コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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第十話「〜体 得〜ワカレの始まり」

 

 

 

 

 

 朝日が登り始めた頃。凪はぼんやりとした様子で曲がり角を眺めている。誰かを待っているのだろう。時折思い出したかのように柔軟体操などを入れたりしている。

 走る足音が近づいてくる。凪はいつでも走り出せるように、その場で足踏みした。

(最近は足音だけでわかるようになったわ。というかえらい朝早くからこんなところにまで走りにきているなんて。恐れ入る)

 などと考えながら凪は魔鎧に力を込める。

 視界に黒いジャージ姿が映った。

「あちょー」

「やれやれ」

 やる気の無いと思わせる間延びした掛け声に呆れる優大。

 凪は飛び蹴りを優大にけしかける。魔鎧の力を得ての蹴り、なので傍から見ていた場合、瞬間移動したように見えるだろう。そんな早さの蹴りでも、優大は余裕を持って回避した。

 凪は納得行かないのか、その場で唸る。振り向きざまに口を開いた。

「やるな」

「一応これでも鍛えていますから」

 優大は不敵に笑ってみせる。凪もつられて笑う。

「じゃあ行きますか」

「今日もこのまま暁美の家に?」

 優大は「そう」と答えながら走りだした。凪もそれに並走する。

「毎日朝早く起きれるなら、試験勉強に回してもいいんじゃないの?」

「試験も大事だけどこっちも大切だからね」

 真面目な声音に凪は少し驚いた素振りを見せる。2人は特に会話すること無く走り続けた。

「そういえば――」

「ん?」

 唐突に凪は話しだす。

「――鳴子がなんかお願いとかしてなかった?」

 大は「ああ、格闘術を教えてくれって言ってたな」と、何か思い出したかのように笑い出す。

 なんかあったのかしら?

「ごめん思い出し笑い。えらく気合入ってた頼み方だったからちょっとおかしくてね」

「あによ? どんな?」

「下駄箱にラブレターみたいな便箋に入れて――お願い状――って達筆な字で」

 凪は突如地面に倒れこんだ。さすがの優大も驚いたが、次の瞬間に凪が大きな笑い声を上げたのを見て溜息を吐いた。きっと凪を知る人は彼女が地面にのたうち回りながら笑っている姿を見たら、天変地異の前兆と言っただろう。

 

 

 

「ごめん」

「いや珍しい姿を見せてもらった」

 しばらく再起不能になった。笑いが収まったと思い、走りだしては思い出したかのように笑い転げる。それをしばらく繰り返した。

「面目ないわ」

「神田のことを大切に思っているんだな」

 大の言葉に気恥ずかしさを感じるが、いつも通りを努めて装う。もちろんこいつのことだからわかっていそうだ。

「ま、あね。鳴子がいなきゃ今の私はいないし」

「なるほどね」

 腕時計を見やる。まだ時間は余裕があるわね。

「時間あるし、話を聞いてくれるかしら?」

「いいのか?」

 黙って首肯する。ちょうど近くに腰掛けられそうなベンチがあった。大は近くの自販機で飲み物を2つ買い、片方を私に差し出してくる。黙ってそれを受け取り口をつけた。

「自分で言うのもなんだけど、私って変じゃない」

「まあな」

 大の態度は変わらず、空を見上げながら話を聞くようだ。私も空を見ながら話すとしよう。視線の先には青空。雲が不規則に形を変えていく。

「私は昔からこんなんだったの。感情を表に出すのが下手で、今も実は恥ずかしいって思いながら話をしているわ」

 大は「やっぱり」と小さく漏らした。

「感情を出すのが苦手。うちの親は苦労してたわ。だから幼い頃はこの無表情はいけないことなんだって思い込んでいてね。そんな私にとって、同い年で感情豊かな鳴子は眩しく映ったわ。で、一緒にいて感情の出し方を学ぼうとしたの」

「学ぼうとするっていう姿勢はすごいな」

 大はぼんやりと青空を眺める。私は視線を下に落とした。足元には蟻が行列を作っている。

「でもある日鳴子に言われたのよ。――いつも変わらずいられる凪ちゃんが羨ましい――ってね。その言葉で私は私のままでいてもいいんだって思えてね。私は私自身を自己肯定できるようになったのよ」

 大は飲み終わった缶をゴミ箱へ入れる。そして向き直り、まっすぐと見据えた。

「だからか。お前にとっての救いだったんだな」

「そう」

 大は「わかったよ」と苦笑する。

 あによそれ。一応これでも結構気合入れて話をしたつもりなんだからね。

「話してくれありがとう」

「ちなみに他の人にな内緒ね。鳴子は特に。話をしたら許さいなから」

 大は「あいよ」と言って、準備運動をする。私も体をほぐしておこう。

 それから程なくしてランニングを再開した。私は暁美の家の前で別れた。

 

 

 

 

 

 優大は深い溜息を吐く。

「というか一応乙女の部屋なんだがね。しかも寝間着なんだがね。意識しないですかそうですか」

 さらに優大は溜息を吐いた。

「起きた! 起きたから!」

「はいはい」

 暁美の言葉を受けて優大は素早く部屋を後にする。

 部屋の戸口に立った優大。その背中を見て何かを思い出したかのように口を開いた。

「あ、あのさゆう!」

「んー?」

 優大は振り返らないで返事をする。戸口で立ち止まり次の言葉を待っていた。

「いつもありがとうな」

「なんだよ急に?」

 口を開いたり閉じている間に、暁美は顔を赤くする。誤魔化す様に語気を強めて言う。

「さっ! 乙女が着替えるのでささっとご退室願おうかな」

「はいはい」

 優大は素早く部屋から出て行った。しばらくすると階下から楽しそうな会話が聞こえてくる。楽しそうな世間話だ。暁美は着替えながら思考に耽る。

(こういう日常も最近は悪く無いって思えてきている。だから、あんなスライムごときさくさく倒せるように……あたしたちが1人でも倒せるくらいに……ん? そういえばあの金ピカはどうやってぶっ飛ばしたんだろう?)

 暁美は弓から矢が放たれるかのように階下に降りる。

「ゆう! ちょっと聞きたいんだけど!」

「ん? って、うわあああああああああああ!!」」

 優大は振り返るなり顔を両手で覆った。暁美の母親はすぐに気を取り直す。

「ちょっと暁美! 前! 前! 前隠しなさい!」

 優大は暁美に背中を向ける。暁美は2人の対応に首を傾げた。そして自身の状況を徐々に理解する。そう、暁美は着替えている途中だったのだ。そしてそれを途中で放棄している。その結果彼女は上半身下着一枚となっていた。それに気づいた彼女は甲高い悲鳴を上げる。

 

 

 

「ごめんよ」

「いやいい。こっちこそごめんな」

 あの後すぐに制服に着替えた。顔を見合わせるのすら恥ずかしくて死にそうだけど、それどころじゃない。そんなことは、今横においておこう。

 ゆうの顔を直視して、思い出して顔が真っ赤になる。とにかくそれどころじゃない。

「あ、あのだな。おほん。そのだな。す、スライムみたいな敵を一撃で倒す方法を知りたい」

「あ、ああ。現実にいたりしたら打撃とか無視しそうだな」

 ゆうはどこかよそよそしい。そりゃあそうか。本当だったら今すぐにもこの場から離れたいだろう。だけどそうはいかない。恥ずかしいけど。こいつならなんかヒントくれそうな気がするから。

「そ、それにだな。その、お、おまけに属性攻撃を吸収しちゃうんだ。そんなやついたらどうやって退治するのがいいと思う?」

 しどろもどろ。だが、ゆうは以外に早く元の調子に戻った。顎に手を当てて考える形をとる。

「さらに分裂とか再結集とか」

 なんか話をしていてバカらしくなってきた。こんな話に付き合わさせているのが申し訳なくなる。だがゆうは真剣な顔だ。

「形状とか記憶している脳みたいな部分とかあればそこを叩く。それがなければエネルギー兵器。それでも駄目なら一気に消し飛ばす。いくら属性を吸収するにしても許容量はあると思う。それを超えるのをぶつければいいんじゃないか? これ以上はぱっとしない。後は粘質の存在なら熱だけで干上がらせるとかか?」

 熱で炙る。その言葉に前回の戦闘の様子を思い出す。そういえばあいつ炎を浴びせたら水青の水を吐き出してた。

 なるほどやりようはいくらでもありそうだな。後はあたしたちがどれだけ案を出せるか。そして実行できるか、だな。後はあきやエイダさんたちと話をして決めよう。

「ありがとうな」

「どういたしまして。次はああいうことがないようにお願いするよ」

「おう……すまんかった」

 ゆうは「そんじゃあ学校で」というとそそくさと帰っていった。

 そしてもうひとつ忘れてたことを思い出す。

「今日は試験最終日だ」

 

 

 

 

 

 今日はいつもより早起きが出来た。おかげで家を出るまで、少しニュースを見る余裕がある。温められたミルクを飲みながらニュースを眺めた。一応自分たちのことを世間が知っているかどうかの確認。だけどそんな様子は今までなかった。

 タスク・フォースの人達は私達を積極的に排除しようとしている。ならば私達の事を上の人とかに報告とかしないはずがない。と、エイダさんが言っていた。

 普通は報告しているはずだし、自分たちで言うのもなんだけど、能力だけなら結構普通じゃないと思う。だからいつか話題になるだろうと思っているんだけど。一向にその時は来ない。

 ふと視線を手のひらに落とす。

 大ちゃんに言われた魔力の使い方。これを私はわかっていないんだと思う。それが私の強すぎる想いが爆発して、一発屋になっている原因なんじゃないかなって。

 魔力は一気に使いきらなければ、その場ですぐにでも回復出来るだけの素質はあるらしい。なら、使い方さえ間違わなければ私は複数回撃てるはず。

 顔をあげ、窓の外を眺める。外の景色は平和そのものだ。すぐそこに危険があるなんて信じられないくらいに。

 テレビにテロップが流れる。その内容は今まで平穏に暮らしていた日本という国を震撼させるのに十分な内容だった。

「えっ?」

 私は最初そのテロップの意味を理解できなかった。いやしたくなかったのだ。二度見すればテロップが見間違いであったと、いつもの早とちりだと。

 だけど現実は非情だった。

――超常生命体10号により、自衛隊と米軍の共同部隊が壊滅。さらに被害はヒーロー企業、一般市民にも及び、推定で2万人の死者が出た模様――

 テロップに驚いた。何を書いているのか一瞬理解ができなかった。2万人? なんでそんな……急に……地震とか津波とかじゃないんだよ……。なんでこんな……。

 突然部屋の雰囲気が一変した。異様な雰囲気、心臓を何か得体のしれないもので掴まれたような痛みを感じる。殺気だ。今まで対峙してきた敵が纏っていたモノのそれだ。それを強く感じる方へ視線を動かすと、大ちゃんが立っている。その表情は普段の大ちゃんのそれじゃない。見ているだけで……呼吸を止まりそうだ。

 エイダさんが視界の端に写った。私と同じように冷や汗を流す。

 獰猛な獣。触れただけで何もかもを壊してしまいそうな。そんな気迫を纏っていた。

 胃が零れ落ちるような錯覚。そばにいるだけで押しつぶされそうになる。どんどん体温が奪われるのに、何も出来ない。動けない。足が言うことを効かない。まるで初めて魔物と対峙した時のような感じだ。

 なんとか口は動かせる。

「だ、大ちゃん……?」

「……あ、ごめん。怖がらせちゃったね。なんでもないよ。そろそろ学校に行く時間だ。さあ準備してきて」

 何事も無かったかのように大ちゃんは微笑んだ。そしてテレビを消す。私はそれも含めて恐怖した。

 なんだろう何かあったんだろうけど、それがわからない。あのニュースに何か? いや何かなんてもんじゃないのはわかる。推定死者数とか大きな災害みたいなの。おかしいよこんなの。今一体全体何が起こっているの?

