コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜 |
第十八話「決 断〜まほうしょうじょのアシタ〜」
「遅いぞ優大」
「悪い」
「言い訳ぐらいしろよ」
「悪い」
鈴木君は大きく溜息を吐いて、それ以上問い詰めなかった。
教会から離れた場所で私たちは休んでいる。大ちゃんと鈴木君はまだ変身したままだ。私たちはそもそも魔石がないと変身出来ないので、昨日来ていた衣服そのままになっていた。その魔石はというと、今は大ちゃんに全て預けている。
私が泣き止むと、すぐにここへ移動させられた。今私たちは、簡易的な検査を受けている。
大ちゃんと鈴木君はこの検査の対象外にされていた。2人は特別なので、ちゃんとした施設で受けないとダメらしい。
2人が言うには「俺達は頑丈だからいらない」とのこと。
滝下さんはそれを少し咎めたが、超常生命体になっていることもあって、特に強く言うことは出来なかった。何より2人は警察などの大きな組織に関わっているので、ちょっと手続きなんかが面倒らしい。
大ちゃんは鈴木君と話が終わったと見ると、近くにあるモニターを覗きこんだ。
そこにはタスク・フォースの司令で、保奈美先生の愛した人がいた。
滝下浩毅さん。
「ここに彩音さん呼ぶよ?」
『ああ、構わん』
大ちゃんはスマートフォンを操作すると電話をし始める。超常生命体の姿で電話している姿は、物凄い違和感を出していた。2,3やり取りすると、スマートフォンをしまっている。
え? どこに? 今どうやったの? 鎧にポケットなんてないよ?
気になってまじまじと見ていると聞き慣れた声が飛んできた。
「やっと終わった終わった」
テントから烈君が出てきた。面倒くさかったのか、肩や首を回している。
烈君達はところどころ包帯などを巻いていた。装備していたアーマーなどは、金太郎さんたちが、特別な車に載せていた。軍が使う装甲車両。そんな感じの印象を受けた。
なんでもかなり壊れているらしい。
大ちゃんは目だけ動かし、烈君を見やると、再び会話を続けた。
「今日は、このまま学校に行って休ませてもらうよ」
『わかった。話は明日の夕方でいいな?』
「いいよ。学校終わりにそっちに行けばいいよね? ああ、それと――」
『わかっている。全員のご家族にも来てもらう』
その会話に私はたまらず割り込んだ。
「お母さんとお父さんに話すの?!」
「話す。その上で明樹保達はもう一度考えてくれ」
『そうだな』
「考えるって何を?」
暁美ちゃんも加わった。ふと背後に気配がする。振り返るといつの間にかみんなが集まっていた。
『君たちは学生だということを――』
モニターの前に、金太郎さんが割り込んで話をかっさらう。
「タッキーの話は長くなりそうだからざっくり言うと、これから先も戦うか否かってこと。今度はお前たちだけじゃなく、親御さんたちと話し合って決めてねってこと」
金太郎さんは優しく笑う。背後のモニターで滝下さんは、すごい剣幕で睨んでいた。
「で、でも今更なんて話せばいいのか」
「大丈夫よ鳴子。それに……これはいつかしないといけないことだったわ」
鳴子ちゃんの不安を振り払うように、凪ちゃんは言う。だけど鳴子ちゃんの表情は浮かない。
「私は、転校を強引に決められてしまうかもしれません」
全員の視線が水青ちゃんに集まる。後ろで鈴木君が「そんなの蹴っ飛ばせばいいさ」なんて言っていた。
「まあ、雨宮は金銭的な面はクリアしているし、その手の話になるだろうな」
大ちゃんの言葉に水青ちゃんは俯く。大ちゃんは最後に「だけど、最後は雨宮次第だよ」と付け加える。
「私なんてちゃんと関われてもいないのに……」
白河さんの背中にそっと暁美ちゃんは手を置いた。白河さんは力なく笑う。
「私達なりの関わり方があった。それから話をしていくしかないわね」
紫織さんは自分に言い聞かせるように、みんなに言った。
そんな皆の姿を見て、大ちゃんは言う。
「とりあえず学校に行って、元気な姿見せよう」
その後、しばらくして崎森さんは到着した。どうやら私達の通学カバン、制服などを集めてきてくれたらしい。
私の家は誰もいないから簡単だとしても、他のみんなは色々と説明とか大変だったのは、簡単に想像がついた。そのことも考えると、私たちはちゃんと説明しないといけないのだと実感させられる。
そのまま崎森さんの運転する車で送り届けられ、大ちゃんと鈴木君、烈君たちはなぜか競争して登校。しかも私達より早く校門の前にいたのだ。
学校ではちょっとした騒動となっており、私達が校門に集まると、窓から全校生徒の眼差しがこちらに向けられていた。
「う、うへぇ」
「すごいですね」
「かなり恥ずかしいよ」
凪ちゃん以外は恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「んまあ気にしても仕方がないし」
そんな中堂々としている凪ちゃんが、少し羨ましい。
「そうですわ! これは好機! お姉さま! 私と熱い抱擁を全校生徒に!」
「ここでもか! この状態でもか!」
白河さんは暁美ちゃんに飛びついていた。
「せめて普通にしてちょうだい」
紫織さんは眉根を寄せて注意する。そんな姿を鈴木君、烈君たちは笑いながら見ている。大ちゃんはと言うと――。
「大ちゃん早いよ! 待って!」
私達を置いていつの間にか下駄箱で上履きに履き替えていた。
その後教室に行くと、ちょっとした騒ぎになった。
何せ直ちゃんが亡くなって、すぐに私達も行方知れずになったのだ。何かしらの事件に巻き込まれたと思われても仕方がない。
だから私達が無事に顔を見せたら、如月先生は声を出して泣いた。
案の定であるが。休み時間になると、教室の前の廊下は人集りが出来ていた。私達の様子を一目見ようと、他のクラス学年。高等部、大学の人たちまで見に来たのだ。
クラスの皆には何度も「何があったのか?」と聞かれたけど、その度に大ちゃんがフォローして事なきを得た。
さすがに下校する頃には人は集まらなくなり、質問もしてくる人もいなくなったけど。注目を集めるというのは疲れるものだと、そこで思い知らされた。
初めて大ちゃんが、カメラの前で具合が悪くなるのに共感した。
