コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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第二十二話「〜平 穏〜まもりたいモノ」

 

 

 

 

 

 魔物と呼ばれる存在がいる。ヴァルハザードに伝わる古の秘術を使い、生み出すことの出来る存在。古くから災厄を呼び起こし、人々から忌み嫌われていた。それが命ヶ原で暴れまわる。しかし、それらは光に触れると黒い霧が晴れるかのように霧散していく。

 黒い巨躯な魔物の中からミイラ化した人だったモノが転がる。

「あ……う……」

 明樹保の不意に漏れた声。罪悪感のようなものを感じさせる。彼女の肩に暁美は手を置いた。何も言わず、無言で励ましていた。

『ローズクオーツ。こちらでも現状を確認した。後はこちらで行う。君たちは帰投してくれ』

「私が!」

「いいからいくよローズクオーツ」

 オニキスは強引に彼女の腕を引っ張る。抵抗する素振りは見せず、それでも少し引きずられるように彼女は、彼女たちは引き下がった。

 魔物が数体現れたのだ。明け方の襲撃。それらを彼女たちは素早く対処した。おかげで人々への被害などは全くと言っていいほど出ないものとなったのだ。毎日のように避難指示を出していれば、市民もヒーローも疲弊していくばかりである。

「一時はどうなるかと思ったな」

「でもお陰で誰にも迷惑かけずに済ませられた気がします」

 ガーネットの杞憂。アイオライトも感じていたが、結果的に内々で済ませられたことに安堵する。

「そうね。避難指示の時に流れるあの音嫌い」

「そうだね。気が滅入るよね。危険だったかもしれないけど、これで良かったのかもね」

 クロムダイオプサイトとカーネリアンの表情も安堵していた。

 今回は穏便に済ませる方向で動いたのだ。結果的に良かったとはいえ、彼女たちは少し負い目を感じていた。

「本当にこれでよかったのかな?」

 ローズクオーツの問いに答えるものはいない。これでいいのだと言い聞かせて、目を背けようとしていた。

「人を守るのに色々な形がある。こういう形もあるんだって、知っておいてよかったんじゃないかな? 命は最優先すべきことだと思う。精神も守れたらそれはそれでいいじゃない」

 オニキスのフォローに彼女らの気持ちも軽くなったようだ。

『今回はかなりの無理をさせてしまったな。すまない』

 滝下浩毅は労いの言葉を送った。

 

 

 

 

 

「まるでグールですね」

 神代拓海は亡骸に手を合わせると、視界に収めたそれを表する。

「ああ……こういうことだったんだな」

「そうっすね」

 須藤直毅と杉原太蔵も手を合わせた。櫻井が最後にやってきて合掌する。

「これが、グールの正体ですか。なんだか哀しいですね」

 櫻井の言葉に、周囲は無言の同意をした。エイダから怨念のような存在だ。という一説は聞かされていた。それ故にその正体を知っても「やっぱりか」という感じなのだろう。

「怨念も撒き散らしたくもなりますよね」

「ああ」

 杉原太蔵の言葉に、須藤直毅は同意する。

「倒しておいてなんですが、こういうのを知るといい気はしませんね」

 神代拓海は無念そうに顔を歪めた。そして己の拳を見下ろす。その手で守るために倒した。それでもそんな結末に納得はいかないようだ。

「彼女たちは我々以上に辛いでしょうね」

「助けられただけに、な」

 須藤直毅は空を見上げる。そしてそのまま続けた。

「さて、ここからは大人の俺達の見せ場だな」

「あいあいさー」

 

 

 

 

 