 平和が音を立てて崩れていくのを実感した。

 

 

 

 

 

 如月 英梨は教室に入る前に深呼吸をした。それから扉に手をかけて勢い良く開ける。

「よーし試験始めるぞ。……お前ら元気ないな……って無理もないか」

 彼女は勢い良く入り笑顔を作る。すぐにそれは崩れた。

 如月 英梨の表情は芳しくない。今朝のニュースはすでに全国、全世界に知れ渡っている。そして今この街で起きている怪異事件。関係ないとは思いたいけど、それでも次はもしかしたら自分たちなのではないかと、皆恐れているのだ。

 今そこにある事件がもしかしたら次は自分たちの身に襲い掛かって来るのではないか。その前触れが今朝のニュースなのではないか。見えない恐怖に皆震えていた。

「厄介ですね……」

 水青は小さく声を漏らした。彼女は一見気丈にいるように見える。しかし水青の手は震えていた。

 英梨は時計を確認して、生徒一人ひとりの顔を確認していった。

「お前ら! 今はこっちの試験に恐怖しろよ。これは皆の大切な成績に関わってくるもんだぞ」

 しかし教室は……沈んでいる。この命ヶ原街全体が見えない敵に恐怖している。

「烈」

「なんだ優大」

 これから試験が始まるというにも関わらず、優大は突然烈に話しを振った。クラス全員がなんだろうと、様子を伺い始める。

「おいお前ら私語は――」

「今日の試験で一教科でも俺の点数を越えられなかったら、お前はクラス全員にジュースおごりね」

「はぁ?!」

 烈は最初否定の言葉をあげようとする。しかし、察したような表情になる。

「いいぜ! 一教科でも上回ればいいんだな」

「そうだ。一個でも負けたら俺がクラス全員にジュース一本ずつおごりってことだ」

 クラスが湧く。先程までの陰鬱とした雰囲気を一気に吹き飛ばした。

「私語はそのへんでな。ちなみに先生の分も頼むぞ」

「まじかよ!」

「本気出すか」

 優大は一度背伸びしてシャーペンを構えた。

 その日一部のクラスでは滞り無く試験を行うことが出来たそうだ。

 

 

 

 

 

(このラウンジに私が招かれざる客というのは、よくわかっているつもりだったが、まさか――)

「ところで紫織先輩の髪の毛って綺麗ですよね。どんなシャンプーを使って、どんな手入れしているんですか?」

「肌も綺麗です。でもお姉さまも綺麗ですよ!」

 星村 紫織は下唇を噛み締める。状況に流されないための抵抗だろうか。だが、状況は彼女を置いて刻一刻と変わっていく。

「だから全力で抱きつくな!」

 白百合に押し倒された暁美は、頬ずりしようとする白百合の顔を引き剥がそうと抑えた。

「紫織先輩の爪。爪がとっても綺麗だよ凪ちゃん」

「そー」

 凪は、鳴子の話を聞いているのかいないような返事をする。

「生徒会の作業に興味が有るのですが……いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「え? 水青ちゃん生徒会に立候補するの?」

 水青は小さく頷いた。

「これは応援団を作らないとね」

 水青の応援をしようと明樹保と直があれこれ話を始めていく。

「「応援は任せるっす」」

 突然正拳突きを始める斎藤と佐藤。

 誰一人とて紫織を毛嫌いするような態度はない。

(――こんなに受け入れられているなんて。予想外だわ。あからさまな拒絶。そうでなくとも、もっと嫌われていると思ったけど)

 明樹保たちはそんな紫織の心情を知ってか知らずか、どんどんアレコレ聞いていく。

 紫織は徐々にその勢いに飲まれていく。

「少し待ちなさい。ひとりずつ順番にお願いね。歴史上の偉人なんかじゃないんだから」

「なんでここに来たんですか?」

 直の質問である。この中で唯一紫織を警戒していた。してはいるが、明樹保達の様子に半ばあきらめているようでもある。

「ここに来た理由はなんてことはない。ただ校舎を見回っていたところ。残っている物好きが見えた。だからここまで来ただけよ」

 紫織は注意を促す。本日は試験だけで後は部活動をやるか、帰宅するだけであるはずと前振り、説教に入る。加えて今朝のニュースも話題に交えた。

「帰宅部なら、なおのこと早く帰りなさい」

 紫織の注意に全員が「はい」と返事をする。

「ラウンジはどうかしら?」

「静かでいいわね」

 紫織は興味深そうに眺めた。すぐにハッとなり、顔を作る。

「貴方達は気楽ね。私はこれでも貴方達に嫌われるようなことはしたつもりだけど?」

 全員が「なんで?」と首を傾げた。

「私がおかしいの? 私だけがおかしいの? 一応そんなに優しい態度はとったつもりもないし、言葉も行動も厳しかったと自負しているわ」

 全員が「そうだけど、それで?」と更に首を傾げる。

「でも、そういうのが生徒会長ってやつの役目なんだろう? 同情するよ。そういうのを一手に引き受けているのに」

 紫織は目を見開いて驚く。

「まさか……」

 全員の視線が彼女に集まった。言おうとした言葉を慌てて飲み込む。

「いえ、なんでもないわ。……桜川 明樹保さん。貴方の言う通りね。貴方の友達はとても素晴らしい人達だわ。この前の言葉は撤回させてもらうわね」

「あ、いえ。私もごめんなさい」

「羨ましく思うわ。こんな仲間がいるのね。貴方達は、だから私も希望を持ってしまう」

「え?」

 紫織は明樹保の疑問に答えない。

 

 

 

 もう1つここに来た理由はあった。それは彼女たちが私と同じエレメンタルコネクターでだからだ。その素性を確認しにきたのでもある。

 気づいたのは雨宮 水青。彼女が覚醒した時だ。他人のことながら焦った。

 すでに仲間のいる彼女たちは大丈夫だろう。私のような絶望はないのだ。そのことに心底ほっとした自分で驚いている。まさか絶望していながらも他人を思いやれるなんて、ね。

 その後はとにかく歯がゆい想いをした。私は戦える力を持っていて、見て見ぬふりをしていた。不貞腐れていたのだ。見ていながら、知っていながら、世界から拒絶されたと思い込み。私は守りたいという気持ちを偽り続けた。だけど――。

 

 

 

 先日の生徒会室での出来事である。

 生徒会室に私と早乙女君だけが残って作業をしていた。試験期間中のため皆早く下校している。

「紫織さんはヒーローをどう思います?」

 唐突のことで驚いた。ヒーローの話題なんてしたがらない、そういう人間だと聞いていたから余計にだ。

「どうって……突然何かしら? そんな話題を早乙女君から振られるなんて、夢にも思わなかったわ」

「俺もです」

 苦笑いする彼はどこか遠くを見ている。

 先日の現生徒会と次期生徒会の面々の激突以来、特に意見が衝突することもなかった。むしろ、先日の一件があったからだろうか。現生徒会は次期生徒会に、より多くを残そうと、今まで以上に色々と教え込んでいった。彼らもそれに応えて、熱心に学んで吸収していく。

 そんな事もあり、校内での噂はどうかわからないけど、以前より仲良くはなった。

「そうね……彼らは横暴だと思うわ」

「なぜです?」

 記憶にあるのは話を聞こうともせず、一方的な攻撃。

「彼らは自分たちの物差しがあり、その物差しに従った正義を他人に押し付けるわ」

――化け物が!――

 もしも心というモノが、臓器であるならば、私のは痛みで悲鳴を上げていただろう。

 私は拒絶された。同じ街を守る仲間だと思っていたのは私だけ。タスク・フォースは私を排除しようと、とことん追い詰めてきたわ。危うく殺されるところだった。

(そういえば彼女たちもその壁にぶち当たっていたわね。怪我がなくて何より)

 私は彼女たちを案じている自分に驚く。それを誤魔化すように、資料机に叩きを整える。

「そうですね。でも、人間は意外と視野が狭いものですよ」

 私の目を真っ直ぐと射抜く。そんな目に、先日の屋上での一件を思い出させられた。

「ぐっ……。そうね。そういう意味では私もあの時は、彼らと何も変わらなかったわね」

 慌てて「なんでもない」と、手を振る。だが、彼は特に気にした様子も見せず、生徒会室の窓から校舎を眺め始める。

「俺は、いつかその横暴も変わってくれると信じてますよ。だって変わらないモノなんていないですもん」

「馬鹿な……。そんな可能性を信じても……」

 いけない。気取られてはいけないわ。それがわかっていても気持ちは抑えられず、言葉がこぼれ落ちていく。

「そうですね……1人で変えられることなんて少ないです。あの屋上のラウンジも、俺1人じゃできませんでした。愛華や秤谷。ついでにジョンがいたから、あの屋上があるんですよ」

 目の前の人間が怖くなった。得体の知れない何かが、自分の全てを見透かしている。そんな恐怖に思考は混乱する。

「貴方は私のことを知っているの?」

「知っていますよ」

 一瞬体の中から熱が消えた。

「あなたは星村 紫織。自分を律し行動できる。そして他者を思いやり、常に最善であることを望んで出来る人。何事にも偽らず自分らしくあれる人。天乃里大付属中等部の自慢。名生徒会長じゃないですか」

 そんなことを聞いたのではない。私が聞いたのはエレメンタルコネクターとしての私。

「違うわ。私はね変えられなくて、拒絶されて、そこから逃げているだけの弱い人間よ」

「弱い人間は自分を偽りませんよ」

「偽っているかもしれないわよ?」

「だから、辛いんじゃないんですか?」

 先日の都会での戦闘を想起する。

 駆けつけた時には火災旋風が全てを飲み込んでいた。敵も街も、結界の中ごと焼き尽くしていた。

 それ以外に倒す方法は無かったのだろう。そこに私がいても何かできたとは思わない。けど、彼女たちが背負った重荷を軽くすることは出来たはずだ。

 敵に対する怒りと憎悪。そしてこの街を守りたいという思い。

「俺の両親も、自分たちを偽らず命を賭して戦いました」

 その先は聞かなくても有名なので知っている。ファントムバグとの戦闘で亡くなった。それだけしかわからない。だけど、なんとなく彼の1年の頃の素行から、想像はついた。

 彼の両親は守って死ぬことを選べてしまったのだろう。自分たちに嘘をついて生きながらえて後悔するより、そっちを選んだのだ。

 私はこのまま何もせずにいて、生きながらえても……

「だから死んでも後悔はしてないんですよ」

「よく言い切れるわね」

「言い切れるだけのモノを知ってます」

「そう……」

 外を眺める彼の瞳はまっすぐと何かを見据えていた。あまりにも透き通った瞳だったのでしばらくは見入ってしまいそうだ。その瞳が私を覗く。瞳の中の私の表情はえらく間抜けだった。口を半開きにして、眉根を寄せ上げ、か弱い乙女ぶっているように見えた。

 慌てて自分の顔を生徒会長のそれに戻す。

「紫織さんも後悔しないでください」

 エレメンタルコネクターの事だろうか?

