真・恋姫無双 これもまた一つの外史!戦鬼に従う堕陣営の乱世生活!B〜”天人”覚醒の序兆〜
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愛紗が恋に壊され萌えまくった件の昼食の日より幾日たったある日のこと、彭城より少し離れた山中、小さな砂煙を起こしながら一刀は栗毛色をした愛馬“脱兎”で若干狭い山道の坂道を走り抜けていた。腰には一般兵達も使用している剣を二本帯剣している。

 

「我が君、仰られていた“模擬戦をするには結構適してる場所”にはまだしばしかかるので?」 

 

そのすぐ後ろを同じく愛馬である黒毛色の“飛燕”を駆りながら小さなため息をつきながら声をかける零夢、いつでもとは言ったが流石に将軍格や軍師の二人に何も言わずに城を出た事が気になり、できる事ならあまり遠出は控えたいというのが彼女の心情だろう。

 

「此処を上りきったら眼と鼻の先だ、この前偶然見つけてね、零夢とも修行のほうをお願いしてた事だから丁度いいと思ったんだ」

 

見えている上り坂の終わりを指差しながら答える一刀の表情は少し苦笑気味である、連れ出してから理由を説明したのはまずかったと自覚はしている、しかしそれとは別に一人で処理するにはあまりにも多すぎる書類処理から途中で抜け出した後、どうやって皆(特に愛紗)から見つからないようにするかと廊下で色々思案していた所に偶然午後からは暇としており、特訓を約束していた零夢と会えたのは彼にとって天命と思えた、実質は体の良いサボりに近い。

 

「皆ああは言うけど、やっぱり俺も男で大将だからさ何時までも愛紗達にばかり頼ってはいられない。少しでも力を付けときたいんだ、今日は宜しくね?零夢センセ♪……っとここだここだ」

 

「愛紗殿達は別段そのような事気にしておられないと思うのですが……………ぉお、これは………中々に整った広地ですね。確かに少人数での摸擬戦を行う程度なら申し分ありません」

 

最初は一刀も言われた通りに本陣で大人しくしておけばいいと思っていたが、戦を繰り返すうちに段々格好悪く思えてきて、更にこれからは今までのような統率の取れていない賊や腐敗した官軍とは違い、乱世に身を乗り出したえ英雄達が相手になってくる、本陣にいるからと言って奇襲や強襲で敵に襲われないとは限らない。

 

せめて自分自身のみを守れるぐらい、欲を言えば自分でも戦えるぐらいの力が欲しくなってきた。坂を上りきったところで馬の速度を落としゆっくりと歩かせ、続く零夢もその気持ち事態は分からないものではないが、そのせいで自分にとって三人目の主人が生き急がせないか一抹の不安を覚えつつも、それまでの狭かった道を感じさせない程、優に二十人はそこで野宿出来る程に広がり整備も滞っている広場に、小さく感嘆の声を漏らした。

 

「それじゃ早速始めようか?お手柔らかに且つ手抜きし過ぎない程度にお願いするよ」

 

「それは中々な難題を………ではまずは軽く流させていただいた後に、我が君の力量に合わせてお相手させていただきます」

 

馬から降り、腰に挿していた二本の剣を抜刀し刀身を確かめると刃抜きされている模造の方を差し出してくる一刀に、零夢は小さなため息で答えながら受け取り、“双龍偃月刀”を傍らの木に立てかける。二人は天然の模擬戦場の中央で向かい合い、軽く一礼すると直後にそこから飛びのき互いの得物を相手に向け構えた。

 

 

 

「ぇえい………ほんの少し眼を離した途端にこれだ、もう職務室から逃げ出される術だけにかけては鈴々、恋と並んで我が軍屈指なのではないか?」

 

同刻の彭城の廊下を愛紗は苦虫を噛み潰したような表情で、足早に渡っていた。不機嫌の原因は言わずもがな自分達の主北郷一刀の不在、もとい脱走で今回は逃げ出さないように同じ職務室で目を光らせていたが、必要な書類をとりに少し離れた資料室まで席を外し戻ってきた頃にはもぬけの殻となっていた。

 

少しでも油断し同時に安心していた当時の自分を叱責しながら、相方と集合場所としている職務室が見えるとそこには壁にもたれている相方、星の姿とどういう訳か小柄ながらも我が軍が誇る二大軍師の片割れの姿があった。星も自分に気がついたようで壁から背を離しこちらに向き直る、小走りで駆け寄るとまずは郡市の方に視線を向けた

 

「朱里?……どうしたのだ、何かあったのか?」

 

「途中で出会ってな、どやら私達と同じく主を探しているらしい………して愛紗、其方はどうであった?」

 

「そう聞いてくるということは、其方もこっちと同じく不発か………全くどちらにおいでなのだご主人様はっ!?」

 

「はぅぅ………ご指示を仰ぎたい報告が幾つかあったのですが、これではままなりません」

 

第三者への質問は代わりとなって答えた星の第一声で返され、続いた言葉に愛紗深いため息つくと苛立たしげに髪を掻き毟り虚空を見上げた。星もまた愛紗ほど表情には出さないが瞳を堅く閉じて小さなため息をつく、声に出さずに気配で語っているため人によっては此方のほうが迫力があるように見える。最後に諸葛亮孔明朱里は二人のような怒りは表さないが、変わりに落胆の色を瞳にともらせて伏せ眼がちにため息をつき、少しして二人を見上げた

 

「これだけ探して見つからないとなると、もう城中におられず市中かもしくは彭城を出ておられるのかもしれませんね」

 

その言葉に二人とも納得するように頷く、城の中どころか城外で探せるようなところは既に探しつくした、ならばそう考えるのが自然となってくる。

 

「であるならば我らではなくても誰かが言伝もしくはお姿を見ているかもしれん………っと丁度良いところに………そこの二人、少し来てくれ!」

 

少し思案している所に廊下の角から二人の一般兵が談笑しながら向かってきているのに目にとめた星が呼びとめ、呼ばれた兵卒の二人はそれまでの表情を固くし、姿勢を正すとに駆け寄ってきた。この間に愛紗は主人が向かいそうな店を順に挙げていき、朱里はその中から主にとって見つかりやすい場所を指していく。

 

「は、お呼びでしょうか?趙将軍」

 

「うむ、つかぬ事を聞くがお主等、主を見なかったか?先ほどから関羽や軍師殿も探しているのだが一向に見つからんのだ」

 

「っ、それは………」

 

「ぁ〜………もう城にはいないって事に気づかれちゃいましたか」

 

一人は表情を固くして眼を泳がし、もう一人は悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべた。それに三人は一斉に後者の兵のほうへと視線を注いだ、さしもの星もいきなりあたりを引くのは予想外で半信半疑ながらも“ふむ”と軽く首をかしげる。

 

「その言い方だと、まるで知っているように聞こえるな。口止めされているなら別だが特にないようなら今すぐ答えてくれ。主は何処へ赴かれた?」

 

