戦国†恋姫〜新田七刀斎・戦国絵巻〜 第19幕
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 第19幕 堺 動乱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アレッサンドロ・ローラ・ヴァリニャーノ

 

外史の管理者であり、調律者である彼女の事は、同僚であるエーリカもよく知っている。

ローラは元々裏の実行部隊という位置付けだ。彼女の上司にいた左慈という男に影響されたのか、彼女自身も少し好戦的な方法をとる傾向にあるが。

 

低い背に幼い顔立ちは、無垢な少女そのものであるが、その眼光は何もかもを貫くほどに鋭い。目つきが悪いとも言えるだろう。

服装はゴシックロリータというべきか、黒を基調とし、白のフリルがついたドレスを身にまとっている。それは彼女の陶磁器のように白い肌との、どこか現実離れしたコントラストを描いていた。

エーリカとの共通点である長い金髪は、彼女のそれと違い結ぶことなく伸びている。

 

だが、普段外史に直接介入することのないローラが何故ここにいるのか。エーリカは報告すら受けていない。

 

(まさか、新田剣丞が2人居ることと関係が?だとしたら、この外史の終端はどこに・・・)

 

月明かりを浴びて蒼く照らされるステンドグラスは、彼女自身もまた蒼く染めていた。

 

 

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 夜 堺 大通り

 

先程までこの通りを埋め尽くしていた『人間』は、既に3人しかいない。

残りは逃げたか、鬼にされたかだ。

 

「だらぁッ!」

 

織田の剣丞の1振りが鬼の1体を両断する。

 

「「「「「グオオオオオォォォーーーーー!」」」」」

 

しかし、鬼の数は依然として減らず、むしろ増えているのではないかという程の数になっていた。

 

剣丞も両手に刀を持ち、複数の鬼と立ち回っていた。

 

(何体斬った・・・?)

 

手に持つ2本の刀はすっかり鬼の血と油を纏っていた。

襲い掛かる鬼にカウンターの要領で一撃を入れても、先程までの感触とは明らかに違うのがわかる。

 

「クッ、食い込んでッ!」

 

ついには鬼の胴体を真っ二つにしようとしても刃が食い込んで押すも引くもできない状態になっていた。

 

「ガアァァァァァーーーーッ!」

「やっべ」

 

腹に刀が食い込んだ状態で剣丞を葬ろうと腕を振り上げる鬼。

 

「七刀斎!」

 

しかし織田の剣丞が後ろから袈裟に両断したことで、剣丞は事なきを得た。

 

示し合わせたわけではないが、すぐさま背中合わせになりフォローし合う2人。

 

「大丈夫か?」

「あ、ああ・・・剣丞、お前その刀・・・」

 

見ると、織田の剣丞の刀は以前の剣丞のそれと同様に光り輝いていた。

 

「うおおおおぉ!?なんだこれ!」

 

織田の剣丞はこの現象を見るのは初めてのようで、気味悪そうに自分の刀を見ている。

(なら・・・)

今は血油に塗れた刀を拭くことが先決だ。ここは任せるか、と剣丞は考えていた。

 

「剣丞、俺は刀を拭かなきゃなんねぇ。頼まれてくれるか?」

「わかった!」

 

言うが早いか、鬼の群れに突っ込む織田の剣丞。

急いで刀を拭き終わった剣丞も、立ち上がって鬼を見る。

 

(にしても、本当に俺達だけでやれるのか・・・?)

 

町人、商人、武士、旅人、女子供。その一切の代わりに大通りをひしめく鬼とその中心に居る少女に、剣丞には歯噛みしながら戦う道しか残されていなかった。

 

 

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「久遠さま!どうするのですか!?」

 

逃げ惑う人の流れに紛れ、久遠と剣丞隊は気絶した空を背負って堺の町中を走っていた。

 

「はぁっ、はぁっ・・・怖れながら、会合衆に事の顛末の一切を話す事を、提案しますッ」

 

体力のない詩乃は息も絶え絶えに久遠に進言する。

 

「武士の喧嘩御法度な堺でも、鬼に対してならば何か対処をしてくれるかと」

「そうだな・・・では会合衆の屯所に行ってみるか」

 

