コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜 |
第二十四話「〜水 炎〜ケッセンかいし」
緑の濁流の上を青い清流が流れ行く。青い一滴は流れに逆らわず流れる。
雨宮水青は巨大な濁流に飲まれないように自分自身が出した水の上を疾駆した。途中電信柱を見つけては捕まり、向きを強引に変える。荒々しい水流は彼女を逃さないように、上空でうねり彼女に追いすがった。その姿はまさに龍そのもの。
龍は彼女を歯牙にかけようと加速していく。
「くっ!」
『追いかけっこはまだ終わりませんか? そろそろお戯れといきたいのですが姫』
濁流から触手のように細い水流が伸び、水青を捕まえようと縦横無尽に暴れまわる。
それらの水流はアスファルトを、電柱を容易く砕く。飛び上がった破片も濁流にはじけ飛ばされ、粉々と消えた。
緑の幾重にも伸びる水流達は、ついに彼女を捕まえようと迫る。
が――。
『なっ!』
――空色の光と共に緑の水流は氷となり、粉砕した。
『グラキースの? なるほど、これは一筋縄では行きませんね』
龍から聞こえてくる声はどこか陽気だ。対して水青の表情は険しい。額に玉のような汗を浮かび上がらせていた。
手を伸ばせば届きそうな位置に迫る敵。確か名前はキョウスイ。
私は予定の場所まで彼をおびき出し、構えた。
その様子に緑の水となっていた彼は元の人間の姿へと戻る。メガネの位置を正しながら彼は私を射抜く。
一瞬足元がすくみそうになるのを感じた。前回の戦いの敗北が足を震わせる。
「なるほど、誘い出されたというわけですか? 貴方方には驚かされてばかりです。後手に回らずいけないというのは面白く無いです」
彼は注意深く辺りを伺っていた。
罠などを警戒してなのでしょう。ですが、後手なのはこちらも同じ。
1日や2日で罠などを設置できることは叶わなかったので、その警戒は無意味です
「それは光栄です」
私は努めて笑ってみせた。
「ふふふ……でも、それも気のせいのようですね」
まったく勝てる気がしません。皆さんもきっと今頃同じ感覚を味わっているころなのでしょうか? 確か近くで暁美さんがいたはず……。
相手から視線を外さぬように、念話を送る。
『暁美さん?』
『だー、今はガーネットだ! アイオライト!』
暁美さん。いえ、ガーネットの声はまだ余裕がありそうですね。
そんな事でも私の足元を襲う金縛りが和らぐ気がした。
『どうした?』
『不安でして……1人ではないのですけど、1人で戦っているような錯覚に耐えられなくて』
『へへっ。あたしと同じだ』
『え?』
声は柔らかくとてもそうには思えない。
『こっちも誘いだしたはいいが、睨み合っている状況でさ。足が震えてんの――』
それでもガーネットの声は普段の声と変わらない。
『――でもさ。あきは、もっと大変だし。水青の声も聞けたし、同じだってわかった。だから、もう大丈夫だ』
『私も大丈夫になりました』
自然と口元が綻ぶ。
『気張れよアイオライト』
『そちらもガーネット』
私は敢えて瞑目する。
相手が飛び込んでくると思ったが、そんなことはなかった。待ってくれたのかもしれないし。余裕だと油断してくれているのかもしれない。どちらにしたっていい。
今は凄く晴れやかな気持ちです。
「参ります」
緋山暁美は灰色の光を纏い。拳にガントレットを作り上げる。
次に赤い光を瞬かせ、周囲を燃え上がらせた。
対するソウエンもまた青い炎を周囲に燃え上がらせる。赤と青の炎はぶつかり合い、激しく爆ぜた。
いつ動き出してもおかしくない状況で暁美は目を瞑り、拳を胸に添える。
ソウエンは訝しげに覗きこむだけで、とくに飛び出す様子を見せなかった。
暁美もまた前回の敗北が脳裏を過り、恐怖していたのだ。
水青の声が明るくなったのを感じて、胸から力が湧き上がるのを実感する。
(さっきまでめちゃくちゃ勝てる気がしなかったこいつとやり合える!)
