美少女戦士セーラームーン論 |
☆★☆ 美少女戦士セーラームーン論 ☆★☆
2014年に20周年を迎えて再びアニメ化された「美少女戦士セーラームーン」は、1992年「なかよし」2月号に連載が開始されるとほぼ同時の1992年3月7日にアニメの放送がはじまり、その人気は社会現象にまで広がり、今日のプリキュアシリーズまで継承されている、戦闘美少女系魔法少女というジャンルを確立しました。
この論文では、主に、第46話までの第1期のアニメを取り上げ、この大ヒット作品と昔話との類似について、日本におけるユング心理学の第一人者である河合隼雄の著書を引用しつつ、考察します。
河合隼雄は、ユングの分析心理学を日本に紹介した研究者で、ユング派精神分析家の資格を取得した初めての日本人でもあります。
1962年から3年間、スイスのユング研究室に留学した彼は、昔話の専門家フォン・クランツの講義を受け、帰国後これに日本人としての見解を加えて発表しました。
河合隼雄は、ユング派分析家の立場から、
「元型の力が作用するとき、個人の物語は普遍的な物語となり、私たちの共感を呼ぶ」
と、人々の心をとらえる昔話を解明しています。
1875年生まれのスイスの分析心理学者C.G.ユングは、精神分裂病者の妄想や幻覚を研究するうちに、それが夢、神話、昔話などに現れるイメージと共通点があることに気づきました。
このイメージが生じるときには、感動や恐れなどの深い情動体験がともなうこと、そして、また、このイメージは普遍的で、すべての人間に共通に認められることから、ユングは無意識の中にイメージの「元型」があると仮定しました。
人間の情動体験は、数限りなくあるので、元型の数も無数ですが、その中でユングが特に重要視したのものに、
「老賢人」
「アニマ」「アニムス」
「グレートマザー」
「シャドウ」
などがあります。
「セーラームーン」の設定や構成には、昔話の類似とともに、これらの元型も、数多く見いだすことができるのです。
☆月野うさぎとプリンセス
まず、はじめに主人公のセーラームーンこと月野うさぎに注目してみましょう。
彼女の場合は、まず「ドジで泣き虫で役立たず」であることが重要なポイントです。
セーラー戦士の中で一番劣っている彼女が、実はプリンセスであり、絶大な力を秘めている……これはとても示唆的です。
昔話の中にも、兄弟の中で一番出来が悪いと思われた子供が、大きな成功をおさめる話が、数多くみられます。
例えば、グリム童話の「三枚の鳥の羽」では、「ろくに口もきかず、ぽかんとしていて、もっぱらでくのぼうとよばれておりました」という三人目の王子が、「かしこく分別もある」二人の兄に勝る宝物を持ち帰り、王位を継ぎます。
同じくグリム童話の「黄金の鳥」でも、「何か危険な目にあったときだって、おろおろするばかり」の末の王子が、最後には黄金の鳥、馬、姫君を得て王の跡継ぎに選ばれます。
このように、
「最も劣っているものこそが最高のものにつながる」
という価値の逆転は、昔話によく見られるパターンなのです。
河合隼雄によれば、このパターンは「体制の改変を行いうるものは、その体制の目から見るかぎり愚かなものに見える」ことを示しているそうです。
「セーラームーン」の初期、セーラー戦士たちにとって最も重要な目的のひとつは、「月のプリンセスを捜しだす」ことでした。
第1話「泣き虫うさぎの華麗なる変身」で、額に三日月の模様を持ち、人間の言葉を話す
不思議な黒猫ルナは、月野うさぎに「あなたは選ばれた戦士なのよ」と、変身のキーワードを教え、使命を伝えます。
街を騒がせる事件が、ダーク・キングダムという組織によるものであることを知った月野うさぎは、次々に出会った仲間たちとともに戦いながら、「月のプリンセス」と「幻の銀水晶」を捜します。
セーラームーンに変身するようになってからも、月野うさぎは相変わらず「ドジで泣き虫で役立たず」でしたが、第34話「光り輝く銀水晶!月のプリンセス登場」で、そんな彼女こそが、皆が捜し求めていた月のプリンセス・セレニティであり、また、その体内に無限の力をもつ銀水晶を封印していたことが判明するシーンは、
