コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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第十話「〜献 身〜アナタへの愛」

 

 

 

 

 

「嘘だ……」

 明樹保の言葉には力がない。彼女は目の前の現実を認めることが出来ず、力なく膝をついた。明樹保だけではない。水青、暁美、凪、鳴子。全員が力なく地に伏した。

「――――――――――――――ッ!!!!」

 化け物の咆哮。人だったモノの悲しみと怒りにも似た叫び。それは大地を揺らし、その場にいる人々を震わせた。周りにいるタスク・フォースの面々は力なく地面を転がっている。時折呻き声などを上げていた。08と番号を振られた赤い戦士が呻く。

「――んせい……」

 その声は虚空を見ている明樹保たちには届くことはなかった。明樹保目に涙を浮かべる。

「嘘だよ。ねぇ! 嘘だって言ってよ保奈美先生!!」

 悲鳴にも似た叫び。

 化け物になったのは明樹保の1年の時の担任だった女性。桜木 保奈美だったのだ。

 目の前にいる化け物は、人の体から化け物が生えていた。否、化け物から人が生えていると言ったほうがいいのかもしれない。下半身は蜘蛛のような節足動物。両腕は肩口から白と黒の翼を生やしていた。耳は魚のようなエラになっており、時折上下に動かしている。瞳は白目の部分が黒くなり、黒目の部分は紅く輝いていた。口元は歯がすべて、獣のような牙となり、舌も蛇のように細く、二股になっている。

「――――――――――ッ!!!!」

 化け物は咆哮と共に、白と黒の光を瞬かせる。それは明樹保たちを容赦なく襲う。

「あきー!」

 寸でのところで暁美が明樹保を抱えて避ける。他の面々もなんとか避けることは出来た。が、受け入れがたい事実に精神が乱れ、動きが鈍い。

「嘘だ。こんなの嘘だ。夢だよ。どうして? どうして保奈美先生が化け物に。どうすればいいの? どうしたら助けられるの?」

 明樹保の独白。エイダは苦悶の表情を露わにする。

『残念だけど……倒すしかないわ』

 エイダは絞りだすように告げた。

「……嫌だよ。どうしてこんな。さっきまで学校にいて、――また学校で――って別れたのに」

 明樹保は涙をこぼす。大粒の涙が大量に零れていく。誰も明樹保に泣くなとはいえなかった。誰も彼もが、この事実に打ちのめされているのだ。

「エイダさん。本当に無理なの?」

 鳴子は今にも泣きそうになりながら、エイダにすがりつく。しかしエイダは首を横に振るしか出来なかった。

「い、以前。あったの……こういうことが。明樹保のように半覚醒状態になった人が……この手の魔物になったことが」

 エイダは声が震えている。エイダ自身もそれに気づいて言葉を切って、抑えようとする。

「説得もしたけど……声が届かなくて……止む得ず――」

「やめて! 嫌だよ! そんなの聞きたくない! 先生を……嫌だぁ……」

 明樹保は泣きじゃくリはじめた。誰彼にはばからず泣く。

「私だって嫌だ」

 凪の言葉を皮切りに、鳴子も泣き出す。凪もそんな姿に感化されたように泣いた。教え子たちがそんな状況でもお構いなしと、桜木 保奈美だった化け物は暴れる。

「―――――――――――ッ!!!!」

 白い光線に明樹保たちは薙ぎ払われた。

(誰かを救いたくて魔法少女になったはずなのに。こんなのって……こんなのってないよ……)

 吹き飛ばされながら明樹保は見た。桜木 保奈美が涙をこぼしているのを。

「先生? 先生!!」

 明樹保の叫び声に反応を示す。しかし唸り声を上げてその場で地団駄を踏む。その度に地面を砕き、破壊音が響く。

 明樹保たちは地面に叩きつけられ、転がった。

「せん……せい……」

 

 

 

 

 

「アアアッ。グゥウウウウウウウッ!! ワタシは……みんなニ手ヲ……」

 刈り取られそうになる理性を必死に振り絞る。視界が赤く明滅。

 このままではいけない。私が私であるうちに。殺してもらわないと、取り返しのつかないことになる。

 思っていても言葉は出ない。それどころか破壊衝動は抑えられず、目に映る全てが憎くて仕方がない。

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 憎悪の咆哮。地面に倒れ伏している明樹保たちに追い打ちをかけようと、白と黒の光弾を生み出す。

 やめて! ダメ! 止まって! このままじゃあの子たちを殺してしまう。早く! 誰か私を殺して。

 白と黒の光が放たれる。当たれば私は本当に私でなくなってしまう。

「いヤダ」

 が、直前で若草色の光が盾となった。黒猫が防いでいる。しかし、威力を完全に殺すことが出来ず、光の盾はガラスが割れるかのように、砕け散った。猫が吹き飛ばされる。

「あがっ!」

 殺せなかった勢いは地面を吹き飛ばし、明樹保ちゃんたちを吹き飛ばし転がした。

「ドウシて?」

 苦しい。体が燃える。体が痛い。すべてが憎い。すべてが恨めしい。私はあの人に捨てられた。捨てられたんだ。どうして? どうして捨てられたの?

(違う!)

 首を振って憎悪の感情を抑える。

「う、ううううううッ! ァああああああああああああああああああああ!」

 唸るように叫び、天を仰いだ。

 あの人と付き合わなければ、こんなことにならなかったのかな? でも、今でも――。

 この命ヶ原に来てからを思い起こす。

 

 

 

 

 

 駅のホームは人でごった返していた。電光掲示板には電車の到着が遅れる事を表示している。

(トラブルで新任初日から遅刻確定になるなんて)

 保奈美は駅の階段を上がりながら、気落ちした。それ故に足取りはどこか重い。改札口の手前で首を振り、彼女が表情をきつく結んだ。彼女は改札を通ろうとするが、異常を示す音が鳴り響く。彼女は即座に後ろにいる人へ謝罪すると、人集りの逆流。悪いことは続く。保奈美の持つプリペイド型電子マネーは磁気破損していた。その後、なんとか通り抜けるが、数分も無駄にする。

「ああっもうっ!」

 保奈美は駅の改札から走り出る。道中人に接触したり、ぶつかりそうになる都度、謝りながら走った。しかし運動神経は元々よくなく、しかも履いている靴がハイヒールだ。彼女の息はすぐに上がり、バスのロータリーに着く頃には息が上がっていた。

「えっと……どのバスだっけ?」

 前かがみになりながら、肩で息をして酸素を取り込み整えようとするが、上手く行かない。

(前回来た時に3本線があって、そのうち2つは学校の前で停まったはずだ)

 目の前で発車しそうになるバスが見えた。

(ええいアレに飛び乗っちゃえ)

 確認をすれば済むことだったのが、それが災いしてか。彼女は運悪く唯一学校前に止まらない線に乗ってしまった。

 それに気づいたのはバスに乗ってしばらくの事だ。彼女は見知らぬ道に、言い知れぬ不安を覚え、路線図に視線を流す。それに気づき更に彼女を焦燥させる。

(あーっと、えーっと、どどどどどどうしよう? このバス、近くに停まってくれるかしら?)