 聞こうか聞くまいか考えたが。知らなければ知らないでいいし。知っていても彼は敵じゃない。確信はないけど、そう感じられる何かがある。

「ありがとう」

「そうでありたいなら、そうであり続けてください。そうすればいつか――」

「いつか?」

「その先は紫織さん自身がよく知っているんじゃないですか?」

 誤魔化された気がする。やはり不気味だ。

 

 

 

(――自分の気持ちを偽るのはやめることにした)

 斎藤、佐藤、白百合の表情が曇ったように見えた。何か居心地の悪そうな。そんな表情だ。

(やっぱり私がいるからだろうか?)

 紫織は自身の存在が威圧していると考えた。が、彼らの表情の先は桜川 明樹保たちである。

(私ではない。となると……)

 紫織は質問に答えながら、しばらく考えこんだ。

「どうかしたのかしら?」

 結果、生徒会長としての役割が彼女を動かす。

 聞かれた本人たちは、最初自分たちに投げかけられた言葉だと理解できなかった。

 しばらく間の抜けた様子をした後に、視線と質問が自分たちに向けられたものであるとわかったようだ。

「へっ? えっ?」

「ああ……いや、なんでもないっす」

「そうですわ。お姉さま素敵ぃ〜とかですわ」

 白百合たちは何かがあると、態度では言っていた。紫織はしばし考える素振りを見せる。

 生徒会長としての使命感から、紫織は彼女たちの様子を観察していく。

「そういえば佐藤君。貴方はラグビー部に勧誘されてたわね?」

「う、うっす」

 佐藤は斉藤に申し訳なさそうな視線を向けた。対して斉藤は視線を鋭くさせる。白百合も視線を落とす。

(なるほど……。全員似たようなものかしらね)

 紫織は頭の中をフル回転させる。

「そういえば、早乙女君が珍しくヒーローの話をしてくれたんだけど」

「星村先輩にですか?」

 食いついてきたのは明樹保だった。紫織は明樹保の質問に短く答え。白百合たちの目を射抜く。

「こ、後悔するなって話です?」

「そうね。でも私はさらに付け加えておくわ。迷って迷い抜きなさい。きっとその先に貴方達にしかない答えがあるから。私もね、最近まで迷っていたことがあったの。迷った時間を後悔する自分もいるんだけどね。今は迷って決めてよかったって思うの」

 紫織の言葉に全員が驚く。

 

 

 

 

 

「ったく。まだあいつら残っているじゃないか」

「そうね……」

 校舎と校舎をつなぐ渡り廊下の窓から、英梨はラウンジのある屋上を見上げ、そこにいる生徒たちを恨めしそうに眺めた。如月 英梨は時折「青春しているねぇ」とも言葉を漏らすが、桜木 保奈美は屋上ではなく虚空を眺め続けて「そうね……」と答えている。

「しかも星村も残っているじゃないか」

「そうね……」

「まったく私達が見回りするときは、決まって誰か残ってるわね」

「そうね……」

 如月 英梨の愚痴に、桜木 保奈美は心ここにあらずといった様子で答えた。変わらず虚空を見ながら、どこか視線は定まっていない。

「……パンツは何色?」

「そうね……」

 さすがに英梨は頭を抱えた。まだ新任とは言え、1年は乗り切ったのだ。一度の失恋くらいでここまで影響が出るのはさすがに容認できるモノではない。

「しっかりしてよ」

「あっ?! は、はい……」

 肩を掴んで揺らすと、意識がこちら側に戻ってきたようだ。しかしやはりまだ元気はない。

 

 

 

「まだ引きずっているの?」

「英梨さん。ごめんなさい……」

 プライベートでは、保奈美には「英梨さん」と呼ばれるようになった。対してあたしもこいつは「保奈美」と呼ぶようにしている。

 こういう関係になれたのは今から10ヶ月前だった。体育祭で同じ色のグループになったのがきっかけである。新任1年目にして、問題児をたくさん抱えてしまったと聞いていたので、あれこれお節介をしていたら、自然とそうなっていた。

 仕事が終わればよく飲んで、あたしはあたしの愚痴をぶつけ。彼女は彼女の恋愛相談をあたしにふっかけてきた。もちろんあたしもそんなに経験したことがないので、アドバイスはかなりアバウト。それでも笑いながら嬉しそうに聞いてくれてたわ。

 そんなこんなで恋が実り、付き合いだして3ヶ月くらいしたころからだろうか。お互いに結婚を考えているって話を聞いたときはぶったまげた。

 それがどうしたことか3月になって相手の方から婚約を取下げられてしまったらしい。保奈美は理由を聞いたが、相手は教えてくれなかったそうだ。おかげで今もまだそのことを引きずっていた。

 こんなにも出来た娘を、理由も教えずに一方的に別れを押し付けるだなんて許せん。もしもそいつに会うことがあったらぶん殴ってやる。

「まあいいよ。とりあえず屋上にいる不届き者たちを成敗しにいくわよ」

 

 

 

 如月 英梨は桜木 保奈美に笑い掛けるが、彼女の笑みはどこか無理矢理であった。

 

 

 

 

 

 明樹保達があれこれ質問しているところに、先生たちはやってきた。で、下校を促されたのまでは良かったのだが、事態は大きく変わっていた。

「信じられないだろう!」

「そ、そうですね」

 如月 英梨は掴みかからん勢いで、紫織に迫っていた。そんな勢いに彼女は完全に飲まれている。

 直は頭を抱えそうになった。

「星村は恋とかしたことあるか?」

「え、ええ……」

 紫織は身を引くが、その分さらに距離を埋める英梨。

「どうだった?」

「どうとは?」

「実ったのか? 実らなかったのか? 私は今のところ5連敗だ!」

「み、実りませんでした」

 如月 英梨は「お前ほどの女を振る男は目がなかったんだ」と叫び。両肩を掴んで激励していた。

 乗り込んで来て「青春しているところ悪いが帰ってくれ」そこまではよかったのだが、最後の質問に、恋愛の話を振ったのが間違いの始まりだった。そこから何かスイッチが入ったかのように如月 英梨は、愚痴り出して今に至る。明樹保は桜木 保奈美に助けを求めようと視線を送るも、オロオロしているばかりだった。どうにもこうにもいかない状況。これは如月 英梨の気が済むまで耐えるしかない状況だ。

 ちなみに、話の内容は如月 英梨の恋愛ではなく、桜木 保奈美の話だ。一方的に別れを告げられ、その理由は教えてくれない。その上一方的に連絡を断ち切ったという内容だ。その場にいた女性陣の怒りを買うには十分だった。斉藤と佐藤はなぜか非難の目を向けられている。彼はまったくの無実だ。しかし同じ性別の男性としていい目で見られなかったのである。

(告白して色々と変わってしまうのを考えると怖いな。ゆう君に告白して、もしフラレたら、今までどおりでいられるだろうか? 今までどおり話をしてくれるだろうか?)

 直の胸中を強い不安が襲った。

 桜木 保奈美のように一方的に無視されるかもしれない。

(ゆう君だからって、保証はどこにもない。でも好きだよ。欲しいよ)

 直は顔を抑えた後、気合を入れるかのように両手で顔を強く叩いた。

「ど、どうした?」

「い、いえ。なんでもないです」

 如月 英梨は多少訝しんだ後、教師の顔となり、話を始めた。

「アンタたちはまだ若いんだ。恋愛なんていくらでもできる。だから一度や二度。失敗したくらいでへこたれるな。って、これ保奈美にも言っているからね。転んだ数だけ起き上がり方も学べるんだってね」

 保奈美は申し訳なさそうに笑う。

「恋すると桜木先生みたいに辛いこともあるかもしれない。けどそれに怯えずにどんどん恋愛していっていい女になれよ。男はいい女が寄ってくるような男になれよ」

 明樹保達はお互いの顔を見合いながら頷き、斎藤と佐藤は、身を固くして頷いていた。

「保奈美先生のお相手ってどんな人だったんです? きっと素敵な人なんだろうなぁ〜」

「あ、その……滝下浩毅っていう人で――」

 桜木 保奈美は明樹保に、いや彼女たちに全部話してしまった。出会いから馴れ初め、どういうことがあったのかなど。そんな話に年頃の女子は顔を赤く染めた。

「今でも好きで……だから、どうして嫌いになったのか知りたいんだけど……そろそろ吹っ切れないとダメね」

 桜木 保奈美は困ったように笑うと「しっかりしなくちゃね」と自分自身に言い聞かせる。

「でも憧れます」

 鳴子は夢見がちに言う。自分もいつかそんな恋をしたいと。

「恋愛もいいけど、みんなの将来の夢は何かな?」

 桜木 保奈美は楽しそうに聞く。その様子に如月 英梨は安堵する。

「教師です」

 即答したのは紫織だ。そんな彼女に暁美は「うげぇ」と小さく漏らした。

「緋山さん。今――こいつに教えられる生徒が可哀想――とか考えましたね?」

「そっ! そんなことないやい」

「図星のようね。そう思われてもしかたがないわね。でも、いい経験になったわ。ありがとう不良さん」

「それはどういたしまして頭でっかちさん!」

 2人は笑う。

「先パイが言ったんだ。遅れを取るわけにはいかない。あたしは――」

「私は、お父さんと同じで教授とかかな。研究してごろごろしたい」

 暁美の言葉は凪に切られる。暁美が凪に掴みかかるが、どこ吹く風だ。

「私は……父の会社を継ぎたいと思うようになりました」

 水青は柔らかく微笑む。そこにはかつての他者を拒絶する風体はない。

「私! はい私、神田鳴子はヒーローエンジニアになりたいです!」

 鳴子は堅苦しく答える。それらを横目に暁美は言いづらそうにした。そんな彼女を不敵に笑う凪。

「これが狙いか」

「そうよ」

「私は警察かな」

「お父さんと同じ?」

 明樹保の言葉に、直の眉根が少し上がる。少し嫌そうに頷いた。

「そう言われると癪だけどね。明樹保は魔法少女?」

 その言葉に反応したものが多数。しかし、如月 英梨の笑い声で気づいたものはいなかった。

「魔法少女? 本当に?」

「えっと……今はわかりません。進路調査票には幼稚園の先生って書きましたけど」

「うんうん。いいよいいよ。悩め少女。悩み、悩んで悩み抜け。そこに答えがあるさ。ただ、自分に出来る範囲の無理でいいから、色々とやっておくといいよ。これはあたしからのアドバイスだ」

