真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第四十五話
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調練場に横一列に並ぶ数多の兵達。

 

その向かいには何者の姿も無い。

 

皆が一様に遥か先に存在する壁に向かって立っている。

 

その視線の先には、壁に設置された的。

 

ジッと何かを待っている様子の兵達。その背後で、ス、と手を挙げられたことを何人かが感じ取る。

 

そして。

 

「撃ち方、始めっ!」

 

調練場に響いた一刀の号令と共に、整列した兵達の手の中、十文字から一斉に矢が飛ぶ。

 

第一射は皆がほぼ同時。

 

そしてそこから第二射、第三射と施行回数が増していくにつれ、揃っていた発射音がバラバラになっていく。

 

「そこ!遅れ過ぎているぞ!命中率に拘りすぎるな!それでは折角の連射性能が活かしきれていない!」

 

「はっ!」

 

「そっちは逆だ!連射にばかり気を取られ、精度が余りにも疎か過ぎる!それでは牽制にならないだろう!」

 

「すいませんっ!修正しますっ!」

 

端から端まで隈なく兵の様子を見やり、想定の枠を外れている兵に檄を飛ばす。

 

訓練の趣旨は至って簡単、今まで少数部隊では実現難易度が異様に高かった、間断無き矢の弾幕を容易に実現することが目的である。

 

今回一刀が設定した目標は、命中精度6割から7割。

 

訓練なだけあって兵は皆整地された地にしっかりと足を着き、相手もまた一切動かぬ的である。

 

実際の戦場では荒れた大地の上、或いは馬上からなのだ。

 

訓練の条件で6割、7割中ったとして、戦場では恐らく2割から3割程度となるだろう。

 

しかし、それでいい、と一刀は考える。この辺りは詠とも話し合っている。

 

この想定は弓にとって超長距離射撃となる。

 

つまり十文字によって射程が大幅に伸びたことによって為せている面が強い。

 

そのため、今回の想定距離においては、相手は将クラスかそれに準ずる武官でなければこちらと撃ち合う事も出来ない、と踏んでいるのである。

 

その条件での弾幕プラス2、3割の命中率。

 

実現出来れば相手部隊へのプレッシャーは相当なものとなるはずなのだ。

 

「…………撃ち方、止め!」

 

再び一刀の号令が響き、直後、断続的に続いていた発射音が軽い残響を残して空中に溶けて消えた。

 

一刀は少し歩を進め、的を一望できる位置まで来ると先の光景を見回す。

 

「……6割5分くらいか。今の感触を忘れるな!最低限これを出せるように!」

 

『はっ!』

 

「よし!では通常の調練に戻る!各自十文字を収納した後、基礎鍛錬を順次行っていけ!」

 

『はっ!』

 

「では、散っ!」

 

三度響く一刀の号令で一斉に動き出す。

 

 

 

この十文字による射撃訓練は州境の街に来て以来、毎日のように行っていた。

 

全ては袁紹との対峙を見越してのこと。

 

数の上では圧倒的となるであろう袁紹軍に対抗するには、新兵器の性能を十二分に引き出した綿密な作戦が必要となってくる。

 

そのための射撃訓練、その成果は確かに挙がってきていた。

 

「弾幕射撃はこれで大丈夫そうか?」

 

「ええ、十分だと思うわ。後はあんたが言ってた士気減退作戦だけど、首尾の方はどうなの?」

 

「ああ、上々だ。真桜隊の中でも特に技術の高い兵を寄越してくれたみたいでな。思ったより早く準備が済みそうだ」

 

真桜も研究・発明の任を担っている一方で将の身でもある。

 

当然その下には部下が付き、一定数の部隊が整えられている。

 

真桜の部隊は所謂工作部隊。当然、その部下達はほとんどが工兵。

 

この真桜部隊、何を主たる任務としているかと言えば、一刀の部隊で用いるような攻撃的新兵器ではなく、花火などのような攻撃以外の用途を目的として創作された新兵器や大型の設置型兵器の運用である。