 久々の学校。教室はガランとしている。それもそうだ。あまりにも早く到着してしまったのだ。今朝の一件でそのまま起きて学校を出たからそれもそのはず。

「やべーな。こんな早くに教室に着いてしまう時が来るなんて」

「天変地異の前触れだな」

 優大と烈は「二度とない」と明樹保を見やる。

「酷いよ2人共」

 明樹保は直の花瓶をそっと机の上に置き直す。花と水を入れ替えたのだ。置いた後に一は大丈夫か何度も確認する。

「どうかな?」

「いいね」

 優大に褒められた明樹保は嬉しそうに笑う。

「他の連中はどうするんだ? 校門で待っちゃうんじゃねーの?」

「烈。俺達には念話があるのだ。そしてすでに連絡済みだ」

「念話があるなら、緋山を起こすのは楽になるんじゃないか?」

「あ!」

 優大は初めて気づいたと言わんばかりの顔になる。その手があったかと手をポンと叩くが、直後に「鍛錬のついでだし」と言うと、今までどおり変わらないだろうと彼は言う。

 そうこうしていると、小田久美と城ヶ崎咲希が現れる。教室に入るなり、明樹保達を見つけては四白眼とする。

「えっと、明日この街滅ぶの?」

 久美は冗談交じりに明樹保を指さし言った。

「縁起でもないこと言わないでよ! 気にしちゃうでしょ!」

 対して明樹保は頬を膨らませて抗議する。

「皆さん、ご無事でなによりです」

 咲希の挨拶に、優大と烈は笑う。

「そっちも生きててよかった」

「はい。生きてまた会えて嬉しいです。ゾンビみたいなのに足掴まれましたけど」

 しれっととんでもないことを言う。一気にその場にいる者達は動揺する。もちろん優大以外は、だが。明樹保達が慌てふためきながら、騒ぎ始めると彼は「今ここにいるじゃん」と一蹴。

「で、でも」

「落ち着け」

「だ、だだだだだ大丈夫だったのか?」

「烈も落ち着こう」

 烈の動揺する姿に優大は額に手を当てた。明樹保はおろおろしすぎてその場を回り始めている。優大は彼女の両肩を掴んで無理矢理止めた。

「はい。刑事さんに助けられました」

 咲希は朗らかに答える。

 彼女のまったりとした調子に、優大を除く面々は大きく調子を狂わせた。それもそのはず、明樹保や烈にとっては驚くなというのが無理な話しである。そもそも前線で戦っていたのだ。クラスメイトが被害に遭っていたなんて話を聞いて動揺しないほうがおかしいのだ。そう優大がおかしい。

 教室が勢い良く開け放たれる。そこには1人の女子生徒が立っていた。彼女もまた学校に遅めに到着する人である。それ故に全員驚いた。

 ばっちりと決めたメイクは涙でグチャグチャになっている。付け睫毛も落ち、目を腫れさせていた。

「み“ん”な“い”ぎ“で”る“」

 涙と鼻水まみれの晴山晴美だ。顔は見るも無残になっている。全員を確認して嗚咽混じりに泣きだした。何度も何度も「良かった」と言いながらその場に崩れ落ちる。

「あわわわ」

「明樹保、落ち着いて。おーよしよし。とりあえず、扉の前で座り込むな」

「動けない〜。運んで〜」

「うぇ? あーもう、やれやれ」

 優大は晴美を抱え上げると、そのまま彼女の席まで運んだ。

「役得ですな」

「茶化すな」

 烈は優大をからかうように笑った。

「って、もらい泣きか!」

 優大が振り返ると、明樹保は号泣していた。

「学校に来れて……良かったとか……思ったら……ふぇえ」

 久美も静かに泣きだし、優大はこれから来るであろう生徒たち全員が泣くんだろうなと、予想して苦笑いする。そんな彼の背中を烈は叩く。

「やれやれだな」

「本当にな。やれやれ」

 その後、クラスメイトが来る度に泣き、騒いだ。明樹保も、水青も、暁美も、凪も、鳴子も、泣いた。如月英梨は声を枯らして泣く。結局教室には直以外の全員が揃うことが叶った。そのことをクラスは泣いて喜んだのだ。

 

 

 

 

 

「わこちゃんだわーい」

「わこ」

「かず……わこちゃん。元気でよかったよ」

「あんがとよ。それと、か・ず・こ。和子な!」

 浅沼和子は口では怒っているが、顔は笑っていた。そして、いつものやり取りが出来たことに喜びを現す。明樹保、凪、鳴子は嬉しそうに笑う。しかし和子の表情はすぐに曇る。その手に握られているプリントには赤いバッテンが多く記されている。窓の外から空を眺める暁美。彼女の近くまで和子は歩み寄った。