「高順様とご一緒に、馬で出かけられましたよ?何でも南東にある小山に模擬戦がするのに丁度いい広場を見つけたとかで」

 

「────ぇっ?」

 

「書類仕事のほうについては何か仰られていなかったか!?まだ半分程度しか」

 

「待て愛紗……………軍師殿、どうされた?」

 

答えを聞くや否や詰め寄ろうとする愛紗を星は片手で制し、小さく声を漏らし驚愕したように大きく瞳を見開いている朱里へと向き直り、愛紗も様子がおかしい軍師に小首を傾げた。

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「………実は先ほど言っていた指示を仰ぎたい報告の中に、近くの山に中規模の山賊が現れ近隣の村落を襲っているというのがあって」

 

「もしやその山賊が現れた山というのが………」

 

もう嫌な予感どころか軍師のこの喋り方からするに自分たちの思っている予想はほぼ間違いなく当たっているだろう、続く言葉も聞くまでも無いはずなのだがそれでも愛紗は続きを促す

 

「南東に位置するという事でしたから、此処からその方面には山と呼べるところは一箇所しかありません。察しの通りご主人様たちが向かわれたという山と十中八九一致するはずです」

 

「っ………愛紗よ!」

 

「分かっている!!お前達、すぐに我らの馬を引け!杞憂で済めばそれでよし!ご主人様を急ぎお迎えに上がる!!」

 

「は………はっ!しかしながら今から騎馬兵を纏めるとなると多少時間が………」

 

「ならば我らだけで良い、事は一刻を争う!軍師殿は桃香様にこの由の報告と言伝をお願いする、“我らが先行する故桃香様は白蓮殿と共に騎馬を纏めて参られたし”とのように」

 

軍師の言葉を皮切りとなり一斉に慌しくなる一同、兵卒の二人は一礼すると軍馬舎のほうへと走っていき、星からの指示を受けた朱里は、”了解です“と答えるともう一人の主人のもとへと急ぎ、残された二人もまた全速力でそれぞれの得物を取りに自室へと戻った。

 

「「恋………?」」

 

「………愛紗………星」

 

支度を終えた二人が軍馬が用意されている場外で二人が出くわしたのは意外な人物だった、二人の前に立つ当人の手には手綱が握られており、その先は真紅の毛並みをした一際大柄な馬に繋がっている

 

「………………愛紗、恋の馬……………“赤兎(アカウサギ)”………使う………」

 

「…………っ何?それはありがたいが、何故お主がいかんのだ?」

 

鬼神の愛馬は俊足という事は既に広く知られておりそれを貸してくれることはこの状況では確かに助かるが、この際恋自身が来ない事に愛紗は疑問に思えた。

 

「…………この子…………恋じゃないと軍馬舎からも出てこない………此処まで連れてきたのも、恋。…………恋今戟持ってない、取りに戻っていたら…………時間掛かる」

 

言葉こそは普段どおり途切れていて静かなものだったが何時になく饒舌で、手綱を握られていない片手は強く握り締められており、指の隙間からは血が滴り小さく震えていた。相手の心中を悟った愛紗には小さく頷く事しか出来なかった。

 

「…………分かった、しばしお主の足を借りる」

 

「二人とも…………ご主人様と零夢の事………頼む」

 

それぞれの鐙に跨った愛紗と星を見上げる恋の瞳は普段のような無感情のものではなく、縋る様にも見えるほど弱かった。

 

「応、任せておけ恋!ご主人様と零夢は必ず無事に連れ帰る!!遅れるなよ星!!」

 

「やれやれ、それに遅れるなとは酷な事を言う、“白龍”よ頼むぞっ」

 

恋荷は軽く頷き、砂埃を派手に上げながら先に走る愛紗に呆れたようにため息をつき星もまた同じように砂埃をあけそれを追った。

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「一撃を止めても安心されてはなりません!敵は待つことなく、隙がある限り攻撃はとどまる事を知らぬと心得ください!!」

 

「っ!っくぅ……!っは!!」

 

一方で一刀と零夢は特訓を始めて結構な時間が経っており、既に7本目の手合わせに入っていた。因みに勝敗は一刀の零勝七敗、此方は真剣を使っているのにこの始末、全く歯が立たなかった。これまで何度か愛紗達とも手解きを受けているので少しはいい勝負にもっていけるかもと淡い期待を抱いていたが現実はそう甘くない、副官を名乗っているが零夢の武芸は並みの武将を優に超えている、下手をすれば愛紗や星と互角なまで至っているかもしれない。そして今もその零夢からの斬撃、薙ぎ、突きと次から次へと出される連撃を必死に受け止めていた。しかし

 

「っ痛ぅ!!」

 

かん高い金属音とともに一刀の剣は弾き飛ばされ、風切り音をたて円を何度も描き自分の後方に突き刺さった。それまでの険しかった表情が緩み穏やかに微笑んで収めた剣を差し出した零夢は平然としているのに対し一刀は肩で大きく息をしていた。

 

「此度はこれくらいにしておきましょうか、下手に根詰めても上達は見込めません」

 

「………っ………ははは、そうしてっ………くれるとっ………助かる………っ…………そうそう………そこの脇道から下ったところに………結構大きい泉を見つけたんだ、………汗も流したいから行ってみない?」

 

細い息を吐きながら小首を傾げる零夢に、なんとか息を整えようとしながら乾いた笑みを浮かべる一刀、ふと以前視察に来たときこの広場と同じく偶然見つけた泉の事を思い出しそこへと繋がる道を指差す、随分汗を掻いてしまったので少しばかり気持ちが悪い、水浴びが出来るのなら汗を流したいのが尋常といえる。

 

「それは魅力ですね………私も少し涼みたいところです」

 

「それじゃ………決まりだね………」

 

突き刺さった自分の剣を引き抜き鞘に収めると額の汗を拭う、そのまま“脱兎”のもとに向かい鐙にまたがり馬を目的地へと歩かせながら一刀は落胆のため息をつく。せめて一本ぐらいはと期待して始めた特訓で結果がこれだと流石にへこむ、自分が目標にしている“戦う力”にはまだまだ長い道になりそうだと改めて実感した。

 

「我が君?如何なさいました?」

 

「いや……俺も少しは鍛えられてきたかなって思ってたけど、とんだ思い上がりだったてことに、ちょっとね。やっぱりそうそう物事はうまく行かないな」

 

「いえ、我が君の武芸の程は私が風評で耳にしていた以上のものでしたよ?私が見るに良い素質をお持ちです」

 

「………ありがとう、そういってもらえると助かるよ」

 

「………………」

 

「………………」

 

自嘲気味に笑った言葉に返されたのはやはりいつもどおりの穏やかで優しい笑みで、妙な気使いなどは感じられなかったのでこちらも勤めて明るめに笑って御礼を言った、うまく笑えたかは自身では良く分からないが、その言葉を最後に会話が一度途切れる。別段お互いに苦手というわけではなく、純粋に話題が出てこない。ややあって沈黙を破ったのは零夢の方だった。