下校時間になると、優大は全員をなんとか校門前まで運んだ。明樹保たちは疲労により意識が朦朧としているのだ。
救出された直後は緊張などがあったせいか、大丈夫だったのだが、学校についてしばらくすると、張り詰めていたモノが消え、最後の授業では優大を除き、全員が机に突っ伏してしまっていたのだ。
校門の前では予め待機していた彩音が、水青達を手際よく車に乗せていく。烈たちも他のタスク・フォースの面々に付き添われて帰り、ジョンもまたジョージ・スミスの運転する車で帰宅していった。
「優大様、本当によろしいのですか?」
「家に帰るくらいなら大丈夫だよ」
優大は明樹保を背負っている。彼の表情もまた疲労が色濃く出ており、彩音はそれを心配して車で送ることを薦めていたが、彼は笑って「大丈夫」と何度も言った。
何より2人を乗せるスペースはすでにないのだ。
優大はそれらも含めて、断りを入れた。
「それより、早く帰らせてもらったほうが、色々と寝る時間が稼げるので、これで」
「わかりました。では、これにて失礼します。どうか帰りの道中お気をつけてください」
「ありがとうございます。それと、みんなの事もお願いしますね」
「かしこまりました」
彩音は車に乗り込み、発車させる。最後にサイドミラー越しに優大達を心配そうに見つめた。車が見えなくなると優大は歩き出した。
夕暮れを背に彼は確かな足取りで家まで歩いていく。
家の前まで来ると、明樹保の両親が玄関口で立って待っていた。2人は優大と明樹保の姿を見ると、心底安堵した表情となる。
「ただいまです」
優大の挨拶を受けて、駆け寄ってくる。
「大ちゃんありがとう」
「いえ、それより連絡は来ましたか?」
優大の問いに、明樹保の母は真面目な顔になる。
「ええ、来たわ。だから慌てて帰ってきてね」
「ありがとう優大君。重いだろう? 変わるよ」
「いやいや。ここは大ちゃんに部屋まで運ばせるわ!」
「なんで?」
夫婦漫才が始まったことに優大は「やれやれ」と声を漏らした。
「幼馴染に背負われて部屋に運ばれるなんてロマンチックじゃない! フラグよフラグ!」
「僕は認めないよ! 子供の頃に僕と結婚するんだって言ったんだもん!」
「あら? それって浮気かしら?」
「あ……いやいや違う違う! そうじゃなくてね……ママの事は愛しているよ」
「この前とっても可愛いアイドルさんに言い寄られたそうじゃない」
「な、なんでそれを!」
このままでは終わらないと察した優大は、口を挟んだ。
「あの、変わってもらえると。俺もそろそろ足元やばいんで」
明樹保の母親は彼の言葉を聞くと「仕方がないか」と呟き、視線で夫に指示を出した。
「大ちゃん。ありがとうね。私からもこの子たちに色々と話さないとね。桜のこと、エイダのこと」
「そうですね。あ、エイダさんは?」
「明樹保の部屋で潰れているよ」
「そういや僕も詳しく聞いてないな。明日聞かせてくれるんだよね?」
「貴方は別に知らなくても――」
「酷い! 光の早さで異議あり!」
「冗談よ。とにもかくにもありがとうね」
「では、これで」
優大が家の中に消えると、明樹保の母親は夕暮れの空を見上げた。ここにいない友人を幻視する。
「因果なものね。私の娘も、桜の息子も魔法使いになっちゃうんだから……」
その眼差しは哀しみを帯びていた。
「ママ、家に入ろう。明樹保をベッドに」
「ええ」
次の日の朝は賑やかだった。リビングにはお母さんお父さん、大ちゃんがいる。朝ごはんは久しぶりにお母さんが作ったものが並べられていた。
(昨日までのことを今日話すんだ)
「大ちゃんおかわりは?」
「いただきます」
「明樹保はいつも起きれているのかい?」
素早く優大は「いいえ」と答える。明樹保はむくれて抗議するが、優大は涼しい顔でご飯をかきこんでいく。
ご飯が食べ終わったのを見計らって、明樹保の母親は口を開く。
「今日の夕方のお話だけど、一度家に帰ってくるの?」
明樹保は少し顔を引き攣らせる。昨日から覚悟はしていたとはいえ、答えに窮していた。エイダも口を開くべきか否か、考えあぐねている。
「いえ、そのまま俺たちアウター組はどこかで集まってから行きます」
代わりに答えたのは優大だ。初めて聞く話に明樹保は驚く。
「それはどうして?」
「俺達がアウターヒーローだからです」
「そう……わかったわ。時間になったらこちらはこちらで向かうわ。明樹保とエイダのことお願いね」
自身のことが知られていることに、エイダは驚き口を開けるが、直後に優大に抱え上げられて阻止されてしまう。
「んじゃあ、行きますね」
「お母さん、お父さん、行ってきます!」
2人は「いってらっしゃい」と温かく送り出した。
「水青ちゃんどうしたの?」
「いえ……なんでもないで――」
「話せよ」
「水くさいわね」
「話して楽になることもあるよ」
暁美ちゃん、凪ちゃん、鳴子ちゃんの順で心配された。
みんなの言葉に水青ちゃんは少し苦々しく微笑んだ。
きっと私達に心配をかけたくないのかも。
学校に着くと、水青ちゃんが少しげっそりとした顔で俯いていた。そうしてこのやり取りである。
『ヒーロー関係は念話で話せよ』
大ちゃんの声が突然頭の中で響いて、全員が驚く。
視線を彷徨わせると、大ちゃんは他の男子たちと雑談をしていた。
『まあ、雨宮の家の事情を鑑みるに強引に転校に踏み切ろうとしているって感じか?』
『ご名答です』
『だ、大丈夫なの?』
鳴子ちゃんは心配そうに水青ちゃんを見つめた。
『いえ、よくないかもしれません。タスク・フォースからの連絡を受けてから、かなり強引に動いています。彩音さんがなんとかしてくれていますが』
「ま、それも含めて全部今日で決めればいいんだ。お父さんだって水青のこと、心配なだけなんだしさ」
「そうですね」
暁美ちゃんは念話をせず、水青ちゃんの肩を優しく叩くと、チャイムが鳴った。
それを合図に全員が席につき始める。
ようやく落ち着いて学校に来てから知ったことなのだが、この学校でも事件が起きていたらしい。
魔物がこの学校を襲ったのだ。
あくまでクラスの人の話から導き出した予想にすぎない。
しばらくすると、如月先生が教室にやってくる。先生はいの一番に私たちの無事を確認して、出席を取っていく。
『魔物は有沢先生が倒したでいいのかな?』
