コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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第十六話「〜敗 北〜あしたのキリフダ」

 

 

 

 

 

 桜色の光が三度瞬き、その度に爆煙と爆炎が巻き上がる。

 二車線の道路は煙と炎に包まれていく。その中に1人だけ悠然と立つ人物がいた。

 桜川 明樹保である。

「大丈夫ですか?」

 背広を着た男性が明樹保に問いかける。

 彼の後ろには数名の制服を来た警察官がいた。

「はい。大丈夫です」

 彼女は出来るだけ満面の笑みになるように笑いかける。その表情に背広の男性とその仲間たちは、安堵したのか胸を撫で下ろす。

「それは良かった。先ほど無線で連絡がありました。ここの周囲にいた住民の避難は完了しました」

「ありがとうございます」

 明樹保は上半身を折って男性に頭を下げた。

「なので、戦闘はこの周囲で行い、終わらせてください。我々はここに人を近づけさせません」

「わかりました」

 それだけ告げると彼らは足早にその場から引き上げていった。明樹保は彼らがいなくなるまで笑顔を崩さずに居続ける。

 居なくなったとわかると彼女は周囲を見渡し、瞑目した。

『エイダさん。他の場所は?』

『大丈夫よ。明樹保はそこの絡繰を片付けてちょうだい。ん? 増援が向かっているわ』

 明樹保は短く『了解』と答えると、跳躍した。直後に赤い光弾が道路に穴を作っていく。吹き飛び砕けたアスファルトが空中で粉々に撃ち砕かれる。彼女が先程まで立っていた場所は穴だらけになっていた。

 ドラム缶を彷彿とさせる体。そのボディから足が4本生えた姿である。

 彼女の眼前にはそれが数十体いる。ドラム缶中央に目玉を思わせる赤いレンズのカメラがあり、そこから機械的な音が空気に伝わっていた。それが跳躍した彼女を追う。着地点を予想して、数体が赤い光弾を吐き出す。

 赤い光弾を防ごうともせず、明樹保は着地した。赤い光弾は明樹保に当たったかのように見えたが、彼女の数センチ手前で霧散する。

 魔鎧の保護により光弾は無効化されていた。

 彼女はいつの間にか囲まれており、周囲には不気味な赤い光が点々と妖しく輝いている。

「これ以上はやらせない!」

 早乙女 優大に教えてもらった護身術の構えをとる。明樹保が足を止めたと見るや、ロボットは、一斉に赤い光弾を連射した。明樹保を中心に赤い線が一斉に集中する。

 彼女はそれらを走って、しゃがんで、身を捩って、避けていく。あまりの足の速さにロボの照準から容易く逃れる。

 彼女はなるべく敵の図体を遮蔽物として利用し、射線を外して、手近にいる相手に掌底を叩きこむ。

 実際に彼女が優大から教わっているのは格闘術である。当人はそれを護身術だと信じているが、動きのそれは守って逃げるではなく、避けて攻めるそのものであった。さらに彼女にはエレメンタルコネクターとして覚醒した恩恵で、魔鎧の効果もある。それが格闘術に合わさり恐ろしい威力の掌底となっていた。

 轟音。鋼鉄が巨大な力に叩き潰される音。爆音にも似たそれがロボットの体から空気を伝い、周囲の空気を、地面を、建物を震わせる。

 掌底を叩きこまれた敵は、胴体をくの字に拉げるどころではすまず、勢いを殺せずにものすごい勢いで吹き飛ばされる。仲間を何体か巻き込み、勢いが死ぬ間際に爆発した。

「次!」

 彼女は跳躍し、そのまま蹴りを、肘打ち、回し蹴り、拳打、掌底を素早く繰り出し確実に敵の数を減らしていく。

 明樹保はそれらを繰り返していき、敵はほどなくして掃討される。

 

 

 

 

 

 明樹保の魔力の量が増えている。本人にその自覚はないようだが。また魔鎧の質が厚く堅くなっている。

 逆に紫織を除いた他の4人、水青、暁美、凪、鳴子の魔鎧が安定していない。時折危うい場面も見られた。とは言え、さすがはエレメンタルコネクターだわ。

 明樹保以上に魔法が上手く使えているから、なんとかなっている。そして何より、警察の援助で危うい場面が来てもなんとかなっているのだ。

 援護射撃など彼らは上手く水青たちを援護している。明樹保と紫織についていた面々は、彼女ら2人は大丈夫だと判断したのだろう、別のチームと合流していた。

 実際、明樹保と紫織の動きは安心できる強さがある。水青たちはどこか迷いのようなモノが見られる。

「んー、やっぱり。直たちのことが効いているのかしら……」

 1人つぶやいてみたものの、特に返事もなく虚しさだけが胸中を支配した。

 しかし警察と連携が取れるようになったのは大きい。このまま上手く歩み寄り、連携をとりたいわね。もっと深く、強く。

 話は少し遡る。

 日が沈み、空が星々を輝かせ始めたころだった。

 反ヒーロー連合が突如攻撃を仕掛けてきたのだ。

 狙いはタスク・フォースなのだが、彼らの戦力を分散させようと、こうして街中に絡繰をばらまいている。

 まあ、敵の想定外の戦力として明樹保たちがいるわけだが、まさかそこに警察の連携が来るとは思わなかった。

 戦闘開始直後のことだった。私達が散開しようとした時だった。

 彼らが私達の元へやってきて、協力を要請してきたのだ。

 なんでもその方が器物損壊した時の後処理に都合がいいらしく、今までも結構警察で処理していたらしいが、今後は上手くいかない場合が出てきたらしい。

 私達も今までの負い目もあり、協力要請を受けることにした。

 正直最初は肝が冷えたけど。

 お陰で戦闘できる広い場所と、ある程度の器物損壊などを考慮しなくていいという、安心を獲得したわけである。

「でも、こちらも色々と情報開示していく必要が有るわよね……桜」

 不安からかつての仲間の名前を無意識につぶやいていた。

 私は気を紛らわすために探査魔法で、明樹保たちが戦っている周辺を走査した。明樹保たちの周囲に敵の残存戦力は居ないようだ。

 ついでに周囲の状況を確認すると、警察は避難誘導。ゴールデン……金ピカの戦士も、避難を優先させつつ、敵を迎撃している。

「あれ?」

 漆黒の戦士が見当たらない。金ピカはよくわからない集団と共に動いているが、いつも警察と共に動いている漆黒の戦士の姿はこの戦場に見当たらなかった。

(前みたいに超常生命体同士の戦闘かしら? でも警察は避難誘導とか交通規制、私達の援護に出ているわね)

 すぐにその考えを否定する。街には今、反ヒーロー連合しか来ていない。

『エイダさん、こっちでは敵を確認できないわ』

 紫織の言葉に思考の海を漂っていた私の意識は現実に引き戻された。

『そう……ね。終わっているわ』

 考え事をしているうちに終わったようだ。

 街に放たれた機械の戦士たちは、明樹保たちによって手早く片付けられた。警察と連携して避難誘導、広い戦闘区域の確保。そこに危険対象の誘導及び、排除を手早くやったことにより被害は少なく済んだ。

 ほっと胸を撫で下ろし、タスク・フォースの面々の方を索敵する。

『エイダさんあっちは?』

 あっちとはタスク・フォースのことだろう。念話で語りかけてきたのは明樹保だ。幼馴染がいるということもあってか、気になるのだろう。明樹保だけではない、他のみんなも友達、後輩と認識しているはずだ。それなりに気がかりのはず。

『ちょっと待って。今調べているところよ』

 まあ調べた所で、私達はここらで引き上げるのに変わらない。すでに周辺住民の避難は終了しているし、タスク・フォースだけで、事態の収集には当たれるだろう。何より私達と彼らの距離感はまだ微妙だ。互いに協力したいと思っていてもキッカケがない状態。

 この戦闘で無理矢理にでも関わっておくべきだっただろうか?

 索敵の結果。タスク・フォースは08と左肩に記された面々が敵の将と思しき者たちと戦闘に入ったようだ。他の面々は周囲にいる敵を優先的に倒している。

(変ね……。余剰戦力があるのに一気に畳み掛けようとしないなんて)

 敵は2人の絡繰を纏った戦士と、蜘蛛を模した機械が4体。それと08の面々だけが戦闘している状態だった。しかも、赤い色の戦士は銀色の鎌を持つ戦士の攻撃をただ受け止めているにすぎない状況だ。

 傍から見ていると敵の攻撃をわざと真正面から受けているように見える。余剰戦力がある状態なので、敵を数で潰すことは可能なはずだ。だが、それをしようとしない。

 一瞬手伝おうかと思案したが、明樹保たちが入れば一瞬で終わってしまう。

 というより、そもそも明樹保たちやルワークたちのようなエレメンタルコネクターたちは、こちらでは常軌を逸しすぎている。こっちのヒーロー事情を詳しく知っているわけではないが、純粋な力だけで見るならば明樹保たちはかなりの上位に食い込むはずだ。

 さらに持っている能力がどれも殲滅するのに向いている能力ばかり、実際タスク・フォースたちが苦戦している機械人形たちもあっという間に片付けることができている。

 早く事態を収集させるには、明樹保たちを投入したほうが早い。

「君が翔太の言っていた黒猫ちゃんかな?」

 当然の気配と言葉に慌てて振り返ると、タスク・フォースと同じ絡繰を着込んだ戦士が背後に立っていた。

(おかしい……タスク・フォースは全部で48人のはず)

 白を基調とし、金色の戦士。左肩には00と記されている。

 彼は特に敵意を向けず、おどけたような声音で話を始めた。

「後はこっちに任せてくれ。どうも烈たちは敵さんにお熱でね。お兄さん的にはそれを応援したいわけさ。いいかにゃ?」

 しゃがんで私と目線を合わせようとするが、生憎こちらは黒猫なので、しゃがんだところで上から見下されるような形である。

 タスク・フォースにもう1人戦士がいたなんて、驚きだわ。いや、今眼の前にいる彼だけではない。

 今回の戦闘から黒一色の戦士たちも多数投入されている。投入されている人員はタスク・フォースのような大層な絡繰ではない。軽装だが前線に出て、主戦闘要員の彼らを支援している。

 私はしばらく彼と視線を交わし、敵意がないことを確認する。探査魔法を解除し、短く「にゃあ」とだけ答えた。

『みんな引き上げるわよ』

 全員の応答を確認して、私は彼に背を向ける。

「黒猫ちゃん。またにゃー」

 そんな私の背中に呑気な声が投げかけられた。振り返ろうかと思案していると背後から気配が消える。

 

 

 

 

 