 

「そうですね、後もう少しすれば“氣”をお見せしながら教示させて頂く事になるでしょうか」

 

「“氣”か………愛紗から少し聞いたけど、戦で鈴々達が時々敵兵をひときわ派手にふっ飛ばしてる技に使ってるんだろ?………気力の塊とかって思えばいいのかな?」

 

「然り、“氣”は実際に扱うよりも口頭で説明するほうがはるかに複雑で難しいものですし、そのように解釈していただければ重畳かと。私も恥ずかしながら上手く語れず唯己の中に、自らの力として“在る”事を感じ使っているだけとしか申し上げられません」

 

漫画やアニメで見知っている単語ではあったが現実に初めて聞かされたときは所謂“目が点”となる程呆気に取られて間抜け顔になった事を覚えている、零夢は零夢で上手く説明できない事が歯がゆいのか申し訳なさそうに頭を下げてきたので“気にしなくて良い”という意で軽く手を振った。それから程なくして聞こえてきたせせらぐ様な水の音に促され、二人は自然と馬の足を速め脇道を抜けた先には、先ほど自分たちが稽古をしていた広場同等の泉が広がっていた。

 

 

「少しばかり予定よりも時間食っちゃったな、ぁ〜………帰ったらまた政務処理か。考えると少し鬱になるな」

 

「それよりも実に恐ろしいのは愛紗殿の雷ではないでしょうか?今になってはどうにも出来ませんがやはり一言断ってからのほうが宜しかったのでは………………ないかと」

 

馬を木々につなぎ早速汗を流そうと思った二人だか、生憎姿を隠せるような大岩も無く藪も生い茂っておらず更には大木と呼べる木も見当たらず、だからと言って裸体を堂々と見せ合うわけにも行かないので、背中を向け合いながら衣服を脱ぐ事になった。

 

ブレザーを近くの小岩に掛け、戻った後の事を考えると自然とこぼれる自分の愚痴に、同じく胸部までを覆っている武道服をはだけるような音と立て、少し呆れたようなため息の後に返される言葉は───途中で途切れ続きの声音は少し低くなっていた。

 

「………いや、でも此処を皆に紹介すれば多少は機嫌も取れるんじゃないかな?少なくとも怒り三割減は見込めるかも『………敵の斥候か?』」

 

自分では分からないがとにかく良い事態ではない事は直感的に悟った一刀は、視線をそれまで向けていた場所から動かさず、脱ごうとしていたシャツから手を離し、何事にも気がついていない様に声音に違和感を出さず会話を続け、相手にのみ聞こえる程度の小声を潜ませる。

 

「まぁ、確かに何の手土産もなしに“皆〜今帰ったよ”よりかは幾分マシかと『にしては気配を消す術が未熟すぎます、恐らく此処を根城にしている山賊の類かと』」

 

「だよな?で、問題は此処の事を紹介する暇があるかないかなんだけど『不幸中の幸いか………数わかる?出来るだけ正確に』」

 

「愛紗殿なら顔を合わせた瞬間世にも稀なる奇声とも思える咆哮をあげ、有無を言わさず襟元を掴んで我が君を職務室に引きずり込むのでは?『二十、二十三となりますか………全てではないでしょうがこの辺りに潜んでいるのはそれだけかと』

 

「ははは、画が目に浮かぶな。どうにかして機嫌をとらないと………何かいい方法ないかな?『……………牽制頼める?』」

 

間近で聞かなければ何の変哲もなく自分たちの命が狙われているなんて思ってもいない、これから狩ろうとしている者たちにとっては間抜けにしか聞こえない会話。下卑た笑みを浮かべ茂みから時を窺っている山賊は上半身の裸体を晒している女に舌なめずりし、その隣に突き立てられている偃月刀は男の物と思い込んでいる。

 

「そうですね……ありきたりに成りますがやはり物品の土産を渡す、というのが定石といえましょうか………例えば我が君、此方の紅く半透明の石などは?中々美しく思えるのですが?『御意、お任せを』…………如何でしょうっ!?」

 

そんな身の毛がよだつような気味の悪い視線を受けながらも、声音や口調には一切の変化を見せず、零夢はその場に自然の動作でしゃがみ込むと先のとがった小石を二つ摘みあげ、二つの気配を感じていた近くの木々の枝葉の中へ投げつける、間も無く妙な呻き声が聞こえ喉を石で破られた二人の男がそこから落ちてきた。

 

「っ・・・・!男の方は構わねぇ、女は殺すなよ!!」

 

茂みの奥から激昂したような声が飛ぶや否や茂みや木から飛び出してきた人相の悪い男達は泉を面にして半円を描くように二人を取り囲んだ。どの男も貧相で汚れた衣服の上に泥で汚れ所々錆びている劉備・北郷軍、中には曹操軍の兵の鎧を纏っている、大方戦後に戦死者から剥ぎ取ったのだろう。

一刀はそれを確認するとゆっくりと目を閉じる、此処にくるまでにも色んな奴と喧嘩した事もあった。罵倒しあうだけの口喧嘩や、やられたらやられた分だけやり返す殴り合いの喧嘩、数は覚えていない。しかし今はそのどれにも経験した事のない静かな怒りを感じていた。

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「零夢………」

 

背中越しに相手の名前を呼ぶ、自分で思っていたよりも声が低くなっていた事に少し驚いた。腰の剣を両方軽く引き抜き模造剣を戻して足元に鞘ごとつきたてた。静かに開かれた瞳には強い殺意が込められており、つい先程までの愚痴や落胆を見せていた”頼りなさそうな男“は消え劉備・北郷軍の”大将“が其処にいた。

声をかけた相手は己の得物を構えながら続きを待っている、この時一刀は背中を向けている為分からなかったが彼女に面している賊の数人は顔面蒼白となっており、残る殆どは蒼白となる理由にも気づかず相変わらずの下卑た笑みを浮かべ舐めるように眺めていた。

 

「俺達に従い志半ばで散って行った戦友(とも)の魂魄を汚した下種を一人として逃がすなぁっ!ただし一人ぐらいは両野腕を折る程度にしておけぇっ!!」

 

「御意!!」

 

荒れることのない穏やかな泉の水面とは相反するような力強い問答の直後、二人は同時に対面している敵へと突っ込んだ。一刀は疾走しながら抜刀し最初に目に付いた男の斬撃を掻い潜り喉元に斬りつける。続けて向かってきた賊の振り下ろす剣も受け流し、体勢を崩した相手の首を斬り落とした。

 

これまでに相手をしてきた愛紗、鈴々や星そして先ほど手合わせした零夢に比べれば児戯に等しいほど単純な剣筋、恐らく何の修練も積まずただ力のない貧民を襲ってきたのだろう。一騎当千、万夫不当といわれている猛者達から特訓を受けてきた一刀には遅いくらいに思える。