「いい天気だなー」

「しっかし、アタシのテストの点数は曇り空だよ」

「あたしもだよー」

 和子と暁美は2人して肩を落とした。

 そのはるか後ろのほうで烈を含めた男子たちも肩を落としている。烈に至っては優大と勝負をしていた。結果は優大の勝利に終わり、烈はクラス全員に飲み物をおごるという罰ゲームをこなさなければならなくなっている。

「次、頑張ろうぜ」

「おう。またゆうの家で勉強な」

「おう」

 話が聞こえていた優大は肩すくめた。暁美や和子の点数は芳しくないようだが、他の面々は良かったらしく、表情は明るい。明樹保は「えへへへ」と笑っている。

「あたしも幼馴染に勉強できる奴が欲しかった」

「その勉強できる幼馴染なんかと一緒に勉強したでしょうに」

 凪のきつい指摘に暁美は窓によりかかる体重は増えていく。

「ぐうの音も出ない」

「えっへん。大ちゃん、本日はハンバーグを所望する」

「よかろう」

 

 

 

 

 

 こうしてみんなと話していると、忘れそうになる。本当に今戦っているのかということを。だから大ちゃんの言葉に胸が跳ねた。

「そうだ。みんな、警察の人から聞いたんだけど、近々大きな戦いがあるかもだと」

「え?」

 わこちゃんは目を点にしている。クラスのみんなにも聞こえたのか、騒ぎ始めていた。

 そうだ。次には最終決戦かもしれない。守るためとはいえ、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 そうだ。いつルワークが来るかわからないんだ。もしかしたら今日の夕方とか、その前兆があの魔物達だったのかもしれない。

「だから、いつでも避難できるようにしておいたほうがいいかもしれない」

「マジで?」

 晴美ちゃんは教科書を落とす。顔を青くして深刻そうにしていた。

「あら〜」

 咲希ちゃんはいつもどおりにこやかだ。でも心の中はどうなんだろう?

「いつ終わるんだろう? この前のでかい樹も、ファントムバグのゲートも、なんか嫌なことばかり続くね」

 久美ちゃんは不平不満をこぼす。

 ごめんね。必ず決着をつけるから。

「でも、魔法少女がなんとかしてくれるんだろう?」

 わこちゃんは笑っていた。

「だってさ、凄いピンチになってるじゃんこの街」

 大ちゃんは相槌を打つ。

「街が消えてなくなるかもしれないピンチに何度も切り抜けてたんだ。じゃあ次も大丈夫だ。ピンチになる度に、桜色の光がぱあっと光っているし、きっとあの桜色の光は私達を守ってくれている光なんだよ」

 

 

 

 

 

「綺麗ですね」

「我が使えていた姫君から授かった宝具だ」

 漆黒の柄。刀身はない。オリバーが魔力を込めると、紺色の刀身が生えた。最初は切っ先が波打っていた光。しかし、それも束の間、光の刃は微動だにしなくなる。

「この状態で無駄のない状態だ。触れるものすべてを斬り裂く剣となる。なるべくこのような戦闘には使いたくなかったがな」

「それはなぜです?」

 志郎は興味本位から聞く。

「こいつはな。本来は守るための剣だ。姫をお守りするためのな」

 しかし姫は彼の側に存在しない。志郎は聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように、顔を渋くさせる。そして無言のままその場を離れた。オリバーの表情は懐かしむように眺め続ける。