 

今回の防衛戦に望むに当たり、一刀は真桜に幾人かの工兵の貸出を打診していた。

 

真桜はその要望を快諾し、砦への配備兵第二陣に混ぜて腕利きの工兵を出してくれていたのである。

 

「そうなの?まあ、早めに準備が整うに越したことは無いのだけど……

 

 本当に成功するんでしょうね?あの作戦、聞いたはいいけれど、本当にそこまで大きな効果が得られるのか、大いに疑問が残るわよ?」

 

一刀から作戦の内容を聞いて以来幾度目になるか、詠が疑問を挟む。

 

「相手が袁紹軍だからこそ、効果は絶大なものになるさ。

 

 まあ、上手く嵌れば大概の相手には効果を発揮するだろうけど、効果の程は俺の口上次第、って面が大きいだろうね」

 

まるで思いついた悪戯を語るかのようにニヤリと口角を上げながらそう答える一刀。

 

この答えもまた詠の疑問と共に幾度も繰り返されているものであった。

 

「そりゃあ、あんたにも考えってものがあるんでしょうけど。絶対に成功させなさいよ?

 

 月の命にも関わりかねない事なんだから、いざ実行となってから、失敗しました、なんてことは許さないわよ?」

 

「勿論だ。月だけじゃない、この部隊の者の命の大半は、この作戦に掛かっていると言ってもいいくらいなんだからな」

 

「分かっているならいいのよ。そこさえ成功させてくれたら、後にはボクがいるんだから」

 

「そうだな。頼むぞ、詠」

 

なんとも頼もしい発言をかましてくれる詠に信頼を持って応じる。

 

桂花と共に対峙したことのある一刀は、詠の智謀の高さを良く分かっている。

 

現に洛陽執政時の情報戦には賞賛の言葉しか出ない。

 

信頼を寄せるのに十分過ぎるほどの実績と言えるだろう。

 

「そういえば、月はどうなの?」

 

詠からの突然の話題変換。

 

聞かれてから、詠は兵の調練は時々見ていても月個人についてはほとんど見ていないことに気づく。

 

「期待以上、その一言だな。元からの両利きに加えて十文字で回転も上げることが出来る。

 

 不安点があるとすれば、基礎体力の低さくらいか」

 

「月は元々君主だからね。文官がそれほど多く無かったこともあって、事務方の仕事で手一杯なところがあったから」

 

「ああ、そこはそんなに気にしてないよ。基本的に馬上弓と部隊指揮さえしてくれれば、近接は俺や恋、梅が務める予定だからね」

 

「ボクと月が後衛、あんた達が前衛、ってこと?」

 

「まあ大まかにはそんな感じ。今の部隊の数じゃあ部隊内で予備兵力は作ってる余裕が無いからね」

 

一刀の試算に詠も少し考えて同意を示した。

 

今のこの部隊は月の親衛隊がそのまま姿を変えたに等しい状態。

 

練度はともかく人数が少ないことはどうしようもない事実であった。

 

「とにかく、出来る限りのことはしておかないと。桂花達も言っていたが、袁紹が攻めてくるのに、もう幾許も時間は無いと見るべきだ」

 

「ええ、そうね……

 

 それじゃあ、ボクも戦地候補の地形と陣形の想定作業に戻るわ」

 

「分かった。時間を取らせて悪かったな」

 

「そんなことは無いわ。現状を正確に知っていれば、それだけ精緻な策も練れるからね」

 

背中越しに手の平をひらひらさせながらそう言って詠は去って行く。

 

その背を見送り、一刀は再び気合を入れ直した。

 

 

 

現在この州境の街には一刀の部隊と、プラスアルファの各部隊から選抜された兵達が赴いている。

 

劉備を逃がしてやってからおよそ2週間。

 

街には予定通りの兵が集い、袁紹襲来に備えての準備が着々と進んでいる。

 

伝令によれば一つ前の街へ配備予定だった兵力も既に配備し終え、当初の予定は完了、いつでも開戦出来る状態になっていた。

 

