星とりアングル
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「それじゃ、しばらく会えないけどがんばりなさいよ。」

 

 母はそう言うとタクシーのドアを閉めて行ってしまった。

 4月の頭、新学期という事もあり、新入生らしきまだ真新しい制服の人達が歩いている。

 高校生の初日の日なのだからどんな人達とクラスメイトになれるか、期待や不安があったりするのかもしれない。

 そんな事を考えていたのだが、自分も同じ状況なのだと気付いた。制服も新しいし…

 学年は違えども新しいクラスメイトとのファーストコンタクト。いや、ハードルの高さで言えばこちらの方が断然高い気もする。

 1年間も学校に通えば、嫌でも交友関係は築ける―。

 それが楽しいか辛いかは抜きにして…だ。

 実際1ヶ月前まで通っていた学校の友達は、私が引っ越す事を告げた時は驚いていたし、悲しんでもくれた。

 ちょっとした送別会的な催しも開いてくれたりした。いい人達だったなぁ…などと思い出に浸ってみる。

 

『転校生』それが今の私を表す言葉。

 

「とりあえず…職員室行かなきゃ…。お母さんもついて来てくれても良かったのに…」

 恨み節をブツブツと唱えつつも、その願いは叶わない事は知っていた。

 母は私を送ったその足で、そのまま海外へ行く予定だ。

 フライトの時間がギリギリだった為、せめて送り出すだけでも…とついて来てくれたのだ。

 そこは感謝しておかないとマズい気がする。

 理由は夫、私の父の転勤に付き合って日本を後にするという事だ。

 私にもついて来て欲しかったようだが、英語も喋れずにいきなり海外の学校に入るの怖いし…

 などいろいろな問題から父方の祖父、祖母の暮らす実家でお世話になる事になった。

 と言っても私が実家にお世話になるのは今回が初めてではなく、小学生時代までは父、母と一緒に実家暮らしをしていた。

 その為、気は楽であった。

 ただし、学校となるとそうもいかない。実家から一番近い、自分の学力に見合ったこの学校に入るために編入試験などもした。

 割と緊張していた記憶もあるなーなど思い出してみる。

「はぁー…」

 いつまでも現実逃避をしていても状況が好転するわけでもないし、他の学生の目が少し気になりだしたので重い足を進め、編入試験以来の職員室へ向かう事にした。

 

□□□

 

「転校生を紹介する!」

 教師の大きな声が私が立っている廊下まで響いている。教室の中では歓声らしきものが上がっているようだ。あまり期待しないで欲しいなぁ…

 体育教師らしくご多聞に漏れない大味な感じだな…など考えてつつ、先ほど「よろしく!」と言われ叩かれた左腕をさする。まだちょっと痛い。

「入ってきなさい!」

 呼ばれたのでドアを恐る恐る開ける。

「し…失礼しまぁーす。」

 担任が手招きをしているのでそこまで歩く、クラス中の視線が私に集まるのが分かる状況で下を向きながらやり過ごす事にした。

「じゃあ、自己紹介をして貰おうか!」

 そこで初めて顔を上げクラス全体を見回す。

 30〜40人くらい居るんだなーとちょっと現実逃避。

「よ、吉田サキです!よろしくお願いします。」

 頭を勢いよく下げお辞儀をする。食い気味に…

 パラパラと拍手をくれたのがせめてもの救いか…

 

「あぁ?!」

 

 男子の大きな声が教室中に響く。私何かしたかな?…不安に思いながら顔を上げた。

「サキか?!ひさしぶりだな!」

 短髪をオレンジ色に染め、眉がほぼ無い見た目完全ヤンキーの男子生徒が何故か私の名前を知っている。

「え?、えーと…」

「ケイゴだよ!柳ケイゴ!小学校一緒だっただろ?」

「…ケイちゃん?」

 小学校の時のケイちゃんを記憶から呼び覚ましてみる…ジャ○アン系の活発な男の子だったが髪は黒かった気がする。

「おー!思い出したか!ユートも一緒だぜ!」

 勢い良く指さした先の男子に目をやると、黒髪のメガネ男子が無表情で右手を軽く上げた。

「ユウ君…」

「えー…感動の再会に水を差すようで申し訳ないが、ちゃっちゃと進めるぞ!吉田は柳の後ろの席に座るように!」

 名前順で並んでいる場合、私はほぼ最後尾になる。そしてその前がケイちゃんである事が多かった気がする。

「それでは!転入生の紹介も終わった事だし…皆はすぐに体育館へ向かう事!」

 そう告げると担任は教室を出て行き、それとほぼ同時に無言だったクラスに活気が戻った。

 そしてまたもご多分に漏れない質問攻め…しかし何故かほぼケイちゃんが答えていた。

 もちろん前の学校の話は私がしたけど、ほぼ出番はなし。

 ケイちゃんが話している間に教室を眺めていると、体育館に行くためにパラパラと人が廊下に出ているのが分かる。

 私も早く教室を出たいのだが、ケイちゃんが話を止めないため、タイミングを完全に失ってオロオロしている状態だ。

 その時ある事に気づく。何故かこちら睨んでいるギャルっぽい女の子と目があった。

 なんかマズい感じ…ただ彼女が目が悪いだけである事を祈ろう…

 そのうち私の焦りが気になったのか、質問攻めしている人達が気を遣ったのか、皆が廊下へ出て体育館へ進みだした。

 他のクラスも状況は同じ。

 全校生徒が流れを作り体育館へと集まっていった―。

 

□□□

 

 体育館では新1年生が緊張の面持ちで座っている後方に在校生が並ぶ。

 私のクラスは真ん中の方なのだが…

「しかし相変わらずだなーサキは!昔と何も変わってねーや!」

「ケイちゃん…声大きい…」

 この男子生徒は周りに気を遣うという事があまり頭にないらしく、司会の先生が式を進めている間でもお構いなしだった。

 そして当然視線も集まってくる。

「柳!」

「…へーい…」

 ようやく気付いたらしい担任の遅すぎる注意によって、ケイちゃんから解放された。

 が、思いの他目立ってしまったようだ…教室で睨まれたギャルからまたキツイ視線を感じる。

 勘弁してよ…

 あまりそちらを見ないようにしながら、壇上の校長先生らしき人の長い演説を聞き流す作業に入っていった―。

 

□□□

 

「ふー…終わった…」

 思いがけず言葉が口からこぼれる。転校初日の緊張感は大分、和らいだ。

 思いがけない友達との再会と、今後に引きずりそうな問題がざわついた教室に溶けていく。

「はい!みんな静かに!」

 教壇に立つ担任の大声で、ゆるかった教室の空気がガラリと変わる。

「2年になって新しい仲間も増えた!久々に顔を合わせる者も多いだろうが、後にしろ!決めることは決めていくぞ!

 …まずは学級委員だ!誰かやりたい者!もしくは推薦したい者は居るか?」

 痛いほどの静寂が教室を支配する。つい3分前までの雑然とした雰囲気はなく、ピリピリとした張りつめた空気が漂い始める。

 ある生徒は周りをキョロキョロと見回し、ある生徒は自分には関係ないと装うように机に視線を落としている。

 私の前の席のオレンジ髪の人は大きな伸びをしていた。

「誰か…居ないか?!」

 教壇に立つ担任は待つことが苦手らしい。先ほどより少し声が大きい、威嚇しているように見えなくもない状態だ。…こんな空気じゃ、迷っている人も委縮してしまうのでは…?