久遠達が人の流れから抜け、会合衆の警備部隊がいる屯所へと向かう。

その彼女らを影から見る金色の髪がいたことを、本人達は知らない。

 

 

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 大通り

 

「グオオオオォォォーーーーッッ!」

 

鬼の腕を潜り抜け、光り輝く刃をその強靭な胴体に入れる。

抵抗は無い。ほとんど力を入れずとも鬼は一瞬で真っ二つになった。

 

「ハァッ、ハァッ、なんだ、この刀・・・」

 

織田の剣丞が自分の手の中で光る刀を見る。

その輝きは、おぼろげながらも頼もしさを含んでいて、

 

「だらっ!」

「「ギャアアアアアォォォォォーーーー!」」

 

来る鬼来る鬼を瞬時に屠っていた。

 

 

 

「織田の俺はどこに・・・」

 

一方剣丞は、織田の剣丞と違って刀を気にしつつ戦う故か、必然的にヒットアンドアウェイになってしまう。

鬼の群れの中を動き回っていた剣丞は迂闊なことに織田の剣丞を見失っていたのだ。

 

 

 

「七刀斎がいない!?分断されたか・・・」

 

織田の剣丞もまた状況を理解する。

 

実際に2人は鬼の大群により完全に分断されていた。

その様子を見ていたローラがほくそ笑む。

 

「フフフ・・・さぁて、どっちから死なせてやろうかしら」

 

中級であろう鬼の肩に乗ったローラは買い物で品定めをするかのように、ゆっくりと鬼の歩を進ませていった。

 

 

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光り輝く刀を振り続け、何体の鬼を倒したのか。

無限に湧き続けているような錯覚を覚えさせるその数は、数える事さえも忘れさせていた。

 

「久遠は逃げられたよな・・・?」

「グオオオオオォォォォーーーーーー!!」

 

並み居る鬼の中でも一際巨大な体躯を持った鬼が織田の剣丞に接近していく。

中級の鬼だ。

 

「なんだありゃあ!?尾張にも美濃にもあんなデカい鬼いなかったぞ・・・!」

 

自分の3倍はあろうかという身長を誇る鬼の腕は、もちろんそれに比例する。

その鬼は雄叫びをあげながら、周りの鬼を邪魔だと言わんばかりに蹴散らしながら腕を織田の剣丞に突き出した。

 

「クッ、スピードも上かよ!」

 

予想以上の速度で迫り来る腕を屈んで避け、そのままの姿勢で足元へと飛び込む。

足を狙って刀を振れば、いとも簡単に鬼は姿勢を崩した。

 

次に返す刀の勢いで胴体を斜めに斬り上げる。

 

「うらッ!」

 

連続で斬りまくる。

その攻撃が功を奏したのか、織田の剣丞は中級の鬼から反撃を受けることなく瞬時に倒すことができた。

 

「な、なんとか倒せたが・・・まだ今のと同じレベルの奴がちらほらいるな・・・」

 

鬼の群れの中に数体の中級の鬼らしき大きさの巨躯が見える。

 

いかに切れ味の落ちない刀を振っているとして、体力は有限だ。

若干の疲労を感じ始めた織田の剣丞は、ひとつ息をつくと刀を持ち直し、中段で構えた。

 

(援軍なんて見込めるのかわからないが、今俺にできることは・・・!)

 

「「「「「ガアアアアアアァァァァァーーーーッ!!」」」」」

 

鬼が再び織田の剣丞に殺到する。

 

手近の1体を斬り伏せ、持ち前のスピードを活かして鬼の群れの中を駆け回る。

その動きは斬られたことによる鬼の血飛沫すら浴びることもなかった。

 

 

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「鬼の数が減ってる・・・」

 

剣丞の周りの鬼の群れは依然として存在しているが、先程まで密集といった様相で囲まれていた時に比べたら幾分かの隙間が見える。

これは剣丞の方にいた鬼が織田の剣丞を攻める側に回ったために出来た穴なのだが、状況を知るに困難な剣丞にはそれがチャンスだと思えた。

 

「よし、このまま――」

 