――ショッピングモールで1人泣く女の子。両親とはぐれ、不安からさらに大きく泣きわめく。するとどこらか男の子が駆け寄ってくる。優しく笑いかけて「大丈夫だよ」と言うと、女の子に手を差し伸べた。そんな手に女の子は恐る恐る手を差し出す。しかしその手はすぐに引っ込められそうになる。それを男の子は優しく掴んだ――

 何かを叩く音が鼓膜を揺らす。

――優しく掴むと男の子は女の子のそばで優しく笑う。――

 私の名を呼ぶ声。でも聞き慣れない声だ。

――そんな優しい笑顔にいつの間にか不安が消えたのか、女の子も笑う――

「あきちゃん! あきちゃん!」

「……ん。またあの夢」

 聞き慣れない。けど知っている声に起こされた。

 頭の中はまだ霞がかかっているみたいで、思考が回らない。油断するとまた眠りに落ちそう。布団が心地よく、もう一度寝ようと瞑目すると、何かが強く叩かれる音。

 慌てて飛び起きて窓に視線を向けると、見知った顔が窓にへばりついていた。

 

 

 

 明樹保の悲鳴が木霊する。

 

 

 

「いやいや、驚かせるつもりはなかったんだよ。めんごめんご」

 私の目の前にいる男性は「久しぶりだなぁ」とか言いながら家の中を見渡す。茶色のサングラスを机に置き、金色の刺繍の入った白いジャケットを椅子の背もたれにかけた。髪はウェーブがかかっており、金髪に染めている。切れ長の瞳で私を見つめる。

 私と目が合うと、また手を合わせて私に頭を下げた。そんな動きとは裏腹に声はそんなに悪びれていない。私もいつものことなので別段気にはならなかった。それよりも懐かしさが胸を満たしていく。ここにいるというだけで安心を感じる。

「金太郎さんはいつもそうですからね。慣れっこです」

「本当か?」

「でも、少し控えて欲しいです」

 彼、新堀金太郎は大ちゃんのお兄ちゃん、早乙女優希の幼馴染であり、スターダムヒーローでありながら、エンジニアでもあった。

 2つを兼用していることから、有名なヒーローだ。時折ニュースでインタビューは見ていたけど、毎度回答が突飛なことになっていた。

「あきちゃん。なんか食い物ない?」

 私はため息で返しつつ、大ちゃんが作り置きしてくれたカレーを差し出した。ちなみにエイダさんはテレビを眺めている。

 家に上げた時、エイダさんは多少訝しんだが、私の顔見知りと知って、すぐにソファーで寝そべりいつものスタイルに戻った。

「お! 大ちゃんのカレーだな! いっただきま〜す」

 パンなどの手軽に食べれるモノはなく、朝からカレーを差し出さなければならなくなった。いつも突拍子もないところは昔から変わらない。酷い時は「実験体になれ」とかである。でも大体おかしこと言いつつ、いつも意味があったりしたのだ。

 そんな金太郎さんが、何の意味もなくここに来るはずがない。

「なんの用ですか?」

 勢い良くカレーをかきこみながら何か喋っているが、何を喋っているのかわからない。コップに水を入れて差し出す。

「何言っているかわかりませんよ」

 大事なことや、重要なこと時ほど何かしながらでも喋ろうとする癖がある。そのせいで毎回大ちゃんや大ちゃんのお兄ちゃんは困っていた。

「んぐっ! ぷはー! 水が美味い。カレーもめっちゃ美味いわ。いいお嫁さんになるね大ちゃん」

 私は聞くことを断念して、冷蔵庫を開ける。中にサンドイッチが置いてあった。私はそれを手にとって机に座る。サンドイッチを頬張りながら、当然の疑問を投げることにした。

「こっちに戻ってきたんですか?」

 カレーをかきこみながら頷いている。

 この人のほとんどの行動理由が直感なので、私達も結構それに振り回されていた。

「企業辞めて、まだ在籍してあったタスク・フォースに出戻りしてきたのよ」

「辞めたんですか!」

 胸を張って頷いているけど、それっていいの? 簡単に言っていいことでもないんじゃ。

「それで色々とここの話を聞いたらえらいことになっているじゃない? それで、大ちゃんに色々お話を聞きたいことがあってさ。そしたらあいつ家にいないでやんの。お師匠んとこも反応ないし、どういうことよ? ってね。大分美味いカレーを作れるようになったな。あの糞不味い飯から考えたら凄い上達っぷりだな。美味い美味い。おかわり!」

 私の夜ご飯はコンビニのお弁当になりそう。

 金太郎さんから皿を受け取り、ご飯とカレーをよそう。鍋の中身がなくなった。

「それで大ちゃんがいなくてうちに?」

 カレーを差し出す。金太郎さんはそれをひょいと受け取ると、物凄い勢いで口の中に運んでいく。

「ぼぶばんじょ」――そうなんよ。

「大ちゃんなら明日の朝には帰ってきますよ」

「ぼっぱぼっぱ」――そっかそっか。

「明日の夕方ならたぶん空いていると思います」

「ばぱっぱ」――わかった。

 カレーを食べつくすと水を飲み干し、サングラスとジャケットを掴むと立ち上がった。

 もう私に聞くことはないみたい。足早に玄関へと向かう。

「お? 猫飼い始めたんだ」

 金太郎さんはソファーで寝そべっているエイダさんに気づくと、舐めるように観察している。私はそんな質問に内心焦ってしまう。

 お母さんとお父さんと大ちゃんには人から預かっていると言って誤魔化していた。

「えーっと……そんなもん……かな?」

「……ふむ、なるほどにゃ」

 金太郎さんはエイダさんと私を見比べるように眺めると、しばらく考える素振りを見せた。

「明日の夕方。あきちゃんも一緒に話をしたいんだけど、いいかにゃ?」

 私が首をかしげていると、金太郎さんは更に続ける。

「まあ、ちょっとしたことだよ。あ、それとあんまり思い詰めるなよ。それと物騒だから気をつけてね」

「あ、ちょっと」

 言いたいことだけど言い残すと、あっという間に外へ出て行った。私はしばらく追いかけるべきか追いかけないべきか、と悩んだ挙句、結局「いつものこと」で済ませ、朝食の続きを始める。

「あれ? サンドイッチ一個ない」

 やられた。いつの間にか引きぬかれたみたい。だからあんな逃げ帰るように出て行ったのか。もう……。

 

 

 

 

 

「いやいやいや。どういうことだよ。こっち側かよ」

 金太郎は1人ぶつぶつと呟くように、足早に行く。表情は苦虫を噛み潰したかのような顔で、親指の爪を噛む。

 しばらく沈痛な表情のままその場をぐるぐる廻ると、またも独り言をつぶやく。

「上の許可とか待っている暇なんてないよタッキー。こりゃあ思った以上に手遅れになっているじゃない」

 金太郎は足を止め、空を見上げる。そこには雲ひとつ無い青空。

 それを恨めしく睨むと、再び歩み始めた。

 

 

 

 

 

 金太郎が外を出たのを確認してからエイダは口を開いた。

「さっきの……」

「金太郎さん?」

「え、ええ。彼は知り合い?」

 明樹保は「うん」とだけ答えて、食器を片付けていく。

 エイダはソファーをよじ登り、背もたれの上の部分に座り込む。台所にいる明樹保を眺める。その瞳は揺れていた。

 眺められている彼女はというと、洗剤とスポンジで悩んでいるようだった。普段、家事を優大任せにしているかがよくわかる。

 そんな様子にエイダはため息を漏らす。

「どうかしたの?」

「いえ……これでよかったのだと思う」

 それ以上明樹保は何も聞かずに、食器を洗い始める。ちなみに彼女が今使っているスポンジは食器洗い用ではない。台所の水回りを洗うようのスポンジだ。

『紫織今いいかしら?』

『どうかしました?』

『タスク・フォースと近いうちに接触するかもしれないわ』

『……?! それは……どういうことです?』

 エイダはこれまでの経緯を話した。話し方や立ち振舞から、昨日の金色の戦士が新堀金太郎かもしれないということ。

『彼の言った話とは……?』

『わからないわ。でも間違いなく私に気づいてから出てきた話よ。何かあるわ』

 タスク・フォースに気づかれたと見たエイダは『これはいい機会だ』とも付け加えた。その言葉に紫織は警戒を示した。彼女がこれまで経験したことを踏まえればそれはしかたがないことだろう。

『そうだと仮定するとしても――』

『わかっているわ』

 エイダと紫織はなぜそこに早乙女優大が必要なのかわからない。早乙女優大はヒーローとしての血筋を考えればわからなくもないと話す彼女ら。

 エイダは言う。ヒーローとしてのスキルはあっても、魔物やエレメンタルコネクター相手にはたかが知れている。ましてやタスク・フォースでもない彼。

『明樹保がそこに呼ばれたことを合わせれば、こちら側なのかもしれないわね』

『でも、これと言って思い当たる節がないです』

 紫織の言葉にエイダは唸るように、考える素振りを見せた。

『それらも含めて知ることができると考えれば、結果的に良いことなのかもしれないわね』

 彼女には答えを見つけることが出来ず、明樹保が後々知ってくれるだろうという結論になった。

 エイダは念話を続けながら探査魔法を起動した。

 若草色の鏡に命ヶ原の景色が流れ込んでいく。それをエイダはひとつひとつ高速で処理していく。

 ふとエイダは動かしていた前足を止める。

『優大はいるかしら?』

『見つけられれば私が動きますよ』

 エイダは街の中に優大がいるのかどうか探し始めた。ため息を吐いて鏡の走査をやめた。優大を見つけることが出来なかったのだ。

 つまりこの街には今早乙女優大はいないということになる。

 エイダは優大を探すことをやめた。若草色の鏡は、命ヶ原の街並を映していく。

『今私達が調べなくちゃいけない問題は2つあるわ』

『須藤直の魔石と、複数個魔石を使用された者の行方……ですね』

 紫織の回答にエイダは『ええ』とだけ答えた。

『須藤直が変異した魔物は、間違いなく魔石を覚醒させた類の魔物。彼女が死んだということは、覚醒した魔石もあるはず。貴方達の中学の教師である、保奈美がそうだったように、魔石だけが残ったはず』

 2人の念話の空気が重くなる。

『……そうですね。でもそれらしき形跡は……』

『見当たらなかった。彼女の死には不可解な点が多すぎる。明樹保達は死んだという事実にショックを受けて、そこまで考えが至っていないけど、どうやって誰が彼女を倒したのか? 魔物を殺せるのは現状エレメンタルコネクターである貴方たちだけよ』