あたしが拳を作ると、相手は笑った。
「へっ! さっきまでのお前はつまらなさそうだが、今のお前は面白そうだ」
「そうだろうな! 何せこちとら覚悟完了って奴だ!」
確かこいつはソウエンとは言っていたな。この前の借り。ここで返させてもらうぜ。
互いに拳を炎で纏わせ、勢いそのままにぶつけあった。
「へっ! どうやら魔石が増えたみたいだな! 魔石は数ではないってことを教えてやる!」
「うっせ! こちとらつい最近までぺーぺーの学生だったんだよ!」
青と赤の炎が周囲を一瞬で焦がす。焦げ臭い匂いで鼻が曲がりそうになる。
私はふと脳裏に作戦の事を思い出す。
(オニキス……下手打つなよ。あんたがやられたらあたしは――)
先日の作戦会議の事である。滝下浩毅は保志志郎の読み通り、堅実な作戦内容を全員に説明していた。その途中、オニキスである早乙女優大がそれを遮り拒絶したのだ。
「敵は魔法少女達を各個撃破しようと動くはずです」
優大は滝下浩毅の作戦を否定する。
「だからそうならないように、チームを組んでだな――」
「それでは勝てません」
重い沈黙。
「でも――」
全員の視線が暁美に向く。大勢の視線が集まったことに、暁美は目を見開いた。それでも怖気ずに彼女は続ける。
「――あーっと、その……でもどうしてあたし達を各個撃破しようとするって思うんだ?」
「オニキスだ」
新堀金太郎が答えた。
「オニキスの存在は扇子で言う要だ。オニキスを欠けば俺達はバラバラになっちまう。だから、潰させないために俺達は必死で固める。そうなればオニキスは守れたとしても他が守れなくなる。そこを狙ってくるだろうな」
彼は面白く無いといった様子だ。
「そう。そして魔法少女とチームを組んだ大人たちは意地でもついていこうとするよね? そこを潰していけば、どう?」
問われた明樹保達は顔を青くした。
「足手まといな上に、明樹保ちゃん達の負ける要因になっちまうな」
須藤直毅は苦虫を噛み潰したような表情だ。
「後は俺を囲んで潰せば相手の勝利です。ルワークの攻撃を消しながら全員を倒すのは無理です」
オニキスは肩を竦めてみせる。滝下浩毅は眉根を寄せた。
「ではどうしろと?」
「エレメンタルコネクター同士、一対一の状況を作り上げるんですよ」
滝下浩毅は「バカな!」と叫ぶ。
「そんなことをすれば、桜川君達にかかるリスクが高くなる。それに1人では彼女たちには彼らに勝てないぞ」
「だけど一対一の状況になることで、余計な精神的負荷はなくなります。それに――」
優大は室内にいる全員を見渡す。
「一対一で決着をつけろとは言っていません。時間を稼ぐのが目的です」
「何?」
優大は壇上に上がると、ホワイトボードにエレメンタルコネクター、機械兵、魔法戦士、魔物と記入していく。
「これが大きく分けた敵の戦力です。このうち警察、タスク・フォースが倒せないのはエレメンタルコネクターだけです」
神代拓海は「そういうことか」と呟いた。
「そうです……エレメンタルコネクター達を、魔法少女達で食い止めるのです。その間に他の全員で周りの敵を倒す」
「だけど……私達じゃあの人達に勝てないよ」
鳴子は今にも泣き出しそうな顔で弱音を吐く。明樹保達も頷いた。
「それにオリバーもいるし、ルワークもいるわ。不可能よ」
「クリスの結界も手強いわ。それにまだ保奈美の魔石とアリュージャンの魔石も回収できていないわ。当然次の戦いで敵が使ってくることも考慮すべきよ」
紫織とエイダはダメ押しとばかりに言う。だが、オニキスは首を振った。
「んな無茶な! あいつら見たいにあたしらも炎や水になって戦えればなんとかなるかもだけど」
「相手と同じことしても勝てる見込みはないよ。仮にエレメント化と呼ぶけど、あれの長所と短所は熟知しているはず。だけど、相手とは違う手がこちらにはある」
「強化ユニットはまだ使えないわよ?」
エイダは「他に手立てがあるなら別だけど」と付け加える。
「違います。これですよ」
オニキスは自身の左腕に数珠のようにまいた魔石を指さした。
全員が首を傾げる。
「全員、魔石を複数持って敵と戦うんです」
「確かにそれだったらなんとかなりそうですが……」
それでも水青は不安そうにしている。
「時間を稼ぐだけだよ。何も倒す必要はない」
「なるほど、その間に俺達が周りの敵を倒し、明樹保ちゃん達と合流して一気に畳み掛けると」
オニキスは「そう」と首肯した。
「俺はオリバーを、クリスって人はエイダさん。エイダさんには母さんの魔石と封印。それを託します。ローズクオーツには月。後は直のも合わせてルワークを、心許ないのでアメジストも援護お願いします」
すぐに異常に気づいたエイダは飛び跳ねかねない勢いでオニキスに言葉をぶつける。
「ちょっと待ちなさい! 貴方、破壊と空だけでオリバーとやり合うつもり?」
「いえ?」
「でも2つしか無いじゃない!」
「俺は魔石を持って行きません。アゼツライトに空、和也に破壊を……」
エイダの予想をはるかに上回る答えだったのか、彼女は目を白黒させた。
「自殺行為に等しいわ! 相手は星の力を持っているのよ!? しかも単純な戦闘能力ならルワーク以上に強いわ!」
その言葉に室内にいた全員がざわめく。
「それも承知の上です」