境目の向こう側を監視するために定期的に斥候を送り出しているとは言え、いつ戦が始まってもおかしくない状況であることは間違い無い。

 

故に兵の疲労を後日に大きく残すような調練は出来ず、高い効果を期待出来る一つの戦術を高めていっているのであった。

 

この街に来てからこっち、武官達の仕事内容に特に変わったところは無い。

 

一方で文官、といってもほとんど詠だけなのであるが、その仕事内容は大きく変わっていた。

 

まず、許昌にいた頃のように山積みの書類仕事が振られることが無くなった。

 

勿論、必要最低限の書類仕事はあるのだが、元々この街に常駐している文官達で大半の仕事は回るのである。

 

では詠は何をしているのかと言えば、正に戦の準備、その一言に尽きる。

 

袁紹軍の襲来を監視する斥候とは別に戦場候補地に測量のための斥候を送り、あらゆる面から戦術を練っているのである。

 

そういったこともあって、詠が調練にちょくちょく顔を出すようになっているのだが、その詠が大分驚いていた事実が一つ。

 

それは、恋の調練参加頻度であった。

 

詠曰く、洛陽の時もそれなりに参加はしていたが、眠たい時は構わずサボって寝ていたらしい。

 

霞や華雄が恋の強さに一目置いており、月もそのような点は気にしなかった為に何か罰則があったわけでは無いのだが、それとなく詠は気にしていたそうだ。

 

今の恋はどうかと言えば、自身の部隊、つまり一刀が率いるこの隊の調練時には必ず出てきている。

 

一度、詠が尋ねたところ、返ってきた答えは。

 

「……恋が自分で、頑張るって決めた、から?」

 

疑問形ではあるものの、それは確かに正しいのだろう。

 

今まではほとんど”使われる”だけだった、圧倒的なその武。

 

それを今は自らの意思で一刀の為に、月の為に、”使う”ことに決めた。

 

あまり深く意識はしていないのかも知れないが、受動的か能動的かの違いが自身でも気づかない根本意識を変えたのかもしれない。

 

何にしても、恋が調練に参加すること自体が兵の士気高揚にも役立つ上、将その他の個人の武の底上げの為に手合わせも出来、一石二鳥にも三鳥にもなっているのは良いことであった。

 

部隊の士気は上々で調練も順調。

 

戦術の構築も直終了するだろう。

 

万事恙無く、対袁紹軍の準備が整いつつあるのだった。

 

 

 

 

 

 

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「皆さん、武具の整備は怠らないでください!今日の調練はこれで終わりだそうですが、必ず今日中に点検を一度はしておいてください!」

 

詠が去ってからおよそ2刻もすると調練も終わりを迎える。

 

その調練場に梅の声が響いていた。

 

まだ正式に将の位は貰っていないとは言え、部隊の中では一刀や恋、月に次ぐ実力者。

 

実際に部隊も付けられており、扱いは将となんら変わり無い状態である。

 

そんな梅には主に調練中の細々とした事の監督を任されることも多々あった。

 

今もその例に漏れず、調練終了の呼びかけを任されていた。

 

一刀は何をしているのかと言えば、工兵達との打ち合わせに行っている。

 

「お疲れ様です、恋様!」

 

「……ん。梅も、お疲れ」

 

実力と気概のある兵達を相手に延々仕合を取っていた恋が上がってきたことを見て取るや、梅が声を掛ける。

 

恋の方は梅に返事をしてから辺りをキョロキョロと探しはじめた。

 

「あ、一刀様でしたら工兵の方達との実験に向かわれました」

 

「……そう。ありがと」

 

軽く礼を述べると場所を知っているのか、どこかへと向かって歩き始める恋。

 

その背に少々慌てて梅が重ねて呼びかけた。

 

「あ、あの、恋様!一刀様のところへ向かわれるのでしたら、私も付いて行って構わないでしょうか?」

 

「…………ん、多分、大丈夫」

 

