ズバババッ!」

お客「楽しそうなのは伝わりますけど、音がめちゃくちゃ不穏なんですけどっ!?」

店員「ズバババババババババッ!!」

お客「怖い! 何が起こっているのか知るのが怖いっ!」

店員「はいっ、完成です! それではお客さん、鏡をご覧ください」

お客「……正直言って見たくないのですが、ってあれ? あんまり、と言うか全然変わってない?」

店員「いえいえ、ちゃんと切って整えましたよ。一ミリも切りました」

お客「あの音で!? 一ミリに荒ぶり過ぎですよ。……はあ、もういいわ、これで終わりですね、おいくらですか?」

店員「高校生カットのみ一二〇〇円ですけど、シャンプーとかいいんですか?」

お客「ええ、もう疲れましたから。はい、お金。それでは、ありがとうございました」

店員「はい、ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちして――」

お客「もう来ませんよ」

店員「ですよねー」

お客「それをあなたが言っちゃダメでしょっ! はあ、もういいわ」

 

結夏&春流美『どうもありがとうございましたー』

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-3ページ-

     Scene3

 

 

「それにしてもびっくりしたよ。うん、とてつもなくびっくりした」

「うちも。まさか二人があのぽかシスやったなんてな〜」

 名前だけは知っていたみたいの冬莉ちゃんと秋ちゃんが、もはや何度目かも分からない驚きの言葉をまた口にする。よっぽど予想外の展開だったみたい。

「私はそのあとのコントの方が驚きだったわ……」

 いたずらの加害者でもあり被害者にもなってしまった春流美ちゃんは複雑な苦笑を浮かべる。

 それはともかく、

「今度は私が驚いてるんだけどね……」

 私は声を漏らす。

 イベント広場を後にした私たちは、合流して三階のフードコートに訪れていた。時間もお腹の空き具合も丁度いい頃合いだからね。

 セルフサービス式のお店が客席を囲むように幾つも並んでおり、種類が豊富で価格もリーズナブルであるため、一階にもレストランが立ち並ぶエリアがあるのだけど、学生にはこっちの方が人気が高い。

 私が選んだのはカツカレー。みんな大好きカツカレー!

 春流美ちゃんはホットケーキにパフェという、お子様ランチよりもお子様な取り合わせ。というか、甘いもの好きなのは知っているけど、それでお昼ご飯っていうのはどうなんだろう。今日に始まったことじゃないから、別段驚きはしないけどね。

 それよりも驚いたのは、

「どうしたん、結夏?」

 私の視線に気づいた秋ちゃんが、小さな口でハンバーガーをかじりながら首を傾げる。付け合せはフライドポテトとコーラでオーソドックスであるが、そもそも秋ちゃんとファーストフードの組み合わせが意外に感じる。ボーイッシュな服装からして似合うと言えば確かにそうなんだけど、秋ちゃんって髪とか肌とか羨ましいくらいきめ細かくて綺麗だから、油分の多い食べ物が好きなのが不思議だった。

「あっきーはよくファーストフード食べるの?」

 同じく気になったのか春流美ちゃんが訊くと、秋ちゃんは首を横に振った。

「ううん。うちやとお母さんが和風なんばっかり作るから。せやから外だと違うの食べたくなるんやけど」

 言ってまた一口かじる。ちびちび食べている姿が小動物みたいで可愛らしい。

 それから、冬莉ちゃんはというと、

「――って、あれ? 冬莉ちゃんは?」

 さっきまでいたはずなのに、いつの間にか姿が消えていた。

「冬莉ならさっき注文しとったのが出来たみたいで、取りに言ったえ」

「あ、戻って来たわね」

 春流美ちゃんの視線の先に目をやると、お盆にたこ焼きを四皿載せた冬莉ちゃん。丁度四人分、の様に見えるけど実際は冬莉ちゃん一人分である。

「あっ、よかったら食べる?」

 席に座るやさっそくたこ焼きを頬張る冬莉ちゃんが、私たちの視線に気づき勧めるが、

「いや、いいよ」

「そう?」

 いや、もう見ているだけでお腹一杯です。というかカツカレーだけでも十分満腹で、それは春流美ちゃんも秋ちゃんも一緒のようだ。

「それにしても、本当にあの体のどこにあれだけの物が収まるのかしら?」

「まったくや……」

「ほんと、どうなってるんだろう?」

 私たちの会話に気づかず、ひょいぱくひょいぱくと爪楊枝でたこ焼きを口に運ぶ冬莉ちゃん(熱くないのかな? しかも動きの速さの割に口周りがほとんど汚れてないし姿勢も綺麗で、なんか上品)が、もちろんたこ焼き四皿でお昼ご飯を済ますはずもなく、机の隅には空の器が大量に重ねられている。