タスク・フォースの司令室で滝下浩毅は険しい表情で指示を飛ばす。刻一刻と変化していく状況に瞬時に備えていくためだ。
彼らが睨みつけるように眺めている画面には、タスク・フォースと警察、タスク・レスキュー、スミス財団の面々がどの場所にいるのか表示されていた。
「アゼツライトとの情報リンク完了」
「エレメンタルコネクターと魔法少女たちの位置情報を表示してくれ」
女性オペレーターは短く「了解」と答える。素早く操作し大画面に表示した。
「ここまではオニキスの作戦通りの動きだな」
『全員所定の位置につけたのか?』
滝下浩毅の目の前にあるディスプレイに新堀金太郎が映し出される。
彼は金太郎の問いに「そうだ」と答えた。
「そっちはどうだ?」
『強化ユニットの最終調整に入ったとこだ。ゴム弾の方は後少しで準備出来るぜ。誰か呼び戻してくれ』
「わかった。櫻井のチームを呼び戻してくれ」
「了解」
女性オペレーターの声が室内に静かに響く。
滝下浩毅は努めて落ち着きを装う。足元は貧乏揺すりをしており、気が気でない様子だ。
「オニキスの方はどうだ?」
「アゼツライトの索敵範囲外に出てしまった模様です」
滝下浩毅もそして司令室にいた全員の表情が曇る。そんな司令室に烈の声が響く。
『こちら08レッドです。周囲の敵を掃討しました。このまま次の戦線に行きます』
「了解だ」
滝下浩毅はマップを見渡し考えこんだ。
オニキスは作戦の立案だけであり、現場の指揮は当然ながら滝下浩毅の役目だ。彼はアゼツライトと斉藤和也の周りに味方が居ないことに気づいた。
当然彼らに合流する役割を担っている者はいる。それらは滝下浩毅と神代拓海達が念入りに決めたのだ。
「08レッド。変更だ。アゼツライト達と合流、護衛に回ってくれ。少し気になる」
『了解。08チーム護衛に回ります』
滝下浩毅はわずかな不安と嫌な予感を感じ、08チームを向かわせた。
「司令……よろしかったのですか?」
「ああ。嫌な予感がしてな。勘ってやつだ。それより、ガソリンと消防機関の方はどうだ?」
「消防の方は先ほど02チーム。タスク・レスキューと合流。迂回ルートを通っております」
女性オペレーターはマップにルートと02チーム達の現在位置を表示させる。
「燃料はまだ確保できてないようです」
男性オペレーターは声に焦りを滲ませていた。
「そうか……。杉原君達に藤の里まで行くように指示してくれ。命ヶ原にあるガソリンスタンドはダメだろう」
女性オペレーターは短く「了解」と答えると指示を飛ばす。
「戻ってくれば、まだ余裕が出来るんだが」
眉間の皺は深くなる一方だ。
激しい轟音が鳴り響き、地面と空気を震わせる。紺色の輝きが光る度に黒い影が跳ね、地面を転がった。
黒い炎の鎌が紺色の光を追撃するが、それらは余裕を持って回避される。
オニキスは舌打ちをすると転がった。彼のいた場所は閃きと同時に吹き飛んだ。回避は成功するが、転がった先に紺色の輝きが瞬く。
一閃。
寸でのところで飛び退いたオニキスはそれをやり過ごす。態勢を立て直し、構えるがすでに相手はいない。
オニキスはとっさに背後に刃を振るうが攻撃は受け止められてしまう。
「ほぉ。追いつくか」
「勘だよ勘」
オニキスの体は傷だらけであった。筋肉と装甲の中間のような肉体に亀裂が走り、そこから赤い鮮血が流れ出ている。息も少し上がっていた。対してオリバーは傷一つなく涼しい顔だ。
「まさかここまで我らの軍師を欺くとはな。それは褒めるに値する。だがしかし、我を見くびりすぎではないか?」
「そんなことはないぜ――」
オニキスは手に持った竿状の棒の長さを短くし、黒い炎はその身の丈を大きく伸ばし、鎌から野太刀へと変化する。
「――俺達全員で勝つためさ」
彼の言葉にオリバーは鼻で笑う。
「我に魔石なしで挑むとは恐れいった。舐められているのかと思ったが、今の言葉で色々と合点がいく。なるほどな……その意気やよし!」
作戦通りオニキスには魔石はなかった。全ての魔石は仲間に託し、自身は魔石無しでオリバーと対峙しているのだ。あるのは魔鎧と空間湾曲領域のみだ。
「だけど、こっちも予想外だったよ。そんな武器を持っているなんてね」
オリバーに握られている剣に実態はなく。黒い柄から、紺色の光り輝く刃が顕現していた。
彼はそれを誇らしげに眺め天に掲げる。
「我の伝家の宝刀だ!」
彼は力強く宣言した。優大は短く「それは光栄だ」と答える。
「お主と出会った頃とは違い! 魔石も使え! 武器も違う! 故に!! お主は我を打ち倒すには圧倒的に足りないッ!」
「あんたにこの状態でも勝てなきゃ意味が無いんだよ――」
オニキスは武器を中段で構えた。
「――俺はあいつにも勝てない!」
そんな彼の言葉にオリバーは自然と笑う。
オニキスは自殺しに来ているようなモノだった。魔鎧、空間湾曲領域を持ち得ていてもなお、それらを上回る攻撃力を相手は持っているのだ。おまけに戦闘の経験も段違いである。それらを承知のうえでオニキスはオリバーと相対していた。
そんな彼の様子に、彼の状況にオリバーは笑う。
「我はそういうのは嫌いではない」
そう告げるとオニキス目の前に突如現れた。
「さあ! 楽しもうぞオニキス!!」