僅かに首をかしげて考えた後、諾の返事。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

笑みを浮かべ、梅もまた恋に並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

「う〜ん……一夜でこれだけ掘るのはやっぱり厳しいか?」

 

「そうですね……火薬を使えば或いは可能かも知れませんが、そうすると向こうに察知される危険性が格段に増してしまいますし……」

 

「真桜の螺旋槍があれば問題は無かったんだがなぁ……」

 

「李典将軍は正直来られるかどうか……」

 

「ああ、そのへんは分かってる。俺が依頼した物の試作品が出来そうだ、って話だったからな。

 

 だが、こうなると……ん〜、せめて袁紹が攻めてくる方角が2日前に判明すれば今のままでも問題無いんだがなぁ」

 

工兵と共に頭を捻るもこれぞという案が一向に出てこない。

 

詠にああ言った手前、計画は万全の状態にしておきたいところだが、最後の詰めが中々に厳しい状況。

 

自信を持って失敗は無いと言い切る為にあとひと押しが欲しい状況であった。

 

「最悪、急場で作ったとしてどの程度バレてしまうものか……」

 

「恐らく初めは距離を取るでしょうから、多少の盛り上がり程度は見過ごす可能性の方が高いかと」

 

「それでも0では無いのがなぁ……」

 

どうにか出来ないものか、と悩んでいると、背後から声が掛かった。

 

「……一刀、悩んでる?」

 

「ん?あぁ、恋、と梅か。調練は無事終わった?」

 

「はい。いつも通りの注意呼びかけもきちんと」

 

「そっか。いつもありがとうな、梅」

 

「い、いえ、当然のことですから!」

 

一刀の感謝に思わず梅の顔が綻ぶ。

 

梅は一刀のことを様付けで呼ぶようになって以来、当人からの感謝、賞賛にとことん弱くなっていた。

 

どうやら直接指導するようになってから、梅の中で一刀の順位が恋並みに引き上げられた結果のようであるが、その詳細はとりあえず割愛しよう。

 

上機嫌になった梅とは対照的に、恋は心配そうに一刀を見つめている。

 

まずは恋を安心させるべきか、と一刀は何でもないというように手を平々とさせて言う。

 

「いや、そんなに深刻なことじゃないよ。でも、そうだな……

 

 恋にもかなり関係してくることではあるか……いや、この際だ。月と詠も交えてこの計画の内容を話そうか」

 

「計画、ですか?」

 

「ああ。梅、悪いけど月と詠を読んできてくれるかな?」

 

「は、はい、分かりました!」

 

元気に返事をすると一目散に2人を呼びに出て行く梅。

 

残った恋は未だ間近から見上げた目で、本当か、と訴えて来ている。

 

(内心に残る不安を、恋には見透かされてるのかなぁ。はは、参ったな)

 

苦笑を浮かべる一刀は、大丈夫だ、と、ありがとう、の意を込めて恋の頭を撫でてやった。

 

 

 

 

 

 

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「―――という計画を立てていたんだが……少し予想を下回ったことがあってな」

 

一刀は立てた計画の全貌を説明し終えると一度間を置く。

 

自分でも話しながら内容を整理していたこともあり、改めて別方向からいい案が無いかを探る為であった。

 

その間に詠が言葉をすべり込ませる。

 

「随分と大逸れた作戦を考えたものね……あんた以外の誰が考えつくんだ、ってくらいよ。

 

 でもこれ、馬の方は大丈夫なの?私としてはそこが一番問題な気がするんだけど?」

 

「馬なら問題無い。例の場所に待機させるのは2頭、赤兎馬ともう一頭だけだ。で、そののこり1頭には霞に少し無理を言って戦場経験豊富な馬を借りた。

 

 赤兎馬の胆力は相当なものだったし、霞から借りた馬の胆力も申し分無い。両馬とも恋と月に好く従ってくれるしな」

 

「成る程ね。だとすると、何が問題なのかしら?」

 

「聞いていて分かったと思うが、この計画を実行するに当たって、2箇所に穴を掘る必要がある。

 