やってやる、と言おうとした瞬間だった。

見覚えのある黒い塊が自分の方へやって来ているのが横目に見えた。

 

瞬時に反応し、カウンターの要領で力強く斬りつける。

 

「へッ、どうやら硬くはねぇみたいだな」

 

黒い塊――巨大な鬼の腕を斬り捨てた剣丞は、笑いながらその元を見た。

その先には、金髪の少女。

 

「あなた運が良いわよ。こんな化け物じゃなくて、私みたいな美少女に殺されるんですもの」

 

幼い容姿に似合わず大人びた喋り方をする。

なるほど、そういう奴かと剣丞は直感で悟った。

 

「自分の事を美少女って言う奴は信用ならないってのが俺の生きてた世界での共通意識でね」

 

実際目の前にいるローラは目つきは鋭いが十分美少女で通用する。

だがそんな軽口を言えるような状況ではない。

 

「信用しておいたほうがいいわよぉ?イレギュラーさん」

 

言うと同時にローラの肩辺りに何かが凝縮されていく。

黒い氣のような、粒子のような何かは、ローラの着る服のに被さるように徐々に収縮され、やがて巨大な腕となる。

 

それは先程船長に向けられたものと、たった今自分に飛んできたものと同じであった。

無論、ローラ自身の腕は服の袖の中だ。

 

(普通に見るとただ歩いてるだけだが、鬼の腕がぶち壊しにしてんな)

 

小さな体に不釣り合いな筋肉の塊。最早身長と同等の長さを誇る腕を振り上げ、ローラが剣丞に歩み寄る。

 

(さっき斬った感じだと、アイツの腕は硬化されてない。なら勝機はある!)

 

ローラが鬼の腕で殴るモーションをとる。

それに合わせて刀を振ると、予想通り鬼の腕は真っ二つになった。

 

「やっぱか!」

「ふぅん、まぁ本庄を倒してるならこれくらい普通よねぇ」

 

相手に驚きの様子は無い。純粋に小手調べだったのだろう。

 

「まぁ、いつまで続くか見物だけどねぇ」

 

瞬時に再び腕を作り、剣丞に襲い掛かる。

剣丞もまた二刀で応戦した。

 

 

斬り、再生、斬り、再生。

このやりとりを何度繰り返しただろうか。

 

本庄と戦っていた時も同じようなやりとりはあった。

しかし今回は獲物が違う。

 

十何回目かに鬼の腕を斬る際に感じた少しの食い込む感触。刃がスゥッと入らない感触に剣丞は歯噛みした。

今は刀を拭いている時間は無い。

両手に持つ刀は既に血で真っ赤に染まっている。限界が近づいていた。

 

ここで脇差や長刀を抜く選択肢もあったが、脇差だとリーチが足りず、長刀だと刀身の長さゆえの遠心力によってスピードが落ちる。

 

ローラの攻撃は速く、重い。それは剣丞が避けた後にその場にあった小屋が一撃で潰れたことから容易に確認できた。

 

「うふふ、そろそろ限界じゃない?」

「なんの、まだ・・・」

 

返答を待たず、ローラが鬼の腕を剣丞へと向ける。

今までの単発の攻撃ではなく、今回は両腕で剣丞を掴もうというような動きだった。

 

咄嗟に鬼の腕の手の平に刀を突き刺す。遠くから見たら両手を掴み合ってるように見えなくもない図だ。

 

「グッぐぐ・・・!」

 

鬼の腕の中に深々と根元まで入り込んだ刃が動かない。

切れ味が落ちたのが原因であろうが、押すも退くもできなくなっていた。

だが刀を手放せば巨大な筋肉の塊が自分を押しつぶす。今の剣丞にできることは力を込めて踏ん張ることだけだった。

 

そんな剣丞の状態を知ってか、ローラは鬼の腕をそのままに、剣丞に近づいてきた。

 

「新田七刀斎ねぇ・・・どうしてそんな嘘吐くのやら」

「なんだと?」

 

ローラが何も無い空間から剣を取り出す。

彼女が自身の手に持つ、刀とは違う細身の剣に剣丞は見覚えがあった。

 

「それは・・・!?」

「あら、見覚えあった?まぁそうよねぇ。1ヶ月も一緒に住んでいれば持ち物くらい覚えるわよね」

 