 そんな思いとは裏腹に、あっけないほど簡単に決着を迎える。

「はい」

 音のない教室に響く男子生徒の声。決して大きくはないがよく通る声だ。

「おお!五十嵐!やってくれるか!」

 五十嵐と呼ばれた生徒は無表情で頷く。ユウ君だ。

「ユートが委員長やるなら俺が副委員長やってもいいかなー」

 本気なのか冗談なのか、ケイちゃんはあくびをしながらそんなことを言い放った。

 

 …いや無いでしょ…教室の空気はこんな感じ。

 

「ケイゴは不真面目だからダメだ。全部俺にやらせる気だろ?居ないのと一緒。」

「なんだよーバレバレかよ」

 ぶすーっと頬を膨らませるケイちゃん。

 そのやり取りを見て教室に笑いが起き、重苦しい空気から解放され雰囲気も明るくなった。

「じゃあ!ここからの進行は五十嵐に任せるぞ!柳もホントに副委員長やりたいならやってもいいんだぞ?」

「遠慮しときまーす」

 また笑いが起こる。このクラスにおけるケイちゃんのポジションが分かった気がする…。

「では、ここからは僕が進行します。」

 担任からプリントとノートを受け取り、担任と入れ替わる。教卓に手を付き真っ直ぐ前を見ながらユウ君が喋り出す。

「副委員長になりたい人は居ますか?」

 担任が進行していた時と違い、教室の雰囲気は張りつめたものではない。

 ただ今回はすぐに手が上がる。

「はーい」

「はい成澤さん、立候補でいいのかな?」

 ナリサワと呼ばれた女子生徒が席を立つ、先ほど私を睨んでいたギャル風の子だ。

「違う違う!私が立候補じゃなくて推薦ね、吉田さんがやったらいいんじゃない?」

 何故か私の名前が呼ばれ絶句。

「学級委員の仕事ってー、皆と絡む事多いから、早く仲良くなれるんじゃないかなーって」

「ちょっ「おお!それはいい案だ!!…他に立候補者が居なければ、だが…」

 否定するタイミングを完全に奪われた。

 他の生徒も我関せずのスタンスを貫くことを決めたらしい。

 ケイちゃんに至っては窓から外を眺めていた。

「立候補者もいないようだし、吉田!やってくれるな?」

 逃げ場が完全に断たれた。ここで嫌です。と言おうものなら空気は確実に悪くなる。

 少なくとも、成澤さんからは嫌われるだろう…

 うだうだ考えて居ても仕方ない…

「…わかりました。」

 力なく返事をするしかなかった。

「それじゃ吉田さん、進行手伝って。」

「あ、はい」

 昔はサキって呼んでくれてたのに…などと考えながら教壇へ歩いていく。

 途中で成澤さんと目が合った。隣の女子と喋りながらも、目線はこちらから外す事なくニコニコしている。少し怖い…

「司会は僕がやるから、吉田さんは黒板にに役職と名前を書いてもらっていいかな?

 これが役職のリストね。」

「う、うん。」

 淡々と事務的に喋りかけられ言い返す元気もないので、渡されたプリントを受け取りそのまま従う事にした。

 ユウ君の進行は淀みなく進み、言われるがままクラスメイトの名前を黒板に書き込んでいく。

 …少しは名前と顔が一致しやすくなるかもしれない…

 ちらっと成澤さんの方を見ると、どこかを眺めている。視線を追うとケイちゃんを見ているようだった―。

 

 なるほど、そういう事か―。

 

 ケイちゃんと親しげに接したので敵意を持たれたみたい。誤解を解かないと今後苦労しそう…

 視線を移してみると先ほど成澤さんと話していた女子生徒に目をやる。

 ぼーっと成澤さんを眺めている。

「サキちゃん?」

「あ、はい!」

「保険委員、鈴木さんね。」

「あ、ごめん…」

 焦って黒板に書き込む。完全にボーっとしていた。

 その後は何事もなく委員決めは進み終了した。タイミングよくチャイムがなり、司会の補佐業務からもようやく解放された。

 

 あれ?そういえば名前…

 

□□□

 

 新しい学年の初日という事もあり授業はなく、真新しい教科書が配られたり、委員を決めたりすることで一日の行事が終了。

「…っ…かれたぁ…」

 かすれた声に重圧から解放された安堵と疲労感が滲み、力なく机に突っ伏す。

 ゆっくりと視線を上げると、そこにはケイちゃんの顔があった。ニヤニヤしながらこちらを見ている。すると、

「ヤナギー、ちょっといいかなー?」

 成澤さんだ、さっき喋ってた子も一緒だった。

「成澤に富田か…何か用?」

 トミタと呼ばれた女の子はほぼ無表情でケイちゃんを眺めている。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどー…」

 そう言いながら手招きをしている。誘われる形でケイちゃんが席を立ち、教室の後ろの方で話し始めた。

 ここからでは何を話しているかは聞き取る事が出来ない。が、成澤さんがケイちゃんにどういう感情を抱いているか検討が付くし、私に良い感情を抱いていないのも分かったので聞かない方がいい気がする。

 そういえばさっきユウ君に名前で呼ばれたな…。てっきり忘れられてたかと思ったけどそうではないらしい…。謎だ…。

「お疲れ様。」

「あ…」

 さっきまでケイちゃんが座っていた私の前の席にユウ君が座っていた。驚きのあまり思考がフリーズしてしまった。

「サキちゃん?」

「あ、名前で呼んでくれるんだ…」

 しまった!…フリーズした思考のせいで直前まで考えていた事が口から出てしまった…

「ん?あぁ…いきなり皆の前で名前呼び捨てだと嫌かなーって思って、あと…いきなりはちょっと恥ずかしかったし。」

「でも、すぐに名前で呼んでくれたよね?」

「あれは―…無意識だね。」

 言いながら苦笑するユウ君。その姿を見て安心した。ただ、頭の中が真っ白の為、話題が全然浮かばない…

「―…ねぇユウ君。成澤さん達とケイちゃんって仲いいの?」

「いや、よく知らない。仲のいい印象は無いね。」

「そうなんだ…そういえば、自己紹介とかしないのかな?」

「あぁ、サキちゃん以外は1年生から同じクラスだよ。だから先生は自己紹介省いたんじゃないかな?それか忘れてたか。」

「忘れてそうだなぁ…」

 あの担任なら忘れてしまっていると思えてしまうのが悲しい…。

「サキちゃんの住んでるところって、昔と同じ?」

「え?あーそうだよ。お爺ちゃんの家にお世話になるんだー。昔と同じだよ。」

「そっか。なら今日一緒に帰らない?俺、家変わってないし。」

 

「え?」

 

 突然過ぎて、また思考が止まる。ユウ君と一緒に帰れる!?ホントに!?

「もちろん、ケイゴも一緒だよ。」

「あー…」

 二人きりじゃないんだ。少しがっかり。

「いいよ!一緒に帰ろう。実を言うと車で送ってもらったから、帰り道に自信なかったんだ…」

「OK。決まりね。あ、先生来たみたいだ。」

「よーし!HR始めるぞー!お前等席に着け―。」

談笑していた生徒達が一斉に自分達の席に戻っていった。

 

□□□

 

「起立。礼。『ありがとうございましたー。』着席。」

 挨拶が済むと、バラバラと生徒が出ていく。その波には乗らず、HRの内容を思い出していた。

 ユウ君に会えたりケイちゃんが居たり、楽しくやって行けそうな学校生活の中、少し不安なあの二人の女子生徒。仲良くやって行きたいなぁ…

「成澤、富田、ちょっといいか?」

 目の前のケイちゃんが二人の近くに寄って行く。直前まであの二人の事を考えていた事もあり、目で追ってしまう。

「サキちゃん?帰ろうか。」

「わっ!…ユウ君。びっくりしたー。」

 HR前と同じようにいつの間にかケイちゃんの席に座っているユウ君。ちょっと微笑んでいるようにも見えなくもない…

「ケイゴー。一緒帰ろ。」

「あぁ?わりぃ今日はちょっと用事あってなー…先帰っててくれよ。」

「わかった。」

 ケイちゃんの名前が呼ばれてこっちに振り返った時に、それまで笑顔だった成澤さんの顔が急に不機嫌になったのを見逃さなかった。

 返事を終えあちらに振り向く時には、元の笑顔に戻っている。わかりやすい…人なのかな?…

 目線で追っているとケイちゃん達は教室を出て行ってしまった。

「…やっぱ仲いいのかな?」

「うーん、よく分かんない。まーそういう事らしいので帰ろう。」

「う、うん…」

 ケイちゃんの用事が何だとか、成澤さんの笑顔がどうとか、3人がどこに行ったかとかは今は関係ない。直近の問題は二人っきりで帰る事になってしまったという事だ。

 何話そう…と悶々としながら教室を後にした。

 

□□□

 

 一日疲れた…

 