 だけど、予定くらいに掘るには2夜ほど必要そうなんだよ。偽装の為の布は出来てはいるんだが、それでも準備が1夜だけだと……」

 

「身を屈めても完全には入りきらない、という訳ね」

 

納得した、と詠は頷きを返す。

 

そのまま何かしら案を考えてくれるだろう。

 

そう思った一刀であったが、直後、その思考は裏切られた。

 

「それほど問題無いんじゃない?少なくともある程度の穴を掘って身を屈めさえすれば」

 

「へ?」

 

事も無げにそう言い切る詠に一刀は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「計画を聞く限り、あんたは初めから部隊の先頭に立つ気でしょう?それも陛下に賜ったあの白馬に乗って、例の天の服を着て。

 

 袁紹達はあんたのこと初見なんだから、まず目を奪われるでしょうし。

 

 何より”天の御遣い”なんて看板を背負った人物が堂々と前に出てきて、何をしでかすか分からないのに目を逸らしたりはしないでしょう」

 

「ん〜……それはちょっと皮算用すぎやしないか?そんなに上手く事が運ぶとは……」

 

「あ、あの……私も大丈夫だと思います。見えてすぐに舌戦も始められるとなると、一刀さんであれば成功すると信じられます」

 

「ま、そうよね。色々言ったけど、結局はあんたが、一刀が前面に出るってのが一番の理由よ」

 

思わぬところで入った月の賛同意見に、またも一刀は驚かされる。

 

しかし、賛成が増えたからと言って、まだ練りきったとは言えない計画を実行することは出来ない。

 

慌てて反論を脳裏で組み立てながら言葉を紡ぐ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!詠、月、これはあんまり軽い見積もりで実行出来る計画じゃ無いのは分かるだろう?

 

 消せる可能性のある不確定要素は出来る限り消してしまいたいんだ。成功率のこともあるが、何よりも月と恋の安全を守るためにも」

 

そう、もし失敗してしまえば、十分に月と恋の命にも関わる問題となり得る。

 

計画実行前にバレてしまえば、月と恋は一騎で孤立した状態で敵の目に晒されることになりかねない。

 

計画で起こす全ての事象は、連動させることで相手に驚愕を深く刻み込むためのもの。

 

特に仕掛けを要するものは事前にバレれば或いは全てがおじゃんになってしまうかも知れないのだ。

 

慎重に慎重を重ねても、過ぎるということは無い。

 

「馬を用いるから盾を持ち込むことも出来ない。偽装に用いる布は防具になるようなものでもない。

 

 だからこそ、その他のところで安全材料を築き上げていくしか無いんだぞ?」

 

「そうだとしても、ですよ」

 

言葉を重ねてどうにか説得しようとする。

 

が、またしても月によって閉口させられてしまう。

 

「一刀さん、私も今や一人の将です。危地に身を投じる覚悟は出来ています。

 

 この作戦の危険性も、聞いていて理解しました。その上で私は一刀さんを信じます。一刀さんなら絶対に成功させてくれる、と。

 

 私、人を信じるのは得意ですよ?」

 

「……ん。一刀、恋も信じる。一刀なら出来る」

 

思ったよりも、いや、その数倍も頑なな月。そこに恋まで同調しては一刀に為す術も無い。

 

どうすべきなんだ、と助けを求めて詠を見やれば、詠は詠で両の手の平を上に肩を竦ませていた。

 

「こうなったら月は梃子でも動かないわよ。誰よりも長く月を近くで見てきたボクが保証するわ」

 

そんな保証はいらん、と思わず言いたくなる詠の発言。

 

だが、詠の口からこう出るならば、それは最早厳然たる事実なのだろう。

 

「…………仕方がない、分かったよ。ただ、これだけは約束してくれ、月、恋。

 

 これからこの条件の下で試験をしてみるが、もしそれでも無理だと俺が判断したなら、その時はちゃんと従ってくれ」

 

「はい、分かりました」

 

「……ん」

 