言うと同時に剣と刀が激突する。重く鋭い剣撃が衝撃となって地面を、大気を割った。
2つの咆哮が天下を震わせる。
アイオライトはバク転の要領で飛び退いた。
彼女が飛んだ刹那、アスファルトが大きくめくれ上がり緑の水が走り抜ける。緑の水は執拗に追い回す。
アイオライトは飛び、跳ね、そして転がって攻撃を避け続ける。
絶え間ない攻撃の合間を縫って氷の固まりを撃ちだし、水流で攻撃を仕掛けるものの、余裕を持って対処されてしまい、相手にダメージらしいダメージを与えられていなかった。
(作戦上問題無いとはいえ……)
アイオライトの額に汗がにじむ。
動きも徐々に精細さを失いつつあったのだ。キョウスイはそれを見逃さず、的確に攻撃を仕掛け、彼女を追い詰めていく。
彼女は焦燥感に駆られ始めていた。
それも無理からぬ話。彼女と彼では経験の差が大きくあるのだ。長期戦闘の経験、心構えなどがあるキョウスイの方が、彼女より精神的にも優位に立てるのは不思議ではない。
彼もそれを理解しているのか、無理に攻撃を当てようとせず追い立て続けた。
「ふふふ……時間稼ぎが目的でしょうか?」
彼の言葉にアイオライトの目線が泳いでしまう。
そんな彼女の様子に彼は笑う。
「大丈夫ですよ。貴方は完璧でした。仲間から忠告が来ましてね」
彼は「ふふふ」と口を歪ませて笑う。眼鏡越しに覗く瞳は狂喜を帯びていた。
「このっ!」
精神的余裕が奪われたアイオライトは、攻勢に転じてしまう。
氷で刃を作り、風を切る音と共にそれを振るう。しかしがむしゃらの攻撃。あまりにも迂闊なそれは相手に絶好の機会を与えてしまう。
「おや? こちらに寄っていただけるなんて。嬉しい限りです姫」
彼は笑うと、顔と顔が触れ合いそうな距離まで肉薄した。
アイオライトは反射的に仰け反ってしまう。重心も態勢も何もあったものではない今の彼女は、身動きすらろくに出来ない状態となっていた。
がら空きになった懐に緑の水流が鉄槌の如く叩きつけられる。間髪入れずにさらに彼女にもう一度重い一撃を加えた。二度の強烈な攻撃にアイオライトは身動きが取れない。
すぐに動けないことを確認すると、キョウスイは頭上に水の球体を顕現させた。
「これでオシマイです」
軽いモノを放り投げるかのように、その水の玉はゆったりと弧を描く。
直撃する瞬間。
空色の氷がキョウスイの足元から貫かんと生えた。
キョウスイは間一髪でそれを避け、態勢を立て直す。その頃には水の球体は氷結され、カラスが砕けるかのように割れた。それらは力を失い地面へと落着する。
「油断なりませんね」
「まだ、です」
キョウスイは未だ余裕だ。
彼女は膝を震わしながらも、立ち上がる。
「負けられないのです!」
赤と青い炎が激しくぶつかり合う。
それらは周囲を炭化させていく。
「鋼の力手に入れた程度で俺に勝てるかよォ!!」
青い炎は赤い炎を呑み込まんと、その勢いを増した。
「ッラァ!!!」
ガーネットは気合の雄叫びと共に鋼の棍を振りぬく。しかし実態のない青い炎はそれをすり抜け、彼女の背後に収束していく。
とっさに鋼の壁を作りガーネット身構える。直後に重い衝撃とともに青い炎が鋼の壁を襲った。
すぐに熱が鋼を赤熱させる。
「無駄だ!」
ソウエンは言い放つと赤熱した鋼の壁を容易く拳で打ち穿いた。壁越しにガーネットを殴り飛ばす。
「ガッ――」
不意打ち同然だったその一撃に対応しきれず、まともに受けて地面転がる。殴り飛ばされた後にすぐに立ち上がり、彼女は瞳に闘志を宿す。
「まだ殴られ足りないか? いいぜ!」
「足りないね! まだ足りないね!」
ガーネットは両拳に炎と鋼の手甲を纏うと、勢いそのままに駆け出す。
肉薄し拳を振りぬく。
「無駄だと言っているんだよ! バカのひとつ覚えとかムカつくんだよ!」
ソウエンは苛立たしさを隠さずに、顔と声に出すと青い炎の化身となり、攻撃を受け流していく。
そんな言葉に耳を傾けずに、ガーネット叫びながら拳を振るい続けた。何度も空を切るそれは子供が駄々をこねるようにも見える。
「鬱陶しい。弱い奴は黙って死んどけや!」
青い炎がガーネットの首を締め上げ、振り回し地面に叩きつける。アスファルトを大きく凹ませた。
破片が宙に浮く――
実体化するとそのままガーネットを振り回し、建物の壁に投げつけた。壁は紙材か何かと錯覚するほど容易く崩れる。
――浮いていた破片は地面を打つ。
彼はゆったりと建物の中へと入っていく。建物の室内は狭く。ガーネットはその中央で倒れていた。
彼女は頭を持ち上げようとした後頭部に足を押し付けられる。そのまま床に叩きつけられ、押しつぶさんと力を入れる。
「あっぐッ!」
「今すぐ死ね! 黙って死んどけ! 呼吸する間もなく死ね! この世に生まれたことを後悔して死ね! 俺と対峙したことを後悔して死ね!」
一言一言、言葉に合わせて強烈な一撃がガーネットを襲う。
「お前みたいな弱い奴が! 戦場に立つのが俺は無性に腹が立つんだよ! お前だけじゃない! お前の仲間も俺が殴り殺してやる!」
「このッ!」
「黙って死んどけって言っただろうが!!」
踏みつけている足に力を込め、脳髄を潰さんとする勢いで踏みつけた。地面に亀裂が走り、窪みが出来上がるほどの勢い、力強さ。髪を掴み、無理矢理引き起こすと無防備になった腹部に拳を殴りつける。