「サキちゃん、学校はどうだったかい?」

 テーブルに突っ伏しながらうなだれている私に、頭上から柔らかい雰囲気の声が降ってきた。

「あ、おばーちゃん、昔の知り合いとかも一緒のクラスだったから大丈夫だよ。」

 夕飯の片づけをしているおばあちゃん。手伝おうとしたら『今日は気を遣って疲れただろう?休んでなさい。』って断られてしまった。

「そうかそうか、それは安心したよ。」

 微笑みながらそう言うと奥に引っ込んでしまった。

「そうかぁ、良かったなぁ…」

 と、向かい側に座ってお茶をすすりながらおじいちゃんが大げさに頷く。その様子を見ていてのんびりした雰囲気に癒される私。

 しばらくうなだれながらボーっとしていると、

「サキちゃん、お風呂入っちゃいなさい。」

 いつの間に片づけを終えたおばあちゃんにそう言われ、断る理由もないので大人しく従う。

「はーい。」

 着替えの準備を整え洗面所で着ているものを籠へ押し込む。制服は明日も着るのでおばあちゃんに言われた方の籠へ。

 シャワーを浴び、体を洗ってから湯船につかる。

「ふぅ…」

 無意識に声がこぼれた。いろいろあって疲れた一日だったが、大部分はお湯に溶けていってしまっていた。

 ボーっとしながら天上を見つめていると今日起こった出来事が次々と溢れてきた。

 まずは帰り道の事だ、緊張し過ぎた事もあってかほとんどマトモに喋れなかった。ぽつぽつとは話は出来た気がするが、終始無言。

 これは嫌われてしまってもしかたないな…嫌われてしまったらどうしよう…昔みたいにいっぱい喋りたいのに―…

 

 昔みたいに…?

 

 そういえば、ユウ君って昔はどんな感じだったっけ?いつもそばに居てくれてた記憶はあるのだけれど…

 ニコニコしているというよりは無表情で、沢山喋るわけではなく口数は少ない方で…

 

 なんだ昔と変わってないじゃん―。

 

 変わってないといえばケイちゃんも全然変わってない。二人からしたら私も変わってないように見られてたのかな?

 そう思うと少し心が軽くなった気がした。

 ユウ君は二人の時だと名前で呼んでくれたけど、クラス皆の前では苗字で呼んでたな。私も皆の前では苗字で呼んだ方がいいのかな?

 私はユウ君って呼びたいけど、ユウ君が恥ずかしいって思ってるなら苗字で呼んだ方が…―思考がグルグルしてきた…

 あとは成澤さんと富田さんの事だ。成澤さんがケイちゃんの事好きで、その間に何故か私が入ってしまったから敵対心むき出しにされてしまったらしい…。

 私はケイちゃんに対してそういう感情は持っていないので、一度キチンと話しておかないと大変な事になりそう…気が重いなぁ…

 顔をパンパンと叩く。不安なこともあるけど、なんとか上手くやっていければいいな。

「よしっ!」

 掛け声と共に湯船から上がる。長い事考え事をしていたため頭に血が上ったのだろうか?少しフラつきながら体を拭く。

 用意していた寝間着に着替え、タオルで頭を拭きながら洗面所を後にした。

 居間に戻って二言三言会話をした後に自分の部屋へ。特にする事もないのでゴロゴロしているとその内眠気に襲われそのまま眠りについてしまった。

 

□□□

 

「あたしとレイはそんな感じなんだけどー、サキはどうなのさー?」

「え、えーと…」

 

 状況が呑み込めない…。

 

 今朝教室に着いてから、成澤さんと富田さん、トモとレイ(注意:そう呼べと言われた)に囲まれて居る状態が続いている。

 昨日の表情と打って変わって、超絶笑顔で心の底からフレンドリーに接して来られたもんだから面喰ってしまった。

 初めのうちは恐る恐る会話に参加していた私、というか何か企みがあるのでは?と思っていた私だが、変わる事のない超絶笑顔と暖かい雰囲気にいつしか心を開いていった。

 席が近い事もあり、ケイちゃんがよく話に参加してくる事が多く、トモは声のトーンが上がるのが分かるくらい嬉しそうだった。

 私も誤解が解けたようでほっとしていることもあり、ただ単純に仲良くなれた事が嬉しかった。いつしかトモ、レイ、私の3人で行動する事が当たり前になった。

 副委員長の仕事はというと滞りなく順調に進んでいた。

 というより…改めてユウ君の凄さが分かった。私はユウ君に言われたことをただこなすだけでよく、何かについて悩んだり、考えたりする事はほぼ無かった。

 完全に補助という立場なので、全てを率先して行っているユウ君に申し訳ないと思う事が多々あった。その度に…

『サキちゃんは良くやってくれているよ。いつもありがとう。』

 と言われてしまう為、嬉しいのと他の複雑な気持ちも相まって、何も言い返せなくなってしまう。

 学級委員の仕事の関係で、放課後残って仕事という事も多々あった。その度にユウ君と二人きり……とはならず、トモ、レイ、ケイちゃんも一緒に残って作業を手伝ってくれることが多かった。

 

 5人で過ごす事に違和感が無くなっていくにつれいろいろ見えてきた事もあった。

 

 まずは、トモとレイ。2人の印象はちょっと不良かな?と思っていたが、話していくにつれて二人とも意外と真面目…しかもトモに至っては一途で恥かしがり屋なところがあり、ケイちゃんと会話するときは未だに緊張するとか…

 レイはその様子を見ながら応援している事が多く、表情の変化があまり見られないレイだが、その時は微笑んでいるように見えた。

 二人ともふざけて居る事が多く笑っていることが多い、ケイちゃんの事に関しても茶化す事もあるが応援しているようだった。

 あとは、初めに印象悪く当たってしまった事を気にしており、本気で謝られた事もあった。仲良くなってみればいい思い出?なのかな。

 皆で一緒に残って仕事をした後に遊びに行く事が多くなった。

 カラオケ、ボーリング、ゲーセン…古臭い駄菓子屋で結構な量のお菓子を買い込み公園で騒いだり、海の見えるちょっとした広場でバカ話をして笑っていたりもした。

 

 ある日帰り道で雨が降った。5人居るのに傘が3本しかなく、相合傘をして帰ることになった。

 

 私は有無を言わさずユウ君の方に押し寄せられ、トモがヘタレてレイと相合傘をしている姿を横目にケイちゃんは一人でのんびり歩いていた。

 レイが凹んでいるトモを励ましていたが、私はそれどころではなかった。

 

 ち、近いっ…!!

 

 背の高いユウ君が傘を持ってくれていたのだが、私は顔を上げる事が出来ず…ずっと下を向いたまま。

 会話も途切れ途切れで心臓バグバグで緊張してしまっていた。

 それなのにユウ君は低いトーンの声でいつもと変わらない…ユウ君は何も感じていないのかな?と凹んだ。

 少し勇気を出してユウ君の顔を見た。傘を持っていない手で自分の耳たぶを軽く触っていた。表情は普段と変わらず良く読めない。

 その仕草には特別な意味がある事を私は思い出した。

 普段表情の乏しいユウ君が、褒められたりした時にやっていた仕草だった。

 最初は…『褒められているのに無表情なんだな〜。』などと思っていたが思い違いだった。

 ユウ君は照れている時にやってしまっている癖だった。今でも本人に自覚は無いようだった。

 その事を思い出して嬉しくなった。

「ふふ…」

 我慢出来なくなり、笑い声が抑えられなかった。

「サキちゃん?何か良い事でもあったの?」

「なーいしょ。」

 相変わらずの無表情で、ただ柔らかい口調で問いただしてくるユウ君。

 その後ろではまだ凹んでいるトモと慰めているレイ、最後尾には我関せずなのか傘をくるくる回しながら空を見上げて歩くケイちゃんが居た。

 

□□□

 