結局一刀が折れることによって急遽為った会議は終了を迎えた。

 

 

 

各々自らの仕事へと戻っていく中、一刀は工兵に耳打ちする。

 

「ああは言ったが、何らかの方法が無いかだけは考えておいてくれ……」

 

「はい、勿論です……」

 

こちらで目にする機会が増えて以降、すっかり工兵にとっても尊敬の対象となっている月と恋。

 

その安全度を高める努力は、この工兵にとっては言われずとも当たり前のことでもあったのだった。

 

 

 

 

 

 

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それからおよそ2週間程。

 

部隊の者たちは相も変わらず戦に向けた調練を繰り返していた。

 

兵達は皆、連日の調練に少しずつ疲れが溜まってきている。

 

しかし、誰一人として泣き言は言い出さなかった。

 

その理由は奇しくも毎日の調練の風景の中にある。

 

 

 

「……んっ!」

 

「ぐっ……!つあっ!」

 

激しく得物をぶつけ合う一刀と恋。

 

一刀は恋の一撃を辛くも凌いで少し無理のある態勢から攻撃を仕掛けた。

 

直後、恋が僅かに口角を上げる。

 

「……隙、見つけた……!」

 

「へっ、そう来ると……思ってたよっ!」

 

してやったり、と一刀も口元に笑みを湛えると迫り来る恋の戟をいなしにかかる。が。

 

「んなっ!?」

 

「……残念」

 

初めから一刀の罠を分かっていたかのように、途中で軌道を変える恋の戟。

 

その軌道を読めなかった一刀の刀は虚しく空を切る。

 

一瞬の後には、間合い深くにまで踏み込んだ恋の戟が一刀の首筋に当てられていた。

 

「……恋の勝ち」

 

「くはっ……!ま〜た負けたぁっ!やっぱ恋には勝てねぇなぁ」

 

降参だとばかりに後方に大の字に寝転がる一刀。

 

一刀に合わせて戟を下ろすと、恋は首を横に振る。

 

「……そんなこと、無い。今も危ないところ、あった」

 

「そうか?完全にこっちの読みを上回られたようにしか思えなかったんだが……」

 

「……一刀の罠、嵌りかけた。けど、梅が前、使ってたから」

 

「え、えぇっ!?わ、私のですか!?」

 

「……ん」

 

迷いない恋の返答に思わずヒュゥと口笛が出る。

 

一刀が取った行動は次のようなもの。

 

態勢を崩したように見せ、そのまま攻撃。

 

観察眼の鋭い相手であればそこに隙を見出すだろう。

 

その勘違いを利用する、という、以前霞に一刀が仕掛けたものに似たトラップである。

 

確かに一刀は梅にこの流れを教えはした。

 

だが、梅が恋に対して用いた時は、自ら演出した隙が本物の隙となってしまい、そのまま恋に土を付けられた。

 

つまりその後の流れを恋は知らないはずなのである。

 

それを読み切られたとあっては……

 

「いや、やっぱり完敗だよ。入りしか知らないものをああまで完璧に攻略されたんじゃあな」

 

「……一刀、いあい使わない?」

 

「あ〜、あれはな……恋に簡単に破られただろ?あの時は偶々上手くいったが、あれすらまだ未完成なんだ。

 

 少なくとも恋相手に使ったら負けが確定するだけだな」

 

「あ、あの見えない技がまだ未完成なんですか!?そ、そんな……」

 

「正確に言えば、実戦仕様が未完成、だな。あれは元々奇襲の為、或いは奇襲を受けた際の防御の為の技術でな。単発的な奇襲と違って流動的な実戦ではそのまま使うことが出来ない。

 

 だから俺なりに工夫を重ねてはいるんだが……まあ、上手くいってないのが現状だな」

 

梅にとっては遥か高みに思える技ですら平然と未完成、使えないと言ってのけるその様に言葉も忘れ呆然とする。

 

それは周囲で耳をそばだてていた兵達もまた同じであった。

 

「おいおい、お前達!手が止まってるぞ!いつも言っているだろう?