それも一度や二度ではない、何度も何度も、肉を打ち付ける音が無音の街に響く。
画面に膝を打ち込み地面を転がす。ガーネットは反撃する気力もないのか、力なく大の字になった。
魔鎧がなければ、彼女の体は今頃人の形を成してない。それほどまでに打ちのめされていた。
「弱い癖に変な小細工しやがって! お前を殺した後に仲間を殺してやる!」
「――せない」
「ああ? 誰が喋って良いって言ったか?!」
「させないんだよぉ!」
鋼の固まりが投げつけられるが、青い炎は受け流す。そのままガーネットを包み込もうと迫った。
鋼の壁で炎を受け止める。
「二度も同じ手を食らうかよ!」
赤熱し青い炎の拳が貫く。
「今だ!」
ガーネットはそれを避けると、ソウエンを囲むように壁を生み出した。
「この野郎!!!」
ソウエンは炎を激しく燻らせ、怒りを顕にする。鋼の壁も赤熱していく。
「だから――」
直後物凄い勢いで水と白いガスのようなモノが浴びせられた。
赤熱していた鋼は冷えて、灰色になる。
「――あん?」
ソウエンは水の出ている先に目線を向けた。そこには銀色の耐火服に身を包んだ消防士が放水していた。
「そんなモノでこの俺がやられるかよ!」
炎の身を激しく爆ぜさせて、水を蒸発させていく。炎を自在に操り消防士を襲わんとする。しかしオレンジの光弾と白いガス、そして赤い炎がそれらを防ぐ。
「フォーメーションファランクス!」
「「「「「了解」」」」」
左肩に02。白と赤の装甲を身に纏った戦士は叫ぶと、素早くフォーメーションを組んでいく。
消防士の前に3人一列、それを二列形成した。
タスク・レスキューは銀色の装甲服を身にまとっている。彼らは02のチームの端でライフルのようなもの構えた。それらはコードがついており、彼らの背中に繋がっていた。
フォトン・ライフルを間髪入れずに発砲し続ける。タスク・レスキューの面々もそれを援護するように白い霧を噴きつけた。
「弱い奴が群れやがってぇええええええええ!!!」
「そうさ! 弱いから手と手を取り合って、立ち向かうんだ! これがあたし達の力だぁああああああああああああ!!!」
ガーネットは叫ぶと赤い炎を爆ぜさせた。それは青い炎を阻む壁となり、仲間達を守った。
「くそっ! 水ごときで俺の炎が!?」
ソウエンの体の炎は勢いを弱くしていた。
「悪いな。この水特別なんだよ――」
タスク・レスキューの隊長が彼の疑問に答える。
「――君が弱いと言っていた仲間が蓄えておいてくれた水だ」
「なにぃ?!」
そうその水は青かった。水とは透明である。だが、その水は青く澄み渡っていた。
ソウエンは目を見開き驚愕する。
「まさか?!」
魔法で顕現させた水だ。
「このまま鎮火させてやるよ!」
ガーネットは両拳に鋼の手甲を顕現させ、さらに赤い炎纏う。赤い炎は轟々と燃え盛り、勢いを増していく。
ガーネットは突撃し、拳を振るう。当然それは青い炎が霧散し攻撃を受け流す。だが――。
「貴様ァ!」
受け流すために炎が分裂しなければならなかった。そこへ放水され、炎が勢いを弱めていく。再度炎が一体化していた時には小さくなっていくのだ。それらは加速度的に進む。
そして炎の体の中から青い宝石が瞬く。
「ソコかァ!」
「ちぃ!」
振るった拳は掌に受け止められてしまう。
「戻ったな」
ガーネットの言葉通り、ソウエンは炎の体ではなく人の体に戻っていた。
戻されてしまった事に彼は怒りを顕にする。右の拳でガーネットを迎撃しようするが、右腕は鋼の壁から生えた鎖に拘束されていた。
「なにぃ?!」
右腕を無理矢理動かそうとするが、それはすでに強く固定されている。
懐ががら空きになってしまっていた。ガーネットはそこへ空いていた左の拳を叩き込む。
魔鎧で威力は減少したものの、それは肉を打ち、骨を砕いた。
「ぐがぁああああああああああああああ!」
ソウエンは左手で右腕掴むと、頭突きをお見舞いする。そのままタスク・フォースの攻撃を防ぐ立て代わりにした。
「へっ! こうなりゃ攻撃できないな!」
「残念だったね。あたしに気を取られ過ぎ」
ソウエンは周囲を囲まれている事に気づく。そう彼女が突撃したのと同時に彼らも動いていたのだ。
「この距離なら外さない!」
02レッドがライフルを構える。
「まだなんだよ!」
ガーネットをそのまま振り回し、タスク・フォースの面々をなぎ倒す。そのままガーネットを放り投げ、力づくで拘束を外そうした。
見る見る右腕が抜けようとする。
「これを外したらまずは外の雑魚から殺す! 殺してやる!」
「させない!」
ガーネットは鋼の棍を顕現させると、勢いそのままに飛び込みソウエンの側頭部を横なぐりに叩きつけた。赤い鮮血が溢れる。
「やり……やがったな」
「そんなまだ倒れないのかよ!」
ガーネットは動揺し、足を止めてしまう。そこに彼の左の拳がおもいっきり入り、壁に叩きつけられ地面を滑る。
「倒してやるぅ!!!」
右の拳を無理やり引き抜く。血に赤く染まる拳を忌々しく眺めると、憎悪と憤怒の感情そのままに今も放水し続ける消防士達を睨みつける。
「まずは――」
『バーストモード。フルチャージ完了』
「はっ?」
ソウエンの背後から電子的音声が響く。