『加えて、アネットたちも居ませんでしたね』

『そうなのよ。アネットは間違いなく私達が来るより前に引き上げたのよ』

 アネットたちが手に余り倒した。または魔石を回収したくて殺したのならわかる。だが、アネット達はそれ以上に早くその場から消えていた。つまり、アネットを含むルワーク達が倒した可能性は限りなく低い。ならば誰がどうやってエレメンタルモンスターを倒したのか。

 結局2人は考えることを放棄して、当面の対策の話になっていった。

 

 

 

「そういえば……」

「え?」

 明樹保は食器洗いを終え、私の元にやってきていた。

「黒峰桜さんってどんな人?」

 紫織との念話を打ち切る。そして思い出すために、目を瞑った。

「優しくて、強い子。けど、1人でよく抱え込んでしまう子だったわ」

「責任感が強かったんだ」

「そうね……。最後まで立派に戦ってくれたわ」

 目を瞑ると、今にもあの子がそこにいる気がした。耳を澄ませば「エイダさん」と彼女の呼ぶ声が聞こえる気がする。

「彼女は得体の知れない私の話を真剣に聞いて、エレメンタルコネクター……じゃなかったわね。魔法少女になったの。彼女の力は貴方と対をなす闇だったわ」

 ふと視線を彷徨わせると、明樹保は私の話を真剣に聞いていた。その眼差しに桜の眼差しが重なった気がして、胸が高鳴る。

 深呼吸して落ち着かせた。

「貴方と同じで、自身をエレメンタルコネクターじゃなく――魔法少女だ――と言い張っていたわ」

 私の言葉に明樹保は「やっぱり魔法少女なんだよ」と胸を張る。

「そういえば何があったの? ルワークって人達はいたの?」

 何があった。とは、ここであったことだろう。桜との駆け抜けた日々。

「いえ、ルワークたちじゃないわ。私達の世界の兵器が転移してしまったの。遺跡に封印されていた古代兵器が暴走したの」

 古代遺跡が出土して調査に参加して欲しいと打診が来た。私はこれを受け、すぐに現場に向かった。だけど、私が到着するちょっと前に遺跡の封印を解いてしまい、古代兵器と魔石が暴走。

「その魔石がすごく巨大でね。確か大きさは……この家くらいだったかしら」

「うわぁ……そんなのが暴走しちゃったんだ」

「幸いというべきか、人と融合してなかったのが唯一の救いね」

 到着した頃には酷い惨状になっていた。生き残った者はおらず、古代兵器の暴走で私以外に送られた者たちも全滅。魔石はさらに暴走して、ここ命ヶ原と繋がってしまったの。

「でもそんな話聞いたことないよ?」

「繋がった穴は小さかったし、古代兵器も積極的にこちらに攻め込んだりしなかったわ」

 そのお陰で私と桜、他の協力者たちの尽力で内々で済ませることが出来たのだ。こちらでは何も起きていないことになっているはずだ。

 私の話を聞いていた明樹保が首を傾げる。

 私はそれが妙に気になり、彼女の言葉を待った。

「他に協力者がいるんだったら、その人に連絡するのは?」

「あ……」

 完全に失念していた。自分のこういうところを時々本気で恨めしく思う。

「他の協力者にもエイダさんのことを知っている人がいるんだよね?」

「え、ええ。そっちからも探しましょう。確か名前は鈴木恵美と――」

「わかった」

 私の話が終わるより前に明樹保が立ち上がり、上の階に着替えに向かう。

 鈴木恵美と園田明奈。実戦力ではないが、かなり裏で協力してくれた。たぶん今の桜の所在も知っているに違いない。

 私が桜たちのことを思い出していると、上の階から叫び声が響く。叫びの声の類はどう考えても緊急を要するものだ。考えるよりも早く駆け上がっていた。

「どうしたの?」

 部屋の中に飛び込むと、明樹保は部屋の真ん中で座り込んでいた。

「魔石が……」

「え?」

 私の頭の中は一気に真っ白になる。

 魔石? それがどうしてここに? なんで?

 考えてもわからないので、明樹保の元まで駆け寄る。手の中には2つの魔石があった。透明と藤色の魔石。

「これ……どうして……?」

「わからないわ。どこにあったの?」

「か、鞄にあるポケットの中に」

 明樹保は体を震わせていた。無理もない覚醒している魔石が何の前触れもなく鞄から出てきたら、びっくりする。ましてやただの宝石ではなく、力の塊であると知っていればなおさらだ。

 何の能力だろうか。いやそれよりも誰がこれを。通学用の鞄に忍ばせたということは、学校関係者の中に明樹保がエレメンタルコネクターであることを知っていて、かつ魔石がどういうものかを熟知している者がいるということになる。

 味方なのだろう。だろうが得体が知れない恐怖に身が凍りそうになる。私達の知らないところで私達のことを知っている者がいるのだ。

 その時だった。探知魔法が反応する。

 慌てて起動して覗きこむと、ルワークがご丁寧に手をこちらに振っていた。

「ルワーク?!」

 しかし全身が包帯まみれでミイラ男のようになっていた。

 銀の太陽を使ったのは間違いないみたいね。

 先日にあった事件を思い起こす。須藤直の一件で忘れそうになっていたが、彼らは何かを目的に企業へ攻撃を行ったのだ。それが成功したのか失敗したのかわからないが、超常生命体10号の手によって大分予定は狂ったはずだ。

 探知魔法にはオリバー、クリス、イクスに灰色のエレメンタルコネクター。エレメンタルコネクターと思しき数人が、確認できた。

 ついに総攻撃が始まったのか。

 何かがこぼれ落ちていったような気がした。体が冷えていくような錯覚がする。

 だが、その考えはすぐに否定した。連れてきている兵力が主力だけだ。もっと数がいてもいいはずだ。

 もちろん主力を暴れさせれば、この街を消し炭にすることは容易いだろう。だが、ルワークのついた参謀はそれをやるだろうか? いや絶対にそんな無茶はさせない。そうさせると、こっちにいる企業や軍を敵に回しかねない。それはまだ先のはずだ。

 だとすれば彼らのこの行動は……明樹保たちと私に出て来いと言っているのだ。いくしかない。

「明樹保! すまないけどすぐに出るわよ」

 明樹保は新たに手に入れた魔石をポケットにしまうと、首肯した。

 念話ですぐに全員に呼びかける。

 

 

 

 

 

『いいですか? くれぐれもやり過ぎぬように意識してください。それと、少し騒ぎを起こして、無関係な人々を避難させてください。逃げる人間には危害は絶対に加えないでください』

 無線越しの志郎の声は神経質になっていた。

 無理もないか。

 今回の目標はエレメンタルコネクターそのもの。下手に戦闘を大きくする必要はない。エレメンタルコネクター共の戦闘力を奪い、捕縛。その他の邪魔をする勢力は極力撃退でいいところだろう。下手に被害を出せば、何が敵になるかわかったものではない。

 前回はたまたま白い戦士が現れたおかげで、我々に目が向いていない。いや、向いてはいるだろうが、重要視されていないのだ。

「お前たち殺すなよ。俺の前に全員生きて連れてこい」

 主の顔は遊戯を楽しむかのように笑っていた。側にいるクリスの表情は険しいがな。

 それでも聞くべきことがあるので、聞いておくか。

「主……エイダはいかがいたしましょう?」

「俺はエレメンタルコネクター全員を連れて来いと言ったぞ」

「御意」

 すなわち天然のエレメンタルコネクターであるエイダも連れて来いということだ。やれやれ、骨が折れそうだ。

『各個に撃破で十分でしょう。1人でも倒せれば後は総崩れ。まずは1人を囲んで――』

「それではつまらないです」

『――な、なんだと!? このほうが確実なのだ』

 志郎の話を遮ったのはキョウスイだった。彼は大仰に両手を広げて言う。もちろん志郎も空かさず抗議するがまるで聞く耳を持たない。

「私は青いエレメンタルコネクターと、2人きりでダンスしたいと思っております」

「僕も黄色の子をぺろぺろしたいんだな」

「なんだお前らもそう考えてたのか。じゃあ俺は赤い奴をボコらせてもらうぜ」

「緑と遊ぶ……ククク」

 キョウスイに続いて、ライタク、ソウエン、フウサクたちも勝手を言い始める。我も志郎の言葉を推したいが。

「いいだろう好きにしろ」

 主はそんなことはどうでもいいといった様子。速やかに、かつ確実にエレメンタルコネクター共を捕縛するならば、志郎の案が確実だ。何より紫のエレメンタルコネクターもここにはいる。

「オリバー、紫を頼めるかぁ?」

「む? おお、任せてもらっても構わんぞ?」

「俺と鐵馬で桜色を倒す。生憎俺達じゃ紫は無理だ。分散する以上誰かがあいつを止めないと、逆にこっちがピンチになる」

 鐵馬は首肯する。

 イクスの言葉に驚きを隠せない。こやつはもっと猪突猛進に行く性格だったが。

 グラキースと鐵馬に子供が出来たと知ってから、変わり始めたと感じていたが。嬉しいぞ。

「ふふふ、ではそれでいこう。リョウセン! タスク・フォースと超常の戦士たちは任せたぞ」

「せいぜい楽しませてもらう」

 リョウセンは鼻で息を吐くとどこかへ行ってしまった。主はクリスに任せても問題はなかろう。もしも憂いがあるとするならば、黄金の戦士と藍色の戦士、そして我が一番決着を付けたい漆黒の戦士の3人だ。

 これ以上の人的損失は許されぬ。絶対にだ。

「志郎。超常の者たちが出た場合は――」

『わかっております』

 志郎はこの街にある監視かめらなるものを全てはっきんぐしたらしい。それでこの街の状況は手に取るようにわかるそうだ。

「じゃあ、お前たち行け」

 主のその言葉を聞き終えると、全員散っていく。我は少し残り、空を見上げる。

「参る」

 

 

 

 

 