 テストが終わり、夏休みに入った。テストの結果が散々だったケイちゃん。補習もなんとか乗り切ったみたいだけど、

 個人的に夏休みの課題を沢山出されたみたい。

 出された課題を全て終わらせて行かないと本気で留年の危機って先生に脅されたらしく…

「頼む!ユート!サキ!夏休みの宿題っ…手伝ってくれ!」

 恥も外聞もない綺麗な土下座をケイちゃんの家で見せられる羽目になった。

「いいよ。手伝うから早く顔あげて。」

「ゆぅとぉ…」

 目が潤み、手で鼻をぐしぐしっとする姿は怒られた小学生のようだった。

「ただし、俺は文系苦手だから得意な人を探すように。あ、サキちゃんは国語得意だったよね?」

「うん。でも私は国語だけだなぁ…。トモとレイが地理と英語得意だったよ。」

「ホントか?!それじゃあの二人も呼んで皆の課題も一気に終わらせちまおうぜ!」

 とそんな流れになり、トモに電話したところ…

「行く行く!行かせてください!レイ呼んですぐ行くから!15分くらい待ってて!」

「いや…そんな急がなくても…あ、切れちゃった。」

 そんな感じで、5人で集まり各々の宿題や、課題などを片づけて行く事になった。

 集まる場所は私の家、元々2世帯で住んでいた家なのだが今はお爺ちゃんお婆ちゃん、そして私しか住んでいない為、部屋が少し余っている状態なのだ。他の人の家がどうだとか詳しくは知らないけど、人数が集まっても平気という点と気を遣わなくていいという点では自分にとってもベストな環境だと言えるだろう。それに…

「にぎやかなのは良い事だねぇ…。」

 とおばあちゃんも嬉しそうだったし。お爺ちゃんもニコニコしてた。最初のうちは皆のやる気もあり、ガンガン課題を消化して行った。

 ただ3日を過ぎた辺りからケイちゃんの口数がどんどん少なくなって行った気がしていた。

 そんな感じでも5日目を迎えると個人の差はあれど各々の課題の6割くらいは終わっているような状況になっていた。

 このペースで行けばあと3〜4日もあれば終わるかなーなどと思っているとついに…

 

「あーーーーーーー!!!もう限界!!! 息抜きしようぜ!息抜き!!」

 

 座っている状態から勢いよく立ち上がり、頭を乱暴にかきながら弱音を吐く人が現れた。

 無論その人物はこの勉強会を主催したケイちゃんなのだが…

「はぁ…ケイゴにしては、よく耐えた方なんじゃない?」

 苦笑いをしながら答えるユウ君。他の反応も似たような感じだった。

「でもさー柳、息抜きって行っても何するの?花火とかプール?それかカラオケとか?サキとレイは何かある?」

「うーん…特に浮かばないなぁ…お祭りはまだ先だしなぁ…」

「私も…別に…」

「ふふふ…実はだな…」

 不適な笑みを浮かべるケイちゃんに、若干の不安を抱きつつ…

 

「明日の夜、流星群が来るらしいんだ。それを皆で見に行こう。」

 

 想像もしてなかった一言に各々が面喰い、一瞬の沈黙。

 

「へぇ…たまには良い事言うんだ。」

 誰からともなくそんな言葉が聞こえた。

 

□□□

 

 星を見に行こうという話になり、海辺の高台に行く事に決めた。もちろんその後も勉強会は続いたが、

 あんまり身が入らなかったのは覚えている。ただ、ケイちゃんとトモは何か楽しそうな感じだった。

 その日の夜にお婆ちゃんに話したところ

「それじゃあ、トモちゃんとレイちゃんは泊まって行って貰えばいいんじゃないかい?

 にぎやかなのは大歓迎だよ。ねぇおじいちゃん?」

 ニコニコとして頷くお爺ちゃん。

「まぁ年頃の子が居るから男の子は泊めちゃうとねぇ…サキちゃんはどうしたい?」

「えっ!…べ、別に泊まらなくてもいいんじゃないかなぁ?…ちょっと分かんないや…」

「そうだねぇ」

 みたいなやりとりがあった。仮に泊まったとしてもユウ君と同じところで寝る事はないと思うけど…恥ずかしくて寝れそうにない…

 次の日もみんなで集まっての勉強会は続いていた。昨日は途中で耐えきれなくなっていたケイちゃんも今日は上機嫌だったようだった。

「んじゃ今日の10時!サキの家の前に集合な!」

「はーい。何かあったらサキに連絡すればいいよね?」

「あ、うん。OKだよー。」

 夕方の6時前に一端解散した後にまた集まる事になった。夜遅くに出かけたことがあまりなかった私は少しドキドキしていた。

 夜中に出歩くのは少し怖いと思ったけど、それよりも皆で何かをしたいという気持ちが強かった。

 それからは夜ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、いろいろ準備をしていると時間はあっという間に過ぎていった。

 10時前になり、皆が集まってきた。お昼と変わらない恰好のケイちゃんとは対照的にユウ君は小さ目のカバンを持って来ていた。

 聞いてみたら虫よけスプレーを持ってきているらしい。

「蚊によく刺されるんだよねー。」

 などとちょっと困った顔で言っていたのが可愛いと思ってしまった。

「あれ?そういえばトモは?」

「連絡はまだ無い。ちょっと心配。」

 レイにも連絡はないらしい。

 そのまま10時を過ぎても連絡が来ることはなかった。

「私、連絡してみるね。」

 プップップップ…トゥルルル…

 何かあったのかな?出なかったらどうしよう…などと考えていたら

『はいっ!、あ…もしもし?』

 普通に繋がった。

「あ、トモ?今向かってるところなの?」

『サキぃ…ごめん!なんかお爺ちゃんが倒れちゃって、今救急車で運ばれたって連絡が来て病院に向かってるところなんだ。

 行けなくてホントごめん!めっちゃ行きたかった…。』

「え?!それはそっちに付いててあげないとダメだよ。何もないといいんだけど…」

『うん、ちょっと分からないから…今日はホントごめんね!…』

「うんうん。こっちは大丈夫。その…そっちは何て言っていいか分からないけど…大丈夫である事を祈ってるよ。」

「ありがとう…」

 そう言って電話を切った。皆も私の電話の様子を見ていたので状況は伝わっていたみたい。

 電話を切ったあとにトモに起こった事態の説明をした。

「それはしょうがないね…こっちからは連絡し辛い事だし、その件は成澤さんの連絡を待っておこう。」

「だなー。でもこれで俺達が星を見に行くのをやめたら、あいつ気にするんじゃね?」

「たぶん、そう。私が空気を壊したーって悩むハズ。トモナ悪くないのに…」

「そうだね…」

「ここで悩んでもしかたない。」

「そうだよ!写メとか動画取って今度見せてあげようよ。」

「お、サキにしては良い事言うねぇ!」

「…どういう事よ…。」

 

 皆トモを気遣うようにちょっと無理をして明るく振る舞っていた。

 

「よし、行こうか。」

 

 ユウ君の一言で目的地の海辺の高台へ―。

 

□□□

 

 潮の香りと生ぬるい風を全身に受けながら眺める星空。街の灯りが少ない田舎と高台周りには電気の光がほぼ無く、辺りは真っ暗だからこそ見る事の出来る景色に皆が言葉を失っている。

「…すごい…」

 満天の夜空に口から言葉が漏れる。

「ホント…すげぇな…」

「…」

 

 普段は夜空など気にも留めないので見落としていた…こんな近くにすごく素敵な光景が広がっていたんだなぁ―。

 

「…ぁ…」

 レイが空を指差す。

 その先には一筋の光が尾を引いて燃え尽きて行く。

「わぁ…」

 一瞬の出来事に心を奪われる―。

 間髪入れずに次の流星が紺色の空に尾を引く―。

 空を引き裂くようにまっすぐ縦断していく流れ星もあれば、一瞬で消えてしまうものもあったりと、種類は様々。

 断続的に降り続く訳ではなく、ぽつぽつと流れ落ちる。

「………」

 

 ぶつぶつと何かを呟きながら拝んでいるケイちゃんがどこか可笑しくて―。

 それを、微笑みながら見ているレイの顔が凄く素敵で―。

 キラキラしているユウ君の瞳に心を奪われたりしていた―。

「ほら、サキちゃんも何かお願い事しないと。」

 ユウ君に肩をポンッと叩かれ、流れる星に想いを乗せる。

 

―今の幸せが、少しでも長く続きますように―。

 

□□□

 

