月刊少女野崎くん 初恋、となってしまった女 |
月刊少女野崎くん 初恋、となってしまった女
「みこり〜ん。聞いてよ〜野崎くんったらさあ……」
「タクッ。墨汁入れてもらったぐらいで喜んでんじゃねえぞ、このお子ちゃまリボン娘がっ」
初恋、となってしまった女の額を指でそっとはたく。
どうにもやり切れねえ気持ちが胸ん中を渦巻いて居心地悪くて堪らねえ。
けれど佐倉はそんな俺の気持ちを少しも組んでくれず、よく懐いた子犬みたいに親しげな表情で話を続けてくる。
「野崎くんにいつになったら私の気持ちが伝わるかなあ?」
「このままのペースで行くと……100歳のおばあさんにならないと駄目なんじゃねえのか?」
「それじゃあ一生私の気持ちに気付いてくれないってことじゃない。ぶ〜」
俺を信じきった無邪気な表情でぶーたれてみせる俺の仔猫ちゃん。こんなに近くにいるのに俺からは決して触れられない仔猫。
「…………伝わんない方が俺にとってはいいんだよ」
「何か言った?」
「リアル女の感情の機微に疎い少女漫画馬鹿に気持ちを伝えるのは大変だぞって言っただけだ」
本心なんか言えるはずがなく適当なことを言って誤魔化す。
「あ〜あ。みこりんに話すみたいに気軽に野崎くんに気持ちを伝えられたら楽なんだけどなあ」
大げさとも言える大きなため息を吐いてみせる佐倉。多分本気でそう思ってるんだろう。俺は野崎と違って気負う必要がねえと。ほんと、可愛い顔してどこまでもキツい女だ。
けど、俺は素直じゃなくて。それ以上に諦めが悪くて。
「俺だったら女の1人ぐらいいつでも受け入れてやるからな。佐倉も寂しくなったら俺の所に来いよ」
随分遠回しな言い方で佐倉の気を惹こうとしてしまう。
「え〜。寂しくなったら鹿島くんの所に行くことにするよ。鹿島くん、みこりんより女の子の楽しませ方が上手なんだもん」
そしてこの女、俺の遠回しの告白をアッサリと断ってくれる。本人には欠片も俺を振ったつもりなんてないんだろうけど。
俺に言わせれば、佐倉も野崎同様に異様に鈍い。多分これまでの人生、無意識に男を振りまくってきたことが予測できる。
コイツ、スッゲェ無邪気で無防備だからこれまで勘違いした男は大勢いたに違いねえ。俺みたいな馬鹿な奴が。で、野郎どもの恋心に気付くことなく笑顔でぶった切って来たんだろう。
「みこりんに喋ったら少し気分が楽になったよ〜」
「そりゃあ良かったな。けど、次は直接野崎に話せるようにしろよ」
「前向きに善処するよぉ」
善処する気なんてない癖に、やたら明るい笑顔を見せてくる。こんな表情で話し掛けられたらモテねぇ男は勘違いしちまうっての。ほんと、いい加減気付いて欲しいもんだ。
俺がどんだけ苦しんでるのか、少しだけでも理解しろっての。
「あっ。今日は美術部だからそろそろ行くね〜」
「おうっ。ドジっ子だからって途中で転ぶんじゃねえぞ」
「そこまでドジじゃないよ…………アタッ!?」
見事にお約束をかましながら俺のお姫さまは去っていった。
「ほんと、つくづく漫画のヒロイン体質だよな、アイツは」
見えてしまったスカートの中を思い出しながら俺は大きく舌打ちを奏でた。
中学に入って少し色気づくようになってからずっと考えてきたことがある。
俺が好きになる子はどんな女だろうって疑問。
現実の女に挨拶一つ掛けられなかったくせに妄想だけは逞しかった。
昔からシャイで女子とはほとんど話せなかった。シャイを克服するために美少女恋愛ゲームで女心を学ぼうと本気で思ったぐらいだ。まあ、そのまま嵌っちまって別の楽しみを見出しちまったワケだが。
その後ダラダラと時間だけが過ぎ去って、結局、女に対する苦手意識は克服できないまま高2を迎えてしまった。
今年1年も代わり映えせずに過ぎるんだろうなあって思っていた。
アイツと出会っちまうまでは。
「おはよーす、野崎」
その日の俺はいつも通りに登校した。何でもないごく平凡な1日の朝だった。