 明樹保は「はい」と力強く答えた。

「じゃあ、最後は暁美さんね」

「くそ……こうなるとは……っていうか、白百合達は?」

「私は資産家」

「俺は……親の家業の寿司屋かな」

「俺は……ヒーローっすかね」

 これ幸いにと3人は勢いで答えた。答えられた後に、暁美はしまったという顔になる。そして注目が彼女に集まる。

「あ、あたしは……ケーキ屋さんです」

 それを聞いた如月 英梨は笑い転げる。

「ちょ! 英梨ちゃん! それ簡便だって」

「ごめん! わかっているが。緋山の口からケーキ屋さんって聞けるなんて、夢にも思わなかったよ」

「ぐぬぬぬ。なって、美味しいケーキ食べさせてやる!」

「楽しみにしているわ」

 如月 英梨は最後に「ごめんね」と言った後に、目尻の涙を拭う。そんな様子に明樹保はふと疑問を漏らす。

「英梨先生は、先生やっててよかった?」

「なんだ突然?」

 疑問に思いつつも、如月 英梨は答える。

「嫌なこととかあるけど、よかったよ。お前たちみたいな面白い生徒に会えるからな。毎年楽しくて仕方がない。今年は特に面白くなりそうだ」

 如月 英梨は楽しそうに2ヶ月間で、変わった明樹保達を喜んで話す。

「私からすればいい方向に転がっているように見えるんだ。教師やっててよかったと思える瞬間ね。私が関われてないのが悔しいけど、そういう風に変わっていくのを見られるから、教師やってて楽しいよ」

 明樹保は今の自分に疑問を覚えたのかもしれない。それは明樹保だけじゃなく、水青達ももっているのかもしれない。潜在的な疑問。それは彼女たち自身が見つけていかなくちゃならないものだ。

 如月 英梨は目配せする。桜木 保奈美は困ったように笑う。

「私はまだ漠然としているけど、やっててよかった。みんなに会えたから。明樹保ちゃん」

「はい」

 明樹保は微笑む。

「明樹保ちゃんの変わらない明るさに、いつも励まされていたの。これからもその明るさを私とみんなに見せてね。雨宮さん、1年の時は何もしてあげられなくてごめんなさい」

「いえ、あの時用意してくださった教室は、私にとって大きな転機でした。ありがとうございます」

 水青は恥ずかしそうに笑う。

「凪ちゃん」

「ほい」

 いつものようにやる気のない返事。

「たまには起きて勉強を受けて欲しいな。でもその変わらないマイペースさもなくさないでね。きっとあなたの存在が、鳴子ちゃんの励みになっているから。お互いに支えあってね。鳴子ちゃんは、もう少し自信と勇気を持って。大丈夫あなたなら出来るから。それを見せてね」

「はい。頑張ります」

 鳴子は前よりも前向きに答えることができていた。

「緋山さんとはあまり接点がないけど、これからもっともーっと、色々とお話するから」

「お、おう!」

「ケーキ屋さん頑張ってね! 私もケーキ大好きだから、食べさせてね!」

「はい!」

 優しい言葉に暁美の顔に花が咲く。

「星村さん。この前まで余裕がなさそうだったけど、今は大丈夫そうね。よかった」

「ありがとうございます。ご心配おかけしました」

「私でも教えられることがあると思うから、教師の事はなんでも聞いてね!」

「はい」

 紫織は口元を柔らかくする。

「白河さんは、緋山さんが好きなのはわかるけど、もう少し抑えてね。時々怖い場面があるよ? 佐藤君はまだ迷っているのかな? お寿司屋さんじゃない道も選んでもいいんだからね 斉藤君のその手は、きっと誰かを傷つけるためにあるものじゃない。誰かを守れる手だって私は思うの。だから、今度は守ってね?」

 白百合、佐藤はそれぞれ、小さく頷く。斉藤は自身の手を見つめる。それをどこか懐かしむように目を細めて、鼻で笑う。最後には笑顔で「うす」と答えた。

 話の切れ目に如月 英梨は口を開く。

「あーもうっ! 長い! ということで、そろそろ帰りなさーい! あたしらの仕事増やすな」

 彼女達は慌てて下校準備をする。鳴子は慌てすぎて、カバンの中身をぶちまけてしまう。

「ああぅ。ごめん」

 それを急いで片付けていると、星村 紫織が流れるように集めて手渡す。そのまま立って明樹保達に会釈する。

「では私はこれで」

 一足先に、彼女が屋上を後にした。その後に続くように明樹保達は飛び出していった。

「先生また今度―」

 明樹保は元気な声で挨拶した。

「またなー。歯はちゃんと磨けよ」

 如月英梨は負けじと元気いっぱいに返事をする。保奈美はどこか寂しそうな表情のままだ。

「保奈美先生?」

「あ、ううん。ごめんね」

 保奈美は一度深呼吸すると、満面の笑みを作る。

「また学校でね」

「はい!」

 

 

 

 

 

「んー。やっぱりネットでは私たちのことは知られているね」

「そう」

 家についてしばらくはパソコンの画面とにらめっこしていた。情報収集のためだ。

 欲しい情報は反ヒーロー連合。企業の動向。タスク・フォースの方針。そして、彼ら敵の情報と……今朝のニュースの詳細だ。

 凪ちゃんは私の背後からパソコン画面を覗いていた。時折唸ったりしているけど、きっとそんなに気にはしていない。凪ちゃんはこういうのはどうでもいいと考えているはず。くればわかるというスタンスだ。

 ラジオをかけて、随時ニュースの情報は仕入れている。

 アナウンサーの声は、朝のニュースほど取り乱してはいなかった。けど、どこか声に元気はない。

「こっちに来るかな?」

「来るかもね」

 こんな状態でも素っ気ないな……。動揺せずにいられるのが羨ましいよ。新しい情報を聞く度に私は心臓が飛び出そうになるよ。

「それで、今わかったことは?」

「未確認情報だけど、反ヒーロー連合と私達と戦っている人達が、接触しているっていう噂はあるね」

 掲示板の書き込みの一つ一つを素早く目を通していく。傍から見れば素早く流しているように見えただろうが、その一つ一つを頭の中に刻んでいく。

「超常生命体10号は9号とやりあっている姿が確認されているみたいだよ。一度こっちのほうでも目撃情報があるね」

「嘘?」

 私もその情報は嘘だと思いたい。だけど、過去の記録を確認した所、複数の目撃情報がある。これは嘘ではない可能性が高い。

「時期的には3月の末だね」

「ふーん」

 今私達に関係がありそうなのは、反ヒーロー連合と接触したかもしれないという情報。

 これは気になる。いや、超常生命体10号の話も気にはなるけど。そういえばエイダさんが「毎回1人ずつしか来ないのはおかしい」と言っていた。私達が今までに遭遇したのは、オリバー、アリュージャン、アネット、グラキース。この4人だ。アネットという人はこの前の戦闘で負った魔障で動けないはず。

「オリバーってのはこっちの方でも動いているみたいだけど」

「うん。でも積攻撃してこないよね?」

 ラジオから生還者のインタビューが聞こえてきた。

 私達ははそちらに意識を集中する。

――と、突然。突然なんだ。突然黒い手がたくさん。たくさん地面から生えてきて……み、みんな飲まれちまった。黒い影に飲まれちまったんだよ――

「う……わぁ……」

「黒い影に……それが超常生命体10号の能力」

 凪ちゃんは表情こそ変わらないが、声音は面倒臭そうにしている。

 掲示板にあるニュースの映像から切り取った画像を映し出す。そこに写っていたのは、とある地点を中心に、街が円形に切り取られた姿だった。

 この前私達が発見したクレーターとは違い。そこだけ綺麗に切り取られているのである。

 この範囲を一瞬にして飲み込んだとしたら……今の私達に太刀打ち出来ない。そもそもこの範囲は超常生命体10号の本気ではない可能性だってある。

 胃の中身が逆流するのを感じた。

「大丈夫?」

「ううん。こんなの……どうやって」

「まあいいじゃない。私達と戦う可能性なんてあるかどうかわからないし」

 確かにそれは一理ある。けど、もしこの場に来たら……私達はどうすればいいのだろうか。

 いくつかの打開策を練っていると、エイダさんの声が響いた。

『グラキースが来たわ。凪と鳴子が一番近い。先に行ってもらえる?』

「あいよ」

「嘘……」

 最後に『くれぐれも無理しないように』と釘を刺される。

 襲ってきたのが話をしている相手じゃなくて、よかった。いやどっちでもよくない。遅れて非常警報が鳴り響く。緊急避難指示が発令された。

「まさかこんな日が高いうちに来るなんて」

 時刻を確認すると時計は4時を指していた。

「凪ちゃん」

「あいよー」

 

 

 

 

 

 須藤 直毅は絶叫した。

「安藤―!」

 警官が触手のようなもので貫かれ地面に叩きつけられる。ソレは先程まで動いていたのが、嘘のように動かなくなった。動かなくなったソレに、粘質の生物は覆いかぶさる。そしてソレを取り込み、体内で融解させていく。

「またなのかよ! ちくしょうが! 退け! 退くんだ!」

 須藤 直毅の指示に警官たちは下がっていく。彼は周りに逃げ遅れた人がいないのを確認して、停めてあるパトカーに走った。

 パトカーの無線を手に取る。各地で避難誘導に当たっている仲間たちに怒鳴りつけるように言った。

「全員退くんだ! このままじゃ全滅だ!」

『ダメだおやっさん。まだ逃げ遅れている人がたくさんいるんだ。今逃げたら大きな犠牲が出る』

『こちらB地区。新たな粘質の生物確認』

「ふざけやがって! これで5匹目か。どうすれば倒せるんだ。どちくしょうが!」

 須藤 直毅はパトカーを蹴飛ばす。

『こちらF地区。大型スライム状の生物確認。卵をたくさん産んでいるぞ』

『おい見ろ! 孵化していくぞ』

(これで6体だと? 超常生命体10号が来る前に、こいつら化け物に俺達はやられるんじゃねえか? 糞っ!)

