涼宮ハルヒの製作 第五章 |
さて、次にハルヒが行うべき作業は、『筆塗装』である。
これに関しては俺がハルヒに教えてやれることは少ない、むしろほかの皆に教えてもらう立場にいると言っていいだろう。
「で、まずは道具からね……筆と、塗料と……?」
「後は万年皿とスポイト、それに専用の薄め液だな。あと調色スティックもあると便利だぞ
それと、ゴーグルとマスク、ゴム手袋は忘れすなよ?」
「そ、それくらいわかってるわよ!」
というが早くハルヒは次々と棚から道具を取り出し、着々と準備を進めていく。
流石のハルヒも団長席は汚したくないようで、我々下々のおわす机で作業することになった。
「おや、涼宮さんは筆で全塗装ですか、渋いですね」
「しょうがないのよ、私のお年玉や小遣いなんかじゃとてもじゃないけど手の届く範囲じゃないからねー」
だからあれはお前が『最高級』だなんていうからだろうが、実際リーズナブルに買えるエアブラシだってあるんだぞ?
ちょっと背伸びをすれば学生でも買えるようなやつがな。
「まぁでも実際にここで活動するなら、おのずと選択肢は筆塗装しかないわけですからね……」
分かっているじゃないか古泉。
まぁなんにしろ、このまま進むしかないのである。
「えーと、じゃあどこから塗ろうかしらね……」
準備の終えたハルヒが早速、箱からパーツを取り出し吟味していく。
「そうだな、ハルヒ。まずは一番使う色の多いところから塗装した方がいいんじゃないか?」
「そうね……じゃあ白かしら?」
「ちゃんと塗料はかき混ぜておけよ?分離した塗料を混ぜないことには話にならんからな」
「ふむふむ」
「それで混ぜたら塗料を万年皿に移し、専用薄め液でスポイトで少しずつ希釈していくんだ。
まぁこの水性塗料は水でも薄められるんだが……乾燥時間が大幅に遅れるのでお勧めしない。
あとリターダーという乾燥時間を遅らせることのできる道具もあるんだが、水性塗料にはあまり意味ないだろう」
「少しづつっていうけどどのくらい?」
「気持ち入れる程度で構わないと思うぞ?あんまり薄め液を入れ過ぎてもパーツに色が乗らないからな……。
そう、それに気づかず薄めすぎた塗料で何回も重ね塗りしても色が乗らずに、助けてー!とネットの民に助けを求めたが、散々に叩かれ、怒られ、馬鹿にされ……」
「な、なんかアンタもいろいろ苦労してんのね……」
いつの間にか自虐になってしまって流石のハルヒも少し引いていた。
「まぁあれだ、ランナーとか使わないところに筆で試し塗りしてちょうどいい濃さを見つけるといい。
俺なんかは今はもうほとんど希釈せずにダイレクトに塗るときだってある」
「それっていいの?」
「まぁ、それは各人の好みということでいいんじゃないか?
最終的にどんなふうに塗ろうがうまくできればよかろうなのだァァァァ!」
「ま、まぁ、アンタがそう言うならいいけど」
そうしてハルヒは言われた通りに塗料を混ぜ、ランナーに試し塗りしながらちょうどいい濃さを見つけた様である。
「お節介ついでに説明しておくが、筆の使い方も説明しよう。
広範囲を塗るんだったら平筆、狭いところや細かいところを塗るなら面相筆がおすすめだ。筆の形状見たらわかりそうなもんだが」
「まぁ、多少は想像つくわね」
なんて話していると、長門がジッと視線で興味深そうにこっちを伺っていた。
「長門、どうした?」
「……筆塗りについて、二、三言っておきたいことがある」
あぁ、そう言えば長門は精密にプラモを塗れるんだっけ……あの塗り分けは今思い出しても見事なものだった。
つまりは長門は長門なりにアドバイスをしたいいというわけか。
「まず、筆で塗るときは同一方向にしか進めてはならないこと、これを破ると筆ムラがひどくなる。
そして二回目は一回目塗った方とは垂直に、交差するように塗ると筆ムラが出にくい」
そうそう、俺もいろいろ調べたんだけど、長門が言ったようなことが書いてあるんだよな。
同一方向に塗る、だとか、何回も垂直や斜め方向に塗るだとか。