野崎に声を掛けたところ、アイツは珍しく女と話していた。
野崎はプロ少女漫画家という職業柄、女を観察していることは多い。だが、直接会話することは多くない。まして積極的に自分から話し掛けるのは本当に珍しいことだった。
女の方は高校生にしては随分小柄だった。野崎と比べ頭2つ分以上低かった。野崎はやたらデカイので比較には向かないが、女子の平均と比べてもだいぶ低いように見えた。
目が大きくやや幼い感じがする子だった。頭の両サイドをデカイリボンが特徴で、そのリボンには見覚えがあった。廊下で何度も見掛けたことがあるので同級生に違いなかった。とはいえ、話したことは1度もない。名前も知らない。そんな子だった。
その女は何故か俺を見ながら顔を青ざめさせていた。聞いていたのと話が違うと言わんばかりに。その表情が俺を否定しているようで何かムカついた。
「はぁ〜? 何だそのちっこいの?」
とりあえず威嚇してみた。だが、女は逃げなかった。そして野崎は俺をこの女に紹介したかったようでわざわざ隣に立って名前を告げた。
「御子柴くんです」
くん付けで呼ばれるのは何か違和感があった。けど、リボン女の次の一言に比べれば何でもなかった。
「嘘つきっ!!」
リボン女は俺をいきなり嘘つき呼ばわりした。いや、正確には隣に立つ野崎に向かって訴えた言葉だったのだが。
とにかくこれが俺とリボン女佐倉千代とのファーストコンタクトだった。
正直に言えば、俺の佐倉に対する第一印象はいいもんじゃなかった。悪かったと言った方が妥当だろう。
そんな俺が佐倉に対する見方を変えていく過程には野崎が深く関わっていた。
実際、俺たちの関係は野崎を介した三角関係であると言える。恋愛っつー狭い意味での三角関係じゃない。野崎がいなければ俺と佐倉には接点がないという薄い関係性だった。
だから野崎は俺と佐倉の関係を語る上で外せねえ存在だった。野崎の存在は、俺と佐倉が気軽に接するようになるきっかけとなり、同時に深くは入りきれない牽制にもなった。
「みこりんってお花描くのが美術部の私やプロ漫画家の野崎くんより上手いよね。どこで習ったの?」
「独学に決まってるだろ。俺クラスのいい男になると器用に何でもできんだよ」
「やっぱり独学かぁ。みこりん、背景や人物の画力は小学生並だもんね」
「うるせぇっ! 現役美術部員なのにベタ以外任せてもらえない己の画力の応用力のなさをまず嘆いてろ」
「ひどいよ、気にしてるのにぃ〜〜」
俺と佐倉が仲良くなっていった過程には秘密の共有があった。秘密っつうと大げさかもしれないが、人知れず野崎の漫画を手伝うという共通の仕事がある。俺は花、佐倉はベタ。俺たちは野崎の原稿を完成させるために欠かせない存在だった。
そしてその原稿の手伝いを行っている場所が、野崎が一人暮らしをしているマンションというのも大きかった。学校外で定期的に顔を合わせる。これは校内で会うよりインパクトがよほどデカい。俺と佐倉が親しくなったのはある種当然のことかも知れなかった。
「野崎くん、野崎くん、野崎く〜〜ん♪」
佐倉が野崎の原稿を手伝っている理由は最初から明白過ぎた。野崎目当てなのは誰の目にも明らかだった。乙女心の代弁者であるはずの野崎には全く伝わっていなかったが。
佐倉には好きな男がいる。この事実は俺が佐倉と接する上で気分を楽にさせてくれた。
「お前って犬みたいだよな。尻尾生えてたら野崎にばっかりブンブン振ってるんだろうな」
「ワンコだったら野崎くんの気をもっと惹けるかなあ? もうこの際犬でもいいかも……」
「犬だったら可愛がってはもらえても恋人にはなれないぞ」
「ああっ! そうだったぁ〜」
女と話すのが苦手な俺は正直いつも話題の設定で四苦八苦している。でも佐倉と話す時は野崎の話だけでいつまでも盛り上がれるのだから俺にとってはありがたいことだった。
そして馬鹿な勘違いをせずに済むのも大きかった。屈託なく話し掛けてくれる佐倉はもしかすると俺に気があるんじゃないか?