ローラが持つ黒い剣。それはエーリカが持っていた白い剣とまったく同じ形状をしていた。

 

「外史での自分の役割すら見えていない憐れな新田剣丞」

 

そう言った彼女の目には鋭さの中にある種の同情の色があった。

しかし、彼女の持つ剣は言葉とは裏腹に剣丞の胸をなぞるように撫でる。

 

「お前、どうして・・・!」

「言ったでしょ、私は管理者。この外史の事なら何でもわかる」

 

突き立てられた剣が剣丞の胸に食い込み、ツウッと一筋の赤い液体が流れる。

 

「クッ・・・」

「そして私は調律者。何もできない無能を排除する権利も与えられている・・・」

 

グググッと力を込められ、更に剣が数ミリ食い込む。

呻き声を上げると、ローラは嬉しそうに目を細めた。

 

「自分の役割を勘違いしてるならいっそ・・・死ぬ?」

「やく、わりって・・・」

 

ローラが両手で剣を持つ。両者の距離はその刃の長さ分だ。

 

自分は動けず、相手は自分を簡単に殺せる。

しかしそんな状況は、剣丞にとってピンチでありながら最大のチャンスでもあった。

 

(やれるか?あの腕が俺を潰す前に刀から手を放してアイツを倒す・・・!)

 

相手は油断しきっている。

チャンスは一瞬。

 

「ねぇあなた、SかMかでいったらどっち?」

 

相手の力加減と合わせて刀を手放す瞬間を探す。

その瞬間は思ったより早く訪れた。

 

(相手の呼吸、腕の呼吸と合わせて・・・)

 

「・・・ねぇ聞いてるの?あな――」

「さぁ、な!」

 

握っていた刀を放し、すぐさま1歩踏み込むと同時に脇差を抜く。

1秒にも満たないその時間はローラの虚を突くことに成功したようで、刃は彼女を捉えた。

 

黒いゴスロリ服の腹部に刀身が吸い込まれ、背中から切っ先が顔を出す。

脇差を抜くとローラは口から血を吹き出し、その場に仰向けに倒れ込んだ。

 

「殺してしまった・・・?」

 

一瞬にすべてを込めたせいか、どっと疲れが襲い掛かって来る。

既に周りに鬼は居ない。織田の剣丞の姿も。

 

「戦ってるうちに場所を移動しちまったのか・・・さっきの大通りじゃないな」

 

今いる場所は大通りとは違う、静かで狭い通りだった。

それはまるで教会のある通りのようで、少しばかりの既視感を覚える。

 

「けど、本当に倒したのか?」

 

本庄のように倒れたが死んでいない場合もある。

剣丞が警戒しながら後ずさると、口の血を流したままローラが目を開けた。

 

「あら、意外と驚かないのね?」

「大体予想はしてたからな。過去の経験から色々学んだんだよ」

「本庄ね・・・けしかけたのは失敗だったかしら?」

 

言いながらゆっくりと起き上がるローラ。

この時攻撃できなかったのは、鬼の腕が彼女を守るように剣丞の目の前に現れたからだ。

 

「これ、返すわね」

 

ベチャという音と共に剣丞の足下に刀が2本転がる。

剣丞は鬼の血だらけの刀を拾うと、そのまま鞘へと戻した。

 

「あら、拭かないの?錆びるわよ」

「そんな時間をくれるのか?」

 

そう返すとローラは笑いながら「わかってるじゃない」と返してきた。

 

「あーあ、よくも服に穴開けてくれたわね」

 

そう言いながらローラは上着をたくし上げる。

目に飛び込んできたのは、白い腹と赤い血の流れた跡だった。

しかし、その筋の元になったはずの傷が見当たらない。

 

(傷が消えてる?)

「ええ、そうよ。本庄と同じことくらい私にもできるわ」

「クッ!」

 

刀が使えない今、長刀で戦うしかない。

背負った長い鞘から抜き、下段に構える。

 

普段使わない分、手に馴染まないそれはどこか自分には向いていない感じがした。

それをわかっているが故か、剣丞は長刀を抜いた瞬間からどこか悟ったような表情をしている。

 

(やっぱ長刀は使い慣れねぇ)

 

 

言葉も無く、お互いが踏み込む。

 

(またさっきみたいにぶった斬ってやる!)