「むぐぐ……はみ出さないようにうまく塗るのって難しいのね……」
「まぁな、俺も筆塗装はじめてよくわかったよその難しさが。
店に飾られてるプラモってホント凄い技術持ってるんだよな……」
「まずはマスキングすることを推奨する」
「マスキング?」
「このテープを塗らない箇所に張り付けて、はみ出しても大丈夫なようにすること」
と、鮮やかな手つきで長門はテープをだし、ハイパーバズーカにマスキングテープを貼り始めた。
「あー、これがマスキングっていうのね。確かにハミ出さないで塗るのは至難の業だし、これがあれば千人力ね」
まぁ、それでもはみ出す奴ははみ出すんだが。
「進行方向は自分で決めて構わない。だが、短時間で滑らせるように塗らなければならない。
二度塗りなどはもってのほか、迷いは全てムラとなって現れる」
「ゆ、有希……そんなに驚かさないでよ……」
長門の言葉に気圧されたのか、ハルヒの筆が止まってしまった。
全く、まずは塗らなければ始まらないというのに……。
「とにかくだ、まずは塗らないことには始まらんぞ?失敗してもリカバリの方法や失敗しないための予防策だってあるんだ、委縮しても仕方ないだろう」
「わ、わかってるわよそんなこと!」
意を決してハルヒはおっかなびっくりしながら長門に言われた通りに、筆を進めるのだった。
そりゃあ途中はみ出し等の失敗もあったが、まずは全体を塗ることに専念したのであった。
「ん、もうこんな時間か。ハルヒ、そろそろあがろう」
「長時間の作業もムラに繋がる、疲労が蓄積しないうちに休止することを提案する」
「ふはー!筆で塗るのがこんなに難しいとは思わなかったわー……」
ハルヒは再び「むきゅう」という効果音を出しそうな勢いで机に倒れこんだ。
なんというか、その倒れ方はお気に入りなのか?
「倒れるのはまだ早い、まだ筆や塗料の後片付けが残っている」
「後片付け……、そうね散らかしたまま帰るのはダメよね……」
と、ハルヒは筆と塗料皿を持って部室から洗い場へ行こうとする。
「待って」
そんなハルヒを長門は制止する。
「ただ水で洗うのは推奨できない、まずはここで筆の洗浄を始めるべき」
「長門の言うとおりだ、水で洗う前にまだやることがある」
「ここで……?」
疑問に思いながらもハルヒは踵を返し、再び先ほどまで座っていた席へ戻る。
なんというか、こうしている姿は素直なのになんでいつもはこう、エキセントリックなのかね?
「まずこの塗料皿に薄め液を注ぎ、塗料をサラサラな状態にした後に空き瓶へと移す。
その後ティッシュで塗料皿を拭く。」
長門は流れるような動きで塗料の処理を始めた。
「この薄め液は汚れているが洗浄能力だけはある、したがって先ほど塗料を混ぜるのに使用した調色スティックをこの中に入れて洗浄することも可能」
「へぇー……こういう使い方もあるのねぇ……」
「そしてこれからが肝心。
もう一回薄め液だけを塗料皿に注ぎ、その中で筆を洗浄する。」
長門が筆を皿に入れて左右に数回泳がせると、みるみるうちに筆の塗料が落ちていく。
「同じようにこの廃液も空き瓶へと移せば洗浄溶液として再度活躍できる。
また、塗料を拭いたティッシュはビニール袋へ入れ、口を縛って廃棄すれば悪臭も防げるし一石二鳥。
最近になって世間に認知されている趣味だけに、環境への配慮は必須」
「確かに周りに迷惑かけちゃ白い目で見られるもんね」
「薄め液で洗浄した筆はこのブラシエイドの中に入れ、その底に筆で触るようにして取り出す。
これにより筆はトリートメントされ、筆の劣化を緩慢にする作用がある。これをしないと筆の寿命は半分になると思ってくれていい。
ここまでしてようやく筆が水洗いできるようになる。」
「なんか面倒だけど、道具のメンテナンスは欠かせないし、周りに迷惑かけたくないもんね」
その通りだハルヒ。肝心な時に道具が役に立たなかったら嫌だろう?
それにこうやって丁寧にメンテナンスすることによって道具に愛着がわき、いい相棒になってくれるんだ、素敵なことじゃないか!