 須藤 直毅は深呼吸した。自身を落ち着かせるためだ。

「わかった。逃げ遅れている人がいないか確認して、その場を放棄するんだ」

 パトカーの窓ガラスの端で黒い何かが走った。彼は本能的に転がるように飛ぶ。

 見ると自分が先ほどまで立っていた場所に黒い何かが突き刺さっていた。触手がパトカーを貫いている。それは脈動して引き抜かれた。

 須藤 直毅は血の気が一気に引いていくのを感じた。

「ちぃ!」

(ったく娘とは上手くいかない。挙句こんな化け物を相手にせにゃならないとか。おかしいだろう!)

 八つ当たり気味に内心毒づく。

「ふざけやがって!」

 直毅は倒れたまま銃を構える。即座に発泡。効いた様子は見せない。

 効かないとわかっていても、銃弾を連射せずにはいられないのだろう。それは目の前の化け物に苛立ったからではない。今起きている自分の周りの出来事への不満からである。

 銃弾は粘質の生物の体内で止まり、溶けて消えた。柔らかそうな見た目に反して強い弾力があるため、銃弾は貫通することすら叶わない。

 後先考えずに連射した銃は、弾を空にした。

 粘質の生物の体が大きく蠕動する。

 攻撃が来る。そうとわかっていても倒れている体は咄嗟に動かない。

(俺は死ぬんだな。せめて娘ともう一度くらい話をしたかったな)

 直毅が死を覚悟した時だった。赤い炎が粘質の生物を焼いた。

「なっ?」

「おっさん大丈夫か? ここはあたしに任せな!」

 赤い学生服。そんな印象の格好をした少女が立っていた。紅蓮に燃える炎を纏っている。巨大な炎の玉を頭上に生み出し、それを叩きつける。

 直毅は肌が熱で炙られるのを感じた。

 化け物は炎に身を捩るが。そんなのを構いもせずに炎を浴びせ続ける。

「やったか?」

「まだやってない! おっさん早く逃げろ」

「おっさんじゃない! おやっさんだ」

 少女は「どっちも同じじゃね?」と言ったが、そんな言葉に返す余裕はない。

 須藤 直毅は体を起こし、銃に銃弾を素早くこめていく。

(ったく、まさかこうも早く接触するなんてな。アイツの言うとおりに動くか)

「おいガキ。これの似た生物がこいつ含めて5匹。見たこともないタイプが1匹いる。しかも見たことのないタイプは卵を産卵して孵化させているそうだ」

「マジかよ!」

「民間人の避難は俺達に任せろ。お前たちはそいつら化け物を頼む」

 須藤直毅の言葉に驚いて目を剥いている。

「言っとくが、俺達警察はお前たちの味方だ。それだけは忘れるな。お前たちはお前たちの出来る事を頼む。俺達は俺達にできることをする」

「わかった! ありがとうおやっさん」

 

 

 

「フォトン・ライフルが効かない!」

「散開! 回避に専念しろ」

 高岩 翔太は素早く指示を出す。バイザーの奥で苦虫を噛み潰したような顔になる。

 彼の指示した直後に黒い線が複数走った。黒い触手。それらは土煙をあげながらアスファルトを削っていく。回避はできていてもその挙動に精彩を欠いている。精神的には追い詰められているのだろう。

『こちら03レッド。フォトン・バズも効かない』

「おいおい冗談はよしてくれよ。あれが効かないって、さすがに泣けるぞ」

 通信越しに聞こえた声は冗談を言うような口ぶりではない。タスク・フォースには、魔物に対する有効な対抗手段がない。それはずっと前からわかっていたはずだ。だから、彼らも淡々とそれを受け入れていた。死ぬかもしれないという漠然としたものも感じている。

(ちっ、傷が痛むぜ)

 前回の戦闘で受けた傷が疼いたようだ。翔太は左肩を抑える。

(前回よりは立ちまわれているが、それだけだな。攻撃は効かないのは変わりない。避けているだけにすぎない。どうする? どうすれば倒せる?)

 彼の視界の端で、土煙が上がる。スライムから伸びた触手が建物を薙ぎ払う。

(くそっ! スライムって言ったら、大体は雑魚モンスターの仲間だろう。なんでこんなに強いんだよ。いや、むしろゲームなんかの登場人物たちは、全員人間をやめているんじゃないか?)

『02レッド。状況はどうか?』

「見てわかりませんかね?」

『その場を放棄しろ。避難は完了した』

 彼らが退く素振りを見せた瞬間だ。スライムは猛攻を仕掛ける。放棄しようにもできなくなってしまった。

「どうしたもんかな……」

「翔太どうする?」

「いや逃げるしかないんだけどさ」

 しかし翔太は逃げる様子を見せない。敵を足止めするかのように、オレンジの光弾を浴びせる。そもそも逃げれば背中から串刺しされるのは、想像に容易い。

 青い光が一閃する。

「来てくれたか」

 翔太は心の底から安堵する。視線の先には青い魔法少女が立っていた。

「よしここは魔法少女に任せて下がるぞ」

「えっ?」

 俺の言葉が彼女に聞こえたのか、驚いている。

「俺達じゃ無理だ。後は任せるよ」

『02レッド! 目の前のアウターヒーローの確保を優先しろ』

「共倒れしたくないんで、お断りします」

 短く応えて翔太は仲間を引き連れて下がった。

 

 

 

 黄色い雷が閃き、緑の風がかまいたちとなって、スライムを細切れにする。さらに黄金の火炎旋風がこれでもかと細切れにしたソレを消し飛ばす。

「あんがとさん」

「助かったよ」

「ふん! このゴールデンドラゴンナイトにかかれば朝飯前よ」

 鳴子と凪のお礼に、当然と言わんばかりの態度。黄金の戦士は腕を組んでふんぞり返る。今は味方だからこそ、その姿は頼もしく見えるのだろう。彼女たちの表情は明るい。

「でも助かったわ」

「俺もこいつには手を焼いたからな」

「でもお陰で、色々とこのスライムのことがわかったわ」

「ありがとう!」

「仲間にも教えてやってくれ」

 ゴールデンドラゴンナイトは人体の耳に当たる部分を抑えた。まるで通信をするかのように会話を始める。否、通信しているのだ。彼は先日一緒に行動していた仲間達と連絡をとっている。その場に居合わせて居ない凪と鳴子はわかっていない。だが、なんとなく仲間がいることは感じ取ったようだ。その通信を他所に彼女たちは打ち合わせをし始める。

「細かくして、再生不能にするのが手っ取り早いのね」

「後は2つ以上の属性をぶつけるか――」

『後は炎が弱点だな。すぐにきょにゅう量が超えてどろどろに溶けた』

 暁美は自信満々に言う。

『許容量! きょ・よう・りょう』

 念話越しに凪は間違いを指摘する。

「――えっ?」

 鳴子は念話に驚く。

「ん?」

 黄金の戦士は鳴子たちの様子を怪訝に感じているようだが、深く追求してこない。

 一応説明しておいたほうがいいと考えたのか。鳴子は口を開く。

「仲間から念話が来て、吸収できる炎の許容量があるみたい」

「なるほどな。となると、全力で行くか……いやしかし全力で行くとこの前みたいに色々と余計なものを消し飛ばすしなぁ」

 ゴールデンドラゴンナイトは牙がそそり立つ下顎に手を当て、考え込んでいる。

『そういや卵を産む奴はどうなった?』

『明樹保ちゃんが様子を見に行っているよ』

 暁美の問いに鳴子は素早く返答する。

「このタイプの魔物が来たってことは、相手はグラキースね?」

 凪は念話を鳴子に任せ、自分は思ったことをつらつらと並べることに専念している。

『そうだエイダさんグラキースは?』

『誰かと戦っているみたい。探査魔法がずたずたにされているから、確認できないわ。それよりタスク・フォースの連中が危なそう』

『あたしが助けるぞ』

『暁美は遠いわ。鳴子と凪のほうが近い。お願いできるかしら? 2人なら逃げるときもなんとかるわね?』

 エイダは指示を出す。

「場所は……すぐそこね」

「テレパス会議は終わったか?」

 黄金の戦士は律儀に私たちを待ってくれていた。共同戦線を張ってくれるのだろう。

「ええ、タスク・フォースの連中が危険みたいだから助けに行くわ」

「んー、なるほどな。いや、お前たちは他の奴の所へ行ってくれ。タスク・フォースの救助はこのゴールデンドラゴンナイトが請け負う!」

 鳴子と凪は顔を見合わせた。

「で、でも」

「いいから行け。敵に回ろうが、あいつらの攻撃は俺には効かないし、俺ならスライムを1人でもやっつけられる。だが、数増やす奴は俺じゃどうにもならん」

 ゴールデンドラゴンナイトは、面倒臭そうに手を振って行けと促す。

「わかった。お願いするわ。私達もなるべく早く終わらせて、そっちに向かうから」

「お前たちが来る前に、すべてを終わらせてやるさ」

 表情こそわからないが、声は笑っていた。

「ここは任せて先に行けってやつだ」

「それは死亡フラグ」

 黄金の戦士は笑いながら、一瞬で消えた。

『そっちに合流できるようになったわ。金ピカがなんとかしてくれるって』

『わかったわ』

 エイダは鳴子と凪にすぐに来るように指示する。

『避難誘導終了。こっちも動けるよ』

 暁美は水青に連絡がつかないと言う。鳴子達の顔色が悪くなった。

『不味いわね。タスク・フォースと警察に捕まったみたい』

『あ? 警察はあたしらの味方だって言ってたぞ?』

 エイダは事情が違うのかもしれないと、予想を立てる。

『暁美、向かってくれる? タスク・フォースにも警察にも手は出さないでね?』

 暁美は短く『了解』と答えた。鳴子と凪は気が気でないのか、自分たちも行く旨を進言する。しかしエイダによって却下される。

『もしもの事があっても、探査魔法圏内だから大丈夫。近くに拘束用の魔法もまだ生きているから、相手がエレメンタルコネクターでも無い限り、行けるわ』

『じゃあスライムを倒してから行きます。まだ残ってますよね?』

『後1匹ね』

『え? 2匹じゃ?』

『今1匹になったわ……漆黒の戦士が倒したみたい。とにかく全員明樹保のとこに集合。グラキースは見えざる味方に任せましょう』

 