『おう、そうだよ。有沢先生とここの元ヒーロー教師と俺で』
「え?」
「ん? どうした明樹保?」
如月先生は不安そうにしている。
「あ、いえ。なんでもないです」
念話に大ちゃんが入ってきて驚いた。
『やれやれ……早く慣れてくれ』
『はい……』
とは言うものの慣れない。
『そういえば、早乙女君。貴方が4つの魔石を使われた人物ということでいいのかしら?』
『さすがにそれも、夕方までってことはないよな?』
水青ちゃんの質問の後に、暁美ちゃんが念を押す。
『エレメンタルコネクター側の話なら大丈夫だよ。全体に関わることは全員がいるところでね』
『魔法少女!』
『あき、今はそれどうでもいい』
納得行かず、ついむくれてしまった。
『で、どうなの?』
凪ちゃんが止まった会話を再開させてくれた。
『その通りだと思う。昨日倒した近藤鐵馬、イクスって人に4つの魔石を埋め込まれたのは俺だね』
私達が勝手に4つ使われた人、と呼称しているだけで当然大ちゃんはそれで自分が呼ばれているなんて知らない。エイダさんは『じゃあ貴方が私達の言っている人だわ』とフォローしてくれた。
今エイダさんは校庭のどこかに潜んでいるらしい。
如月先生は授業をすべく、教科書を広げて黒板に白い文字を書いていく。
『能力は?』
凪ちゃんは更に質問を続ける。
『月、封印、破壊、空』
『へぇー』
『複数の属性を目覚めさせるって珍しいわね』
『全部カウンター向きの能力だよ』
『ゆう、空ってなんだ?』
『簡単にいえば索敵能力特化だな』
大ちゃんは黒板に書かれた文字をノートに書き記していく。
『さくてき……?』
暁美ちゃんが首をひねる。大ちゃんは鼻で息を吐き、しばし考える素振りを見せた。
『自分の周囲の状況が手に取るようにわかる能力だよ。つまり自分の後ろに魔法的な罠とか設置されてもすぐに察知できるんだ』
『だから……イクスやオリバーの攻撃を見切っていたのね』
エイダさんは納得がいったのか。『なるほど』と何度も言っていた。
『これのお陰で3人を相手に出来たわけだ』
『そして、封印の能力で魔法効果を発動される前に潰していたのね』
エイダさんは続けて何度も『すごい』とつぶやいている。
あの爆発や、飛ぶ能力を前もってわかることができるのは凄い。おまけにそれを封じてしまうんだから、大ちゃんは凄いな。
『月はなんでしょう?』
『反射と増幅。後は一発でかいのが使えるけど、使い所を間違えられない』
『だからか!』
エイダさんは念話で叫ぶ。
『だから終焉の剣や太陽を受け止められたのね』
『よくわからんけど、太陽はそうだね。あの剣は全然力を発揮してなかったよ』
『え?』
『たぶん威力がでかすぎるんだろう。明樹保達に執着するあまりに、でかいのが使えなかったんじゃないかな』
しばらく沈黙が流れる。
『他にも聞きたい事があるだろうけど、直のことと闇の魔石についてはあっちで』
凪ちゃんはいつの間にか机に突っ伏している。
『じゃあ、いつから私達のことをご存知で?』
水青ちゃんはさらに続けて質問する。
『明樹保が魔法少女になってから』
『ほぼ最初からじゃないか! てか、どうやってあたしらのことを』
『国家権力を舐めるなと。明樹保をマークすれば自ずとってね』
さ、最初から知ってたなんて……。
『え、ええー? じゃ、じゃあ今まで私達のこと知ってて助けてくれてたの?』
鳴子ちゃんが驚きの声を上げそうになり、なんとか突っ伏して誤魔化す。
『そうだよ。あ、ごめん。明樹保がなったときと言ったが、それは嘘だ』
『え?』
『正確には星村先輩がタスク・フォースに追われ始めてから知ったんだ』
『え?』
今まで黙っていた星村先輩が初めて会話に参加した。
私も含めて全員が驚いて、頭のなかが真っ白になる。
『だったらどうして、漆黒の戦士が大だって教えてくれなかったのよ』
凪ちゃんは机に突っ伏しているが、念話だけ参加していた。
『そうだね。そしたらお互いに助け合えたのに』
しばらく大ちゃんは沈黙する。聞いてはいけないことを聞いたのだろうかと不安になった。
『んまあ、それも後で話すね』
大ちゃんは困ったように言う。
それ以上はみんな何も聞かずに、授業を受けていく。
ふと授業を受けて、ノートに書いている。こんな当たり前のことが、できなくなったかもしれないのかと思うと、体から熱が消えていく。一瞬一瞬を大切にしなきゃと思う。
私は直ちゃんの席にある花を見つめた。
大切にしよう。今を精一杯大切に生きるんだ。
屋上のラウンジにはジョンと、白百合が待ちわびていた。白百合は暁美の姿を見ると、勢い良く飛びついた。当然いつもの「離せ」「離しません」のやり取りが始まる。
最後に到着したのは紫織と優大だった。
ちなみに烈たちはこの場にいない。
「ごめんなさい。少し生徒会で手間取ってね」
「む! 優大! 俺が生徒会に呼ばれてないぞ?」
「ちょっとした雑務だったからいいんだよ」
それでも呼ばれなかったことに不服なのか、ジョンは納得がいかない様子のままだ。
すでに下校時間を過ぎた学校。今まで起きた事件のせいで、学校に残るものは少なく。昼にあった活気は完全になくなっていた。
夕焼けに染まった学校は廃墟のようにも見える。
「さて、行きますか」
優大はそこにいる全員の顔をひとりひとり覗いてから言った。
全員で校門前まで移動すると、エイダさんを拾う。しばらく歩いた所でジョンが口を開く。
「あの魔石。俺も手に入れられるか?」
魔石の恐ろしさを知る明樹保達は沈黙した。
その様子にジョンは深い溜息を吐いて「そうか」とつぶやく。
「ジョン。お前に素養があるなら手に入るだろうけど、もう少し待ってもらえるか?」
「なんだなんだ?」
「未使用の魔石は数十個こっちで確保してあるんだ」
明樹保達も含めて全員が驚きの声を上げる。道中すれ違う人々は何事かと明樹保達に視線を向けるが、すぐに元へ戻していく。
「い、いいい一体どういうことよ?」
「エイダさん。一応今は喋るな」
エイダさんは慌てて口を閉じて、素知らぬ顔をする。優大はしばらく沈黙した。
「安全な運用方法さえ確立出来れば、ジョンも持てるかもしれない。だが、今は使えない」
「そうか。それさえわかればいい」
「土塊を使う奴との戦闘で、得たものなんだ。今はジジィの研究施設に置いてある」