「えーっと、何食べてたっけ?」

「うちと同じでハンバーガー食べとったな。そういえば結夏と春流美のもやったかな?」

「たしかそうね。それからラーメンとお好み焼きでしょ」

「親子丼とチャーハンも食べてたよ」

「あとはピザとかうどんとかスパゲッティとか。……で、たぶん全部やな」

 揃って冬莉ちゃんに目をやり、

『……すごっ』

 小声でハモる。と、同時に冬莉ちゃんも食べ終わったようで、

「ごちそうさま〜!」

「満足したの、ふゆりん?」

「うんっ。お腹いっぱい」

嬉しそうにニコッと笑う。満足したらしいけど、まだ食べると言い出してもなんかもう逆に驚かない気がするよ。

「そういえば冬莉ちゃんっていつもお弁当だよね」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「いや、学食利用してないなーって思って」

「あ、なるほどね」

 高校にしては珍しいけど、私たちが通う月ヶ丘高校にはその規模にあったそれは大きな食堂がある。私もまだ利用したことがないけども、友達の話によれば美味しいし種類も多いし安いし、かなり好評らしい。冬莉ちゃんの耳にも入っているだろうから(冬莉ちゃんがそういう情報を逃しているとは思えないし)、不思議なのである。

「ん〜、ボクんちの場合母様がお弁当作るの好きだからね〜。パンの一部を食堂の品に変えてもいいんだけど、そうなると教室まで持ってくるのが大変だしね」

 私たちほとんど教室で食べてるからね。

「なんだ。それなら今度食堂行ってみようよ」

「せやな、楽しそうや」

「たまに手抜きするくらいだし、母さんも喜びそうだわ」

「私のお母さんなんて嬉々としてお金握らせると思うよ」

 そして二度とお弁当作らなくなるんだろうなぁ……。いや流石にそんなことは、……あり得るかも。冬莉ちゃんが羨ましいな。

「じゃあ決まりだね。はあ、楽しみでよだれが垂れそう。じゅるっ」

「もう垂れてるわよ、ふゆりん」

「おっとっと」

 ティッシュで口元を拭う冬莉ちゃん。あんなに食べたのにもうお腹こなれたのかな。

「おっ、そうだ忘れてた」

『?』

 突然話題を変える冬莉ちゃん。何を思い出したのか、ポシェットの中を探る。

「あった、あった。じゃじゃ〜ん」

 セルフの効果音付きで、四つのストラップを掲げる。色ガラス製で、それぞれ桜の花びらと太陽、もみじ、雪だるまのアクセサリーがついている。

「みんなにあげるね〜」

 私に太陽の、春流美ちゃんに桜の、秋ちゃんにもみじのストラップを手渡す。

「えっ、いいの? ありがとう」

「かわええな〜、おおきに」

「ありがとう。わっ、ほんとに綺麗だわ」

 キラキラしててすんごく綺麗。冬莉ちゃんは残りの雪だるまのストラップを手に、

「いや〜このストラップを作ったついでに作ったんだけど。そんなに喜んでもらえるとボクも嬉しいよ」

 あはは、と照れ笑い。

「って、これ冬莉ちゃんが作ったの!?」

「そだよ」

 軽い調子で言うけど、これお店に並んでいても遜色ないレベルだよ。というかお店で見つけたら私買うよ。

「冬莉って器用なんやな」

 感心する秋ちゃんだけど、なんかずれた発言な気がするよ。

「もしかして、昨日学校にいたのとか、実験室がどうとかって、これのため?」

「うん。器具がね学校にある方が良いやつだったからね。それで学校まで行ったんだけどさ、ひな姉も勝手に使ったからってあんなに怒んなくてもいいのに」

『……ひな姉?』

「あっ」

 はっとして慌てて口を押さえる冬莉ちゃんだが今更である。皆の視線を受けて、冬莉ちゃんは渋々と口を開く。

「実はさー。ボクとひな姉、……犬榧先生なんだけど、従姉妹なんだ」

「えっ!? そうだったの?」

 予想外の事実に私たちは一様に驚く。

「そなの。あー、月ヶ丘で先生やってるのは知ってたけど、まさか担任になるだなんて」

 そして溜め息を吐く冬莉ちゃん。親戚のお姉さんが担任の先生だと、やっぱり複雑な感覚なのだと思う。

「あ、でも確かにどことなく似ているわね、ふゆりんとひなちゃん。目元とか輪郭とか」