 緑の水流が線となって走り、建物を切り裂く。線は斜めに走り、水流が走った後の部分からずり落ち、轟音を響かせる。

 煙の中から緑のスーツ。緑の髪をオールバックにし、黒縁のメガネをかけた男が立っていた。彼は笑みを絶やさずに水青に迫る。

「くっ!」

 水青は巨大な水流を両手の中で顕現させると、それを迷いなく放出した。キョウスイは余裕をもってそれに対応する。同じように水流の塊を放った。

「貴方を一目見てから心に決めていました」

「何を?!」

 緑の水流と青き水流が激しくぶつかり合う。物凄い勢いで放出されているため、飛び散った水飛沫がアスファルトを抉っていく。

 キョウスイは妖しく笑うと、水流を自身の背後から生み出す。それを手の形にすると水青を掴もうと伸ばす。

 水青はそれを視認すると、水流を出したまま突進した。水流がぶつかり合う位置が徐々に2人に近づく。緑の巨大な手を掻い潜り、キョウスイに肉薄する。

 青と緑の水流のぶつかり合ったままだ。

「おや、こちらに来てくださるとは」

「近づかないと叩けませんからね」

 水流越しのやり取り。避けた緑の手が向きを変えて水青の背後に迫ってきた。

「女性が暴力を振るってはいけません。私が自ら調教して差し上げましょう」

「お断りします」

 水青は水流の流れを押し出す形から渦巻き状に変えた。

 水のドリルだ。青い水流は緑の水流を弾き飛ばしながら猛然と進む。

「おや、さすがにこれはまずいですね」

 言葉とは裏腹にキョウスイの声音には余裕があった。

 緑の水流が霧散し、キョウスイは飛び退いて攻撃をやり過ごす。水青は水流を円盤型にして彼に目掛けて投擲する。円盤状にうずを巻くそれは、電柱を容易く切り裂いてキョウスイに迫るが――。

「甘いですね」

 糸状の水流がそれを起用に中心から撃ち貫く。

「なっ!」

「そして後ろがお留守ですよ?」

 水青は背後の手を思い出し、急いで飛び退く。が、そこには何もない。

 何もないことに動揺して足が止まってしまう。

「敵の言葉を信じてはいけません。その純粋さは、なかなかそそりますね」

 水青の耳元で囁かれる。水青は裏拳で迎撃しようとするが、腕を掴まれて阻止されてしまう。

「ようやく捕まえました」

「くっ! 離しなさい」

「嫌です。離しません二度と」

 満面の笑みで答えると、キョウスイは自身の体を緑の液体と変質させた。驚く水青は言葉を上げることも出来ずに、緑の水に飲まれてしまう。必死に足掻くが粘質の水が彼女を捉えて離さない。

『ふふふ、今貴方は私の中にいるのです。どうですねっとりと絡みつく僕は。貴方もこのように愛して差し上げますよ』

 水青は一度目を瞑る。そして目を見開き、青き水流を自身の周りに顕現させようするが、少し出たかと思うと緑の水流にかき消されていく。

『無駄です。今、貴方は私の中にいるのです。貴方の水と言えど、全て私のモノとなる。貴方の抵抗は無意味です水の姫』

 水青は外へ出ようと水の壁を叩こうとするが、ねっとりと絡みつく上に内へと流れる水流に阻まれて外へ出ることは叶わない。

 振りかぶる手は水中を切るだけだった。

『いいですね。足掻く姿も魅力的です。その清流のような髪も綺麗ですよ。流れる髪から覗くうなじなんかは、まるで水面から覗く岩肌のようにすべすべて撫で続けていられる今が至福です。おや、汗をかきましたね? 洗い流して差し上げましょう。おや、汗の舌触りもなめらかで、舌で転がそうとしたら消えてしまいました。太ももから下腹部の手触りは絹のようです。素晴らしい! 素晴らしいですよ水の姫! このままずっと私が貴方を抱きしめていたいです。ですが、主が貴方をお求めになっている以上、これ以上はやめておきましょう』

 粘質の液体に舐め回されているのか、水青は眉根を寄せて、まぶたを力強く閉じて首を強く振っていた。

 強い拒絶を全身で現す。

 それでもそれすら嬉しいのか、キョウスイの液体となった体は激しく動きまわった。地面を叩く度に、アスファルトが柔らかくなったのかと錯覚するほど、簡単に陥没していく。

『うふふ。君はお尻の肉付きがいいですね。触っているだけで、恍惚な感情に浸れそうです』

 臀部を触られているのか、水青は体を捩って抵抗する。

『声を上げそうになったのを堪えましたね? うふふふ』

 キョウスイは笑うのを堪え切れないといった様子だ。対照的に水青の表情は更に険しく、苦しくなっていく。

『幸せです。このまま水のままでいたい』

 その言葉を聞いた直後、水青は何かを探すように、キョウスイの中を忙しなく見渡した。

 しばらく見渡した彼女の視線がとあるところで止まる。そこには緑色に輝く宝石が水中の中を漂っていた。キョウスイの魔石は水青の頭上にあったのだ。

『気づいたようですね。ですが何も出来ない貴方には無理ですよ』

 キョウスイの声に強い自信が窺える。

 水青はそんな言葉が届いていないのか、手を固く結び、目を見開き、魔石を見据える。

 次の瞬間、緑の水の塊から青い水流が細くまっすぐと天を貫く。

 それは水青の口の中で顕現した水流であった。外に出せないのであれば内に水を顕現させたのである。

「ぐぁあああああッ!!」

 激痛に耐えかねず叫ぶと、キョウスイは元に戻り地面を転がった。水青もまた地面に膝をついて、肩を激しく上下させ呼吸を荒くしていた。

 息を整えながら自分の体を強く抱きしめると、地面を転がっているキョウスイを睨みつけた。

 手の平に球体状に水流を顕現させる。それを見せつけるようにして、水青はキョウスイにゆっくりと迫っていく。

「あ、ぐっ。やめ……やめてくれ! 死、死に、死にたくない!!」

 キョウスイは情けない声を上げて身を強く固めた。そんな姿を見て水青は動きを止めてしまう。

 その表情は困惑していた。

 自分が人を殺さなくちゃいけないという事態に対する心構えがないのだ。

「こ、殺さないで死にたくない!」

 ダメ押しとばかりに、怯える彼の姿に水青は狼狽する。

「あ……う……」

 小さく声を漏らす。

 彼女はしばらく怯えて震えているキョウスイを眺め続ける。

 結局水青は彼を倒すことをやめて、仲間の元へ合流することを選んだ。

 そして踵を返し一歩踏み出す――

「お優しいですね。ますます欲しくなりました。いえ、貴方を貰います」

 水青が振り向くと緑の水流が壁となって水青の全身を叩きつけた。彼女は声を上げることもなく意識を失った。

 そんな彼女の元にキョウスイは駆け寄ると、手を取る。しばらくそれを愛おしそうに眺めると、口に運び音を立ててしゃぶり始めた。その表情は恍惚に染まっていく。

 

 

 

 

 

「せりゃああああああああッ!」

 暁美は炎を纏った蹴りをお見舞いするが、相手は青い炎になって攻撃を受け流す。さらに赤く燃え上がる暁美の足に絡みつき、そのまま彼女を飲み込んだ。

 青い炎が赤い炎を飲み込む。

『そんなものか? 赤いの!』

 青い炎はやがて人の形を象り、人の姿へと戻った。

 青い特攻服、青い長髪をうなじの部分結ってひとまとめにした男は吠える。

 青い炎の中から赤い炎が飛び出す。

 すぐに反転して赤い炎はそのまま一直線に青い男に突っ込んでいく。

「そうだ! そうこなくてはな!」

「せらぁ!!」

 赤い炎の拳はまっすぐと振りぬかれる。しかしそれは届く直前で躱される。がら空きになった背中に掌底を叩きこまれ、暁美は地面に叩きつけられる。

 そのまま腰の部分を踏まれて、青い炎で全身を焼かれる。暁美は声を上げた。

「どうしたそんなもんか? ん?」

「ぐっ、ぁあああああああああ! くそっ!」

 地面を殴りつけてアスファルトを打ち砕き、相手のバランス崩して脱出する。そのまま地面を転がって、態勢を立て直す。

 魔鎧のお陰で彼女の身に火傷の痕はない。だがそれでもダメージは徐々に蓄積されていた。

「ほう」

「馬鹿にしやがって」

 暁美は頭上に赤い火球を顕現させるとそれを勢い良く叩きつける。周囲は赤い炎に包まれた。炎は周囲を灰にしていく。常ならば暁美もそこら辺は配慮するが、今は気にもとめていない。眼前の敵の出方を伺っているのに必死だ。

「やるな。お前に俺の名前を知る権利があるようだ」

 赤い炎の中で平然と男は喋っている。暁美は額に汗をにじませて、面白くなさそうにそれを見つめる。

「聞きたくもないね」

「いいや聞かせる。俺はソウエンだ」

「物覚えが悪いんで忘れたな! そんな名前!」

 走りながら吠え、暁美は炎を纏った拳打を連打する。ソウエンはそれらを余裕で受け止めていく。

「なら体に刻み込んでやるだけだ!」

 ソウエンは拳に纏う炎を爆ぜさせる。

「お前みたいな奴はボコボコにしてやりたくて仕方がないな!」

「ぐっ!」

 敵の威圧に暁美の動きが一瞬だけ鈍る。それが致命的となった。ソウエンはその一瞬を逃さず、暁美の鳩尾に強烈な一撃を叩き込む。声を上げることも出来ず、体を折って地面に倒れ込む。

 そんな彼女の髪を掴んで、無理矢理立たせる。

「いくぞオラァ!」

 顔面に拳を叩きつけた。魔鎧で勢いを殺しきれなかったのか、暁美は鼻血を流す。鼻を抑えようとしたが、がら空きになった右脇腹に強烈な膝打ちが入る。

 彼女はどこが痛いのかわからなくなっているのか、体のあちこちを抑えようとして体を震わせる。暁美の背中にエルボが入り、暁美はアスファルトを砕きながら地面に突っ伏す。

 そんな姿にソウエンは吠えるように笑った。

「頑丈な魔鎧ってのは時に残酷だな。いい肉打ち人間になっているぜお前! 褒美に肉が、骨が、すり身になるまでやってやるぜ!」

 暁美はせめてもと足を掴んみ、爪を立てて抵抗の意思を見せた。

「痛ぇな!」

 彼女の後頭部を勢い良く踏みつけ、更に地面にめり込ませる。ソウエンは爪を立てられたことが気に喰わないのか、歯を剥いて怒りを顕にした。

「顔面に赤黒い痣が似合うようにしてやるよ!」

 髪を掴んで無理矢理起こすと、拳は青い炎を激しく燃やす。勢い良く振りかぶり――。

「意識を失っていますよ」

――緑の水に拳は受け止められる。

 ソウエンが振り返ると、水青を抱えたキョウスイがそこにはいた。

 彼は水青の太ももの手触りが気に入っているのか、太ももを執拗に撫で回していた。

「何しやがる!」

「我々の使命は彼女達の捕縛のはずです」

 邪魔されたのが気に入らないのか、暁美を投げ捨てると、キョウスイに掴みかかった。掴まれている彼の表情は冷静なままだ。

「お前は前々から気に入らなかった」

「奇遇ですね。私もです。貴方ごときが、私より2枚も多く肉を食べたことは許しません。ここでお灸を据えて差し上げます」

 キョウスイの顔は笑っているが、目は冷たい。

「いいぜぇ! こっちもそのいけ好かない顔面に痣を作ってやるぜ!」

「2度とこちらに楯突けないようにしましょう」

 水青を優しく地面におろし。緑の水の膜で覆う。メガネの位置を直すと、ソウエンと睨み合う形となる。

 2人は対峙し、睨み合っているとオレンジの光弾が走った。

「せっかくのところで水を差されるとは」

「むしゃくしゃしていたところだ!」

 キョウスイは肩をすくませて溜息を吐き、ソウエンは八つ当たりできる存在が来たことを笑う。

 彼らの視線の先には02と03と左肩に記された、戦士たちがいた。彼らはフォトンライフルを構えて、キョウスイたちと対峙する。

「その子たちを返してもらおうか!」

「お断りします。お気に入りなんでね」

「お前たち! 覚悟しろよ!」

 ソウエンの言葉が終わると同時にオレンジの光弾が走った。

「はっ! そうこなくちゃなぁ!!」

「後悔させてさしあげますよ!」

 緑の水と青い炎がタスク・フォースを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「こっち来ないでぇ!」