 

「次ぃ!!幾らでも来い!!」

 

叫ぶと同時に右からの薙ぎをしゃがんでかわし、懐に飛び込んでわき腹を斬り裂く苦悶の表情で悶える敵の背後に回りこむと脊髄を貫き、即座に身を翻し下段から斜めに振り上げられ斬撃を真横に避け、続けて振り下ろされてきた剣を受け止める。片や歯を食いしばり押し切ろうと体重をこめ、片や同じく歯を食いしばり其れを押しとどめていたが、やがて賊の方が意味深な笑みを浮かべた。瞬間一刀の中で嫌な予感が走り背後から気配を感じた。

 

 

十数人いる賊に向かい得物を掲げ疾走する零夢、卑らしい笑みを浮かべている男達はそれを見ても口元を直そうとはしない、否見てすらいない。 どこかの間抜けな貴族の侍女あたりだと思っていたらその実、珍しくも武芸者だったようそんな女を自分たちの手で喘がせる。 そんな実現するはずのない妄想を頭の中で蔓延らせている一人の男の胸に何かが当たる。いい気分だった男は不機嫌気に足元に落ちている、─────隣にいる仲間の首を睨んだ。

 

「…………」

 

意味がわからず呆然としている男の頭蓋から腰は風切り音が起きるのと同時に縦に割れ、鮮血を飛ばしながら糸が切れた傀儡のように両膝をついて横転し───

 

「───っ」

 

その隣にいた男は声も出せず身を引こうとする前に首が中を舞い、血飛沫が噴出す身体はゆっくりと後ろに倒れ───

 

「……な………なん………」

 

その後ろにいた男はようやく仲間の三人が瞬く間に敵に殺された事に気がつき、視界に所々紅も交えた藍色のなにかが映った瞬間何も見えなくなった。姿勢を低くし髪をなびかせながら零距離まで詰め寄った零夢は“双龍偃月刀”で賊の喉を貫き、回し蹴りでその男を真横に蹴り倒す、その表情何処までも無感情。

 

「………ぅ………ぁああああ!!」

 

恐怖に身を駆られ自棄となり吶喊した男が得物を振り上げる、刹那のうちに肩から先が消え遥か後方の上空に浮かんでいるそれ、痛みを感じている暇もなく身を翻し相手に背中を向ければ間近に聞こえる気味の悪い風切り音。腕と首がなくなり花弁散らしながら横たわる紅い華とそれの傍らに立つ藍色より染め変わる赤い華、異様な光景。

 

恐怖に感染した賊には最早組織としての抵抗力は残されていなかった。向かっていけば刃が届くよりも縦横一線に斬り伏せられ、逃走を図れば案の定いやな音と共に首を落される。呆然としていれば当然白刃によって血飛沫が上がった。言うならば地獄絵図、戦いではない殺戮が其処にあった。

 

(───五月蝿い)

 

零夢は賊を屠りながら敵にではなく自身に胸中で鼻であしらい冷たく呟くと、自分の意と異なり高鳴っている鼓動を黙らせた。他人、少なくとも身内には決して向けない冷徹な感情を己に当てる。

 

最後になった男の両腕を指示通りに峰で打つ、折れる激痛のあまり両膝をついた相手の項に手刀を下ろし意識を失った事を確認した零夢が主人のほうへ振り返る。視界に映ったのは、随分離れた所で一人の賊と鍔迫り合いをしている一刀と、その背後から上段に剣を構え飛び掛っていた賊の姿だった。

 

「っ………我が君っ!!“疾空──」

 

小さく息を呑み、強く歯を食いしばり大きく振りかぶって地面を踏み抜き“双龍偃月刀”に“氣”を込めて

 

「──穿牙”!!」

 

投げ放つ、同時に小さく乾いた音が聞こえ束ねていたはずの髪が肩に落ちてくるのを感じた。

 

放たれた偃月刀は轟音をあげながら獲物を見つけた鷹の如く飛び掛っていた敵を捉え、なおも勢いは止まらず、途中軌道の先にいた賊を一人連ねて打ち抜き、木々を数本なぎ倒して一本の木の根元に突き刺さりようやく止まった、刺さっている二人は白目をむき舌を垂らして患部から大量の出血は勿論鼻血や吐血を流しながら絶命していた。

 

鍛錬を積み重ね“氣”を覚え意のままに扱えるようになって初めて可能となってくる尋常ならざる破壊力を込められた一撃に賊徒のみならず、一刀までもが唖然となった。手加減されていた自覚はあった、未熟すぎる自分のことも十分に承知していた。それでも“氣”が含まれているとはいえ、人並み外れた投擲技を見せられては流石に驚愕を隠せない。

 

「(………あれが………本気出した零夢か……マジで愛紗や鈴々達に匹敵するぞ)………っがっ!?」

 

髪留めに何かあったのか結い上げていた返り血に染まった髪を降ろし、風になびかせていた零夢に目を奪われた刹那、鈍い衝撃が両腕に走り同時に金属音が甲高く響いた。この感覚には嫌というほどに覚えがあり、それから想像できる事態は今の自分にとって最悪の以外なんでもない。妙に軽くなった手元にはあるはずの得物がなく、相手の後方上空を舞っていた。途端賊の男の表情は一気に強気な笑みに変え距離を詰めて剣を振る。

 

「っちょ!………っと!………のわっ!!」

 

途切れ途切れに叫び声を上げながら一撃、二撃、三撃目まではかわし、四撃目は飛びのいたときに前髪数本が流れていった、応戦しようにも流石に白打のみで敵を倒せるほどの技量は自分にはなく得物との距離は避けるたびに大きくなる。なおも此方に向かい突進してくる敵にたじろぐと右足の踵に何か硬いものが当たり、邪魔に思いながら目を向けると先ほど自分が実戦には役に立たないと、手放した模造剣が主人に存在を主張するかの如く佇んでいた。

 

「ぅわがきみぃぃぃっ!!」

 

「っ!!」

 

少し後ろから聞こえる零夢の悲痛な叫びに視線を再び正面に戻し、映ったのは眼前にまで迫り 下卑た笑みに表情を歪ませ 得物を振り上げている賊の男 零夢がまた何かを叫んでいた様だが 気味悪くはっきりと聞こえる己の鼓動音に遮られよく聞こえず 何をしようにも無駄と悟り 全てがもう遅すぎるように思え 不思議と恐怖もなく時間の流れが急に鈍くなる中 ぼんやりとした表情で目の前の敵を見据えた

 

(………ぁあ………これが死ぬ前の………ってことは俺ももう終わりかぁ………)

 

他ならない自分のことだというのにまるで他人事のように思え、口元にゆるい笑みさえ浮べる一刀、相変わらず相手の動きは遅く自分も体が動かない。いよいよ死を覚悟した瞬間

 