 

 たかが調練と手を抜くな!その代償は戦場で無慈悲に返ってくるぞ!」

 

『は、はっ!!』

 

いつの間にやら随分と小さくなっていた周囲の剣戟に気付き、一刀が一喝。

 

すると手を止めて一刀達に注意を向けていた兵達は揃って背筋を伸ばして返事をし、直ぐ様各々の調練に戻って行った。

 

「ったく、袁紹軍はもういつ来てもおかしくないってのに……」

 

「全くね」

 

突如背後から今までに無かった声が聞こえてくる。

 

一刀は首だけで振り返り、その人物に声を掛ける。

 

「やあ、詠。今日も視察……ではなさそうだな。まさか?」

 

「察しがいいわね。ええ、そうよ。ついさっき、最も深くまで潜り込ませていた斥候から連絡があったわ。

 

 余程の強行軍を強いているのか、袁紹軍はおよそ大軍とは思えない速度で州境に向けて進行中。

 

 さすがにあの袁紹でも夜は軍を進めないでしょうけど、それでも速度を維持されれば、明日、太陽が天頂に達する頃には境を超えて交戦予想地点に至られるでしょうね」

 

「そうか……交戦地は候補の中に?」

 

「ええ。地形を把握し、既に策も立ててあるわ」

 

詠の返答に、一刀は思わず口角を吊り上げた。

 

判明から交戦までの猶予期間の短さを除けば、他は中々に好条件が揃ってくれている。

 

運が向いてきた。そうボソリと呟くと、一刀は声を張り上げた。

 

「全体、注目!!

 

 たった今、我等が軍師殿より報告があった!それによれば、袁紹軍の進軍を確認、交戦予想は明日の昼だ!

 

 よって、本日の調練はこれにて終了、各々出陣の最終準備を行い今日はゆっくり休め!

 

 明日は正念場だ!いいか?明日の戦は我々の、引いては魏国全体のこれからを左右するであろう大事な戦だ!

 

 各々明日に備えて十分に英気を養ってくれ!

 

 以上!散っ!」

 

『はっ!!』

 

兵達の返事が綺麗に揃う。

 

そこから伝わる溢れんばかりの気合。

 

調練の成果は確実に出ている。士気も申し分無し。

 

これ以上は望むべくもないコンディションだった。

 

 

 

「いよいよか……こっちも気合入れていかないとな……」

 

「頼んだわよ、一刀。あんたの第一打が大きいんだから」

 

「ああ」

 

2人が言葉を交わしていると、基礎体力作りに勤しんでいた月が戻ってくる。

 

「はぁ……はぁ……か、一刀さん、詠ちゃん。さっきの、話……」

 

「ええ、本当のことよ。月、大丈夫?無理してない?」

 

「うん、大丈、夫。恋さんも、一刀さんも、いるから」

 

「……恋に任せる」

 

かつて洛陽でもこのような会話が交わされたのだろうか。

 

その頃には、今ここでこうしているなんて、想像だにしなかったろう。

 

「ちゃんと、光を与えられればいいんだがな……」

 

「え?何か言ったかしら、一刀?」

 

「いや、何でもないよ。明日、目指すのはただの成功じゃない、大成功だ。頑張ろう」

 

「はいっ」 「ええ」 「……ん」

 

決意を新たに頷き合う4人。

 

大陸を大きく変える最初の大戦が今、始まろうとしているのだった。

 

説明
第四十五話の投稿です。


袁紹との戦へ、カウントダウン。
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コメント
>>Fols様 ありがとうございます。今後も楽しんで頂けるよう、頑張ります。(ムカミ)
ついにここまできましたね。楽しみです。(Fols)
>>本郷 刃様 本当に、やっとここまで来ました。これからも楽しんでいただけるよう、頑張ります。(ムカミ)
おぉ、ついに戦の始まりですか・・・一刀が考えた策も含めてどうなるのか楽しみです!(本郷 刃)
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