 鳴子は泣きながら走って逃げている。彼女の背後には、お腹の肉を大きくせり出した男が迫っていた。

 黒い髪、黒い鎧、黒いマント、黄色の光沢を放つ黒い宝石。黒一色の男だ。

「むふふふ、僕とお医者さんごっこするんだな」

 物凄い早さで走っているにも関わらず、男は息を乱すことなく言った。

「嫌だァああああああ!」

 鳴子にしては珍しく叫ぶ。時折黄色い稲妻を放ってはいるが、男はその脂肪の塊のような体からは想像もつかないほど、俊敏に動いてそれらを躱していた。

「でぷぷぷ、嫌よ嫌よも好きのうちなんだな」

 舌なめずりをすると、男は跳躍して鳴子を飛び越えて、彼女前に立ちふさがった。鳴子は走る勢いそのままに、稲妻を纏った掌底を見舞う。

「なっ!?」

「残念なんだな」

 掌底は脂肪たっぷりの体に吸収される。そんな彼女を舌なめずりしながら見下ろす彼の表情は余裕に満ちていた。

「そんな雷が効かない?!」

「僕も雷なんだな。でも少し効いたよ。罰としてぺろぺろしてあげるんだな」

 男の妖しい笑みを浮かべ、黒い稲妻を体に纏わせた。鳴子は鳥肌を立たせると、勢い良く飛び退く。直後に黒い雷が走り、男は鳴子の後ろに立っていた。

「う、嘘……」

「本当なんだな」

 男が迫ってくるのを鳴子は身を固めて見てしまう。そんな様子に男は勝利を確信し、顔を狂喜に歪ませる。手が鳴子に触れようとした時だった。突風が吹き抜ける。

 直後に緑と赤の風が駆け抜けて2人を吹き飛ばした。

 鳴子はいち早く起き上がると空を見上げる。その視線の先では緑の風と、赤い風が激しく激突を繰り返していた。

「凪ちゃん!」

「フウサク! 何するんだな! 酷いんだな!」

 肥満な男は黒い稲妻を天に向かって走らせていく、赤い風はそれらを踊るように避けると、人の形となった。

 赤い髪で目は覆われ、瞳は前髪の隙間から見えるか見えないかである。さらに赤いフードで顔を覆い尽くしていた。フードつきのジャケットの下はズボン以外には身につけておらず。上半身はむき出しになっていた。右脇腹に赤い刺青が刻まれている。

「ライラク邪魔……殺すよ」

「いい覚悟なんだな! ペロペロした後にお仕置きなんだな!」

 ライタクを見下す形になっているフウサク。前髪の隙間から見える目は冷たく、虫か何か見るかのような眼差しだ。当然そんな目を向けられたライタクは顔を赤くして怒鳴った。

「後で覚えておくんだな!」

 言い終えると黒い雷が地面を走って鳴子を襲う。2人のやり取りを半ば呆然と眺めていた鳴子はまともに攻撃を食らってしまう。

「あぐぅ!」

「鳴子!」

 凪の声に呼応するかのように目を見開き、直後に態勢を立て直す。黄色の稲妻を走らせて距離を取っていく。それを見たライタクの対応は早かった。自身を黒い稲妻とすると、鳴子の背後に一瞬で回り込んだ。素早く腕を掴み上げて言った。

「このまま勢いつけられるのは危ないんだな。ということで――」

 黒い電撃が迸り、鳴子は帯電させられる。最初こそは魔鎧で打ち消していたが、すぐに耐え切れなくなり、鳴子は悲鳴を上げた。

「あああああああああああっ!」

「鳴子ぉ!」

「余所見……ダメ。僕を見てよ」

 鳴子を助けようと凪は降下するが、背後にフウサクが迫る。慌てて振り返り構えるが対応は遅く、赤い竜巻に巻き込まれてそのまま地面に叩き落される。すぐに身を起こし、緑の竜巻を天に向かって放つが、赤い竜巻はそれすら受け流す。

「なっ?!」

『驚いてくれて嬉しい……』

 赤い竜巻から発する声音が多少、喜びを帯びた。鳴子の悲鳴に凪の顔はハッとなる。すぐに振り返り、鳴子の元へと駆け寄ろうとするが、赤い風がそれを阻む。赤い風は人の形になる。

「ダメだよ」

「邪魔」

 凪は焦りを滲ませた。それをフウサクは楽しそうに眺める。

 時折「いいね」とつぶやいいていた。彼女は緑の風を自身の周囲に顕現させる。下唇を噛み締めると、勢いそのままに突撃した。緑の風と共に突貫した凪だが、赤い風となったフウサクは受け流す。

 凪は唇を歪ませた。勢いを殺さずにそのまま鳴子の元へと駆け抜ける。

「酷いんだな! 守ってくれてもいいんだな!」

 ライタクは突然の事態に焦りを見せる。凪の眼前にはライタクの焦る顔が迫った。

 だが、届くかといった所で緑の風は空を切る。黒い稲妻となってライタクは避けたのだ。凪は地面に足を叩きつけるように着地して、無理矢理向きを変えるが、視界を赤い突風が覆う。

「ぐっ!」

 凪は短く悲鳴を上げると、地面を転がった。起き上がろうと手に力を入れるが、彼女の背中に突風の塊が叩きつける。風に押しつぶされた凪は起き上がれず、苦痛に表情を歪ませた。

「ペロペロしてあげるんだな」

 凪の眼前でライタクが気絶した鳴子を前に、舌なめずりをしている。

「や、やめ――」

「どうして僕を見てくれないのかな? ……怒ったよ」

 言葉とは裏腹に彼の声音に変化はない。赤い疾風は凪から離れると、上空を走った。これを好機と見た凪は立ち上がり、掴みかかった。

 しかし、フウサクの攻撃が予想以上に凪にダメージを与えていたため、簡単に迎撃させられる。地面に転がされて、凪に見せつけるように鳴子の首筋に舌を這わせた。

「おっと動かないで欲しいんだな。動けばどうなるかわかっているんだな? でぷぷぷ」

 凪は歯を食いしばり唸る。そんな彼女の様子が心底嬉しいのか、腹を抱えて笑い出す。直後に赤い線が凪を襲った。

 土煙が巻き上がり、周囲の建物が赤い旋風によって薙ぎ払われていく。そんな街の様子にライタクは顔を青ざめさせる。

「やりすぎなんだな! 主に怒られるんだな!」

「なんで……邪魔した?」

「手伝ってあげたんだな」

「嬉しくない」

「あ、もしかして僕すごく活躍しちゃったんだな。でぷぷぷ、フウサクいらなかったんだな。でぷぷぷ」

「殺す」

 

 

 

 

 

 紫の線が無数に走り、紺色の光の塊に追いすがる。紺色の光はそれらをあざ笑うかのようにすり抜けていく。紺色の軌跡の先に、紫の球体が現れては、空間をねじ曲げた。それに囚われた紺色の光。だが、次の瞬間に紺色の光は別の場所で輝きを放っていた。

「やるではないか」

 オリバーは楽しんでいた。紫織はそんな様子を面白くなさそうに睨みつける。間を置かずにすぐに紫の糸と、紫の重力波を彼に見舞う。

「だが、我が星の力の前では無意味だ」

 オリバーはわざと糸と重量波を受ける。紫織に見せつけるように笑ってみせた。先ほどより巨大な重力波を頭上に生み出すと、そのままオリバーに叩きつける。

「これなら!」

「確かにあれは危なかったな」

 紫織の背後にオリバーは立っていた。紫織は回し蹴りを見舞う。彼は安々とそれを受け止めてみせる。紫織は状況が悪いと見て、それを振り払うと飛び退いて距離を取った。

「エイダさんから言われていたとおりね」

 紫織は額に汗を滲ませる。攻撃は全て受け流され、攻撃も全てが見切られて防がれてしまう。彼女は今、圧倒的実力の差を痛感させられていた。

「お主もなかなかやるな。だが、こちらはお主の能力もアリュージャンのお陰で知れているのでな。いささか気乗りはしないが、主のためだ」

 そう言うと先ほどまでとは全く違った雰囲気を纏う。触れるだけで斬り裂かれそうな闘気を滲ませる。

 紫織は逃げ出したくなる気持ちを奮い立たせて、オリバーと対峙した。

「負けられない! 貴方達になんか負けられない――」

 彼女達が負ければこの街を守れる戦力は大きく損失することとなる。それが紫織は痛いほどわかっているから、震えそうな足に力を入れて、オリバーと向き合った。

「――桜木先生に、須藤さん、薫のためにも負けられない!」

 紫織は右手を堅く結び、その拳に重力を顕現させる。その様子にオリバーは一瞬眉根を上げるが、すぐに元に戻った。そして口を少しだけ歪ませる。

「実に……楽しめそうだ」

 オリバーも紫織真似るように拳を作り、拳に紺色の輝きを放たせた。

 2人の間に風が吹き抜ける。間合いを測り、互いに隙を探す。緊張感がその場を支配し、1秒が永遠の長さに感じられる時間が2人の中に流れていく。

 それは突如終わりを告げる。轟音が鳴り響き、赤い突風が紫織たちを襲った。それが互いの合図となり、2人は駆け出す。先に繰り出したのはオリバーだった、彼は瞬間移動をして距離を詰めると拳を振りぬいた。紺色の輝きが紫織の顔に肉薄する。が、その拳はそこで止まってしまう。