 保奈美はバスに貼り付けてある路線図をもう一度確認。さらにその場所から学校までの道のりを携帯で調べる。

(学校から少し離れるけど、徒歩で行けない場所じゃない)

 目的のバス停の名前がアナウンスされ、停車ボタンを押す。彼女はバスから飛び降り、学校に走ろうとして、はたと止まる。

「ここからどっちに行けばいいんだろう」

 携帯の地図で確認するが、地理がよくわからないのか唸る。

 保奈美が右往左往していると――

「どうしました?」

 ――彼女の様子を見かねて、男性が声をかけてきた。最初は警戒するが、手段を選んでいるほど精神的余裕がなかった彼女は、男性に事情を話すことに。

「なるほど、天乃里で教師を。私もそこに用がありましてね。ご案内しましょう」

「ありがとうございます。あの……私は桜木 保奈美です」

「え? ああ、ご丁寧にどうも。私は滝下 浩毅です」

 2人は天乃里に向かう道中、色々と話をした。話と言っても、保奈美が色々と聞いたり嘆いたり。それを滝下 浩毅は教えたり、なだめたり、励ましたりであるが。

「そう言えば学校になんの用なんです? 滝下さんは教師ではないのです……よね? 保護者なのですか?」

 保護者だった場合。保奈美はとんでもない愚行を、今現在新固形で見せていることになるのだ。彼女はそうであってほしくないと願う。

「あーいや、まあ、色々と、ね」

 保奈美は言いづらい内容だと察して、その話題は切り上げた。後は他愛も無い日常話。程なくして彼女らは学校に着いた。

「ああ、ううっ。滝下さんありがとうございました」

「いえ。お仕事頑張ってください」

「はい!」

 彼女は精一杯のお礼の気持ちを込めてお辞儀する。そして微笑む。そんな笑顔に滝下 浩毅は、少し気恥ずかしそうに視線をそらした。

 

 

 

 それがあの人との最初の出会い。

 

 

 

 

 

 体のあちこちから激痛が襲う。お腹から内臓がこぼれ落ちたかのような錯覚。寒気がして体が震える。起き上がろうとしても、心と体がチグハグで、上手く動かない。

 私は拒否していた。先生を倒さなくちゃならないことにだ。

 何か……何かあるはずだ。何か先生を戻す方法があるはず。

 藁にも縋る思いでエイダさんに念話を送った。

『結論から言うわ……ない、わ』

 念話の言葉すら震えている。エイダはそれが彼女たちにとってどれほど辛く、酷なことかわかっていたのだ。

『ごめんなさい』

 責めることが出来なかった。

 誰を……誰を憎めばいいの! どうしてこんなことになったの! こういうことが起きてほしくなくて、今まで戦ってきたのに……なんで……どうして……。

 そんな私の疑問に答えてくれる者はいない。

 目の前で保奈美先生は暴れる。地団駄を踏んでいるそれは、何かを押さえつけているようにも見えた。

「先生!」

 

 

 

 

 

 ショッピングモールの中を歩く保奈美。足取りはしっかりしており、目的の場所へと歩みゆく。彼女の視線の先には少し大きな本屋があった。彼女は店内に入ると、目的の棚を探す。少し右往左往するが、見つけることに成功する。その棚の前で彼女は忙しくな目を動かす。

「あっ!」

 保奈美は目的の本を見つけると手を伸ばした。そして別の人と手が重なる。

「わわわっ! すいません」

 彼女は勢い良く頭を下げ、一歩下がった。

「ああ、いえ。こちらこそ失礼しました」

(あれ? どっかで聞いた声だ?)

 彼女は恐る恐る顔をあげると。

「貴方は……確か……桜木さんでしたね?」

 柔らかい笑みを浮かべる男性がいた。保奈美は彼の名前をすぐに思い出す。

「滝下さん! ああ、えーっと、その節は大変お世話になりました」

 勢い良く頭を下げ、先日のお礼を重ねる。

「いえいえ。それより本をどうぞ」

「あ、でも……」

 本は平棚に一冊しかなかった。そんなこともあり、本を手にとることを躊躇する。

「私は在庫を確認してもらいます」

 保奈美は滝下 浩毅から本を手渡されるまま受け取った。そこでふと疑問に思ったのだろう。彼にその疑問をぶつける。

「あの……いいですか?」

「なんでしょう?」

「この本をなぜ?」

 保奈美が今手に持つ本は『ヒーローの子供と向き合うには』と題名が書かれた本。その名の通り、ヒーローの子どもたちと、どう接しればいいのかを書いた参考書だ。ヒーローの子供たちは肉体と精神が発達している。というのは世間の常識だ。いや正確には間違った常識。ヒーローの子供。データスキルを遺伝して生まれたとしても、精神。肉体の発達には差異が出る。それでも世間は、間違った知識を前提として接してしまう。その齟齬が原因でちょっとした問題が起きるのだ。それ故に今社会現象になっている。昨今の教師はこの問題に直面している人が多く。この本を手にとるのは、ヒーローの子供と接する機会のある大人に限定されるはずだ。

 だから保奈美は疑問に思ったのだろう。彼も同業者なのではと。

「私も、職業柄ヒーローの子供と接する機会がありましてね。今までは勘、というか私自身の経験で接していたのですが……。上手くいかず。特に今手を焼いている奴らが、血気盛んな子どもたちでして、参考程度になればと本を探していたのですよ」

「貴方もですかー!!」

 保奈美は半ば泣きそうな顔で滝下 浩毅の手を取り、詰め寄った。あまりの勢いに彼の顔は少し引きつった。

「は、はい。そう……ですね」

「あの、相談したいことがあるんですが!」

 保奈美の目はさらに涙が溜まっていく。突然の大声と大きな動きに、周囲の客の目は保奈美たちに集中し始める。

「わかった! だからこんなところで泣きそうになるんじゃない!」

 彼は保奈美の勢いに飲まれたのか、相談に乗ることを渋々承諾する。

 その後、お会計を済ませると彼らは飲食店エリアに足を進めた。滝下 浩毅は一件の喫茶に足を進める。道中、彼は何度も保奈美を励ました。

 喫茶について適当にコーヒーの注文を済ませる。滝下 浩毅は「ここの代金は私がもつ」と言いながら、あれこれ頼み始めた。

「あの……?」

 恐ろしい量の注文に、保奈美もさすがに動揺する。そんな様子に手慣れているらしく、淡々と彼は説明した。

「こう見えて私は大食漢でね。桜木さんも食べたいのがあれば遠慮なく手にとってくれ」

「は、はあ……」

 彼女は注文した商品をメニューで眺める。

 どれも量が多そうなものばかり。それでも余裕だと言わんばかりの様子。

「それに食事をとることによるストレス解消もある」

「太っちゃいますよ!」

「誤差だと思い込むんだ。明日動けばいい」

「明日やればいい。は、駄目なパターンですよ」

 保奈美はダイエットがいかに大変かと説くが、滝下 浩毅はそれを笑って流す。

 彼は30代とは思えないほどスラっとした体躯だった。

「それでも、だ! 肉がついたら私を恨めばいい」

 保奈美の話を聞くのが面倒になったのか、彼は力強く言った。

(そこまで言われたら、手を出してやろうじゃないですか!)