「これで終わりだ!」
02レッドは至近距離でフォトン・ライフルを構える。銃身はオレンジ色の光を煌めかせた。その輝きはソウエンが反応するよりも早く放たれる。
ソウエンの腹部が炭化し、孔を穿たれていた。
「雑魚の癖に! よくも!」
『バーストモード。フルチャージ完了』
「おいおい一応6人いるの忘れないでほしいわ」
青い戦士は魔石のある右手めがけて撃ちだす。右腕は粉々に崩れ、魔石も砕け散る。
残りの4人も間髪入れずにフォトン・ライフルの銃口からオレンジの光弾を迸らせた。
ソウエンは体のあちこちを炭化させ、力なく地面に倒れ伏す。最後の表情は驚愕に歪んでいた。
「こちら02レッド。エレメンタルコネクター1名撃破しました……」
『こちら司令部の滝下だ。よくやってくれた。ありがとう。すぐに02チームはアイオライトの援護に向かってくれ。旗色が悪い。ガーネットは治療用ナノマシン打ち込んだら、すぐにローズクオーツ達のところへ向かってくれ。彼女達も危うい状況だ』
それぞれの面々は「了解」と返すと、指示された場所へと向かっていく。そんな中、ガーネットは敵の亡骸をもう一度見つめた。
「悪いな……」
そう小さく漏らすと、彼女もまた駆け出す。
パトカーがガソリンスタンド前で急停車する。男が2人飛び降り、店に駆け込む。
しかし店内に人の気配もない。
「こちら杉原、藤の里まで来ました。が、営業しているところは今のところないです」
『こちら司令部滝下。了解だ。藤の里の市内まで向かってくれ』
杉原は口中で「それしかないよな」とつぶやく。
「了解。向かいます」
すぐに男たちはパトカーに乗り込むと大通りまで駆け抜けた。
「しかしここまで来て何もないとなると厳しいですね」
制服を着た男はハンドルを握りながら、杉原に言う。
「なんとしても燃料を手に入れなくては」
その時無線から複数の声が飛び交う。
『こちら――です。クロムダイオプサイトとガーネット――――厳しいです』
『――――ぐわっ。フジナミー! しっかり――ろ』
『アイオライトと崎森綾音が危険です』
『くっそ。弾がいくらあっても足りないぞ畜生』
『アゼツライトのところに――が来ました!』
『そちらは私が――ます』
杉原は知らず拳を叩きつけていた。
「くそっ! 早くなんとかしないと」
「急ぎましょう」
杉原が忌々しく顔をあげる。視界にはいつの間にか大通りへと代わり、命ヶ原の戦闘が嘘のように平和だった。たくさんの車が行き交っている。
「杉原さん! あれ使えませんか?」
「あれは……? あれならいける!」
「しぶといですね」
キョウスイはメガネの位置を直すと、妖しく微笑む。
対してアイオライトは息を切らし、表情を険しくしていた。
「ですが、そろそろお終いにしましょう。私も貴方の白く透き通った肌を吟味したいところです」
キョウスイが一歩踏み出すと、アイオライトは一歩下がってしまう。
「コレ以上お嬢様に対する変態的な発言は謹んでもらおうか」
「彩音さん!」
「大分お待たせしましたお嬢様。これよりは私もお手伝いします」
崎森彩音はそう言うと、一息で高周波ブレードを抜刀し構えた。
三白眼となりキョウスイを射抜く。
「おお、本当に姫とは」
彼は態とらしく驚いて見せる。
そんな態度に崎森彩音は苛立ちを隠さずぶつけた。
「ですが、ですがあなたは非力。非力ですね。そんなんではお手伝いどころか足手まといですよ」
答えず言葉の終わりと同時に踏み込む。振りぬかれた刃はキョウスイを捉えそのまま斬り抜ける。
が、即座に反応したのは崎森綾音の方だった。飛び退くと直後に緑の水流が一直線に駆け抜ける。
キョウスイは瞬時に自身の体を水へと変換させた。水の球体へと変態し、水流の攻撃を繰り出していく。
それらは地面を容易く割り、砕き、崎森綾音に追いすがった。
呆気にとられていたアイオライトは、我に返ると氷と水を合わせた一撃を放つ。
緑の一撃は崎森綾音への追撃をやめない。そのままアイオライトにも攻撃を加えていく。
「彩音さん!」
「承知しました」
挟み込んで同時攻撃。キョウスイはアイオライトの攻撃だけを迎撃する。
「おや? 先ほどより動きがいいですね。やはり仲間の存在とは力を与えるもののようですね。よくわかりますよ」
崎森綾音は高周波ブレードで斬った水球の中にタバコのケースほどの黒い箱を投げ入れた。次の瞬間それはオレンジの光を迸らせ、重い衝撃と轟音を響かせる。
「やりますね。少し効きましたよ。お返しです」
水の球体の表面に無数の突起が浮き出た。
「彩音さん!」
「くっ!」
次の瞬間突起は一斉に飛び出す。全方位攻撃だ。
周囲を容易く破壊し、建物、電柱、街路樹などをなぎ倒していく。
アイオライトは敵の頭上を越え、彩音を担いで、攻撃を交わし、防ぎ、凌いでいった。
「おや、それを防ぎますか。ではこれはどうですか?」
伸びた水流は意思でもあるかのように、自在に動く。目標をアイオライトたちに絞り、追い立てていく。すぐに彼女は防ぐ事を諦め、逃げ出した。
一本の水流がアイオライトの太ももかすめる。
痛みに叫び、彼女は転んでしまう。彩音はすぐに起き上がり、彼女を介抱するが、無数の水流が目の前に迫った。
「させない!」