「む?」

 紫の糸がオリバーの右腕に絡まり、動きを止めていたのだ。もちろんオリバーにはこれは効かないのは紫織も承知している。この拘束もほんの一瞬のモノ。だが、その一瞬に紫織は全てをかけたのだ。

 突如右腕の重力が膨れ上がり紫織とオリバーを包み込んだ。

「まさかお主――」

 オリバーは驚き目を見開く。さらに彼は次の行動へと移るのが鈍る。

「超重力の底に連れて行ってあげるわ!」

 紫織は吠える。自身の魔力の全てを使い生み出した重力波に注ぐ。瞬間、2人を中心にその場は大きく空間が歪み、歪みに巻き込まれたモノが崩壊していく。魔鎧で守られている彼女達も歪みに潰されるのは時間の問題だろう。

「――自分自身ごと我を!?」

 紫の輝きを放つ重力波は空間を歪め、その中心に強力な力場を生み出す。

 紫織は叫ぶ。

 彼女は重力波を小さなブラックホールにさせようとしていた。オリバーにはそれが理解は出来ないが、自分自身がここにいたらまずいと直感したのだろう。逃げ出そうとするが、紺色の光となってもすぐに元に戻ってしまう。

「なんだと!」

「やっぱり! 星といえど重力の檻には勝てないみたいね!」

「ならば!」

 オリバーは逃げ出すことをやめ、拳にさらに紺色の輝きを収束させる。紫織の意識はそれに向く。

「全てを我が流星で吹き飛ばすまでだ!」

「そんなっ?!」

「お主と同じ戦法。諸共だがな!」

 紺色の輝きは膨れ上がり、2人を吹き飛ばした。

 さらに大きなクレーターが出来、土煙が巻き上がる。

 紫の超重力は霧散し、鈍い音が地面を打つ。

「見事だ……紫のエレメンタルコネクターよ」

 土煙が晴れると、そこにはオリバーが立ち誇っており、紫織は地面に倒れ伏していた。

 

 

 

 

 

「こちら08ブルー。02と03は全員やられたみたいです」

 流は努めて淡々と報告する。それでも言葉の最後の方は震えていた。

 12人の戦士が地面に横たわっている。全員とも息はあるが意識は無い。負ったダメージがでかく身動き1つしない。

「くそっ!」

 烈は地面を殴りつける。

「まったく歯が立たないみたいだな」

 旋は悔しそうに言った。その言葉に他の面々も空気を重くする。

「幸い全員命はある」

 流は旋を励ますように言った。実際は自分自身に言い聞かせるためのもの。

『こちら01レッド! 応援を求む。くそ! こいつ強い! 下がれ! 下がるん――』

 最後の方は強いノイズによって途切れてしまう。それが更に彼らの空気を重くさせていく。

「あれ? 01ってうちらの近くに居なかったけ?」

 黄色の戦士がポツリとつぶやくと全員がライフルを構えて警戒する。

「聞こえるか?」

「ああ、聞こえるね……」

 彼らの近くで発砲音と何かが壊れていく音が響く。

『08.01の援護に動け。00ゴールド。今どこだ?』

『こっちはそれどころじゃないんだよ! 後手後手に回り過ぎだろう! 敵の目的は魔法少女そのものだ!』

「こちら08レッド。彼女達を優先するのですか?」

 烈はたまらず抗議の声を金太郎にぶつける。

『当たり前だろう! こちとらあいつらに有効な手段を持ち合わせてないんだぞ! 唯一対抗手段を持ちえて……ちぃ!――』

 またしてもノイズで通信が途切れる。

『とにかく08。お前たちだけでも01の援護に――』

 通信は爆音に似た破壊音によって遮られた。建物が崩れ土煙を上げている。

 土煙の中から何かが吹き飛んでくる。道を挟んだ建物の壁に激突してそれは力なく地面に転がった。赤い戦士。左肩アーマーには01と刻印されていた。

「01レッド?!」

 流は慌てて駆け寄り、01レッドの体を揺さぶり、声をかけるが返事はない。

 土煙の中で何かが蠢き、烈は素早く銃を構える。

「誰だ! 出てこい!」

 威嚇の声を吠えるが、煙の中にいるものは反応見せない。代わりに銅色の輝きが煙の中で煌々と輝く。

 烈たちはそれを見てからの反応は早かった。全員その場から勢いよく飛び退く。

 直後に銅色の剣や槍などが大量に降り注ぐ。それらは簡単にアスファルトや建物の壁を貫いていく。

「ふんッ! 雑魚どもが! まとめてかかってこい!」

 銅色の髪。銅色の鎧。銅色の瞳を巨躯な男が煙の中から現れる。

 彼は烈たちを見やると、鼻で笑う。見下すように見つめた。

 彼の周りには大小様々な武器が地面に刺さっていた。それを力強く握りしめて、その切っ先を烈達につきつける。

「くそっ! やってやる。やってやるさ! みんないくぞ!」

「お、おい! 烈!」

 制止の声は烈には届かない。他の面々は動揺を見せて動きが鈍くなっていた。

 連携も何もない。ただまっすぐに突っ込んでいくだけになっていた。

「ああ、もうっ!」

 流はそれを見かねて、負けるとわかっていても烈に続く。

 彼らのオレンジの光弾は容易く、剣で斬り払いされ、薙ぎ払われていった。

「ふん。今まで一番面白くないな」

 敵は銅色の武器を光の粒にして、1つまた1つと消していく。

 烈以外の面々が敗北を悟り、それでも彼だけにすることも出来ずにでいる。

 銅色の戦士は一瞬で烈に肉薄し、その手に握る剣を振りぬく。

「ガァアアアアッ!」

 剣の腹で殴られ、そのまま吹き飛ばされる。

「面倒だが、手心は加えてやる。そういう命令だからな!」

 烈を吹き飛ばすと、ひとりひとり叩き潰されていった。誰一人攻撃を当てることなど出来ず、人が虫を振り払うかのように、彼らは地面に転がされる。

 彼らにとってそれはあっという間の敗北だった。

「く……そぉおおおお!」

「そこで倒れていろ。俺達にとってお前らなど眼中にない」

 烈は悔しさにうなり声を上げる。

 それでも恐怖からか、立ち上がることができないでいた。

「くそ! くそ! くそぉおおおおおおおおお!」

 何度も地面を叩き、己の無力さに叫ぶ。

「あーうるさいうるさい。烈、お前は少し冷静になって戦うってことを覚えたらどうなんだ?」

 黄金の輝きが烈たちを照らす。

「お前は……なんで俺の名前を知っている? 超常生命体55号」

 そこに現れたのは黄金の戦士だった。

「ほう、ちょうど退屈してたところだ。お前が俺を楽しませてくれるのか?」

「このグレートゴールデンドラゴンナイトがあ! お前ごときになんかあ〜負けるかよ!」

 銅色の輝きが閃き、武器が顕現する。

 それを見るや、黄金の戦士の動きは早かった。敵めがけて肉薄せんと迫っていく。

 敵はそれをさせまいと武器を射出して、迎撃しようとする。

「甘いんだよ!! お前の敗因は唯一つ! この俺グレートゴールデンドラゴンナイト様だけに目を向けたことだ!!!!」

 銅色の戦士は何かを思い出すかのように、飛び退く。直後にオレンジの光弾が彼のいた場所を駆け抜けた。

 黄金の炎が螺旋状に、天を駆け抜ける。黄金の旋風。それが綺羅びやかに周囲を彩った。

 黄金の戦士は黄金の炎で大剣を象り、そこから炎の旋風を暴れさせている。

「そしてぇえええ!!! このグレートゴールデンドラゴンナイト様を! 怒らせたことだ!!! よくもダチ公を痛めつけたり、拉致ってくれてるじゃあないか!」

「2つじゃねぇか!」

 烈は黄金の戦士に素早くツッコミを入れた。

 龍の咆哮にも見た雄叫びから、黄金の巨大な光が銅色を覆い尽くす。

 激しい轟音と光が周囲を襲う。

「やったか?」

「やったか禁止!」

 黄金の戦士のどこまでが本気でふざけているのかわからない態度に、流は深い溜息を吐く。

 巻き上がる土煙が晴れると、そこには銅色の盾が存在していた。

「ちぃ! 防がれたか」

「やってくれる! ん? 了解」

 銅色の戦士は何かに返事すると、すぐにその場から去っていく。

 黄金の戦士もそれを追撃しようとせず、見送った。

「なんで、助けた。というかダチ公ってお前……」

 烈は地面に転がったまま黄金の戦士に問う。

「そんなことは今どうでもいい! 雨宮たちが敵に捕まった! 力を貸せ!」

 烈たちは知っている名前に狼狽える。お互いに顔を見合わせた。

「お前……どうして」

 烈は未だに思考が追いついていないのか、言葉が出てこない。

「雨宮たちって? 他は?」

 流はいち早く立ち上がり、黄金の戦士と向かい合う。

「雨宮、緋山、葉野、神田、星村生徒会長だ。後、桜川も危ないだろうな。金太郎って人が向かったが、そっちはわからん」

「なっ、う、嘘だろ? お前、俺達を混乱させようと――」

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! しっかりしろ烈。そんなんだから――」

「そうか! どっかで見たと思ったらそうだったのか!」

 流は突如大きな声を上げる。そんな様子に彼の仲間たちは訝しんだ。そんな彼らの様子に流は必死に説明した。

「ほら、一度桜色の魔法少女を助けただろう? あの時どっかで見たことある娘だと思ったら、そういうことだったのか」

「そ、そんな」

「だとしたら俺達はどうすれば?」

 俯く彼らに黄金の戦士は言う。

「今、動けるのはお前らくらいだ。こっちの仲間もそっちの仲間も全員すぐに動けないっぽいしな。俺は桜川たちを助けてた黒猫に面識がある。一か八かで探してみてコンタクトを取る。お前たちは、金太郎っていう人の指示で動け」

「だが、司令は――」

「ダメだ司令の判断を待っている暇はない。俺達で独自に動かないと手遅れになる。みんないつでも動けるように各部チェックだ」

 それを言ったのは烈だった。彼はいつの間にか立ち上がり、いつでも動けるように各部チェックしている。

「烈……」

 流はそんな様子に少し考えこんで、烈と同じく各部チェックを始めていった。他の面々も倣い進めていく。

「後はあいつだな。あいつが動けば勝てるな」

 烈は黄金の戦士を見て言う。黄金の戦士も首肯して応えた。

「?……何を」

 流は首を傾げる。

「明樹保たちとこいつがアウターで、あいつがそうじゃないはずがないんだよ」

 烈は何かを吹っ切るかのように笑った。そんな様子に黄金の戦士も空気を柔らかくする。仮面で見えないが、その奥では笑っているのを感じられた。

「頼んだぜダチ公」

「当たり前だ。そっちもとちるんじゃないぞ」

 黄金の戦士と烈は腕と腕をぶつけあう。

 