 流星群を眺めていた幻想的な空間に別れを告げたのは日付が変わった頃、暗い階段を懐中電灯やケータイの光を頼りに高台から降りて行く。

「…きゃっ!」

―ドサッ―

「レイ?大丈夫?!」

 バランスを崩したレイが転んでしまった。

「うん…大丈夫…」

 口ではそう言ってるものの、足を痛めてしまったようだった。無理に歩こうとする姿は見ていて痛々しい…。

「…富田、乗れ。」

「…え?」

 レイの前で背を向けながら屈むケイちゃん。

「…」

 少し迷ったようだが、ケイちゃんの首に腕を回すレイ。

「無理すんな。サキの家まで乗っけてってやるよ。」

「…うん…」

 カカカッと笑いながら、衝撃があまりレイに行かないように、ゆっくりと歩みを進めるケイちゃん。

 消え入りそうな声で答えたレイは暗くて表情が見えない。

「サキちゃん。」

「…え―?」

 不意に優しく手首をユウ君に捕まれる。

「足元気を付けてね。」

「う、うん…」

 顔が熱い。確実に真っ赤になっているだろう。真っ暗で助かった―。

 

「…」

 

 誰も言葉を発しない、柔らかく―、くすぐったい時間は家に着くまで続いた―。

 

□□□

 

 家についた。帰りを待って起きていてくれたらしいお婆ちゃんが、レイのケガに気付いてからの対応が早い。

 流れるように必要なものを用意していくお婆ちゃん。

 少し腫れていたらしく、氷水を入れたタオルでくるんだ容器をシップを張った患部に押し当てているように言われていた。

 それを見た男子二人はホッとした様子で帰って行った。

 

「「また明日。」」

 

 肩を貸してレイを寝室まで連れて行く。心配そうなお婆ちゃん。

「ありがとう。お婆ちゃん。もう大丈夫だよ。」

「そうかい。よかったわぁ…痛くなったらお婆ちゃんに言うんだよ?レイちゃん」

 と言葉を残し、自室へ帰って行った。

「…はぁ…一杯迷惑かけちゃった…」

「大丈夫。そんなの皆気にしないよ。レイが我慢してる方が、余計心配しちゃうよ。」

 ヘコんでいるレイに私が思っている素直な気持ちを告げる。

「…うん…ありがとう。」

 並べられた布団に入りながら申し訳なさそうにレイが呟く。

「…綺麗だったなぁ…」

「…そうだね、トモにも撮ったやつ見せてあげなきゃねー。」

「…うん…」

 電気を消した真っ暗な部屋で、先ほどまで目の前に広がっていた光景を思い出していた。

 想像していたよりもずっと凄くて、ずっと素敵で―…

 

「…グスッ…」

「…レイ?足がまだ痛いの?」

「…違うの…」

「…どうしたの?…」

 

「…我慢してたのに…もうダメだぁ…私…やっぱり…ケイゴが好き…」

 

「……」

「…でも、トモナも、…大好き…なんだよぉ…サキぃ…私…どう…したらいいか…わかんな、い…」

 嗚咽混じりに吐き出されたレイの本音。ケイちゃんを見ていたトモの顔を微笑みながら見ていた彼女の表情の裏でずっと隠していた本当の想いが溢れて止まらない。

「…サキぃ…私、…トモナを…裏切るよう、な…事したくない…よぉ…」

「…レイ、私も正直、何て言っていいか分からないけど…」

 号泣して震えるレイの肩。頭を撫でながら優しく抱きしめる。

「…我慢しなくて、いいんじゃないかなぁ?…トモに隠してる方がトモは嫌がると思うな…」

「…でもっ…でもっ!…」

「…トモは親友なんでしょ?レイが苦しんでるのをトモが喜ぶ訳ないじゃん?トモを信用しなきゃ。」

「…うん、わかった。…」

 ポンポンとレイが落ち着くまで優しく頭を撫で続けた―。

 

 泣き疲れたのか、レイはすぐに眠ってしまった―。

 

□□□

 

「昨日はホントにゴメン!!!」

 翌日、サキの家に集合した面々に平謝りのトモ。

「いいよ。それよりもお爺ちゃんは大丈夫なの?」

「うん、とりあえず命に別状は無いんだって。様子見でしばらく入院らしいけど。」

「そうか、よかったな!」

 トモの肩をバシバシと叩くケイちゃん。

「…ちょ、痛いってば!…」

 その様子を複雑な表情で見つめるレイ。

「そうだ!レイは足大丈夫なの?昨日帰りに転んだらしいじゃん…」

「…うん、平気。一晩休んだら痛く無くなったよ。お婆ちゃんのおかげ…」

「サキちゃんのお婆ちゃん手際よかったからね。」

「実は昔、看護婦さんだったらしいよ。今日、朝食の時に言ってた―。」

 

 いつも通りの他愛の無い会話を続ける5人。

 

 その中で、レイと私だけがどこかいつもと違っていた。

 いつもの様に課題を進めながら、まったりと時間は過ぎて行く。

 最初はレイがちょっと心配だったが、それは必要なかったみたい。

 特に何かが起きる訳もなく、夕暮れ時になっていた―。

「んじゃ、今日はこの辺で!」

「バイバーイ!」

 各々が帰って行く中、レイが近づいて来た。

 

「…サキ、私…トモナに言ってくるね。」

 

 表情こそ笑っていたものの、微かに声が震えていた。

「…レイ…」

 私は何も言う事が出来なかった―。

「…じゃあ、また明日。」

「うん。また明日…」

 ちょっと離れて待っていたトモが不思議そうな顔でレイを眺めている。

 レイがトモと並び、ゆっくりと二人一緒に歩き出す。

 伏し目がちのレイの様子に少し心配そうな顔をしているトモ。

 昨日の夜、レイを元気付ける為に言った言葉が、今レイを苦しめてしまっている―。

 胸の辺りがモヤモヤする、本当にアレで良かったのだろうか…

 ボーっと眺めていた二人の背中。

 ずっと見ているのも変だと思ったので、家の中に逃げ込んでしまった―。

 

□□□

 

 ベッドにゴロンと寝転がる。

 レイとトモがどうなったのか気になって、何をするにも上の空だった。

 結果をレイに聞こうかとも思ったが、私からメールで聞くのも気が引けた。

 もし…二人の関係が壊れてしまったら…

 もっと考えて行動するべきだった…

 考えれば考えるほど、思考は悪い方悪い方に転がって行ってしまう。

 モンモンと頭を抱えてベッドの上をぐるぐるしていた。

 

ヴーヴー

 

「!!!」

 

 恨めしく携帯を見つめていたら、携帯が鳴りだした。

 急いで手に取って確認すると、無題の受信メールが一件。レイだ―。

 

『ちゃんと話したら、ちゃんと分かってくれたよ。サキありがとね。』

 

「…ッ!!!よかった…」

 

 一番欲しかった言葉がそこにあった。

 安心したのか体から力が抜けてしまい、いつの間にか泣いていた―。

 

□□□

 

 お互いの関係性がゆっくりと変化して行く―。

 

 夏の課題が終わってからは5人全員揃うというより、トモ、レイ、私の3人で居る事が少し増えたように思う。

 その度に、どうすればケイちゃんが振り向くかの作戦会議が行われていた訳だが…

 ケイちゃん、レイ、トモという3人でも何回か遊びに行ったらしいのだが、二人が緊張しすぎて撃沈する事が多いらしく、

 5人で居る事は2人にとっても居心地が良い事に変わりないらしい。

 ケイちゃんはケイちゃんで何を考えているかよく分からないが、女子の中に男一人というのは少し居心地が悪そうだった。

 まぁ私は私でユウ君と二人っきりというのは…耐えられそうにない…。

 

 花火大会があっていつもの5人で行く事になった。

 女子の面々は気合を入れて浴衣を選び、悩みドキドキしながら当日を迎えた。

 だが思った以上に男子の、特にケイちゃんの反応は薄く、2人は凹んでいた。

 …ユウ君は一応褒めてくれたので私は嬉しすぎて、気を抜くと表情が緩む心情と葛藤していた。

 ケイちゃんは出店の食べ物を両手に持ち、幸せそうに頬張っていた。

 