「最も劣っているものこそが最高のものにつながる」
だったからこそ、鮮烈な印象を残したのではないでしょうか。
☆思春期の少女の眠り
月野うさぎの覚醒、つまり「めざめ」は、「セーラームーン」で扱われた主題の中でも、何度も繰り返し登場する、特に重要なものでした。
月野うさぎは、まず、セーラームーンとして目覚め、戦いの時を経て、プリンセス・セレニティとして目覚めます。
目覚めのモチーフは、この後の第2部以降も、様々な形で繰り返されますが、その中でも特に重要な月のプリンセス・セレニティとしての記憶や能力が、月野うさぎのなかで、長い眠りについていたエピソードが連想させるのは、「いばら姫」もしくは「眠りの森の美女」としてよく知られているストーリーです。
乙女の眠りの主題は北欧神話の中にもあり、「ニーベルンゲンの指輪」のジークフリートの花嫁の名から取って、プリュンヒルド・モチーフと呼ばれています。
「いばら姫」の姫が王子のキスによって目覚めたように、月野うさぎは14歳のある日、セーラームーンとして目覚めました。
それは彼女の子供時代が終わり、恋する乙女として生まれ変わった瞬間でもありました。
「白雪姫」の姫が毒リンゴを食べて仮死状態となったように、「いばら姫」の姫がつむにつかれて百年の眠りに落ちたように、少女が生まれ変わるためには、死に等しい眠りを体験しなければなりません。
故に「愛と正義の美少女戦士セーラームーン」の月のプリンセス・セレニティも、運命の時が訪れるまで、月野うさぎの中に潜んでいなければならなかったのでしょう。
「時」は、時計で計れる時間クロノスと、心の中で成就されるカイロスの2種に区別することができます。
思春期の少女は、カイロスの「時」が満ちるまでの時期を必要としています。
昔話にあらわれる「いばら姫」の眠りとその類型は、そのように普遍的な「時」の問題を示唆している、と言われています。
☆共時性の原理
第1話で、月野うさぎは、黒猫ルナを助け、そして、同じ日に、地場衛という名の男性と出会いました。
偶然同じ日に、彼女にとって決定的な事件が2つ続けて起こった、ということです。
「偶然その日」や「偶然その時」は、小説やドラマの出会いの場面、物語のはじまりなどでよく使われる手法です。
不用意に連発すると、ストーリーを展開させるための安易な演出のように見えることもありますが、
「偶然にしてはあまりに意味の深い偶然」
は、現実にも起こり得る出来事です。
これを重要視したユングは、「同時性(シンクロニシティー)の原理」というものを考えました。
私たちは、「まさにその時に事が起きる」という場面を経験することがあります。
例えば、「友人が死んだ夢を見た日、その友人の死を知らせる手紙を受け取った」という場合には、「虫の知らせ」や「予知夢」といった言葉でその現象を語ります。
このような体験は、合理的な因果律だけで説明できるものではありません。「夢を見たから友人が死んだ」のでも、「友人が死んだから夢を見た」のでもないのです。
同時性の原理では、何が何の原因かということよりも、何と何が共に起こり、それはどのような意味によって結合しているのか、という全体性が重要です。
「偶然に意味がある」という考えは、西洋的因果関係に慣れ親しんだ頭には、なかなか馴染み難いものですが、これを「セーラームーン」の物語にあてはめると、月野うさぎの場合には、「セーラームーンとしての力のめざめ」と、「恋のめざめ」の時が偶然一致したことに意味があった、ということになります。
☆賢者のイメージ
月野うさぎの第1のめざめ、つまりセーラームーンとしてのめざめを導いたのは、額に三日月をもち、人間の言葉を話す不思議な黒猫のルナでした。
実は、ここにも、昔話の典型パターンが秘められています。
昔話で主人公が困りはてたとき、この世のものと思えない知恵で助けてくれるものを、ユングは「老賢者」と呼びました。
その代表は、ペルー童話の「サンドリオン(シンデレラ)または小さなガラスの靴」に登場して、主人公が舞踏会へ行く支度を整え、ガラスの靴を贈る名付け親の仙女です。