 

 

 

 

 鋼の壁が明樹保の行く手に立ちふさがる。足を止めた瞬間、紅い輝きが周囲に瞬く。見えると同時に明樹保は跳躍する。爆風をも利用して、鋼の壁を飛び越えた。着地しようとした場所に鋼の柱が投げ込まれる。寸前で柱に手をついて、跳び箱を飛ぶ要領でやり過ごす。

 そのまま足を止めずに、郊外へと向かって走る。その後を鐵馬とイクスは一定の距離を保って追いかけていく。

「エイダがいないなぁ」

「ええ、他のところには出てないみたいです」

「一発逆転狙って、主のところかぁ?」

「その可能性はあります」

 イクスたちはそもそも明樹保たちに対処すること以外にもやることがあり、今まで全戦力をもって相手にすることが出来なかった。そして今はもうそのやることはこの地を制圧することだけになったのだ。如何に彼女達が強くても戦力差は歴然であり、ルワークたちが負けるなんてことは万に一つないのである。だが、小さい可能性に賭けるのがエイダであった。ルワークさえ倒せてしまえば、イクスたちも戦う理由を失うので一定の効果はあるだろう。

 景色は一気に変わり、森緑が広がる。

 明樹保は周りに人がいないと見るや、即反転する。そして間髪入れずに桜色の巨大な光をイクスたちに目掛けて撃ちだす。

「ちぃ!」

 イクス達は大きく余裕を持って避ける。それでも彼らの表情は芳しくない。

「力が入らない?」

「この距離でも魔鎧が減衰するだとぉ! 前より強くなってないかぁ!」

 イクスは苦々しい表情に変わる。鐵馬の声に余裕はなくなり、イクスの様子を伺っている。

「魔石を使います?」

 彼はイクスにしか見えないように、真っさらの魔石を見せる。だが、イクスは首を横にふる。

「そもそもあいつを五体満足で、主の元に連れて行くのが俺達の使命だ。ましてや、ここ最近のその手はあんまり効果がないし、あの桜色も自身の力とするだろう。魔石に苦しんでくれる間があるのかどうかも、賭けに近い」

 イクスの真面目な分析に鐵馬は驚きに顔を固めた。それに気づいたイクスは半眼で「俺が真面目じゃダメか?」と聞き返す。鐵馬は迷いなく頷く。

 明樹保が次弾を溜める。それに気づいた2人は散開して空を不規則に飛び、狙いをつけさせないようにした。明樹保も自身が攻撃されないように地べたを動きまわる。

『でもどうします?』

『避けながら時間稼ぐかぁ。他のところは優勢みたいだし、最悪人質とれれば俺達の勝ちだ』

『ですが』

 鐵馬はイクスの言葉に納得が行かないのか、周囲を見渡した。

「危ない!」

 足を止めたほんの一瞬を逃さず、明樹保は次弾を放つ。イクスの叫びのお陰で避けることは出来たが魔鎧が消失し、鐵馬は地に落ちた。

 イクスは追撃させないためにデタラメに爆撃する。

 鐵馬は地面すれすれの所で魔鎧が回復し、無事に着地に成功した。しかし衝撃は殺せず、轟音と衝撃を響かせる。

「ひっ!」

 鐵馬の耳に少女の悲鳴が届く。慌てて周囲を見渡すと、そこには白河白百合が地面にへたり込んでいた。

「怪我の功名とはこれか? いや棚から牡丹餅だな」

 鐵馬には相手が魔力かあるかなんてわからない。だが、今の彼は追い詰められていた。それ故に形振り構っていられなかったのだ。魔石に魔力を込めると、白百合に投げた。

 

 

 

 聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。私は内臓がこぼれ落ちていったような感覚に襲われる。お腹の中から体温が奪われていく。

 視界の端で紅く輝いたのが見えたが、反応しきれずまともに爆発を受けてしまう。

「そ、そんな……まさか」

 今の声は白河さん? でもなんでここに?

 そこで脳裏に直ちゃんが死んだ日のことが過ぎった。

――私も戦いますわ――

 そうか……それで白河さんここに。でもどうしてそんな無謀なことを。

 考えても仕方がない。最悪の事態を避けようと起き上がると、そこには白河さんではなく、黒よりも黒い巨人が立っていた。

「ランクは低いですが、戦力の補充出来ましたよ」

「よくやった鐵馬」

 何が起きているのか理解できなかった。いや理解は出来ても認めたくなかった。

「う、嘘……」

 そんな私の様子に敵は、狂喜する。

 目の前で笑っている。邪悪に凶悪に。どうしてこの人達はこんなことを平気でするんだろう。どうしてこの人達は、いつも私の大切な人ばかり奪っていくんだろう。

 胸の中からどす黒い感情が泥となって溢れ出るような気がした。

 目の前で笑う2人を心底殺してやりたい。殺す。

「――やる」

「あん?」

 私に勝ったと思ったのか2人の表情は明るかった。それがすごく憎くて許せない。

「――殺してやる!」

 自分でも驚くくらい低い声が、冷たい感情が口から零れた。

 

 

 

 明樹保は冷たい眼差しで2人を射抜く。そんな眼差しに2人は先程までの余裕は消える。2人の表情はどこか青い。

「い、いけ!」

 鐵馬は白河だった巨人に命令する。巨人は明樹保に掴みかかろうとしたが、空を切る。土煙だけがあがった。次の瞬間鐵馬の眼前に現れると、鳩尾に掌底を叩きこまれる。口から胃液がこぼれ出す。辛うじて吹き飛ばされず踏みとどまったが、逆にそれが彼の不幸であった。顎を下から殴られ、髪を掴まれるとそののまま地面に叩きつけられた。桜色の輝きをそのまま手にこめていく。

「させるかぁ!」

 イクスは半ば呆けそうになった自身を奮い立たせ、明樹保を蹴り飛ばそうとする。が、容易く足を捕まれ、脛に肘打ちを叩きこまれた。それも2度、3度、そのまま足を掴んで振り回して地面に何度も叩きつける。

 紅い光が明樹保の眼前で瞬き、爆炎が上がる。

「やったか」

「な、なにやっているんですか!」

「やらなくちゃこっちが殺されていたんだぞ!」

 イクスたちの背後に何かが降り立つ音が響く。彼らが慌てて振り返ると、そこには明樹保が立っていた。爆炎に照り返されたその眼差しはどこまでも冷たく、暗い。

「クソァ!」

 自棄糞になったイクスは明樹保に向かって爆撃を行う。爆炎は明樹保を吹き飛ばすことも傷つけることも出来ない。

「なんでだよ!」

「こ、この!」

 イクスは爆撃を、鐵馬は柱を投げつける。が、明樹保にぶつかることなく、それらは弾かれていく。明樹保は自身に攻撃が届かないと見ると、ゆっくりと歩を進めていく。

「なっ?!」

「藤色……?」

 藤色の輝きが明樹保を覆っていた。明樹保は無意識に藤色の魔石の力を使っていた。それは攻撃を弾いていく。明樹保は拳を作り、そこに藤色の輝きが収束する。

 振りぬいた拳は魔鎧を貫いて、イクスを鐵馬の肉を打つ。彼らはそのまま地面を転がり、痛みにもだえ苦しむ。

「殺してやる」

 冷たく呟き、彼女は一歩、また一歩と2人に歩み寄った。背後にいる巨人は、自身の主に危機に明樹保の殺気に身を震わせて、動けないでいる。

「殺してやる!」

――ダメだよ明樹保――

 明樹保は目を見開き、動きを止めた。

 

 

 

 今のは直ちゃんの声? でも、直ちゃんは死んだはずじゃ……。じゃあ聞き間違い?

 周囲を見渡すが、巨人と敵しかいない。

 気のせいだ。

 涙がこみ上げそうになるのをこらえて、目の前で苦しんでいる2人を睨んだ。

 そうだ。この人達が直ちゃんを、先生を、白河さんを、みんなに酷いことをしたんだ。許せない。許すもんか。

「殺してやる!」

――明樹保はそんなこと言っちゃ駄目だよ――

 今度はちゃんと聞こえた。そこで私は藤色の輝きを纏っていることに気づいた。

「こ、これは……」

 私は2つの魔石を持ってきたことを思い出す。慌てて取り出すと、藤色の魔石と透明の魔石が輝いていた。

――怒りにまかせてそんなことしたら明樹保も戻れなくなっちゃう――

「な、直ちゃん! どうして?」

 目の前に半透明の直ちゃんが現れる。直ちゃんは、哀しそうに笑いかける。そして私を優しく抱きしめてくれた。触れられないはずなのに、なんだか温かい感触を感じる。

「直ちゃんこの魔石は――」

――そうだよ。私のだよ。お願いしたんだ。明樹保のところに持っていて欲しいって――

 誰に? そう聞こうと口を開いた時だった。直ちゃんに遮られる。

――それよりも明樹保。透明な方の力を使って、白河さんを助けて――

「え?」

 直ちゃんの言葉に頭の中が真っ白になった。呆然としていると直ちゃんはメガネをくいと上げて――落ち着いて聞いてね――と続けていく。

――透明な方は浄化の能力なの。これを使えば、白河さんを助けられる――

 直ちゃんは優しく私に笑いかける。

――だから……みんなをお願いね。魔法少女さん。私はいつも側にいるよ――

 そう寂しそうに言うと、直ちゃんは目の前から消えた。

 視界が涙で歪む。止めどなく零れていく。

「あり……がとう」

 2つの魔石を抱きしめた。そして右の中指と人差し指にはめる。

 なんとなく右も左も薬指は忌避してしまう。

 私は敵から巨人へと向き直った。

「今助けるよ白河さん」

 

 

 