アイオライトは倒れたままそれらを氷結させ叩き落とす。
「いけない!」
抜けた一撃が崎森綾音に迫る。
オレンジの光弾がそれを阻む。
「03チーム到着しました。援護します」
言うが早く、散会するとそれぞれ動きまわりながら攻撃を開始した。その隙にアイオライト達は態勢を立て直す。同じく攻撃に参加した。
「おやおや、これは旗色が悪くなりそうですね」
オレンジの光弾は確実に水球の大きさを小さくしていく。
「ん?」
「どうしましたお嬢様?」
「いえ……」
小さな疑問だったのだろう。彼女はそれを何処かへやろうとしたが、崎森綾音はそれを
良しとしなかった。
「些細な事でも構いません。何か糸口になるかもしれません」
「そう、ですね。その、攻撃が通りやすいというか」
崎森綾音は敵の様子を注視する。
タスク・フォースの面々の攻撃は水球の表面に着弾すると蒸発させていた。
「言われてみれば、確かに魔鎧があるようには感じられませんね」
魔鎧がエレメント体を成すために必要不可欠である。それ故に攻撃が通りやすいというのはおかしな話である。
崎森綾音はフォトングレネードを投げ、水球の表面を焼く。キョウスイはそんな攻撃を嫌ってか崎森綾音を集中攻撃してくる。それをアイオライトは氷結させ、打ち砕いて攻撃を阻止した。
「エイダさんは魔鎧をギリギリまで薄くしているのでしょうか?」
アイオライトは氷と水を交互に撃ちだす。
「防御する必要がないから、魔鎧の防御を考慮していないのかもしれませんけど」
アイオライトは瓦礫を掴み投げ込むと、水球は防御もせずそれを自身の水で受け止めると、そのまま地面に落とした。
「これならば作戦も上手く行きそうですね」
アイオライトはキョウスイに迫り、氷の刃で斬りつける。もちろん手応えはない。表面を少し凍らせる程度だった。
彼はお返しと、彼女目掛けて水流を触手のように伸ばし、捕まえようと追い回す。それらをタスク・フォースの面々はフォトン・ライフルで撃ち落としていく。
見る見る小さくなった体は、すぐに倍以上の大きさへと変わる。
「なるほど……そう来ましたか」
キョウスイはタスク・フォースや崎森綾音に対しての攻撃を強める。
「ならば、弱い方々にはご退場願いましょう。元々ここは私と姫、2人きりの舞台ですからね」
「そうはいきません!」
アイオライトもさせまいと氷漬けにしようとする。
「お嬢様! 後ろです!」
崎森綾音の警告にアイオライトは飛び跳ねて対応した。
直後に彼女のいた場所は、手の形をした水に押しつぶされる。
「私、これでもかなりの数を操れるんですよ? 姫を追い立てるついでに色々な場所に仕掛けたんです。喜んでください」
彼の言葉を合図に、周囲から手の形をした水が十数体現れた。彼女達を捕まえようと攻勢をかけてくる。そしてそれに乗じてキョウスイもまた無数とも思える水流で周囲を薙ぎ払う。
「もしかして皆様女性です? 私、これには喜びを禁じえません。調教することを考えるだけで喜びに胸が湧きます」
一気に形勢は逆転し、アイオライト達は追い詰められていく。
「さあ、さあ、楽しんでください」
そんな彼女達の様子に喜びの声を上げる。
「多少のお仕置きは必要ですよね。私そういうのも楽しみにしていたんです。うふふふ。
さあ、どうしましょう。まずは、その白い肌に青紫色のアザを作って差し上げますよ」
戦場に新たにオレンジの光弾が疾駆する。それらは手の形をした水を蒸発させた。
「また? ですか」
「02!」
「間に合ったようだな」
キョウスイが新たに現れた面々に気を取られている。故に近くの建物にいた警官達に気づいていなかった。彼らの手には、塩と書かれた大きな袋が握られている。
「重いな」
「いや全くだな。こんな重労働をやっても給料変わらないんですよ?」
「その話やめようぜ。やる気なくす」
警官たちは愚痴りながらもそれを運んで、キョウスイの頭上近くまでやってきた。
彼らの眼下ではオレンジの光弾と、緑の水流、空色の氷と、青い水流が飛び交っている。
「杉原達はまだみたいだし。俺達でちゃちゃっと決着をつけちゃいましょうぜ」
「だな」
「じゃあ行くか」
彼らはそう言うと袋を開け、白い粉。塩をキョウスイに降り注いだ。それらは緑の水球に全て消えていく。
「な、なんだ?」
緑の水球は突然の事態に困惑する。攻撃とも思えない敵の動きに彼はしばし考えこんでしまう。
1人の警官が電信柱に張っているケーブルを撃ってちぎった。それはそのままキョウスイの体に触れ――。
「―――――――――――――――――!!!」
声にもならない絶叫が発せられる。高電圧を流され、激痛に叫んでいた。激痛からか、周囲の手も維持できないらしく、それらは水と帰って地面を濡らした。
塩水となった体に電気を流され、水素と酸素に分解させられていたのだ。そう、そして今彼の周囲には酸素と水素が大量に吹き出ていた。
「これでどうや!」
さらにもう1人がマッチに火をつけ、それを落とす。
次の瞬間大きな破裂音と衝撃が周囲を吹き飛ばした。
「が、ががが、よくもやってくれましたね!」
キョウスイは一時的に体を元の人体へと戻す。電気と爆発により体をところどころ黒く煤けさせていた。
「さすがに許せませんね」