老賢者といっても、必ず老人の姿で現れるわけではありません。
日本の「花咲か爺」に登場して「ここ掘れ、ワンワン」と宝のありかを教えるイヌ、ペルー童話の「ねこ先生または長靴をはいた猫」のネコのように、昔話には主人公に知恵を貸す動物がよく登場します。
このような動物たちは、人間の本能的な部分や無意識的な部分を表し、意識されざる知恵を、主人公たちに授けるようです。
また、動物が人間の言葉を話すとき、それはそこで語られているのが日常ではなく、非日常の世界であることを示しています。
「セーラームーン」ではルナが黒ネコ、アルテミスが白ネコですが、黒と白はどちらも昔話の中で、老賢者である魔法使いの服に使われる色です。
このことからも、ルナは、長靴をはいたねこ先生の系譜に属するものと考えて差し支えないでしょう。
☆アニムス
アニマは男性の心の中の女性像であり、アニムスは女性の心の中の男性像の元型です。
アニマ/アニムスは、個人的な経験を通して形成されるものでありますが、これを超越した人類共通の女性イメージ/男性イメージでもあります。
ユングによれば、
女性の夢に現れる女性は、彼女の影をあらわし、男性はアニムスをあらわす、
男性の夢に現れる男性は、彼の影をあらわし、女性はアニマをあらわす
ということです。
「セーラームーン」の作中で語られている前世の物語で、エンディミオン王子に会う前のプリンセス・セレニティは、月の王国でセーラー戦士たちとともに、幸福な少女時代を過ごしていました。
しかし、彼女はエンディミオン王子と出会い、そして恋に落ち、そこから災いが始まりました。
月の王国とプリンセス・セレニティの不幸は、すべて衛=地球国のエンディミオン王子
によってもたらされたのだ、と言ってしまうこともできます。
女性の主人公が、恋人や夫を愛したが故に苦しまねばらない展開は、昔話の中にも多くみられます。
ユング派の分析家エーリッヒ・ノイマンは、ギリシャ神話の「アモールとプシケー」を取り上げ、プシケーの苦難は、アニムスと対話する女性の戦いの道であることを示しました。
美しい少女プシケーは、神託によって怪物と結婚することになります。夫は夜だけやってきて、朝になると出かけて行き、プシケーに自分の姿を見ることを禁じます。が、彼は彼女に優しく、宮殿のような住処の暮らしは楽しく、プシケーは満たされた喜びのうちに日々を送ります。このときの彼女は、アニムスの存在を知らぬ幸福のうちにあります。
やがて、姉たちにそそのかれたプシケーは、禁を破って灯りを灯し、夫の姿を見てしまいます。夫は醜い怪物ではなく、美しいアモール神でしたが、約束を守れなかったプシケーを責め、彼女の元を去ってしまいます。プシケーの苦難の旅が、ここからはじまります。
アモールが禁じていたように、女性はアニムスを見ない方が幸福であるのかもしれません。けれど、アニムスは、それがもたらす試練を通じて、女性をより高い自我へ引き上げるものでもあるそうです。
☆アニマ
地場衛が、月野うさぎにとってアニムスであるように、地場衛の側から見れば、月野うさぎは彼のアニマそのものです。
アニマは、男性の心の女性的心理傾向が人格化されたもので、男性を未知の無意識の世界へ導くものといわれています。
また、男女を問わず、その人の内面で、アニムスは現実的、理論的な自我を受け持ち、アニマは人間の魂の領域を代表しているものでもあります。
内界のアニマ・アニムスに対して、ユングは私達の外界に対する態度を、ペルソナと呼びました。
私たちは、心全体を社会にさらすことから自我を守るために、また社会の中での自分の位置を確認するために、周囲から期待されているペルソナをつけて生活しなければなりません。
ある男性が、「男は男らしくふるまうべきだ」というような社会の期待にこたえ、そのようなペルソナで生活を送っている、としましょう。このとき、彼の中の女性的な傾向は、ペルソナから締め出され、アニマとして無意識の中に隠れています。これは、女性の場合も同様です。