「アリュージャンね。それのお陰で、大分戦力を削げていたのね」
紫織は溜息を吐くように言った。
その後は学校の話題となる。皆、家族と改まって説明することに緊張しており、それらを忌避するかのように話は盛り上がった。
「あまり私には時間がないのだ。悪いが短めに頼むよ滝下君」
「それは考慮しますが――」
その先を滝下は言うことをやめて、話を切り上げる。薄い水色の背広を着た男性は、忙しなくあちこち歩きまわっては、時計を見て貧乏揺すりをした。
隣にいる女性は柔らかく微笑みながら、微動だにしない。
今滝下達はタスク・フォースが普段使うブリーフィングルームにいた。
ここならば大人数を集めて話ができる。だが、今までこの部屋を人で満員にしたことはなかった。
今回それが叶うこととなる。今この部屋には警察関係者、スミス財団、アウターヒーローの家族たち、そして自分たちのタスク・フォースのメンバー全員が、部屋を埋めていた。
滝下は視線を彷徨わせる。アウターヒーローとカテゴライズされている家族は、早乙女博士を除いて全員来ている。約束の30分前には全員ここに集合していた。後は当人達だけだ。
「しかしすごいな。ここにいるメンツだけでもそうそうたる面々だな」
金太郎は呑気にしていた。そんな様子に滝下は溜息を吐く。
「あのなぁ……」
「でも、葉野教授に、スミス財団の代表に、雨宮社長。桜川プロデューサーに敏腕マネージャー、さらにエンジニアで名だたる神田夫婦だ。ここには居ないが早乙女博士だっている。これは何か起きてもおかしくないぜ」
楽しそうに話す彼に、滝下は無意識に「やれやれ」とこぼす。金太郎はそれに気づいて意地悪く笑う。
ほとんどの親族は不安そうな表情をしていた。そんな中――。
「今夜の晩御飯は何にする?」
「そうだな〜。明樹保の好きなハンバーグってのはどうだい?」
呑気な会話が聞こえてくる。明樹保の両親であった。
「あの……幸子さん……その……」
「はい」
「私は……」
「はい」
「ああ、ちょっと待ってください。呼吸が」
ジョージ・スミスは緊張からか呼吸を乱す。
「ジョージ様……この場でプロポーズなさるつもりですか? さすがにそれは考えていただきたいのですが」
「ちょ! ちょっとエドワード! それは私の口から言わせてもらわないと格好がつかないだろう!」
「はい、お受けします」
「本当ですか!」
あまりにも場違いな会話に、滝下は転びそうになる。
「あきちゃんのお母さん僕も晩御飯に呼ばれたいです」
「今日はダメよ。今度にしてちょうだい」
金太郎は「けち〜」などと言っているが、それ以上無理強いすることはない。
金太郎たちの背後ではなぜかスミス財団の面々がお祭り騒ぎを始めている。金太郎はジョージに祝福の言葉を送った。
「おめでとうございます!」
「あ、ありがとう!」
滝下は眉根に出来た皺を指でほぐしながら、金太郎に注意する。
「おい何しているんだ新堀!」
「この場を和ませようと俺は頑張ったわけよ」
滝下は「お前な〜」と言うと、通信が入った。
通信越しに女性の声が短く「来ました」と言う。
「いい加減始めてもらえないかな? 娘の転校手続きとか色々忙しいんだ」
「雨宮社長。これから話すことは娘さんにも関わることですよ」
滝下が冷たく強く言うと、雨宮蒼太は顔を青くさせた。
「タッキー先に始めようぜ。今から話を始めた頃にはいい頃合いだろう」
滝下は黙って首肯する。そうしてブリーフィングルームの最前列にある壇上に移動した。
それだけで部屋に緊張感が満たされていく。
「皆さん、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。これから話すことは皆さんのお子さんの事です」
不安に染まっていた表情がより強まる。
そんな様子に滝下は考える素振りを見せた。そして口を開く。
「この街で怪異事件が起きているのは御存知ですね。そしてそれと戦うアウターヒーローの存在も、噂されているはずです――」
彼は早めに結論を話すことに決めたのだ。
ちょうどブリーフィングルームの扉が開く。
そして華やかな色が部屋に入ってくる。
「――それが貴方方のお子さんたちです」
部屋に入る少し前の事だ。
タスク・フォースの施設が見えるところまで来ると、大ちゃんと鈴木君はどこかへ消え、次に現れた時は姿が、ヒーローになっていた。
出迎えてくれた人は最初こそ驚いたものの、すぐに気を取り直し、施設内を先導してくれている。
「まだその姿に慣れないよ」
「だろうね」
声は大ちゃんだとわかっていても、近くで見ると禍々しい姿に怖さを感じた。
「ところで、ゴールデンドラゴンナイトから、グレートゴールデンドラゴンナイトに変わったのはなんでだ?」
暁美ちゃんの質問に、鈴木君は腕を出した。
「あん? 腕がどしたのか?」
「暁美、腕が変わっているわ」
凪ちゃんはすぐに気づき指摘する。けれど、私も暁美ちゃんも違いがわからない。
「え? 変わったか?」
「あれ? この腕って23号の腕に似ている」
鳴子は思い出すかのように言った。
「ご名答! このゴールデンドラゴンナイトが! グレートゴールデンドラゴンナイトになったのは――」
「おい、もうブリーフィングルームに着くぞ」
大ちゃんが私達の会話を切る。背後で鈴木君は抗議しているが緊張して何を言っているのか聞こえなかった。
「ああ、お前たち変身しておけ」
大ちゃんはそういうと、魔石を取り出した。私達にそれを渡していく。
「なんで?」
私だけでなく、皆も首を傾げている。
大ちゃんは満宮対策で変身したんだと思っていた。けど、私たちはそんなことする必要はないはず。
「そっちのほうが親御さんたちもわかりやすいだろう」
「そうかな?」
「そうですね。その方が父も受け入れやすいと思います」
水青ちゃんは何か納得すると、魔石を輝かせ変身する。それに倣ってみんな変身していく。
そんな様子に白河さんは申し訳なさそうにしていた。
「大丈夫だ白百合!」
「そうよ。私達がついているわ」
暁美ちゃんと凪ちゃんが励ます。
「え、ええ」
私達の準備が整うと、案内してくれた人がブリーフィングルームと書かれた扉を開ける。