 その様子を傍から見ていたキョウスイは溜息を漏らす。

「さぞかし、美しく素晴らしい姫様だったのでしょう」

「はっ。お前の頭の中はお花畑か?」

 キョウスイの独り言に、ソウエンは噛み付いた。

「おや? 聞き捨てなりませんね」

「いつか女に足元掬われるぞ」

 キョウスイの目つきは鋭くなる。それを知ってか知らずかソウエンは続けた。

「俺はな。かつて女の子供に騙し討をされたんだよ。そういうことがないように気をつけるんだな」

「私は、貴方と違って調教するのでドジを踏みません」

「なんだと?!」

 キョウスイは両手を広げる。表情は恍惚に歪めていた。そこから彼は踊るようにその場で回転する。

「青のエレメンタルコネクターの無垢さ。最高だとは想いませんか?」

「思わねぇよ。あんなのさっさとやっつけちまえよ」

 そこにフウサクとライタクも加わる。

「そうそう。じわじわ痛めつけて殺すんだ」

「やめて欲しいんだな。ペロペロしたいんだな」

「ペロペロいいですよね」

「だな! だな!」

 ライタクとキョウスイは互いに握手した。がっちりとだ。

「倒せよ」

「そうだよ。どうして執着するのかわからない」

「おやおやフウサクさん。貴方も緑のエレメンタルコネクターに執着してらっしゃるのでは? フウサクさんは言わずもがな」

 フウサクは舌打ちすると、面白くなさそうに寝転がった。

「さっきも言ったけど、あの赤いエレメンタルコネクターがそっくりなんだよ」

「誰になんだな?」

 ライタクの質問を鬱陶しく思うのか、顔をしかめる。

「俺のダチを殺した奴にな」

「なるほど、それで」

 ソウエンは語る。戦争で戦った子ども兵を殺せず、自分たちの甘さから友人が死んだことを。

「戦争だったから仕方がない。殺さないと決めた俺達がドジを踏んだ。それだけだ。それでも納得いかねぇよ。あいつは俺より強かったんだ」

 彼は思い出すだけで、その当時に怒りを思い出すのだろう。炙られるような殺気が周囲を満たす。

「私の話もさせてもらいましょう。私は婚約者がいたんですよ。その人に裏切られたんですけど」

「ほら見ろ」

 ソウエンの言葉に、彼は口元歪めて笑う。

「私はむしろ、私の愛が足りなかったと考えました。なので、たっぷりと愛を教えてさしあげました。その結果最後は自殺しましたけどね」

「それがあの青いエレメンタルコネクターにそっくりなのか?」

「いえ、全然。彼女は金髪でしたし、毛先は癖っ毛でした。あのお方の髪はそれ以上の美しさ。ただ雰囲気はよく似てらっしゃいます」

「女なら誰でもいいんじゃねーのかよ」

「それはそっくりそのままお返ししますよ」

 ソウエンとキョウスイは顔が触れ合いそうな距離で睨み合う。

「なんであろうと、弱者の処遇は強者に委ねられる。家族でもなんでも」

「家族は守るものなんだな」

 フウサクの言葉にライタクは素早く反応した。

「家族だろうと弱者は切り捨てるモノ」

「守るものなんだな!」

 彼ら2人の罵り合いを眺めながらキョウスイは笑う。

「そういえば、こんなお話をするなんて初めてですね」

「ん? ああ、そうだな。俺達仲間なんだろうが、ここに来るまでは別々の場所で戦ってたしな」

 

 

 

 

 

 休み時間にそれは起こったのだ。

「蜘蛛―! 蜘蛛―!」

 鳴子は飛び上がり、凪に飛びついた。瞳から涙が溢れ出て、鼻水も垂らしている。

 彼女の視線の先にはアシダカグモがいた。素早く移動している。

 凪は上体を預けていた机から起き上がると、アシダカグモを摘んで、窓から投げ捨てる。一連の流れは早く、周囲から眺めていた人は呆気に取られていた。

 男子たちは凪に賞賛の言葉を送る。と、その時だ。誰もが不快に思う音が教室に響く。

 ――カサカサ――

 人類が滅亡してもなお生き残ると言われている害虫。そう益虫がいるならば害虫がいてもおかしくない。先ほどのアシダカグモはコイツをデリートするために動いていたのだ。

 そして誰しもが凪ならなんとかしてくれるだろう。そういう期待の眼差しを向けた。

「――ひぃ」

 凪の顔は真っ青。常に半目して感情を露わにしない彼女。そんなイメージを持っているからこそ彼女の表情に全員驚愕した。

 ――カサカサ――

「―――――――――――――――――ッ!!!!」

 凪は何かを叫ぶ。叫んでそのまま優大に飛び込んだ。彼の顔面に抱きしめるように飛びつき、顔を振って叫ぶ。飛びつかれた優大は視界を塞がれ、喉も締めあげられているため苦しそうに抵抗する。