社会的存在として、ペルソナを用いることは必要ですが、ペルソナが強すぎる場合、内的世界がおろそかになるおそれがあります。
ペルソナによってアニマを過度に抑圧している人は、社会に上手に適応しているように見えても、実は、その精神的世界に危機が迫っている可能性があるのです。
こういったことをふまえた上で、地場衛を主人公として「セーラームーン」の物語を見直してみると、セーラームーンがピンチに陥る度に、タキシード仮面に変身した地場守が救うシーンは、
「あまりに現実的な人生を送ってきたために、内的世界をおろそかにしてきた地場衛が、彼のアニマを危機から救い出そうとする」
つまり、「彼が自分自身の魂を回復しようとしている」状況であると解釈することもできます。
☆グレートマザー
男性の愛情の対象は、成長の過程で、母親像からアニマ像へ発展するといわれています。この母親像というのは、「個人的な母親」ではなく、「人間の普遍的な母親のイメージ」です。
ユングはこの元型をグレートマザーと名付けました。
グレートマザーは子供を生み育てる肯定的な面と、すべてを飲み込んで死に至らしめる否定的な面を持っています。
「白雪姫」の継母や「ヘンゼルとグレーテル」の魔女は、昔話に登場する代表的な悪のグレートマザーです。
善のグレートマザーには、日本国すべてを生んだイザナミがあげられますが、彼女はまた黄泉の国を統治する死の神でもあり、生と死の両面を持つグレートマザーの特性を表しているともいえます。
「セーラームーン」では、セレニティの実母クイーン・セレニティが、来世へ生命の種を蒔いた善のグレートマザーでした。
これに対して、明確な形で悪のグレートマザーとして物語に登場しているのが、クイン・ベリルです。
第36話「光り輝く銀水晶!月のプリンセス登場」で、敵に連れ去られた地場衛は洗脳され、第37話「うさぎ混乱!タキシード仮面は悪?」では「わたしはダークキングダムの指揮官エンディミオン」と名乗ります。
このあたりから、最終回の第46話にかけて、物語は、「アニマと悪のグレートマザーが地場衛を取り合う」という構造をとります。
この部分を、地場衛を主人公として見直すと、「記憶喪失という精神的世界の欠損を負った青年の内界で、悪のグレートマザーとアニマが対決する」場面である、と解釈することもできそうです。
第1部の最終回にあたる第46話「うさぎの想いは永遠に、新たなる転生」には、地場衛の回想シーンがありました。
悪のエンディミオンが、月野うさぎの差し出したオルゴールに触れた途端、彼は指先から白い光に包まれます。地球国の王子エンディミオンやタキシード仮面であった頃の回想、そして記憶を失った少年時代へ地場衛の意識は退行していきます。
「僕は誰?何も思い出せないよ! 僕は一人ぼっちなの?」
と、絶望した子供の姿で彼が呟いたとき、目の前に月野うさぎが現れます。
「あたしがいる。大丈夫、一人じゃないわ」
そして、地場衛は本来の彼を取り戻します。
地場衛は記憶を喪失しただけでなく、自分で意識していないうちにタキシード仮面に変身してしまうという深刻な精神状態にありました。
地場守が、最後に、月野うさぎに告げた「ありがとう」には、内的世界を回復した彼の喜びが溢れているように思われます。
☆光と影
さて、改めて、主人公である月野うさぎの側から、クイン・ベリルとの戦いを振り返ってみましょう。
月野うさぎとベリルは、対照的な存在です。月野うさぎが、少女の清純なかわいらしさをもっているのに対して、ベリルは成熟した女性であり、肉感的な容姿をもっています。
第一部最終回の第46話で、黒点から生まれた悪魔であるクイン・メタリアは、暗黒のエナジーをベリルに与え、命じます。
「己以外のすべてのものを抹殺し、世界を暗黒の闇にするのだ」
そして、月野うさぎとベリルは、最後の戦いに向き合うのですが、この場面のふたりのキャラクターの対比は見事です。ベリルが、
「美しき未来を夢見るお前も、やがては気付くであろう、この世界はすでに醜く汚れ切っていることを」
と言うのに対して、月野うさぎは、