すでに話が始まっていたのか、滝下さんの声が聞こえてきた。
「超常生命体51号に、55号だと! それと……」
一番驚きの声を上げたのは、雨宮蒼太だった。
彼は口を何度も開いたり閉じたりして、目を白黒とさせている。
ジョンと優大が入ると、その場は軽いパニックになった。
「ジョン……やっぱりその姿は立派ね」
「お袋……」
ジョンは少し照れくさそうな仕草をする。
「水青……水青なのか」
「はい。お父様」
水青はまっすぐと自身の家族を見据えた。
「これも私です」
その言葉に圧倒されて、椅子に座り込み蒼太は何も言えなくなった。
「これがいつか話すって言ったこと?」
「ああ、そうなんだ。ごめんなさい。今まで黙っていて」
「それは……そうね。言いづらいわね」
暁美と暁美の母親は苦笑いするしかないといった感じだ。
「凪……お前……」
「あらまぁ」
「じゃーん」
凪が軽い口ぶりで言うと、凪の兄弟姉妹たちはそろって「じゃーん! じゃねーよ」とツッコミを入れた。
「鳴子お前……どうしてそんな危険なこと」
「今すぐやめられないの?」
「あの……その……あのね――」
鳴子はその後両親の質問攻めにあい、喋ることができないでいた。
「紫織……」
「お母さん。全部お話します。だから、最後まで聞いて」
紫織の母はそれだけ聞くと、静かに頷いた。
「あの、私はこれからなるという感じの……」
「何を馬鹿なことを言っているんだ」
「貴方が危険なことをする理由はないのよ」
エレメンタルコネクターとして覚醒していないという、負い目もあってか。白百合の言葉に普段の勢いはない。
「あの……お母さん?」
「綺麗ね。でも桜のほうが綺麗だったわ」
「「え?」」
明樹保とエイダはハモってしまう。
「お静かに。色々と聞きたいこともあるでしょうが、これまでの経緯をお話させて頂きます」
滝下と金太郎は、エイダに視線を向けた。他の家族は当然、そんな様子に訝しむ。
エイダは壇上の上にある机の上に飛び乗ると、マイクの前に立った。
「えー、お初にお目にかかります。私の名前はエイダと言います」
猫が喋ったことに多くの人間が腰を抜かす。
滝下が再びその場を静め、エイダは話を始める。
それからエイダは、今まで起きた経緯を全て話した。ヴァルハザードのこと、ルワークのこと、明樹保達がどういった経緯で覚醒していったのかなども。
時折、本人たちも証言し、優大と警察が客観的に見た彼女達の様子を語った。
彼女の話に一番食いついていたのは、雨宮蒼太だった。彼は熱心にメモ書きをしていく。職業病とわかっていてもやめられないのだろう。
話が一段落すると、滝下はタスク・フォースが置かれていた現状を話す。
「反ヒーロー連合との戦いでも、彼女達アウターヒーローは我々にご助力いただきました」
極めて好意的に捉えた見方で語っていく。
明樹保たちのお陰で被害が抑えられ、反ヒーロー連合の幹部2人の捕縛に成功したこと。反ヒーロー連合の勢いが削がれ、今ならルワークたちと腰を据えて戦えることも話をした。
「待ってくれ! それでは娘たちをヒーローとして戦いをしろとでも言うのか!」
雨宮蒼太は割り込んだ。
「お待ちになってもらえるかしら?」
彼の勢いに数人が乗りかかろうとしたのを見て、明樹保の母は出鼻を折った。
「まだお話は終わっていませんわ。今この街の現状を知らないことには何も決められませんわ。雨宮社長」
「君は心配じゃないのか!」
「心配です。ですが……」
彼女は喉から出しそうになった言葉を引っ込める。
「まずは私達の子供たちがどんな戦いをしていたか、知らないと。彼女達は私達の知らない所でたくさん苦しんだはずです」
蒼太が黙り込んだのを見て、滝下はエドワードと神代を壇上へ呼び寄せた。
彼らはファイルを取り出し、この街で起きた超常生命体の戦いを語る。
そして警察は超常生命体51号と共に、避難誘導、救助活動などもしたことを付け加えた。
「さて……最後に我々が今戦わなければならないのはルワーク一派です。彼らと戦うためには貴方方のお嬢さんたちの力が必要です。情けないことに我々の装備では歯が立たないのです。現在も早乙女博士に武器の強化改良を依頼しておりますが、博士も我々もあまり効果はないと見ています。ですが――」
「なら、私とこのヒーローを使えばいい。だから娘は――」
「あなた」
先程まで蒼太の隣で黙っていた女性は、蒼太を諌めた。彼は開けていた口を閉口し、着席する。
「ご静聴感謝します。――ですが、皆さんもそれは承服しかねるでしょう。個室を用意してあります。お子さんたちと話し合いをして、今後のことを決めてください」
「今決めないとダメなのか?」
鳴子の父が不安そうに聞いた。
「今日中に決めていただきたい。再度の攻撃は時間の問題です。早急に連携が取れるようにしておきたいのです」
「それでは決めつけではないか」
「落ち着いてください。我々は無理強いをしません」
蒼太は奥さんに再び諌められるまで、滝下に食い下がった。
その後魔石を大ちゃんに預けて、みんなは個室に向かった。
私はというと――。
「そんな危険な目に合わせたくない! 嫌だ!」
「うっさい黙れ! 明樹保が決めたことよ!」
お母さんは強い口調でお父さんを黙らせていた――。
話を遡ること数分前だ。
――個室に向かおうとした所「ここでいいわ」とお母さんは言うと。2,3注意を言った後。
「じゃあ後は大ちゃん。任せたから」
「あ、はい。はい?」
漆黒の戦士が首を傾げるという珍しい光景がブリーフィングルームでは見られた。
「なんで! 音よりも光よりも量子よりも早く異議あり!」
「私の意志は?」
後ろでお父さんが「そうだそうだ」と言っている。
「あれ? 戦わないの?」
「ううん。戦うけど」
お父さんは後ろで大声を上げながら抗議した。が、直後にお母さんの睨みの前に、黙りこむ。
「なら、必ず五体満足、元気溌剌と生きて帰って来なさい。私が言うことはそれだけ」
「はい……はい! ありがとうお母さん」
という事があり、今に至る。
――お父さんはまだ不服そうにしていた。それでも強くは言わない。私の目をまっすぐと見据えると真剣な顔で口を開いた。
「明樹保、お母さんは気丈に振舞っているけど、凄く心配しているんだからね」
「うん」
