Doodlebug |
その日俺達に下った命令は、水位の異常上昇が認められた下水内を調査しろという、至極単純なものだった。
【Doodlebug】
「何ですって?」
レイヤード第三層、産業区。キサラギ社の輸送機に揺られていた調査部隊隊長、フラッド・グレイブが行き先の変更を告げられたのは、夜の十時を過ぎてのことだった。
「聞いての通りだ。君達にはこのまま、地下下水道L9の水位上昇について調査に向かって貰いたい。そこからなら十数分と掛からないだろう」
「はあ、それは構いませんが、たかだか十機やそこらのパワードスーツで大丈夫なのですか?」
態とらしく訝しげな態度を取ってみるが、実際の所ここ最近の閉鎖区域の拡大や無人防衛システムの暴走、管理者の不審な動きと、懸念材料が豊富にあるのだ。
そして、MTにも満たない戦闘能力のパワードスーツが十二機。これだけが手元の戦力といわれると、傭兵ですらない彼にとっては躊躇するのも無理からぬ事であった。
「此方で確認した限りでは、外部からの工作などで水位が上昇したということではないらしい。恐らくは不良の類だろう」
「不良、ですか」
「もし戦闘になるとしてもガードメカ程度だ。パワードスーツでもやれん事はない」
気軽に言ってくれる、などとは断じて口にせず、無愛想を絵に描いたような面のまま通信を終える。目的地である下水溝の地図を眺めつつ、ポケットに無造作に突っ込まれていたタバコを一つ咥え、燻る紫煙に目を細めてぼんやりと一息。
「隊長、先程の通信は?」
扉を開けて入ってきた新入りに、嘆息混じりの説明を返してやる。普段であれば至極単純な寄り道であったが、情勢が情勢なだけに安心は出来ないことも。一通りの説明を受けた若い男は、肩を竦めながらも仕事自体には乗り気であった。
「まあ、一仕事終わって帰ろうかという時に追加で調査に行って来いと言われれば誰だってそんな顔になりますよねえ」
「分かってるなら最終メンテでもしてろ。他の連中にもそう伝えておけ」
「了解いたしました、と。しかし、下水溝の水位がねえ」
調節用のコンパネでもイカレましたかね、と嘯きつつ扉の向こうへと姿を消す。外部からの工作でないならそういった理由になるのは当然だが、「なぜ」故障したのかが分からない。
「それを調査しに行くのが仕事なんだが、どうにも気乗りしねえな」
一際濃い煙が、屋内に舞い、そして消えた。
「よし、全員準備は整ったか?」
輸送機内ハンガー、ひとまずは目的の地区から数ブロック離れた下水溝に機を下ろす。周囲の状況を見る限り、水量の調節機能が働いていないのか規定値より大きく水位が上回っているのがカメラ越しに見えた。
窮屈なスーツ内で大きく息をつき、モニターの情報を確認する。武装、機関部、ジェネレータ共に全て問題なし。戦闘となっても逃げ延びる程度は出来るだろう。
「隊長、フォーメーションは?」
「三機編隊を四班に。この近辺のコントロールパネルは五つだ、一カ所一班と行きたいが、戦闘能力を鑑みてもこれ以上部隊を少数に分けるのはまずい」
そうして戦闘システムを立ち上げる。移動効率には欠けるが、溝内の気温が常温より高い。水量の調整システム以外に熱源が増えている可能性が考えられた。
「二番機、三番機は俺に着いてこい。残りもブリーフィング通りにベータは第二目標、ガンマは第三、デルタは第四目標へと迎え。この辺りは入り組んでいる、現在地の確認と情報共有を忘れるな」
たった十二機のパワードスーツ。戦闘能力は心許ないが単なる調査だ、不良箇所を見つけたら報告して帰還する、それだけでいい。そう息を整える、だが。
一つだけ、どうしても晴れない疑念があった。
「隊長、さっきから妙に慎重になってますけど、あのリークのこと気にしてるんですか?」
「……最後に反応があったと言われているのがこのエリアだ。警戒するに越したことはないだろ」
「隊長は気にしすぎですよ。キサラギに生体兵器の研究開発部門があるとは聞いておりません」
リーク。それは数日前のこと、管理者の異常を訴え、其れからの解放を掲げる武装集団「ユニオン」が、キサラギによって研究されている生物兵器のサンプルが脱走したという情報を企業に対して流したのだ。当然キサラギは生物兵器の研究という点から否定したがその翌日、下水作業中の業者などが何者かによる襲撃を受け全滅するという事件が起こった。
ユニオンはこの事件は生物兵器によるものだという主張を強め、研究を行っていたとしてキサラギを糾弾する動きも、少なからず存在した。
「考えすぎですって。ヤツらはミラージュの支援を受けています、我が社を貶めるための工作だって考えられる」