「いいえ、私、信じてる、みんなが守ろうとしたこの世界を」
と答えます。台詞はさらに、
「馬鹿め、この腐り果てた世界に信じられるものなどないわ」
「お願い、銀水晶、みんなの信じていた世界をもっと強く信じさせて」
と続きます。
月野うさぎが、言葉や行動で表しているものは光であり、ベリルは、闇です。ベリルは月野うさぎの影、元型のひとつであるシャドウなのです。
「シャドウはその主体が自分自身について認めるのを拒否しているが、それでも常に直接または間接に自分の上に押しつけられてくるすべてのこと、例えば性格の劣等の傾向やその他の両立しがたい傾向を人格化したものである」
というのが、ユング自身によるシャドウの定義です。
シャドウは、人が否定したり拒否したいと思う傾向ですが、すべての人は、このシャドウをもっています。相反するものが互いに補い合うことで、ひとつの人格を作り上げているのです。
ユングのエッセイによれば、
「生きた形態は、塑像として見えるためには深い影を必要とする。影がなくては、それは平板な幻影にすぎない」
のだそうです。
☆死と再生
第一部最終回の第46話では、その最後に、第1話を思い出させるシーンとセリフが繰り返されました。
セーラームーンと仲間のセーラー戦士たちは、北極での戦いで命を落としますが、最後の戦いに勝利した後、地球は白い光に包まれ、次のシーンでは、朝、目をさました月野うさぎが、遅刻した学校の帰りに、地場衛に出会います。
「普通の生活に戻りたい」という月野うさぎの願いが叶って、時間が一年前にリセットされたこの場面では、ユングが「死と再生のモチーフ」と呼んだものが描かれています。
元々、「セーラームーン」は、月の住人であった主人公たちの輪廻転生の物語でした。彼女たちは前世で非業の死を遂げ、現代の地球に生まれ変わり、そして過去に決着をつける戦いへ赴き、再び倒れ2度目の復活を経験します。
ユング派の分析家ノイマンは、
「人間の成長の過程で決定的な変革が行われるとき、それは死と再生という内的体験として経験される」
と、述べています。彼によれば、
「人間の自己実現の過程を描く昔話の中に、死と再生のテーマがしばしば生じるのは当然のこと」
なのだそうです。
死と再生の物語が普遍的なものであるならば、「セーラームーン」にもあったような輪廻転生のモチーフが人々を引きつけるのは、私たちが、内的世界で、何度もそれを経験しているためなのかもしれません。
☆退行と自己実現
クイン・ベリルとの戦いの後、物語のタイトルは「セーラームーン」から「セーラームーンR」となった第47話「ムーン復活!謎のエイリアン出現」で、普通の中学生の生活を送っていた月野うさぎは、再びセーラームーンに変身します。
続いて、ルナは、セーラー戦士たちを次々に目覚めさせますが、その一方で、月野うさぎの戦闘能力は発動しなくなります。
そして、第51話「新しき変身!うさぎパワーアップ」では、ついにブローチが壊れ、変身が解けた月野うさぎは、地面に沈んでゆきます。
昔話においては、地下は、無意識の世界を表しています。
地中に引きずり込まれた月野うさぎが、赤い空間に裸で浮かんでいたのは、そこが精神世界であることを示している証拠でしょう。
無力な裸の少女となった月野うさぎが、
「どうしようルナ、変身が解けちゃった」
と、語りかけると、彼女を導く賢者であるルナは、
「うさぎちゃん、あなたはセーラー戦士として蘇ったけれど、本当はまだ…」
と、彼女の心の迷いを指摘します。
「普通の中学生でいたい」けれど、「みんなを助けたい」という葛藤から、月野うさぎの心のエネルギーは、一時的に退行しました。
けれど、自己の中に膝を抱えて沈んだ月野うさぎは、そこでクイーン・セレニティに会い、新しい変身ブローチを授けられます。このアイテムは、新しい変身を彼女にもたらしました。
一時の退行によって、月野うさぎの中により良いエネルギーが生まれ、彼女の心をより高い統合性へ向かわせたのです。
退行は、必ずしも悪いものとは限りません。
