真・恋姫†無双〜比翼の契り〜 序章第六話
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「後悔ってのはなんで先に来ないのかねぇ」

 

 燃え盛る襄陽の城内。

 一気呵成の勢いで瞬く間に城を落とし、勝鬨をあげていた大将とは思えないほど弱々しい口振りだった。

 

「まだです。……まだ私達はっ」

 

 横たわる大将の右腕からは止め処なく血が溢れていた。

 今、必死に布を押し当て止血しようとしている女性を助けたために出来た矢傷だ。

 

「あの時……((玲々|れいれい)、お前の進言を聞き入れていれば、違った明日があったのかもしれないか」

 

 襄陽を包囲し、出陣してきた((蔡瑁|さいぼう))をも破り、襄陽制圧も目前となったとき、にわかに起こった狂風で孫呉の牙門旗が折れた。

 これを見た((韓当|かんとう))−−玲々は孫堅に進言した。「このような凶事、何か不吉な予感が致します」と。

 だが、孫堅は聞く耳を持たず、襄陽を制圧した。

 そして、襄陽奪還までが敵の罠であり、勝鬨を上げている最中、蔡瑁、呂公の両軍に襄陽は再包囲され、城には火が放たれた。

 

「でしたら……普段から少し聞く耳を持って下さい……」

 

 城外の喧騒も少しづつ大きくなっている。

 ここにいるのは少数の大怪我をした者達だけ。あとの者達は全て城外へと出向いている。

 

「……ここを生き延びれたら、考えなくもないさ」

 

 『らしくない』と、玲々と呼ばれた女性は思っただろう。

 この人はここまで弱い人だったかと。

 常に臆せず、思うがままに己の道を貫いてきた人は、ようやく、((今際|いまわ))の((際|きわ))で弱さを見せた。

 最も信頼している忠臣の前で。

 

「雪蓮は無事、逃げ延びただろうか……」

 

「雪蓮様はきっと逃げ延びていますよ。まだ完全には包囲される前でしたし、あの子−−冥琳だってついていますから」

 

「…………ははっ」

 

 突然、孫堅は左手を頭に当てながら笑い出した。

 哀しみを帯びた笑いだった。

 

「やっぱり、私は最後まで娘のことが二の次なんだな……。王として生きるため私を捨て、公を重んじ、己にも皆にも厳しく当たった。やがては江東の虎などと呼ばれ、畏怖される存在になった……。だが、母としてこれが正しかったのか?」

 

「……一般的な母親としては、失格でしょう」

 

「……お前は本当に正直だな。はっ」

 

「褒め言葉として貰っておきます。ふふっ」

 

 二人の間で束の間の笑いが起きた。

 周囲にいた者達もあの二人が笑っている事実に最初は驚いていたが、つられて笑い出した。

 

 気が付けば孫堅の腕の血は止まっていたが、力なく下がったまま。おそらく一気に血を失ったために一時的に神経が麻痺しているのだろう。

 それでも玲々の支えを拒否し、一人で立ち上がった。

 左手に持つのは((古錠刀|こていとう))と呼ばれる、斬ることよりも殴ることに特化した剣。

 孫家重代の家宝である南海覇王は、すでに逃亡している孫策へと譲渡している。

 

「お前達はもう少しここにいろ。オレがあいつらの注意を引きつける」

 

 静かに、されど有無を言わせぬ覇気を纏った声だった。

 だが、それが効くのは兵達だけ。長年連れ添った者には効果がなかった。

 

「そんなこと出来るわけがないでしょう!」

 

 叫びながら孫堅の動かない右腕を掴んだ。振りほどけない右腕を。

 

「ならここで、むざむざ全員が死ぬのを待つって言うのか!? お前は馬鹿か!!」

 

「((烈蓮|れつれん))! あなただって馬鹿でしょう! 残された人の気持ちはどうでもいいの!?」

 

 王として生きている間は決して呼ばないと決めた名を、孫堅の真名を玲々は叫んでいた。

 何よりも大切で大事な人を失いたくはなかったから。

 

「兵を一人も生かさずして何が王か!」

 

「私は王に、体も心も捧げた!」

 

「このわからず屋がぁ!」

 

「あなたもでしょう!」

 

 軍師としての考えならば、孫堅が囮役として敵を引き付けることが最上の策ではある。

 自身の大将と引き換えに兵の命を助ける、という前提の話ではあるが。

 