そうこうしているうちにハルヒは後片付けや道具のメンテナンスを終え、本日は解散の運びとなった。
――――――そして解散した後、俺は少し気になることがあるので、ここ『イオリ模型店』を訪れていた。
時間は18時ちょい前といったところだからあまり時間をかけらないのがネックだが、思い立ったらすぐ動かねばならない性分なのだから仕方がない。
「いらっしゃいませー」
今日の店番はいつものイオリ君ではなく、その母親『イオリ・リン子』さんだった。
母親とは言うもののその外見は実に若々しく、姉と弟と言っても通じるくらいには見目麗しい。
ハッキリ言って看板娘と言ってもおかしくないくらいだ。
「あ、なんかこんな遅くにすいません」
「いいのよー、気にしないでゆっくりしていってね♪」
「じゃあお言葉に甘えさせていただきます」
そう言って俺は目的である塗料や用具のコーナーへと向かった。
俺が気になっていること……それは『ウェザリング』である。簡単に言ってしまえばプラモデルにおける塗装法で、汚しの塗装である。
簡単に言うとは言ったが、俺はこれ以上難しく言うことができない。何せ、ネットでちょこっと聞きかじったくらいだからな。
こうして俺が聞きかじりの知識を引き出して品物とにらめっこしてる時、予期せぬ来訪者があらわれた。
「いらっしゃいませー♪あら、最近ご無沙汰だったじゃない」
「いや、申し訳ありません。何分いろいろ予定が入っていてしまったもので」
「いいわよいいわよ、お客さんなら大歓迎だから♪」
「こ、古泉?」
予期せぬ来訪者とは古泉だった。
まさかこの日この時間にイオリ模型店で再開するとは思ってもみなかった。おかげで素っ頓狂な声を上げる羽目になってしまった。
「おやおや、まさか再びここでお会いすることになろうとは思いもよりませんでした。」
「俺もだよ……古泉。なんだってまぁこんな時間に?」
「いえ、ただ溶剤の買い足しをしようと足を運んだわけでして……
そういう貴方こそ、どうかしましたか?この前のウィンドウショッピングでキットは購入したと思うのですが……?」
「いや、まぁ、その……なんというか……」
俺は思わず言葉を濁してしまった。
出来ればウェザリングのことはできるだけ内緒で、こっそりやりたかったのだ。
しかし、ネットでの聞きかじりだけではやはり不安だし……
こっそりやっていきなり出して成長したところを見せようだなんて小物のするようなことはやめて、ここはひとつ古泉に相談しよう。
「実は……ウェザリングが気になってな……それでまぁ、試しにウェザリングマスターでちょちょいとやってみようかと思ってな」
「ほう、そうきましたか……また、興味深いというかなんというか」
「でだ、調べた知識じゃ心もとないから、お前の知識を少し貸してほしいと思ってな……」
「ふむ……」
口に手を当て、じっくりと思案する古泉。俺はその口が二の句を紡ぐのを待ちわびていた。
「申し訳ないのですが……説明するのはまた後日というわけにはいかないでしょうか?」
数秒にもわたる長考の末、古泉の口から出たのは予想だにしない提案だった。
「理由を聞こうか」
「涼宮さんのガンダムMk-Uも完成目前ということですし、どうせなら二人一度に説明をした方がちょうどいいと思いまして」
「なるほど……そのほうが効率がいいか……じゃあ、今日ここに来たのは早計だったか?」
「いえ、そう言うわけでもないですよ、明確なイメージがあるならアドバイスして差し上げますよ」
「そうだな、前に作ったジェガンがあるだろう?あれをウェザリングしてみようと思ってな」
「でしたらウェザリングマスターのCセット(アカサビ・ガンメタル・シルバー)かFセット(チタン・ライトガンメタル・カッパー)がいいでしょう。
他にも地上用でしたら、Aセット(サンド・ライトサンド・マッド)をお勧めしますが」
「じゃあ、今言った三つを買おうか……そのうち陸専用や他のキットも買うだろうしな」
「これまた豪気ですね……まぁ、この三つは持っていて損はないと思いますよ」
古泉の勧めるがまま、俺はウェザリングマスター三つをレジへと持っていった。
ふぅ……プラモデルってのは進めば進むほど、それに比例して金のかかるものだなぁ……と心の中で呟いた。
「ところで、次のキットは何を作るか決まっていますか?」
「いや、まだ決まってないが……」
「そうですか……でしたら次は『陸戦型ガンダム』、はいかがでしょう?」