 ――カサカサ――

「―――――――――――――――――ッ!!!!」

 奴の到来に女子は叫び、男子もパニックになる。

「大! 大―! なんとかして!」

 凪は懇願する。しかし優大を今現在進行形で締めあげて、視界を奪っていた。呼吸も視界も奪われた彼に為す術はない。

「大ちゃん後ろ!」

 明樹保の声に反応した優大。直後に何かが潰れる音と共に奴は沈黙する。

「ふっ。呆気無いわね」

 凪は何事もなかったのように優大から飛び降りる。そして躯となったそれを摘んでゴミ箱に捨てた。

「いやいやいやいやいやいや待てよ凪さん」

「あによ」

 暁美はすかさず彼女の行動にツッコミを入れる。そりゃあそうだ。アレが死んだ途端つまんでゴミ箱にシュートしていれば、動いているアレも対応出来ると思うのが自然である。

「アレ摘めるんだったら、普通に殺せたん――「無理」――ですよねー」

 即答。しかも半目している眼差しは恐怖に彩られていた。小刻みに震えて顔を青くしている。

「動いているのは無理なの」

 ちなみに彼女の背後で優大は肩で息をしていた。時折「川の向こうに両親がいて、手を振っていた」と言っている。

「そ、そっか。まあ、あたしもそんなに強くないし」

「ワタシも無理だわ」

 久美と咲希も頷いている。彼女らもカサカサ言うアレが苦手なのだろう。ちなみに暁美はアレが出てきた時に一目散に教室から飛び出していた。

「暁美も苦手なモノを教えなさい」

 凄い剣幕で凪は暁美に詰め寄る。

「なんでだよ」

「私だけ苦手なモノを知られたままとか、許せないわ」

「わ、わかったから詰め寄るな! 怖い怖いって!」

「私は蜘蛛です」

 鳴子は騒いだことを恥ずかしく思って顔を赤く染めていた。

「私は動いているアレね」

 凪は瞳に力が宿っている。

「あたしは、お化け……かな」

 周囲にいた人は憐れむ。

「あんた子供?」

「うっさい! 言えって言ったのはお前だろう! 子供頃から怖いんだよ! いるかいないかわからない存在っていうの? 背後とかに突然立ってそうでさ!」

 暁美はまくし立てる。凪は溜息を吐いた。

「いるかいないかわからないモノなんて、いないも同然じゃん」

 晴美の追撃に暁美は、うなだれた。

「うっさい! うっさい! ばーか! ばーか! 怖いんだよ!」

 半泣きになりながら子供のような反論をする暁美。さすがに申し訳なく思ったのかソレ以上の追求はなかった。

「私も虫は苦手かな」

「私も怖いですね」

 久美と咲希も虫が苦手だと言う。

「私はカブトムシもアレに見えて」

 久美の言葉に明樹保はショックを受ける。

「ワタシも虫全般ダメだね。後犬」

「あ、私も犬は苦手です」

 そこまで黙って聞いていた水青。反射的に口を開いた。彼女に視線が集まる。

「特にフレンチブルドッグが苦手で……」

 そこから先は言いよどむ。

「どうしたんだよ?」

「あのですね……その……あんまり言いふらしてほしくないんですけど……その……」

 水青は暁美に耳打ちする。暁美は静かに頷き、彼女の肩に手を置いた。

「それは辛かったな」

「はい……」

 内緒話成功。かに思われた。が、聞き耳を立てていた男子が大声で言う。

「雨宮って犬に尻噛まれたことあるんだって」

 男子達は全員、顔を弛緩させて笑う。笑ったのも束の間暁美の鉄拳が飛んだ。

「水青もなんだ」

「え? 晴山さんもですか?」

「どっち?」

「私は左を」

「右」

「今も痕が残っていて……授業の水泳で上手く隠せているかどうか、毎回気になってしまって」

「わかる!」

 水青と晴美はそこで固い握手を結んだ。