 

 

 

 

 紫の光が迸る。直後に空色髪をした女性が地面を転がる。女性は即座に起き上がった。眼前には紫の魔法少女。気合のこもった声が漏れる。

「はあッ!!」

「なんでこの状況で」

 空色の氷が壁となった。直後に紫の重力がそれを捻じ伏せる。壊れた氷の壁から紫の球体が複数襲ってきた。それをグラキースはそれらを避けていく。バク転しながら、転がり、飛び跳ねてだ。魔法で打ち消すことすら叶わないほどの連撃。

 彼女は顔をあげると目の前にいるはずの紫のエレメンタルコネクターがいない。無意識に本能的な何かにもとづいて、地面に飛び込み転がった。

 直後にグラキースがいた場所に紫の閃光が走る。先ほどの攻撃を囮に後方に回り込んでいたようだ。反応が遅ければ、彼女は死んでいたかもしれない。

「貴方がこのタイミングで復活して来たのは、我々の大きな誤算ですね」

「それは何よりね」

 紫の光を纏う星村紫織は口元を一文字に縛った。彼女は紫の輝きを纏う。それに相対するため、グラキースも腕に氷塊を作り上げる。

(ここまで力量の差があるとは……この世にアリュージャンがいないことが手痛い)

「ですが……負けられない!」

「そう」

 互いに拳を握り締め、構える。静寂がその場を支配し、お互いに睨み合ったまま一歩も動かない。それはどれくらいだろうか。一瞬だったか、永遠だったか。そんな時が狂いそうなほど張り詰めた空気。

 どれくらい睨み合っていただろうか。長くて短いにらみ合いは、遠くの爆音により終わりを告げた。

 次の瞬間グラキースは空中を滑っていた。

「そんな……」

 爆音を合図に、一瞬で肉薄。互いに拳を振るった。しかし、グラキースの拳は空を切り、次の瞬間には鈍い音と共に、吹き飛ばされていた。

(魔鎧が……!)

 魔鎧は一時的に消し飛んだものの、すぐに回復。魔障はなんとか抑えられてはいるようだが、内蔵をやられたようだ。彼女の口から赤い鮮血が漏れる。

 しばらく空中を滑り、グラキースはビルの外壁に叩きつけられた。魔鎧がすぐに回復したため衝撃は抑えられ、むしろ壁が衝撃に耐え切れず、砕け散る。彼女は身を起こすと、目の前に紫のエレメンタルコネクターが立っていた。

(そ、そんな! 早すぎる)

 グラキースは顔を青くする。

「く、くそ!」

「これでおしまいよ」

 重力波がグラキースの腹部に当たり、見えない何かで地面に叩きつけるように押しつぶされた。

「ガァアっ!」

(クソッ! こんな奴はオリバーがなんとかしてくれ!)

 グラキースは思考をフル回転させる。

(どうすればいい? どうすればこいつを引き剥がせる?)

 倒すという二文字は彼女の頭にはない。今を生き延びて愛しい人の顔を見たい。その一心だ。そしてその一心が彼女にとあることを思い出させる。

(そうだ! 魔石だ! 手持ちに3個あったはずだ!)

 グラキースは思いつくと電撃が走るより早く、魔石を取り出し魔力を篭める。

 敵に新たな能力が目覚める危険性は大いにあった。だが、その可能性は今の彼女にはない。あるのはただひとつ。生きて鐵馬と添い遂げること。

「あああああああああああああああああッ!!!」

 魔石を当てるだけ。それだけなのに自身の命の全て賭ける。全身全霊の雄叫びと行動。

「なっ?!」

 魔石を受けた紫のエレメンタルコネクターは膝から崩れ落ち、くの字に折れ曲がった。

 その姿を横目で確認すると、すぐにその場を離れる。とにかく全力で逃げていた。なりふりなんてかまってられないと彼女の背中は物語る。

(鐵馬! 鐵馬! 貴方に会いたい。鐵馬!)

 グラキースの意識は暗く沈んでいく。

 

 

 

 

 

「やっかいね」

 異様な魔物に体が震える。卵を無数に産んでいるので、クイーンタイプと呼称されていた。

 これまで以上にでかいスライム。ビルと並ぶほどでかい。触手を体からたくさん生やし、その触手の先から卵を次々と産み落としていく。そしてその卵からは、グールと呼ばれる化け物が生まれ出る。確か、生前の人間の怨念が顕現しているはずだ。彼らは人の血肉を求め、街中に放たれていた。

 血肉を求める理由はただひとつ。魔力を欲しているからだろう。魔力を蓄えて、クイーンの元に戻って一体化するか。蛹になるか、だ。

 視界の先には、いくつかの繭がある。紫の靄を纏った黒い繭。それがいくつか転がっている。時折脈動しているものもあることから、経験上の予測でしかないが、羽化が始まるだろうと感じさせた。

「明樹保の一発でも消しきれないほど広範囲に広がっているし、数も多い」

「うん」

 明樹保は何やら考え込んでいるようで、さっきから返事が素っ気ない。聞こえているのかすらも怪しいが、今は下手に動けないし、聞きこぼしているなら後から何度でも言えばいい。

 私たちはビルの屋上で眼下の異変を見守るしか無い状態にあった。

 幸いグラキースは誰かに足止めされているらしい。探査魔法で最後に確認できたのは、戦闘に入った彼女の姿だ。

 

 

 

 

 

 水青がスライムを倒したところで、警察に捕まってしまった。内心「騙された」と絶望しかけたのだが、相手がウインクする。杉原だ。彼とは前回の火災旋風の時から顔見知りらしく、水青は驚く。そして彼の手に何かが握られていることに気づく。警察手帳だ。そこに何やら文字が書き込まれていた。

――俺がもう一度ウインクしたら逃げてくれ――

 そう。手帳には記入されている。目の前の警察は水青を逃がす気満々だったのだ。自力で脱出しようとしていた水青は、それをやめて事の推移を観察した。

 そう彼らではない。彼らの背後にいるタスク・フォースが彼女を捉えようとしているのだ。装甲服を着込んだ戦士が12名。左肩に01と08と記入されている。そしてタスク・フォースの制服を来た大人が数名。その中に指令がいた。

(01に……滝下 浩毅指令……)

 水青は額に汗が滲む。魔法少女としての力は彼らより圧倒的に勝っている。とはいえ、それは絶対的ではない。彼女の脳裏には12人全員のフォトン・ライフルを一度に受けた場合を想定していた。水青の脳裏には防ぐ手段はある。だが、魔力を大分消費しかねない。この後の戦闘の事を想定すると、踏み切れないところがあった。

「よくやった。その化け物をこちらに渡してもらおうか」

 滝下 浩毅は杉原に言う。杉原は滝下 浩毅に顔が見えないことをいいことに、舌を出す。そして言葉の上で指示に従った。

「はいはい。仰せのままに――」

 杉原は周囲にいる制服を来た警察とアイコンタクトする。

「なんてね!」

 そしてウインク。水青は全力で走りだした。彼女の背後で怒鳴り声が響く。直後に警官全員が扇状に広がった。タスク・フォースの面々は攻撃が出来ず、水青を取り逃してしまう。

「なんて事してくれたんだアンタ!」

 左肩08。赤い戦士が杉原に掴みかかった。

「何って、見てわからないのかい?」

「お前!」

 杉原は殴り飛ばされる。殴ったのは目の前の彼ではなく。左肩に01と刻まれた赤い戦士だ。

「貴様の浅はかな行動がどれほど危険な行動か――」

 杉原はお返しと殴り返す。もちろん相手は装甲服だ。殴った本人の拳から鮮血が吹き出す。

「――馬鹿が。化け物なんて助けて何の意味がある」

 襟首を掴まれて、そのまま地面に叩き伏せられる。杉原は歯を食いしばって抵抗するが、顔を地面に叩きつけられた。

 滝下 浩毅は怒りを露わにする。

「私の命令が聞けなかったのかね?」

 杉原は笑う。そしておどけた口調で言う。

「命令通り捕まえたじゃないですか。その後逃すなとは聞いてませんでしたし」

「貴様……ふざけるな! あんな化け物を」

「俺からすればあんたらのほうが化け物だよ。大人を簡単に地面に倒せるんだ。おお、怖い怖い」

「ふざけるな! 俺達とあいつらは違うだろ!」

 08レッドが激高する。そのまま殴りかかろうとするのを仲間に止められて、暴れだす。それを横目に滝下 浩毅は淡々とした様子で口を開く。

「我々は正式に認可されたローカルヒーローだ」

「そういうこと言っているじゃない。そいつらの血に通っているモノは何だ? そいつらが身に着けている装備や武器は何だ? ファントムバグと変わらないじゃないか」

「黙れ!」

 杉原を押さえつけていた戦士は、首を締め上げる。苦悶の表情の後に、口だけ動かし「ほらね」と笑う。

「01レッドやめろ!」

 滝下 浩毅はすでに不毛なやり取りと判断したのだろう。次の指示をインカム越しに出す。01レッドは杉原を解放するが、すぐにでもフォトン・ライフルを撃てるように突きつけた。

「やっぱりお前らの方が化け物だね。しかも魔法少女より害悪」

「君のお子様のような理屈は聞き飽きた。正式に警告させてもらう。厳罰も覚悟したまえ」

「おう。杉原太蔵だ。杉原太蔵って奴に邪魔されたって言ってくれ」

 杉原 太蔵は「逃げも隠れも」しないと豪語する。

「ふざけているのか?」

「俺は大真面目です。魔法少女達の手助けをしたいと、大真面目にしています」

「ふざけるな! 今街を守るために我々がどれだけ苦労していると思っているんだ!」

 彼は怒鳴りながら杉原の襟首を掴み上げた。対して杉原は鼻で笑う。

「はぁ? 守ってから言ってくださいよ。スライムにボッコボコにされてるだけじゃない。アンタ達が化け物とか言っている、可愛い可愛い年端もいかない少女、魔法少女の方が全然頼りになりますし。我々、警察の連携要請には応じないくせに、こういう時だけこき使いやがって。それでやらせるのが内輪揉めって馬鹿か。街を守るためにやることがそれか。そんなんじゃ、そのうち大切なモノを失うんじゃありませんかね?」

 杉原の言葉に滝下は、表情を渋くする。何か思い当たる節があるのか、首を振って顔を元に戻す。

「これ以上は時間の無駄だ。覚悟しておけ」

「はいはい」

 タスク・フォースの面々が見えなくなるまで、杉原は舌を出して小馬鹿にし続けた。

 ちなみにしばらくしたのち「言い過ぎたー! 減俸マジ勘弁―!」と叫んで、同僚に呆れられたのはここだけの話だ。

 