思春期の男が陥りやすい罠に嵌らずに済んだのは、俺にとっては佐倉との関係をコントロールしていく上で都合が良かった。
俺と佐倉は野崎を間に挟んだ友達。俺にとっては鹿島と並んで唯一気楽に話せる女友達。それがあのリボン娘のポジションだったはずだった。
けど、俺の佐倉への想いはそれよりも1歩進んだものになってしまった。困ったことに友達という部分よりも女という部分に感情の比重がシフトし始めたのだ。
いつから、とか、何がきっかけでとか聞かれても自分でわからない。何となく気付いたら、気持ちのバランスがいつの間にか変わっていた。そう答えるしかない。
ただ、推測することならできた。
佐倉の恋がいつまで経っても進展を見せない。
このことが俺の心に変化、言い換えれば恋心という邪念を生み出したのは多分間違いないと思う。
「次のネタはどうするべきか? 夏だから海か? それとも花火か? いっそのこと、夏休みの宿題で読者である学生の目を覚まさせるか?」
野崎は漫画の原稿に夢中で色恋沙汰に興味が有るようには見えない。いや、取材対象としての色恋には関心があるが、自分が恋愛することには興味がないと言った方が妥当か。
佐倉もまたそんな野崎のことをよくわかっていた。だから彼女はベタを真面目にこなしながら野崎の信頼を得ることを第一にしている。
「ベタ塗りで漫画家アシスタントとして食べていけるレベルまで上り詰めたいなあ」
「それは色々無理があるだろう」
ベタ塗りを上手くなりたいという佐倉の方針は多分間違っていない。根が真面目過ぎてベタを極める方向に意識が傾いてしまっているところは本末転倒だが。
佐倉は野崎から信頼を得ることに成功しているものの、それが愛情に転じているようには見えない。俺が佐倉と初めて出会ったころと今とで2人の関係は変わっていない。
ハッキリ告白できない佐倉も問題だが、より酷いのは野崎だ。あれだけあからさまに好意を向けられているのにまるで気付いていない。野崎の漫画に出てくるニブチンキャラクターよりも更に鈍い。ハッキリ言って異常なレベルだ。
そんな野崎にイライラもするし、俺だったらこうするのにという妄想も色々抱いてしまう。そんな中であまり意識してなかった自分の気持ちに気付いちまったというわけだ。
「なんだよ俺……佐倉のこと、好きだったって言うのかよ……」
シミュレートを繰り返していたら、俺が佐倉を幸せになるという妄想ばっかりが繰り返されるようになった。それ以外が思い浮かばない。
野崎じゃなく俺が佐倉を幸せにしたい。佐倉と幸せになりたい。それが俺の隠された欲望であることをハッキリと悟ってしまった。
佐倉のことが好き。
その自覚は俺にとって心躍るも面倒くさい日々が始まることを意味していた。
野崎のことしか頭にない佐倉が俺を受け入れる余地など毛頭ない。また野崎は俺にとって大事な友であり続ける。
だから結局俺にできることは何もない。何もしてはいけない。
いつも通りのみこりんで御子柴でいなければならない。
俺の初恋はとても不自由なもので、報われないサブヒロインの恋のような香りがした。
俺と佐倉が知り合ってからも結構な月日が経っていた。
その間、佐倉と野崎の間に進展がないように、俺と佐倉の間にもこれと言った進展は何もない。俺は佐倉に気持ちを伝えたことさえない。佐倉の消極ぶりを揶揄できる立場にはいなかった。けれど、それでも普段は上手くやっていると思う。
「御子柴、このコマの鈴木を華やかにしてくれ」
「任せておけ」
「みこりんって資料を見ずに色んな種類の色んな角度の花がらが描けちゃうんだから尊敬しちゃうよ」
「人のことを褒めてないで、自分で応用力を身に付けろよ美術部員」
俺たちの間には少女漫画の作成という共通の仕事があるから。俺たちはただダベるために集まっているんじゃない。数万人の読者に読んでもらうアートを真剣に作り上げている。手伝いではあるが、俺たちもそのプロ意識の一部を共有している。
だから野崎の部屋にいる時の大半は佐倉が女であることを意識せずに済む。
でも、ふとしたことで佐倉を女として見てしまうことがどうしても起きてしまう。そんな時は俺も、そして佐倉も苦い思いを噛みしめるしかなくなる。噛み締めきれなくて、一部が口から零れ出てしまうほどに。
「次の話は女の子たちの憧れ、結婚をテーマにしたいと思う」
野崎のテーマの挙げ方は少女漫画家としては無難なものだったと思う。
野崎の漫画が掲載されている少女ロマンスは、恋に恋するお年頃な子たちをメインの読者として据えている。
そんな少女たちの恋愛のゴール地点と言えば結婚。ヒーローとヒロインが結婚して永遠に結ばれる場面で終わるのが雛形だ。野崎が題材に選ぶのもわかる。だが、1つだけ大きな問題があるのだが……。
「恋しよは最終回を迎えるのか?」
結婚式がテーマに選ばれるということは漫画のラストが近いことを暗示している。突然の最終回予告。これはもしかして……。
「いや。季節ネタを描くにも飽きたので、ここでマミコの結婚観みたいなものを一度掘り下げてみたいだけだ。断じて打ち切りでもなければ、連載完結でもない」
俺の質問の裏意図に気付いた野崎は首を横に振った。
「というわけで御子柴。マミコは結婚についてどう想っているのか教えてくれ」
「何でマミコの心情を男の俺に訊くんだよ?」
野崎と佐倉はほぼ同時に俺から目を背けた。一体どうなってんだ?