「嘘だろ……」

「魔物を人に戻した……だと……?」

 漏らした声に力はない。イクス達は目の前の光景を信じられないと言った様子で眺めていた。

 明樹保は輝きを放ち、巨人の魔物を黒い霧へと変える。中から白百合が身を丸くして現れた。

「白河さん……」

 そう言うと明樹保は白百合を優しく抱きしめる。そしてゆっくりと地面に横たわせると、イクス達に向き直った。

 その顔は先程までの冷たいモノではない。力強く決意に満ちた眼差し。

「なんなんだよ!」

「魔法少女……です!」

 明樹保は藤色の輝きを纏い構える。

「そこまでだ。桜色のエレメンタルコネクターよ」

 声が突然降ってくる。上を見上げるとオリバーが紫織を抱え上げていた。

「紫織さん!」

「お前の仲間たちは皆負けて、我々が預かっている。指輪を外して、大人しく我々と来てもらおうか」

 明樹保は苦々しく顔を歪ませる。一瞬口を開いて問答をしようか迷った挙句、紫織の様子を見て、指輪を外した。変身が解ける。それをオリバーに差し出した。

「すまぬな。あまり使いたくない手だったが、お主は強くなりすぎた」

 オリバーに差し出された指輪はイクスが受け取り、明樹保と白百合は彼らに連行されていく。

 

 

 

 

 

 ビルの屋上は色とりどりの輝きを走らせ、最後に若草色の輝きが力なく消えていく。

「お前がここに来ることは容易に想像ができていた」

 ステンドグラスを思わせるような膜がルワークを覆っていた。彼はその中でほくそ笑む。対照的にエイダは険しい顔となっていた。若草色の杭や、鎖は弾かれて力なく地面に転がって霧散する。

「くっ!」

「まあ、そう睨むな。お前とはゆっくり話をしたかったところだ」

「私にはないわ」

「俺にはある」

 2人のやり取りを近くで見ていたクリスは、下唇を強く噛み締めた。

「エイダ、俺はお前が欲しい。俺と共に来い。そしていつまでも俺のそばにいろ。お前に悪い思いわさせない」

「貴方の存在が私にとって悪いわ」

 吐き捨てるかのように拒絶するが、それすら嬉しいのかルワークは嬉しそうに口を歪める。

「そうでなくちゃ。そうじゃないとつまらないな」

 ルワークは視線でクリスに促す。視線を受けたクリスは苦々しく結界を解除した。ルワークは白い刀身、紅い宝玉が収められた大剣を構えた。その大剣を見たエイダの眉根が一瞬反応する。それだけ見てルワークは彼女が察したと理解した。

「やはりわかったか」

 エイダは答えず、ルワークの出方を伺っている。

「元の姿に戻らないのか? 戻ってくれたほうが俺は嬉しいぞ」

「ご期待に応えるしかないみたいね」

 眩しい黄金の輝きがその場にいる3人の視界を奪った。

「ところがどっこいこのグレートゴールデンドラゴンナイトがその期待をぶち壊すぜ!」

 そこにグレートゴールデンドラゴンナイトが現れる。彼は自信満々に自身に親指を突きつけて、胸を張っていた。ルワークは邪魔されたことに怒りを顕にする。

「おうおう。そういう表情はこっちがしてぇんだよ! 仮面の奥じゃそういう顔なんだよぉ! お前らに奪われた俺のダチや恩師の仇をとりたくてとりたくて、こっちは腸が煮えくり返るどころか、大噴火なんだよぉ!」

 叫びながら、黄金の戦士は黄金に輝く大剣を構えた。真紅の瞳は怒りに燃えているようにも見える。

「弱い奴が死んだだけだ。強き者が弱者を淘汰した。この世はその摂理になりたっている。そしてそれもそれだけの話だ」

「焼肉定食はお店で出されるものだけで十分なんだよぉ!!!」

 黄金の旋風がルワークを襲う。それをクリスが結界で防いだ。防いだと見るや、黄金の戦士は連続で攻撃を叩き続けた。徐々にエイダに歩み寄る。それに気づいたエイダは、自身から近づいた。

「貴方のその名前なんとかならないの?」

「はん! かっこいいだろう!」

 エイダは呆れた顔で「全然」と否定する。

「これから言うことに反応しないで聞け。明樹保たちが捕まった。お前は逃げろ」

 グレートゴールデンドラゴンナイトはエイダにしか聞こえないように言った。ルワークたちは黄金の旋風が奏でる轟音で、聞こえていない。

 エイダは一瞬破顔しそうになったが努めて、顔を固めた。

「私がいい名前を考えて上げようかしら?」

「お断りだ!」

 エイダは歯を食いしばり、なんとか耐える。そしてルワークたちには変な問答をしているように振舞った。

「このままお前まで失えば、この街は終わる。だからお前は逃げるんだ。一度態勢を立て直せ」

「どうやって決めて上げようかしら?」

 更に幸いな事にグレートゴールデンドラゴンナイトは黄金の仮面に覆われており、喋っていたとしても口が動いているようには見えない。それでも油断ならない相手だからと、聞こえるようにしている部分は、名前のことで誤魔化していた。

「そんなのは俺が決めた。このグレートゴールデンドラゴンナイトだ! どかーんと行くからな」

「はいはい」

「俺はこのままアジトに乗り込む。今頃烈たちが戦っている相手に発信機をくっつけている頃だ。その後はなんとかする」

「なら左手を出しなさい。そこに探査魔法を仕掛けるわ。私はなんとかしてみせるわ。私が行くまで死ぬことは許さないわよ」

「このグレートゴールデンドラゴンナイト様を舐めるなよ。お袋の笑顔のためなら張ってでも帰る男だ」

 そう言い終えると、彼は足元目掛けて黄金の旋風を叩きつけた。その旋風は今まで出していた旋風の大きさを軽々と凌駕しており、ビルを飲み込む程の大きさだった。さすがのエイダも自身の足元を吹き飛ばされるとは思ってもいなかったらしく、唖然としていた。

「何を!」

「ルワーク様! 危ない!」

 瓦礫と一緒に落ちていくグレートゴールデンドラゴンナイトは、エイダに左手を差し出した。エイダも素早く探査魔法を打ち込む。

「しゃらくせぇええええええええ!!!」

 ルワークは激高し、終焉の剣を振りぬく。振りぬいた一撃は重い衝撃波を生み出し、瓦礫が落ちるよりも早く、地面を穿った。エイダは瓦礫と衝撃波に巻き込まれて吹き飛ばされ消えていく。グレートゴールデンドラゴンナイトはというと、攻撃を躱すとルワークに肉薄した。

「お前の整ったその顔を歪ませてやる!」

「それはこっちの台詞だ金ピカ野郎!」

 銀色の光と黄金の炎が激しくぶつかり、天空を震わせ、大地を揺らす。

 

 

 

 

 

「エイダを探すと言いはるのではないかと、肝を冷やしました」

 志郎は表情を強張らせていた。我らが思った以上に暴れたのは織り込み済みとはいえ、かなり危ない橋を渡っていたようだ。

 今は我らが拠点としている教会にいる。すでに廃墟となっており今は我ら以外に使うものがいない。教会の広間で我と、志郎、主、クリスが今後の話をしていた。

「どうせあいつは俺の所へ来るさ」

 自信満々に言い放つ主。実際はその通りなので、ぐうの音も出ない。エイダにとって我らが主ルワークは討ち取らねばならない敵。そして、現地で協力してくれた少女たちがこちらにはいる。我らの前に現れるのは時間の問題だろう。

「黄金の戦士は呆気なかったですわね」

 クリスは主を褒めたつもりだろう。ご機嫌伺いというやつだ。しかし主は少し表情を強張らせる。

 このままへそを曲げられても困るので、急ぎ話題を変えることにした。

「彼女達は地下の闘技場へと運びます。よろしいですね?」

「無論だ」

 我らが本拠地に戻ってすぐに、グラキースによって少女らは氷の十字架に張り付けにされている。ちなみに今は全員に眠ってもらっている。

「しかし、いささか赤と緑のエレメンタルコネクターに傷を負わせすぎではないか?」

「魔鎧が並の硬さなら死んでいたかもな」

 我が杞憂の言葉を主は笑って流した。五体満足とはいえ、少々行き過ぎている。

 無意識に溜息を吐いてしまう。

「む?」

 そこで妙な気配を感じた。周囲を見渡すがおかしな様子はない。否、この場合は目に頼ると足元を掬われる。

 瞑目し気を張った。すぐに違和感が確かな物となる。

「どうした?」

「侵入者だ」

 その場に緊張が走る。主だけが楽しそうに笑っていた。

「今日はとことん楽しませてくれる」

「そいつはどういたしましてだ!」

 突如視界に黄金の輝きが差し込む。この暗い教会を明るく照らすその者は、自身を親指で指して、高らかに宣言した。

「このグレートゴールデンドラゴンナイトが、参上してやったぞ。歓迎しろ」

「貴様……主にやられたのでは?」

 我が努めて低い声で聞くと、鼻で笑う素振りを見せる。クリスはそんな安い挑発にも飛び出しかねないほど殺気立っていた。

「ブワァか! 俺たち超常の者たちが簡単にやられるかっつうの!」

 そこで黄金の戦士が、我らの注意を自身に向けさせようとしていることに気づいた。視界の端で歪む何かが動いたのが見えたのだ。その数6。

 命ヶ原において6人一組で動くのはタスク・フォースだけだ。

「なるほど……。お前たちの目的はあの少女たちか」

「ちっ! やっぱバレてるか」

 黄金の戦士がわざとらしく言うと、6人の戦士が姿を表した。

「光学迷彩? まだタスク・フォースには実装されてないはず……いつの間に」

 志郎は驚いた後、何やらブツブツとつぶやき始めている。今後の方針を考えているのだろうか。そのうちつぶやいていた声は泣き声へと変わり、背後で地面を打つ音。その後嗚咽を漏らしながら地面を叩く音がその場を支配した。

 乗り込んできた戦士たちはそんな様子に少し驚いている。飛び出そうかとも思ったが、黄金の戦士が立ちふさがる。

「俺達と勝負しようじゃないか! さっきの話だと地下に闘技場があるんだろう? 俺達が勝ったら、あき……少女たちを返してもらおうか」

 もちろんそんな選択権は彼らにはない。この場で我と主が彼らと戦えば容易く追い出すことができる。だが――

「いいだろう。その挑戦に受けて立ってやれオリバー」

 主はむしろこの異常事態を楽しんでいた。

 その言葉に無意識に口が歪む。

 楽しい宴が始まる。我の血肉が滾るのを感じた。

「承知いたしました」

 主は狂喜に顔を歪ませて言う。

「お前たちがオリバーを倒せたら、次は俺と勝負だ。そこで勝てれば解放してやる」

 もちろん土台無理な話である。それでも黄金の戦士とタスク・フォースたちはそれに応じた。

 しばし、彼の目的を考えこんでみたが、我のような戦闘狂には推し量ることは出来ないだろう。それよりはこれから起きる闘争を頼もう。

 

 

 

 オリバーは歯を剥き出し、凶悪に笑った。

 

 

 

 

 

〜続く〜

 

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