「もう! いいですよーだ。滝下さんのせいにしていっぱい食べます」

 保奈美は頬をふくらませて顔を逸らす。そんな彼女の姿を、滝下 浩毅は微笑ましく思ったのか、人目をはばからず笑った。

「なんで笑うんですか!」

「いや、なんでもない」

 結局滝下 浩毅の注文した食事を、半分に手をつけていった。食事をしながら彼女は自分が受け持つクラスの特異性に愚痴をこぼす。

 彼女のクラスにはヒーローの子供が2人いる。両方共性格に難があり、特に片方は頭に血が昇ると後先考えずに動いてしまう。それで起きた喧嘩はひと月で、すでに二桁である。他のクラスにいる不良と呼ばれている子たちと同じくらい、職員会議でも評判が良くない。もう片方は上手くクラスをまとめるように動いてくれるが、自身のことと、家族のことを触れられると途端に凶暴になるのだ。まだ行動は起こしていないが、いつ爆発するかと気が気じゃない。そしてもう1人。こっちはヒーロー絡みではないのだけど、ハーフの男の子がいる。この子もよくクラスをまとめたりしているのだが、言動が危なっかしく、トラブルを起こすこともあったのだ。

「後はずっと寝ている娘もいますし。おどおどして何にも言えなくなる娘もいるんです。他にも色々あってぇ〜」

「大変だな……」

 酒が入っていれば泣き喚いていただろう。そんな勢いで嘆いていた。

「そうか烈の奴……学校でも」

「え? 知っていらっしゃるんですか!」

 冨永 烈。彼は保奈美が受け持つクラスの問題児だ。それを彼は知っているらしい。保奈美は目の前の男性の様子を注意深く観察していく。

 滝下 浩毅は「しまった」という顔になり、顔を背けた。バツが悪そうにそわそわしだす。その先はなんとなく聞いてはいけない。そんな雰囲気を纏っている。

「あ、言えないことならいいです。こうして話を聞いていただけでも、すっきりしましたし」

「そうしてくれると助かる。ああ……ただひとつ助言をしておこう。早乙女は理性的なので、余程のことがない限り暴れはしない」

「早乙女君ともお知り合いなんですか!」

「まあな。だが、家族のことには不用意に触れないことだ」

 滝下 浩毅は「いいな」と念を押す。

「でもそれは腫れ物のような扱いじゃないですか」

 保奈美は義憤に駆られる。

「だとしても、早乙女にとって物凄くデリケートな問題だ」

「納得できません」

 

 

 

 あれが二度目。この時からいいなとお互いに思い始めていたみたいで、この時に深く踏み込んでおけばよかったと、今でも思う。でも、お互いに早乙女君の事で歩み寄ることができれば……そしたらもう少し変わっていたはずだ。

 

 

 

 

 

 その後しばらくは学校で悶々としていた。あの人の笑顔。そして早乙女君自身の問題。それらが頭から離れなっていた。

 放課後の教室で、1人ポツンと考え事をしていた時だったかしら。早乙女君がいつの間にか近くに立っているのに気づかなくて、気づいた時は心臓が止まる思いをした。

「先生?」

「ひゃい!」

 目の前に突然現れたように見えて、変な声が出る。

 びっくりして、心臓が止まるかと思った。そういえば彼はなんでここに?

 保奈美の様子を伺うが、彼の視線は私を彷徨う。

 品定めされているような気になり、居心地が悪くなる。

「先生……恋してる?」

「わかります?」

「勘ですけど。そうだったんですか」

 滝下さんの口からも早乙女君の話が出ていたこともあり、滝下さんとの二度目の出会いの後、早乙女君とはすぐに信頼関係を築けた。お陰で、クラスをまとめるのに大助かりをしている。

 そんなこともあってか、早乙女君を頼ってしまった。

「素敵だなって思えたんだけど、連絡先とか知らなくてですね」

「へぇ。どんな人なんですか?」

 私は覚えている特徴を列挙していく。次第に彼の表情に変化が出てきた。

「滝下さん?」

「ええ。滝下 浩毅っていう人なんです」

「ああ……タッキーか」

「タッキー?」

 聞き慣れない呼び方に、素っ頓狂な声が出る。

「はい。面識はありますし、連絡先も知ってますよ?」

「え、ええええええええええッ! どうしてそんな……あ、ああッ!」

 思い出し、声を上げる。

「そういえば滝下さんも、早乙女君のことを知っていたわね」

「まあ、あの人ここのローカルヒーロー部隊の司令ですし」

 つい叫んだ。

 あの人がここのローカルヒーローの司令官?! じゃあここのヒーロー達に直接的に関わっている人なんだ。

 早乙女君は説明する。

 ヒーローの子供は将来有望なヒーローになる可能性があるため、地域ごとで支援組織がある。大方それをしているのがローカルヒーローなのだ。

 ここの組織は特異で、大人のローカルヒーローがいないらしい。普通は所属している人がいるのだが、何やら事情があるようだ。でもファントムバグの類が出たなら、すぐにスターダムヒーローが駆けつけるし、空間に歪みが出来てから出現までは、時間がかかるので大人がいなくてもなるようにはなるとか。

「もう1つは、滝下さんが元自衛官ってこともあるんだよね」

「え?」

「だからヒーローが呼べなくても、自衛隊は呼べるんです。まあ、諸々の機関に承認されればだけど」

「そうなんですかー。でもここには滝下さんだけじゃなく、早乙女君も居ますもんね」

「そう担がないでください。そうなれば出来る限りのことはしますよ」

「はい」

 彼がヒーローの事を前向きに話してくれるようになり、自然と頬が緩む。彼もそんな様子に腹を立てたりしなくなった。自然と笑えるようになっている。

 その日は滝下さんの連絡先を聞くだけにした。なんだか連絡するのに気後れしたのだ。

 私とは比べ物にならないくらい、仕事が忙しいはずだ。忙しいだけではない。責任も重いのは想像に容易い。私なんかが連絡して、貴重な時間を割くのはいけない気がしたのだ。

 

 

 

 保奈美は教えてもらった番号を眺めて溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

(またこの感覚。あの時はわけも分からなく、熱と激痛に耐えた。そのお陰で手に入れたのがこの力。ただ死の恐怖に抗いがむしゃらだった。何をどうしたらこうなったのかは今でも分からない)