(いんや、それは違うぞ北郷一刀?もう今の此処は終焉ではなくただの分疑点に過ぎないさ)

 

空気が張り詰め意識が少し遠のく、頭の中に自分ではない初めて聞くはずなのに何故か馴染みを感じる声が響いた。

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これまでに一度も感じた事のない奇妙な感覚に何故か恐怖よりを感じる事はなかったがとにかく不可思議に思え自問自答する。

 

(………これは………所謂あれだよな?よく犯罪者達が言い訳に使う 自分の中でもう一人の自分が囁いたとか言う………そう!負の)

 

(基本ノーテンキなお前に別人格が生まれるほどの負の感情があるのかよ?ないわな)

 

そして出そうとした答えは先読みされたように却下された上、逆に言い切られる、言いきる前 はあったとしても 思いきる前 なんて初めてだ。

 

(ま、負の感情云々はともかく完全に間違ってるわけでもないけどな、今のお前に説明してもわかんないと思うし、時間もあまりない。聞くぞ?お前は死にたいか生きたいか?前者なら何もない、俺は時の流れを戻して当たり前にお前は死ぬ)

 

(ちょ、ちょっと待てよ?生きたいもなにもこれじゃ俺の死亡は確定だろ、気持ちじゃ現状はどうにも出来ないって)

 

唐突に訳の分からない選択肢を迫られ慌てて正体不明の声を遮る、しかし得体の知れない何かの声は特に気にした風もなく続ける。

 

(人の話しは最後まで聞きな?とりあえず今言ったのがいつもどおりの結末、“この世界”での北郷一刀の歴史の終焉だ。だがお前が後者を本当に思うなら此処からは外史となって先へと進む。“お前が生きる世界”としてな)

 

(最後まで聞いてもやっぱりよくわかんねぇよ!歴史の終焉とか外史とか何のことだ!?それにこの状況じゃどうにもなんないだろ!?)

 

ますます意味不明だ、自分は相手を知らないが相手は自分を知っているようで、その相手は自分が知らない何かを知っているように聞こえる、苛立ちも含めた叫びにため息のようなものが返された。

 

(ふぅ………あのな?お前此処に来る前まで何考えてた?皆を守りたい、自分も戦いたいと、力をつけるために零夢と特訓しに来たんだろうが。それなのにたった一度の窮地で何もかも諦めるのか?遅かれ早かれ自分(テメェ)が望んだ道の先には必ずある試練から、目ぇ背けて自分から絶望に飛び込むのかよ?)

 

(っそ………れは)

 

(それだけじゃねぇ、と………劉備、関羽、張飛と最初の掲げたあの誓いはどうする気だ?諸葛亮や鳳統、趙雲達の期待は?公孫賛、董卓や呂布を引き取るだけ引き取って投げ出す気か?賈駆や陳宮もああ見えてお前さんを頼りにしてるはずさね。そんで最後に高順だ、守るべき主人を目の前で殺される気持ち、最悪其処からどうなるのか、本当に・全く・微細も分からねぇのかい?)

 

(………っ………)

 

(まだあるぞ?お前あいつらの鎧が自分の兵の物だと分かった瞬間随分息巻いてたよな?先に逝った連中の無念を自分は背負っている事に気づいたくせに、それを晴らす為の事も成さず、限りなく死ぬ確率が高いからってあがく事もせずに全部放り出して逃げるのか?)

 

もう一刀には返す言葉が見つからなかった、同時に絶望と倦怠の中に沈みかけていた闘争の心に火が灯り瞳には再び力が戻り始めるのを感じる、なんとなくだが声の主が笑ったような気がした

 

(さて、いろいろ言ってやったがいよいよ時間が無い。もう一度聞こう、お前は生きたいか?死にたいか?まぁ俺はぶっちゃけどっちでも良いんだよな、お前が駄目でも次のやつに期待すりゃいいんだし)

 

(……………俺は……………)

 

ゆっくりと目を閉じる、答えは既に出ている、というよりもずっと持っていた。意味もわからずいつの間にかこの世界に来ていた自分を優しく受け入れ、何処の馬の骨か分からないのに尽くしてきてくれた彼女達に出会ったあの時から。それをこんな事で見失い勝手に終わりとしていた事、“仲間”でもある彼女たちの顔を思い浮かべ静かに謝罪した。強気に開かれた瞳とともに若干獰猛にも思える笑みを浮かべた。高揚し鼓動が高鳴る、自分の中に感じた事の無い力を感じそれが溢れる今なら何か出来そうな気がしてやまない。

 

(聞かれるまでも無ぇ、俺は生きる!天下泰平のての字にも届いちゃいないのに、こんな所で死んでられるかよ!最後まで生き抜いてこの動乱を終わらせる!!それが“天の御使い”であり桃香達の“ご主人様”である俺の役目だからなぁっ!!!)

 

(だったらぁ!!さっさと其処の連れを使ってやりなぁっ!?ずっと出番を待ってるんだぜ?そいつはよぉ!!)

 

自分と同じく一気に激しい語調となる相手、何故か嫌な気分にはならなかった。張り詰めていた空気が解けた、謎の声が聞こえる前の感覚が戻る。相変わらず鼓動が高鳴っていたが今度は悪い気はしない、傍らで待っていたもう一人の従者を引き抜き、鞘から抜刀する。真剣と模造剣、個々の切れ味や耐久力を考えれば、扱うものがよほど優れていない限り本来なら比べあうものではない。それでも一刀は負ける気が全くしなかった。両腕を通して先ほどから感じている良く分からない力が剣に伝わっていくのが分かる

 

(今お前の持てる全部のちからぁ………)

 

「死ねや糞餓鬼ぃ!!」

 

本来なら刀身を砕かれ刃が肩を切り裂いて心臓にまで届いていたのかもしれない、体重を乗せ振り下ろされた剣をしっかりと受け止め、力任せに押し返す。砕かれるはずが無かった真剣が二つに割れた。それまでの表情が消え目を見開き呆然とした表情に変わる賊の男。

 

(こののぼせ上がったオヤジにぶつけてやれぇぇぇ!!!兄弟ぃぃぃ!!!)