人間体になった彼に、タスク・フォースの面々は光弾の雨降らす。キョウスイはこれらを水の壁で防ぎ、水球へと変化する。水球は蛇のような太く長い水流へとなり、天へと登る。それは龍へと変わった。
「お返しです!」
巨大な水流が周囲を薙ぎ払う。
建物も人も何もかもが見ずによって押し流される。轟音を伴い。地面を激しく揺らす。後に残ったのはアイオライトとタスク・フォースの面々だけである。
平原のように開けた場所に変わっていた。辺りは水浸しになり瓦礫の山々が点在する。
「あ、彩音さん? 彩音さん!」
アイオライトは起き上がると、周囲を見渡し崎森綾音の名を呼ぶ。しかし彼女の姿はなく。声も帰ってくることはなかった。
またタスク・フォースの面々も意識がないのか、起き上がる気配すら見せない。
「貴方が早く私のモノになっていればこうならずに済んだのですよ?」
どこまでも余裕を見せる声音が降ってくる。
水流は水球へと変わり、アイオライトの近くに降り立った。
「あ、ああ……う、そ」
水球から触手のような水流が伸び、彼女を包み込もとする。
「ふふふ……嘘じゃあないんですよ。嘘じゃあ」
キョウスイがアイオライトを水球に取り込もうとした時だった。
クラクションが鳴り響く。
アイオライトの視線の先にタンクローリー車が、猛スピードで突っ込んできていた。
「おや? まだ居たのですか」
「あ、ダメ! ダメです!」
彼女の叫びは届かず、タンクローリーはそのまま突っ込んでくる。荒れた道を何度も跳ねながら、タイヤはなんとか地面に食付き。敢然と水球を目指す。
「何度も同じような手は受けませんよ」
「よしこっちに来たな!」
「リモコンセット出来ました」
制服を着た警官はリモコンを杉原に差し出した。彼はハンドルを操作しながら受け取る。
「よし! お前は降りろ!」
「んな無茶な!」
警官の男は外を眺め、首を何度も振った。
外の景色は線のように流れている。飛び降りればただでは済まない。が、そんな余裕もないのも事実である。
「映画みたいに降りるんだよ! じゃないと死ぬぞ!」
杉原は警官を追い立てるように怒号の声を上げた。
「わ、わかりました! 杉原さんも上手く降りてくださいよ!」
「おうよ!」
警官がドアを開けると、勢い良く飛んだ。水飛沫が跳ね、彼は慣性の法則にしたがってタンクローリーのとは逆方向に転がる。
幸いにも水浸しになっていたこともあり、警官は軽症で済んでいた。
その姿をサイドミラーで確認した杉原は、胸を撫で下ろす。
彼は正面を見据える。目の前に巨大な水流が迫っていた。
「マジかよ。怖いな……でも作戦通りにはなるな……。あーちくしょう。おやっさんのおごってくれる酒、飲みたかったなぁ……」
杉原はリモコンを掴むと、赤いボタンに指を乗せる――
緑の水流は轟音を響かせながら、タンクローリーに肉薄した。
「よくも女の子を泣かしてくれたな! この野郎!」
――ボタンを押す。
水とタンクローリーが激突――。
激しい水飛沫が飛び散るのと同時に、タンクローリーは大爆発した。
一気に数千度まで膨れ上がった熱に緑の水流は一気に蒸発し、その身の中にあった魔石は砕け散る。
「あ……ああ……」
アイオライトは力なくその場に座り込んでしまう。
「まだ泣いてはいけません。お嬢様。我々は――」
アイオライトは振り返ると、そこに崎森綾音が立っていた。ところどころ怪我しているようだが、五体満足の様子だ。
「――まだ泣いている時間はありません。わかりますね?」
「はい……この犠牲を無駄には……出来ません」
声は震え、顔色もよくはない。それでも地に足をつきアイオライトは力なく立ち上がる。崎森綾音はそんな彼女を優しく抱きしめた。
「ですが、今少しだけは」
「ええ、いいですよ。少し通信を失礼します」
崎森綾音はアイオライトを抱きしめ、そっと頭を撫で続ける。
「こちら崎森綾音です。エレメンタルコネクターを倒しました。殉職4名。02と03は全員意識がないですが無事です」
『こちら司令部。……了解した。02と03が意識を取り戻ししだい、君たち全員はローズクオーツの援護に向かってくれ』
「了解です」
黄金の炎が旋風となって、オートメイルと魔導師を焼き払った。
黄金に輝くその炎と肉体は周囲を明るく照らす。
「こっちは終わったか? 終わったな」
黄金の戦士は周囲を大雑把に見回した。
「あー、こちらグレートゴールデンドラゴンナイトだ! 周囲の敵を殲滅したぞ」
少しふざけた様子の声音。
『滝下だ。了解した。すぐに戻って、アゼツライト達を援護してほしい』
「あん? どうかしたのか? 確か、万全を期すために大分後方にいるはずだろう?」
『赤銅のエレメンタルコネクターが現れた。08と斉藤君達が対応しているが、状況が良くない。周囲の警官達も駆けつけるが――』
グレートゴールデンドラゴンナイトはすでに駆け出していた。建物の屋上を飛び跳ね、目的地を目指す。
「わかった。ここできっちり決めて後顧の憂いは断つべきだな」
『頼んだぞ』
グレートゴールデンドラゴンナイトは「了解」と応えると黄金の矢のように疾走した。
「なんとか持ちこたえさせろよ烈!」
〜続く〜
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