 紫織は地についた手に力を込める。容易く地面に亀裂が走った。

(嫌だ。この感覚は嫌。私が私のまま私でなくなる)

 紫織は地面を転がる。くの字に折れ、苦痛に悶えるしか無い。

「あぐッ!」

 ぼんやりとした視線。彼女は虚空を力なく眺める。

(今度こそ魔物になって、化け物らしくなるのかしら? それもいいかもしれない)

 彼女は抱え上げられる。熱に、痛みに思考が呆けていた紫織は、その違和感に注視する。

「大丈夫ですか?」

「貴方は……」

 黒い2本の角。口元のマスクには牙。黒い甲冑は装甲のようでもあり、筋肉のようでもある。左腕には龍の意匠。各部角状に張り出した部位。赤いマフラー。赤い瞳。

(見たことがある。裏で警察と人助けをしてた奴だ。確か――)

 ぼんやりとした表情。意識も定かではないように見えた。

「なんで……?」

「人が苦しそうに倒れていたら、普通は介抱しようとするでしょ?」

 紫織は口元を緩めてしまう。

「ん?」

「人……なんて言われるとは思ってもみなくてね」

「魔法少女で人なんじゃないんですか?」

「魔法少女……か。悪く無いわね」

 紫織は少しばかり息が整う。目にも力が戻る。視線を動かし、辺りの状況を確認している。

(油断するとすぐにこの宝石に意識を引っ張られてしまうわね……あの時より今回のは強い)

 紫織は漆黒の戦士に抱え上げられていた。彼女は視線を彷徨わせる。

「どうなったの?」

「先程まで街にいた化け物は殲滅完了。今は新しい化け物が出ています」

(新しい化け物? グラキースをここで倒せなかった私の落ち度だ。早くこの宝石をなんとかして……)

 激痛が走り、思考が一瞬停止する。

「ガァアッ!」

 紫織は何かに耐えるように、漆黒の戦士の腕を強く握りしめた。時折首を振って、意識を保とうとする。

――この化け物めがッ!!――

「私が……」

「大丈夫ですか?」

 漆黒の戦士はしばらく考える素振りを見せ、腕に掴まれた手から逃れると、その手を握り返した。紫織は驚き目を開く。

「なんで?」

「なんででしょうね。こうした方がいいのかなって」

(温かい)

「甲冑だからもっと冷たいのかと思ったけど、温かいわね」

「それはどうも」

 そんな温かさに、紫織は心に留めていた想いが零れた。

「私……私は彼女たちが出てくるまで、ここで戦っていたの。この力を得て、選ばれたんだと思い込んでね。人を守るためと戦っていた」

 紫織は一息入れて、相手の反応を見た。赤い瞳は紫織を見据えている。だが、その奥の表情までは読み取れず、少し不安になった。

「なるほど、それで――」

 彼はそんな紫織の胸中を察してか、抱え上げている右手に少し力を入れる。彼女の右手を握る左手を優しく包み込むようにした。

「――今までありがとうございます。でも、安心してください。今は彼女たちもいます。俺もいます」

 そのままお姫様抱っこして、移動を始める。紫織は抗議をしようとして、口をつぐむ。

「化け物は否定してくれないのね」

 紫織の拗ねるような言葉に、漆黒の戦士は苦笑する。

「俺は貴方を人だと思いますけどね。けど、他の人はわかりません。要は貴方がどうありたいのか? でも――」

 彼は足早に移動を始めた。建物を屋上、屋根を飛び跳ね移動していく。時折衝撃が体を伝わるが、優しく抱き留められているため、苦痛に感じなかった。

「――俺も貴方も、自分自身にしかなれないですよ。だから、化け物だろうがなんだろうが、俺は俺。貴方は貴方。どんな貴方でも俺は味方ですよ」

「そっか……」

(こんなに簡単なことだったのか。こんな簡単なことで私は……。いやそれすら彼の言うとおり私なのかもしれない。生徒会長としてあり続けようとしたのも私。人としてあろうとしたのも私。醜く見えたかもしれない。けど、この化け物の力も私なんだ)

 紫の光が走る。光に驚いてか、戦士は足を止めた。紫織の様子を注意深く観察している。

「ありがとう。もう大丈夫よ」

 彼女は微笑む。その笑みに嘘偽りはないと感じたのか、彼は彼女を地に降ろす。

「いきましょう」

「ええ」

 夕闇の中彼らは駆けていく。

 

 

 

 

 

 そして3度目の遭遇。

 夜の暗闇は誰かに見つめられているような錯覚を覚える。もしかしたら見つめている人がいるのかもしれない。そんな不安、恐怖から動かす足が早くなる。

 残業。といっても自分の失態でなったことなので、どうしようもない。言い訳も八つ当たりも出来なかった。

 夜道はいつも怖く感じる。そもそも大通りの道を一本奥に行くだけで、この命ヶ原は都会から田舎となった。外灯の間隔も途端に広くなる。周囲は田園が広がっており、その暗闇の中から何か出るんじゃないかと、不安になることがある。視線を暗闇の先に向けると、遠くで灯りが煌々と輝く。

 自分の住まいであるアパート周辺の立地は、外灯などがしっかりしており、怖さを感じることはないが、そこまで行く道中は暗闇だ。

 足早に移動する視界の端で、何かが動くの見た。

「――ィ!」

 恐怖で変な声が漏れる。

 何か凶悪な人? 殺人? それとも女性を襲う類の人?

 思考はネガティブな方面に、一気に加速した。そのせいか自身が生み出した恐怖によって体を縛り付けてしまう。

「んにゃ〜」

 猫だった。猫に怯えて、私は怖がっていたのか。

「もうっ……。早く帰ろ」

 自分を元気づけるための独り言。そして足を踏み出そうとして――。

 草むらに人が倒れているのが視界に映った。

 ――恐怖で思考が停止する。体を強張らせた。しばらくして動きがないのを確認して、注意深く倒れている人の様子を見る。

 死んでる? 事故? け、警察?