 花火が無事に終わり、肩を落として帰って行く2人を見ながら、ケイちゃんが私だけに聞かせてくれた。

 

『浴衣だと、みんな印象変わるのな。似合ってんじゃん。最初誰かと思ったぜ。』

『…それ、なんで最初に2人に言ってあげないの?』

『…そりゃあ…、なんか恥ずかしいじゃん?』

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら教えてくれた想い。 

 これは後で2人に報告だな―。

 

 楽しい思い出が少しずつ積み重なり、日々は過ぎて行く―。

 

□□□

 

「そろそろ夏も終わりだな。今年は課題が全部終わってるから後はのんびり出来ていいわー。」

「ケイゴは毎年ギリギリで俺に泣きついて来るからな。今年はその心配が無くて安心だよ。」

「…うっせ。」

 中途半端で止められたオセロの盤が乗っているテーブルに突っ伏しながらボソボソと何かを話している2人。

 

 ようはヒマなのだ。

 

 課題が終わってからも何故かこの二人は私の家に居る事が多い。居心地が良いらしい。

 私が居なくても、お爺ちゃんお婆ちゃんとこの2人で談笑などしている。

 私がここから離れる前から全員が顔見知りだが、私が居ない間は交流はなかったらしい。

 馴染み過ぎて今では考えられない…

 今では2人ともお爺ちゃんの良い将棋相手だ。

 

 この日も特に何もする事なく、一日を過ごそうとしている。

 

「なぁ―」

 突っ伏したままの姿で遠くを眺めているケイちゃん。

「んー?」

 それとほぼ同じ姿のままで反応するユウ君。

「いや…なんでもない。」

「なんだよそれ。」

 私は無言でその2人のやり取りを眺めている。

 

「…今年の夏休みは楽しかったなーって思ってな。」

「そうだな。」

「…それだけだよ。」

「…なるほど…。」

 そんなやり取りを微笑ましく思う私。

 

 いつまでもこんな時間が続けばいいのに―。

 夏休みはもう終わろうとしていた―。

 

 

□□□

 

 2学期の始業式。

 長かった夏休みも終わり、一部を除いての久々の同級生との再会。

 夏休み中に何かあったのか、見た目が派手になっていたり、無駄に日焼けしている子も居た。

 体育館での全体集会、その後の掃除、HRを終えれば、この日の学校は終わりだ。

 学校が終わった後で、どこかに遊びに行こうとか…そういう話になりそうだなと思いつついつもの面々を見回してみる。

 レイとトモは相変わらず2人で喋っているし、ユウ君はHRの進行をこなしている先生をぼんやりと見ている。

 ケイちゃんは―、どこか心ここにあらず…というような表情で外を眺めていた。

「連絡事項は以上だ―。」

 何事もなく2学期初日の学校は終わった―。

「おい、柳―。ちょっと話がある。職員室まで来るように!」

「へーい。」

 ホームルームが終わった後すぐにケイちゃんを呼びつける担任。

 呼ばれる理由はケイちゃんにも心当たりがあるらしい、特に悪びれた様子も無く応じていた。

「ん?悪い事とかして怒られる訳じゃねーよ。心配すんな。」

 私の不安げな目線に気付いたのか、ケイちゃんはそう言って担任の後につられて行った。

 ボーっと後姿を眺めていると―。

 

「サキ、ヤナギは何かしたの?」

 

 レイとトモだ。

 

「んー…本人は悪い事は何もしてないから心配するなって言ってたよ。」

「そっかー、なんだろうね?」

「わかんない。何でもないって言ってるから大丈夫だとは思うけど…」

 結局その日は何事も無く、いつの間にか3人で帰る事になっていた。

 ユウ君はケイちゃんを待って帰るって言ってたし…

 

 他愛のない話をしながら3人で歩く帰り道、ここに引っ越してきた当初では考えられない楽しい日々を過ごしていると思う。

 レイとトモと、ケイちゃんとユウ君、5人でもっといろんな思い出が作れるといいな―。

 

 ただ、その願いは叶わなかった―。

 

□□□

 

 次の日、ケイちゃんは学校に来なかった。

 

 ホームルームが終わってから連絡を入れてみたが反応はなかった。

 まだ寝てるのかも、という結論に女子3人で達したところで1時間目が委員決めだったのもあり担任に聞いてみたところ。

「風邪で休み」

 との回答だった。

 ケイちゃんが風邪?珍しい事もあるものだ。

 ちなみに学級委員は継続で続くらしい、他の委員は学期ごとに代わるみたいだった。

 その日1日の他の授業は夏休みの課題の回収がメインなのと、1ヶ月ぶりに授業をする先生達のおかげでゆるい感じで一日が過ぎて行った。

 昼休みになりトモとレイと一緒にご飯を食べながらのいつも通りの雑談。もちろん話題の中心は―

「どうする?お見舞いとか行っちゃう?」

「どうなんだろ?そういえばケイちゃんが休んだのって見たことないかも…」

「…とりあえず、私のトモナだけでお見舞い行ってもたぶん会えない気がする…」

「それはっ!…そうだなぁ…行くとしたらサキも一緒に来て欲しい…」

「んー。行きたいのはやまやまなんだけど…学級委員の仕事があって残らないと…」

「そうだよねぇ…」

 頭を抱えるトモとため息をつくレイ。

「ご、ごめんね?」

「いやいや!サキは悪くないから!よし、レイ!こうなったら2人で行くよ!」

「…トモナ、行けると思う?」

「…自信ない。」

 こんな様子でモンモンとしている2人を眺め、少し可哀相だが微笑ましく思ってしまった。

 

 午後の授業も何事もなく進んで行く。

 何となくユウ君を眺めていると授業中にも関わらず珍しくぼーっとしている。

 今ユウ君は何を考えているのかな?ケイちゃんの事かな?

 まったく授業に身が入らないまま放課後になっていた。

 気合を入れて帰って行く2人の後姿を眺めていると―。

「サキちゃん」

「うわぁ!」

「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。」

 ユウ君だ。

 ごめんとは言っているけど少し笑っているところをみると驚かせる気無いというのは嘘だと思う。

「もう…」

「ごめんごめん。成澤さんと富田さんは帰っちゃったんだね。」

「うん、ケイちゃんの所にお見舞いに行くって張り切ってたけど…どうだろうね。」

「あー、ケイゴのところか…」

「ん?どうかしたの?」

 歯切れが悪い言葉を並べるユウ君が凄く珍しくて思わず問いただしていた。

「たぶん今は居ないんじゃないかな…って」

「風邪なのに?病院に行ってるにしては遅い時間だよね?」

「うーん、ごめん。今は言えない…」

 やってしまったという顔をしているユウ君。

「どういうこと?」

「と、とりあえず学級委員の仕事を終わらせよう。」

 狼狽しているユウ君なんて初めて見た。

「それじゃ、終わったらケイちゃんのこと話して貰いますからね。」

「う、はい…」

 いつも以上に集中して怒涛の勢いで仕事を終わらせると、ユウ君の口から出た言葉が意外すぎて思考が停止してしまった。

 

「実は―、―。」

 

 どうしよう。頭の中ではその言葉がぐるぐると回っている。

「…ユウ君のバカ。なんでもっと早く言わなの?!」

 吐き捨てるように言葉を投げつけ、そのままの勢いで教室を駈け出した。

 

 ケイちゃんがここから居なくなってしまう。

 

□□□

 

 『急に決まった事なんだよ。親の都合で引っ越す事になっちまった。せっかくみんなのおかげで夏の課題終わらせたのになぁ…まぁそういう訳だから。ユート今までありがとな。あぁ…あとサキには自分から言うからこの事内緒にしといてくれよな。他の2人にももちろん内緒で。』

 

 こんな言葉をケイちゃんから前日に受け取ったユウ君は律儀にもその約束を守っていたのだ。

 少し頭に来た。走りながらケータイでトモとレイに連絡をする。

 

 《ケイちゃんが明日引っ越しするらしい。》

 

 電話が通じなかった為、2人に同じメッセージを送信しておく。

 徐々に走る勢いが失われいつの間にかとぼとぼと歩いてしまっている。

 そもそも走り出したはいいけど、どこに向かって走っていいかも分からない。

 今の自分には何もする事が出来ない。

 悔しくなって涙が溢れてきた。

 