「どんな生き方をしようと、明樹保の自由だ。だけど明樹保が僕達より先に死ぬことは絶対に許さないからな」
「わかった。お父さんありがとう」
明樹保の満面の笑みに、お父さんは大粒の涙をこぼして泣き声を上げる。
「あ〜き〜ほ〜」
「泣いたら締まらないでしょうが」
「だって〜」
お父さんは机に突っ伏すと、声を上げながら泣いた。お母さんはそれ以上何も言わずに、エイダさんと対峙する。エイダさんは気まずそうに、お母さんを見上げた。
お母さんからすれば大切な子供無理矢理戦場に駆り立てた人物……猫である。
エイダさんもそれがわかっているから、どう切り出すべきか悩んでいるのだろう。
「あの――」
「まだ気づかないの?」
「え?」
お母さんは一度頭をかくと、照れくさそうに笑う。
「髪も短くなったし、苗字も変わったし、喋り方も変わったからね。わかんないか。私よ明奈よ」
「え、えええええええええええええええええッ!」
エイダさんは今まで聞いたことないすっとんきょな声で、驚きの声を上げた。
「明奈なの?」
「そう……なんですわ……なんつって」
「え? え? ええっ?」
エイダさんはお母さんと私を交互に眺めた。先程まで突っ伏していたお父さんも、周りにいた人も何事かとこちらを注視してくる。
「貴方が園田明奈なの? 嘘……明奈の娘をエレメンタルコネクターに? え? あ……私」
エイダさんは混乱し始める。私もお母さんもどうしようかと考えていると。後ろでお父さんが呑気な声で「そういえばお母さんの旧姓は園田だったね」と漏らしていた。
「やれやれ」
大ちゃんが割り込んだ。
「済んだことは悔やんでも仕方がないですよ」
エイダさんは小さい声で「ああ……」と口から漏らしていた。
「そんなんで驚いていると、この後聞く話についていけなくなりますよ」
そう言うと大ちゃんはお母さんと目を合わせる。エイダさんはそんな2人の様子に身構えた。
「エイダ。貴方には色々と酷な話が続くわ。いい?」
エイダさんは頷くことしか出来ない。
「まず、私以外みんな他界しています」
「た……かい?」
他界……すでにこの世にいないということ。
私も頭の中を真っ白にしていると、お母さんは続けた。
「黒峰桜、鈴木恵美はすでにこの世にいないわ」
「そんな……」
エイダさんは絞りだすように声を上げる。信じられないといった様子だ。
茫然自失となっているエイダを明奈は優しく抱え上げた。頭を撫でながら優しい声音で語りかける。
「2人共精一杯生きたわ。これから知ることは色々と辛いかもしれないけど、受け入れてね」
「でもそんな。私……明奈。私は……」
「まだ泣かないで。貴方は知らなければならないことがあるの」
今にも泣きそうなエイダは、弱々しく頷くことしか出来ない。
明樹保も、明樹保の父もそれを黙って見守った。周りの大人達も静かに見守る。優大は少し居心地が悪そうにあさっての方向に顔を流す。その様子に気づいた明奈は、表情を悲哀に変えた。
「まずは……恵美から話すね。恵美は結婚して、苗字を須藤と変えたの」
その話を端で聞いていた直毅は狼狽えていた。顔に手を当てて、歯を食いしばる。
「待って……待って明奈。それって……」
「嘘……お母さんそれじゃあ直ちゃんって……」
明樹保の言葉に明奈は頷く。
「そう。須藤直の母、須藤恵美の旧姓は鈴木よ」
エイダは首を振ることしか出来なかった。
「じゃ、じゃあ桜も結婚して?」
明奈は首肯する。そして明奈の視線がエイダから外れた。エイダはその先を追って全てを知る。
明奈の視線の先には漆黒の戦士となった優大がいた。
「それじゃあ……」
「彼は……早乙女優大は、黒峰桜……早乙女桜の息子よ」
その話をその場で聞いていた大人たちは誰もが顔を俯かせる。静まり返ったブリーフィングルームは、まるで時が止まってしまったかのように誰も動くことができないでいた。
そんな空気を察して優大は溜息を漏らす。
「やれやれ」
「優大……あの……」
「まあ……そういうことなんだろう。としかね。エイダさんは知らなかったし、俺達も知らなかった。知っていた明奈さんも言えなかったのもわかるし、つまりは、そういうことなんですよ」
「私は……私は……」
エイダは声を押し殺して、大粒の涙をこぼした。明奈はそれを優しく拭い、優しく彼女を抱きしめた。何度も「いいんだよ」と優しく柔らかい声音で言い続ける。
凪は家族全員の顔を見渡す。
そこには父親、母親、兄弟姉妹含めて総勢12名がいる。
そんなに人数がいるせいか、部屋も少し大きい物があてがわれた。
不安そうな表情に小さい溜息を漏らす。
「ということで、私戦うけどいいかしら?」
凪の飄々とした物言いに、彼女の家族は父親除いてツッコミを入れた。
「みんな黙りなさい! あたしが聞くから」
口々に好き勝手騒ぎ出したので、母親がそれらを黙らせて代表で話をする形となる。
彼女の父親はいうと耳だけ傾けて、自分は資料を眺め続けていた。黙ってただ聞いているだけである。
「なにが――ということで――なんだい? 親に心配かけておいてそれはないんじゃないのかい?」
「ごめん。でも行かないといけないんだ」
「別にあんたが戦う必要なんて――」
「あるよ。直と向き合えないまま逃げた。沢山の人を救えなかったし、保奈美先生もこの手にかけた」
彼女は平々凡々とそれを話したが、それを聞いていた家族一同は絶句した。もちろん先ほどの説明で聞いてはいたが、本人の口から直接聞くのとは、衝撃が計り知れないだろう。凪は瞳を少し揺らし、視線を落とす。
「……街を破壊し、遺体も損壊させた。友を救えず、恩師もこの手にかけた。ここで引き下がれば私は一生後悔する」
「だからといって――」
「もういいよ。母さん」
そこまで黙っていた凪の父は口を挟んだ。視線の先は資料を眺めたままだが、口だけで続けていく。
「母さん。心配なのはわかるが、凪なら大丈夫だよ。凪、行きなさい。後は私が話をつけるから」
「わかった。ありがとう」
「ちょっと私はまだ――」
凪は特に動揺した様子も見せずに部屋からゆったりと出た。
「――あなた! どういうことです?」
「どうもこうも凪の好きなようにさせよう。大丈夫。必ず帰ってくるよ。早乙女が関わっているし」
彼も凪と同じく平々凡々である。そんな様子に最初は怒りを顕にした凪の母親だが、しばらくして重い溜息を吐く。