「言われてみたらせやな。なんで気づかんかったんやろ?」

「冬莉ちゃんと違ってひなちゃんは男勝りというか、男らしいというか、姉御肌な所があるからね」

 冬莉ちゃんは冬莉ちゃんで一人称が『ボク』だけど、可愛い感じの女の子だもんね。

「そっか、道理で冬莉ちゃんはひなちゃんって呼んでなかったんだね」

 クラスメイトのほとんどがひなちゃんと呼んでいるのに、あだ名つけるのが好きな冬莉ちゃんがそう呼んでいなかったから違和感があったんだけど、そんな理由があったからなんだね。

「ひなちゃん、なんて呼ぶのは論外だし、ボクだけひな姉ってのもどうかなーって思ってね」

「別に気にする必要もないと思うわよ。ひな姉ならそこまで違和感もないでしょうし。もしかしたら流行るかもしれないしね」

 と、春流美ちゃんは言う。冬莉ちゃんはあごに指を当てて、

「うーん、そっかなー」

 と呟いた。ちょっとだけ思案した冬莉ちゃんは、表情を一転させ笑顔をつくる。

「まあいいや。明日ひな姉に会ってから考えようっと。それより、そろそろ次のとこに行こっか」

「そうだね。次は他のお店でも回る?」

 冬莉ちゃんが立ち上がり、私も食器を載せたお盆を持って立ち上がる。セルフサービスなので、食器はそれぞれのお店に返さないといけないのである。

「他はどんな店があるん?」

「エスカレータの近くに案内図があるからそれを見て決めましょう」

 秋ちゃんと春流美ちゃんも同様に立ち上がる。それぞれ食器を返しに向かおうとして、ふと冬莉ちゃんが立ち上がったままその場から動かないことに気づいた。

「あれ、どうしたの冬莉ちゃん?」

「……重たくて持てない」

「あー、なるほど」

 確かにそれだけ山積みになったら一枚一枚が軽くても重たいよね。私たちは四人で分けて(三人前ぐらいの数を載せてみたけど思ったよりも重かった。秋ちゃんは人一倍載せていたのに平然と持ち上げててびっくりした)、返却したら意外とすぐに片付いた。

 

 ――教訓、食べ過ぎはよくない。……意味違うし、冬莉ちゃんとしては腹八分目くらいなのだろうけどね。

 

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     Scene4

 

 

 なんだかんだで午前中はぬいぐるみ屋さんにしか行けていないので、午後は色んなお店を見て回ろうということになった。

 

「というわけでー、本屋!」

「どうしたん、結夏?」

「図書館もだけど、本に囲まれると無条件にハイテンションになるのよね、この子」

 呆れて溜め息を吐く春流美ちゃん。むー、春流美ちゃんだって人のこと言えないくせに。と、ぬいぐるみ屋さん『ファンシー・スウィート』でのことを思い出す。

 ……うん、ちょっと自重気味にしとこう。人のふり見て何とやらだね。

 私の希望で訪れたのは『葉月堂』という本屋さん。品揃えが豊富な上に、古書コーナーもあるため掘り出し物を見つけられるから重宝している。

「ゆかっちって本好きなんだ。あっ、そういえばたまに授業中に本読んでるよね」

「うっ、ばれてた」

「そりゃ後ろからは一目瞭然だよ」

 苦笑する冬莉ちゃん。春流美ちゃんがまたも溜め息を吐く。

「まったく、赤点取っても知らないわよ」

「うぅ、ごめんなさい……」

「まあでも先生の話が脱線した時だけだったと思うから、気持ちは分かるんだけどね」

 冬莉ちゃんが助け船を出してくれた。

「そうだよね、そうだよね」

「授業再開しても読み続けてるけどね」

「本当にごめんなさい」

 助け舟、あっさり沈没。だってキリが悪いと止めづらいんだもん。

「あはは、それでゆかっちはどんな本読むの?」

「いろいろ読むけど小説が大半かな。恋愛ものとかファンタジーとかミステリーとか。ジャンルも結構バラバラかな。……まあ、ホラー系は読まないけど」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、ホラー系のコーナーに行こうか」