 そんな話に鉄拳を食らった男子たちは、鼻の下を伸ばす。思春期の男子たちは妄想力爆発だ。直後に暁美の鉄拳(ちょっと魔鎧が加わっている)のが飛び、今度こそ沈黙する。

「これだから男子は」

 暁美は無実の優大を睨む。睨まれた彼は即座に地面に手をつき土下座する。

「だ、大ちゃん?」

「ここは冤罪であろうとも土下座だ」

 

 

 

 

 

「強化ユニットのほうはどうです?」

 滝下浩毅の問いに、早乙女源一は首を横にふる。

 彼らは廊下を歩いていた。早乙女源一は歳の割に大股で早歩き、滝下浩毅は少し小走りになるようについていく。

「しばらく時間がかかりそうじゃな。直すこと自体はすぐにできるんじゃが、それだと同じ轍を踏むだけじゃ。だから改良を行う」

 魔法少女の強化ユニットは、前回のファントムバグとの戦闘後、色々な問題が浮き彫りになったのだ。明樹保たちに対しての身体的影響。そして機器事態の耐久性。これらは魔法の恩恵によるものなので、物理的法則によらない負荷がかかったのだ。

「しかし――」

「資源なら前回のファントムバグとの戦闘でウハウハじゃろう?」

「そうですが……提出しなければならないものもあります」

 滝下浩毅は資料を広げて、早乙女源一と並走しながら見せた。

「大丈夫大丈夫。そんなの少量で十分じゃ」

「私にかかる負担は考慮してくださいませんか」

「それくらいなんとかせい。あの娘らのためじゃ」

「それを言われては反論の余地がありませんね」

 基地内部にアナウンスが流れる。2人の背後から新堀金太郎が現れた。どうやら追いかけてきたようだ。

『滝下司令。タスクレスキューが到着しました。至急ブリーフィングルームに――』

「む? やっと来たか」

「タスクレスキューの連中? こっちに来る余裕あるんだ」

「新堀、来たのか」

 金太郎は手を上げて「よお」と返事する。そして早乙女源一にいくつか資料を手渡す。滝下浩毅は顎に手を当てると、考える素振りを見せた。そのまま彼らはブリーフィングルームへと向かう。

「浮遊艦隊の事か?」

「そうそう。俺はあっちのほうに手がかかりきりなのかなって」

「あっちは海上での戦闘が主だ。復旧もなにもない。そういうのは例の件と一緒に資料を見せただろう?」

「そうだっけ? ああ、すまん」

 金太郎は頭をかいて悪びれた。滝下浩毅も特に咎めることなどせず「後でもう一度渡す」と言うだけである。彼としてもそこまで重要な一件ではないようだ。そこまで黙って聞いていた早乙女源一は口を開く。

「ん? 災害復旧に尽力させるのじゃな?」

「え? ええ、そうです」

「なら、今日は優大達を休ませてもいいんじゃな?」

 そうこうしている内に彼らはブリーフィングルームに到着していた。

「そうですね。ですが……いや、そうですね」

 滝下浩毅はそう言うと、携帯端末を取り出した。表示された名前は早乙女優大だ。ほどなくして連絡が通じたのか、彼らは2,3やり取りを行う。

「――そうだ。今日はゆっくり休むんだ。いつ出ずっぱりになるかわからないからな。いや、そんなことはしてない……。たまたまだ。そうか。とりあえず、今日は羽根を伸ばしてこい。そっちの面倒は任せる。ではな」

 滝下浩毅は通話を切ると溜息を吐いた。

「タイミングがよかったようだ」

「それはよかったじゃない」

「そうじゃな」

 

 

 

 

 

 商店街には久しぶりの活気が戻ってきている。明樹保達はクラス全員プラス数名で商店街に来ていた。度重なる都市部の戦闘。そして大人数が来たことにより活気づいていた。烈は優大との約束をここで履行している。そのせいか普通の缶ジュースを想定していた彼の財布はあっという間に枯渇した。