 

「ぉぉぉおおお!!死!ぬ!!の!!はぁぁぁぁ!!!手前ぇだぁぁぁ!!!!」

 

頭に響く声と共に咆哮を上げ、込めていた力を袈裟斬りと共に放つ。ゆっくりと手にしていた模造剣が砕け全身から力が抜ける、ぐらつきだした世界の中で一刀は、男を宙に吹き飛ばしている青白い一筋の閃光を視界に映った。

 

(今じゃ雑魚一匹が限界か。ま、それでも初めてにしちゃ上々だな。じゃあな北郷一刀、多分そう遠くない内にまた逢えるだろうよ)

 

その言葉が聞こえるのを最後に意識が遠のいていき

 

「…っ!?………我が君っ」

 

後ろに倒れこむ身体は地に付くよりも先に零夢によって支えられた

-6ページ-

「(………今の飛ぶ斬撃………紛れもなく“氣刃”の………この土壇場で“氣”の操術に目覚められるとは………)………武芸の才も天性のもの………なのかしらね」

 

自分の腕の中で静かに眠っている様に見える主には優しい笑みで感嘆のため息をついた、残された賊徒は7人、此方に背中を向けている相手は一見すれば上半身を晒している歳の若い女、本来ならば好機のはずなのだが男達には殆ど戦意は残されておらず小声で会話を始める

 

「おい、あの女の気が男に向いてるうちに早い所逃げちまおうぜ?」

 

「な、なに言ってんだ、何が悲しくて女一人にケツまくって逃げ出さなきゃいけねぇんだよ?寧ろ隙だらけじゃねぇか?」

 

「だったらテメぇがやれよ!俺はまだ死にたくねぇっ!」

 

「俺もだ!さっきの化け物じみた投げ技見てなかったのか?あんなこと出来る奴に俺ら普通の人間が勝てるわけねぇだろ!」

 

「もういいじゃねぇか勝手に言わせとけって!死にたい奴はそいつらだけで逝って来い巻き添えはごめんだ!」

 

一人の男がはき捨てるようにいうと身を翻してわき道へと走る、他の男達もそれに続き残された無意味に虚勢を張った男も二つの背中を二、三回交互に見て少し迷った末やはり仲間の後を追った。

 

しかし男達はすぐに足を止める事になる、そう広くない道幅に真紅と純白の馬に乗った二人の女が並んでおり日陰のせいで顔は良く見えなかった、全く隙間が無いというわけではないが人が通れるほどではない、陰に隠されている顔はともかく二人とも体は稀に見ない上玉といえて普段ならば零夢を知らなかった時と同様卑らしい笑みを向けられる対象。

 

しかし今この状況で下品な事を考えるほど男達も間抜けではない、死から逃れる為の道を阻まれれば美人だろうがなんだろうがとにかく邪魔で苛立ちを覚えさせ、先頭にいるひげ面の男がつばを飛ばしながら叫ぶ。

 

「っんだよテメェ等!?邪魔なんだよ、さっさと道を開けやがれ!!」

 

「ほぅ、我らが邪魔か、言われてみれば確かに我々が並ぶと人が通る分の道は塞いでしまっているな、これは実に申し訳ない」

 

剣を向けながら吼える恫喝の言葉に全く物怖じすることなくゆったりと馬を数歩進ませる白衣の女、口元には薄い笑みが浮かんでおり、優しげであるはずなのに其処冷えするような声音に逆にたじろぐ賊は、隠れていたその顔が見えると表情を強張らせ“ひっ”っと小さな声を上げ、残る男達も一斉に息を呑んだ。

 

「星、私達はお急ぎだったところを我々は邪魔をしてしまった、これはこの御仁達に何かお詫びをしなければならないと思わないか?」

 

続けて紅い馬も前に出て必然的に騎乗者の顔が露わとなり同じように穏やかな笑み、穏やかな声が男達の時を止めた、いよいよ声にならない悲鳴をあげ顔面蒼白になり腰をぬかすひげ面の男。

 

「ぉお、そうだな。お主もたまには中々いい事を言う………おや、どうかされたか?随分顔色が優れないようだが」

 

声をかけられた白衣の女は隣の黒髪の女に満面の笑みで頷き、少し驚いたように口をパクパク動かし自分たちを指差して尻餅をついている男に小首を傾げる。

 

「”じ………常山の趙子龍“に………”びっびびびびびび美髪公っ“かっかかっっっっかかかかか…関雲長!…………………ひ…………ひひひひ、ひはははははははは!!!!ふひゅはははははははぁっ!!!!」

 

かすれた声で搾り出すように言い切り、少しの間を置いて狂ったかのように哄笑を始め、自分のもっていた剣で自分ののどを突き刺した、他の男達もあるものは同じように笑い、あるものは大きくため息をついて同じように自害を果たした、それを止めようともせずに冷めた目で見ていた愛紗と星。

 

「やれやれ、せめて我らの手で送ってやろうと思っていたのだがな…………愛紗よ」

 

「分かっている、一度死んだ者の身体を切り刻む程にまで、怒りに飲まれてなどいない。供養してやる気は毛頭無いがこれ以上手を出すつもりも無い」

 

「ならば良い、してあれは零夢………だな」

 

小さくため息をつき、星は倒れている男達の先、自分たちの主を横抱きに抱えている零夢へと視線を向ける、見慣れている結い上げた髪は解け返り血によって随分赤く染まっていたが特に怪我らしい怪我無いように見える。これは星も知らない事だが晒していた胸部は、今のやり取りのうちに拾って着込んだのか脱ぎ捨てた武道服に覆われていた。

 

「無事だったか零夢、主はどこかお怪我をされたか?」

 

「いえ、相手が未熟だったのも幸いしてお怪我らしいお怪我はありません、ただ気を失われているようで………詳しくは戻り次第お話します。得物を手放してしまいました故取りに戻っている間愛紗殿に我が君をお願いします、星殿は“脱兎”と“飛燕”を連れてきていただけますか?」

 

零夢には良く分からないが何故か楽しげに笑う星、一刀を受け取った愛紗に意味深な笑み、当人をからかうときに良く見せる笑みを向けている。

 

「承知した。では愛紗よ、ほんの僅かの間だが主との二人きりの時間をたっぷりよろしく頼むぞ?」

 

「なっ………含みのある言い方をするなっ!?言葉の使い方を間違えているぞ!!」

 

若干頬を紅く染めて怒鳴る愛紗、楽しそうに笑いながら馬達を探しに行く星の背を睨み、それを解くと今度は自分の腕の中で静かに寝息を立てている主人に落とす、途端に意識せずにし大きな安堵のため息が漏れた。毎度のように上手いこと書類整理から逃げ出した事に小言のひとつでも言おうと思っていたが、こうして無事な顔を見るととりあえずどうでもよくなった、説教は自分から眼を覚ますまで留めておく事にして、今は何よりも大切な主人を優しく抱きしめる、少し汗の匂いが混じっていたが特に気にならない、想い人の温かさを感じて静かに目を閉じ

 

「………ごしゅ…………一刀様」

 

愛する人の名前を呼ぶ、恋敵たちがいない今それくらいは許される…………………ほど現実は甘くなかった。

 

「ほほぅ?一刀様とな?」

 

「っな!!なななななな!!!?」

 

狙っていたかのように満を持して登場する星の口元には楽しげな笑みが浮かんでおり、白馬にまたがる彼女の手には二本の手綱が握られており、先は当然栗毛と黒毛の馬に繋がっている、今度こそ真っ赤に顔を染め狼狽する愛紗を尻目に偃月刀を手にして戻ってくる零夢を見て更に 笑みを深めた。