「そうだと有り難いんだがな」
そう思いたかった。何らかの妨害工作であれば、まだ救いようはあったのだ。だが輸送機の長距離レーダーによる情報は間違いなく熱源を捉えていたし、その熱量が味方のパワードスーツのものではない事を証明していた。
「あ、あれっ?」
「どうした」
「長距離レーダーから熱源が消えました。二号機、そっちは?」
「いや、こっちもだ。誰かやったのか?」
強烈な違和感がフラッドを襲う。熱源が消えたと、部下二人はそう言ったが、消えた熱源は一つや二つではない。正面方向をスポットしていたのか、二人が異変に気付くには少しの時間が必要だった。
「……いや、長距離レーダーがバカになったらしい。近接戦闘へ態勢を変えろ」
敵性と思われる熱源だけでなく、自機を含めた友軍の反応を含めた全ての光点がレーダーから消えていた。だが、それが意味するところを彼等が知るのは、今ではないのだが。
「オペレータ、聞こえるか?」
男の声に答えるものは何もなく、ただ無機質なノイズが耳を引っ掻く。数瞬の間を置き、改めて側の部下へと声を掛けた。
「……チッ、ノイズがかって聞こえやしない。そっちはどうだ?」
「こちらも駄目です、どうやら長距離通信がやられてるみたいですね」
「新入り、お前は?」
「ノイズに混じって何か聞こえます。……衝撃音?」
側の二人よりは感度の良い耳が聞き取ったのは、金属が引き裂かれるような音と、それに混じって聞こえる、粘着質な水音。まるで水分を含む何かが潰されるような。
「ひ……」
「おい、何が聞こえたんだ!」
「な、何でもありません! で、ですが、その、金属が裂かれるような衝撃音が、微かに聞こえておりました」
その言葉の指すところ、表情から状況を想起するのは簡単であった。彼等を乗せてきた輸送機を襲う「何か」が存在していること、新入りの反応を見る限り、既に手遅れとなっている可能性が高いこと、そして。
「し、衝撃音の感覚を聞いた限り、近接攻撃によるもの、少なくとも、輸送機より……大型の敵機であると想定されます」
「……輸送機は破棄する。現時点で調査は中止、我々も接敵しない内にこの場から撤退する」
「……了解しました。全チーム調査は中止、ルート1で撤退!繰り返す、ルート……」
撤退の指示を、繰り返す必要はなかった。
『な、何だコイツっ?! 弾が通らっうわああぁぁあっ!!』
『たったすけ……ひっ!!』
聞こえたのは断末魔。バックパックを撃ち抜かれたのか、悲鳴と爆発音が混じっていた者、多量の吐瀉物をマイクに打ち付け、濁った声で助けてと呟き息絶えた者、救援を請う声を遮る轟音。聞きたくもなかったが、微かに肉の千切れる音も紛れていたのかも知れない。
そしてそのどれもが、「得体の知れない何か」に怯えているようだった。
「……な、何なんだよ……皆何を見たってんだよ……?!」
「とにかく離脱するぞ! 相手が何かなんて関係あるか、パワードスーツで倒せない以上身を守ることを第一に考えろ!!」
「り、了解!」
地図情報を頼りに、最も近い脱出ルートを目指しブースタを噴かす。それを見送り視線を返すと、一向に動きを見せない機体の姿があった。それは、「新入り」のパワードスーツ。気にするべきじゃなかったのかもしれない。見捨てて逃げるべきだったのかもしれない。だが、自身を除いて生きていると思われる者は殆ど残っていないのだ、尚更「生存者」をこれ以上減らしたくはなかった。
「新入り、お前も早く撤退しろ!! 聞こえないのか!?」
聞こえるはずもない。生存者はそもそも減っていないのだ。ブースターユニットで隠れていたためその時は見えていなかったが、「新入り」の首から上は、とうに焼失してしまっていたのだから。
自身の悲鳴は声にならず、耳にはただ踏みにじられるだけの不愉快な音だけが響く。暗闇にただ銃を撃ち続け、その弾倉も撃ち尽くした頃。部下を、同僚を惨たらしく死なせたものの姿が眼前に浮かび上がった。
十一時を少し過ぎた頃。既に通信機から聞こえる音は何もなく、真っ赤に染まる視界に、半身を失った自分の身体を見ながら。自らの身体を覆い始めた白い糸と、部下だったものに意識を向けることなく徘徊する節足の化物を眺めていた。
-Fin-
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夏といえばホラーということで以前書いたアーマードコアネタのホラーSSを此方にも投下しようかと思い投稿。AC3の某下水道ミッションが元ネタとなっています。 | ||
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