「なぜにっ!?」

「あら、いいわね。ゆいゆいの罰にちょうどいいわ」

「そういうことですかっ!」

 くっ、まずい流れが出来上がっている。どうしたら変えられる? しきりに視線を動かすと、秋ちゃんと目が合った。そうだ秋ちゃんなら優しいからきっと。

 助けて、と目で訴えてみる。

「な、なあ春流美、冬莉。結夏もほんに苦手みたいやし、、可哀そうやない?」

 おずおずと助け船(二隻目)を出してくれた。そんな秋ちゃんの肩に手を置き、春流美ちゃんと冬莉ちゃんは真剣な表情で言う。

「いいこと、あっきー。これはね、ゆいゆいのためなのよ」

「ゆ、結夏のため?」

「そうだよ、あっきゅん。このまま授業をサボり続けると、ゆかっち赤点取っちゃうんだよ」

 確定なのっ!? まあ確かに今のままだと危うい気も……。

「それにもし先生に見つかりでもしたら鬼の様な説教は必至」

 ……この前、ひなちゃんに怒られたことを思い出しちゃったよ。がくがくぶるぶる。あっ、冬莉ちゃんも若干震えている。冬莉ちゃんは昨日も怒られていたみたいだもんね。

 余計なダメージを負いつつも、気を取り直して冬莉ちゃんが口を開く。

「そんなこんなで、ゆかっち退学」

「いきなりっ!?」

「そして思い余っての……。うぅ」

 思い余って、なんなのっ!? はっきり言ってくれないと逆に怖いんだけどっ!? というか、たぶんはっきり言われてもかなり怖い未来予想な気がするよっ!?

 というか、ここまで荒唐無稽な展開だと秋ちゃんも流石に冗談だって――

「結夏っ!」

「えっ、あっ、はい?」

 いきなり手を両手で掴まれたからびっくりしたよ。すごい真剣な表情しているけど、えーっとまさか?

「死なれたら嫌やっ!」

「あ、うん。私も流石にこの歳で死にたくはないけど、折角春流美ちゃんが濁してくれたのにはっきり言っちゃったよ……」

「せやからホラー見に行こう」

「ええっ!?」

 いやいやいや、嘘でしょ!? あっさり言い包められちゃってるよ。また沈没したよ助け舟。どうして私に出される助け舟はみんな泥製なのさ。

 そもそもホラーと赤点全く関係ないのに、純粋すぎるよ秋ちゃん。そこがいいところなんだけどね、でも後ろ見て、後ろ。小悪魔二人が吹き出しそうなのを必死に堪えているよ。お願い気づいてー。

「ほな行くえっ!」

「ちょっ、秋ちゃん」

 秋ちゃんが私の手をぐいぐい引っ張る。うわっ、力強いっ! 振り解ける気が全くしないよ。うわぁ、怖いのヤダ、怖いのヤダ、怖いのヤダだよー。

 ……今日初めて、本屋を終始涙目で過ごす貴重な体験をしました。

 

「う〜、資材屋さんっ!」

「……そだねー」

 冬莉ちゃんが私のノリを真似していたが、私は低く返した。

「もぉ、テンション低いなー」

「当たり前でしょっ! だからホラー苦手だって言ったのに」

「あぅ、かんにんなぁ結夏」

「秋ちゃんが謝る必要はないよ。悪いのはそこでほくそ笑んでる悪魔二人だから」

 春流美ちゃんと冬莉ちゃんを指差して言う。実際は苦笑していた二人が、

「ごめんって、ゆかっち。そんなに苦手だと思わなかったんだ」

「わたしは知ってたけど、ちょっとやり過ぎたわ。ごめんね」

「うん。まあもういいよ」

 下手に出てくるから私も矛を収めざるを得なかった。もうそこまで気にしてなかったからいいんだけどね。

 ところで私たちが今いるのは資材屋さんの『ねじ屋』である。もちろんねじだけではなくて、木材とか工具とかいろいろ売っているんだけど、女子高生にはあんまり縁の無い所。

「何故にここ?」

 通りがかって入りたいと言い出したのは冬莉ちゃんだった。女の子四人で来る場所かどうかも怪しいというのに、言い出しっぺの冬莉ちゃんのお嬢様然とした格好が一番この場所に似つかわしくないように思える。

「え〜、だって面白そうじゃない? なんか作れそうな気になってこない?」

「うん、その気持ちは少し分かるかも」

 何に使うのかも分からない物ばかりだけど、ちょっとワクワクするかも。私でもそんな気持ちになるのだから、あんなに綺麗なアクセサリーを作れる冬莉ちゃんからしたらその思いも一際強いのだろう。