 彼女達の一時の本気のぶつかり合いは、部屋の扉が吹き飛ばされたことによって中断された。

 

「誰だっ!!」

 

 現れたのは男が二人に女が一人。

 扉の外の炎の勢いが凄く、直視できないほどであったが影の形からそう判断した。

 

「あまり騒ぐと、外の連中にまで声が届きますよ?」

 

「そこで止まれ!」

 

 互いに顔がわかる所まで近づき、足を止めた。

 真ん中の男は透き通るような蒼の瞳に、他の二人よりも浅黒い肌をしていた。

 この男と女の髪は同じ黒。髪型も全く同じで、後ろで一纏めに縛っているようだ。どちらも腰ほどまでの長さがある。

 もう一人の男は短い銀の髪。

 他の二人よりも一歩引いた位置で立ち止まっていた。

 

 孫堅は蒼い瞳の男に、なぜだか興味を惹かれていた。

 

 

 

−−−−−−−−

 

 

 

 間一髪ってほどじゃないが、どうやらまだ孫堅は存命だったらしい。

 炎の眩しさか警戒からか……後者だろうが、俺を睨んでいる二人のどちらかが孫堅だろう。

 右腕をダラリと下げた、俺と同じ浅黒い肌を持つ女性と、服が汚れてはいるが気品さえ感じる佇まいの女性。

 

「貴様達、何者だ? 見たところ蔡瑁の仲間っていう感じじゃないが」

 

 前者の睨みが一層きつくなった。警戒の中に殺気が含まれている感じだ。

 あまり長時間受けたくない類のものだな。

 

「……洛陽の犬、とでも言っておきましょうか」

 

 茉莉……確かにそう呼ばれることもあるけど、もうちょっと言葉を選べないものか。

 まぁ、先方もそれで得心がいったみたいだからいいけどな。

 

「洛陽の犬……梟。でもどうやって包囲されている城の中に……まさか蔡瑁と結託なんてことは−−」

 

「まさか。梟は洛陽に関わることしか動きません」

 

「……くどい! 今は腹の探りあいなどしている場合ではないことは坊主もわかっているだろう! ……目的は何だ?」

 

 梟の管轄外で梟として活動する理由は一つだ−−。

 

「孫堅殿、梟に入りませんか?」

 

 

 飛び出してきた孫堅を想愁が抑える。両手の想愁と片手の孫堅。力は拮抗……いや、勢いのあった分、若干だが想愁が押されているか。

 鍔迫り合いの体勢のまま、孫堅は俺に怒号を浴びせてきた。

 

「貴様は馬鹿か? 敵に降る王がどこにいる!!」

 

「あなた一人が降ることで外を含めた全ての兵が助かると言っても、ですか?」

 

「なっ!」

 

 僅かに生まれた隙を見逃さず想愁が剣を押しこみ、孫堅の体勢を崩す。

 

「想愁」

 

「あいよ……っと」

 

 体勢を立て直す暇を与えず体当たりを当てる。倒れた孫堅の顔の横に剣を突き刺し、左腕は足で踏み押さえ込んだ。

 もう一人の女性の前には想愁が牽制に入り、邪魔立てを出来なくさせている。

 

 孫堅は剣よりも俺の瞳を見て驚いているように見える。

 あり得ないものを見たかのような、そんな感じだ。

 

「あんたに選択肢は無いんだよ」

 

 心なしか口調が変わっている気がするが、今は気にしている場合じゃない。

 さっき孫堅も言った通り時間がないのだ。

 

「…………本当に助かるのか?」

 

「必ず助ける。……茉莉」

 

「承りました」

 

 茉莉が取り出したのは特殊な鉄扇。

 黄巾党が得るはずだった太平要術の書。解読することが出来た一部に音声の拡張機能らしきものがあった。いわゆるマイクだ。

 彼女の鉄扇にはそのマイクの術式が埋め込まれている。

 すなわち、彼女の声はここからでも外の全てに届くのだ−−。

 

『滅しなさい!』

 

 城外で一際喧騒が大きくなり、次第に小さくなっていく。

 捕殺され獲物が減っていくからだ。

 

「……げほっげほっ」

 