 

「お待たせしました、どうやら“飛燕”達も無事だったようで………愛紗殿?どうされ………わひゃぁっ!?」

 

二人の元に近づいてくる途中で様子が妙になっている愛紗に首をかしげた瞬間星に抱すくめられる零夢、唐突の事で抵抗らしい抵抗も出来ずされるがままになっている。星は必死に何かを言おうとしている愛紗に視線を合わせ

 

「…………一刀様?」

 

「ちょ………星殿!?」

 

耳元で甘く囁かれておかしな趣味に目覚めたのかと面食らう零夢、相当テンパっているので名前が主のものである事に気づいていない

 

「っ!!もう良い!!私は先に戻っている!!後の事は後詰めの朱里と桃香さまにお任せして“ご主人”!様を早くちゃんとしたところで休ませてさしあげたいしな!!」

 

「おやおや、折角美麗というのに短気なのが玉に瑕だな?“美髪公”殿は」

 

「もう………その“美髪公”殿とて純真な女なのですから、からかいが過ぎるとへそを曲げてしまうのは当たり前でしょう?」

 

苦し紛れに大声で叫んで“赤兎”を走らせる愛紗、それを見て星はくすくすと笑い、なんとなく合点が行って零夢は呆れたようなため息をつきながら手綱を受け取った。

 

「むぅ………それでは私が歪んでいるように聞こえるではないか、私も潔白なる乙女と自負しているが?」

 

「………心根はともかく、外見上は少なくともまっすぐではありませんね。早く追いかけないと少しの間口を利いてくれなくなるかもしれませんよ?」

 

「む!それはいかんな、口を利いてくれないとからかえなくなって寂しくなる。待て愛紗よ!やりすぎた!!謝るっ!」

 

慌てて友人の後を追いかける星の背中を見送る零夢は、最初こそ苦笑していたがやがて真顔に戻り小さく息をつく。主と背中を向けあい衣服を脱いだときの事を改めて思い返す

 

「(………あの時私にだけ向けられた狂気とも言える殺戮に飢えた殺気………間違いなくあの三姉妹の誰か……ね、椿?神楽?それとも色々と一番危ない時雨?……出て来なかったのは、まだ様子見という事なのかしら)………一応恋様、雛里殿と朱里殿には言っておくべき………よね」

 

愛馬にまたがりながらかつての同僚達を思い出す、あまりにも残忍すぎるその戦い方故に恋の義母である丁原に軍から追放された三人の娘達を。一度大きくため息をつき先行した二人の後を“脱兎”の手綱も引きながら追った。

-7ページ-

そしてその日の夜更け、彭城内で零夢、愛紗、星の三人は星の資質に集まり、灯り火が揺らめく一本の蝋燭を立てた卓を囲んでいた、

 

「成るほど……主が“氣”を………な」

 

零夢にのみさっきを向けていた存在も含めた事のあらましを聞いた星が深いため息をつく

 

「ええ、その質の程は発展途上、微弱といえますが、紛れの無い飛翔の類の“氣刃”に相違ありません」

 

「………やはりご主人様には以降“氣”を使われるのはご自重いただいたほうが良いのだろうな」

 

拭えないと分かっていても後悔を表情に出す零夢と沈鬱な表情の愛紗、自分たちの主が件の力を持つには、あまりにも早すぎた。星は迷うことなく大きく頷く。

 

「当然だ、“氣”は未熟な術者が使えば身を滅ぼす事になる。もうしばらくは基本的に武芸の稽古のみに勤しんで頂く事としよう、勿論この事は桃香様と鈴々、白蓮殿や軍師殿たち以外には他言無用だ」

 

「……では恋様にも………?」

 

少し戸惑いがちに聞き返してくる零夢、長年従っている主人との間に隠し事をするというのはやはり相当心苦しいものがあるのだろう、星は少し腕を組み思案しやがて小さなため息を一つついた

 

「ふむ………まぁ、特に問題ないだろう。それでも口外しないように重々注意しておくようにな………では愛紗、桃香殿と鈴々にはお主に頼みたい、軍師殿達には」

 

「そちらも私が承ります、三人の同僚達の事も兼ねて報告しておきたいですし」

 

「そうか、ではお願いする。白蓮殿には私から話しておくとしようか」

 

其処からは話題を変え、星が零夢に一刀と水浴びに赴いた事に意味深に尋ねて、少し頬を赤く染める当人と真っ赤になって怒鳴る愛紗に星が笑い、虎牢関の戦で勝利を収めた暁に愛紗の手料理も含めた宴会を行い、その後4日は参加した全員が全く政務に手がつかなかった事を掘り起こして、慌てながら弁明する愛紗と苦笑している零夢を見て星が笑い、零夢が恋の食欲について愚痴を言い出すとねだり顔を思い出して壊れだす愛紗と、必死に愛紗の意識を現実に戻す零夢を見て星が笑い、町で出没するようになった謎な仮面の女を愛紗に非難され内心で星が落ち込んだ。

 

そんな形にしばらく三人で談笑した後に解散となり、二人を帰した部屋で一人、星は窓から満天の星を見上げ、何れの宿星も強く煌き競い合っている様に小さくため息をつく。

 

「まだまだ世は荒れる………か。平穏だった日々も近いうちに暫くの間別れてしまう事になるやもしれんな」

 

人知れずに呟かれた言葉はやがて現実のものとなる、国境に設けた狼煙台から知らせを受けた警備兵が、曹魏の夏候惇が十万の兵を率いて新野に向かっていると報を持ち駆け込んできたのはこの日から遠くない将来の事となる。

-8ページ-

〜そして本来明かされることの無い裏歴史 即ち舞台裏〜

 

零夢「やれやれ、やっと終わりましたか………どうしてこの作者はこんなに遅いんでしょうね?書くの(控え室/閑話室で茶をすすっている)」

 

星「本当はもっと短編の特訓物にするつもりだったらしいのだが、書いてるうちに戦える主をこの際早めに出そうと思ったらしい(隣でメンマをつまんでいる)」

 

恋「要領………悪い(両手に肉まん抱えて)」

 

桃香「とりあえず、やる事はやっとこ?というわけで今回は前回と同じ面子でMCは恋ちゃんと零夢ちゃん」

 

星「他のものはアシスタントとしてお送りする、それで零夢、今回の題目はなんだ?」

 

零夢「あ、はい今回はとりあえず作者が適当に探してきた三国志の演技と正史の違いについて、少しだけご説明させていただきます」

 

恋「始…………まる」

 

零夢「それではまず知っている人が三国志の劉備、関羽、張飛の名前を聞けば大抵最初に思うのが」

 

一同(恋、月以外)「桃園の誓い(なのだ)!!」

 

零夢「その通り、三人が義兄弟に契りを結んだ原作の真・恋姫無双でも描かれている名シーン………として知られているのですが……(沈んだ表情になりため息)」

 