「それにしても、ねじ一つ取っても種類が沢山あるのね」

 春流美ちゃんが感心した様子で棚を眺めていた。棚の上から下まで小さく区分けされねじが入れられている。形や太さ、長さの違いとかで分けられているみたいだけど、こんなに多くの種類が必要なのかな? 素人の私には丸っきり分からなかった。別の棚にはナットとか歯車とかが同じ様に陳列されている。

「そうだねー。利用目的も色々だからね、その分いっぱい種類があるんだよ」

 冬莉ちゃんは簡単に説明しながら、棚に伸ばした手を忙しなく動かしていた。何やらねじの入っている位置を移し変えているみたいだけど?

「何してはんの、冬莉?」

「たぶん前に見た人たちが戻す位置を間違えてたみたいだから、整理しているの。ちょっと落ち着かないんだよね」

 冬莉ちゃんは苦笑いする。

「というか、よく見分けがつくね」

 私には同じ物にしか見えないよ。娘の棚の仕分けが終わったらしく、冬莉ちゃんは隣の棚に移動して同じ行動を繰り返す。

「……なんか春流美ちゃんみたいだね」

「そう?」

 私の言葉に春流美ちゃんは首を捻る。自覚無しだよ。というか春流美ちゃんの方が重症だからね。呆れていると、作業が終わったのか、満足げな冬莉ちゃんが何個かねじや歯車を持って戻って来た。

「ちょっとお会計して来るね」

「あ、うん」

 早足でレジに向かう冬莉ちゃんを見ながら、秋ちゃんが呟く。

「知れば知るほど謎が深まるな、冬莉」

 私と春流美ちゃんは神妙に頷いた。

 

「え、えっと。え、園芸店やー」

 冬莉ちゃんと同じく私の真似をする秋ちゃん、恥ずかしそうにしているのが可愛らしくちょっと和む。

「植物が好きなんだね、秋ちゃん」

「う、うん」

 資材屋『ねじ屋』を出てからアクセサリーショップ、洋服屋さん、文具屋さんを廻り、最後に訪れたのが秋ちゃんの希望した園芸店で、名前は『花の街』。観賞植物や蔬菜類の苗など多種多様に揃えてあり、花束も作ってくれるし、肥料や鉢などの園芸用品も取り扱っている。頭の上から足元までそれぞれの背丈に合わせていろんな植物が綺麗に展示されてて、とても華やかで可愛らしい雰囲気のお店だ。

「はあ、お花の匂いが落ち着くなあ」

「わわわ、思っとったよりも大きい店やなー」

「ほんとね。ところであっきー、今日は何か買いたい物でもあるの?」

 秋ちゃんは小さく頷く。

「うん。ちょっと頼まれとったのがあってな。ちょっと探して来るな」

 と言うと、秋ちゃんは陳列する花たちに視線を巡らせながら、さほど遅くないペースで歩いて行った。あれで見分けがついているのか、すごいなぁ。

 とりあえず秋ちゃんが戻って来るまでの間、てきとうに見て回ることにした。それにしてもお花屋さんって久しぶりだなぁ。知名度の割に意外と訪れる機会が少ないような気がする。

「あら? この花……」

「どうしたの春流美ちゃん?」

 お花を眺めながら歩いていると、ふと春流美ちゃんが足を止めた。何やら一つのお花が気に留まったようである。

「白い花。小さくて可愛いね」

「エビネだね。ラン科の」

 冬莉ちゃんが事もなげにその名前を口にする。言われてみるとちっちゃなランって感じのお花である。というか冬莉ちゃんも博識だなぁ。

「それでこの花がどうしたの、はるるん?」

「いえね。この花の名前、最近どこかで聞いたような気がして?」

 春流美ちゃんが首を傾げる。

「んー、そう言われてみるとなんかボクもそんな気がする……」

「うん、私も。……なんでだろう?」

 三人が不思議な思いで顔を見合わせていると、しばらくして、

「みんなー、待たせてしもうてかんにんなー」

 手のひらサイズの小さな鉢花を四つ抱えた秋ちゃんが帰ってきた。……秋ちゃん? ……あっ、そうだ!