 警察を呼ぶことにした。急いで携帯を取り出しあたふたしていると、寝息のような音が聞こえてくる。彼女は耳に神経を意識し、かすかな音も聞き漏らすまいとする。すると寝息が聞こえてきた。

「寝てる?」

 恐る恐る歩み寄ると、見知った人物が倒れている。滝下 浩毅だ。滝下さんは顔を真赤にして草むらに寝転がっていた。更に近づくと、酒の臭いが鼻孔を刺激する。

「うっ。酒臭い」

 鼻を摘むほどの強烈な臭い。どうしようかと辺りを見渡し、覚悟を決めて滝下 浩毅に顔を寄せた。

「あの〜。滝下さん?」

「もう呑めない。やめてくれぇ〜」

 今まで会った時のしっかりとしたイメージが崩壊した。

 彼は情けない声を出して、時折ヘラヘラと笑っている。

「起きてください。こんなところで寝たら風邪ひきますよ」

「後5分だけ寝る〜」

 彼は子供っぽく言うと、草むらの中で寝返りを打つ。

「もう! 起きてくださいよ〜」

「ぷぅ〜」

 そんなやり取りが30分続いた。ようやく立って歩けるようになったのはいい。だけど――

「家はどこですか?」

「ちゃーん」

「……もう……携帯は……ロックがかかっていますし。財布とか鍵とか落ちてない……よね?」

 暗くてよくわからないなりに、滝下さんの手荷物を確認していく。とりあえず財布は無事なのが確認できた。財布の中に免許証があったので、住所はわかったのはいい。遠いので連れていけない。

 少し歩けば着く、私の家に連れて行きましょう。途中で目が覚めるかもしれないし。

 肩を貸して浩毅を歩かせていく。道中駄々をコネたり、奇声を上げたり、寝転んだりする度に、粘り強く語りかけた。自分の借りているアパートにたどり着く頃には彼を背負っているという状態。

「なんでよ」

 玄関先で息を乱しながら、鍵を取り出す。

「ようやく……辿り……ついた……」

「親父さん! もう一杯! おっぱい!」

「キャアッ!」

 保奈美の豊満な胸を鷲掴みにする滝下 浩毅。

 もうっ! 起きたら覚えておきなさいよ! 絶対に食事くらいはおごってもらいますよーだ!

 顔を真赤にしている浩毅を睨みつけ、家の中へと入った。

 

 

 

 

 

「本当に申し訳ございませんでしたー!」

「よろしい」

 滝下 浩毅は土下座して、保奈美に謝罪をする。

 私が起きてしばらくして、滝下さんは目を覚ました。起きてしばらくは混乱していたようでしたが、ヒーローの司令官をやっているだけあって、現状を理解は割りと早かったです。理解が進むに連れて顔が真っ青になっていき、ついに土下座に。ここは滝下さんのためにもすっぱり許しました。

「警察に突き出してくれればよかったものの」

「ヒーローの司令官……なんですよね? それでそれもどうかと思いまして」

 滝下さんは「いやいやいや、だからといって年頃の女性が男を部屋に連れ込むなんて――」と説教じみた言葉を並べるていく。それを聞き流しつつ、髪を結わえ、エプロンをつけて朝食の準備をし始める。そんな姿に滝下さんは説教を並べていた言葉を止め、ぼんやりしている。

 滝下さんは、わざとらしく咳き込んで、疑問をぶつけた。

「それにしても、なぜ私がタスク・フォースの司令と?」

「早乙女君に聞いたんです」

 市販されている食パンを袋から取り出す。

「あいつか……余計なことを」

「あ、朝食食べていきます?」

「む? いや、私はこれにて……」

 滝下さんはスラっと立ち上がり、出て行こうとして腹を鳴らした。昨日の夜から情けない姿ばかり見ていた私は、思わず笑ってしまう。

「な、何がおかしい!」

「たくさん食べますよね?」

 冷蔵庫を開き、中身を確認していく。

「こ、こら! まだ私は食べるとは言ってないぞ!」

「はいはい。わかりました。わかりましたから、座っててくださいね〜」

「む……むぅ。朝食を頂いたら帰るからな」

 私は「はいはい」と答えて、包丁を握った。

 私は滝下さんの話を聞かずに、朝食の準備を進めていく。滝下さんは私の背後で右往左往する。どうも何をしていいのかわからないようだ。

「あ、滝下さん。お願いがあるのですが?」

「な、なんだ?」

「ゴミ出しをお願いしてもいいですか?」

「あ、ああ」

 滝下さんはゴミ袋を掴み、外へと出て行く。一瞬だけ「そのまま戻ってこないのでは?」とも思ったが、そんな事をする人ではない。その考えはすぐに捨てた。彼はしばらくして戻ってくる。

「今度は何をする?」

「もう出来ますから座っててください」

 しばらくして朝食が出来上がる。

 食パンに、タコさんウインナーソーセージ。スクランブルエッグ。お味噌汁。サラダ。と、昨日の残りの白米だ。

「ご飯とパンって」

「滝下さんたくさん食べますし特別です。味付け海苔もありますよ?」

「う、うむ」

 誰かのために料理を振るうなんてことは、あまり経験したことがなかった。ましてや男性にするなんてことはなく。私は今物凄く緊張している。

 ちらりと滝下さんを見ると、今まで会った中で一番硬い表情をしていた。まさか……嫌いな食べ物が?! それとも見てくれとか? ああ、部屋が汚いとか? いや、昨日の夜に片付けたはず。

「すまない。いや、この場合はありがとうだな」

「い、いえ」

 いまさら自分がとんでもないことをしたと自覚し、恥ずかしくなってきている。

「では……いただきます」

「あ、はい。召し上がれ」

 うん。大丈夫のはず。朝食は普通の内容のはず。だから大丈夫。大丈夫?

「うむ……美味い」

「よかったぁ」

 ほっと胸をなでおろし、料理に手をつけ始める。

「本当にすまないな。昨日といい。この朝食といい」

「いえ。私、とっても楽しかったです。誰かのために料理をするのが、こんなに楽しいだなんて。きっと結婚とかしたら、こんな感じなんだろうなぁって」

 滝下さんは突然咳き込み、顔を赤らめた。

「き、君は何を言っているんだ」

「え? あ! ごごごごめんなさいぃ」

 

 

 

 今思い返せばそれがキッカケだった。それからはお互いに頻繁に連絡を取り合い。会っては食事をしたり、他愛もない話をして。そして、一念発起して夏祭りに誘い。告白してそれが実ったのだ。それからはとても充実した毎日だった。クリスマスを2人で過ごした時なんか、幸せすぎていいのかと思ったほどだ。

 でもその日は来た。

「別れてくれ」

 唐突の別れに私は納得できなかった。けど、浩毅さんは私を突き放したのだ。そこからはあんなに色鮮やかに見えた毎日が、白黒に見えた。何をしても空虚で、浩毅さんを恨むことが出来ればまだ救われたのかもしれない。けど私は、自分を責めた。浩毅さんのためだと言い聞かせて、誤魔化してきた。けど――

 

 

 

 

 

 今起きている事を信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。

「嘘……嘘でしょ?」

 ビルの屋上。その眼下の光景は私にとっては、絶望に等しい状況だった。自然と膝から落ちる、目眩にも似た感覚。私はこれを知っている。

 隣にいる漆黒の戦士も息を呑んだように感じた。

 化け物がいた。下半身が蜘蛛のような節足動物となっており、右腕は白い翼。左腕は黒い翼。口には刺々しい牙が並び、ぎらつかせている。

「私たちの学校の教師だわ」

 桜木 保奈美。去年新任されたばかりの教師だ。柔和で優しい笑顔が印象的な人だ。先ほどまで学校にいたはず。なのにどうして……?