「わかりましたけど、納得してませんよ」
「それでいいさ。僕も心配だよ。資料見てないと足が震えちゃう」
そこで全員の視線が彼の足元に集まった。その先では足が震えている。
「あなた……」
「大丈夫。必ず帰ってくるよ」
その言葉は自分自身に言い聞かせていたのだ。それに気づいた凪の母親は夫を後ろから優しく抱きしめた。
「強い子だものね」
「ああ」
鳴子は意を決して口を開く。
部屋には鳴子とその両親の3人がいた。2人は鳴子を心配に眺めている。
「わかってもらえないかもしれないけど、私は行きます」
「馬鹿なことを言うな。鳴子はエンジニアになりたいのだろう? だったらこんなことはしなくていい」
「そうよ。超常生命体がいるから大丈夫よ」
鳴子はその言葉に表情を崩す。
「そんなこと言わないで、私達のために、その手を血で染めている友達なんだよ」
「だからその人達に――」
「私は! 私は自分だけ逃げて後悔しているの。直ちゃんが化け物になってしまった時、何もせず逃げて、友達に押し付けて背負わせて……そのまま死なせてしまった」
「そんなの鳴子のせいじゃないだろう!! お前は悪くない。ここで逃げても誰も責めない」
鳴子の悲痛な叫びを父親は怒鳴り声で押しつぶそうとした。だが、鳴子は目を強く見開いて叫んだ。
「いるよ! 私が許せない!」
その言葉に彼女の父親と母親は目を見開く。
「私が自分を許せなくて、今も許せなくてここにいる……」
それでも2人は首を縦に振らない。そんな様子に鳴子は涙をこぼす。
「ねえ……私は悪い子だった?」
その言葉に2人は何も言えずにいる。
「私がしようとしていることは間違っているの?」
2人は黙りこんでしまう。
「お父さんとお母さんとは違ったやり方だけど、みんなの平和を守りたいんだ。きっと私が手に入れた力はそのためにあるから」
鳴子は一度言葉を切ると、涙をこぼしながら続けた。
「だから行きます」
「それでも行って欲しくない。それが親心だ……これは間違っていまい」
「うん……」
「私たちは反対よ。それでも行くの?」
「うん……」
苦々しく言う両親の気持ちを、痛いほど鳴子はわかっている。わかっているからこそ、鳴子は言う。
「だから、行きます。きっと辛いこともあるし、痛い思いもする。けれど、みんなと、お父さんとお母さんと生きていくこの街を守りたいんだ」
鳴子は笑顔になる。
「鳴子が……ここまで自分の考えを言ったのは……エンジニアになるって言った時以来だな……」
父親は何かを諦めたように弱々しく微笑んだ。母親は瞳を揺らし、小さく頷いた。
暁美は気まずい空気になった部屋で親に背中を向けてしまう。
今個室に暁美と暁美の母しかいない。
「いくの?」
「んー。うん」
暁美は素っ気なく返事をする。彼女は母親に背中を見せていた。母親も特にそんな態度を咎める様子も見せず、黙って眺めている。
「色々と背負っちまったし、それを背追い抜きたいから……かな?」
「そう……」
暁美の母はしばし黙り込んだ。暁美もどうしていいのかわからず黙ってしまう。
しばらくそれが続くと、暁美の母は暁美の背中に自分の背中を預けた。
最初はくすぐったそうにしていた暁美も、それが心地よく感じたのか、目をつぶって微笑む。
「ねえ?」
「なんだい?」
「お父さんが居なくなった日を覚えている?」
「忘れたくても忘れられないよ。勉強みたいに頭から抜け落ちてくれるといいんだけどね」
暁美は皮肉交じりに言う。しかしその表情はどこか寂しさを滲ませていた。
「あの日を堺に暁美が荒れていったのは、辛かったわ」
「でも実際やっていたことといえば、反抗期の延長とガキ大将だよ」
「言われてみれば、そうね」
母親はそれを聞いて笑う。暁美は気恥ずかしそうにしていた。
「でも、お父さんが消えた後だったから辛かったわ。近所のみんなも心配していたけど、最近は昔のように仲良くなれて、近所のみんなも幸せそうだねって言ってくれて嬉しかった」
「あきのお陰だな」
「そっかぁ」
「そうだ」
それからまた2人は黙りこむ。
「お母さん、あんな想いは二度と嫌よ」
「うん……わかった。あたしは帰ってくるよ」
水青は瞑目し、深呼吸する。
「転校だ」
「お断りします」
「決定権はお前にはない。誰のお陰で生活できていると思っているんだ」
「お父様です。ですがそれとこれは別の問題です。この件で縁を切るというならば、私は親子の縁を切ってでも参ります」
部屋には水青、蒼太、そして水青の母親と、崎森彩音がいた。すごい剣幕で言い合っている2人に、彩音はあたふたしている。母親はと言うとのんびり眺めているだけだった。
「私はお父様の考えを論破する気はございません」
「なら転校だ」
「お断りします」
水青は物凄い剣幕で父親を睨む。その勢いに蒼太は少したじろぐ。
「あ、後は我が社のヒーローを出動させる。超常生命体たちもなんとかしてくれるだろう。お前は特区に送る」
「嫌です」
蒼太は苛立ちを顕にする。
「なぜわからん! 私はお前を心配しているのだぞ!」
「それはわかっております」
水青は頑な態度に、拳を握ってしまう。
「わかってないからわがまま言っているんだろう!」
「わかってないのはお父様ですわ。今、この街がどうなっているか」
「街など知ったことか! お前さえ無事なら後はどうなってもいい!」
怒鳴り散らし、黙らせようとするが水青は動じずそれをただ黙って眺めていた。
「なんでわからないんだ!」
「それは見てきたこと、経験したものが違うからでしょう」
「わかったぞ。あいつらにそそのかされたんだな! あんな奴らとは縁を切れ、お前にふさわしい友など私が用意する」
水青は強い嫌悪感を顔に出す。それに気づいた蒼太は目線を彷徨わせる。
「お父様……本気でおっしゃられているのですか?」
「お前こそ本気か? 死ぬかもしれないんだぞ」
水青は嫌気が差し、強引に行こうかと考えた時だった。
「こういう言い合いも暁美さんは出来ないんですね……」
水青の小さな声は蒼太に届くことはなかった。水青は一度深呼吸すると、強い眼差しで父親見据える。
「お父様。私正直今まで生きてきて、お父様の子であることを何度も恨みました」
「なっ!?」