『秋ちゃんだよ(あっきーだわ)(あっきゅんだ)!』

「ふえっ!?」

 秋ちゃんは目を丸くする。

「そうよ、あっきーだわ。ようやく思い出したわ」

「うん。昨日の猫の名前が確か、えびねだったよ」

「あっ、う、うん。昨日の子の名前やな」

 冬莉ちゃんの言葉と、それから私たちの後ろのエビネの花を見て秋ちゃんは得心がいった様子で同意する。

「もしかして秋ちゃんが名前付けたの?」

 訊くと、

「ううん。ちゃう。あの子がそうだって言って……。ううん、な、なんやそんな気がしたから……」

 ……うん?

 なんかものすごく疑問の残る言い方だったけど? 春流美ちゃんも冬莉ちゃんも首を捻っている。

 あ、まあ、とりあえずそれはさて置くとして、もう一つ気になっていることがあり、そっちの方が訊きやすそうなので口にする。

「ところで、それが頼まれてたっていうお花?」

 赤、濃い青、ピンク、橙の四つのお花。

「ベゴニアとアヤメとシクラメン、それからパンジーだね」

 冬莉ちゃんがまたも博識ぶりを披露する。すごいなぁ、私はアヤメとパンジーしか分からなかったよ。

「そうなんよ。この前の赤ちゃん猫四匹の名付け親になって、って頼まれてもうてな。一緒にお花もプレゼントしたらどないやろって、……思う、て……」

 そこまで言って、今更ながら淀む秋ちゃん。

「……お、お祝い。ただお祝いしよ思うてな、それだけや」

 何とか誤魔化そうとする秋ちゃんだけど、直前に口を滑らし過ぎである。

 と、ゆーことで。はいみんな集合―。

「えっ、み、みんな?」

 うろたえる秋ちゃんから数歩離れた所で春流美ちゃんと冬莉ちゃんとで輪を作り、通算三回目のこそこそ会議が開催された。

「確定だね。やっぱり秋ちゃんは猫さんと話せるみたいだよ」

「でも、わたしにはにゃーとしか聞こえないし、一体全体どういう理屈なのかしら?」

「猫と話している時もあっきゅんは普通に人語? を喋っているわけだしね。なんか普通とは違う所があるんだろうねー」

「あうぅ。またや、また会議が始まっとる……」

 秋ちゃんが肩を落としていた。

「それにしても名付け親になってって頼まれるなんてね」

「本当に猫からの信頼の厚い子だわ」

「にひひ、それもあっきゅんの人柄のなせる業だね」

 にこにこ、ふふふ、にひひー。と、三者三様の笑顔で秋ちゃんを見やる。

「ふえっ、今度は何? 会議でなんや決まったん?」

 視線の集中に照れて、顔を背ける秋ちゃんだったが、

「……う、うち会計済まして来る」

 しばらくして耐え切れなくなり、逃げてしまった。

「あはは。逃げられちゃったね」

「恥ずかしがり屋は相変わらずね」

「そこが可愛らし所だよ」

 私たちはゆっくりとその背を追いかけた。

 

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-5ページ-

     Scene5

 

 

「お風呂〜、お風呂〜。おっふ〜ろ〜!」

 バスタオルとパジャマを手に、鼻唄交じりにお風呂場に向かう。

 皆と別れて家に着いたのがついさっき。夕ご飯までまだ時間があるから、今日は早風呂と洒落込むことにしたのだ。――と、そこに、

 にゃー。

 我が家の愛猫が寄って来る。

「ん、つくし。君も一緒に入る?」

 訊くと、うにゃ、と一鳴き返事をする。我が家のつくし(トラ猫、メス)は、お風呂が大好きという変わりにゃんこ。いつものように家族の誰かがお風呂に入る気配を感じ取ると寄って来て、日に二度は入浴していたりする。

 そんな我が家の変わり猫を抱きかかえて浴室に向かいながら、胸元のつくしを見ながらふと秋ちゃんのことを思い出した。

「秋ちゃんなら、君の言ってることが分かるのかな?」

 私の呟きに、にゃ? と首を傾げるつくしに私は笑みを零した。

 

「はぁ〜、気持ちいいね〜」

 うにゃ〜。

 ちょっと熱めのお湯が歩き疲れた私の肢体を癒していく。ラッコの様な体勢で湯船に器用に浮かぶつくしも、ほっと鳴き声を漏らしている。

 はふぅ。それにしても気持ちいいなぁ。体中の筋肉が弛緩していくよ。

 ……思考も緩んできたし、まぶたも、重たくなってきたよ。

 ……。

 …………。

『You got a mail』

「わひゃっ!?」

 にゃっ!?