「魔物についてあまり知らないのだが、元には戻せるのか?」

――紫織……私ハモう駄目ダカラ……コロしテ――

 脳裏に自分が殺した友人の顔が過る。首を振ることしか出来なかった。

「そうか」

「倒すしか……ないわ」

「だとしてもやる。そして最期は人であってほしい」

「え?」

「人の心を取り戻す。アニメや漫画だったらそれで上手くいくこともある。限りなく小さい可能性だが、それに賭けたい」

 何を言っているのか理解できなかった。紛れも無い化け物。そしてそうと言われている彼は、目の前で唸り声を上げ、暴れている存在を助けようとしていた。

「あの状態になったら元には戻らないわ! 私の友人もああなって……殺すしか――」

「どっちにしても人の心を取り戻してみせる」

 漆黒の戦士の言葉はどこかムキになっているように感じた。

「――でも!」

「俺達はヒーローだ。例え駄目でもそれでもやってやる」

 漆黒の戦士の言葉にハッとなる。

「そうね……曲がりになりにもヒーローだもんね」

 漆黒の戦士は頷く。紫の輝きを放つ指輪を2つ見せつける。

「重力と糸。それがこの2つの能力。しばらく相手を抑えることはできる。時間稼ぎは任せて」

「説得は……出来ればタッキーに――」

 屋上の柵を超え、縁に立つ。

「え?」

「――桜色の奴に任せてみるか」

 私の疑問には答えず、ビルの屋上から飛び降りた。

 

 

 

 白と黒の翼に、白と黒の光球が瞬く。

『明樹保、攻撃が来るわ! 立って! 逃げて!』

 エイダの呼びかけに明樹保の反応は皆無だ。動きたくないといったようにも見えた。

「明樹保!!!」

 エイダはたまらず絶叫するが、直後に破裂音が轟く。白と黒の光弾が明樹保目掛けてまっすぐ走る。エイダが結界を展開しようとした時だった。漆黒の一閃が駆け抜ける。光弾が霧散した。

「俺達の炎でも干渉できるのか」

 漆黒の戦士は赤いマフラーをたなびかせて、涼しげに言う。

「時間を稼ぐ! なんとか人の心を呼び戻せ!」

 そう言葉を言い終えると同時に、紫の線と空間が、目の前の魔物を縛り上げた。

「ガァアアアアアアアアアアア!!!」

 それを引き剥がそうと、暴れるが糸は体に食い込み、空間は魔物を地面に押さえつける。

「なっ? 説得? そんなの無理よ!」

「猫さんはそうでも――」

 彼はエイダの遥か背後に視線を向けていた。彼女は慌てて振り返ると、明樹保が立ち上がっている。顔は俯いているため表情は見えない。

「――やる気みたいだ」

「無理よ! この手の魔物は私も出会ったことがあるわ。早く倒さないとこの街が消し飛ぶわ!」

 漆黒の戦士はエイダに目もくれない。ただまっすぐと、明樹保から視線を外さなかった。

「それでもやりたい。やらせてよエイダさん」

「貴方……街にいるここに全員に死ねっていうの?」

「そうさせないために俺たちがいる」

 明樹保の背中を押すように彼は言葉を並べていく。

「ここで諦めて後悔せずにいられるか? やれることは全部やったか?」

 明樹保はその言葉一つ一つを否定するように首を振った。

「無責任に炊きつけないで!」

「やります!」

「明樹保!」

 明樹保はすっかりやる気になり、魔物の前まで歩み出る。

 漆黒の戦士はそれを見守りながら周囲に気を配っていた。タスク・フォースの面々はまだ意識を取り戻していないようだ。

 エイダは抗議の意味も兼ねて彼を睨むが、彼は意に介さずどこ吹く風。さすがに腹がたったのでわかりやすく説明した。

「あれは彼女たちと同じ能力を持つの、それにエレメンタルコネクター以上の身体能力を持つ化け物なのよ? それがこの街で暴れてみなさい。貴方わかっているの? 今まで出てきた魔物とは比べ物にならないのよ」

「私は魔法少女だから――」

 漆黒の戦士ではなく明樹保が答えた。エイダに背を見せたまま、何かに抗うかのように言葉を絞り出す。

 明樹保の表情はどこか不安そうだった。それでも今の彼女には、ほんの少しの可能性にでもすがりたかったのだ。

「――やれることは……なんでもしたいよ……」

「その先にあるのは、決して希望ではない。無駄なことよ。だから心に無意味で消えない傷を増やす必要はない。そんなことまでしても――」

「俺達はわがままなんだ。あれもこれもと助けたいだけさ」

 そんな言葉に何も返せなくなる。

 漆黒の戦士の背後の瓦礫が転がり、何かがはい出てきた。

「ハッ! いい言葉じゃあないか! 51号!」

 黄金の輝きが閃く。そこにいるだけで辺りを黄金に輝かせる。そんな彼の言葉に漆黒の戦士は肩をすくめて反応を示す。

「このゴールデンドラゴンナイトはわがままだ。黒猫! やりたいようにやらせてもらうぜぇ!」

「貴方がやるわけじゃないでしょ!」

「やってもいいんだぜ?」

 ゴールデンドラゴンナイトは腰に両手をあて、胸を張る。表情はわからずとも、その奥には不敵な笑みを浮かべているだろう。それほどの自信を感じさせた。

「私はまだ納得できてない!」

 エイダの叫びは誰にも聞き入られない。

「エイダさんありがとう。でも私はこうしないと……こうでもしないと」

 明樹保は言葉は言わずに飲んだ。エイダにそれは測りかねた。

「先生。私です。明樹保です」

 明樹保は胸に手をあて、微笑み優しく語りかける。自分が保奈美にしてくれたように、それを思い出しながら、対峙した。

 魔物は咆哮上げ、自身にかけられている拘束を引きがそうと暴れる。

「辛いですよね。悲しいですよね。でも、こうでもしないと話ができなくて……我慢してください」

 明樹保の言葉が届いたのか、あるいは別の方法で拘束を解こうとしたのか、動きが少し鈍くなった。

(届いた?)

 エイダは注意深く観察していく。

「先生は覚えていますか? 私がヒーローのこと、大ちゃんのことで悩んでいた時にかけてくれた言葉を! ――自分の想っていること考えていることは言わなくちゃ伝わらない―― 先生も今想っていること、考えていること私に教えてください」

「先生! 私に凪ちゃんに頼りきっているって言ったの覚えていますか?――」

 いつの間にか鳴子が立ち上がっていた。いや鳴子だけではない、全員が立ち上がり魔物を見据えている。

 魔法少女になった少女たちは、自分たちがなっていたかもしれない姿に自分たちの現状を重ねているのかもしれない。だからこそ、彼女たちは保奈美を救いたいと考えたのだろう。

 鳴子のまっすぐ伸ばした両腕は堅く握りしめられ、何かに抗っているようにも見えた。

 

 

 

 私に「私達相棒だね!」そんな言葉を投げかけてくれた女性とのやり取りが脳裏を過ぎる。

――私はわがままだから。全部助けたいんだ――

――貴方……――

 悲しそうに私を見つめている彼女の姿を幻視する。

 

 

 

 エイダは幻想を振り払うかのように首を振り、意識を目の前の魔物へと戻す。

(ああ……もうっ!)