 

 

 

 

「お待たせー」

「やほー」

 鳴子と凪が到着した。金ピカ君には感謝しないといけないわね。おかげでこっちのクイーンタイプに専念できる状態になったのだから。

「すごいわね」

「こんなに……」

 凪はいつも通りに見えたが、一瞬表情は少し鋭くなったように見えた。鳴子は手で口を抑えて、信じられないといった様子だ。これからあんなのを相手にしないといけないのだから、無理もないか。

「待たせたな」

「遅れました」

 最後に暁美と水青が来た。これで全員ね。水青が捕まったと聞いた時は、焦ったけどなんとかなってよかったわ。

「集まったわね。とにかく本丸はあのデカブツ。明樹保の一発で倒すのが理想ね。まず優先して潰して欲しいのは、あの黒い繭。叩いてなんか出てくるかもしれないけど、放っておいて羽化されても困るわ」

「その前にあのゾンビみたいな奴をなんとかしないとな」

 暁美の話を聞いた水青が手を挙げる。

「私の水攻めはどうでしょう?」

「グールはいいとしても繭から出てくるのがスライムだったら、厳しいわね? 暁美の炎が一番有効手段っぽいんだけど」

「じゃああたしが、繭を全部燃やすよ」

「それでお願いね。他のみんなはグールを誘い出して。って、明樹保?」

「うん」

 この場でもそれは、さすがに困る。私は注意しようと明樹保を見て気づいた。よくよく見ると、魔力を練っては崩しを繰り返している。

「あ、明樹保?!」

「うん」

 私達は顔を見合わせる。

「お、おいあき? 聞いてたか?」

「うん。大丈夫。わかった」

 明樹保の返事に空虚な印象を受けた。ふざけているようにも見えず、皆困惑する。これから戦闘が始まる前に士気が下がるようなことは、避けたいのだが。

「明樹保さん? 何か悩み事でも?」

 水青が問う。今度は返事がない。両手の平を見続けて、魔力を集めているようにも見えた。そういえば、ここ最近そんな挙動が多かった気がする。

「うん。頑張りすぎないで。でも一生懸命で。それでバケツの中の水をコップですくうんだ。わかった!」

「はいぃ?」

 意味不明なことを言いながら、突然いつもの明樹保に戻った。

「コップ? バケツ?」

「お、おい。試験勉強のしすぎて頭おかしくなったのか?」

「ん? 違うよ。それより行こう! あ、そうだエイダさん。このへんに逃げ遅れている人は本当にいないの?」

 こっちの心配を他所に、勝手に話を進めていく。全員の調子が一気に狂った気がする。

「え、ええ。いないわ。大丈夫」

 エイダはなんとか気を取り戻そうと、意識を探査魔法に向けた。

「あれ? ここの探査魔法は生きてたんです?」

 鳴子の質問に首を横に振って答えた。若草色の輝きを体に走らせる。私を中心に若草色の光が円形に広がる。光る地面からは、地面と同じ輝きを放つ小さな玉が、私を中心に複数個、浮遊し始める。

「移動式の探査魔法よ。機動力はあるけど、設置型に比べて感度も悪いし、持続力もないわ」

「大雑把で短期間ということでしょうか?」

 水青が補足する。鳴子は「おー」と口を開く。

「そう。だけど、人くらいなら余裕でわかるわ。罠とか仕掛けていたら、わかりにくいけどね」

 私は「だから安心して戦ってほしい」と付け加えた。

 とはいえ、付け焼刃。あんまり期待されすぎるのも困る。そこは経験と年の功で穴埋めするしか無い。

 明樹保は、ビルの縁に足をかけ。眼下を望む。

「じゃあ大丈夫ってことだね。よーし! いっきまーす!」

 桜色の巨大な光が地面を焼いた。

「は……ハァ?!」

 あまりの出来事に私は叫ぶ。たぶん他の皆も同じような対応だろう。

「な、なななななな何やってんだあき!」

「え、ええええええええええ!」

 暁美と鳴子は驚き――。

「わお」

「あらあら……」

 ――凪と水青は少し困ったような顔になる。

 作戦を全く聞いてないじゃない。無駄撃ちしたのだ。一発しか使えない魔法を。眼下にあった黒い繭だけが消え去っていた。

「あ、明樹保!?」

「よし、いける! もういっちょ!」

 こっちの制止は聞かない。もう一度桜色の輝きを放つ。そこで違和感に気づいた。

「え? もう一発」

「ぶい!」

 明樹保は無邪気な笑顔でこちらに笑いかける。指でVサイン。複数回使えるようになったのだ。一体いつそんなことが……。そして彼女はあっという間にビルの屋上から飛び降りた。

『エイダさん繭は?』

 当人はさも当然のように話を進めていく。完全に置いてけぼりの私達はどうしてくれる。

『ちょっと待て待て待てぃ! あき。お前いつから?』

 暁美のツッコミに感謝しなくては、このままズルズル明樹保のペースで進んでいたかもしれない。

 わざとらしく咳き込む。

『いつから一発じゃなくなったの?』

『今!』

 即答。しかも今、この瞬間で出来たという。一体全体なんで、どうして?

 眼下にいる明樹保は、桜色の玉を浮遊させ、光のシャワーを降らせる。シャワーの中を疾走しながらグールに格闘術を叩きこむ。

 拳打。蹴り。掌底。肘打ち。回し蹴り。飛び蹴り。瓦礫を投げ飛ばし。最後に魔力で強化した動体視力でも見えない早さで、拳打のラッシュ。

 一気に広いスペースを確保した。

 こっちに振り返り、「おいでよー」と手招きしている。

「ああ、もうっ! しょうがないなぁ」

「あははは……」

「これはこれでありじゃない?」

「ですね。明樹保さんらしい気もします。皆さん、水攻めのための誘導お願い出来ますか?」

 4人は明樹保が作り上げたスペースに飛び降り、四方に散る。散った先では、赤い火の玉が、青い水柱が、緑の旋風が、黄色の迅雷が瞬く。

 私だけ置いてけぼりにされた。そんなんでいいの? もうちょっとこう……疑問に思ってもいいのよ?

 私だけごねても仕方がないくらい事態は動いている。色々とある疑問を脳内の奥へと押しやり、探査魔法を投下して情報収集にあたる。

 グールたちは明樹保たちに誘い出され、誘導されていく。巨大なスライムはまだこちらに攻撃してくる気配はない。

 生むだけに特化した存在だろうか? だとするとグラキースが誰かに足止めされたのは好都合ね。

 ふとエイダの脳裏に1人のエレメンタルコネクターの姿が過ぎった。

「まさか……ね」

 誰に言うでもなくつぶやいた。

 

 

 

 

 

(どうしてこうなったのだろう?)

 桜木 保奈美は思う。彼女は今1人で街中を走っている。1人でいる心細さからか、足取りがちぐはぐだ。

―今日はもう帰っていいわよ。気晴らししてらっしゃい―

 そんな如月 英梨の言葉が彼女の脳裏に過る。気晴らしに出かけていたのだ。

(気晴らしに……いえ。断ち切るためにね)

 直後に彼女は胸中で否定する。自身の想い人を忘れるために思い出の場所を歩いていたのだ。彼女は乱れた息を整えるために一度立ち止まる。

(会いたい。会ってもう一度話がしたい。どうして突然去って行ってしまったのか知りたい。私が悪い、嫌いになったならそれでいい。それで納得できる。でも、何もわからないままで終わらせていいのだろうか?)

 彼女は疑問を振り払うように首を振った。再び走りだす。

 しばらく走り続けていると、彼女の視界に赤いモノが映る。怪我人を発見した。道路の真中で血を流しながら倒れている。空色の衣服。空色の頭髪の女性。

(スキルデータでも持っているのかしら?)

 少し格好に疑問を抱いたものの、彼女は教師という役職もあってか、怪我人に急ぎ駆け寄った。

「大丈夫ですか!」

 保奈美は呼びかけてみる。が、反応がない。彼女は血の気が退引いたように青くする。それから祈るように何度も呼びかけた。何度目かの呼びかけに、怪我人は眉根を寄せる。

「よかった! わかりますか?」

(よかった意識はあるみたい。とにかく、誰か人を呼ばなくては)

 そう考えた保奈美は、周りを見渡す。近くに公園はあるが――。

 爆音が耳を突く。爆音の方を慌てて見やると、オレンジ色の線がたくさん走っていた。時折黄金の輝きも走っている。戦闘の音が徐々に近づいてきているのに気づいた。

(近くで戦闘? 早くこの人を連れて逃げなくちゃ)

 女性を背負い、この場から一刻も早く離れようと、立ち上がる。少し歩いたところで目の前に金属の塊が、地面を転がった。否それはタスク・フォースの戦士の1人である。

「あ……ぐっ」

「大丈夫ですか!」

 左肩に08。白と赤の戦士だ。その姿を確認して、彼女の脳裏に彼の姿を幻視する。一瞬の間。

(今はそんなことどうでもいい。早くこの人を連れださなくちゃ。ああ……でもこの人置いていくのもなんか悪い気がするし、ええっとこういう時はどうすれば……)

 身の危険を感じて逃げようとするが、目の前の戦士も放っておけず。右往左往する。

「ん……んんッ?」

「あ、目が覚めましたか?」

 背負っていた女性が身動ぎする。とりあえず地面におろし、介抱した。

「大丈夫ですか? 怪我をしているので安静にしてください」

「……」

 女性はしばらく周りを確かめるように見回していた。

 背後でも動く音がする。恐る恐る振り返ると、吹き飛ばされた戦士が起き上がっていた。

(あ、タスク・フォースの人が目を覚ましましたか。私達を救助してもらえるかしら?)

