魔王は勇者が来るのを待ち続ける |
「魔王の友人は……」
「魔界の資源?」
「どうして我が国で自由市場が成功していると思いますか?」
シルフィアは疑問符を浮かべるだけだ。宰相は已む無しと、答えを教えることにした。
「関税をかけない楽市なんてモノはやろうと思えば、どの国でも出来ます。そういう場所を用意するだけで十分です。我が国もその場所を提供しただけなのです。場所代は取るとはいえ、基本的に海上都市内での関税はないです。そこは他国の市場とそう変わりないです。では、なぜ我が国の海上都市の物流は激しいのか。それは一重に我が国に魔界へと通じる門があるからなのです」
「それがどうして?」
宰相は溜息を吐く。
「いいですか? 魔界にしかない。魔界なら抱負にある資源がたくさんあるのです。そしてこの国は恒久的にその魔界へと行ける唯一の国なのです。つまりですね。魔界にしかないモノを簡単に売買できるのが、海上都市なのです」
シルフィアは「そうなんだ」と言うと納得した様子だ。
「だから、それが欲しくて戦争するんだ」
「強引に戦争してでも欲しいわけです。ただ、エメリアユニティ自体は民主主義国家なので、戦争に反対している層もあります。この戦争で上手く凌げれば、彼らが第一党となり、我が国と友好国にもなる約束です」
「なにそれずるい」
「私もそう思います」
ですが、と宰相は説明する。魔王はそれを受け入れたのだ。彼は戦争を何よりも嫌う。故に友好国になれるのであればなって、将来的に戦争しない状況に持って行くことをよしとしたのだ。
「国民は納得するかな?」
「すぐにはしないでしょう。我々魔族とこの国の人間が歩み寄れるようになるくらい、時間が必要かもしれません」
戦争は始まった。専守防衛に徹している魔王軍は上手く凌いでいった。しかし敵の連合軍は魔王軍を遥かに超える物量でじわじわと魔王軍を消耗させていったのだ。防衛戦は上手くやれているとはいえ、長期的に攻撃が続くのはよくないと判断された。
「非常に良くないです」
ガルゥは重く発言する。謁見の間では重役たちがあれこれと意見を交わしている。どうしたものかと知恵を絞って唸る。魔王はそんな様子を他所に上の空だ。
「魔王? おいバハムート! 聞いているのか?」
「ん? ああ、聞いているよ。ただ少し別のことを考えていた」
「この一大事にか」
「すまんな。だがどうしてもな」
「勇者のことか?」
「そうじゃない。今はそんなことを考えている余裕はない」
「ならなんだ?」
魔王は手で会話は終わりだと示す。
「皆の意見を聞こう」
皆の意見は戦線を押し上げることだった。カンクリアンに攻め入り攻撃を抑えこむことを提案したのだ。魔王はそれを却下した。
「な、なぜです? 今の状況より幾分もいいはずです」
「攻撃に打って出る。だが、まだその時ではない。戦線を押し上げることこそ向こうの狙いだろう。こちらが向こうの土地で長期的に戦闘可能か? いや、無理だな。慣れない土地、さらに向こうは物量は遥かに多い。誘い出されて囲まれて潰されて大打撃だろう。それよりだ。敵の基地を一点集中、疾風迅雷で叩き潰すほうが有効だろう」
「基地の場所を調べるのは難しくないだろう。しかし、一気に攻め入るのは難しくないか?」
「シルフィアとあの魔神騎を使う」
「あれは使用しないんじゃなかったか?」
「機会がなければな。だが今はあの魔神騎と、我が国の魔神騎を使うべきだな」
魔王の作戦は敵の基地を探し当て、そこを一気呵成に叩き潰して逃げ帰るというものだ。それが可能なのは魔王軍の魔神騎と、シルフィアの魔神騎だ。
「本当はソラにも行って欲しいんだがな。まだリュミエールから動けないみたいだしな。とりあえず今は諜報活動優先だ。防戦しつつ基地を探るんだ。上手く行けばソラも参加できるかもしれんしな」
それとと魔王は、アルを呼ぶ。彼に小言で2,3注文する。
「御衣。早速話に向かいます」
「勇者が来ない。勇者を倒したシルフィア許すまじ」
「この先も魔王様に近寄る勇者は私が倒しまーす」
「クソァ!」
魔王はいつもの様に勇者ご案内と書かれた羊皮紙を眺めていた。シルフィアはそれを面白くなさそうに見つめる。メイド達は今日も書斎を綺麗にしていく。そこへ扉が開く。魔王は宰相が来たのかと、国の話を振る。
「すまんな国のことはわからん。わしだ」
戸口に背を預けるように立っていたのはラガンだった。
「ラガン?! 起きて大丈夫なのか?」
「寝てばかりいれば、余計に悪くなる。それに中庭を歩きたい。いいかな?」
魔王は一瞬止めようとするが、彼の側に白虹の姫がいるのに気づく。彼の目元に死相が出ていたが、白い歯を見せて笑う。
「白虹の姫よ。彼のことを頼むぞ」
「わかっております」
彼らが部屋を出て行った後、シルフィアは口を開いた。
「あの人死ぬの?」
「保って2週間だな」
シルフィアは驚く。魔王は首を振り無念そうに目を瞑る。
「白虹の姫がいるから、突然倒れたりしないだろうが」
「あの人って一体?」
「ああ、シルフィアは知らなかったな。彼は霊将ラガン。私の友人だ」
「れいしょう?」
シルフィアは首を傾げた。
「そこからか。いいだろう。魔力を持たぬ者の中で稀に、霊力を持つものがいる。彼らは精霊と契約することで魔法に匹敵するほどの力を手に入れる事がきでる。それらが霊将だ。彼らはマナがあろうがなかろうがお構いなしに能力を発揮することが出来るんだ」
「どんな能力?」
シルフィアは自身を脅かす存在に身構える。すぐに魔王によって制された。
「マナを打ち消す能力だ。故に魔法も殺すことが可能なのだ」
「え? じゃあ」
「そうだ。マナの濃度に左右されることなくその力を発揮できるんだ。強いぞ」
魔王は窓から眼下を眺める。その視線の先には虹の光沢を持つ白い髪。白い服を身にまとう女性と、ラガンだ。彼は誰が見ても足取りはおぼつかなく。顔色は悪いものとなっていた。魔王は息を吐く。
「人は短い一生で、多くを成し遂げる。我々魔族とは大違いだ。そんな彼の死に立ち会えるのは喜ぶべきか。悲しむべきか。難儀だな」
「泣いていいと思うよ?」
「そうだな。それができればいいのだが」
魔王は自嘲する。
〜続く〜
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