 

鬼の腕のパンチを避け、ローラに近づき両手で長刀を横に振る。

 

ローラはもう片方の鬼の腕を前に出して防御の姿勢をとるも、長刀のリーチは鬼の腕もろともローラを斬り裂けるものだった。

 

「終わりだ!」

「フフフ・・・」

 

長刀と鬼の腕がぶつかり合う。

確実に腕を斬り裂くと思われたその一撃は、ガキィンという鈍い音と共に通ることはなかった。

 

「なッ!?」

「言ったでしょ、本庄と同じことは出来るって」

 

腕の隙間から除いた彼女の顔には、してやったりといった感情が前面に出されていた。

 

「お馬鹿さんねぇ、ヒントはちょくちょくあげてたのに」

「まさか最初から・・・!」

「うふふ、切り札っていうのは最後までとっておくものよねぇ」

 

全力で振った分、強い衝撃が両手を襲い、数秒間は使い物にならなくなる。

その隙を見逃さず、硬化された鬼の腕は剣丞を捉えていた。

 

その攻撃はしっかりと『見え』ていたが、鬼との戦いや今の戦いで疲れ果てた剣丞に避けることはできない。

 

(やっぱ弱いなぁ俺・・・あんな幼女1人にも勝てないじゃん)

 

鬼の腕が勢いよく剣丞を殴り飛ばす。

剣丞はまっすぐに民家に向かって飛んでいった。

 

その途中で、剣丞はひとりごちる。

 

「だからさ、頼んだ」

 

 

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 大通り

 

織田の剣丞は返り血もそのままに、その場に立っていた。

 

腕が重い。

腕どころか体自体が重いのだが、疲れが顕著に表れているのはやはり長時間刀を振り続けた腕だ。

 

分断されたと知ってから何体の鬼を倒してきたのか。下級中級問わずその数は両手や両足では足りないだろう。

 

呼吸は荒いを通り越してたまに息苦しくなる。

無理に息を吸い込もうとすると咳こんでしまうほどだった。

 

刀はその輝きを失ってはいないが、鬼もその数を減らしてはいない。

それもそのはずで、剣丞の方に向かっていた鬼の全ても織田の剣丞に回って来ていたのだ。

 

「マジ、で、やばいな・・・」

 

ここまでかという台詞が口の中まで登って来る。

 

その言葉を言わずに済んだのは、織田の剣丞本人ではなく、彼を慕う仲間の声だった。

 

「剣丞ーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「「お頭ーーーーーーーーーーーーーーー!!」」

 

幻聴かと思ってしまう程に聞きたかった声。

織田の剣丞は息を吹き返したように声のする方を向いた。

 

「アレが鬼ってやつか!」

「堺をメチャクチャにした罪は償ってもらうでぇ!」

「突撃やぁ!」

 

久遠達の声に紛れて聞こえてくるのは、屈強な男達の鬨の声。

 

「剣丞、待ってろ!今そっちに行く!!」

 

喉は既に枯れている。

だが、返事を返さなくては。知らせなくては。

 

剣丞は残った力の全てを使って叫んだ。

 

「久遠ー!俺はここだ!俺もすぐそっちに行く!!」

 

上手く声が出たかはわからない。

しかし最愛の彼女に会うため、織田の剣丞は刀を握りなおした。

 

 

 

「聞いたか!?」

「はいっ!確かにお頭の声でした!」

 

長田三郎として会合衆を味方につけ、大通りへと急行した久遠達。

詩乃に空を頼んで屯所に置いているため、体力面で劣る面子もいない。

 

「ひよ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ!お頭の為だもん、鬼だって怖くない!」

 

普段弱弱しいひよが顔を引き締めて腰に持つ脇差の柄を握る。

それを見た久遠は満足したように刀を抜いた。

 

「よし。皆の者、突撃だぁーーーー!!」

 

「「「「「オオオオオォォォォーーー!!!!」」」」」

 

 

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裏通り

 

