双子物語55話
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双子物語55話

 

【叶】

 

 ある日の授業が全て終わり、生徒会に足を向けながら少し溜息を吐く私。

仕事と部活と新入生のことで頭にもやもやが溜まっていたのが原因かもしれない。

そしてたどり着いて中へ入ると生徒会室内にて瀬南先輩にいきなりある一言告げられた。

私だけではなく、雪乃先輩にも。

 

「たまには休息でも取ったらどうかな、叶ちゃんと一緒に」

「え、どうしたの急に?」

 

 あまりに不自然なだから驚きの表情を浮かべながら雪乃先輩は瀬南先輩へ言葉をかける。

きょとんとして二人のやりとりを見ていると名畑が呆れ顔をしながら

私を部屋の隅まで連れていって小さい声で話しかけてきた。

 

「あんたが欲求不満そうにしているから先輩が気を利かせてやってるの。

ちゃんと上手いこと解消しなさいよ…!」

 

「欲求不満って…」

「後輩に向かって嫉妬の視線向けてるの知ってるんだからね。

これ以上ひどくなって周りに迷惑でもかけてごらんなさい。どうなるか…」

 

「お、おどかさないでよ〜・・・」

 

 とはいえ自覚していたことだ。

先輩には迷惑かけたくないから黙って見守っていたけれど

先輩と新入生の距離が日を追うごとに近くなっていくことに不満が募っていったから。

 

 隠していたつもりが私の感情は周りには駄々漏れていたようだ。

そのことは先輩だけが気づかなくて「?」のマークが浮かぶような複雑な

表情をしていた。またそこが可愛いのだけど。

 

 瀬南先輩と話終わると頭を掻きながら雪乃先輩は私の傍まで来て

腑に落ちない表情を浮かべながらも私を見るときは優しい微笑みを浮かべて

話してきた。

 

「よくわからないけれど、休みもらっちゃったね。忙しそうにしてるみんなに悪いなぁ」

 

 休みの理由は半ば理解しようとしてもどうして私となのかまだわからないみたいで。

時々鈍いのか鋭いのかよくわからなくなるそんな先輩だった。

 

その日の帰り道。手を繋ぎながら先輩は休みをもらって何をしようか考えているのを

私はジッと見つめていると、何か浮かんだような表情をして私を見つめて笑いかけてきた。

 

「海行こう!」

「え!?」

 

「少し早いかもしれないけど。泳ぐとかじゃなくて見にいこう。波の音や匂い、

そういうのが疲れを癒してくれるかもしれない。それにこの時期は混まないしね」

「…先輩が行きたいなら私もそれでいいです」

 

「よし決定〜」

 

 他に行きたい場所もなかったけれど、特別良いことがありそうな場所でも

なさそうだったから私の中でちょっとがっかり。だけど二人きりでいられることは

素直に嬉しかった。

 

 そう考えると場所よりも先輩と一日二人でいられるということが私にとっての

一番の癒しなんだろうって思った。

 

 そう思うと途端に胸がそわそわし始めて休みの日が待ち遠しく感じていた。

 

一週間後

 

 この日、一日の時間を自由に使える。これまで体調が優れない先輩のために特例として

作ってくれた一日である。

 

 元から授業は午前中に終わる日でもあったから特別勉強に影響が出るほどのことでは

なかった。

 長い道のりだから途中で口恋しくならないようにおかしや飲み物を少し買って

電車に乗った。揺られてうとうとしながらその視界にはずっと先輩の横顔を見ていた。

先輩の話の半分も聞き取れない状態だったけど、頷きながらその声を子守唄みたいな

感覚で聞いていると。

 

「叶ちゃん」

「ふぁ…」

 

「最近忙しいから疲れちゃったかな?」

「先輩…?」

 

「ほら、外を見て。海が見えてきたよ」

 

 先輩に言われて向かい合うような形式の椅子から横を見て窓の外を見ると

木々の景色から一瞬にして海の景色が私の目に飛び込んできた。

 