 軽快な音楽とともに、メールの着信を告げる音声(昔、遊びで春流美ちゃんの声を録音したもの)。すごく油断していたから、すごくびっくりしたよ。私の声につくしも驚いていたみたいだけど、もうすでに目を細めてぷかぷか浮かんでいる。のんきだなぁ。

 洗面桶の隣に置いてある赤色の携帯(防水仕様)に手を伸ばす。

「あっ、冬莉ちゃんからだ」

 早速開く。

『やっほーい。ゆかっち。

 今日は誘ってくれてありがとねー! 楽しかったよ! (≧∀≦)ノ

 二人が漫才してたなんてびっくりだよ。

 それじゃ、また学校でねー』

「あはは。びっくりしたのはこっちもだけどねー」

 冬莉ちゃんも結構秘密が多そうだ。そういえば今日買ってたねじとか歯車、いったい何に使うんだろう? 苦笑しながら、そのことも含めて返事を書いて送信する。

「ふぅー、それじゃあもう出よっか?」

 ……んー、んにゃーっ。

 私の言葉につくしは不機嫌そうに喉を鳴らす。

「んー。君に付き合ってるとこっちはのぼせちゃうんだけど。……しょうがないなー。あと五分だけだよ」

 にゃっ!

 私は浴槽の縁に体を預けて、つくしは相変わらずラッコ姿勢のまま、しばらく私たちは心地よいまどろみの中にいた。

 ちなみにさっきの質問に対する冬莉ちゃんからの返信があった。

『うちのロボットの部品の換えに丁度良さそうだったからねー』

 とのこと。……冬莉ちゃん、君はどれだけの謎を秘めているの?

 

 お風呂上り。

「うー。君のせいで少しのぼせたよ、つくし」

 にゃー……。

 あの後さらにプラス五分もお湯に浸かっていたせいで、すっかりのぼせてしまった。パジャマに着替えた私は、つくしと一緒にとぼとぼ廊下を歩く。素足に感じるフローリングの冷たさが気持ち良かった。

 二階にある自室に戻ろうと、階段の半分まで来たところで、

「結夏ー。もうご飯にするから、すぐに降りてきなさいねー」

 階下からお母さんの声がした。

「はーい」

 返事を――

『You got a mail』

 したと同時に、またもやメールの着信音が聞こえた。

「あっ、今度は春流美ちゃんだ」

 つくしは踵を返してリビングに向かっちゃったし、私はこのメールを返信してから降りようかな?

 階段に腰を下ろしてメールを開く。

「えーと、なになに」

『どうなるかと思ったけど、今日は二人を誘って正解だったわね。

 面白かったわ。

 それにしても、驚かせるつもりだったのにわたし達もだいぶ驚かされたわね。

 割とあの二人も変わり者ね』

「ほんと、その通りだねー」

 誰が聞いているわけでもないのに、感想がついつい声に出てしまう。

『ところで、

 

 

       』

「ん、なにこれ? すっごく改行されてる?」

 続きがあるみたいだけど何度も改行されてて、すぐには読めない。不思議に思いながら根気強く何度も下方向のボタンを連打しているとようやく隠された一文に行き着いた。

「んーと?」

 

 

 昼間のアレ、木五倍子さんともども、覚悟、お忘れ無きよう』

「怖っ!!」

 えっ! ええっ!? 春流美ちゃんもしかしてまだ怒ってるの? うわー、どうしよう? やっぱ流石にあれはやり過ぎだったのかな? うー、と、とにかく。何か矛を収めてもらえるような小粋な返事を考えないと、って、あれ?

「まだ続きがある?」

 さらに下に隠された一文がある。一文と言うか、一言だけどそれは――

『冗談よ?』

「嘘だーっ!!」

 絶対に嘘だ! あのハートマークが逆に怖すぎる。

「まずいよぉ。明日学校に行くのが怖いよう。なんとか機嫌を取り繕わないと」

 とにかく返信しないと! あの幼馴染みに有効な文章で!

 そう思った私は、『大好きだよ』、『愛してるよ』、とかハートマークをふんだんに使った愛溢れるメッセージを春流美ちゃんに何通も送った。送り続けた(メールだけ見るとなんかストーカーちっくだな……)。その結果、

『もう、いいわ。……いい加減恥ずかしいし。

 とにかく今後ああいうことはしないこと。

 分かったわね?』

 なんとか春流美ちゃんが折れてくれたので、『はーい?』と私は返し、十分にも亘る熱き戦いに終止符が打たれた。

 ――そして、

「ゆ〜い〜か〜!」

「ひぃっ!?」

 夕飯に呼ばれたのに十分も待たせてしまい、お母さんに熱いお灸を据えられることになってしまったのだった。

 

『You got a mail』

「お、またまたメールだ」

 夕飯後、部屋に戻ってベッドの上に寝転がり小説を読んでいる所、枕元の携帯から着信音。

 なんとなく予想しながら画面を覗き込むと、思った通りの送信者の名前があった。

「あ、やっぱり秋ちゃんだ」

 ふむ、皆まめだな。私が大雑把なのかな?