 ヴーヴー

 

 ケータイに着信が来た事をしらせるバイブ音。トモからの電話だ。

「…もしもし」

 泣いているのを悟られないように頑張って声を振り絞る。

「サキ!?ケイゴが引っ越すってホントなの?!」

「…うん、さっきユウ君から聞いた。」

「ホントなんだ…さっきレイと一緒にケイゴの家に行ったけど、誰も居なくてさ…変だなぁって話してたところだったんだ。」

「…もう家にも居ないんだね…」

「どうしよう…」

「「…」」

 重い沈黙が流れる。そしてふと気が付く。

「あ、ユウ君!」

「うん?どうしたの?サキ。」

「ケイちゃんがユウ君になら話してる事がまだあるかも。引っ越すのは明日って話だからその時間が分かれば…」

「おお!分かった!サキは五十嵐に聞いてみて!わたし達はわたし達でケイゴを探してみる!」

「うん…気を付けてね。」

 通話が終わる。やる事が決まってしまえば悩んでいた時間がもどかしく思えてしまう。

 早くユウ君に電話しないと―。

 

「よ、サキ。今帰りか?」

 

 片手を上げて悪意など欠片も無い笑顔で突然現れる悩みの元凶。

「…ケイちゃん…」

「ん?どした?学校でなんかあったか?」

「…バカッ!何で何も言わないの!」

「あー…ユートのヤツ…バラシやがったな…」

 バツが悪そうに頭を掻きながら呻く。

「怒られるのは分かったから…とりあえず、サキの家まで行こう。じいちゃんとばあちゃんに挨拶しときたいんだ。」 

「…うん。分かった。」

《ケイちゃん見つけたよ。わたしの家に向かってます。》

 今も必死でケイちゃんを探してるであろうトモとレイにメッセージを送っておく。

「ねぇ、ケイちゃん…何で黙ってたの?」

「んー。引っ越すって決まったのがホント最近でさ…何かいろいろ整理つかなくて、気が付いたらこんな感じになってた。ごめんな。」

「…そっか。」

「でも、言い訳になるけどサキのとこには行くつもりだったんだぜ?」

「遅いよ!明日引っ越しちゃうんでしょ?遅すぎるよ!」

「…ごめんなさい。」

「まったくもう…」

「…怒ると怖いのは昔から変わってないな。」

「何か言った?」

「ナンデモナイデス…。」

「もう…トモとレイには何て言うつもりだったの?」

「成澤と富田?サキのとこに挨拶終わったらメールで言うつもりだった。」

「…ケイちゃん…それは無いんじゃないかな?…」

「え?サキ、なんでそんな怒ってんの?…俺なんか地雷踏んだ?」

「最低。」

「…何も言えねえ。」

 

 そんなやり取りをしている内に家に着いた。

 

□□□

 

「じいちゃん、ばあちゃん元気でね。お世話になりました。」

「ケイちゃん、ご丁寧にありがとねぇ。」

「将棋のライバルが減るのは寂しいねぇ。向こう行っても頑張りなさい。」

 家の玄関で丁寧にお辞儀をするケイちゃんとその姿を少しさみしそうに見つめるお婆ちゃんとお爺ちゃん。

 この夏休みは家に居る事が多かった事もあり、別れが辛いものになっていたのだろう。

 簡単なあいさつを終え、家から出る。

「さて…サキ。いろいろごめんな。ユートをあんまり責めないでやってくれよ。俺が全部悪いんだからさ。」

「うん。ユウ君にはあとでちゃんと話をしとく。」

「そこだけ聞くとちょっと怖いな。」

「ケイちゃん?」

「はい。」

 急に姿勢が良くなるケイちゃん。

「なんて言うか…サキが引っ越して来てからすげぇ楽しかったんだよ。昔みたいに…いや、昔以上にかな。」

「…」

「ユートとサキと成澤と富田と…あとはじいちゃんとばあちゃん。一緒に居る事が当たり前になってたんだなぁ…離れてしまうのがこんなに悲しいとか考えたことも無かった。」

「…ケイちゃん。」

「例えば…前もって引っ越すとか言っちゃうと、送迎会とかされちゃうだろ?そんなんされたら俺、絶対泣く。」

「もしかして…ケイちゃんが直前まで引っ越すって言わなかった理由って…」

「泣く姿とか人様に見られたくないからだよ。」

「呆れた…子供みたいな理由…。」

「うるせぇ。恥ずかしいだろうが!」

「でもそれって残された人の気持ち考えてないよね。」

「…ごめんなさい。…やっぱサキには敵わないな。」

「…もう。」

「明日の朝10時、電車で行くわ。今までありがとな。すっげー楽しかった。」

「…また会えるかな?」

「さぁなー。簡単に来れる距離じゃないけど、また会いに来るんじゃないか?」

「そっか…」

「…んじゃ、俺そろそろ行くわ。」

「待って!」

 強引にケイちゃんの手首を掴んで歩みを止める。

「お?どうした?」

「もうちょっとでいいから、待って…」

「…おう。」

 

 掴んでいた右手を離し、沈黙が流れる。

 

「…あのさ…サキ…。」

「…何?」

「やっぱ俺「ヤナギいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 バタバタバタと足音が近付いてくる。

 音の正体は言うまでもなく―。

「ゲッ…成澤…富田…」

「はぁ…っ…はぁ…っ…ゲッて…何よ!」

 肩で息をしながらケイちゃんに詰め寄るトモ。レイは膝に手を付けてトモと同じく肩で息をしている。こちらはまだ喋れそうになかった。

「よ、よう。元気そうだな。」

「よし、ヤナギ。私に一発殴らせろ。サキ、いいよね?私殴ってもいいよね?!」

「ちょっと!トモ、落ち着いて。」

 いつの間にかトモを羽交い絞めにしているレイ。どうやら呼吸は落ち着いたようだ。

「何で!何も言わずに行っちゃうのさ!」

「…あー、それ、さっきサキにも言われたわ…」

「な!ん!で!」

 感情をむき出しに今にも襲いかかろうとしているトモに対し、レイは静かにトモを止めている。だが目線はケイちゃんを捉え続け見るからに怒りの色が瞳に灯っている。

「その、ごめん―。」

 さっき私に話した事をトモとレイにも話すケイちゃん。

 話を聞きていくうちに興奮していたトモが落ち着きを取り戻していく。レイもそれを読み取ったのかトモを抑える事を止めていた。

「…バカ。」

「おう、すまんな。」

「残された方の事、考えた事ある?」

「それもさっき怒られた。ごめんな。」

「また会えるよね?」

「たぶんな。そのうち会えるさ。」

「「…」」

 2人まとめて沈黙してしまう。さっきまでの勢いはどこへ行ってしまったのかうなだれてしまっている。

「んじゃ、俺そろそろ行くわ。」

「あっ…」

 手のひらをペラペラと振りながらその場を去って行くケイちゃん。

 誰もが見送る事しか出来ず遂には見えなくなってしまった。

「うぅぅ…」

 走ってきたことによる疲れからか、別れによる辛さからか…その場にへたり込んでしまうトモ。

「トモナ。はい、立って。」

 優しく声を掛け手を伸ばすレイ。辛いのは同じなはずなのに。

「トモ、レイ、ケイちゃんは明日の朝10時の電車で行くって言ってた。」

 じっと2人を見据え今最も欲しているであろうケイちゃんの事を伝える。

「明日、見送りに行こう。」

 私にはそう言う事しか出来なかった。

 

□□□

 

『明日の9時半頃に駅に集合!』

 仲直りをしたユウ君を含め4人での決め事という事になっていた。

 ただ、私は2人の事を考えると私とユウ君はその場に居ない方がいいのではないか?という話をユウ君にだけ伝えていた。

 ユウ君はその意見に同意してくれたので、2人には悪いが明日は2人だけで行って貰おうという事になった。

『同意しておいて言うのも何だけど…それってケイゴはどう思うかな?』

 そう言われるとちょっと胸が痛い。

「うーん…どうしたらいいか分かんないや…」

『…分かった。とりあえず明日は普通に学校に行こう。』

「うん…。」

 そんな通話をしてしまったから寝付けなくなってしまった。

 真っ暗な部屋の中、目を瞑ったままいろいろと想いが浮かんでくる。

 

 引っ越してきた日は不安で不安で堪らなかったこと。

 ケイちゃんとユウ君にまた会えたこと。

 トモとレイと友達になれたこと。

 5人で居ることがとても楽しかったこと。

 それがもう出来なくなってしまったこと―。

 

「楽しかった…なぁ…」

 

 気が付くと涙がこぼれていた。

「うぅぅ…」

 気持ちを抑える事が出来なくて

 溢れてくる寂しさに抗う事が出来なくて

 ただただ泣く事しか出来ない自分が悔しくて

 それでも…こみ上げる嗚咽を懸命に押し殺す。

 

 もし…もし声を上げて泣いてしまうとお婆ちゃんが心配して起きてしまうかもしれない。

 それにこんな姿を誰にも見られたくない。

 もし見られたとして誤魔化しきれる自信なんてない。

 何も出来ない―。

 

 

「…」

 我慢して耐える時間はどれくらい経っただろうか?