「陸戦型ガンダムと来たか……また理由があるんだろうな?」
「えぇ、陸戦型ガンダムでエナメル塗料でのウェザリングやスミ入れ等も説明しようと思いまして。
あのジェガンを拝見しましたが、ガンダムマーカーのスミ入れペンでは四苦八苦している様子だったので」
「む、よくわかったな。
実はというと塗装したところにスミ入れしてもうまく拭き取れないんだ」
「それはですね、マーカーと塗料との相性が悪いんですよ。
マーカーは油性ですからね、すぐに乾いてしまいなかなかうまく拭き取れないんですよ」
「じゃあつまり水性の筆ペン式のマーカーがいいってことか?」
「まぁ、それでもいいのですが……正直、エナメル塗料の方をお勧めしますね。
塗装した場合エナメル塗料の方がスミ入れしやすいんですよ」
「なるほどな、じゃあ陸戦型ガンダムを買うとしようか」
「おや、よろしいのですか?」
「なぁに問題ない、部室で陸戦型ガンダムを、家でザクファントムを作ればいいだけの話だからな」
「催促してしまったようで、何か申し訳ありませんね」
「気にするな、俺だって陸戦型ガンダムは気になっていた。ちょっと買うタイミングが早まっただけさ」
そして俺は再びレジに赴き、陸戦型ガンダムを購入する運びとなった。
「あら、こんなに買ってくれるなんて嬉しいわー♪」
「はは、何回もすいません」
こうして今日はウェザリングマスターA,C,Fセットと陸戦型ガンダム(ついでに塗料も)を、古泉は塗料を各種買い揃え購入し、イオリ模型店を後にしたのだった。
翌日、部室。
今日も今日とてハルヒはガンダムMk-U相手に四苦八苦しながら塗装をしていた。
そこで俺はハルヒの邪魔をしないように少し間を取り、そこに陸戦型ガンダムの箱を置いた。
「あれ、なにそれ?この前買ったやつと違うじゃない!
ていうかこのガンダムMk-Uって奴と似てるけど何なの?」
……ハルヒよ、お前はどこに目を付けてるんだ。ガンダムMk-Uと陸戦型じゃ全然形が違うだろうが!!
なんて一瞬思ったが、そういやハルヒは全くガンダムを知らずにガンプラを始めた異例中の異例だったな。やれやれ、ここはひとつ解説してしんぜよう。
「ハルヒ、お前ガンダムについてどこまで知ってる?」
「え?そうねー……なんとなくだけど、アムロとシャアが闘うアニメってくらいしか知らないわ」
「まぁそれはそれで間違っていない、だがな……ガンダムというアニメはあの時代では結構異色の作品だったんだ。
昔のロボットアニメというと、悪い奴らが攻めて来て、それを正義の味方のロボットが倒すっていう形を取っていたんだ」
「まぁ、それが定番よね」
「しかしガンダムというのはそういう勧善懲悪というアニメではなく、戦争を基にしたアニメなんだ」
「ふんふん」
「簡単に言ってしまうと、そのアニメに出てくるアムロが乗る高性能な兵器、それがガンダムだ」
「おー……」
「で、この陸戦型ガンダムというのは、そのガンダムに使うはずだったが基準に満たないパーツでや余剰パーツで作られた、いわば廉価版ガンダムというところだ。
コストもガンダムと比べて安く作れる」
「えー、でも基準に満たなかったらなんか弱そう……」
「ところがそうでもないんだよ。
確かにガンダムと比べるとそりゃあ弱いが、高性能な機体の基準に満たなかっただけで、普通の兵器としては十分すぎるほど強い。
それに、武装のバリエーションもあるしある程度量産されている」
「なるほどねー、奥が深いわ……」
「ちなみにお前の作っているそのガンダムMk-Uは、ガンダムより7年くらい後に作られた正統後継機だ」
「確かによく見ると違いが分かってきたわ」
「まぁ簡単に説明するとこんなところだ、興味があったらDVDあたりレンタルしてみてみるといい」
「あ、そういえば前に有希の家で上映するとか言ってたけどどうしようかしら……」
と、二人して長門の方を見る。
すると長門は読んでいた本から目を離し、淡々と述べた。
「準備はいつでもできている、見たくなったら言ってほしい」
と。
流石に俺もゲームの知識で語るのも限界だし、ちょっとばかり長門のお世話になろうかねえ……
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ついにとうとう塗装を開始したハルヒ。 そしてガンダムという作品に興味を持ち始め…… |
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