 エイダは明樹保達を手助けできることはないだろうかと、思案し始める。

「――私は今でもその言葉を忘れられないです。――もっと自分から、自分の力で人と話をしていかなきゃ駄目―― そう言ってくれましたよね。先生も私に、私達に先生の力で教えてください」

 鳴子の言葉に保奈美の挙動は変わった。何かを吐こうとしているのか、蠕動するかのように体をくねらせ始める。それは見ようによっては、何か言葉を紡ごうとしているようにも見えた。

「最近ね。――変わらずにいることも大切だけど、人への想いを伝えることを忘れたらいけない―― 先生の言葉を改めて、考えさせられたわ」

 凪は普段の飄々とした表情ではなく、悲哀を感じさせた。

「先生の想いを私達に教えて」

 凪の肩に手を起かれる。その手の主は暁美だ。彼女は凪の後に言葉を続けていく。

「先生とあんまり接点とかないから、こういう時どういう言葉をかければいいのかわからない。けど、あの屋上で言ってくれた言葉。嬉しかった」

 水青は鳴子の握りしめられた拳を優しく包み込んだ。視線は保奈美に向けられる。

「想いを知られることは確かに怖いことです。私もそれが怖くなり一度逃げたことがあります」

 水青は両目を瞑り、明樹保や優大に見透かされた自身の想い。そこから逃げたことを思い出していた。

「でも、その想いに向き合い、知ってもらうことで私は変われました。その手助けをしたいのです! だから――」

「ありがとウ――」

エイダは信じられないモノを見るかのように目を見開く。魔物が涙を流している。顔はいつもの柔和な顔へと戻っていた。見てくれは化け物でもその顔は人だった彼女を思わせる。

「――だカら……私を倒しナサい」

 だからこそ、その言葉に明樹保達は耳を疑う。

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――ッッ!!!」

 発作が始まる。保奈美の瞳はまた魔物のソレとなり始める。首を振って抵抗するが、時間の問題であることを、ここにいるすべての者は悟った。

 桜木 保奈美は憎悪に身を焦がされる。彼女の記憶にある楽しい思い出が、今は壊したいモノに成り代わっていた。

(違う。守りたい。守らなくちゃ)

「先生……嫌だ……先生喋れているじゃないですか! これから元に戻せるかも」

 桜木 保奈美は首を振った。

「ワタシを……タオしテ。人のマま……最後は人でいたい!」

(こんなことを自分の教え子に頼むだなんて、最低ね。でも今はこれしかない。私を殺せるのは明樹保ちゃんたちだけだ)

 桜木 保奈美は自分と同じ様な能力を持つ彼女たちなら自分を殺せると、直感している。彼女たち以外では殺せない。下手に失敗すれば今度こそ化け物になることもわかっていた。

(確実なのは彼女たちだけだ。心優しい彼女には重荷ね。けど、私を倒さないと取り返しのつかないことになる。それがわかる。だから――)

「やめろ! やめてくれ!」

 その声に桜木 保奈美の思考が停止した。ここにいるすべての者の時が止まる。彼女は声のした方を、恐る恐る視線を向ける。そこには愛している男が立っていた。滝下 浩毅だ。彼はところどころ傷だらけだった。彼女は覚えていない。化け物になった直後の出来事を。

(浩毅さん……)

 瞳から涙が零れ落ちる。再会出来たことへの喜びと、醜い姿を見せていることへの嫌悪。それらが混じった涙。

(浩毅さんにはこんな姿見せたくなかった)

 滝下 浩毅が歩み寄る度に、彼女は一歩一歩下がろうとする。が、魔法のせいで思うように動けない。

「コないデ……見なイで」

「私が悪かった。だから逃げないでくれ。お前を……反ヒーロー連合との戦いに巻き込みたくなかったんだ。お前を守る自信がなくて……それで私は……そんな私の行動がお前を追い詰めたのだろう? だから……もう帰ろう。帰って、また朝ごはんを作ってくれ」

 紅くなった瞳が黒くなった。

 桜木 保奈美は涙を流し、歩み寄ろうとしてガラス越しに映る自分の姿に我に返る。

「ごめんなさイ……私はやっぱり帰れナい」

「なぜだ!」

 彼女は自分の状態を痛いほど理解していた。だから、自分がどうならなくちゃいけないのか。

(私はもう二度と元には戻れない。今は正気に戻っているけど、いつ何時世界を憎み、暴れだすか自分でもわからない。だから私はここで死ぬ必要がある。それが私をこの姿に変えた人達へのせめてもの反逆。そして……浩毅さんにできる最後の――)

「私は……ここでこの魔法少女達に倒されないといけないの」

「何を……姿が変わったくらいだ。今のお前はいつものお前ではないか」

(嬉しい。けど、悲しい。未練が残ってしまう)

 彼女の表情は苦悶に満ちた。

「浩毅さんと過ごした時間は、私にとって何物にも代えがたいモノでした」

「保奈美! やめろ!」

 桜木 保奈美は目を瞑り、一呼吸空けた。

「浩毅さん。貴方を愛していました。貴方を、貴方に連なるモノ全てを守るために、私は私の戦いをします」

「保奈美……」

 彼女は満面の笑みを浮かべる。

(さあ終わりにしよう。心残りがないと言えば嘘。もう一度肌を重ねあわせたい。もう一度今の清々しさで、授業を行いたい。もう一度。そう思うことはたくさんある)

「私から……貴方達への最後の宿題。私の命を背負って最後まで生き抜いて。それが……最後の宿題よ」

(一人前の教師のようなことはこれっぽちも出来なかったなぁ)

 彼女の言葉に明樹保は応えることが出来ない。

「私は……」

 そんな彼女を見かねて桜木 保奈美はさらに言葉を続けた。

「私と一緒にこの街を守りましょう。これが私の精一杯の戦い。貴方達にできる私の最大限のお手伝いなの」

 明樹保の背中を、水青たちは辛そうに眺めている。そんな視線を受け取って彼女は一歩前に踏み出た。

「わかり……ました」

 言葉は震えていた。顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。

 

 

 

 

 