「いやあああああぁぁぁぁーーーーー!!!!」

「ハッハハハハハハァーーーーッ!!」

 

普段夜になれば人もいなくなり、静まり返るはずのこの通りに響く2つの声。

1つは悲鳴、もう1つは高笑い。

 

彼らの地面には肉の残骸とおびただしい量の血。

残骸のうちの辛うじて判別できるのは、小さな足だった。

 

「もう、やめてぇ・・・!」

 

黒いゴスロリ服の少女が血や涙を流しながら懇願する。

しかし、脇差を両手に持った男はやめようとはしない。

 

「あぁ?やめるわけねぇだろバカが!」

 

男は楽しそうに、少女の腹に脇差を突き立てる。

少女の腰から下はほとんど原型を保っておらず、服もろともズタズタにされていた。

 

「さっきの質問に返してやるよ」

 

断続的に上がる悲鳴の中、男は極限まで口角を上げて言った。

 

「SかMかつったらな・・・ドSだよ!!」

 

笑いながら答えられたその言葉を聞きながら、少女はどうしてこうなったのかと歯噛みしていた。

 

 

 

 数分前

 

「あっはっはっは!イレギュラーだっていうからどんな奴かと思ったら、とんだ間抜けだったわね」

 

ローラの視線の先には、大きく穴の開いた民家。

 

「さて、イレギュラーも排除したことだし、もうこの外史に用は――」

 

鬼の腕を消し背を向けようとしたその瞬間、ローラの膝がガクッと落ちる。

予想外の事態に彼女は目を見開いた。

 

「グフッ、なんですって・・・!」

 

ローラの腹に生えていたのは、刀の柄。

背中に生えていたのは彼女の身長を超える刃だった。

 

「あの男ぉ!」

 

痛みに耐え、長刀に貫かれたまま民家の穴を睨む。

誰もいなかったはずのそこには、ガラガラと音を立てて穴から出てくる剣丞の姿があった。

 

「へっ、アイツに頼まれるのなんて初めてだな」

「あなた・・・!」

「おっと、ソイツはオレんだ。返してもらうぜ」

 

言うと同時に小刀を2本ローラに投げつける。

咄嗟のことに反応できず、ローラは肩と腿に小刀が刺さる羽目になってしまった。

 

「ぐぅぅっ、新田七刀斎・・・」

「ほぉ、オレの事知ってんのか。まぁそりゃそうか」

 

踏み込んで急接近する七刀斎。

ローラが反撃を試みるべく剣を取り出したその時には、七刀斎は長刀の柄に手をかけていた。

 

一気に引き抜くと、ローラは声にならない悲鳴を上げた。

 

「痛いか?痛みをここまで受けるのは初めてか」

「別に初めてじゃないわ!これくらいの痛み・・・!」

 

顔を顰め、腹部を抑えながら肩と腿に刺さった小刀を抜くローラ。

七刀斎はそれを終始笑って見ていた。

 

「じゃあ教えてやるよ、外史の管理者兼調律者様よぉ」

 

鬼の腕を出す時間も、剣で斬りつける時間も与えずにローラの足を斬る。

 

小さく悲鳴を上げるローラを仰向けに転がして、七刀斎は脇差を両手に持った。

 

「痛みの味って奴をよ!」

 

それから数分間、彼女は七刀斎の蹂躙をなす術もなく受け続けることになる。

 

 

 

「おいおい、気絶するなよ?お楽しみはまだ続いてんだからよぉ!」

 

既に下半身をズタズタにし終えた七刀斎は、胸に取り掛かっていた。

再生させる隙も与えずに刃を何度も突き刺してはいる。常人ではとっくに死んでいるところであるが、ローラが息を止める気配は無い。

 

「ぁ・・・ぅ・・・・・・」

 

しかし意識の方は既に絶え絶えだ。

 

「ヘッ、もうへばったのか。案外骨の無い奴だったな」

 

脇差を抜き、刀身を拭こうとする七刀斎の頭の中に、既に気絶したはずの意識の声が流れる。

 

『いや、まだだ・・・』

「あ?どうした剣す、のわっ!?」

 

七刀斎の意識を無理やり乗っ取り、体を支配する剣丞。

 