 いきなりのことだったから思わず目が見開いて驚きを隠せなかった。

そして一言、綺麗だと口から言葉が出た。

 

 それから少しの間揺られると目的の駅に到着。ドアが開き一歩足を踏み出して

外へと出ると本格的な夏はまだ先なのに強い日差しに目を細めた。

 

 子供の頃、一度来たことがあるという先輩の後ろをついていくように歩きながら

周りの風景を見ていた。

 

 海までの道はなんてことないただの住宅街ではあるがほんのり漂う潮の香りが

他の町の景色とは違った感じにさせていた。

 

 やや肌が汗ばんできたときに、潮風が吹いて私たちの髪を揺らした。

その後、耳に波の音が聞こえてきて。私は一足先に砂浜に踏み込んだ。

海の砂特有のさらっとした柔らかいのを確認すると靴を脱いで

波の端っこに素足をつける。

 

 砂をさらわれる感覚がちょっとこそばゆくて気持ちがいい。

この感じは何年振りなんだろう。前は小さい頃にお母さんと県さんと来た覚えがある。

懐かしい記憶を噛みしめながら母が病んで私はこれまでがんばってきたのを

思い出す直前に先輩が私の肩に手を置いた。

 

「どうしたの?」

「いえ、何でもないです」

 

 楽しかった記憶と辛かった記憶が入り混じりそうになった時に先輩が現実に戻して

くれた。

 ちょっと違和感が残ったけれど、目の前に好きな人がいるだけで気にせずにいられた。

そう昔とは違う、今はこの人がいてくれる。私の傍に…。

 

 

「この後どこにいくんですか?」

 

 近くに脱ぎ捨てていた靴を履いてから、砂に足を掬われそうになりながらも

なんとか先輩の後ろにひょこひょこついていくと。とある岩の横穴の前に

たどり着いた。

 

「昔のまんまね〜」

「ここは?」

 

「小さい頃、避暑代わりとしてここに一人で来たことあったの」

「先輩が小さい頃…」

 

 知り合うきっかけになった昔のこと。ややぼんやりした記憶を掘り起こそうと

したけれど先に進んでいく先輩のことを追うことで頭がいっぱいになっていたから

一度それを考えることを止めた。

 

 中へ入るとさっきまでの暑さが嘘かのように暗く涼しい場所に変わった。

雰囲気が何か出そうでちょっと怖かったけれど、外からの漏れてくる光と

先輩が途中から取り出した懐中電灯などで見える石壁は放置されているものとは

思えないくらい綺麗になっている。

 

 ひんやりしてて何か気配を感じてちょっと怖い。

 

「小さいときここで不思議な経験したんだよね。私ももうぼんやりとしか

覚えてないけど」

 

「覚えてないのに来たかったんですか?」

「うん、私にとっては大事な場所なの」

 

 岩場に手をつけて静かに何かを感じ取っている先輩。

私も同じように手をつける。雰囲気が怖かったはずなのに手をつけて目を閉じると

優しい感覚に包まれてなんとも不思議な気持ちになる。

 

 よく子供の時、大人になると見えないものもあるとか聞くけど。

本当かどうかはわからないけれど。先輩が大事にしているこの感覚は大事にしたい。

 

「行きましょうか」

「はい」

 

「せっかくだから色々遊んで回っていこうかしらね」

「はい!」

 

 出る途中、先輩は名残惜しそうに振り返り微笑んでから再び歩き出した。

出てからさっきまで居た場所とはまるで違う、再び強い日差しを受けながら

私たちは歩き出した。

 

 それからちょっとして、先輩は横で歩いている私に視線を移すと

微笑みながら私の手をぎゅっと繋いできてこう言った。

 

「あそこは特別でね。特別な人以外連れていったことないんだ。

叶ちゃんだからここに連れてきたかったんだ」

「先輩…」

 