フロイトは、退行を病的なものととらえていたようですが、ユングは、自己実現の過程に必要なものと考えていました。
昔話の中には、宝物をさがしに地下にもぐっていく話が多くみられます。前にも例にあげた「三枚の鳥の羽」では、三人目の息子が、地面に上蓋があるのに気づいて階段を下り
地下の世界ですばらしい宝物を見い出します。
月野うさぎの新しいブローチ、新しい変身、新しい技は、一度退行しなければ得られなかったものです。苦しみや悩みも、結局は、彼女自身を、より豊かにすることにつながったのです。
☆セーラムーンの普遍性
このように、「セーラームーン」には、ユングが昔話の中に見いだした元型との類似を数多く指摘することができます。
月には、甘い夢をみているお姫様が住んでいて、美しい世界を見守っている。地の底には、醜い世界を憎み、破壊を企む悪者が住んでいる。お姫様は、数々の試練を乗り越えて、失われた力を取り戻し、恋人の王子様と世界を救う。
この「セーラームーン」の物語は、調和のとれた昔話のひとつとしてとらえても、差し支えないように思われます。
男女を問わず、その人の内面で、人間の魂の領域を代表しているアニマという原型に注目すると、タキシード仮面であった地場衛の物語は、
「お姫様でも王子様でもないある人の傷ついた精神的世界で、死を象徴する悪のグレートマザーと、魂の象徴であるアニマが戦いをはじめる。アニマがピンチに陥る度に手を貸していた彼あるいは彼女は、グレートマザーの手に落ち、アニマの敵となってアニマを殺そうとするが、最終的には、アニマがすべてに勝利して、その人の魂は救済される」
という普遍的な物語としてとらえることができます。
また、シャドウに注目して、月野うさぎとベリルをひとりの人間の人格の表裏と見なせば、「セーラームーン」は、
「アニムスを得ようともがきながら、光と影の間で葛藤する彼あるいは彼女の成長の物語」
ということになります。
あるいは、さらに普遍性を高めて、月野うさぎの「どうしよう」という迷いや、地場衛の「僕は誰?」という問いかけを、誰にでもある体験と考えることもできます。
心の発達の過程では、誰もが多かれ少なかれ、何もかもがうまくいかなくなって、「どうしよう」と迷ったり、「僕は誰?」と、自分自身に問いかけることがあるでしょう。
自己実現に悩み、自己のアイデンティティーの獲得にもがくひとりの人間が、「どうしよう」「僕は誰?」という問いの答えを得るこの物語は、私たちそれぞれの成長過程の追体験であり、だからこそ、こういった場面を、それぞれの内的体験とシンクロさせた人々は、
月野うさぎ、地場衛といったキャラクターたちに、強い共感を覚えたのかもしれません。
河合隼雄は、著書「昔話の深層」の中で次のように語っています。
「ある個人が何らかの元型的な体験をしたとき、その経験をできるかぎり直接的に伝えようとしてできた話が昔話のはじまりであると思われる。そしてそれが元型的であるということは、人間の心の普遍性につながるものとして、多くの人に受けいれられ、時代を越えて存続し続けることを意味している」
これは昔話だけではなく、「セーラームーン」のように、多くの人々の心の琴線に触れた
現代のエンターテイメントについても当てはまる記述ではないでしょうか。
(終)
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2014年に20周年を迎えて再びアニメ化された「美少女戦士セーラームーン」は、1992年「なかよし」2月号に連載が開始されるとほぼ同時の1992年3月7日にアニメの放送がはじまり、その人気は社会現象にまで広がり、今日のプリキュアシリーズまで継承されている、戦闘美少女系魔法少女というジャンルを確立しました。 この論文では、主に、第46話までの第1期のアニメを取り上げ、この大ヒット作品と昔話との類似について、日本におけるユング心理学の第一人者である河合隼雄の著書を引用しつつ、考察します。 |
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