『おいおいどうした剣丞。お前、倒せねぇから頼んだって言ってたじゃねぇか』

「ああ、だから感謝してる・・・こっから先は俺の怨恨だ」

 

力強く脇差をローラの胸に突き刺す。

するとしばらく反応の無かった彼女の体はビクンと跳ねた。

 

「かっ・・・ぁぁっ・・・!」

「コイツは、おっちゃんを!!」

 

再び力強く突き刺す。

 

「ああぁぁっ・・・!」

「おっちゃんをよくもぉぉぉ!」

 

ザクッ、ザクッと耳に嫌な音が飛び込んでくる。

 

『ケッ、戦いじゃ勝てねぇからオレに任せて、それで勝ったら自分で憂さ晴らしかよ。随分な小物っぷりだな!』

 

珍しく七刀斎がストレートに貶してくる。それすらも剣丞にとってはどうでもいいことだった。

 

「ああ、俺は小物さ!だから強くならねぇと、また誰かが犠牲になる!おっちゃんみたいに!」

 

今の剣丞は「自分の弱さで船長を死なせてしまった」という考えに感情を支配されている。次もまた自分の弱さのせいで周りの人間を死なせてしまうかもしれないという強迫似た思考も同時にある。

その対象が美空や空、そしてエーリカになったらと考えると、剣丞の頭の中はグチャグチャになっていた。

 

「あああぁぁぁぁっ!!」

 

爆発した感情を脇差に乗せ放つ。

 

「・・・ッ!・・・・・・ッ!」

 

やがてローラからの反応が無くなり、ピクピクと痙攣するようになったとき、剣丞はようやく脇差から手を放した。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・これで・・・うっ」

 

しゃがんでいた状態から立とうとした時、剣丞は膝が笑っているのを感じ、ローラの隣にうつ伏せになって倒れ込んだ。

 

「なん、で・・・」

『バーカ、ガス欠だ。鬼やこのガキと戦って体力の限界が来たんだよ』

「そうなのか・・・」

 

隣ではまだローラの呼吸が聞こえる。

 

(まだ倒しきってない・・・なんて生命力だ・・・)

『いや、管理者に死の概念は無い。外史に実体を持って現れるからその体に与えられた刺激衝撃を本人を襲ってるんだ』

(なぁ、お前。さっきからこのローラとかいうのと同じ単語使ってるが・・・なんなんだよ、訳知りか?)

『さぁな・・・まぁ今はそんなこと気にすんなよ』

 

それきり、七刀斎は意識から姿を消した。

 

後に残されたのは今にも意識を手放しそうな剣丞と、虫の息のローラだけだ。

 

「七刀斎、お前一体・・・」

 

「・・・・き・・・・ぃ・・・・・・」

「ん?」

 

耳をすますと、ローラが何か言葉を発しようとしている。

よく聞こえないので、重い身体を半分起こして彼女に近づけると、表情と共にその言葉がかすかに聞こえた。

 

「痛い、の・・・・・・きも、ち・・・いぃ・・・」

(お、おいおい・・・)

 

その瞬間、剣丞の体がドサリと地面に沈む。

ローラの今の発言に突っ込む気も、言及する気も起きずに後はただ意識がブラックアウトするのを待つだけだ。

 

ただ、最後に見たローラの顔は、とても恍惚としているものであるということだけは、剣丞の網膜にしっかりと焼き込まれていた。

 

 

 

 

 

 

説明
2週間とちょっとぶりのご無沙汰です、たちつてとです
今回は筆が遅くなってしまい申し訳ありません
この作品をちょっとでも暇潰しにと呼んでいる方々、お待たせいたしました
とりあえず、私の中でおおまかなストーリーは決定いたしました次第です
それではこの作品をこれからもよろしくお願いします






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コメント
このままドMなローラが七刀斎にくっついてくるとかいうパターン…なわけ無いですよね?(mokiti1976-2010)
ドSとドMなら相性はバッチリ!(アルヤ)
ローラはMだったんですね・・・いや、七刀斎の攻撃で目覚めてしまったのでしょうか? どちらにしろ、碌なことになりませんねww(本郷 刃)
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