突然の告白に蒼太は動揺した。
「社長令嬢。それだけでやっかまれました。いじめにもあいました。今でもそれは続いています」
「なら、なおさら――」
「それを救ってくださったのがお父様の言うあんな奴ら、皆さんなのです」
蒼太は顔を真赤にして反論する。
「そんなの付け入ろうとしているだけだろう!」
「そうだとしても、私が辛い想いをしていても助けてくれたのは、父ではなく友でした」
最後の言葉に蒼太は愕然とする。反論しようと視線を彷徨わせるが、言葉が出てこない。なんとか言葉を紡ごうとして口を開く。だがそれを水青は遮る。
「お父様は次にその友達だって戦わないことを選ぶ。とおっしゃるかもしれません。ですが、それでも救ってくれた友人たちを守りたいのです」
蒼太はその言葉を言おうとしていたのか、瞠目する。
「それにそれはまずありえません。皆、背負っているのです。先生の命を友の命を、救えなかった多くの人の命を」
「それでも――」
「私は、雨宮蒼太の娘、雨宮水青です。ここで退くのは雨宮の名折れです」
その言い合いを見かねたのか、水青の母親は口を開く。
「あなたの負けよ蒼太さん」
「なっ! だが――」
「水青……自分で決めたことなのね?」
水青は一度目を瞑る。開かれた目は力強い眼差し。その強く澄み渡るような瞳で母親と視線を交わした。
「はい。お母様」
「来たか」
優大は振り向き、その肩越しに明樹保は扉を眺めた。そこには全員が立っていた。
「みんな……」
明樹保は嬉しそうに微笑む。その笑顔にみんなも釣られて笑う。
「私達の背負っているモノは、途中で投げ出せるようなモノではございません」
水青は優しく微笑む。
「そうだな。色々あったしな。背負ってしまったから戦うんじゃない。背負いたいから背負っているし、戦うんだ」
暁美は腕を組んで胸を張る。
「後悔なんてごめんだよ」
鳴子は弱々しく微笑んだ。
「二度と失わないわ」
凪は眼差しを強くする。
「せめて、ルワークたちのことは片付けないと次にいけないわ」
紫織は髪を撫で、不敵に笑う。
「やっと皆さんと同じ場所に立てますわ」
白百合は泣きそうになりながらも笑っていた。
「んじゃあ、これは返しておかないとな」
優大は言うと、全員の指輪を渡していく。それらは持ち主の手に戻ると、優しい輝きを放ち始める。
「まるで星のようだな」
一足先に戻っていたジョンはそれを頼もしそうに眺めていた。周りの大人達もそれを見て何かを感じたのか、様々な反応示す。
「グレートゴールデンドラゴンナイトにしてはロマンチックな例えだな」
「このグレートゴールデンドラゴンナイトだって、たまにはそういうのするんだぜ!」
その場で少し和気藹々と話していると、滝下が咳払いをする。
何事かと全員の視線がそちらに向いた。滝下はそれらを確認して口を開く。
「早乙女、お前に1つ聞きたいことがあるんだが」
「私もあるわ」
滝下の言葉で、エイダも思い出すかのように言う。
「そういやそうだな」
「大ちゃん1つ隠していることがあるだろう」
ジョンも金太郎も同じくあるようだ。
そんな4人の様子に明樹保たちも、周りにいた大人たちも彼に注目が集まっていく。
「じゃあひとりひとり順番にお願いしますよ」
そんな周りの様子に優大は動揺ひとつ見せず、応対した。
「すまない取り急ぎ確認したいんで、先に聞かせてもらう。君は桜川明樹保が魔法少女であることを、最初から知っていたと言っていたな」
その言葉にエイダも、ジョンも、金太郎も頷く。
どうやら全員聞きたいことは一緒のようだとわかったのか。エイダたちは滝下に全てを託した。
優大もそれを察したのか、少し唸る。
「なぜ、すぐに彼女達と我々と協力しなかった?」
「それは――」
その質問に反応したのは優大ではなく、神代拓海だった。
「神代さん……いいです。話しておかないと、また後手後手になる。だから、ね?」
「だが……それだと」
「大丈夫です。俺が決着つけるべきことですから」
苦しそうな顔を見せる神代に対して、優大の声は朗らかだった。
優大は壇上に上がる。
そんな彼の行動に滝下は何かを察して、足早に壇上から降りた。
壇上で話さなければならないこと。それは必然的にこの場にいる人にとって重要なことであるということだ。
彼が壇上に上がると、一気に空気が張り詰める。当の本人はそんな空気など知らないといった雰囲気だ。
明樹保たちも手近な席に座る。
私から見た大ちゃんはなんだか、遠くにいるように見えた。
最初は変身したままの姿だからだと思ったけど、少し考えてそれは違うなと感じる。
何かが違うと叫んで、その先の言葉を聞きたくないと頭の中の何かが叫んだ気がした。
「協力を取り付けられなかった理由は2つあります。1つはタスク・フォースの今までの応対を知っていれば、言わなくてもわかりますね? 魔法少女と協力関係を結べば、共倒れを起こしかねない状態でした。そしてもう一つ――」
胸が跳ね上がる。呼吸を整えようとしても整わず、お腹の辺りから熱がこぼれ落ちていく。
誰一人言葉を発することが出来ない。
少しの間でもなんだか凄く長く感じた。
この話を早く終わらせて欲しい。そんな気持ちだけが膨れ上がっていく。
「――俺は超常生命体10号と因縁が有ります。それらがあり、協力関係を早急に結べずにいました」
超常生命体10号。その名前が出た瞬間部屋の雰囲気が変わった。
誰もがどう反応していいのかわからない。終焉を告げられているのにも関わらず、否定も拒絶もできないでいる。
私もみんなも、死刑宣告のようなものをつきつけられた気がした。
大ちゃんはそんなみんなの様子を敏感に感じ取り、さらに話を続けていく。
「奴の狙いは俺1人です。また決着をつけるべき日も、警察関係者と綿密な協議の元、すぐに来ないということがわかりました」
「大ちゃん……」
私はたまらず声が零れた。
「大丈夫だよ」
その「大丈夫だよ」は、あの時と変わらないはずの言葉。それでもどうしてこんなにも不安に掻き立てられるのだろう。遠くに、そして大ちゃんが消えそうに見えてしまうのだろう。
「俺は必ず勝つ。あいつは俺がこの手で倒す」
〜続く〜
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