「悪いな烈」

「お前らそう思うなら、手加減しろよ!」

 烈は大きな声で抗議する。相手は別のクラスである流達だ。したがって彼らは烈が払う相手ではない。だが、彼は現に払わされていた。

「このジョン・鈴木はお前の友人だ。烈の財布の中身はよく知っている。だから気に病むことはない。自分で払うからいいんだ」

「ぬぁんだと〜。俺が払うわ!」

 ジョンは笑う。そう彼の口車に乗せられ烈は別クラスの面々にも払っているのだ。

 そんな光景を、明樹保と優大は少し離れたところで見ている。

「ねぇ、大ちゃん」

「ん?」

「守りたいね」

「守るんだよ」

 優大の手には袋が握られていた。それは暁美の母親が営んでいるケーキ屋の袋だ。袋からクッキーを取り出すと、無言で近くにいた凪に差し出した。彼女は美味しそうに頬張る。ちなみによくよく目を凝らすと、彼の足元にビニール袋がある。その袋の中に殻になった袋が丸められて数個入っているのだ。

「よく食うな」

「うまし」

 暁美は嬉しさを隠すように呆れた。自身の母親の商品が好評なのは嬉しいようだ。

「でも、本当だよ」

「はい。とても美味しいです」

 鳴子と水青が同意した。和也と白百合は黙って首肯。

「こら! そこ! 通行の邪魔になっているわ」

 彼女らのクラスメイトが羽目をはずし過ぎそうになると、紫織が注意を促している。今は完全に彼女がこの一団の面倒を見る教師のような存在になっていた。

「ちょっと男子。騒ぐのやめてくれない? っていうかガキか」

「で、でたー! ――ちょっと男子――」

「うっさい。それくらいで喜ぶんじゃない! っていうか意味分かんないし」

 晴美は男子全員からちょっかいを出されている。彼女の人気のたうかがい知れる。ちょっかいを出されてはキツ目の言葉を浴びているが、傍から見ていると喜んでいるようにしか見えない。

「ああいうのなんていうの?」

「かまってちゃんね」

 暁美と凪は呆れたように眺めている。

 優大は半目状態で、クッキーを口に運ぶ。直後にそれを断念して、凪の口の中へ投げ込む。彼はこの光景を黙って眺めている。

「男子に聞きたいんですが」

 和子が口を開く。

「はい」

「やっぱ晴美って可愛いの?」

「そうだね。美人さんだし、おっぱいも尻もでかいし、言葉はキツイけど面倒見いいし、料理できるし、見てくれの割に女子力はたぶんうちのクラスでダントツだろうな」

 冷静な評。

「おっぱいでかいのってやっぱり強い?」

 暁美の何気ない問い。彼は頷き口を開く。

「本能的に視線がそっちに行くからね。特に今は夏服だから下着がうっすらと見えるのが扇情的で――」

 彼の言葉が飛んできたゴミによって中断される。

「エッチ! 変態! 馬鹿!」

「褒め言葉だ」

 優大は不敵に笑う。

「もしかして大ちゃん私達もそんな風に見てたり」

「何度も言うけど、俺は年上の女性がいいのだ。年上の女の人の包容力とかたまらないな。よしよしとかされたい。膝枕なんてされたらエクスタシーだな」

 優大の冷静なぶっちゃけトークに全員呆気に取られる。

「わかるぞ優大!」

「わかってくれるか! ジョン!」

「マザコン共め」

 烈は空になった財布を恨めしそうに眺めながら言う。

「「褒め言葉だ」」

 

 

 

 みんなで直ちゃんを偲んで、鯛焼きを食べている。ちなみに変態発言の罰と称して、大ちゃんがみんなに買ったものだ。みんな美味しそうに笑って食べている。

 みんなでこうしていることがとても楽しい。だから、守りたい。当たり前の毎日を送れるように私は戦う。戦って守ってみせるんだ。

 

 

 

 

 

〜続く〜

 

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最終決戦前の日常
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