 保奈美は救助の連絡をしてもらうことにした。

「あの――」

「クソッ! あの金ピカ野郎……って、桜木先生?!」

「え……?」

 戦士は私を先生と呼んだ。声で大体の人物は予想できたのだろう。その人物を確認しようとしたが、バイザーは遮光していて中は確認できない。

(いやいや、彼が学校の生徒でも今はローカルヒーローだ。こっちの怪我人が最優先のはず)

 保奈美は怪我人を見せつけるようにする。

「この方が怪我してらっしゃってまして、救助を――」

「こいつ! ……化け物連れてた奴じゃないか!!」

 保奈美は最初何を言っているのか理解できなかった。自分の抱えている人物が彼らの敵だと認識することが出来なかったのだ。

 言うが早く彼は銃を構えるが、次の瞬間保奈美の視界はめまぐるしく変わり、気づけば地面に叩きつけられていた。

 痛みで視界が歪む。呼吸が一瞬止まった。彼女は暴れようとするが、万力で押さえつけられたように動けない。

 射撃音と打撃音が耳を強く打ち付ける。視界の端で戦士が、吹っ飛ばされたのを見た。

「あ……え?……嘘……」

「貴方はいい逸材みたいです。恨むのならご自身の運命を恨んでください」

 氷のように冷たい言葉が保奈美の体を一気に冷やす。あまりの冷然とした言葉に、保奈美の体は強張る。彼女は身の危険を感じていても体が全然動かない。保奈美と同じ細い腕。そんな腕から信じられないほどの力で、保奈美は地面に押さえつけられていた。

 保奈美の体が強い恐怖を覚える。体の中の何かがこぼれ落ちたかのように空虚になった。

「あ……いや……」

「さようならです――」

 保奈美の視界に戦闘の光景が入る。黄金の戦士と先ほど吹き飛ばされた戦士とは色違いの戦士たちがたくさんいた。

「た、助け……」

 彼女の声にいち早く反応したのは黄金の戦士だった。

「嘘だろ!? くそっ! 先生―! やめろぉ!」

 彼は攻撃されるのを無視してこちらに突進してくる。だが、足元をオレンジの光弾で吹き飛ばされ地面を転がる。

 黒い光が輝いた。視線を女性に向けると、手には黒い光を放つ宝石。

「い、いや! いやあああああ!」

 

 

 

 直感。その宝石は危険だ。それがわかったから、暴れるが、無意味に終わる。

「――そしておめでとうございます。新たなる貴方へ」

 宝石が体に触れた瞬間。視界が白黒に明滅する。地面の平衡感覚はなくなり、体に走る体温は先程までの冷たさが嘘のように、焼けるような高熱にのたうち回る。体中が針に刺されたかのように激痛が走り続けた。

――ワタシはあの人にとっていらない存在――

 ダメだ。この声に飲まれたら帰れない。私でなくなる。

「ほう……耐えましたか。ですが……こちらもなりふり構ってられません」

 湾曲し、激しい明滅する視界に、黒い光が瞬く。

(う、嘘……)

 女性の手にはもう一個の黒い宝石。

 抵抗は出来ない。動くことも出来ない。言葉すら発することが出来ない。

 それは死刑宣告にも似たモノだった。

 

 

 

 

 

 グールたちには考える能力もないことがわかった。目の前の獲物にただ向かっていくだけである。猪武者もいいところだ。

 おかげで水青が仕掛けた罠の誘導は難なく終えた。

「いきます」

 水青の凛とした声と共に集められたグールたちは水没していく。水の外に出ようともがくが、水の壁に阻まれ、出ることは出来ず。もがくだけ己を苦しめ、グールたちは窒息していった。

『残ったグールたちは警官と漆黒の戦士が掃討し始めたわ』

『了解』

(良かった。そういえば直ちゃんのお父さんも警察だし、ここに来ているのかな? 無事だといいけど…)

 明樹保は首を振って、目の前の山のようにでかいスライムを睨みつけた。

「アイツを倒さないとね」

 目の前にするだけで圧倒されるソレ。明樹保の足は少しだけ震えた。即座に足に力を入れて黙らせる。

 明樹保は構えて、桜色の閃光を輝かせた。

「いっけぇー!」

 桜色の柱が敵を穿った。魔力の制御に成功したため、一発を抑えているためか、普段の柱より細い。それが敵を貫き、街を一瞬桜色に染め上げた。

「やった?」

「いやまだね」

 明樹保が空けた穴は、すぐに塞がる。スライムの表面に突起物が無数に浮き上がった。

「皆さん回避を!」

 水青の叫びと同時に黒い触手が撃ちだされていく。ビルを、建物を、アスファルトで舗装された地面を、発泡スチロールを砕くかのように、破壊していく。明樹保たちはそれを避けていく。

『エイダさん!』

『落ち着いて。あいつの体積がでかすぎるんだわ』

「一応スライムの類なら、体積を小さくさせることができるかも」

「またアレをやるのか?」

 凪と暁美は互いに顔を見合わせた。アレとは火災旋風の事だ。

「ですが、あれは他の建物を破壊してしまう可能性があります。それはまだやめておきましょう」

 水青の言葉に鳴子は首肯して、反対した。

『今度は全力で撃とうかな?』

『それもとっておきにしておいて』

 エイダは避けながら、探査魔法で敵を調べていく。敵の体をくまなく見ていく。そしてソレに気づいた。

『見つけた! 奴の中心部に赤い球体があるわ。たぶんそれが弱点ね』

 エイダの言葉で、明樹保は敵の体に目をやる。黒い胴体の中にうっすらと赤いものが見えた。それはよく目を凝らさないとわからないほど、黒に覆われている。

「あれね!」

 明樹保は地面に着地。構えるが――

「う、うわああああ」

 明樹保が着地したところを触手が襲ってくる。寸でのところで地面に飛び込み、それをやり過ごす。が、次々に襲い掛かってくる。

「明樹保ちゃん! 構えて!」

「触手はあたしらに任せな」

 鳴子と暁美が明樹保に並走する。

「うんわかった」

 明樹保は適当な場所に着地し、構える。触手の槍が、機銃のように明樹保を襲う。それを鳴子と暁美は防いでいく。

「おまた」

「エイダさんを回収してました」

「私も手伝うわ」

 水青と凪も触手を叩き落とし始める。エイダは若草色の針と、刃を撃ちだして襲い来る触手が到達する前にたたき落としていく。

「魔鎧も強化するわ!」

 エイダはさらに明樹保達全員に防御魔法を施していく。

「あんまり期待しないでね。お守りみたいなものだから」

 明樹保は赤い球体を狙おうと構え――。

「赤い球体が動いる?!」

 スライムは明樹保たちの戦法が分かったのか、体内にある赤い球体を激しく動かし回す。

「ちくしょう! グールまで来やがった!」

 暁美ちゃんの叫びに周りを見渡すと、スライムが新たに産み落としたグールたちがこちらに迫ってきていた。

 すでに明樹保以外は触手の迎撃に手一杯であり、グールを相手にする余裕はない。明樹保も狙いを定めるために、グールにまで気を割いている事もできなかった。

「早く狙いを……早く……あ、どこ?」

 明樹保は焦りを募らせる。そのせいか余計に狙いをつけられなくなり、赤い球体を見失った。

「くっ!」

「水青!」

 徐々に疲労が出始めてか、水青たちの動きは鈍くなっていく。

(早く早く早く。早く見つけて、撃たないと)

 明樹保は焦る。焦りが焦りを呼び、目標を見失わせていく。重く低い唸り声。グール達だ。グール達がすぐそこまで迫る。

「グールが!」

「鳴子! 余所見しないで」

 グールは鳴子の足に掴みかかろうと――。

「――――――――――――――――――ッ!!!!」

 黒い閃光が走った。

 ――掴みかかろうとしたグールは真っ二つに切り裂かれる。

「えっ?」

 直後に乾いた破裂音が連続で響き渡った。

 警察官たちが明樹保たちの周りを守るように囲う。

「魔法少女諸君! この赤黒い人外生物は我々に任せてくれ――」

 ライフルを構えた男が一歩前に踏み出して、更に続けた。

「――あのデカブツは任せたぞ」

 言葉言い終えると同時に銃を構え、手近なやつから発泡していく。

『拳銃が効くのか』

『それでも数が多すぎます』

『大丈夫よ。漆黒の戦士がいるわ』

 龍の意匠を施された刺々しい鎧を纏った黒い戦士。全身が黒。唯一違うのは瞳とマフラーが赤いということ。黒い炎を刃のように形成し、敵の群れを薙ぎ払っていく。跳躍し敵に掴みかかる。

 拳打。回し蹴り。裏拳。ヒザ蹴り。突き刺し、斬り払い、斬り伏せ、斬り捨てていく。まさに鎧袖一触。

 瞬く間にグールが蹴散らされていった。

「今よ!」

「構える」

 状況が好転して、精神的余裕ができたのか、明樹保の表情は柔らかい。

(そうだ。当たらなければ当てるまで追いかければいいんだ)

 桜色の閃光が閃き、線となって走る。敵を貫くが、赤い球体は外す。

 手をかざし叫ぶ。

「曲がれぇ!」

 そう叫ぶと、放った閃光が直角に曲がり、スライムの体内に突き刺さる。

「曲がれ曲がれ曲がれ!」

 スライムの体内でも無理矢理閃光を曲げていき、赤い球体を探す。

 黒い体内は桜色に染め上がり、赤い球体のある場所を鮮明に浮かび上がらせた。

「当たれぇえええええええええ!!!」

 明樹保は絶叫し、かざした手は握り拳を作り、勢い良く振り下ろした。

 直後に辺りにガラスが割れるような音が響き渡る。

 黒い粘質の生物は、体を激しく脈動させ霧散した。

「やった! 倒した!」

 明樹保たちは駆けより抱きあうように、全員で勝利を喜んだ。

(やった。勝ったよ。私だって、私達だってできるんだ。みんなで勝てた)

 そんな姿を微笑ましく警官たちは見守る。そこに無線が入った。

「どうした? 何? また化け物だと?」

 明樹保たちは冷水を浴びせられたかのように黙りこむ。無線で話す警察官の話に耳を傾けた。

(また敵? まだ戦えるけど……)

 明樹保はあからさまに表情を暗くさせる。

「みんないける?」

「こちらはいつでもいけます」

「ばっちオーケー」

「私もいけるよ」

「問題なし」

「後2発撃てるよ」

 明樹保達は互いに確認しあう。

「わかった。すぐに魔法少女達を向かわせる」

 男は無線を切り、明樹保たちに向き直る。

「すまないが、現場に向かってほしい。どうも無線で話している相手が錯乱していて、要領を得ないのだが、人が化け物とくっついていると言っているんだ」

「まさか!」

 エイダは思わず口を開く。男は猫が喋ったことに多少眉根を寄せるが、すぐにそういうものなのだ。と、流した。

「君たちだけが頼りだ。頼めるかい? 現場にも仲間はいるが、タスク・フォースたちもいる。気をつけてくれ。我々もここの周辺に生存者がいないか調べたらすぐに向かう」

「わかりました」

 明樹保たちは警官から場所を聞き、駆け出していく。

 そこに待ち受けている絶望を、彼女たちはまだ知らない。

 

 

 

「悪いが君も向かってくれないか?」

「ここは、大丈夫なんですか? 神代さん」

 漆黒の戦士は倒壊した建物を見渡す。

「いないと思いたいが、あっちの方が気がかりだ。君がいればタスク・フォースともうまく折り合いがつくかもしれないからな」

「わかりました。気をつけて」

 漆黒の戦士は明樹保たちを追いかけるように走りだす。

 

 

 

 

 

〜続く〜

 

説明
ありきたりな魔法少女のお話

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