「では、改めて訊こう」
野崎はゴホンと咳払いをしてみせた。
「御子柴は自分の結婚というものについてどう考えている?」
改めて厄介な質問がきた。二重の意味で。
「私もみこりんの結婚観知りた〜い」
佐倉は目を輝かせながら俺を見ている。考えてみれば佐倉も少女ロマンスの愛読者。この手の話題に乗ってこないはずはなかった。俺はお前のせいで悩んでいるというのに。
俺だって佐倉への恋心を自覚してから、交際して結婚して子どもを設けてと妄想したことぐらいなら何度もある。
けど、その妄想はあまりにも現実味が薄過ぎて。そして、その妄想の中で俺が幸せに浸れば浸るほど現実の俺の中に隙間風が吹き込んでくる。それが毎度のことだった。
「俺は稼ぎも彼女もねえ高校生だから……結婚について具体的なプランはまだねえってか立てられねえけど」
「俺は高校生だが少女漫画家で毎月安定収入があるぞ」
「いきなり話の腰を折んなよっ!」
「そっか……野崎くんはもう結婚できる経済的な能力を持ってるんだ。どっ、どうしよう〜っ!?」
野崎の言葉に俺よりも食い付いたのは佐倉だった。リボンをふぁさふぁさ揺らしながら顔を赤らめて興奮している。何を妄想しているのかは丸わかりだった。
そんな佐倉を見て俺の心は苛立つ。俺の妄想と佐倉の妄想が重ならないことがまた示されてしまった。
「とにかくだなあっ! 俺は鈍過ぎて女の子を苦しめるような男にだけは絶対になりたくない」
自分の希望、というより野崎に対する不満をぶち撒ける。佐倉に対する想いを声に含まないように気をつけながら。
「しかしだ。鈴木もマミコも互いの恋愛感情に聡いキャラだったら恋しよは1話で終わってたぞ。盛り上がりもなく結ばれてそれで終わりだ」
「恋愛漫画って元からそういうもんだけどなっ! マミコも鈴木も1話から互いのこと意識し合ってるしな!」
恋愛漫画とは言い換えれば、とっととくっつけばいい2人がなかなか結ばれない物語を指す。たまに予想外のパートナーと結ばれる意外なエンディングもあるけれど、基本は1話目に出てくる男女がカップルになる過程を描いた物語だ。
つまり、恋愛漫画は2人が互いの想いに気付かなければいつまでも続けられる。が、逆に気付いてしまえばいつでも最終回を迎えられる摩訶不思議な構造をしている。
「とにかく俺は、相手の想いに気付いてやれないのも、自分勝手に解釈して遠ざけるのも嫌なんだ。結婚がゴールってんなら、俺はそのゴールに全力で駆け込むまでだ」
「つまり、唐突にカップル成立させて主人公の恋心を焦らすサブキャラクターな人生を送りたいということだな」
「好きな子とさっさと結ばれるんならサブキャラでもいいさ。こんちくしょうっ!!」
遠回りで邪魔ばかり入る主人公カップルな生き方だけは絶対にしたくねえ。それはよくわかった。ていうか、そんな生き方に耐えられる奴はいねぇっての。
「佐倉はどうだ? 結婚について思うことは?」
野崎の注目が佐倉へと向けられる。
「わっ、私っ!?」
佐倉の顔が再び真っ赤に染まる。
「佐倉はいつ、何歳で結婚したい?」
「そ、そんなこと言われても……野崎く、じゃなかった。相手がいつ結婚を望んでくれるのかわかんないし……」
目をグルグル回して混乱しながら答える佐倉。一見、自主性に欠けた答えに思える。けれど、そうじゃない。
「つまり、相手が望みさえすれば今スグにでもお嫁に行って構わない。ということだな」
「えっ? えぇえええええええええぇっ!?」
野崎は佐倉本人が気付いていない裏コードを読み取ってみせた。
「わっ、私は高校生だから結婚なんてまだ無理だよっ! あっ、でも、もう16歳にはなってるから、法律的には大丈夫なわけで。でも、野崎くんはまだ結婚できないから、やっぱり不可能なわけで。だから、後1年は絶対無理なわけで!? えっと。えっと……」
佐倉は混乱して色々とボロを出していく。誰と結婚したいのか半分口に出してしまっている。よほど鈍い奴でない限り、佐倉が好きな人はバレバレだ。
「なるほど。学生結婚を考えるキャラを出してマミコに結婚を考えさせる展開はありだな」