「駄目だ! やめろ! やめてくれ!」

 制服を着た男の人が泣き叫ぶ。私に掴みかかろうとして、それは阻まれた。

「何をする翔太! 離せ!」

「司令……覚悟を決めてください! 司令も理解しているはずです!」

 02と左肩に記された、赤と白の装甲服を装着した戦士がそれを押さえつける。声音は震え、押さえつける手も震えていた。

「魔鎧を飛ばす必要があるわ」

 エイダさんは努めて機械的になるように言葉を紡いだ。きっとそれがエイダさんに出来る優しさ。

 若草色の球体が先生の周りを飛ぶ。

 涙で歪む視界を拭う。私は先生をまっすぐと見据える。今までの思い出が私を満たす。きっと先生も同じだろう。

「私が最後やるから……」

「わかったよ。手伝わせてもらう」

 私を慰めるように暁美ちゃんは撫でてくれた。

「今……辛いのを終わらせます」

 鳴子ちゃんを抱きしめる凪ちゃん。努めていつもの無表情を作ろうとして、失敗する。

「だから少し我慢してね」

「宿題は必ずやり遂げます」

 水青ちゃんは先生を安心させるために、宿題に向き合うことを約束した。先生はその言葉に満足そうに頷く。

 そんな彼女たちの決意を鈍らせるかのように、駄々をこねる声が、オレンジの光弾と共に襲ってきた。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! やめろぉ! この化け物ども! そいつは俺の! 俺達の先生だ! やらせるかやらせるか! やらせるかァ!!」

 頭部を守るヘルメットが砕かれていた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている見知った顔が私たちを睨む。

(烈君?!)

 

 

 

 先程まで倒れ伏していたタスク・フォースたちは立ち上がっていた。普段ならば問答無用で攻撃をする彼らが、まるでその気配を感じさせない。どの戦士たちも自分たちがどうすればいいのか決めかねていたのだ。今起きている事態を眺めるしか無い。そういった様相。

「烈君。ごめんなさいね。辛い思いを最後にさせちゃって。でも――」

 烈は保奈美の言葉を唸り声でかき消そうとする。それでも保奈美は続けた。

「――烈君もヒーローなんだから、わかるよね?」

 烈は泣きながら首を振る。駄々をこねて現実を受け入れまいとした。そんな彼を見かねたのか、彼と同じ番号を振られた青い戦士が拳を振りぬく。

 鈍い打撃音が響く。

「俺がこいつを抑えます。後は……お願いします」

 暴れる烈を、司令をそれぞれが押さえつけた。

「ここにいるみんなは、先生の宿題をちゃんと聞こえたかな? 聞こえた人は返事をしてほしいな」

 返ってくる返事はまちまちだったが、全員何かしら反応を示した。その反応に保奈美は悲しそうに、それでも満たされたような表情になる。

「そうだ……浩毅さん。最後のわがまま。この魔法少女たちを……助けてあげてくださいね」

「保奈美! 保奈美いかないでくれ!」

「それじゃあ、お願いね」

 保奈美を押さえつけていた紫の光が強くなる。それは無言の手助け。それを合図に黒と金の輝きが瞬く。黒い鮮血が保奈美の肩口から溢れ出る。直後にアスファルトを鈍く叩いた。漆黒の戦士とゴールデンドラゴンナイトだ。

「魔鎧は消し飛んだわ」

 今の彼女には如何なる攻撃も効く状態だ。

 保奈美は目をそらそうとした浩毅に叫ぶ。

「浩毅さん! 私を見て! これが私の愛なの!」

「――――――――ッ!」

 浩毅の表情は歪む。が、まっすぐと見続けた。

「03リーダーより03各員へ、足一本に集中砲火。左前足を行くわよ」

 オレンジの光弾が集中砲火され、足が根本から脱落する。

「これがァ! 私の戦い!」

 絶叫。保奈美の魂をかけた叫びに、烈も浩毅もただ黙って見送ることしかできなくなる。

 みんな明樹保達を助けようとしてくれている。明樹保達だけに彼女の命を背負わせないように、自分たちの手を汚している。

「02各員やれるな? 左の第二前足をやるぞ」

 オレンジの光弾が閃く。足が脱落し、バランスが取れなくなった保奈美は地面に倒れる。

「貴方達だけじゃないわ。私達も宿題を課せられているの」

「お前たち魔法少女達だけに、宿題を任せてられないってな」

 02と03と左肩に割り振られた戦士たちは敬礼を構えた。

「このゴールデンドラゴンナイト! 命に代えても宿題をやり遂げる!!」

「命賭けるな。生きてやり遂げるんだ」

 超常の戦士たちは武器を収め、一瞬足りとも逃すまいと見送った。漆黒の戦士はお辞儀をする。

「今よ……魔法少女達」

 最後の言葉は上から降ってきた。紫の光がいっそう強くなり、桜木 保奈美を押しつぶす。

 炎が彼女を包むように焼く、風が旋風となって走り、かまいたちの刃で切り裂いていく。さらに炎を巻き上げ、勢いを増していく。雷撃と水流が身を激しく打った。攻撃が当たる度に彼女の身体は千切れていく。

 明樹保は手をかざす。その手のひらに桜色の光が灯る。その光は徐々に大きくなっていく。ソフトボールサイズまでの大きさになったところで、彼女はそれを強く握りしめた。それに呼応するかのように桜色の閃光が一瞬走る。

「桜が満開になったような笑顔。決して無くさないでね」

「はい」

 身を焼かれ、打たれ、斬り裂かれ、縛り上げられ、撃たれても、保奈美は笑顔だった。

「言い残したいことはありませんか?」

「そうね……最高のヒーローになってなれるって今でも思う」

「あ……はい」

 わかる人にしかわからない会話。2人だけが通じた内容。

「いきます」

「ええ」

 明樹保は桜色の光を両手で包み、胸元で一度抱く。

(先生との思い出。泣いて、笑って……。色々あった去年。どれも先生の温かい笑顔があった。いつもそこに笑っている先生がいたのが忘れられない。そしてそれが無くなってしまう。私が……私達がそれを無くさせてしまう)

「この街をお願いね」

 明樹保は小さく頷き、両手をまっすぐに、前へと、強くつきだした。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」

 明樹保は悲鳴にも似た絶叫をあげる。

 桜色の光が、保奈美の足元から空に向かって走った。閃光が柱となって天を貫いた。

 

 

 

 桜色の光が私を包み、体を溶かしていく。閃光の向こう側で浩毅さんは泣いている。手を伸ばそうとして、伸ばすべき手はとっくに消えていたのを思い出す。拭うことが出来ないのを寂しく感じた。

さようなら私の愛した人。ありがとう私の愛した人。貴方のために死ねるのがこんなに私を満たしている。貴方への想いで、私は――

「どうか、貴方の生きる未来に幸せを」

 私の言葉は届いただろうか? でもきっとあの人なら私以上に素晴らしい人に出会える。そうじゃないと私恨んじゃいますよ。

 視界は桜色に溶けていく。

――ありがとう――

 

 

 

 

 

〜続く〜

 

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