一同(月も加わり)「ですが………?(一斉に首かしげなんとなく嫌な予感)」

 

恋「正史には三人が義兄弟だったなんて………何処にも書かれてない」

 

一同「な、なぁんだってぇぇぇぇ!?(全員瞳孔開かんばかりに見開いている)」

 

零夢「かといって、全くの作り話というわけでもなく三人の関係を“恩は兄弟の如し、義において君臣”と記されておりまた現在の河北省のとある村は“桃荘”と呼ばれており、此処が張飛の家の裏にあった桃園といわれています、ちなみにこれは数百年の民間伝承でその間疑いなく信じられてきました」

 

恋「まだあるから………興味あったら自分で調べる」

 

鈴々「そいじゃ次にいくのだ!」

 

零夢「はい、次は劉備が本当に中山靖王劉勝の子孫であるか、と言うことに作者は着目したので渡された資料のもと簡潔に説明させていただきます」

 

愛紗「いわれてみれば………原作でも軽く流されて以来結局うやむやになってましたね、実際はどうなんですか?桃香様」

 

桃香「ん〜だから本当に分かんないだってばぁ………はっきりした証拠もないしこの“靖王伝家”だけじゃ無理があるでしょ?」

 

星「と桃香様は言っておられるが、作者が調べたところによるとどうなっているのだ?」

 

零夢「………実は殆どその通り と言えるんです」

 

愛紗「なにっ!?」

 

月「間違ってないの?」

 

恋「順を追って………説明、する」

 

零夢「たしかに正史“先主伝”には劉備の家柄が記されており、先祖は六代皇帝 景帝の息子で中山靖王に任じられた劉勝となっているのですが、その息子の劉貞から劉備の祖父劉雄までのおよそ二百年の間まったくの空白になっているのです」

 

桃香「に、二百年………それほどとは」

 

星「確かにそれでははっきりしないな、故のフィクションか」

 

恋「結論…………劉備が皇帝の子孫の根拠………どこにもない」

 

愛紗「しかし我ら一同桃香様の家柄にしたがっているわけではありません、何処までもついて参ります!」

 

桃香「ありがとね、愛紗ちゃん(にっこり)」

 

零夢「では次に参りましょう………(資料めくり)そうですね、演技でも有名な徐庶似ついて軽い誤解を解いてから今回の説明を締めましょうか」

 

月「徐庶さんっていえば確か演技や正史じゃ劉備さんに諸葛亮さんの事を推挙した人でしたよね?」

 

桃香「そうそう、他にもけい州を狙ってきた曹操さんの従兄弟の曹仁さんをぼっこぼこにして追い返したほどの知恵者でもあるよ」

 

星「たしか劉備に仕官する前までは単福と名乗っていたのだったな」

 

零夢「はい、演技では若いころ敵討ちで人を殺した前科があるため単福と名を偽っていたとあります、また劉備に使えるときわざと歌を唄って注意を引いたときもそう名乗っていたそうですね」

 

恋「でもこれも………誤解から生まれたフィクション」

 

桃香「へ………?そうなの?」

 

零夢「はい、正史では徐庶の本名を“徐福”とされており、魏略という書物の中の徐庶の記述に元“単家の子”即ちうだつの上がらない家柄の子という事を、演技の作者が単と言う家の子である“福”と解釈してしまった事から生じた誤解です」

 

 

恋「続いては…………コメント返し…………始……める」

 

零夢「では最初にPoussiere様、多くの誤字報告の程ありがとうございました!おかげさまで故意的に省いた“呂奉先”以外はすぐに修正する事が出来ました!リクエストの………私と我が君のラブラブもの・・・・ですが、中々作者がネタを纏められないようで出来上がるのは遅々となりそうです、申し訳ありません;」

 

恋「逢魔紫………誤字報告………ありがと。暇あったら………これからも見て欲しい」

 

星「では次は私だな、ブックマン殿、貴殿のリクエストのほうはある程度考えが纏まってきているそうでな、短編になるかもしれないが次にまわせそうだ、サブキャラとして他の蜀キャラも出すそうだが宜しいか?」

 

愛紗「他にもちらほらコメントはあるが、これは作者に対してではないので省かせていただく」

 

 

恋「最後、予告と予定」

 

零夢「では、先ほど星殿が言ってましたが次回はブックマン殿のリクエストにお答えしようとお思います、その後に新野城での戦い、その次は私と恋様の幼いときの事をお話しが予定となってますね。」

 

桃香「ご苦労様零夢ちゃん。それじゃ前と同じくご挨拶して締めるよ〜!」

 

一同「今回も最後まで閲覧いただき感謝です!また次回もよろしくお願いします!」

 

説明
鈍足なる事象亀の如し

書いているうちにふとよぎった言葉です
今回からは乱世を生き抜いていく本編と時間軸を無視してほのぼの、ギャグ、リクエストなどを書いていく外編に分けようと思います 強い一刀は一刀じゃない! 彼が凄いのは股間だけ!という方は本編は受け入れられないと思います
っとそれから一刀が戦うようになったら多分第一の試練としてこういう事態を乗り越えるんだろうな〜と思って書きました!!
それでは三作目にして第一回戦闘編、ご覧ください
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コメント
kyouhei0117さんリクエスト採用していただきありがとうございます。(ブックマン)
「時流」と書いてありましたが、意味はその時代の風潮、傾向です。もし、時の流れという意味でかいたのならNGです。(ゲスト)
なかなかによかったですb・・・しかし何よりもコメント返しを恋に言われたのがヾ(*´∀`*)ノキャッキャ♪(トウガ・S・ローゼン)
もしくは星ならば「伯珪殿」なのかも・・・。(トウガ・S・ローゼン)
もう一つ誤字かな?「我らが先行する故桃香様は白華殿と共に騎馬を纏めて参られたし”とのように」←「白華」というのが公孫賛のことを指すのであれば「白蓮」が正解かな・・・。違う人なら失礼。  (トウガ・S・ローゼン)
誤字報告:「何でも南東にある小山に模擬撰がするのに」←「模擬戦をするのに」だと思われます。 (トウガ・S・ローゼン)
ふむ。一刀にはこれからもがんばってほしいですね。(いずむ)
つーか脱兎ってww(ルーデル)
さてさて、次回 蜀漢VS曹魏の戦闘シーン愉しみです^^w (Poussiere)
fm・・・・・・・感想と。 まず最初に作者様に感謝。 どのように遅くなっても構いません お話を作って貰えるだけですごく嬉しいので^^。 (Poussiere)
気になった事なんですが、「ならば我らだけで良い、事は一刻を争う!軍師殿は桃香殿にこの由の報告と言伝をお願いする、“我らが先行する故桃香殿は白華殿と共に騎馬を纏めて参られたし”とのように」 これって星ですよね? 星は桃香様と呼ぶはずです;;(Poussiere)
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