 床に押さえつけたままだった孫堅がむせていた。

 首を絞めていないというのになぜか。

 城内の炎の勢いは収まらず、煙もかなり立ち込めてきている。

 つまり煙を吸い込み始めているか。

 これ以上ここにいるのは危険だな。

 

「我らが活路を開く! あんた達は後ろからついてくるだけでいい!」

 

「……俺も前に出るぞ」

 

 声は目の前の女からだった。

 孫堅は刃があるというのに全く動じない目で見上げてくる。

 前にも似たような目を見たことがあるから分かる。こういう人間には何を言っても無駄だということが。

 

「死ぬことは許されませんよ」

 

「もちろんだ。……これより我らは共に活路を開く! 生きる意志がある者だけついて来い!」

 

 孫堅の声に応え、怪我をしていた者達全てが、互いに支えながらも立ち上がった。

 このカリスマ……やはり欲しいな。

 

「総員、城から脱出せよ!」

 

「皆々、全力で前に進め!」

 

 

 

 城外に脱出した俺達に待っていたのは完全な包囲網ではなく、働きを褒めて欲しいと言わんばかりにウズウズしていた愛李だったのは割愛しよう。

 

 

 翌日、梟達の消火作業によって襄陽の城は全焼は免れたのだが、城としての機能はほぼ失われ、再度建て直さなければならない状態となっていた。

 この事に関しては呉が一手に引き受けてくれることになった。

 ここを新たな拠点として利用するために、再建は自分達の手でやる、とのことだ。

 元はといえば孫堅達が攻め込んだで城が落ちたわけだが、住民達は戦端が開かれる前には他の邑や街に移動していたらしいし、精力的に再建に手を差し伸べていれば人の心などは容易く移ろうものです、と韓当さんが教えてくれた。

 

 そして今、襄陽近郊の森の中。梟へと降った孫堅は、自身の兵達との最後の別れをしていた。

 手にした古錠刀を天へと掲げ、皆もそれに倣う。

 俺達はその姿を離れたところから眺めていた。

 そして何かを宣言したのか掲げていた剣を思い切り地面へと突き刺し、兵達に背を向けた。

 途端に涙する者もいたが、堪えるため下を向くのではなく真っ直ぐに孫堅の背を見つめ、ほぼ同時に全員が剣を納め最上礼である((再拝稽首|さいはいけいしゅ))を以って王を見送っていた。

 

 

 帰りの道中、最初こそ無言で歩いていた俺達だが、妙に真剣な表情の孫堅が己の事を((死人|しびと))と称し、江東の虎『孫堅』であること、孫家の王としての自分を捨てたと言ってきた。

 そして信頼の証として俺達に真名を預けた。

 

「我が名は此度より亡き者とし、今後は真名である烈蓮と呼んで欲しい」

 

 突然の変化に驚いたのは一瞬。

 想愁はこんなにも早く割り切った烈蓮を気に入ったのか、真っ先に己の真名を名乗っていた。

 多少引っかかりは覚えたが、俺も名乗った。

 

「真名は((隼|しゅん))だ。よろしく」

 

 俺に続いて興味がなさそうな愛李、隠すわけでもなく不信感を表に出している茉莉も、渋々ながら真名を預けた。

 まぁ、あれだけ慕っている兵達と別れたばかりですぐにこんな態度を出来る人間なんて信じられない気持ちもわかる。

 実際、本当の理由が別にある気もするしな。

 まだ会ったばかりなんだ。これから話し合う時間はたくさんあるだろうさ。

 

 ちなみにタメ口なのは烈蓮本人が丁寧語を嫌ったためだ。

 王として生きることをやめたのだから、これ以上無駄な気疲れをしたくないのだそうだ。

 これには彼女の本音がよく見て取れた。さらにはそこから彼女の愚痴が始まってしまい、最も近くにいた想愁が犠牲となった。南無三。

 

 

「帰ろうか」

 

「はい!」

 

「あいあい」

 

「ちょ! 置いてかないで下さいよ〜、旦那ぁ〜!」

 

「洛陽か……久しいな」

 

 なぜだか遥か先を見つめた烈蓮の瞳が気になった。

 

 

 新たな戦力、【元】江東の虎とともに帰路に着いた俺達は、洛陽に残っていた莉紗から新たな情報を得る。

 それは、黄巾党の首謀者である張角が、曹操に討ち取られたというものだった。

説明
序章 黄巾党編

 第六話「江東の虎」
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