よほど鈍い奴でない限り、佐倉が好きな人はバレバレのはず。
「それで、佐倉の好きな男って一体誰なんだ? 俺の知っている奴か?」
佐倉が好きな人はバレバレ……
「えっ?」
佐倉が表情を引き攣らせた。
「リアリティーを追求したいんだ。佐倉の好きな奴について詳しく教えてくれないか?」
「そ、そんなこと、言われても……の、野崎くんには言えないよ……」
両手を合わせてお願いする野崎。両手を口に当てて当惑する佐倉。
「なんだよ……何なんだよ、それはよっ!」
そんな2人を見て、俺の中の何かが熱く燃え上がった。かつてないほどに心の中で激しく燃え上がったそれを俺は野崎へとぶつけることにした。
「野崎……やっぱ俺、結婚に対する考え方変えるわ」
佐倉の右手を強引に握る。
「みっ、みこりん?」
焦る佐倉を無視して野崎に向かって言い放ってやる。
「略奪愛上等っ! 結婚式から花嫁奪ってやるぜっ!」
衝動に突き上げられるままに野望を口から解き放つ。
佐倉にもう決まった相手がいるのでも構わない。奪い取ってみせるっ!
たとえ野崎の隣が特等席だろうと、俺は佐倉を諦めねえっ!!
それが、俺の決意だった。
「なるほど。略奪愛キャラか。最近展開がぬるくなっていたから丁度良いかもしれんな」
……野崎には俺の宣戦布告が全く通じてなかったが。ていうか何?
ただのネタ提供としか思われてないの?
「みこりんみこりん」
佐倉が小声を出しながら袖を引っ張ってきた。
考えてみると、俺、むっちゃクチャ恥ずかしいことを言ったんじゃねえか?
ていうか、俺の気持ち、佐倉に知られちまったんじゃ?
「野崎くんに私の気持ちを知ってもらうための援護射撃。どうもありがとうね」
そういう風に受け取りやがったか。
俺は野崎を焦らせるために、別に好きでもないのに佐倉に気があるようなことを言ったと。俺が佐倉の気持ちを知っているからこそ、サポートに回ったと判断したんだ。
俺の恋心には気付かずに。
「まっ、まあな。お前ら2人に任せておくといつまで経っても進展なさそうだからな……ははははは」
自分の気持が急激に落ち込んでいくのをハッキリと感じる。
本気の想いを本気と想ってもらえないのは。なるほど、佐倉じゃないけど相当に辛い。
こりゃあ、本気で脈がねえ。
けれど、そんな時だった。俺の袖を引っ張る少女から小さな声が聞こえた。
「みこりんに本気で愛の告白されちゃったのかと思って、少しドキッとしちゃったけどね」
佐倉の頬がほんの少し赤みを帯びている。そういう顔、されるのはズルい。
脈がねえって吹っ切らなきゃいけねえのに、できなくなる。
佐倉のこと諦めなくちゃいけねえのに、諦められなくなる。
クソッ。
「俺は世界中の女に同じこと言ってのけるぜ。ヘッ」
だから代わりにいつも教室で演じているキャラを発動させることにした。
「……………………うん。そうかもね」
佐倉は長い間を置いてから頷いた後に目を瞑った。
結局その後、俺たちの関係には特に変化もない。
「御子柴、マミコの後ろに百合を頼む」
「俺がこの白いキャンバスに見事なオニユリの花を咲かしてみせるぜ」
「佐倉は堀先輩が指定した場所のベタを頼む」
「うん。任せて」
佐倉の片想いは続き、俺の初恋もいまだに燻っている。
けどまあ、そんな関係も悪くないかもしれないとも思う。
「少女漫画は焦らしてナンボだからな。鈴木とマミコの煮え切らない物語を後3年は引っ張るぞ」
俺と佐倉が恋愛漫画の登場人物でヒーローとヒロインなら。
そんなくだらない妄想設定を入れるだけで俺たちの関係はそこそこ楽しいものに思えてくる。
「恋しよには終わって欲しくないけど……私は、マミコは早く鈴木くんと結ばれて欲しいなあ。じゃないと私も……」
「まあ、どうしても届かない時は俺がもらってやるから心配すんなって」
「……………………そういう慰めはいらないよ。安心、しちゃうから」
恋愛ってのは往々にして漫画より難しい。
了
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