 最初ちょっと中途半端な感じで複雑な気持ちだったけれどその手の温もりと

特別という言葉に少しもやもやしていた気持ちが晴れた気がした。

私は今とても幸せな気分でいっぱいだったから先輩に笑顔で応えた。

 

***

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【雪乃】

 

 夕方になって帰ってきてから今日の行動について目を輝かせながら瀬南に聞かれてきた。

そんな瀬南に私は普通に遊んできてリラックスしたよというと何故か溜息を吐いた。

 

「なによ、その反応は。元々そういう目的のための休みでしょうが」

「ゆきのん生真面目。ちょっと悶々してる叶ちゃんのためもあったのに。

人気のないとこでちょっと過激なことをしてるの期待してたんやけど」

 

「あんたこそ何言ってんの…」

 

 姉とは違って叶ちゃんはそんなんじゃないから、っていうと更に瀬南は

呆れたような反応をしてくる。

 

「ゆきのんほど性的なことに消極的というか、薄い人もいないよなぁ。

みんなゆきのんみたいな気持ちだとは思わない方がええよ。

もしかしたらあんなことやこんなことしたかったかもしれんし〜」

 

 最初はどこか説得力あったけれど最後の一言ふざけた言い回しで台無しにしていた。

でもまぁ、言いたいことはわからないでもない。

 

 性欲魔人は彩菜だけかと思っていたけれど、私はそっち方面での叶ちゃんのことは

知らないから。むしろ知らないことの方が多いのではないか。

だからそういう可能性もあるのかもしれない。

 

「多分わかった。瀬南の言葉、ちょっと頭の隅にでも入れておくよ」

「うん、大切にしなよ」

 

「わかってるよ」

 

 子供の頃の片想いしていた頃以来の特別な気持ちだもの。

大切にしないわけがない。だからこそ特別な場所に案内したのだけど、あれは私だけ

経験した大事な場所だけどもしかしたら叶ちゃんには退屈だったかも。

 

 とまぁ、過ぎたことは仕方ない。これからの二人で気持ちを育んでいけるよう

努力しよう。その前に…。

 

「溜まった仕事をしようか、瀬南」

「えっ、帰ってきて早々するん?」

 

「私が出かけてから全然進んでないじゃない!」

「だってだって、裏胡も倉持さんも忙しくて顔出せへんかったんや。堪忍してよ〜」

 

「しません。今日だけでも二人でできるとこまでやるわよ」

「助っ人なのに人使い荒くないですかね〜。まあ、ゆきのんと二人きりなら

悪くないわな〜」

 

「まったく人をからかうのが好きね。そんな気ないくせに」

「ははは、そうかもしれんなぁ」

 

 頭の後ろに手を回して掻くような仕草をしながら苦笑する瀬南。

言う前にちょっと間があったような気がしたけど。私はその瞬間に気づかなかった。

それ以上に目の前の仕事の量に気が全部行っていたから。

 

 こうして一日の休みを満喫することができて仕事にも身が入るようになった。

できれば叶ちゃんにも楽しんでもらいたかったけどどうだったのだろう。

あの子は私に遠慮がちな部分があるから、もっとズバズバモノを言って来て

欲しいけれど、それを要求するのもちょっと違う気がするから言えないのだ。

 

「まぁ、何とかなるかな」

 

 迷った時はなるべく前向きの姿勢で。今まで消極的で暗かった私だけれど

ここに来て母や彩菜の明るさの影響が出てありがたく思えた。

 

 これから本格的な夏が始まる。体調管理から生徒会の仕事。行事のまとめ。

忙しい日が増えてきそうだ。せめて気持ちだけでも負けないように

私は気合を入れて、目の前にある仕事に取り組むことにするのだった。

 

説明
好きな人に自分の特別な場所に連れていきたいという気持ちは
少なからずあると思うんです。
いつも忙しくて大変そうな二人への急なプレゼント。
少ない休みを二人は満喫できるのでしょうか?
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