 それはさて置き、私はメールを開く。

『橡結夏さん、今晩は。

 椚木秋です。

 本日はお誘い頂きましてありがとうございます。

 とても楽しかったです。

 皆さんの学校とは違う一面を見れて嬉しかったです。

 それではまた明日学校でお会いしましょう。

 失礼します』

「硬い! 硬いよ、秋ちゃん!」

 びっくりするぐらい畏まった文体だった。そういえば携帯使うの不慣れな様子だったしなあ。

 とりあえず内容についての返事とともに、『普段の喋り方と同じ感じでいいんだよ』と添えて送信した。

 それから数分後に返って来たメールがこちら。

『結夏さんへ。

 せ、せやな。

 なんとか頑張ってみます』

 ……うん、努力の跡が良く分かります。

 でも、秋ちゃんらしいね。丁寧過ぎる文面も、本当に喜んでくれたからだと思うし。

 ――ただの思いつきだったけど、本当に、誘ってみてよかった。

『うん。また明日学校で』と返信し、私は携帯を閉じた。

 そして、ほんわかとした気分で再び小説を開く。

「今日はいい夢見れそうかな」

 私はいつものごとく、眠気が来るまでのしばらくの間、物語の世界に身を投じるのであった。

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 プルルルルルル。

「あれ? こんな時間に電話?」

 いい具合に睡魔がやって来たので、寝ようと思い本を棚に収め明かりを消し横になったところだった。時間としては午後十一時を回っていた。私としては、寝るには丁度いい時間だ。

「春流美ちゃんだ? ――もしもし?」

『あ、ゆいゆい。さっきのメールで言い忘れていたことがあるんだけど』

「えっ! も、もしかしてまだ怒ってる?」

『え? あ、いや、そうじゃなく――』

「ご、ごめんね。そんなに怒らせちゃうなんて思ってなくて」

『あの、だからね――』

「春流美ちゃんなら出来ると思ってね。甘えちゃったんだよ」

『ゆいゆ――』

「春流美ちゃん好きだよ。大好きだよ。愛してるよ。だから許して」

『…………』

「あれ? 春流美ちゃーん?」

『わたしが悪かったから。お願いだからもう許して?』

「……え?」

 何で私が謝られてるんだろう? よく分からないんだけど、とりあえず春流美ちゃんはもう怒ってないみたいだ。安心安心。

「なら、どしたの?」

『昨日、学校に行った後。結局夕方までわたしの家で遊んでいたでしょう』

「うん、そだね」

『お喋りもほとんど今日のお出かけのことについてばかりだったから、帰る時にはもうずっとお出かけのことしか頭になかったでしょう?』

「確かに、そうだったね」

『それで、ふと思ったんだけど……』

「うん?」

 一息置いて、春流美ちゃんが口を開く。――楽しそうに。

『宿題、終わったのかしら?』

「……………………あ」

 まずいまずいまーずーいー。完全に忘れてたよ。バッグに入れたまま放置してたよ。うわぁ、どうしよう。春流美ちゃんに、助けを求めるしか。

「は、春流――」

『ゆいゆい』

「は、はい?」

『今日の罰、それでいいわよ。頑張ってね』

「ちょっ、春流美ちゃっ!?」

 プツッ。ツーツーツーツー。

 ……切れちゃった、と言うか、

「やっぱりまだ怒ってるじゃないっ!?」

 うわー、どうしよう? どうしよう?

 冬莉ちゃんか秋ちゃんに助けを、……ってだめだ。いくらなんでもこんな遅い時間に電話はかけられない。春流美ちゃん絶対それも見越して時間に電話したね。

「うー。やるしかないかー」

 机に問題集とノートを広げ、がくっと肩を落としながら、休日の最後の作業に取りかかるのだった。

 

説明
紙に書いてたせいで、パソコンに打ち込むのが遅くなってしまったorz
だいぶ前に書いたものだけど、次も書きたいからアップします。
そして次はもっと早くにアップします(>_<)

第1話→http://www.tinami.com/view/205095
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