 少し心が楽になった気がしてケータイで時間を見る。

 時計は深夜2時を刻んでいた。

「はぁ…早く…寝ない…と…」

 気が付けば2時間近く経過していた。

 いろいろなものに疲れてしまったのか、いつの間にか意識を失っていた―。

 

□□□

 

 朝、普段通り登校した。

 トモとレイはもちろん学校には来ていない。

 もちろんケイちゃんも…

 ユウ君は学校には来ているようだが、まだ会えてなかった。

 結局ユウ君が教室に入って来たのはホームルームが始まる直前だった。

 ホームルームが始まり、担任の口からケイちゃんの引っ越しの事をクラスに伝えられていた。

 突然の事なのでクラスはざわついたが担任は構わずホームルームを続けていた。

 私は事前に知らされていた為か、当たり前だが衝撃は少なかった。

 …ただ担任の話があまり入ってこなかったのは昨日寝る前のアレを引きずっていたのかもしれない。

 1時間目が始まり、上の空で授業を受ける。

 何も身に入らず私はぼーっとユウ君の方を眺めているだけだった。

 思い出したようにノートに板書するが、それも長くは続かない。

 ただ時間が過ぎていくのを待ち泣くことを堪えるしかなかった。

 途方もなく長く感じた1時間目が終わる。時刻は9時40分。

「サキちゃん。」

「…」

 無言で顔を上げるとそこにはユウ君が居た。

「サキちゃん、行くよ。」

「…え?」

 手を掴まれ教室を飛び出す。

「ユウ君、どこに行くの?」

「決まってるじゃん。ケイゴのところだよ!」

「…うん!」

 そう言いながら向かった先は保健室だった。

「先生。無茶いいますけどお願いします。」

「…今回だけだよ。青少年。」

「え?…え?」

「担任には私から伝えといてあげるから…とっとと行きなー。」

 保健の先生が気怠い声と共にひらひら手を振っている。

 ユウ君は先生との言葉を交わすのみでまた走り出す。

「ユウ君!どういうこと?」

「保健の先生にお願いしてさ。特別に2人まとめて早退って事にしてもらったんだ。」

「…なんで…」

「お別れはちゃんとしたいだろ?でもサキちゃんが言ってた2人にも時間をあげたい…それなら出発ギリギリに行けばいいんじゃないかってね。」

 急いで下駄箱に向かって靴に履きかえる。

 靴を履くために離してしまった手をまた掴まれて走り出す。

 時計を見ると時間は9時45分。走って行っても駅には間に合わない時間だった。

「…ユウ君…間に合わないよ…」

「大丈夫!乗って!」

 目の前にあるのは自転車だった。

 二人乗りなんてしたことなかったけど、促されるままにリアキャリアに横向きに座る。

「行くよ!落ちないように捕まって!」

 

 立ち漕ぎをするユウ君の腰に手を回しながら自転車は勢いよく走りだした―。

 

 振り落とされないように力を込めながらいつの間にか目を閉じていた。

 無言でペダルを回すユウ君にしがみついている今の私の状況が信じられなくて恐る恐る目を開いた。

 見知った風景が目の前を流れて行く。

 いつも見ているハズなのに今は違うものの様に感じられる。

 懸命に漕ぎ続けるユウ君に力を貰えている気がした。

「がんばれ…ユウ君。」

 無意識に出た言葉。その言葉がユウ君に届いたのかは私には分からない。

 ただ自転車のスピードが少し上がった気がした。

 駅までもう少し―。

 カン!カン!カン!カン!

 駅の目の前の踏切が下りていく。

 ああ、それを通り抜けないとケイちゃんが行ってしまうのに…

 無常にも踏切は閉じられてしまった。時間はもう10時…。

「…ッ…ハァッ…」

 ずっと立ち漕ぎをしていたユウ君が項垂れている。

 私は自転車を降り、踏切の向こうの駅のホームを何とかして見ようと試みる。

 

 居た―。

 ケイちゃんとトモとレイだ。

 少し離れている為、何をしゃべっているかまでは分からない。

 ただトモとレイが泣きながら何かを喋ってそれにケイちゃんが頷いていた―。

 

 プルルルルルル…

 

 発車のベルが鳴る。

 ベルが止むとゆっくり電車がこちらに向かって動き出す。

「ケイちゃああああああああん!!!」

 考える前に叫んでいた。

「ケイゴおおおおおお!」

 ユウ君も一緒に叫ぶ。

 恥も外聞もない2人の叫びに、普段めったに開くことのない古い電車の窓が開いた。

 

「お前等ぁ!何やってんだよぉ!」

 

 答えた―。

 

「ケイちゃぁぁあん!またねぇぇぇ!!」

 

「ケイゴぉぉお!またなぁぁ!!」

 

 幼い頃のように腕と全身を振りながらケイちゃんに向かって全力で手を振る2人。

 

「…おう!またみんなで集まろうな!今度は5人揃って天体観測だ!」

 

 ニカっとした笑顔に涙を浮かべながら、こちらに負けないくらいの勢いで手を振るケイちゃん。

 電車が見えなくなるまで手を振り続けた―。

「…っあはは…ケイちゃん泣いてたね…」

「…ははっ…そうだね…泣きたくないって言ってたのに…」

 お互い肩で息している。笑いながら泣いているところまで一緒。

「…ユウ君、ありがとう。私…ちゃんと自分の思ってる事、言えたよ。」

「…うん、俺もちゃんと出来た気がする。」

 立っているのが辛くなってきたので地面にへたり込む2人。

 その表情は未だに笑っていた―。

 

 その後すぐにトモとレイが走って来て、軽く怒られた。

 言い訳は一杯あったけど、素直に謝ることにした。

 

 子供みたいな別れの挨拶はやはりインパクトがあったらしい。

 

 トモとレイがそのモノマネをしながら笑っている。

 ただ、その光景が何故か嬉しくて私も笑ってしまっていた―。

 

□□□

 

「サキちゃんってさ、昔から怒ると怖いよね。」

「…え?そうかなぁ?」

「うん、めっちゃ怖い。筋が通ってない!ってな。」

「それは2人が怒られるようなことしてるからじゃないの?理不尽に怒ったことは無いと思うなぁ…。」

「…その通り過ぎて、なんも言えねぇ…。」

「でもそれはサキのいいところ。私は好きだよ。」

「レイ…ありがと。」

「…しっかし成澤のやつおっせぇなぁ…何してんだ?」

「さっきもうすぐ着くって私に連絡あったよ。そろそろ来るんじゃないかな?」

「あ、噂をすれば成澤さん来たみたいだよ。」

「ごめん!少し遅れた?!」

「大丈夫。トモナ、時間ピッタリだよ。」

「おう!成澤。久しぶり。」

「ヤナギ!久しぶりー。元気してた?」

「あったりまえだろ。俺を誰だと思ってやがる―。」

 

 あの5人でまた集まれた。

 それだけで私は嬉しくて表情が緩んでしまう。

 3年ぶりだっていうのにそんな気はまったくしない。

 

「さぁみんなで星を見に行こう―。」 

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